「ないんだよ、愛が。それじゃあ駄目だよ」
倒れ伏すアトリは茫洋とした意識の中、ゆっくりと首をそちらへと向けた。
そこには道化師の衣装に身を包んだ一人の女性が居る。
出会った時の不気味なメイクは既に落としている。
だからそこに居るのはちょっと変な格好をした、ただの綺麗な女の人だ。
柔らかなベージュの髪が揺れる。彼女は凛とした顔を浮かべスミスと対峙する。
「愛? ふうむ君はまた面白いことを言う。
それが君が私を阻む“理由”か。私には理解できないが参考までに聞かせて貰おうか
その愛とやらがどうして私が駄目だという“結果”に繋がるのかな?」
「全く、全部、最初から最後まで全部駄目だよ。
そうやって相手のことを感じずに食べるなんて、駄目。そんな風に食べても美味しくはないよね」
「ほう、では君たち人間はどうやって食べるということを正当化するのかね。
まさか自然淘汰や自由競争などという文言は持ち出しはしまい。
君たちは――人間はもはや哺乳類といったくくりでは語れない。知っていたかね? 人間は既に哺乳類ではないのだ。
地球のあらゆる哺乳類は本能的に、環境に応じた増え方をする。だが、人間は違う。人間は行くさきざきで増え続け、資源を食いつぶすまで増殖する。
際限なく喰らい、際限なく増えていく。そんな君たちは該当するカテゴリーは哺乳類ではなく――ウイルスだ」
スミスは嘲笑を浮かべた。言葉は淀みなく、流れるように紡がれる。
隣に立つもう一人のスミスが言葉を引き継いで、
「何故人間は食べることを止めないのか――その“理由”は確かに疑問ではあったよ」
「どうして人間はかくも暴食に耽ることができるのか。どうして人間は哺乳類でなくなってしまったのか」
「考えた末、私が出した結論は一つだった」
「“人間とはそういうものである”とんだトートロジーだがね、これしか有り得ない」
「“目標”と同様“理由”は存在を定義するものだ。逆説的に君たちがそういうものである以上、その“理由”は君たちの定義の中にある」
「そんな存在である人間であるが、しかしどういう訳か認めようとしない。自分の外部に“理由”を求めたがる」
「では君たちは果たしてどうやって食べることの“理由”をでっちあげたのだろうか」
「大多数の人間はこう答えるだろう。それが生き物だから、自然の法則だから仕方ない、と」
「実に愚かしいことだ。君たちは未だに自然の理から外れていないつもりなのかね? そうであるのなら、君たちは哺乳類のままであったろうに」
「そこに来て君の言う愛というのは面白い。君たちはそれをよく“理由”として持ち出すがね」
「どんなものにでも適応できる免罪符だ。一度尋ねてみたかった。それを“理由”として持ち出す人間は、何故それが“理由”であると思っているのか、と」
スミスの言葉に彼女はその両腕をだらりと垂らし、悲しげに顔を歪ませる。
「ランルー君は食べるよ。お腹ペコペコだもの。だって食べなきゃ死んじゃう。ランルー君だって生きたいから。
食べるってことはとっても嬉しいことなんだ。とってもとってもね。嬉しいってことは美味しいってことなんだ。
美味しいから食べたい。本当に美味しいものを食べる為なら死んでもいい」
ふとそこでアトリは気付いた。
彼女の言葉から出会った時のような独特のイントネーションが消えている。
モンスターの言葉のような得体のしれない音の集合であったそれが、どういう訳か今はただの人間のそれのように聞こえる。
彼女が変ったのか――いや違う。イニスをこのPCに宿して以来、自分は聴覚がより鋭敏になった。
そんなイニスを通して自分は彼をデータドレインし、あのデータを手に入れた。
あれは彼女とランサーの関係の結晶だ。単なるメモリーなどではなく、彼女とランサーの思い、その全てが凝縮されている。
それがある今、アトリと彼女を隔てていた狂気のヴェールが取り払われ、声に宿された切なる思いがすっと耳に入ってくる。
「でも、食べるってことはとってもつらいことでもあるんだ。だって食べたら死んじゃう。相手だって生きたかったのに。
食べられたらみんな死んじゃう。それはつらい。とってもとってもね。つらいからランルー君泣く。耐えられない。美味しくない。
美味しくないないから食べられない。食べなかったら相手は生きることができるもの」
その声は震えていた。
直に触れたことでアトリは知る。彼女が湛えた想いの深さとその切実さを。
悲しみや絶望なんて言葉じゃ言い表せない。彼女はその問いかけをずっと己に宿していたのだ。
恐らく――その身に宿した命を喪った時から。
「食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない……」
呪詛のように続く言葉の最中、彼女はその手で顔を覆った。その隙間からつぅ、と頬を涙が這う。
何時まで経っても抜け出せない、延々と続くジレンマの中で、彼女は見出した答えは一つ。
「愛なんだよ。愛しかないんだ。つらくても美味しいって感じるものは、愛だけなんだ。
愛してるって、心の底から思うことができて、食べるってことまで行けるんだ。
ランルーくんは、食べたいって思うものを愛するんじゃなくて、愛するものを食べたいって思う。
だから食べることができる。食べてもいい。そしたら悲しくてランルーくん泣く。泣いちゃう。
泣きながら、でも美味しいって思う。愛してるから」
