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見渡すかぎりの大草原。空に雲が流れ、風は優しく大地を撫でる。

集落があった。
父親達は放牧のかたわら息子達に馬術や剣術を教え、母親達はその様子を眺めながら洗濯や料理をする。女の子達には水汲みを手伝う子もいれば、草花を編んで花冠を作る子もいる。彼らの周辺では羊や毛長馬の群れが、思い思いに過ごしていた。
代々受け継がれてきた日常の光景。
夕闇が迫ると、彼らは一つのテントに集まり夕食を共にする。五つの家族が集まり、慎ましくもにぎやかな団欒の時が過ぎていく。
夜の帳が降りると家族はそれぞれのテントに戻り体を休める。
寝ていた毛長馬達がざわつき始めたのは、ちょうどその頃だった。


「ウィル、あの煙」
フィネットが指差した丘の向こうに、数本の煙が棚引いていた。
「地図には村なんて無かったはずだけど……」
砂漠馬に乗せた荷物から地図を抜き取り、確認するウィル。
「その地図もだいぶ古いからなぁ。それにこの草原は遊牧民の領域……ま、いずれにしろ、行ってみりゃわかるさ」
怪訝な顔のウィルもベクメルの言葉に頷き、三人は煙の立ち上る方へと歩を進めた。


「こりゃノルゲ民の移動集落だな」

焼け落ちたテントの間を歩きながらベクメルが呟く。
テントの支柱だった木はまだ熱をもち、所々燻っていて、襲撃からまだそんなに経過していないであろう事がわかる。

「盗賊に襲われたのかしら?」
「いや、盗賊なら戦利品を殺したり放置したりしない」
ベクメルは周りを見回す。
飼育していた馬や辺りに放牧されていた家畜達は散り散りになっているようだ。

「……それに盗賊は、わざわざこんなことしない」

ウィルの見つめる先に、一際大きな煙が上がっている。そこに積まれているのはおそらく、この集落に住んでいた人達の成れの果て。
その仕打ちは底知れぬ狂気すら感じさせる。


遠くから馬の啼きが聞こえた。放牧されていた毛長馬が戻ってきたのだろうか?
「ここを襲った奴ら、まだ近くにおるかもしれんな」
いずれにせよ、ここに立ち尽くしていたところで埒が明かない。
「無用の誤解を招く可能性もあるわ、行きましょ」
せめて埋葬してやりたいというウィルを説得し、三人はこの場所を出ていく。

が――

「……遅かったみたい」
フィネットがため息混じりに漏らす。草原をこちらに向かって駆けてくる騎馬集団を見つけたのだ。

「逃げるか?」
「それこそ無用の誤解を招く可能性があるんじゃないかな……話せばわかってくれるさ」
話している間にも騎馬集団はどんどん近づいてくる。

「止まれ!」

幾重にも重なる蹄の音、そしてそれに負けない野太い声。数十人はいるであろう騎馬集団が三人を包囲する。
「こいつらもノルゲ民だな」
ベクメルが低い声で呟く。

指揮者らしき男がゆっくり馬を進め、ウィル達の前で馬から降り立つ。
「後ろの、あの集落を襲ったのはお前達か?」
「違います、俺達はただの旅人です」
ウィルが答えると、その男は品定めをするようにジッとウィルを見つめる。
「襲ったのが誰かわかるか?」
「いいえ、俺達にも分かりません」
男は、今度はウィル、ベクメル、フィネットと順に視線を移していく。

「……完全に信用する事は出来ない」
「何!」
声を荒げたのはベクメルだった。
興奮するベクメルの鼻先に槍の穂先が差し出される。ウィルがベクメルの肩に手を置き、グッと力をこめる。
「君達がここを襲った奴らの仲間でない、という証拠があるか?」
「随分猜疑心が強いのね」
「抵抗せずに付いてきてもらえると助かる」
「無関係なのは見ればわかるでしょう!」
「我々だけで判断する事は許されない。族長の裁可を仰ぐ」
咄嗟にウィルは剣を抜こうとした。だが後頭部に鈍い衝撃が走り、暗闇へと沈んでいった。
騎馬集団に囲まれながらウィル達は荷台の上で揺られている。その後ろをやや遅れて砂漠馬が付いていく。
負傷者や遺品を運ぶ予定だった荷馬車が、素性のわからない三人を乗せることとなったわけだ。

