「うん?なんじゃまだ眠っとらんかったのか?」
「なに、月に見とれて眠れなくなったじゃと?まあ確かに今夜は月が綺麗じゃのう。」
「それじゃせっかく月が綺麗な晩じゃし、爺ちゃんの昔話でも聞くかね?」
「何?母ちゃんにバレたら尻を叩かれるじゃと?」
「勿論母ちゃんには内緒にするとも。爺ちゃんは秘密を墓場まで持って逝く漢じゃ。」
「そうか聞きたいか。実はのう、この話を誰かにするのは初めてなんじゃよ。」
「ん?母ちゃんにも話して無いのかって?うむ、そうじゃ話とらん。」
「お前の母ちゃんはああ見えて子供の頃は恐がりじゃったからのう。」
「じゃが、お前さんは親父殿に似て未だ小さいのになかなか肝が据わっとるし、話しても大丈夫じゃろう。」
「そうじゃなあ、どこから話したもんか……」
あれは儂がまだ年端もいかぬ若造だった頃の事じゃ……
大陸最強の覇権国家レヌリアの南部に位置する小国アルヴィング。
気候温暖で風光明媚な美しい国であり、俺の自慢の故郷だ。
三方を山脈に囲まれた要害の地で、唯一海側だけが開けている。
耕作地がほとんど無いに等しく、特にこれといった産物も無かったアルヴィングが
塩と魚以外に商えるものを求めて大海原に乗り出すのにそれほど時間はかからなかった。
それ故にアルヴィングは昔から海上貿易で近隣にその名を轟かせてきた。
大海原を我が物顔で突き進み、遥か遠方の国々の事を語り聞かせる船乗りたちが
築き上げた誇り高き海洋国家。
俺もまた、そんな船乗りに憧れて育った子供の一人だった。
そして成長した俺は念願の商船付きの水夫になった。
だが実際に船に乗ってみると夢見ていたのとは大違いだ。
まず波が荒く船酔いが酷い。子供の頃から海に慣れ親しんできたつもりだったが、
まさか外洋の波がここまで荒いとは……
しかしずっと船端で吐き続けている訳にもいかない。
俺はこの船の水夫で、やらなければならない仕事は山ほどある。
大抵は雑用だが、もしもさぼっている所を先輩の水夫に見つかったりしたら…
「おいマリユス、何をボサッとしてやがる!さっさと積荷を船倉に入れねえか!!」
……こんな風に怒鳴りつけられる羽目になる。
「すんません!すぐに取りかかります!」大声で返事して早速積荷を掴み上げる。
ほらさっそく怒られちまった。船の上じゃあ俺たち水夫に安息の地は無いんだ。
「まったく、近頃の若造ときたら口ばかりよく回りやがって何の役にも立ちゃしねえ。」
俺をどやしつけた古参の水夫がまだぶつくさ言っている。
(ご老体のお約束…か。まったく最近の爺どもときたら…)
俺も心の中で呟いた。
「あ~あ、もう少し格好いい仕事だと思ってたんだけどなぁ。」
「どうした青年、理想と現実のギャップに悩んでいるのかね?」
独り言に返事が返ってきたのに驚いて振り返ってみると、
そこには貴族の様な風体の男が立っていた。
最終更新:2011年07月20日 09:14