開戦後、千年以上実戦経験の無い(平和ボケしていた)この世界の住人は見た事が無い大量の兵器群を持つ異世界人との戦力差によって敗走を続けた。
彼等異世界人の部隊は中央大陸を完全に掌握し、その勢いのまま北の白翼大陸、南の暗黒大陸を次々に制圧してしまった。
残るこのレイス大陸も数週前に帝都陥落、リンデンとの国境近くまで戦線を後退させられた。
対異世界連合国軍は中央盆地に戦力を集中、この地を現時点での最重要防衛線とした。
理由は主に三つ
1.リアレイスラインは河川等の少ない大陸中央部における貴重な水源であり戦線を維持するには必要不可欠
2.此処は周囲が険しい山岳地であり守り易く攻め難い地形
3.この地でのみ栽培が可能なリアレイス草は多くの病や怪我に非常に有効な上、
モンスターの性転換を促す作用を持 ち、現在世界的問題であった多種族への襲撃をほぼ無くしている、この為世界的に必要不可欠
という事であった。
ただ、もう一つ大事な理由が俺達には(俺達だけでは無いが)有った。俺達の祖国であるという理由が。
その為に俺達はレヌリアから帰って来た。
―――――――レイス大陸中央部 中央盆地 イラステイン王国 リアレイスライン北岸東部 1007/8/23 11:30―――――――
俺は小隊を率いて後方支援を担当している部隊の本部(仮)に来ていた。
支援部隊及び物資の護衛任務に就いていた為だ。
「イラステイン陸軍マクドネル・コナー中尉であります」
「エリュオス陸軍オルガ・スパート、階級は中佐だ。一応、この部隊の部隊長を任されている。よろしくな」
俺が部隊長に連合軍式の敬礼をすると、美人の女性士官はそう言って答礼した。
エリュオスの兵士達から聞いた話だが、彼女はエリュオス陸軍の上層部の注目の的(……個人的な意見を述べると身体の方も注目に値する)らしく、将来有望だそうだ。
「上からの情報によると、貴官は異世界人達との交戦経験が有るそうだな」
「はい、その通りであります」
「わたしや部隊の者は後方支援ばかりで彼等との戦闘経験はおろか、見た事のある者も居なくてな。実際に戦ってみた感想を教えてくれないか?」
「分かりました、話します」
俺はレヌリアで見た光景をそのまま話した。
彼等の戦力は俺達のそれと比べ、あらゆる面で上回っていた。
陸では、数十km(キロメイル)もの射程距離を持つ砲を搭載した戦闘車両や械仕掛けの銃火器を持つ歩兵に殲滅され、海では、大型の戦闘艦が艦隊を組み、巧みな連携と圧倒的な火力で次々に連合艦隊を沈め、空では、たった数十機の航空機の編隊に既に数百機も落されていた。
彼等は魔法や錬金術が使えないので、連合側はエルフや魔族を掻き集めて超大魔術を使用したり、優秀な錬金術師達に大規模錬成をさせたりして対抗しているのだが、大きな戦果を挙げる事は出来ていない。
都市も村も、森も山も、海も空も焼かれ血に染まっていた。
そこは、最早地獄だった。
「……彼等と戦って勝てる可能性は現段階ではほぼありません。出来るのは逃げるくらいです」
「そうか……、ありがとう。やはり上からの情報より現場の者の意見の方が参考になるな」
「いいえ、礼には及びません」
「明日02:24に我々は出発する、今は休んでいろ」
「了解しました」
俺はテントから出ると次に自分が率いる小隊がいるテントに向かった。
「戻ったぞ」
「隊長!丁度好いところに!」
「なんだ?」
「カードゲームの人数が足りなかったんですよ。是非入って下さい」
「ライアン、またお前だけサボってやがったな!?」
「否定はしません。ただ、肯定もしません」
「おい、否定しろよ……」
「隊長、気にしなくとも大丈夫です。コイツがサボってなかったら天変地異の兆候ですよ」
「ノフル!お前は仲間のサボり癖を何とかしようとは思わないのか!……天変地異の兆候なのは認めるがな」
「思っていようが実行しようが出来んものは出来んって事ですよ」
「既に諦めていたか……。ところでジェニーは?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
「……またか」
テントから顔を出し辺りを見回す。すると涙目で苦しみ悶えている男が居た。
「おいジェニー、今度はどうした?」
「た、隊長~~~。助けて下さい~~~」
このテントの隣で別のテントの設営をしていた様だが、途中で放り出して此方へ駆け寄ってくる。
見ると左手の親指が見事に腫上っていた。どうやら誤って自分の指をハンマーで打ち付けてしまったらしい。
「あ~これは……無理だな。うん。助けらん無い」
