エリアにて対の色彩が交錯する。
二対の白と黒が重なり合い、離れ行く。隅では緑が添えられる。そんな光景がそこにはあった。
二対の黒と白の刃と刃が打ち合いカンカンカン、と甲高い金属音が鳴った。
鎌を薙ぐ。剣を振るう。一進一退の攻防。
そんな攻防に水を差すように矢が飛来する。
正確無比な射撃。だがそれをもう一対の白が弾き返す。黒と白は牽制を交え共に一歩引き下がる。
「危ないじゃないのー!」
後方で待つ緑に対し不平を口にしたのは、敵である白でなく同陣営の黒――ブラックローズだった。
「撃つなら撃つって言いなさいよー!」
「なに言ってんだ。んなことしたら当たるもんも当たらんだろうが」
そんな掛け合いを無視して白が黒へと迫る。
拳と刃。二対の攻撃がブラックローズを襲う。ウラインターネットのぬっぺりした闇を裂くように白が走る。
それを阻むのはもう一つの黒――ブラック・ロータス。彼女が一対の白の攻撃を受け止めブラックローズを守る。
「ありがと、黒雪姫」
「大丈夫だ。それより押し込むぞ」
「了解」
言葉を交わしつつも二対の黒は白へと反撃する。
ブラックローズとブラック・ロータス。彼女らは互いが互いの背中を守るべく迫る白を退けるべく剣を振るった。
舞い踊る刃の一撃一撃に白は徐々に押されていく。
己の劣勢を察した白は悔しげに舌打ちし、その身体を粒子と化し逃れんとする。
寸前一筋の矢が飛来する。肉を切り裂く音がした。白の身体は既に消えたが、その直前に有効打を加えることに成功したのだ。
「ナイスだ、弓兵」
「アンタもたまにはやるじゃない」
「へいへい、お褒め頂き感謝感激の極みですよ」
言葉を交わし合う黒と緑。だが戦いは終わらない。
一度粒子化したその身が再び収束する。全身を白に塗り固めた奇抜なファッションの双子――ツインズが現れた。
コートの傷は見当らなかった。矢を受けた筈の服は既に真新しいものへと修復(リカバリー)されている。
「あのアビリティ、回避と回復を同時に行うスキルか」
「うわぁ、また面倒なのが来たわね」
黒たちの声にを受け、僅かに苛立ちを滲ませた白が一歩前へ出る。その手には巨大な鎌が握られている。
「まだやる気みたいだな。やれやれ、さっきの死神で終わりだと思ったんだがなぁ」
「首ひねってないで戦う。ほら、さっさと援護して」
「へいへい姫様方」
一方の黒たちもまた戦いへと集中と緊張を高めていく。
決して油断ならない相手だと言うことは皆分かっていた。
「じゃあ、行くわよ」
その声と共にブラックローズが一歩前へと踏み出た。引きずられた大剣が火花をまき散らす。
それを合図にしてツインズらも動き出す。
白と黒、そして緑の
戦いは続く。
◇
ツインズと呼ばれるエグザイルたちはメールを受け取った後も特に行動方針を変えなかった。
仮に脱落者の中にメロビンジアンの名でもあればまた別だったろうが、その名はなく、唯一見知っていた名も敵のものだ。
だから特に影響はない。(最も彼らの片割れは彼女のことを憎からず思っていたので、全く思う所がない訳ではなかったが)
この空間の統括者がどのような存在であれ、現時点で脱出は不可能にあると彼らは判断していた。
恐らくこの空間とその統括者の関係はモービル・アヴェニューとトレインマンのそれに当たる。でなければマトリックス内でこれほど好き勝手ができる理由がない。
ならば内部からの脱出は不可能だろう。脱出の芽があるとすれば外部からの介入か、あるいは統括者側に予期せぬ事態が発生した場合だ。
つまり、こちらからの抵抗は無駄だということだ。そう判断したが故に彼らは一先ず統括者に従うこと――他参加者をkillしていくことを選んだ。
今後の状況推移次第で方針の転換はあるかもしれないが、ウイルスという時間制限がある以上最低限何人かは減らしてしまいたい。
その為このエリアに潜み何度か戦闘を行っているが、今一つ上手く行っていないのが現状だった。
とはいえまだ焦る時間ではない。方針を変えることなく再び参加者を襲い、今に至る。
「はぁ!」
黒のマシン――ブラック・ロータスが正確無比な勢いで刃を振るう。
白がそれを鎌で受け止めようとするが、その力強さに押されている。
幾度かの打ち合いの末、黒の刃が白の姿を捉え――
「……またか」