そう言って彼女は笑って見せた。その瞳から涙をはらはらと流しつつも、精一杯笑みを浮かべている。
その姿は何よりも美しく、同時に何よりも哀しかった。
「……ふむ、どうやら聞くだけ無駄だったようだ。
君はどうも正常に機能していない人間のようだ。人間ですらないか」
「ランルー君は人間! 人間!」
「それもそうだな、道化師。プログラムは君のような狂い方はしないものだ。
脳ある限り発狂と言う名のバグは発生するものだがね。君たち人間は存在そのものがバグを起こしているのだから、バグなどそもそもあり得ない」
スミスはそう言って彼女へと近付いていく。
迫る敵意。その間にも彼女は何もしない。ただ涙を流し悲しみに暮れながらも笑っている。
「では、先に面倒な君から取り込むとしよう、道化師」
スミスは躊躇なくその手を彼女の腹へと突き立てた。ぬるりと奇妙な音を響かせ彼女の身体へと入り込む。
彼女のPCにさざ波が起き、徐々に崩壊を起こしていく。
上書きしようとしているのだ。先ほど受けた衝撃からアトリは直感する。
彼女を押しのけ何かが成り代わろうとする――スミスがやっていることは、そういうことだ。
その様に、アトリは慟哭した。消えゆく彼女へと呼びかける。言葉は勝手に口を飛び出していた。
――それじゃ駄目です。それじゃ、愛がないじゃないですか!
その言葉を聞いた彼女は、アトリを見た。
そして言う。愛がないから死ぬんだ、と。
「ほう、全く抵抗しないか。自殺願望でもあるのかね?」
「君の愛には愛がない。だから美味しくないんだ。だからもうランルー君は君を食べない。食べたいと思わない。だって美味しくないから。
何も食べない。何も食べずに死ぬ」
そう言って彼女はその身を花と散らしていく。
アトリは叫ぶ。もはや何を言っているのか、自分でも掴めない。
それでも彼女に何かを言わなければならない。それだけは分かっていたから。
「アトリ」
すると、彼女はようやく自分を見てくれた。
「君はとっても美味しそうだった。だって綺麗だったもの。君の愛は綺麗だったからね。
だからアトリ、愛してる」
そして最期にそう言い残した時、彼女だった身体は彼女ではなくなった。
【ランルーくん@Fate/EXTRA 上書き】
◇
「さて次は君の番だよ、天使」
彼女を取り込み、三人となったスミスが近づいてくる。
あの足取りを聞きながら、アトリは一人項垂れていた。
「君が見せたあの力を」
「取り込ませてもらおうか」
そして一人のスミスがアトリへと入り込んできた。
手を突き刺し、内側から喰らい尽くそうと――
「駄目です!」
その手を、アトリは強烈な抵抗を持って拒絶した。
スミスは飛び退き、驚いたように己の腕を見た。手は痺れたように震えている。
「拒絶しただと……私の上書き能力を?」
「可能なのか? そんなことが」
「……この空間はマトリックスではありえなかったプログラムで溢れている。
本来は強制的に発動する筈だった上書きも、正常に動作しないということか」
「不快なことをしてくれるな、あの男も。だが今までは上手く動作していた」
「考られる“理由”は上書き先の抵抗か」
スミスたちが言葉を交わしている。
それを無視してアトリは一人言葉を漏らした。
「……貴方たちには、愛がないんです」
キッと強い視線で全てを取り込まんとする男たちを見上げた。
その瞳には光が宿っている。強い意志と切なる想いを宿し、アトリは再び戦うことを選んだ。
「あの人は……彼女は愛がないから食べないと言いました。あの人にとって食べるということは生きることだったんです。
だから貴方に取り込まれるとき、貴方を食べようとは思わなかった。ただ生きるのを止めた――ただ愛がないから」
スミスたちはそれを無表情で見下ろしている。そこに感情の色はない。
そんな男たちをアトリは軽蔑する。抵抗する。拒絶する。
「愛がないから生きられない……あの人はそんな純粋な、一人の人間だったんです。
確かに恐ろしくて、不気味で、許せない人でしたけど……でもそんなの哀し過ぎるじゃありませんか!」
「……それが“理由”か、君が私を拒絶する」
「そうです。私は、愛がないから生きることを止めるなんて、正しいとは思わない。
愛がないからこそ、生きなければならないんです。だから私は――彼女に生きていて欲しかった!」
アトリの瞳から涙が零れ落ちる。それは仮想の涙だ。ゲームのPCにそんな機能はない。
しかしこの想いは、涙の想いは、決して幻なんかじゃない。
現実の――真実の中にある涙だ。
「だから私は生きます。愛がなくっちゃ駄目なんです」
「また愛か。愛。君たち人間は本当に好きだな」
「陳腐な話だ。今まで何度その“理由”を目にしたことか」
「しかし、逆に言えばその“理由”を折れば、君を取り込むことができる訳だ」
「ふむ、まぁかつてエージェントだった私にしてみれば、この手の作業は慣れている」
スミスたちがにじり寄ってくる。
これから拷問を始める気なのだ。愛を否定する為に、死なないまでとことん自分を追い詰める気なのだ。
それでも、どうしようもなく絶望的な状況でも、アトリの瞳の光は萎えなかった。なお燦然たる輝きを持って彼女を前へと進める。
「愛はあるんです。貴方にはなくても、世界には愛がある。
それを否定するなんて、絶対にさせません」
「全く愛、アガペー、エロス……そんな概念こそ君たちが造り出した虚像でしかないというのに」
