この辺りでは珍しく、あまり日焼けしていないその男はこちらを値踏みするような目つきで見ている。
「あんたは確かこの前入港した時に乗ってきた…」
「そうそう、旅人だよ。君はこの船の船員かい?」
「ああそうだけど。」独り言を聞かれたのが恥ずかしかった俺はぶっきらぼうに答えた。
その口調で俺の気分を推し量ったのか、男はすまなさそうに頭を掻きながら謝罪してきた。
「悪かった、盗み聞きするつもりじゃなかったんだが聞こえてきたものでつい声をかけてしまったんだ。気を悪くしたなら謝るよ。」
「別に謝られるほどの事じゃないから気にするな。」
「そうか、それなら良かった。ところで君は水夫の仕事に不満でもあるのか?」
「いや不満っていうか失望だな。船乗りってもっと格好いい仕事だと思ってたんだが、実際は地味できつい仕事だったんだ。それでついつい今みたいにぼやいちまうのさ。」
「…そうか。」そういうと男はなにか考え込むように俯いて黙ってしまった。
「どっか良い転職先無いかな。」アルヴィングは他の国に比べて就ける仕事の幅が狭い。
他国では一番の労働人口を占める農夫が耕作地の無いアルヴィングにはほとんどいないためだ。
その為アルヴィングで就ける仕事は船乗りかガラス工房や繊維工房で働く職人ぐらいしか無い。
しかし俺は手先が不器用なので端から繊維職人は無理だ。ガラス職人も最近は外国のギルド勢に押されて衰退気味で、工房が次々に閉鎖されていると聞いている。
つまりここで船乗りを止めてしまうと俺は再び仕事に就く事が出来なくなる訳だ。
「どうしたもんかねぇ」
「一つ良い仕事を知っているんだが、やってみる気はないかね?」悩んでいる俺に男が再び声を掛けてきた。
「良い仕事?」思わず食いついてしまった。
「ああ、こんな退屈な積荷の上げ下ろしや甲板掃除じゃなくて本当の船乗りがやるような仕事だ。」
「本当の船乗りがやるような仕事?」
「お前さんが憧れているような未知の海を探検したり、財宝を探したりするような仕事だよ。どうだ?やる気があるなら紹介してやるぞ」
「…その話、本当なのか?」いかにも怪しそうだが…
「嘘などつくか。…と言っても信じられんだろうな。では証拠を見せてあげよう。」そう言って男は懐から袋を取り出して俺に手渡した。
受け取ってみるとズシリと重い。
「開けてみなさい」そう言われて俺は袋の口を縛っていた紐をほどいて中を覗いた。
「…金塊だ…」金塊なんて初めて見た。
「どうだね、こいつは遥か西方にある孤島で採れた金塊だ。我々が行ったときにはまだ沢山あった。
また今度行くことになっているんだが人手が足りなくてね、あちこちの港町を渡り歩いて新人の勧誘をやっているんだが、
なかなか集まらない。見たところ君は水夫になってそれなりに経つんだろう?まだ若くて体力もありそうだし、どうだね?」
正直なところ迷った。いかにも怪しい話だったからな。けどその時は船での雑用に
飽き飽きしてて、ここから抜けられるならどんな仕事でもやってやるって気分だったんだ。
「是非頼む。いや、お願いします。」だから俺はついて行くことにした。
「決まりだな。」男はニヤリと笑った。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前はテルデンだ。」
「マリユスだ。これからよろしく頼む、テルデン。」
「こちらこそよろしく頼むよマリユス。次に停泊する港、確かヴァッサーと言ったかな?そこで私の仲間が待ってる。船を降りるから準備しておいてくれ。」テルデンはそう言うとふらりとした足取りで船室へと引き返していった。
再び一人になった俺は嘆息して海の方を見やる。海はいつも通り何事にも無頓着に、ただそこに茫漠と広がっていた
この時違う選択をしていれば、あの未来も変わっていたのだろうか…
最終更新:2011年07月20日 09:51