巻き込まれたデスゲーム。侍然とした進行役。謎の妖精。
白衣の男。相対する拘束具を纏う男。
先程遭遇した白昼夢のような何か。不具合と思しきそれは何を意味するのか。
様々な謎がミーナの思考を駆け巡る。
ようやく明け始めた空の下で、彼女は今までに手に入れた情報を整理していた。
(先ず前提としてここはバーチャル空間……それは間違いないことです)
彼女は己の身体を見下ろす。
デフォルメされた二頭身アバター。海外ではよりリアルな造形のアバターも存在するらしいが、日本では規制の関係でこのようなデザインになっているという。
ツナミネットで使用していた仮想の現身がそこにある。これはかつて自分が使用していたものであり、ネット上でのみ存在することのできるものの筈だ。
現実に物質として存在するものでは決してない。それは確かだ。
それがこうしてある以上、前提としてここがバーチャル空間であることは間違いない。
疑うべくもないことかもしれないが、思考を組み立てるに当たって土台となる大前提が欲しかった。
(にも関わらず私は今この身体を『現実のもの』として認識しています)
ツナミネットに存在する人々、それは確かに『現実』の者たちだ。
ゲームのキャラクターではなくしっかりと『現実』というものを持つ人である。
しかし身体は違う。それを操る人間が『現実』であっても身体は『仮想』のものでしかない。
例え意識がネット上を走っていても、同時に『現実』には自分という存在が居る筈なのである。
「では私は今、どこに居るのでしょうか……?」
不意に不安に駆られ、ミーナはぼそりとか細い声を漏らす。
ここが『仮想』であることは間違いない。
そして今この場にに『自分』が居ることも間違いない。
しかしその場所とはどこなのだろうか。自分にとっての『現実』とはどこにあるのだろうか。
『仮想』とは『現実』があってこそ成り立つ概念である。
ではその『現実』を見失った場合、『仮想』もまた崩れてしまうのだろうか。
「……分かりませんね」
ミーナは力なく頭を振った。現状はそうとしかいえない。
しかし自分の身体のありかが分からないというのが先ず恐怖だった。
現実の身体が今もどこかで囚われているのを想像し、ミーナは背筋が凍る想いであった。
ネットに囚われる、という経験は以前にもあった。
とはいえあの時は現実と同じ身体だった。状況には勿論驚いたが、意識と身体という点ではそれほど違和感を覚えなかった覚えがある。
しかし今回は違う。意識は現実のものの筈なのにに身体はゲームのもののまま、という現状が思った以上に彼女を苛んでいたのだ。
(……デウエス。あれならば似たような芸当ができるでしょう)
かつてネットに囚われた時のことを思いだす。
ツナミネット、そしてデンノーズに関わる契機となった存在。
オカルトテクノロジーにより人智を超えた現象を起こしていたあれならば今回の事件を引き起こすことも可能だろう。
というより、それ以外にこのような芸当ができる存在が思い浮かばない。
しかし断定はできない。
単に自分が知らないだけで他に似たような性質を持った何かがこの世には存在するのかもしれない。
寧ろその可能性の方が高いだろう。何しろデウエスは確かに消滅したのだ。カオルと共に……
「……早く誰かと会いたいものです」
ミーナは溜息を吐く。そう思ってゲーム開始から移動してはいるものの、どうにも上手く他の参加者と接触できない。
速やかな情報収集の必要性を誰よりも知っている彼女からすれば痛恨の事態だった。
それもこれもこの身体のせいだ、とミーナは身体を睨みつける。二頭身のこの身体では歩いたところで速度が出ない。
アプドゥも切れた今、この身体の移動速度はまさに鈍足だった。
ならばもう一度アプドゥを、とも思うが、消費アイテムを無闇に使いたくないという気持ちもある。
5時間ほどかけてエリアを駆けまわったのに誰も出会えないのだ。そもそも近くに誰も居ないという可能性もある。
今度使う時はしっかりと目的地を吟味した後にするべきだろう。
拡声器を使うという手もあったが、これは危険も伴うのであまり行いたくない、
最低限装備や人員を整えてからにしたかった。
(はぁ、でも他の参加者と会った時に備え幾つか思考を纏めておきましょう。
まずはこの身体のこと……最初の場所には様々な種類のアバターが居ました。恐らくあれはツナミネットのものではない。
仕様が違う筈のあのアバターも、私と同じように意識と身体の不一致を抱えているのでしょうか? その感覚は同じものなのかを確かめたいです)