「おい、ボンゴゴに無茶させるんじゃないぞ!」
ベクメルはひたすら砂漠馬を心配しているが、ボンゴゴと呼ばれた砂漠馬は楽しげに後を付いてきている。

「ウィル、ウィル!」
フィネットの呼び掛けにようやく意識を取り戻したウィルは、自分が後ろ手に縛られていることに気付いた。
「……頭がズキズキする」
同じように縛られたフィネットとベクメルがウィルを覗き込んでいた。

フィネットが言うには、ウィルが剣を抜こうとするのを見て、男達の一人が後ろから槍の石突きを打ち付けたらしい。その後自分達も捕まり、襲撃を受けた集落の家畜達や食料を集め、埋葬を済ませてそこを離れたとの事。だいぶ長い間気を失っていたようだ。
「なぁにが無用の誤解を招くだ、お前が一番無用の誤解を招いとるじゃないか」
「まさか有無を言わさず捕まえられるなんて思わなかったんだよ」
「フン……まぁ、確かにな。何やら殺気立っとる」

騎馬集団の行く手にやがて多くのテントが集まった集落が見えてきた。

(あそこに族長ってのがいるんだな……)

ウィルはまだ痛む頭でそんな事を考える。
やがて集落へ入り、広場まで来たときにようやく三人は馬車から降ろされた。

「族長に話してくる。お前達は逃げないよう見張っておけ」
さっきの男が奧にある一際目立つテントへ歩いていく。

「で、これからどうすんじゃ」
「……話せばわかってくれるさ」
「さっきは話してもわかってくれなかったみたいだけどね」
「……」

気付くと周りで見張る男達も異様に殺気立っている。
話してわかってもらえるだろうか……
ウィルは少し不安になりつつあった。

「おい!おまえらか!怪しい奴らってのは!」

数人の男達が荒々しく見張りを押し退け怒鳴り声を上げる。その中でも一際目付きの鋭い男が三人の前に立つ。ウィルより少し年上だろうか。

「俺達はただの旅人です」
「じゃあなんでクェルム達の集落にいた!」
「偶然通り掛かっただけです」

やめないか、という見張り手をはねのける男。彼の声が聞こえたのか、広場には人が集まりだした。

「反抗しようとしたらしいじゃないか!」
「はなっから疑われて、有無を言わさず捕まえようとされれば、誰だって抵抗する!」

男の高圧的な態度にいい加減ウィルは腹を立て始めていた。周囲の視線も気にせず怒鳴り返す。

「大体何でそんなにピリピリしてるんだ!俺達はただの旅人、あんたらとは関係ないだろ!」
「それが本当ならな!本当ならすぐ解放してやらぁ。だがそれを決めるのは族長だ!」

男がウィルの胸ぐらを掴み上げ怒鳴り散らす。負けじとウィルも男を睨み付ける。
一方フィネットとベクメルは周囲を見回しながら、やはり全体的に殺気立っている事に気付いた。
「お前さん、気付いとるか」
「うん、何かに怯えているみたい……」
男達はともかく、集まりつつある人々の目には不安と焦燥が入り交じっている。
「なるほど、怯えとるか……確かにな」


ウィルはウィルで口喧嘩をする一方、なぜこんなに自分が熱くなっているのか分からずにいた。
「チッ、口の減らねぇ野郎め!」
男がウィルを突き倒すと、ウィルは手を縛られたまま足を上げ反動を利用して起き上がる。
「そっちこそ!縛られた相手に乱暴するような卑怯者め!」

ピクッと表情を強ばらせる男。隣にいた背の高い男に耳打ちをすると、ウィルの手を縛っていた縄を解く。

「おい、アディマ!何を勝手に……」
成り行きを見守っていた見張りが声を上げるが、男は耳を貸さない。
ウィルが手首をさすっていると、背の高い男が持ってきたものを投げてよこす。それは堅木を削り作られた木剣だった。

