とある少年は
レヌリア帝国に居を構えていた。
少年の名はロトといった。
二人の妹を持つ彼は、
ディルフィリウスの森へ出向いてはエルフ族の少年と共に魔法修行にふける生活を送っている。
いつものように夕日に染まる街を家に向かって歩いていると、広場のしょぼくれた噴水に腰掛ける少女が目に入った。
その少女は、『いつ、何族かも分からない雄に襲われるか』も気にかけないでぼーっと落ちる夕日を眺めているのだった。
それが気になって少年はつい声をかける。
「あの、えーっと……お一人、ですか?」
「あら、もしかしてナンパ?」
…………予想外だ。こちらは心配して声をかけたんだぞ……。
「いや、そうじゃなくて……お連れはいらっしゃらないんですか?」
「やっぱりナンパじゃない」
質問の意味を履き違えている気がする。まったくいい迷惑だ、くそっ。
「貴女旅の方でしょう!?」
つい強い口調でたずねると、少女はくつくつとした笑いをとめて、『どうして分かったの?』とでも言いそうな顔をした。
「いえ、このあたりの事情を知らない人は、そういう風に反応するんです。ちなみに貴女で三人目です。」
そういうとロトはここ千年におきた、この地域、つまり『レイス』にまつわる神話を説明した。
すなわち、『神罰』のことを。
『神罰』とは、その昔、神々の領域に足を踏み入れた人間たちに対し、神たちは宣戦布告、獣たちを従わせ襲撃させてあらゆる種族の雌が激減した。
結果、キメラのように次々と生物の進化、あるいは退化を経て今の世界『レイス』が出来上がった、というものである。
少女は話を聞き終えると、『ああその話ね、あはははーっ』と笑う。
今さら知ったかぶっても遅いだろ、と心の中でだけツッコむ。
「でも、そうか……。野宿でもしようかなー、とか考えてたんだけどなー」
ちらっ。
「考えてたんだけどなー」
ちらっちらっ。
「だけどなー…………」
「こっち睨むんじゃねえ!」
「睨んでないもん期待の眼差しだもん!」
「ぐっ……!」
とある少年はレヌリア帝国に居を構えていた。
少年の名はロトといって、大変なお人好しであった。
二人の妹を持つ彼は、少女を家に連れて帰って、案の定質問攻めにあっていたのだった。
「……で、連れて帰ってきたわけ?」
「えと、それじゃあ、仕方ないんじゃない、かな……?」
妹たちは一応許可するようだ。
「でも何で貴女は……ええと」
「マルーハ」
「マルーハさんは旅をしているんですか?自分探しとか?黒歴史創作中ですか?」
「にやにやしてバカにしてるでしょう!?……そうじゃなくて、まあしいて言うなら『視察』かな」
「視察……。まさか、『
エリュオス王国』の偵察か!?」
「えりゅー……なんだって?」
どうやら彼女はそうではないらしい。すこし拍子抜けしてしまう。
「いや、なんでもないです」
「なになに気になるじゃない」
食いついてくるとは……。まあ教えてあげないのも可哀想なので教えてやるとしよう。
「エリュオス王国っていうのは、ここからちょっと歩けばみえてくる、人間と科学の町です。
あそこの連中はこれまでにあった魔法を否定して、新しく『錬金術』を開発したんです。
そこに加わったのが、機械王国『ギムリアース』。特に発展して、大学も建校されて、一般人ですら使いこなす奴らなんですよ。
もちろん、私たちは魔法族ですし、向こうとは属国も含め対立する立場。貴女が通ってきた、『ディルフィリウスの森』も私たちと同盟を組んでいます」
ふーん、とマルーハは納得したようなしていないような複雑な顔をして、次にこう言った。
「で、そこの人たちは『悪い人たち』なの?」
「えっ?」
「『悪い人たち』、なの?」
思わずロトは黙り込んでしまう。
「君がそう言うんならそうだろうけど、違うかもしれない。まだ見たこともないのに決め付けるのはどうかと思うわよ?」
確かに、彼女の言う通りかもしれない。しかし、こうして対立している以上、そう認識するしかない。反対すれば、どうなるか分からないのだ。
と、ロトが渋面をみせると、マルーハはとんでもない提案をした。
「じゃあさ、見てみない?エリュオス王国の街を」
翌日。ロトは一人の少女、マルーハと共に、エリュオスの関門を抜け、王国ギムリアースの首都トレムレデーレの街を観光していた。
