砂漠のお話

額に浮かんだ汗が、頬に流れ落ちることなく乾いていく。時折吹く砂混じりの熱風が疎ましい。

熱砂の広がる大地を、三つの人影が麻布のマントに身を包み歩いていく。
一人が歩きながら地図を広げると、立ち止まり辺りを見回しす。

「もうそろそろ町が見えてくるはずなんだけど……」
汗を拭いながらウィルが呟いた。

「あー、もう! 身体中砂だらけで気持ち悪い!」
服から砂を叩き落としながら、フィネットが文句を言う。
「水浴びしたい!」
それでも汗一つかいていない彼女に苦笑いしながら、ウィルはもう一人の相方に手を貸す。
あちらとは対照的に、ベクメルは暑さと乾きでフィネットと喧嘩する気すらなくしているようだ。

「フィン、少し待って。大丈夫かい、ベクメル」
返事をするのもめんどくさそうに、ベクメルはただ手を振るだけである。
「だから砂漠馬を買おうって言ったのに……」
ウィルの言葉に、この頑固なドワーフはプイッと横を向くだけだった。


「ウィルー! 見えたよ!」
日が傾きかけた頃、先を歩いていたフィネットが砂丘の上から声を掛けた。
「水か!」
ウィルより先にベクメルが反応し、足取りを早める。
砂に足を取られながら二人はフィネットの元に辿り着いた。
「ね、あれ」
嬉しそうに彼女が指差した先にその町はあった。砂漠のオアシス――クレタノトッド。

石造りの町並が円を描くように広がっている。その円の中心に湖があった。
古代語で『旅人の安息』を意味するクレタノトッドの名に相応しく、人間の他にホビットやドワーフなどもこの町を利用する。また砂漠を横断する商人達の中継地点としての役割も果たしている――はずなのだが、ウィル達が辿り着いた時、町はどこか活気を失っているように見えた。

「いやぁ、死ぬかと思った」
街を歩き回り、ようやく見つけた宿屋の一室。ウィルが買ってきた革袋一杯の水を一気に飲み干し、ベクメルは豪快に笑った。

「半日歩き通しだったからね」
「それもあるが、まさか砂漠を通るなんて聞いておらんかったからな」
「話したはずだけど」
「そうかぁ?」
ベクメルは髭を撫で付けながら首を傾げた。

その日の夜――
眠りかけていたウィルは、突如として鳴り響く角笛に跳ね起きた。
窓に駆け寄り外を見回すと、やはり同じように窓から顔を覗かせる人々、そして数人の男達が慌ただしく走っていくのが見えた。

――何かあったのか?
男達の走っていく方向から角笛が聞こえてくるのがわかる。
「ウィル!」
隣室から駆け込んできたフィネットに「分かってる」と返すと、熟睡していたベクメルを無理矢理起こし、宿屋の亭主を探す。とにかく何が起こったのかが知りたかった。

宿屋の亭主は入り口から不安そうに外の様子をうかがっていた。
「何かあったんですか?」
「あぁ、お客さん。……申し訳ないんですが、今夜は外に出ないでください」
「あの角笛にはどんな意味があるんですか?」
陽に焼けた肌に皺を何本も刻んだ老亭主は、深くため息を吐いた。
「盗賊団ですよ。最近ここら辺を荒らすようになりましてね」

亭主は椅子に座るとゆっくりと話し始めた。

クレタノトッドは現在ルーフ・ベスファトという地方領主の庇護を受けている。
ベスファト家は代々私兵からなる自警団をクレタノトッドに派遣し、旅の商人達の安全や町の治安も守ってきた。
ところがここ数年の内にラサ帝国と諸国同盟の戦乱が拡大し始め、ついにルーフ・ベスファトは諸国同盟への参加を表明。領民に加え各地に派遣していた私兵を呼び戻す。
クレタノトッドの自警団も例外ではなく、町に残されたのは元の二割にも満たない数だった。それから一年――