「そ、そんな殺生な~~~」
「……………」
「……………」
完全無視を決め込むノフルとライアン、こういう時は息がピッタリで羨ましい。
「……………ハァ」
仕方なく俺が適当に処置をしておく。このヘタレ一等兵の尻を拭くのも何時の間にか俺の担当になっている。
良くこんな小隊で生残れたものだと我ながら感心しているが、何だかんだ言ってこいつ等(約一名除く)は中々優秀だったりする。
副隊長・曹長のノフルは冷静沈着な戦場を選ばぬオールラウンダー、特に錬金術に長けそれを応用した工作が得意。
伍長のライアンは小隊一の怪力の持主で豪傑、獣人の血なのか鼻が良く遠くの敵も察知出来る。
一等兵のジェニーは……、優秀の筈だが……、……ヘタレ。
俺がレヌリアで共に戦った仲間達の評価は大体こんなものだ。
テントの設営を全て終えると、俺達は明朝に備え寝袋に潜り込んだ。
―――――――イラステイン王国 山間部 東部国境付近 リアレイスライン北岸 8/24 05:03―――――――
「もうすぐ国境ですよ。中佐」
「流石に地元の者はこの辺りにも詳しい様だな。皆、もうすぐ砦だ!」
俺達二つの部隊は山間部に新たに造られた砦に向かっていた。
到着すればそこで別の部隊と護衛役を交代し、砦の防衛任務に就くので中佐達とはこれでお別れだ。
その時であった。
『隊長!敵の臭いだ!直ぐ近くに居るぞ!』
三台の車列の最後尾に陣取っていたライアンから通信が入った。
「了解!方角と数は!?」
『10~8時、一個~二個小隊、散開しています!』
「崖の上から散開、三方から挟む気か!中佐!」
「分っている!皆、速度を上げろ!前方を塞がれる前に突破を図る!」
『『『了解!』』』
中佐の部下が返事を返した時には既に俺の乗るトラックはグングン加速していった。
暫くすると崖から降りて来る敵が見えた。未だ崖の中腹ほどだ。
車列は敵の前を通過し、更に速度を上げていく。数分後には敵はもう見えなくなっていた。
―――――――イラステイン王国・リヴァテイン王国 国境 山間部 東リアレイスライン要塞 06:45―――――――
「えーっと……お!いたいた!ようライル!」
「マック!ようやく会えたな!で、此方の方は?」
「ああ、オルガ・スパート中佐。俺達が護衛して来た補給部隊の隊長」
「成程、これがエリュオス軍で噂の隊長さんか」(中々美人だな)
「誰だこいつは?この男、貴官の知合いか?」
「ええ、旧友ですよ。ライル、緊急報告しなきゃいけない事態になっちまった。重要事項だから直接此処のボスに話したい。そこへ案内してくれ」
「分った、ついて来いよ」
「了解」
「ちょっと待て、夫々の持場は極秘事項につき守秘義務が有、上官命令でも話してはならない。貴官は何故この男が案内できると知っているんだ?」
「彼の持場を知っているからですよ。何故持場を知っているのかは直に分りますよ」
「何だったら今直ぐでも良いぞ、中尉」
「了解であります。将軍」
「………は?貴官は今何と言った?」
「『了解であります。将軍』と言いましたがそれがどうかしましたか?」
「なっ!そ、それは本当か!?」
「間違いありません。確かに言いました。彼はリヴァテインの少将ですよ。中佐」
その言葉を聴き青褪める中佐。
この男呼ばわりしていたのであるから当然の反応だ。
「あ、あ、あ、す、しゅみませn(ガリッ)――――――――――ッ!!!」
噛んだよ、噛みましたよこの人。中々可愛いとこ有るじゃないですか中佐殿。
でも痛そう。血出たみたいだ。
そして笑顔の少将殿、これは何か企んでやがる。
「申し訳御座いませんでした!エ、エリュオス陸軍中佐、オルガ・スパートであります!すみません!すみません!」(痛い。恥しい。そして死にたい)
「リヴァテイン陸軍少将、ライル=ブランディーだ。よろしく中佐」
答礼後、握手を求める少将殿。
その笑顔の裏に何を隠していやがる。
「はいぃ!よろしくお願いしますぅ!」
「大丈夫、大丈夫。誰にでもミスは有るさ。勿論、戦場でのミスは命取だから気を付けるようにな」
「はい!気を付けます!」
「それから、そんな涙目で居ないでくれるかな?可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」
「……はい」(可愛い……、ってあれ?良く見ると少将けっこうイケ面かも……)
おい、まさか……。
「ほら笑顔笑顔」
「はい」
中佐が笑顔を作る。そこでにっこりと笑みを浮べる少将。
「可愛い子にはやっぱり笑顔が良く似合うよ。オルガちゃん」
「……はい///」[ズキューン!!]