とがった耳を隠すために、ロトは深々と帽子をかぶっている。
ロトは魔法族であり、耳もとがっているが、マルーハは見たところ人間だ。
今回はとにかく、レヌリアの関門をどのように突破したのだろうか。ちょっと気になるが、今は楽しむ事にする。
「へぇ、結構機械化が進んでるのね。あ、あの建物が大学か。ここからでも見えるなんてなかなか大きいんじゃない?」
と、マルーハはキャイキャイはしゃいでいるが、ロトは機械の吐き出す臭い息に眩暈を起こしていた。
「うう……どうも僕には辛いですよ……ちょっと休憩しませんか?」
「軟弱ねえ……まあ、カフェにでも入る?」
ロトは頷くと、からころと音を立てて店内に入っていった。マルーハもそれに続く。
しばらくすると、注文したコーヒーとサンドイッチが運ばれてきた。
「どう?エリュオスやギムリアースの街は。これでもまだ、悪い人たちは多い?」
ロトは俯いて逡巡したが、すぐに向き直り、
「みんな、僕たちと変わらずに生活していました……。子供も、大人も、おねーさんも」
「おい」
「やっぱり、貴女の、言う通りでした。ろくに目も向けないで、敵対視して……」
「まあ見方が変わったんだし、いい旅になったと思わない?」
ロトは『ええ』と自嘲気味に笑う。
と。
その時。
「大変だ!王様の勅令だ!レヌリアへの侵攻が正式発表された!すぐにでも軍は動くらしいぞ!!」
一人の男が息せき切って店に飛び込んでそう告げた。
「なっ……!」
「女どもはエリュオスの城へ逃げ込め!レヌリアの奴らも攻め込んでくるぞ!」
「そんな……」
店内は一瞬でパニックに陥った。出口へ向かう数十の人々に紛れて、ロトとマルーハは男に詰め寄る。
「なんでですか!?争いごとを避けていたのはそちら、あぁ、いや……エリュオスの方だったじゃないですか!!」
「詳しいところは分からねえ。なんでも、こっちの人間が向こうの奴らを拉致った、ってえ噂もある。目撃情報もあるみてえだ。
と、ほかの奴らにも伝えなくちゃいけねえ!あばよ、幸運を祈るぜ!」
男はすぐに姿を消した。すると、今まで黙っていたマルーハが口を開いた。
「私たちのことだ……。私の見た目は人間に似せたから……。やはり、人間と魔族は相容れないものなのかも知れないの、かな……」
「なん、ですって……?そんなのおかしいじゃないですか!魔族と人間は共存できるって、貴女が……!」
「そんなことより、妹たちは大丈夫かしら!?家で留守番してるんじゃなかった?」
「ッ!!」
そうだ。妹には留守番を頼んでいた。早く家に戻らねばなるまい。
家に着き、二人に事情を話す。
「そんな……どうなるの……?」
「にげようよ!死んでも奴らなんかには捕まりたくない!」
その言葉を、ロトは残念に思う。
エリュオスを見てきた彼には、ある決意が胸にあった。
それは、『人間と魔族の共存』。
二つの種族が手を取り合い、共に道を歩む。
これまでのロトには、決して芽生える事のなかった感情。
その決意は、無駄になんかしたくなかった。
マルーハのおかげで、気付けた。
マルーハのおかげで、理解した。
マルーハのおかげで。
「!? どこ行くのお兄ちゃん!」
「兄貴!」
「奴らを、説得する。戦争なんか世界で一番知られている『馬鹿馬鹿しいこと』だ」
しかし。
ロトが家を飛び出るより早く。
武装集団が部屋になだれ込んできた。
――向けられる銃口。
――いやらしく歪んだ口。
それらが視界に映され、空気が、身体が固まる。
ジャキッ、と火を噴く機械は音を立てる。それは、少しでも動けば一瞬で蜂の巣になることを最も早く、最も簡単に表す。
一人の男がにやりと不気味に笑い、
「女どもはついてこい。男はここで死んでもらう」
「ぐっ……!!」
機械がロトたちに突きつけられる。
「お兄ちゃん……」
「兄貴……」
妹たちは涙を眼に浮かべてこちらをせがむ。
マルーハがロトの耳元で囁く。
「これでもまだ、彼らと共存できると思う?」
同じ世界に住み。同じ生活をし。同じ時間を生きている。
なんでお互いがいがみ合う? ――相手を知らないから。
なんでお互いを嫌う? ――相手を認めたくないから。
なんで――――? ―――――――――――。
相手がいる。お互いにある。
憎む理由が、どこにある?