「商人の方々はそれでも、自ら護衛を雇うなどしてこの町を訪れてくれますが、中には護衛無しで町に逗留する方もおられます。
お客さん方のような旅人、それに私のようにこの町に生活する者もたくさんおります。色々と対策はしておるのですが……」
「ルーフって人に町の現状を伝えればいいじゃないですか」
ウィルの言葉に老人は首を振る。
「町の長殿が書状を何通も送っているんですが、兵力を割けぬ、としか返ってこないらしいんですよ」
「……自分勝手な領主だなぁ」
ウィルまでため息を吐く。
「仕方あるまい。
地方領主が自ら戦争に参加するなんて大博打に打って出たんだ、何が何でも諸国同盟を勝たせてそれなりの戦果を上げたいんだろう」と、ベクメル。
「なら、逆にこっちから盗賊のアジトを襲撃すれば……」
「それが何度かそうしようとしましたが、奴らのアジトの位置がとんと掴めんのです。
砂漠馬の足跡を辿っても途中から風にかき消されてしまって」
老人が首を振る。
「倒しに出向くとして、その間の町の守りはどうするの?
それにいくら倒しても、町の警備が薄いと解ってるんだから、他の盗賊団が来て同じ事の繰り返しになるだけよ」
フィネットの言葉にウィルは腕を組んで考え込む。
「町の者達で自警団の穴を埋めても、今は防ぎきれないのが現状なのですよ……」
「ふぅん……おいウィル、また変なこと考えてんじゃないだろうな?」
ベクメルの言葉にウィルは無言のまま外を眺めた。

翌日、クレタノトッドは一つのニュースで騒がしくなっていた。
――昨晩の襲撃の時に、落馬し気絶していた盗賊を捕まえたらしいぞ!

そのニュースはウィル達の耳にも届いた。
ウィルは渋い顔のベクメルとフィネットを言いくるめ、盗賊を尋問しているという町長の家へと向かう。

町長の家の前は多くの人でごった返していた。
自警団、商人達、商人の護衛達、旅人、町人――皆盗賊団により苦汁を味わった者達である。中には今にも町長の家に飛び込んでいきそうな者までいる。

殺してしまうのか、生かしておくのか、逃がすのか、皆がガヤガヤと意見を交換していると、町長が家から出てきた。

「皆聞いてくれ。……盗賊団のアジトが解った」

壮年の町長が一呼吸置いて口にした言葉は、再び大きなざわめきを巻き起こした。町長が何度か手を叩くと、人々は口を閉ざし次の言葉を待つ。

「この半年間、我々は奴らに煮え湯を飲まされてきた。
皆も知っている通り、私の妻も、子も、奴らの手に掛かって倒れた……出来る事なら奴らを一掃してやりたいと思うのは、私とて同じだ」
含みのある言い方に疑問の声が上がる。

「奴らの数は我らが自警団の約三倍……60人近くに昇る。
そして、この盗賊団を倒したからといって、他の盗賊共に狙われる可能性が無くなるわけではない」
村長の言葉に、シンと人々は静まり返った。

「――しかし」

村長は言葉を続ける。
「だが、それでも私は諦めることができない。
私の愛する人に、商人に、旅人に、この町に暴虐を振るった奴らを、神が許しても私が許すものか!」
最後は叫びに近かった。その時人々の後ろから声が上がる。
「盗賊団のアジトを攻めるなら、俺手伝います! アタッ」

その声に呼応するように、あちこちで上がる賛同の声。
「俺も手伝うぞ!」
「俺もだ!」
「私も何か手伝えるなら手伝おう!」
次々と参加の意志を表明する人々に、町長は目頭を押さえながら深く頭を下げる。
「行こう、我々の手でクレタノトッドを守るんだ!」