――る寸前、白はその身を透明化させ黒より距離を置く。
それを苦々しく思ったのか黒は「厄介なアビリティだ」と言葉を漏らす。
ツインズの持つスキル。それは「幽体化による物理法則の無視」である。
己の身を幽霊のように解体し何もかもを擦り抜ける。当然、幽体化している最中は一切の攻撃を受け付けない。いわゆる「当たり判定」が喪失するのである。
そして再結集した身体は修復される。流石に完璧に修復には多少時間が掛かるが、多少のダメージならば即座に回復できる。
単純に強力な能力だが、しかし弱点も存在する。
先ず幽体化している間はこちらから攻撃が一切効かないこと。これは全てを擦り抜けることの裏返しである。
次に不意打ちまではカバーできないこと。先の
ロックマンと揺光との一戦では、未知の力に対応できずダメージを負った。
最後に相討ちができないこと。スキルにはある発動条件が備わっていることが原因だ。
「何なのよ、こいつら、攻撃が当たらないじゃない」
もう一方の黒に白は嘲りの入った笑みを浮かべる。
先は未知の力の前に後れを取ったが今度はそうは行かない。鎌の扱いにも大分慣れてきたこともあり、より機敏な動きができる筈だ。
敵の数では向こうが上回っているが、だがしかしツインズは十分勝機はあると踏んでいた。
それは己のスキルに依るところもあるが、それよりも彼らのプログラムとしての性質――「双子」の名が示す通りの二つの身体による完全な連携が大きかった。
寄せ集めの烏合の衆に負ける自分たちではない。
◇
「姫様よ、こいつらに闇雲に戦ってもじり貧だぜ」
「そうだな……」
白と黒の攻防は続いていた。基本は黒が優勢に立ち白を押していく――が白が幽体化の能力を使い戦局をリセットする。
その何度目かの繰り返し中、ブラック・ロータスとアーチャーは言葉を交わす。
押してはいる。いるが、このままの状況が続けばそれも分からない。
ただでさえ今の自分たちは疲弊している。時間を置いたことで多少回復したとはいえ、先の死神との戦いの遺した爪痕は大きい。
――喪ったものは大きかった。
「敵は持久戦狙い」
とはいえ足を止める訳にはいかない。それを分かっているからこそ、黒たちは迅速に考えを巡らせる。
回避と回復。それが一体になったスキルを有するこの敵は防御面で非常に優秀だ。
状況を合わせて考えるとこの敵は恐らくこちらが疲れるを狙っている。
「どうする、黒雪姫? 逃げるってのは何かムカつくし難しいと思うけど」
「そうだな……」
そうこうしている内に再び白が幽体化する。
一度砂が舞うように身を崩し、消えたかと思うと次の瞬間にはぬっと別座標に現れる。
その顔には嘲りの笑みが浮かんでいた。
「先程決めた陣形を試そう。そう複雑なものではない。出来る筈だ」
ロータスは一瞬の思考の末、判断を下す。
思えばこれがこのパーティとして初めての戦闘だ。これまではパーティでなくただ一緒に行動していただけ。
実質的な初戦闘に不安がない訳ではないが、しかし同時にやれるという不思議な確信もあった。
「分かった、黒雪姫。じゃあちゃちゃっと動くわよ」
「了解、姫様。ま、マスターの言うことは聞きますよ」
黒たちは頷き合う。そこにかつてあったわだかまりは見えない。既にその段階は乗り越えた。
だから彼女らは走った。黒、黒、そして緑。一直線に並ぶ三つの影。
「行くわよ!」
声と共に戦法の黒、ブラックローズが先んじて身を躍らせる。
その敏捷と剣を生かし白たちへと肉薄する。スキルこそないがそれ故に硬直の少ないモーションで斬撃を繰り出す。
「ほらよ、当たるなよ姫様」
間髪入れず緑、アーチャーが矢を放つ。正確無比な射撃がブラックローズを背中から援護する。
その連携に一対の白は一瞬動きを止める。
「そこだ」
そこに最後に備えていた黒、ブラック・ロータスが突入する。
幽体化しようとしていた白たちへ彼女は技名を叫び鋭い刺突を放つ。
レベル5必殺技「宣告・貫通による死《デス・バイ・ピアーシング》」。その一撃は白を捉える。
敏捷にに優れるブラックローズが先んじ敵をかく乱、それを後方に備えるアーチャーが射撃で援護、最後に備えるブラック・ロータスがその高火力を持って敵を撃滅する。
それが先程打ち合わせたパーティ「黒薔薇騎士団」の基本陣形。
