最初に見えたのは小柄な紅だった。
紅いマシンだ。
真紅の装甲に包まれているのは全長130センチメートルほどの華奢なボディ。
人を模した腕と手を持ち、頭部にはつぶらな両眼カメラに加え、結わえ髪形のアンテナまであった。
元々の少女の面影を強く残した――紅い少女型のマシン。
彼女はボディと同じ紅いハンドガンを握りしめ、その銃口をレオへと向けた。
レオは表情を消し、とん、と後ろへと下がる。距離を取り彼女と相対した。

「さあて、レオ坊ちゃん」

それは先ほどまで彼女の時からは考えれない、獰猛で威嚇的な声だった。

「面倒だからさ、もう黙ってろよ」

そして言う。「着装《インビンシブル》」と。
瞬間、空間がぐにゃりと歪み、真紅に輝く武骨なブロックが虚空より現れた。
その紅が小柄な紅を包み隠すように殺到し、ちまちに紅は膨れ上がる。
分厚い装甲が装着され、続いて四連装機銃、ミサイルポッド、ホバースラスターがごん、ごん、と音を立てて次々と形成される。そして最後に長大な二門の主砲が長く伸びた。

数秒で少女のカタチは消え去り――代わりに巨大な要塞が大地を震わせた。

「不動要塞《イモービル・フォートレス》」

グラウンドを埋め尽くす紅い要塞を見上げながら、レオは短く言った。

「なるほどこういうことでしたか。
 それが貴方の本当の姿……デュエルアバターなんですね――スカーレット・レインさん」

レオはあくまで穏やかに呼びあける。
その武骨な外観を見上げつつも、泰然とした態度を崩すことは無い。
そんな彼をレインは「はんっ」と馬鹿にするように言った。

「やっぱり気付いていたか。変だと思ってたんだよ。あいつだって気づいたのに……お前みたいな有能な奴が気が付かない訳がねえ。
 最初から全部茶番だったってか。全く阿呆かっての。なーにが生徒会だ。なにが生徒会長だ」

罵倒の言葉を投げつけながらレインはその主砲を動かしてみせた。
金属の軋む音を立てながら、その巨大な砲がレオへと向く。
その巨大な砲塔を前にしてもレオは表情を変えない。あくまで穏やかにレインを見上げている。

「その余裕が――」

レインは苛立ちを隠さず叫んだ。

「――ムカつくんだよ!」

瞬間、駆動音を上げながらビームが放たれる。
それを前にしてもレオは変りない。ただ「ガウェイン」とただ一言、自らの剣を呼んでいた。

「はい、レオ」

――そして、騎士は王の前に降り立った。
銀の鎧に身を包む騎士。ガウェインはレオの前に現れた彼は迷いなくその剣を振るう。
紅の奔流を太陽を背に切り裂いていく。剣は光を弾き返し、レオに一切届かせることなく紅を散らした。

「呼ばれたら来るかよ。犬みてえな奴だな」
「…………」

振りかかる罵倒にガウェインは意に介さない。
彼は己が王の前に立ち、ただ毅然とした視線を己が敵――赤の女王へと向ける。

「黙ってんのか。王がそれなら、その下も揃ってつまらねえ」
「面白味など不要です。私はただ剣を捧げる――それが騎士というものだ。
 赤の王よ、貴方も王を名乗るであれば、振るう剣の一つや二つ持っていた筈だ」
「生憎とあたしは“遠隔の赤”でな。剣なんか持ってねえんだ」

レインはそう叫びを上げ、瞬間その両肩の装甲が音を立てて開く。
そして硝煙と爆音をまき散らしながらミサイルを発射した。

「――ロータスと違ってなぁ!」

噛み合わない言葉と共にその敵意を押し付けた。
平和な筈のグラウンドの頭上を無数のミサイルが埋め尽くす。
ドドドド、と爆音が連なる破壊の豪雨に、王を背後にガウェインは敢然と立ち向かう。

正面からミサイルが来るのなら、剣で大剣で切り裂こう。
後方より来るのならば振り向きざまの一撃で弾き返す。
四方八方と襲いかかかる紅い敵意。剣で足りぬというのならその身を投げ出せばいい。
雨粒一つ通しはしない。この身は剣だ。純粋な剣となって王に振るわれる。

「ハッ!」

弾頭を迷いない太刀筋で捉え、弾頭ごとを鍛え上げた膂力を持って粉砕する。
鉄がひしゃぐ感覚を受けながらも、その手は既に次なる砲弾へと伸びている。
ただ敵意を裂くだけでは駄目だ。決して王に届かせてはならない。
単に叩くではなく、跳ね除けるのだ。