プログラミングだとかシステムエンジニアリングだとか、そういった分野には疎い身だが、全く別のゲームのアバターを同時に動かすことが困難だろうと言うことくらいは分かる。
そういった点からもこのアバターには謎が多い。脱出を考えるのならばその解明は必須だろう。
しかしこれは慎重に進めなくてはならない。何せこの身体には致死性のウイルスが仕込まれているのだから。
(次にこのような事態を引き起こした輩の心当たり……あの榊という男の反応を見るにこのゲームには彼と繋がりを持つプレイヤーが居るみたいですね。
ハセヲと言いましたか……話を聞けば何かが分かるかもしれません)
ゲームマスター、黒幕の情報が今の自分が決定的に欠けている。デウエスはあくまで一候補でしかない。
情報を集め、多角的な方面からその存在に迫っていきたいところだ。
先程接触した不具合らしき現象もある。ああいったことが一参加者である自分が遭遇してしまうということは、運営側もこの空間を万全に管理している訳ではないのだろう。
ならば付け入る隙はある。
(……問題は寧ろ現実の方ですか……。
現実の身体がどうなっているかが分からないのは恐ろしいですね。
よしんば脱出できたところで、現実ですぐに捕まってしまっては意味がありません)
うーん、とミーナは唸り声を上げる。
何とも前途多難だ。そして時間制限もある。
そう現状に頭を捻っていた時、彼女は不意にその声に気付いた。
――コシュー……コシュー……
それは不気味な吐息だった。
獰猛な野獣を思わせる酷薄さを滲ませながらも、同時に無機質な機械音でもあるような、聞く者をぞくりとさせるひえびえとした吐息だ。
コシュー……コシュー……と、それは威嚇するでも警告するでもなく、ただ不気味に響き続ける。
ミーナは息を呑み辺り一帯を探る。灰色が連なる摩天楼の中で吐息が反響し距離感が掴めない。
そのことがより一層恐怖を煽る。ここにきて彼女は今自分がデスゲームの最中に居るのだということを再認識した。
「……出てきなさい」
それでも努めて冷静に口を開いた。
命の危機の経験くらい彼女にもある。ジャーナリストとしてツナミのことを探り始めてからは日常茶飯事といってもいい。
問題はこのアバターで荒事に対応できるかということだが……
「…………」
それはまるで蜃気楼のようだった。
視界がインクを垂らしたように滲み、白い影がじんわりと現れる。
その白が徐々に色を濃くしていき影が輪郭線となって形を作っていくのだ。
「コシュー……コシュー……」
そうして現れた異形にミーナは息を呑んだ。
黒を基調に紫で縁取られたマントが全身を覆っていた。だらりと垂れた布の向こうには艶のない黒が広がっている。その光の映り具合からそれが機械で出来ていることが分かった。
何より異様なのが頭部だった。薄く平べったい機械郡が首と一体となって備わっており、透明な半球に包まれたそれが時節不気味に明滅した。
(サイボーグ? いやこれは……)
およそ人とは呼べない恰好をしたそれは気味の悪い吐息を漏らし、目の前で対峙するミーナを見据えた。
「エリア座標G-9、プレイヤー名・ミーナ……ステータスからもお前で間違いないようだな」
「……っ!」
いともたやすく自分の名を言い当ててみせた男に、ミーナは目を見開く。
勝手に他プレイヤーの名が記されるシステムなどない筈だ。現に自分は目の前の異形の名が分からない。
「俺の名はダークマン。
暗殺を生業とする闇の殺し屋……」
◇
その言葉を聞きミーナは即座に動いた。
ウィンドウを呼び出しアイテム画面を開き、指先は『快速のタリスマン』に合せる。
これで次の瞬間には逃走に移ることができ――
「コシュー……コシュー……」
ダークマン。そう名乗った男はだが、ミーナの動きを見ても何らアクションを見せなかった。
吐息を貰志不気味に佇んでいる。その様にある種絶対の余裕を感じ取ったミーナはより一層身を硬くした。
「……そう身構えるな。今の俺はお前に危害を加える気は――いや権限がないとでも言うべきか」
しかしダークマンが告げたのはそんな言葉だった。
ミーナは目を丸くする。一体何を言っているのだろうか。
「下らない任務だ……コシュー……お前にとっても、俺にとっても……こんな作業はただただ億劫なだけだ」
ダークマンはそう述べた後、ウインドウがあると思しき虚空を一瞥し、
「時間が中途半端だな。あと1分と21秒待とう……コシュー……確認はメールが届いてから……でいいだろう」
ダークマンの態度にミーナは疑問符を浮かべる。
危害を加えるつもりはない? 確認? メール?