初めてではあったが息の合った連携に成功し、ロータスの必殺技が白を捉えた。
幽体化により容易に回避と回復を行う白――ツインズたち。
この敵を前にしてロータスが考えたのは高火力の必殺技による一撃必殺だ。
半端な威力の攻撃を当てても回復されてしまう以上、取り得るのはその方策しかない。
先の攻防でアーチャーが矢を当てたのは確認している。それから判断するに白たちのスキルは任意発動――つまり不意打ちに弱い。
そこから考えるにこの敵に対して取るべきは「一撃必殺」かつ「不意打ち」である攻撃だ。
デュエルアバター・ブラック・ロータスにそのような都合の良い技はないが、しかし「黒薔薇騎士団」ならば不可能ではない。
必殺技の硬直をブラックローズとアーチャーがカバー、幽体化する直前を狙い敵を討つ。
まだ慣れない陣形だったが策は成功した。ロータスの必殺技はツインズを捉える。
事前に発動していたコマンド・オーバードライブ≪モード・ブルー≫による強化された近接攻撃が炸裂する。
敵の強みは一対であること。片割れでも削れれば勝利は見えてくる。
後は一撃が致命ダメージに到達しているかが問題だ。とはいえこれは恐らくだが問題ない。
幽体化という強力な回避アビリティを持つが故、本体そのもののステータスはそう高くないと思われた。個々の戦いではこちらが押していることからもそれは推し量れた。
それは如何にもゲーム的な、レベルごとにポイント振るというシステムを前提にした考えでもあったが、しかしこの場合は正しかった。
ロータスの一撃はツインズにとって致命傷となり得るものであった。
しかし、
「っ……!? これでもか」
彼女の刃が敵を捉えることはなかった。必殺技を放つと同時に白たちはその身を幽体化させ、放たれた刺突をするりと抜けた。
拍子抜けするような感覚が彼女を襲い、同時に疑問符が脳裏に浮かぶ。
(察知されたか……? いや完全に不意を突いた筈だ。では……)
思考を巡しつつも前を向く。必殺技発動後の硬直を守る為にブラックローズが立っており、その先には幽体化を解いた二対の白が居た。
その顔には先ほどまで浮かんでいた嘲笑はない。余裕は抜け落ち、僅かに焦りが浮かんでいるように見えた。
彼女らには知る由もないことだが、それは幽体化の最後の欠点かつ特徴によるものだった。
基本的にツインズの幽体化は任意で発動する。が、しかしプログラムがある判断を下した場合自動で発動する。
その条件こそ「受けた攻撃が致命傷であると思われた場合」である。
これはセーフティでもあるが同時に欠点でもある。何故ならば相討ち覚悟の自爆攻撃ができないからだ。
容易に修復可能なプログラムであることを考えると、この事実は欠点であるといえる。
それを加味してか現バージョンのエージェントにこの機能は継承されておらず、アップデートと共に消えていた。
最もこの空間において自爆攻撃を敢行する気はツインズにもなく、この欠点が彼らの命を救ったのもまた事実だった
とはいえこのセーフティが発動したということは彼らにとっても問題だ。
自動的な幽体化は単純な直線運動しかできない。致命打を与えることができるのならば、かつてモーフィアスがそうしたように彼らに深刻なダメージを与えることも不可能ではない。
「…………」
黒と白が対峙する。
事態は膠着に近い。どちらもまた有効打を決めることができない。
そんな中で先に動いたのは白だった。
「やっこさん……逃げるみたいだぜ」
それは撤退。ツインズのスキルは回復と回避に特化しているが、同様に戦線からの退却にも使うことができるのだ。
ダメージをリセットするのと同じく戦局をリセットできる。その経線能力こそ彼らの強みだった。
「どうする? 黒雪姫、このまま逃がすのは……」
「そうだな……」
黒たちは顔を見合わせる。
逃げた白を放っておいても良いのか。恐らく敵は無差別に参加者を襲っている。無警告で攻撃してきたことからもそれは間違いない。
「……追おう。ここで逃せば後々響いて来そうだ」
ロータスはそう判断を下した。
それは危険なPKへの対処と言うゲーム全体の大局的な視野もだが、敵のあのスキルも関係していた。
幽体化。あれは奇襲でこそ真価を発揮する。今は攻撃面に弱点があるが、今後それを補うような協力者やアイテムを得ないとも限らない。