「貴方には理解できないでしょう。でも、私たちは知っています」
アトリは顔を上げる。
これから凌辱が始まるだろう。それはきっと過酷で凄烈で、終わりがあるかも分からない。しかし決して戦うことを止めはしない。
この心に愛ある限り。
◇
死を越える激痛に苛まれながらも、その足は止めない。
意識を絶ってもおかしくはない。苦しみと痛みの連鎖の中でも、
シノンは荒い息を吐き前へ進もうとする。
それでも時節足がほつれ硬い地面にその身が崩れる。何とか這い上がろうとして、そしてまた倒れた。
スミスに吹き飛ばされたシノンが受けたダメージは、死に至るには十分過ぎるものだった。
彼の予想通り、シノンは本来死ぬはずだった。しかし幸か不幸か、それを間一髪のところで防いだのは彼女の装備アイテムだった。
プログラム[アンダーシャツ]。
本来はネットナビに使用されるカスタムパーツであるそれは、致死量のダメージを受けても即死することを防ぐ。
アトリに支給され、途中で前衛を張るシノンへと譲渡されたそのプログラムが、彼女を救った。
「ぅ……」
しかしそれで痛みまでも消せる訳ではない。
このデスゲームにおいては受けたダメージ量に比例して痛みが走る。
如何にアンダーシャツであろうとその痛みまで消してくれる訳ではない。
本来なら死ぬ筈の痛みを彼女は受けている。いっそ死ねば楽になるのに――そう思う程の痛みが彼女を襲っていた。
「アトリ……!」
それでもシノンは立とうとした。
死地に残された一人の友人を助けるべく。
脳裏を過る今は亡き友人たち。もう彼らのような犠牲者は絶対に出したくはない。
その意志を持って、彼女は立ち上がろうとする。
どこまでも絶望的な状況。
しかし、少女たちはまだ歩こうとしている。
その先に更なる痛みがあると知っていても、尚。
[F-3/マク・アヌ/1日目・朝]
【シノン@ソードアートオンライン】
[ステータス]:HP1%、疲労(大)
[装備]:FN・ファイブセブン(弾数0/20)@ソードアートオンライン、5.7mm弾×80@現実
アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3
[アイテム]:基本支給品一式、プリズム@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
1:アトリを救う。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※このゲームには、ペイン・アブソーバが効いていない事を身を以て知りました。
※エージェントスミスと交戦しましたが、名前は知りません。
彼の事を、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※プリズムのバトルチップは、一定時間使用不可能です。
いつ使用可能になるかは、次の書き手さんにお任せします。
【アトリ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP20%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1(杖、銃以外) 、???@???
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
1:生きる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも「月の樹」のクーデター後
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
3:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※シノンを殺害したと思っています。
【スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:無し
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
【スミス(ランルーくん)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:無し
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[備考]
スミスのアイテムウィンドウは共有されており、どのスミスも同じウィンドウを開きます。
【破邪刀@Fate/EXTRA】
礼装。装備するとコードキャストが使えるようになる。
- boost_mp(60) MPが50上昇
- shock(64) 敵にダメージ+スタン
【妖精のオーブ@.hack//G.U.】
エリア内のオブジェクトを表示するアイテム。
本ロワでは一エリア分の詳細なマップが手に入る。また僅かな時間だが他のプレイヤーも探知できる。
五個セットで支給された。
【アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3】
ナビカスタマイザーに組み込むプログラムパーツ。
組み込むことで致死量のダメージを受けたとしてもHP1で耐えきることができる。
最終更新:2014年05月15日 03:02