ジローは逃げ回っていた。
誰からか、言うまでもなく先ほど遭遇した妖精からである。
校舎の外に出た彼だが、追ってきた妖精に早々補足されこうして追いかけっこをしている。
今現在彼は、月の見える夜空の下でコンクリートの地面を蹴り、全速力で走っている。
「何でこんなこと……!」
理不尽だ、と叫びたい気分だった。
思えばここに来る直前でも逃げ回っていた。
それなりに鍛えている身ではあるが、あくまでそれはスポーツのためにものであり、こんな実戦の為のものではないというのに。
「飛べるなんてズルいぞ!」
しかも今回は相手が飛ぶことができる。
追ってきた妖精は遥か上空が時節魔法を飛ばし、ジローを邪魔している。
追いかけっこで片方がそんなアドバンテージを持っていれば負けるのは必至。
それでなくとも単純速度は向こうが上回っているのだから、これでは捕まるのは時間の問題だ。
休むことなく全力走っているが、それも何時まで持つか分からない。
銃による迎撃、なんて選択肢が脳裏をかすめるが、却下だ。凛ならいざ知らず、自分の腕であんな大空を飛ぶ存在に当てることができるとは全く思えない。
「くそっ、ならいっそ」
このままでは次の瞬間にも倒れることになるかもしれない。
ならば、覚悟を決める。ジローは闇雲に逃げ回るのではなく、ある一点を目指し走り続ける。
その先にあるのは――先ほど逃れたばかりの校舎へと通ずる玄関口。
「ここでならそう高く飛べない筈だ」
そう判断し、ジローは再び学園内に戻ってきた。
下駄箱を尻目に乱暴に蹴り、急いで校舎内へ入る。この先にもう一人の褐色の女が残っていた場合は挟撃の形となり、その時点でゲームオーバーだろう。
だが、それしかない。そう思っての決行だった。
暗いリノリウムの廊下を全速力で走り、階段を蹴る。
後ろで妖精が苛立つように声を漏らしたのが聞こえた。しかし振り向かずにジローは走る。
実際、彼の行動はこの場では最善と言えた。
リーファは羽による高速飛行が可能なALOにおいても、スピードホリックの異名を持つプレイヤーだ。
単純な速度比べでは如何に鍛えた人間でも到底叶う筈もなく、唯一逃れうる活路があるとすれば、障害物の多い狭い通路――それこそ校舎内のような場所だろう。
直線の少ない場では最高速度を出す訳にも行かず、また室内では羽による移動範囲も大きく制限される。
三次元的な動きを捉えることは不可能に近くても、狭い場所ならば通るポイントはある程度予想することができるのだ。
そして、それは待ち伏せが可能になるということを意味し、
「これでどうだ!」
一階と二階を繋ぐ階段。そこにやってきた妖精――リーファをジローは銃撃した。
校舎内までやってきて自分を追ってきた以上、ここを通ることを予想することは容易にできた。
そして折り返し階段である月海原学園の階段には死角となる部分が多いのだ。
「きゃっ」
階段の陰に隠れていたジローは、リーファの姿が見えるや否やDG-0を連射した。
四発の銃声が響く。攻める側だと思っていたであろうリーファは、突然の反撃に驚きの声を上げた。
だが、
「危なかった……そうか、このゲーム、銃もあるんだ」
間一髪のところで回避したリーファは、壁に刻まれた銃痕を物珍しげに眺めつつ言った。
ジローがそう銃の扱いに関しては素人だったということに加え、リーファの反射神経も合間って弾丸が彼女を捉えるまではいかなかった。
ジローは冷や汗を垂らしつつ、リーファと向き合った。リロードしたDG-0を向ける。
彼女もまた剣を構え、その場に息の詰まるような緊張が訪れる。
「何でこんなゲームに乗ろうとするんだよ!
そんなにあの賞品が欲しいのか」
ジローは思わず問いかけていた。
こうして間近で見ると、妖精の姿は年端もいかない少女のものだ。
何故そんな彼女が――まぁ実際のプレイヤーがどんな姿をしているのかは分からないが――こんなゲームに乗ろうとしているのか、
理解できないが故の迫真の問い掛けだったが、対する少女はきょとんとした顔で、
「賞品? ってあの冒頭で言ってた。あらゆるネットワークの掌握がどうのこうのって奴?