ならば捕捉できている今の内に叩くべき――そうロータスは判断したのだ。
先の必殺技を受けた際敵は焦った顔を浮かべていた。そのことからあのスキルも無敵でないことが分かる。今なら十分に勝機がある。
「了解。姫様の仰せのままに、ってね」
「分かった。じゃあそうするわ」
方針を固め黒は白を追うべく駆け出す。スムーズな意思疎通ができている。そのことにロータスは漆黒の装甲の下で笑みを浮かべた。
「……そのさ、黒雪姫。さっきはありがと」
走りながら、ブラックローズはぽつりと漏らした。
ロータスは顔を俯かせる。さっき、とは即ちメールを皆で検分した時のことだった。
そこにはイベントやポイントといったゲームの仕様についてのことに加え、脱落者が記されていた。
その中にブラックローズが知る名が二つあった。
八相の戦いで共に肩を並べた、二人のプレイヤー。彼らの脱落が宣告されていた。
「アタシが戦えたのはさ、貴方が一緒に居てくれたからだだという思うから。
一人だったら、今の白い奴らに……ううんもっと前にやられていたと思うから」
「……それは私もだ」
隣を行くブラックローズに、ロータスもまた礼を口にした。
本当にそれはお互い様だ。何故なら彼女もまた知る名がメールに記されていたのだから。
クリムゾン・キングボルト。
かつて何度か対戦し、何の因果か最近に沖縄で再会することになった一人のバーストリンカー。
そこまで近しいという訳ではなかったが、しかしそれなりに付き合いの長いあの彼が、もう脱落してしまったという。
「……彼らの脱落はそう簡単には乗りこえることができないかもしれない。それが出来る程に私たちは戦士ではない。
しかし、進まなくはならない筈だ。卿の……ダン・ブラックモアの為にも」
その言葉にアーチャーが顔を背けるのが分かった。その瞳は前髪に隠れ表情は窺えない。
「私は君に手を差し伸べたい。こうして信じて向き合えたのだ。それくらいはさせて欲しい」
「……うん、アタシも――私もそうする」
二人の《黒》の少女は視線を絡ませた。
そこにもう壁はない。関係はずっと近しくそして温かく感じる。
だからこそロータスは口を開いた。
「君にも頼む。もし私が立ち止まりそうになった時、手を差し伸べてくれ、と。
私の手を……握手することすらままならないを取って欲しい」
その懇願に含まれた意志を汲み取り、ブラックローズは不意に笑みを浮かべた。
任せておけ、その顔は暗にそう言っているように見えた。
「とにかく今はアイツらを追うことに専念するわよ」
「ああ」
二人は言葉を交わし、前を向く。
たとえ困難があろうと進み続ける。そんな決意を胸に抱き、彼女たちは駆ける。
白を追って黒がエリアを進み続ける。その曲がりくねった道の果ては――
「いきなり光? ってここネットスラムじゃない」
[B-10/ネットスラム/1日目・午前]
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP50%/デュエルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、アーチャーと共に行動する。
2:ツインズを追う。
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP30%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、アーチャーと共に行動する。
2:ツインズを追う。
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
【ツインズ@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備A]:大鎌・棘裂@.hack//G.U.
[装備B]:なし
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式
[思考]
1:生き延びる為、他者を殺す
2:揺光に苛立ち(片割れのみ)
[備考]
※二人一組の存在であるが故に、遠く離れて別行動などはできません。
最終更新:2015年09月10日 02:06