ウィルは人々の後ろで足を押さえて呻いていた。最初に手を上げた結果、ベクメルとフィネット両方から強かに蹴られたのである。
「やっぱりやらかしおった」
ベクメルが不機嫌そうに鼻を鳴らす。フィネットも呆れ果てた顔をしていたが、ふと人々の方を向いて呟く。
「人間って不思議ね。
普段は自分のことしか頭に無いような人も、いざとなるとエルフ並に団結出来るんだから」

集まったのは力自慢の町人、腕に自身のある旅人、商人に雇われていた護衛等様々だった。その数は自警団と合わせて70人近くに上る。
その中から20人弱を町の備えとして残すと、寄せ集めの『義勇兵』達は町長と共に盗賊団のアジトへ進軍を開始した。

「ベクメル、砂漠馬の乗り心地は?」
「……は、話し掛けんでくれ」

真剣に手綱を握りしめるベクメルの姿に、ウィルとフィネットは思わず笑ってしまう。
「ねぇウィル、何で手伝おうと思ったの?」
「……わからないや。
けど町長の許せないって気持ちは解るし、あの宿屋のおじいさんを助けたいって気持ちもあったし」
「そういう奴なんだよ、お前は。いつも考え無しに走りだす。
そんなんだからワシも放っておけんのよ」
「そうだね、ありがとう」
ウィルの返事にフンと鼻を鳴らすベクメル。その拍子に落ちそうになり、慌てて踏張る。ウィルとフィネット顔を見合わせた。

前方に岩地が見えてくると町長は砂漠馬の歩を止めた。
「あの岩地の奥に切り立った崖と洞窟がある。そこが奴らのアジトだ」
皆一様に黙り込む。

「皆、羽根を付けてくれ」
町長の指示に義勇兵達は各々の胸元に鳥の羽根を付ける。同士討ちを避ける為、フィネットが提案した作戦である。

「見張りがいるはずだ、用心して進もう」
岩地の陰に砂漠馬を残し、各々が周囲を警戒しつつ進む。
先行していた剣士が岩陰から覗き込み、皆に向かって大きく頷く。見張りを見つけたのだ。

弓を持った若者が剣士と場所を変わり覗き込む。あくびをしながら洞窟の横に座る見張りが一人……
若者がホビットの青年に耳打ちすると、そのホビットは器用に岩を登っていく。

若者が弓に矢をつがえ、ホビットの青年の様子をうかがう。青年は弓を持つ若者の準備が整ったのを見届けると、若者が身を隠す岩の反対側に向けて上から石を投げた。
カツン、と音がして見張りが視線を横に向け立ち上がる。
その隙に若者は岩陰から姿を現すと弓を引き絞る。
ヒョウッ、と放たれた矢は見事見張りの首を貫いた。
突然の痛みに振り向いた見張りが、最後に見たものは自分目がけて飛んでくるもう一本の矢だった。

若者の会心の笑みを見た義勇兵達は見張りを倒したことを知った。しかし洞窟の中には、まだたくさんの敵が潜んでいる、油断は出来ない。
数人の見張りと町長を残し、皆が息を潜めて洞窟に入っていく。騒ぎを起こされてはマズい。

洞窟の中は篝火が灯してあり、時折採光用の穴が開けてある箇所もある。

「意外と素敵な住居だな」
斧を構えたベクメルがボソリと呟いた。

「ドワーフは洞窟が好きだものね」
小声でフィネットが茶化す。

「シッ……」
そんな二人をウィルが片手で制す。奥の方から話し声が聞こえてくるのだ。

話し声と笑い声に、時折カチャンカチャンと食器の鳴る音が聞こえる。そっと様子をうかがうと粗末なテーブルを挟んで二人の男が笑いながら食事をしているのが見えた。
指で位置と数を示しながらウィルが振り向くと、ベクメルとフィネットが頷く。ウィルも頷き返すと、左手で指折り数え始める。

……3……2……1……

ウィルが飛び出しながら剣を抜き、ベクメルがその後に続いて斧を振りかぶる。左手の男は笑った顔のまま首を飛ばされ、右手の男は叫ぼうとして頭から首を縦に割られた。
食器が派手に割れ大きな音を立てた。ハッとしてフィネットの方を向くと、彼女は辺りに耳を澄ませながら頷いた。どうやら気付かれずに済んだようだ。