バゴォン、バゴォンと音を立ててミサイルは爆発した。
これが東洋の侍ならばミサイルを真に斬ることも可能であったかもしれない。
彼らには技がある。ミサイルのどこを裂けば爆発させることなく沈黙させられるのかを感覚で知り、信管を正確に捉え斬ることもできよう。
だがガウェインら西洋の騎士は技でなく、何よりも膂力こそが物を言う。
故にガウェインは――裂いたミサイルを爆発ごと遠くまで弾き返す。

全ては王の為、王には土一つ付けさせてなるものか。
凛然と輝く太陽の下、ガウェインは極限の集中を持って剣を振るった。
何を恐れる必要があろう。いくら空を砲弾で埋め尽くそうとも、太陽の輝きは消すことができない。
そして今は自分は王の剣。剣が恐れを見せること、それ即ち王の恥となる。それこそ騎士の名折れだ。

その揺るがぬ意志を以てして――彼は成し遂げた。
ミサイルが過ぎ去ったあと、彼の後ろには変わらぬ微笑みを浮かべる王の姿があった。

「レオ」
「分かっています」

必要最低限の会話。それだけで彼らには十分だった。
ミサイルの嵐の中、レオは一切取り乱さず、そして一歩たりとも動かなかった。
結果としてミサイルに振られ穴だらけとなったグラウンドの中にあって、彼の周りだけが円を描くように盛り上がっていた。

「ガウェイン、しばらくこちらからは手を出さないように。
 彼女は貴重な戦力であり、何より副会長だ。おいそれと離反させるつもりはありません」

労いの言葉も必要ない。ただ状況を広く把握し、最も正しい道を示す。
それがレオの王としての在り方。
だがそれを否定するがごとく相対せし王は叫びを上げた。

「ったく。何でもかんでも余裕ぶりやがって……!」

レインはその言葉に苛立ちを滲ませ、次なる攻撃を放った。
がこん、と音がしてその巨大な砲が動く。要塞の象徴――二本の主砲だ。

「黙ってろ!」

その言葉と共に、今度は極太の光線が発射された。
ビームである。








主砲をぶっ放しながら、レインが思っていたことは一つだった。
そもそも彼女は最初からそのことしか考えていない。
深い考えなど一切なしに、直情的に引金を引いていた。

――ああ、ただただめんどくさい。

理由は何だったのだろうか。
考えるまでもない。アイツの――シルバー・クロウの脱落だ。
そんなことは自分でも分かっている。
苛立つほどに分かっている。

しかし、それは決定的なことではないのだ。
彼の脱落があったからって何が変った訳でもない。
“死”とやらどんなものなのかは知らないが――シルバー・クロウの喪失というのならば、そもそも覚悟していた。
していた筈だ。

だからこそ何もしなかった。
このデスゲームから脱出するというも目的も、レオたちと行動を共にするという策も、変更したりなどしなかった。
何時ものように猫を被り天使のように笑う。
この笑顔は鎧だ。本当の自分におっかぶせた何よりも硬い鎧。
知っている。それが恐怖に由来しているものだということを。
怖いから、生身のままでいることができないから、だからこそ自分は鎧を被る。

結果的に自分の現身たるデュエルアバターだってこんなものになってしまった。
鎧に鎧を重ね着して、それでもまだ怖いから銃を纏って敵を遠ざけて、最後には自身をすっぽりと覆う要塞とまでなった。

だから慣れていた筈なんだ。
要塞に籠り続けるのも、守ってもらう為に笑顔を被るのも。

レオはそれを見抜いていたのだろう。
別にそれは、いい。
自分だって奴のことを探るように近づいた訳だし、結果それぐらい有能な奴だと分かったからこそ、一緒に居た訳だ。
だからずっと天使のままでいることにした。話を合わせることにした。
こんな糞みたいなデスゲームを破壊する為に。

そのつもり――だった筈なのに。
奴は、レオは自分に話を聞いた。
わざわざこんな場所まで連れて出して。

それは結局察していたからだろう。
スカーレット・レインがサイトウトモコという鎧に隠れていることを、
そしてその内面がひどく揺れたことを。

察した上で、奴は探ってきた。
スカーレット・レインという駒に生じた不確定要素の程度を、
叛意はないか、まだ使い物になるか、もしや折れて頼ってくるかもしれない。
きっと様々な可能性を考えて、探っていたのだ。
最悪の事態――スカーレット・レインの暴走と言う事態まで想定して、収集したデータに傷がつかないよう外まで誘導した。