アレってただのただのゲームの設定……」
「は? 何を言って」
「あ! そうか。そういうロールもありなんだ。成程なぁ」
一人で何か納得したように頷くリーファを前に、ジローは瞠目した。
もしかしてこの娘、何か凄い勘違いをしているんじゃ――
「私もそっちにしとけば良かったかも、でもまぁラニと一緒に遊ぶって決めたし、今回は良いか」
だが、それを指摘するよりも早く、そして速くリーファが動いた。
その剣がジローを捉えるべく振るわれる。そしてその時は彼は――
◇
「まさかまた会うことになるなんて思わなかったわ、ラニ」
「はい。それは私もです。何故なら――」
貴方は死んだ筈なのだから。
と、全く同じ趣旨の言葉を、二人は互いに告げた。
凄絶な追撃戦を行っていたジローとリーファとは対称的に、彼女らはすぐに出会い、そして静かに向き合っていた。
凛は端からさして遠くへ逃げようと言う意志はなかった。グラウンドの中心で、ラニを待つかのように腕を組み立っていたのだった。
そうして相対した二人の間にあるのは、確かな緊張と滲み出る戦意と、互いの存在に対する疑問。
「貴方一人? さっきの妖精さんは貴方の新しいサーヴァントじゃなかったの?」
「いえ、違います。彼女はこの場で得た私の協力者です。
私のサーヴァントは変っていません」
「そう、それは残念」
髪を振り分け言う凛は言う。その態度に焦りは見えない。
「確認するわ。貴方の聖杯戦争はもう終わってる?」
「……ええ、私は既にSE.RA.PHから脱出し、現実に帰還した後、この場に呼ばれました」
「現実に帰還、ね。そう貴方もしたのね」
二人の間に再び沈黙が訪れる。
互いの言葉から得られる情報の断片。それらを繋ぎ合わせ、この事態を把握しようとする。
「サイバーゴーストの類……ではないみたいね」
「ええ、私はあのトワイス・ピースマンのような存在とは違います」
「……トワイス。そう、貴方も会ったの、アレに」
「会いました。最もそれは、私の力ではありませんでしたが」
月光を受け薄く光る眼鏡のレンズ越しに、ラニは凛を見据えた。
「貴方と私は三回戦の相手でした」
「そうね。それは私も同じよ」
「そこで私たちはあの人に乱入を受けた」
「それも同じ」
「で、その結果……」
私は負けた。
彼女たちの言葉が再び重なり合った。その言葉は全く同じ内容であるが、それ故に全く逆の意味合いを持つ。
それを確認した二人は、共に一つの解を得た。
「恐らく、そこが分岐点」
「そうね。もしかしたらもっと前からだったのかもしれないけど、決定的に違ってしまったのはそこ」
「私たちは三回戦で敗退しました」
「そしてアイツに協力していくことになった」
「勝ち残ったあの人と共にトワイスに出会い、打ち倒した」
「その後、私は脱出した」
二人は確認を終えた彼女らは共に口を閉ざした。
一見して二人が辿ったのは同じ道であるようにも思える。どこかで道を違えていながらも、それでも起こったことは変わらない。
キャストが変ろうとも、物語の形に影響を与えてはいない。
だが、やはりそれは違うものなのだ。表面上は同じに見えても、違えてしまった道は交わらない。
二度交わることなく、平行なものとしてある。
その結果がこの相対だ。
対峙する二人は、同じ配置を受けた存在であったのかもしれなくとも、同じ座標にある人間ではなく、こうして平行線上に在る。
「一応聞いておくわ。貴方がまた戦おうとしているのは何故? もう聖杯戦争は終わったのよ」
「その質問に答える必要がありますか?