「できるさ……。できるに、きまってる……!!」
それでも、ロトは。
決意を曲げなかった。
マルーハは聖母のような微笑みを浮かべ、
「その言葉がききたかったわ」
そういうと彼女は、
「私が囮になる。貴方たちは裏口から逃げなさい」
漫画でしか聞いた事のない台詞に、ロトはたじろぐ。
「でも、貴女は……ッ!」
「言い忘れたけど、私、人間でも、魔族でもないの」
「私、実は『天使』なのよね」
『な、に……?』というロトの声は、マルーハから放たれる閃光に飲み込まれる。
「できるだけ遠くへ!そうだゾアルの国へ行きなさい!」
ゾアルの国はレヌリア帝国の端にある属国だ。ただ、帝国からの支配はほとんど放置され、なかば独立状態である。
ベルベッド時計台が重要文化財へ指定されていたのが唯一の自慢だった気がする。
男たちがひるんでいる間に、ロトは裏戸を蹴破って走り出し、妹たちもそれに続いた。
家に背を向けて走り出すとき、ロトは『絶対に振り返らないで!』というマルーハの声を聞いた。
ロトは二人をつれて何十分と走っただろうか。
不意に、背中に熱い得体の知れない重圧がかかってきた。
ものすごい風圧で吹っ飛ばされる。
周りの木々がなぎ倒され、大地が焦げる。
次に襲ってきたのは、目をつぶすほどの光だった。
ロトは地面に身を投げ出されたまま二人を抱えて固まった。
決して後ろは振り返らなかったが、ゾアルの建物が紅く燃えるように色をつけていた。
『な、に……?』というロトの声は、マルーハから放たれる閃光に飲み込まれる。
「できるだけ遠くへ!そうだゾアルの国へ行きなさい!」
ゾアルの国はレヌリア帝国の端にある属国だ。ただ、帝国からの支配はほとんど放置され、なかば独立状態である。
ベルベッド時計台が重要文化財へ指定されていたのが唯一の自慢だった気がする。
男たちがひるんでいる間に、ロトは裏戸を蹴破って走り出し、妹たちもそれに続いた。
家に背を向けて走り出すとき、ロトは『絶対に振り返らないで!』というマルーハの声を聞いた。
ロトは二人をつれて何十分と走っただろうか。
不意に、背中に熱い得体の知れない重圧がかかってきた。
ものすごい風圧で吹っ飛ばされる。
周りの木々がなぎ倒され、大地が焦げる。
次に襲ってきたのは、目をつぶすほどの光だった。
ロトは地面に身を投げ出されたまま二人を抱えて固まった。
決して後ろは振り返らなかったが、ゾアルの建物が紅く燃えるように色をつけていた。
何分かたっただろうか、いつの間にか轟音は消えていた。
ロトは恐る恐る振り返る。
……何もおきない。どうやらマルーハの仕事は済んだらしい。
二人にはここへ残るように伝え、ロトはレヌリアの地へ舞い戻る。
が、轟音とあまりに膨大な光で、平衡感覚が保てない。
ふらふらとした足取りで道を引き返すと、白い何かが風に乗って流れてきた。
レヌリアはの町並みは、塩で覆われていた。
いや違う。塩に変わっていた。
あの黄色い壁も、あのオレンジの屋根も、あの大理石でできたしょぼくれた噴水も、なにもかも。
ふと、ロトは足を止める。
その噴水の近くに、塩の柱があった。
それは。見覚えがあった。あの。
マルーハだった。
まるで彫刻のように、永遠にその美を残すように立っていた。
慈悲の心を映すように閉ざされた瞳。祈りをささげ、組まれた手。
その何物でもないマルーハが、立っていた。
ロトは言葉を出せず、ただ呆然と、いつまでも立ち尽くしていた。
転んで擦り切れた膝に、塩が滲みる。
その日、レイスを象徴する
四大国家はどこまでも白く、美しく月の光を映していた。
後の文献によると、
「その日、紅と橙の天落つ。空黒く染まり、大地揺れる。
街、塩に埋もれ、海となって沈む。
カルラの山赤く火を噴き、天使未だ立つ。」
と書かれている。
焼夷魔法とも核兵器とも違う、全く未知の力によって四大国家は一夜にして散った。
その後、一人の青年と二人の女が人里はなれた洞窟群『ホールウォール』にて目撃されたという情報が数件確認されている……。
最終更新:2011年07月20日 09:40