本当に、笑えるほど有能だ。
まさしく《王》という奴だ。
《王》になるべくして生まれ、《王》として正しくあり続ける。
加速世界すら届かない――現実という絶対的なフィールドを支配する器が、彼にはある。

それを認めた上で――スカーレット・レイン/上月由仁子はひどく面倒になった。
彼を恐れ鎧を纏うことに。
天使のような笑みを振りまいて、したくもない生徒会ごっこなんかやることに。
何より――今の自分の心さえカードの一枚として扱われる、この現状に。

嫌気がさした。

どうせ怖いんだ。
こんな要塞まで築いて《王》になってレギオンを率いて、でも、それでも怖いんだ。
だって本当の自分は弱いから、力も立場もない子どもでしかないから。
周りが一たび牙を剥けば、それで終わってしまう。

だから――彼と約束なんかした。

その約束すら、その弱さすら、割り切って生きていくのか。

「レインさん」

ガウェインに守護を任せたまま、レオは語りかけてきた。
穏やかに、なだめるように、諭すように、その声は響く。
まだ戻れますよ。とでもいうように。

「レインさん。思うに貴方は本来もっとクレバーな人間の筈だ。
 僕に何か落ち度があったら謝ります。対主催生徒会には貴方の戦力が是非必要なんです。
 どうか銃を納めてはくれませんか」

その言葉にレインは思わず笑ってしまった。
こんな時――銃をまさに向けられながらも「謝ります」だと。

「レオ――あんたはさ、確かに《王》だよ。
 あたしなんかよかずっとそれらしい。そんくらい認めてやるよ。
 強いし、正しい。あんたの剣だとかいうガウェインだってトンデモねえ情報圧だ。
 それを何も間違うことなく使うことがあんたにゃできるだろうよ」

主砲を放ちながらレインは言葉をぶつける。
胸から溢れる言葉は強い。声高に、そして毅然と目の前の王を糾弾する。
しかし、その声は揺れている。
怒りでも悲しみでもない、ただただ強いだけの想いが胸の中に渦巻いていた。

「だけど、あたしはそんな《王》でありたいとは思わねえ。
 そうさ! 全部幻想だ。仲間、友達、軍団、それに親子……そんなもの全部幻想に過ぎないさ。
 絆なんて……繋がりなんて……現実では信じるに値しない幻想だよ。夢みたいなものだ。
 あんたみたいに軍団全てを要素として……正しく運用してみせるのが正しんだろうよ。ああ、現実的だ。
 だけどな、全部が全部正しいような奴に、そんな幻想にすがることすらできないような奴に
 ――なりたいと思うものかよ!」

その叫びは紅い光となって吐き出された。
戦術もへったくれもない。ただの火力のごり押し。
何時もならレインはこんな戦い方をしない。そもそもこんな戦いなどしない。

分かってるさ。自暴自棄になってるって。
八つ当たりみたいなものだ。
ただこの男にはこうしてぶつけてやらないと、気が済まない。
何もかもが面倒だ。
取り繕って何になる。

「……そうですか」

残念です。
そうレオの唇が動いたのが分かった。
瞬間、ガウェインの表情が変わる。

ついに本気――ということか。
これでようやく勝負になる。どっちが勝つか、なんてのは考えるまでもない。
負けるのは自分の方だ。
こんな馬鹿みたいな戦い方をしている自分に対して、向こうはきっと幾つも切り札を隠し持っている。
レオという《王》はそういう奴だ。
本当ならばペナルティやらなんやらで反撃もしたくない筈だ。スカーレット・レインという戦力を失うのもつらいだろう。
だが、仕方ない。
そうやって割り切ることができる。
できるからこそ、彼は《王》なのだ。

「……はっ」

笑ってしまう。
何にか。自分でもよく分からない。きっとこの状況そのものだろう。
これで終わりか。命まで奪う気なのかは分からないが、不確定要素を生かしておくメリットもない。

あーあ、赤の王たるものがこんな結末かよ。
こんな形でいなくなれば、《プロミネンス》もきっと混乱するだろう。
後釜にはパドあたりが座ってくれるといいが、自分がいなくなればブレイズ・ハートたちはまた暴れるだろうな。
知り合いが――よりにもよってあいつが居なくなったからって自棄になって、それで暴走して、終わり。
馬鹿みたいだ、と思う。
両方とも脱落してしまったら、それこそ約束が守れない。
互いが互いを忘れて、それで終わり。