――バーサーカー」
「ッ……!?」
「貴方はここで潰えるというのに」
そうして空間に狂戦士の像が結ばれる。
霊体化を解かれ、場に躍り出たのは燃えるような赤い鎧に身を包んだ屈強な武人。
半人半機にして生きる要塞。三国志演義にて名を轟かせる反覆・裏切りの将。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
バーサーカー・呂布奉先は今ここに顕現した。
◇
振るわれる剣戟を潜り抜ける。耳元で空を切る鋭い音がする。一瞬でも気を緩めれば次の瞬間には凶刃の餌食となるだろう。
その臨場感は現実に決して劣っては居ない。ツナミネットのそれと違いリアルな造形の身体で行われる命のやり取りは、現実のそれと全く遜色ないのだ。
事実これは実際の命のやり取りであり、殺し合いだ。
だがしかし、目の前の少女はそのことに気付いていないのではないか。
先のやり取りからそう推測したジローは剣を避けつつ、声を掛けようとする。
「ねぇもしかして君――!」
「はぁ!」
それでも相手は効く耳を持たない。
舞うように剣を振るい、ジローを確実に追い詰めていく。
ジローは舌打ちし、一先ず逃げの一手を打つ。どうにかして次の策を考えねばならない。
隙を吐き、ジローは階段を駆け上り逃走する。先ほど待ち伏せされた経験からリーファも不用意には突っ込んでこない。
三階に上ったジローは今の内にどこかに隠れようと、周りを探すが――
「うわっ!」
次の瞬間、窓の外から例の緑のブーメランがやってきた。
割れるガラス片を必死に避けつつ、ジローは見た。窓越しに飛ぶ妖精の姿を。
待ち伏せを避ける為に、空から三階に回り込んできたのだ。
飛べるなんてズルい。ジローは改めてそう思った。
「今度こそ!」
その掛け声と共にリーファは剣を携え窓から突っ込んでくる。
速い。その一撃は正確かつ俊敏であり、さしものジローも反応できず刺突を受けた。
どん、と鈍い音がしてジローの身体が吹き飛ばされる。そして襲いくる雷に打たれたかのような激烈な痛み。
死んでいないのが不思議だった。見れば、ステータス画面のHPが随分と減っている。
「やっと追い詰めたみたいね」
(……ここで)
終わりなのか、ジローは腹部を抑えつつぼんやりと思った。
あまりの痛みの最中、考えることさえ億劫になってくる。
リーファの足音が聞こえてきた。妖精のような外観の彼女だが、今この場は死神のそれに思えた。
そもそもこのアバターは戦うためのものでない。それなのにあんなRPGの戦士みたいなアバターに勝つなんて土台無理な話だったのだ。
「……でもな」
だが、彼はそこで力尽きる気にはしなかった。
無理だもう駄目だ、そう思いかけるが、だが彼らは再び立ち上がろうとする。
(俺、まだ白馬に乗る練習をしてないんだよ)
その脳裏に浮かぶのは、少女と見紛うほど小さな体をした、金の髪を持つ女性であり、
「――ドラゴンに比べたら妖精なんて!」
そして彼女と行った必死の逃避行であった。
あの時も同じくらい絶望的な状況だった。多くの幸運と、僅かな勇気がなければ自分は命を落としていただろう。
その過去を無駄にしない為にも、勝ち取った平穏に帰るためにも、彼は逃げた。
この先にどうするかの当てなどない。だが、ここで何もすることもできず倒れる訳には行開かない。
そうして必死に逃れ、階段を上った先にあったのは――どこまでも広がる夜空。
照りつける月光を受け、ジローはここが屋上であることに気付いた。
「ここで行き止まりみたいね」
後ろからリーファがやってきた。
ここまで来た以上、もはや逃れる手はない。僅かな可能性に掛けて塀を飛び越えるという選択肢も、飛べる彼女相手には無駄でしかない。
だから、彼は戦うことにした。
逃げられない以上、戦うしかない。DG-0の銃口を相手へと向ける。リーファもまた剣を構えた。
一触即発の緊張した雰囲気が訪れる。どちらかが動けばすぐさま勝敗は決するだろう。
「一応言っとくぞ、勘違いしているのかもしれないが、ここは遊びじゃないんだ!」
「え? それ廃人って……」
