「まだ落ちんのか!あの要塞は!」
ライトマイヤーは苛立ちを露にした。
キティクルスへの無血上陸以来、グックルス軍は
ここを橋頭堡とし、各方面へと破竹の進軍を遂げる事となる。
つい最近までは、何事も無くただ税の搾取だけを目的とされた
各城は、洗練された彼らにあっという間に駆逐された。
それゆえに、更にライトマイヤーの苛立ちは普段の倍だ。
事実、幾度にわたる突入で味方の損害は既に無視できないレベルにまでなってきている。
「ここまでが順調だったからこそ、余計に梃子摺っているようにも感じますからな。」
その横でかっかっかと笑う、髭を蓄えた男性―レニエ准将―は
ライトマイヤーとは対照的にのんきに欠伸などしている。
「だからといって、ここで立ち止まるわけにもいかん!兵の士気にかかわる!」
3ヶ月前、彼らはここから離れた遥か彼方の大陸よりこのレイスの大地を踏んだ。
エリュオスからすれば想像だにしない事態であり、また近隣各都市・拠点にも
兵力というものはほとんど無かった。
そして、彼らは2ヶ月で国土の1/5を失う事となる。
「初期の兵力だけで攻め落とすことが出来ると言ったのは貴官であろう?」
苛立ちの矛先を向けられたレニエも黙っていない。
「予想には反しましたな・・・・・・とはいってもこの山脈内ではそれ以上の兵力は展開できませんしなぁ?」
最初に上陸したグックルスの兵力は3個歩兵師団2個砲兵旅団そして1個騎兵師団である。
これだけの兵力で、広大な範囲を支配する事は難しく本国から更に兵力の追加があった。
実情は現地民たちは彼らに協力的であり[圧制を強いる支配者からの解放者]として歓迎する風潮すらあった。
最終的にこの増援も各地の施設設営や、警備の他はほとんどが攻勢のまわされているのだ。
かくして、4個歩兵師団と2個砲兵旅団に加えその他支援部隊が5個連隊
このレムネスト山脈のベスファト要塞を包囲する事となって3週間・・・・・・
彼らは今だこの地にいた。
西に広がる広大な森―
ディルフィリウスの森―から山脈を迂回することも考えられたが
住人に案内を頼んだところ、誰一人としてこの件には承諾を得られなかった。
ためしに斥候を放っては見たものの・・・・・
30人放った斥候は誰一人として帰るものがいなかった。
「閣下、港より念話通信が入っております。どうやら各地を経由した本国からだそうですが」
チッと舌打ちをしながら、ライトマイヤーは副官へとその仏頂面を向ける。
「わかった、系念機を持って着てくれここで話す。」
初代ベスファト要塞はまだエリュオスが建国後の混乱にあった中
はじめはレムネスト平原とキティクルス地方を行き来する人からの
通行税を取る目的の関として作られた。
だが、その重税が彼らの反感を買い後に[キティクルスの反乱]と呼ばれる事態にまで発展
一時は、山脈を超え王都ポートルへと迫った。
だが、この時の騎士団長アレン・ベスファトにより瞬く間に押し返されることとなる。
そして、この地へ再度の侵攻を挫くように作られたのが初代ベスファト要塞である。
反乱から230年たった今、老朽化からまた要塞を作り続け自然の要害を含め
難攻不落のベスファト要塞群としてキティクルスの民達を苦しめ続けた。
その難攻不落の神話も今撃ち砕かれようとしている。
「シュラウドラフ」
「はっ!」
名を呼ばれた副官はライトマイヤーの方へ向き直った。
「第17師団と第3師団の2・4・5連隊は下げろ
第9砲兵旅団をそこの穴に入れる第3師団の残りはこの護衛に当たらせろ。
2・4・5連隊は副将のイッセルシュテットに任せる。2日以内に完遂させろ」
副官へむかって、次々と指示を出してゆく
彼の副将兼参謀はのんきに欠伸をしたままだ。
「閣下、それでは第8師団にはいつでも下がれるように準備をしておくようこちらから指示をしておきます」
などと、小声で話しながら。
5日後レムネスト山脈を仰ぎ見るカレファに大規模な荷馬車部隊が到着した。
カレファの主な産業は牧畜で、警備部隊の駐屯所があるばかりで
グックルス軍としてもたいした干渉はしていない。
駐屯所ですらかなり離れているハズなのだが・・・・・・
「あんれまー、なんさこんの荷馬車はー」
「んだのーえれぇ多いのぉーくっくるどーの軍隊だべさ?」
「んばか、おんめぇグックルスだっつの、まぁおらたちにゃ関係ないべさ。
ベコの世話さすんぞ」
住民たちは暢気に、喋りながらも普段の生活を続ける。
どうせ、自分たちには関係ないと言う体である。
そのとき、東の空から黒い影の群れがかの地を目指していた。
「閣下、報告いたします。通信で、『青き山は火を吹く』とのことです。」
今か今かと待ち望んでいた通信だ。ライトマイヤーは意気揚々に指揮杖を握り
陣屋から飛び出す。
「全軍に伝えよ!コレより総攻撃へと移る!魔術部隊は敵防御術の妨害を開始せよ!