しばらく進むと洞窟は行き止まりになっていた。
「こっちはもういないみたいだ、他を探そう」

引き返し始めた時だった。

「誰だコラァ!」
「敵だ!敵がいるぞぉ!」
どうやら仲間が見つかってしまったらしい。

「ベクメル、フィン、気をつけて」
前方から羽を付けていない男達が走ってくる。振り下ろされた剣をウィルが防ぐと、横からフィネットの短剣が素早く男の喉を切り裂く。ベクメルの体当たりに残りの男達が盛大に吹っ飛ばされた。
起き上がろうとする男達を切り倒し、三人は再び駆け出す。

分かれ道で胸に羽を付けた仲間と出会う。
「こっちはもういない、そっちは」
「終わった」
「じゃあ向こうだ」
頷き合い共に進んでいくと、再び叫び声が上がった

「首領を倒したぞ!オレ達の勝ちだ!」

その声に洞窟のあちこちで歓声が上がる。ウィル達も顔に笑みを浮かべた。


盗賊団の略奪品を外に運ぶ内に、辺りは夕闇に染まりかけていた。全てを運びだした後、町長の指示で洞窟の入り口は崩され洞窟は見えなくなる。負傷者は出たものの義勇兵に死者はおらず、完璧な勝利を収めたと言っていいだろう。

町へ帰還する間、皆は一様に静かだった。その脳裏には、また町が襲われるかもしれないという不安もあったかもしれない。
しかし、今は全員が事を成し遂げた後の心地よい疲労感で満たされているのは間違いなかった。
ホビットの青年は弓を背負った若者と同じ砂漠馬で揺られている。
剣士は胸の羽根を大事そうに懐にしまった。

町が見えてくる頃、空には満天の星空が広がっていた。角笛は聞こえてこない。帰りを待ちわびていた町の人々が手を振っている。

翌日の朝、ウィルは酷い二日酔いで目を覚ました。隣ではベクメルがまだ鼾を鳴らしている。
水樽から水を掬い、顔を洗っていると横から布が差し出された。

「やぁ、フィン。おはよう」
「おはよ」
顔を拭うと少しはマシになった。

「昨日は楽しかったみたいね?女の子達に囲まれて」
「飲み過ぎてあまり覚えてないよ……」
部屋に戻る間、他愛の無い話をしながら昨晩を思い出す。

宴の途中で町長が盗賊団の略奪品について、皆に公平に分けると言った時に、一人の商人が進み出た。

「正直なところ、私はその略奪された物が返ってくる事は諦めていました。お気持ちは嬉しいのですが、いかがでしょう?
その品々を元手に、クレタノトッドに新たな自警団を設立するのは」

商人の申し出はほとんどの人々に拍手をもって受け入れられた。町長は驚いた顔をしていたが、商人の手をかたく握り締め――

「――ねぇ、聞いてる?」
「……えっ、何?」

フィネットの声に、我に返ったウィルは聞き返す。ため息を吐くフィネット。

「次はどこに行くの?って聞いたの」

「そうだなぁ……南に行けば山脈、東に行けば草原――東に抜けてみようか」

その答えに満足したのか、フィネットは機嫌を直し笑みをこぼした。
部屋の扉を開けると、ベクメルが目を擦りながらあくびをしている。

「よぅ、放浪人」
「おはよう、ベクメル」

付き合いの長い相方はウィルの顔を見るとすぐに尋ねた。

「昨日の今日でもう出発か。なぁ、欲しいものがあるんだが……」
「珍しい。目を引くものでもあったの?」

少し驚きながらウィルが尋ねると、ベクメルは照れ臭そうに鼻を掻いた。

「ワシな、砂漠馬が気に入っちまった」

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最終更新:2011年07月14日 23:24
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