「何のつもりだ」
「平等というやつだ。お前はもう縛られてはいない」
同じ木剣を握った目付きの鋭い男、アディマがゆっくり構える。
「勝てたら逃がしてやらないこともない」
見張り達が止めようとするが、アディマの取り巻き達に阻まれる。
フィネットとベクメル、広場の周囲に集まったノルゲ民達は事の成り行きを見守る。
「俺が勝ったら、俺を卑怯者呼ばわりした事を這いつくばって詫びろ。
そして潔く罪を認めろ」
ウィルはしばらくアディマを睨んでいたが、やがて木剣を手に取る。心配そうに声を掛けるフィネットに微笑むと、深呼吸をして木剣を構えた。
族長のテントにはウィル達三人を連れてきた男、族長、そしてもう一人の男。
族長のメイバロン・シモルは長い髭を撫でながら報告を聞いていた。

「では、セルバマの一団も……」
「残念ながら」
「これでクェルム達と合わせて六つの子等が絶えてしまった……」
「我々がもう少し早く着いていれば……!」
男の言葉にシモルは肩を叩く。
「子等の集結を急がせねばなるまい」
冬を待たずしての集結、事態は深刻化している。男達は頷くしかなかった。

「ところで族長、クェルムの集落にいた三人の見極めですが」
「旅人……か。
ん?何やら騒がしいが?」

ウィルとアディマは互いに一歩も引かなかった。
木剣とはいえ当たりどころが悪ければ、死。
最初周囲はただ騒めくばかりだった。だが、二人が剣を打ち合わせ続ける内に広場の人々は次第にその闘いに引き込まれていく。
アディマが鋭く突きを放てばウィルは横に滑るようにして躱し、ウィルが踏み込み切り上げればアディマは後ろに引いて躱し、二人は再び木剣をぶつけ合う。
ウィルは内心アディマの強さに絶句していた。一瞬でも気を抜けば打ち込まれる、なんとか打開しなくては――!
一方アディマは剣を振るいながら、内心首を傾げていた。
――おかしい、こいつの剣捌きとは『噛み合い過ぎ』ている。
アディマの剣術はノルゲ民伝統の剣術。本気で切り掛かっているはずだが、何故か目の前の男には太刀筋を読まれているような感覚に陥る。

何十分そこで斬り合っただろうか。正確には十分も経っていなかったのだが、二人も周囲もこの『闘い』に身を任せていた。
それはシモルも同じだった。
騒ぎを沈めようと広場の喧騒に近づいたが、二人の闘いに思わずそれを忘れていた。

「何をしておるか!」

雷のような怒号を発したのは、ウィル達三人を連れてきた男だ。
その声に広場にいた全員がハッとする。ウィルとアディマも闘いを止め、怒号の主を見つめる。

「アディマ、またお前か!」
「親父……」

詰め寄ろうとする男、アディマの父をシモルは手で制しウィル達を見やる。アディマが離れると、ウィルは手に持っていた木剣を静かに置いた。それを見てシモルゆっくりと族長としての判断を下した。

「向こうの二人も縄を解いてやりなさい」

シモルの指示に従い縄を解かれたフィネットとベクメルは、ウィルに駆け寄る

「ワシがノルゲの民を率いる族長の、メイバロン・シモルだ」
シモルは三人に近づくと少し頭を下げ、出来る限りやさしく声を掛けた。

「我が一族の無礼を許してほしい。そして、出来るならば君達の話を聞かせてもらいたい」

族長自らが頭を下げると思っていなかったウィルは面食らった。
「疑いが晴れるなら喜んで。ね、ウィル」
フィネットに言われ慌てて頷く。
シモルに促され、彼のテントに向かおうとした時。

「おい」

アディマが呼び止める。

「俺を卑怯者呼ばわりした事、許したと思うな」
ウィルを睨み付けると、アディマは男達を連れて歩み去る。

ウィルはしばらくその後ろ姿を見ていたが、ベクメルに促され、族長のテントへと入っていった。

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最終更新:2011年07月21日 10:05
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