「そうじゃない! これは負けたら本当に死ぬんだよ。そういうゲームなんだ」
「嘘」
ジローの言葉にリーファは即座にそう漏らした。
声色を、僅かに震わせて。
何か勘違いしているのかもしれない。その思って告げたのだが、しかしどうやらそう単純な事情でもないようだ。
「嘘じゃない。現に俺は――」
「そんな訳、ないじゃない」
リーファは叫ぶように、
「だって、お兄ちゃんはやっと帰ってきたんだよ。長い、長い間眠ったままだったお兄ちゃんが、ようやく帰ってきたのに。
――なのにこんなことがまた起こる訳ないじゃない!」
「……君は」
「だから嘘。このゲームはただのゲーム。
たぶん新作VRMMOのβテストか何かで、私がそのメールを見逃しただけ。
そうに、決まってる」
逃げている。突如として取り乱しヒステリックな様子になったリーファに対し、ジローはそう確信した。
彼女は逃げているのだ。目の前の現実から、確かにそこに在る仮想から、気付いていながらも、必死に目を逸らしている。
その様子はあまりにも悲しくて――
「だから、ゲームをクリアするだけ!」
ジローとの会話を打ち切り、鬼気迫る様子でリーファは剣を持ち突っ込んできた。
そこに先までの繊細な技はない。だが、それ以上の何かがある。
ジローはそれに対応すべく、引金を引いた。
銃声が響いた。
「あ……」
その一発の弾丸は、確かにリーファを捉えた。
取り乱していたことが仇となり、回避に失敗したのだ。
だが恐らくさしたるダメージにはなっていないだろう。先ほどジローが受けたダメージに比べたら、無視できるようなものでしかないに違いない。
そのまま剣が振るわれれば、今度こそジローの命はなくなっていた。
「痛、い」
しかしリーファはそこで立ち止まり、信じられないものを見たかのように、銃弾を受けた己の肩を見た。
「嘘。嘘だって、こんなの……」
「話を聞いてくれ! ここは」
「嘘よ!」
リーファは叫び、ジローを力任せに跳ね飛ばした。
彼は悲鳴をを上げ、そして屋上から落ちていく。リーファ/桐ヶ谷直葉はそれを呆然と眺めていた。
◇
生身でサーヴァントを相手取るということは、それ即ち死に直面するということに等しい。
そうなってしまった時点で死を覚悟する他ない。そういった類の切迫した状況だ。
だがそれでも凛はラニから逃げることをしなかった。
彼女は既にランサーを失った身である。サーヴァントを従えている可能性のあるラニと敵対することになっても、逃げることを選ばなかった。
それは先ず、死んだ筈のラニが如何様な理由で蘇ったのかを確かめたいという意図の行動でもあり、
「くらいなさい!」
同時にそこに確かな勝機を見出していたからでもあった。
コードキャスト[call-gandor]を発動。指先から放たれた光がバーサーカーを拘束する。
その隙に凛はもう一方の手でDG-0を向けた。バーサーカーにではなく、そのマスター、ラニにである。
どの道簡単に逃げおおせるとは思えなかった。
ならばいっそのこと直接向き合い、不意を突いてラニを撃つ。
聖杯戦争では禁則に近かった行為だが、ここは聖杯戦争ではない。
(ユリウスの真似事みたいで何か気に食わないけど)
それしか活路はないのも事実だった。
ならば引金を引くことに躊躇いはない。掛けた指に力を入れようとした瞬間、ラニと視線が絡んだ。
「覚えていますか? 私の胸にあるものを」
「え?」
不意に投げかけられた問いに、凛の動きは止まった。
ラニの胸にあるもの――三回戦での彼女の行動が蘇る。
己が劣勢と知った彼女は、己の心臓を炉心として自爆しようとした。
あの時はランサーの決死の突撃による事なきを得たが、一歩間違えば聖杯戦争ごと破壊しかねなかった。
まさか、それさえもサーヴァントだけでなくそれさえも復活しているのだろうか。ならばそれをこの場で爆発させた場合――
「っ……!」
そのリスクを考えたことで凛の動きが一瞬止まった。そしてその一瞬が致命的だった。
スタンの引いたバーサーカーに突っ込まれ、凛の身体は吹き飛びごろごろと地を転がった。