続けて砲兵部隊は砲撃を開始せよ!他歩兵及び騎兵部隊は現状のまま待機」
先日までの仏頂面が一点、表情が生き生きとしているのが
副官シュラウドラフ中佐の目にもはっきりと分かった。
砲は火を噴き、要塞を瓦礫へと変えるべく弾を吐く。
要塞へと着弾するその瞬間弾は炎と化し蒸発する。
今までと同じ結果、何度繰り返しても要塞壁面に傷をつけることすらかなわず
この一ヶ月近くこの地へととどめられていたのだが・・・・・・
「やはり、効果はあがりませんな・・・・・・」
レニエが呟く。これでいい、とライトマイヤーは返す。
その事はレニエ自身も理解しているので、また欠伸を一つ
普段であれば欠伸をしている場合ではないなどと叱責もあるのだろうが・・・・・・
「現状敵に損害は認められません。砲撃を続けますか?」
砲兵部隊の指揮官から伝令が来たが
「かまわん続けろ。全力で射撃する必要はない休み休み適当にやれ!」
「報告します、敵が攻撃を開始しました。ですが、我が軍の防御術に阻まれ
当要塞への損害はありません。」
当たり前だ。と心の中で舌打ちしながらベスファト要塞司令官
マルス・ファイツェフは司令官席へと座りなおす。
「ふん、今回もどうせ嫌がらせだろう。魔術師どもには余裕があったら撃ちかえせとでも入っておけ。」
「はっ!」
「ふんっ忌々しい侵略者どもめが」
彼は、元はこのキティクルス地方の総監である。
長年住人達へ重税を課し、その一部で私腹を肥やしていたのだが。
「兵力さえあれば、このワシ直々に叩き潰してくれるものを!」
事実、要塞を守備する兵力は多いとは言えない。
もともと税金の搾取と反乱に対する監視という意味合いから
多くの兵はいなかった。
キティクルス各地が陥落するにつれ、本国からの増援はあった。
しかし、手元の兵力はあまりに少ない。一度要塞から打って出たことはあったが
圧倒的な兵力差と、未知の兵器によりあっという間に押し返され
このベスファト要塞に押し込められてしまったのだ。
旧要塞を支城とし、再度攻勢に出ようと機はうかがっていたものの・・・・・・
結局は防御術に長けた首都の魔術隊を追加しただけで最後の本要塞にこもる形となってしまったのである。
「南東方向に何かが見えます!」
直後、要塞から火の手が上がる。
「なんだ!?いったい何が起きた!?」
ファイツェフは突如の衝撃で椅子から転げ落ち
頭を抑えながら叫ぶ。
「分かりません!突如爆発がおこりました!」
司令官ですらまったく把握できていない状態なのだ
先ほどまで、敵の砲撃をモノともせず余裕すら見せていたエリュオス将兵たちは
自分たちの身に何が起きたのか分からず、一挙に混乱した。
「防御術に参加している魔術師から優先的に排除せよ!」
要塞内部では、混乱の中戦闘が始まっていた。
まだ、ライトマイヤー達の部隊は突入を開始していない。
「なんじゃ!?何がおきておる?」
ファイツェフも爆発以外の事態の異様さに気づいた。
敵はまだ目の前にいる、だが内部では戦闘が起きているのだ。
「敵です!空から敵が!」
「人が空を飛べるわけがなかろう!」
部下を叱責しながら要塞内の兵へ指揮を取ろうと振り向いた瞬間彼は閉口した。
化け物に乗った人が空から襲って来たのだから。
「有効射確認!」
「よぉし!全力射撃はじめ!全軍突入する!」
レムネスト山脈を砲声と怒号が埋め尽くす。
大きく部隊を展開できないとはいえ前面部隊だけで8千人からなる大部隊だ
「撃ち方やめ!突入!」
3日後、何とか脱出した残存部隊は王都へと走った。
要塞守備兵力1万8千の内帰還したのは50名だったと言う。
だが、この50名も敵前逃亡として全員が処刑されることとなるが
実際は要塞陥落の口止めであった。
最終更新:2011年07月20日 09:43