ミーナの困惑を払ったのは短い電子音だった。
「これは」
「……来たか」
メールの着信を告げるウィンドウが表示されていた。
ミーナはダークマンを見据える。彼は特に変わりなく泰然とした様子だ。メールに驚く素振りはない。どころか着信を言い当ててみせた。
「さっさと開け……」
ダークマンの言葉を受け、ミーナは一瞬ためらったがその通りにする。
指をウィンドウに這わせメールを開く。勿論目の前のダークマンに警戒は怠らず。
「えっ……」
メールの内容に思わず声を漏らした。
そこには多くの情報が記載されていた。イベントのこと、参加人数のこと、そして脱落者のこと……
ウズキ。レン。アドミラル。自分の知る名が並んでいるのを、ミーナは愕然と見据えた。
「…………」
が、それでもすぐに身体に力を入れる。
目の前に幽鬼のように佇むこの男――ダークマンを無視するわけにはいかない。
でないと次のメールでは自分が脱落者に名を連ねることになるだろう。
「貴方、メールが来るのを知っていましたね」
じっと相手を見据えながらもミーナは語り掛ける。その声には疑念にくるまれた敵意が滲んでいた。
「確かに榊は最初の場でそのようなことをほのめかしていました。
しかし、それがこんな形式だとは一プレイヤーに予想できたはずもありません」
「…………」
「加えて今しがた私の名を言い当てたこと……貴方、見えているのですか? 一般プレイヤーには見えないものが。
いえさらに言いましょう。貴方、もしや運営側のアバターではないですか?」
その問い掛けにダークマンは無言という形で答えた。
しばらくの静寂の後、コシューと息を立てダークマンが動く。
その禍々しい腕がミーナの身体を捉えた。
「なっ」
掴まれたミーナは動けない。
動けないまま、ダークマンに何かされるのをただ待っているしかなかった。
ダークマンの腕は振りほどけない。少なくともこのアバターでは無理だった。
「じっと……コシュー……していろ。さっきも言ったが……コシュー……危害を加えるつもりはない」
ダークマンの声にミーナを身を硬くする。
危害を加えるつもりはない――では一体今何をやっているのだ。
言いようもない不安がミーナを襲う。
「……終わったぞ……コシュー……」
どれくらい時間が経ったのか、そう言ってダークマンは手を離した。
解放されたミーナは何も言わずダークマンを見返した。その無機質なボディを見上げる形で睨み付ける。
「そういきり立つな。お前の身体に影響はない……コシュー……ただデータを取らせてもらっただけだ。
……コシュー………じゃあ、あとは勝手にゲームを進めるが良い」
ダークマンはそう言って踵を返した。
本当に去るつもりらしい。わざわざ自分に背中を見せるのは余裕の証ということか。
「ああそうだ……コシュー……一つ教えてやろう」
立ち去る直前、ふと思い出したようにダークマンが口を開いた。
「【設定】画面からアバターの変更を選べ……それでその身体を変えることができる」
「え?」
「コシュー……コシュー……」
そんな言葉を残し、ダークマンは一筋の光となって空へと消えていった。
まるでワープのようだ。そんな感想を抱いたが、まずは確かめることがある。
ウィンドウを開き、画面から【設定】を選ぶ。その中にある項目をスクロールし、目当てのものを見つける。
そしてそこに指を這わせた。
すると、
「ああ、本当。こうすればよかったんですね」
ミーナは身体は二頭身のそれではなく、妙齢の女性の身体となっていた。褐色の肌が朝陽を受け美しく煌めいた。
頭に乗っかったハンチング帽に触れ、彼女はしみじみと思った。
ああこれこそが私の、現実にあるべき姿だと。
[G-9/アメリカエリア/朝]
【ミーナ@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1(本人確認済み)、快速のタリスマン×4@.hack、拡声器
[思考]
基本:ジャーナリストのやり方で殺し合いを打破する 。
1:殺し合いの打破に使える情報を集める。
2:ある程度集まったら拡声器で情報を発信する。
3:榊と会話していた拘束具の男(オーヴァン)、白衣の男(トワイス)を警戒。
4:ダークマンは一体?
[備考]
※エンディング後からの参加です。
※この仮想空間には、オカルトテクノロジーで生身の人間が入れられたと考えています。
※現実世界の姿になりました。
「頼まれたデータだ……」
「ああご苦労、君は無駄のない仕事をする」
ゲーム外のどこか。
薄暗い部屋で二人の人間が言葉を交わしていた。
「トワイスはああ言っていたがバグに触れたことでプレイヤーに何か影響があるかもしれん。
それは円滑なゲーム進行を阻害するからな。まぁ杞憂だとは思うが、不安の芽は摘んでおきたいものだ」
そう言ってやれやれ、と首を振るのはゲームの進行役を自任する男、榊だ。
黒く染まった手で己の髪をさわりと撫でる。
「コシュー……そうか……俺にはどうでもいいことだ」
相対するダークマンは興味なさ気にそう答えた。
彼はプレイヤー・ミーナのアバターデータの回収を命じられ、それに応えた。それだけでこの関係は完結している。
「ふむ、トワイスもそうだが君も話し甲斐がない男だな。
まぁいいだろう。私もこれで忙しい身でね、管理することが多いのだよ」
「コシュー……」
「先程のメールにしたって本当は私か誰か扇動者による直接放送という予定だったのだが……同期や準備が面倒ということで没になった。
ま、あれはあれで気にいっているがね」
言いつつも榊は画面を展開させる。
途端に部屋に多くの映像が展開される。戦うシーン、いがみ合うシーン、何やら結託するシーン……様々な光景が各ウィンドウに流れていく。
それはこのゲームで今まさに起こっている事態の数々だった。榊はそれを満足げに眺めている。
薄暗かった部屋は今や異様な明るさを呈していた。
一つの球を中心に幾多もの映像が流れていく――知る者が見ればこの部屋をこう呼んだだろう。
知識の蛇、と。
[???/知識の蛇/朝]
【榊@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康
【ダークマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
最終更新:2017年04月13日 21:14