苦悶の声が夜のグラウンドに響く。
「終わりです」
ラニがそう冷たく言い放つのが聞こえた。
凛は死を覚悟する。そのことを往生際悪く泣き喚く気にはならない。テロリストとしてハーウェイに反抗すると決めた時から、何時だってこれは隣り合わせだったのだから。
だから、その胸を支配するのは、無念だ。
それは志半ばで倒れることへの屈辱であり、そしてある人物を結局見つけられなかったことへの未練であった。
三回戦での乱入者にして彼女たちの友――
岸波白野。その基となった人間。
その身体の存在を知らせるメールが、彼女らの知る白野からの最後のメッセージであった。
「ねぇ、ラニ。アイツ……白野のことはどうする気?」
凛は最後に問いかけた。
きっと彼女も、そのメールが彼との別れとなってしまっていただろうから。
「……貴方は見ていますか? 最初の場所に居た、あの人のことを」
ラニは答えた。変らず平坦な口調でありながらも、僅かに声色を落として。
「は? それって……」
「私は見ました。あの場、あの場所で、白野さんを」
「そんな……! だってアイツは――」
あり得ない、と言いかけて凛は口を噤んだ。
岸波白野、システムの不具合で意志を持ってしまったNPC。違法データである彼はムーンセルと接触したことで分解され、散った。
だからもうそのデータはどこにもない――とは言い切れないのだ。
再び自分に宛がわれたランサーのように、別の道を通ってきたラニのように、この場に岸波白野が居ないとは限らない。
「たとえ姿形が同じでも……それが白野だとは限らないわ」
白野のアバターを持った別の存在なのかもしれない。
あるいは自分とラニのように全く別の道を辿った存在だという可能性もある。
その程度のことをラニが予見していない筈もないだろう。それでも尚彼女は信じるというのか。
もしや彼女がこうしてゲームに乗った理由は――
「そうですね。確かに断言はできません。
しかしここがあの聖杯戦争の流れを汲んだ場であることは確かです。
私たちはあの時のアバターでこうして参加し、殺し合いをしている。
もしかしたらトワイスが
ルールを形作る前の、原始のムーンセルはこうだったのかもしれない。
その先に聖杯が在る可能性は、十分にある。ならば私は優勝を目指します」
師の言葉に従って、とラニは言う。
その言葉に偽りはないだろう。だが恐らく全てではない。
彼女の選択には、きっと岸波白野の存在が大きく関わっている。
凛にはその気持ちが理解できた。同じ配置を受けたものだからこそ。
しかし賛同はできなかった。違う人間だからこそ。
「これ以上の会話は無意味ですね」
ラニはそこで言葉を打ち切った。
そこに迷いはない。もう彼女は選んだのだ。
バーサーカーに命令を下す。終わらせる為に。
「ねぇアンタ、白野のこと……」
凛はその問い掛けを最後まで言い切ることない。
槍に一閃された。バーサーカーのそれは強力無比の威力を誇り、圧倒的な暴力を持って相手を沈める。
凛のアバターは、その一撃を受け、データの海へと還っていった。
そうしてグラウンドに再び静寂が戻ってくる。
僅かに白み始めた夜の下、その冷えた空気が肌に触れ少しだけ寒い。
物言わぬバーサーカーの後ろで、ラニはずっと見ていた。
凛が消えた場所を、似た道を辿りながら違う選択をした好敵手の亡き跡を。
何も言わず見ていた。
「……ラニ」
しばらくして、頭上から彼女を呼びつける声がした。
リーファだ。肩を落とした彼女は、ゆっくりと地面に着地すると、ラニの前で力なく膝をついた。
さしてダメージを受けているようにも見えない。だが彼女の浮かべる表情は、暗がりでも分かるほどに思いつめた、余裕のないものであった。
彼女は救いを乞うように、ラニを見上げた。
「ねぇ、ラニ。貴方、このゲームの経験者なんでしょ?
なら保障してよ。これは、ただのゲームなんだって。SAO事件の再来なんて、あり得ないって」
震える声で問う彼女を、ラニは無機質な表情で見下ろしていた。
「ねぇ、何か言ってよ。答えてよ。
私、信じるから。貴方の言うことなら信じるから……!