【マック脳内】
今、明らかに銃声が聞こえたぞ!しかも特大のやつが!
中佐!確りして下さい!
ああ、駄目だ!
ど、ドクター!誰か医者を!
〔わたしに診せろ!〕
〔――――――――クッ!〕
何で?
何で首を横に振るんだよ!?
頼むよドクター!
クソッ!クソッ!クソッ!チクショー!!
【現実】
結論から言うと、中佐は戦場に散った。
この男の放った凶弾に倒れ、それまでの人生に幕を閉じた。
そして……。
「未だですか?将軍♪」
「もう着くよ。中佐」
「……………」
彼女の新たな人生が幕を開けた様だ。
出会って僅数分の間に落した奴と落された奴が目の前でイチャイチャしやがっている。
お前等くっ付き過ぎ、ちょっと離れろよ……。
って言うか中佐は良くあんなので落されたな……。ハッキリ言って呆れるぜ。
「おっ!此処だ此処」
「ようやく着いたか」
そこは大部屋で皿のような形状になっていて、中では所狭しと将校たちが歩き回り、中央の低い所に在る大きなテーブルには魔法で自動制御されたモニターに地図が映し出されていた。
「ようこそ、連合軍レイス中央方面東リアレイスライン峡谷陸軍基地司令部(仮)へ」
「無駄に長いな……。で、早速デブリーフィングを始めたいのですけど」
「こっちこっち、中央聖都のお偉いさん方が一応此処のリーダだからそこに行く。まぁ、ハッキリ言って実権は俺達レイス人の側にあるがな」
「中央大陸の軍人さんねぇ」
テーブルの中央に陣取るデブに向かって歩く、恐らく彼が此処のトップだろう。
「司令官、報告します。補給部隊が到着しました」
「ああ、ごくろう。後ろの二人かな?」
「ええ、補給部隊の隊長スパート中佐と護衛の隊長コナー中尉です」
「オルガ・スパートであります」
「マクドネル・コナーであります」
「此処の総指揮を担う、マーク・ウスバルだ。よろしく」
中央大陸の連中の名は相変わらず分り辛い。
そういえば異世界から来た彼等も変わった名だった。まぁ、世界が違うのだから仕方が無い。
「それで、緊急事態とは?」
「はい、0503時、我々が峡谷を通っていた時です。恐らく我々を目標とした敵奇襲部隊と遭遇、その際、敵部隊の接近にコナー隊の隊員が逸早く気付き事無きを得ました。彼等が居なければ我々は今頃死体としてこの基地に流れ着いていた事でしょう」
「敵部隊の総数は?」
「一個~二個小隊、全て歩兵の様です」
「解った。他に何も無ければ以上でデブリーフィングを終了する。ああ、護衛の引継ぎは追って連絡する。下れ」
「「了解しました」」
「ブランディー少将、基地内の将軍達を緊急招集。0715時より此処で緊急会議だ」
「了解しました。直ちに召集します」
より一層慌しく動き出す室内、俺達はどうやらお邪魔虫らしい。
「じゃあなライル、頑張れよ」
「また後程、将軍♪」
「ああ、終ったらな」
俺達は各々割当てられた部屋に向かう事にした。
―――――――東リアレイスライン要塞 8/25 10:00―――――――
あの後、なんとか時間が取れた俺達三人は集り、談笑した。
中佐はベッタリとライルにくっ付いてとても幸せそうだった。
だが、今日は中佐とお別れだ。
本来なら昨日でお別れなのだが奇襲の一件で上がそれどころでは無かった様だ。
……が、此処で少し……否、大きな問題が浮上した。中佐がグズっているのだ。
「離れたくないですぅ」
「我侭言っちゃ駄目だよ。オルガちゃん」
「でもぉ」
涙目の中佐。やっぱり美人だ。
「駄目。任務だろう?それに此処に居たら危険なんだよ。守るべき存在がまた一つ増えたのに守りきる自身が無いんだ。ごめんね」
ライルよ、何時からそんなキャラになった?
「いえ……、そう言って頂けて嬉しいです。……分りました。命令通り帰還します」
「良かった。じゃあね、オルガちゃん」
「また会いましょう。中佐」
「お手紙書きますね。将軍♪、それから中尉にも」
「了解。待ってるね」
「直に返事を送りますよ」
中佐が敬礼をする。
「それじゃあ二人とも御気を付けて。失礼します」
俺達も敬礼を返す。
「そっちもな」
「俺達は必ず生き残って見せます。生きていれば会えるはずです。だから次に会う時までは、さようならです」
「ああ、さようなら」
中佐は手を振りながら昨日通った道を逆走していった。
―――それから三日後の事だった。この基地に敵の大部隊がやって来たのは。
最終更新:2011年08月19日 12:58