だって貴方は私と同じで……」
「リーファさん」
ラニがそう呼びかけるのと、バーサーカーが彼女の身体を貫いたのは、同時のことだった。
先と同じく無慈悲な一撃がその身を穿つ。
崩れ落ちるリーファは呆然と己の身体を見て「あ……」と小さく声を漏らした。
「そっか」
最期に、虚ろな瞳で空を仰ぎ、そして何か合点したように、
「これって、ゲームであっても遊びじゃ――」
そう言い残し、彼女はその身体を霧散させた。
【遠坂凛@Fate/EXTRA Delete】
【リーファ@ソードアート・オンライン Delete】
◇
それは、リーファへのせめてもの礼だった。
ラニは気付いていた。リーファがこの場をゲームだと思い込もうとしていることを。
以前の聖杯戦争でも、初期の段階では少なくない数がそう思おうとしていた。電脳死などあり得ない。そうやって誤魔化していた。
だがそれは逃げだ。
恐らく彼らだって薄々は感づいていた筈だ。
何かが違うことを。どこかがおかしいことを。
ログアウトできないこと、現実と切り離されていること、異常事態であること。
しかしそれを認めたくないが故、逃避する。これはゲームだと思い込もうとする。
それを責めることなどできはしないだろう。
だからラニはリーファを終わらせた。
逃げたまま、認めたくない現実と向き合うこともないように。
何れ敵対することになるのなら、と。
「感謝しています、リーファさん。
貴方と出会えた星の導きに、貴方の持っていた縁に」
ラニはリーファから渡されたデータを見た。
それこそ自分が彼女に感じた特別な何か、だったのだろう。
それはかつて自分が錬成したデータ。
実用性などありはしない、さして価値もない、でもそれを見たとき、ラニは確かな希望をそこに見出したのだ。
六回戦の半ばで、岸波白野のために作り上げた弁当のデータ。あの時は、結局食べて貰えなかった。
何故こんなものがあるのか。運営側の意図は読めない。
もしかすると自分は彼らの掌の上で転がされているだけなのかもしれない。そうも思った。
しかしそれでも――このデータがこうして戻ってきた以上、岸波白野のデータもまた復元されているのではないか。
そう思わざる得なかった。その希望を無視することはできなかった。
聖杯の為という言葉に偽りはない。
でも、きっと自分がこの選択をしたのは、希望を見出したからだ。
もう一度、岸波白野に出会えるのではないかという。
これは逃げだろうか。
白野の死を認められず、往生際悪くその幻影を追っているに過ぎないのだろうか。
それとも前向きな意志だろうか。
願いを追い求め、確かな意志を持って自分は歩いているのか。
ラニは分からなかった。
「私の胸にあるもの……」
先ほど凛に投げかけた言葉を思い起こす。
彼女を混乱させるために送った言葉であるが、果たしてその答えを自分は知っているのか。
ちら、と彼女は己の胸部に目をやった。オパールの心臓、失った筈のそれは今ここにある。
だけど、自分の胸にあるものは、きっとそれだけではない。
「私の感情(なかみ)」
一度は見つけた筈のそれを、ずっと自分は探している。
【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康/令呪三画
[装備]: なし
[アイテム]:疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.、DG-0@.hack//G.U.(一丁のみ)、セグメント1@.hack//、不明支給品0~5、
ラニの弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式、図書室で借りた本
[思考]
1:師の命令通り、聖杯を手に入れる。
そして同様に、自己の中で新たに誕生れる鳥を探す。
2:岸波白野については……
[サーヴァント]:バーサーカー(呂布奉先)
[ステータス]:HP90%
[備考]
※参戦時期はラニルート終了後。
支給品解説
【疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.】
エンデュランス加入時の初期装備。
Lv42、攻撃力/物理+12、属性/風+8,土-2
【図書室で借りた本】
ラニが図書室で借りた本。
元の月海原学園にはなかったものを選んでいる。
返却期限があるのかは不明。
【ラニの弁当@Fate/EXTRA】
ラニルート六回戦でラニが錬成した岸波白野の為の弁当。
しかし凛の乱入で彼は結局食べることはなかった。
その後、ラニは次の戦いに赴くべく、縁の深いその学園を後にした。
既に一通り調査は終わっていた訳だし、もうすぐ交戦禁止エリアに指定されるこの場は待ち伏せするのにも向かない。
そう思っての選択だった。
が、彼女は一つ失念していたことがある。
敵は遠坂凛の他に、もう一人居たことを。
取り乱していたリーファが、負けることはないにせよ、その生死の確認まで気が回らないであろうことを。
屋上から転げ落ちたジローは、幸運にも学園の庭園の茂みに落ち、一命を取り留めていた。
そしてその姿は草木の影に隠れ、ラニはその姿を見つけることができなかった。
それは運に恵まれたからか、それとも己の力で勝ち取った命か。
何にせよ、
彼は確かに逃げ切ったのだ。
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・黎明】
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP30%/現実世界の姿
[装備]:DG-0@.hack//G.U. (一丁のみ)
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いには乗らない
1:…………
2:『俺』が鬱陶しい
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「
逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
最終更新:2014年10月27日 22:53