ガウェインがその剣を振りかぶる。
レインは思考を垂れ流しながら、彼らから目を離した。
何となく、空が見たくなったのだ。

本当に何となく、意味もない筈の行動だったのに。

「は?」

そこで彼女は見てしまった。

「おーい!」

学園の屋上で必死の形相で叫びを上げる青年の姿に。

「レオ! ここは俺に任せておけ」

その名は十坂ジロー。
何の力も持たず、世界の救世主でも生粋ゲーマーでも、もちろん《王》でもない、ただのフリーターはそう自信満々に言ってのけたのだ。








「……ふぅ」

まずジローは息を吐く。
呼吸を落ち着けなくては。さっきからずっと叫んでいて、喉が痛い。
とはいえここからが本番だ。ここからグラウンドまで声を響かせなければならない。
野球部での声出しの経験がこんなところで生きるとは、人生が何が役に立つのか分からないものだ。

「……何だよ、あんたみてえな奴が出る幕じゃねえんだよ」

紅い要塞――トモコだったものが言った。
彼女、スカーレット・レインとガウェインの壮絶な戦いを、ジローは屋上より眺めていた。
最初は全く訳が分からなかった。無論今だって細かい事情は分からない。
しかし、やるべきことは分かっていた。彼女の言葉を聞けば、簡単だ。

「そんなことはない。俺だって生徒会の一員なんだぜ」
「うるせえあたしを巻き込むな。子どもならやり込めると思ったか?
 そんなんだから就職できねえんだよ、この無職」
「うっ……」

その罵倒にジローは思わず言葉に詰まる。
声色こそ同じなものの――そこに現れる性格はまるで反対だ。
目の前にいるのはもうあの天使じゃないのだ。

とはいえそういうのはもう慣れているのだ。
デンノーズで野球をしていて痛感した。ネットとリアルで性格が違うなんて普通のことだ。
獣耳美少女のBARUのリアルは三十代のマニアだったし、ネットであれほど好青年だったサイデンはリアルでは話の通じないニートだった。
だからこれくらいなんてことない。天使な女の子の正体が、口の悪い子どもくらいがどうしたというのだ。

そう子どもなのだ。
本当の彼女は性格はまるで違うし、自分よりずっと強かなのもしれない。けれど子どもだった。
だからこそ、自分が出張る番なのだ。

ちら、とレオの方を見た。すると彼はジローを見て頷いてくれた。
任せます。
そう言ってくれた気がした。
なら、やってやるしかない。生徒会雑用係として――この子どもな副会長を説得してみせよう。

「……トモコちゃん」
「あたしはそんな名前じゃねえっての。スカーレット・レインだって、レオの話聞いてなかったか?」
「それは君じゃなくてそのロボットの名前だろ? それじゃなんかなぁ」
「あたしにとっては同じことだっての――あーもう分かったよ」

そう言って彼女は投げやりに「ニコだよ」と答えた。

「そうか、ならニコ。話そう」
「話すって何だ。レオで無理だけど俺ならとか考えてんのか。
 ったく身の程をしれって話だろ。あんたにできてレオにできねえことなんてねえよ」

呆れるように言うニコは、やはりどこか投げやりだった。
何もかもどうでもいい。そんな感じすらあった。
そんな彼女に、ジローは言ってやった。

「いや、違うね。レオにできなくて、俺にできることが一つは少なくともある」
「は? 何だよ」
「レオにイラっとすることだよ。確かに何でもできて、正しいけどさ、それだけはできないだろ?
 ニコもそうだろ? あいつに思わずイラっと来たんだ」

レオと初めて会ったとき、自分は彼に反感を抱いた。
それは“死”を彼はあっさりと割り切ってしまったから。
自分や妖精の少女が中々できなかったことを、いとも軽くやってしまった。
それがわだかまりになった。だから最初はアイツに当たってしまったのだ。

ニコがやっていることは、結局あの時の自分と同じだ。

人には簡単に割り切れないものがある。
譲れないものがある。正しいと分かっていても、間違わずにはいられないものがある。
それはきっと弱さなのだろう。人としての弱さ。
それをレオは持っていない。弱さを理解はしても、共感はしない。

「俺もそうだった。恥ずかしい話だけどさ。
 たぶん俺じゃレオみたいな生き方はできないと思う。まぁ、失敗ばかりだったからな。
 結局就職もできないままだし。たまには逃げ出したくなる。色んなことから。現実ってのはつらいからさ」
「…………」
「だからさ、ニコ」

ジローは言った。
思いっきり力を込めて、

「出来る限りやればいいんじゃないか。八つ当たりをさ」
「は?」
「だから思う存分やってしまえばいいんだよ。現実から逃げたければ、逃げればいいんじゃないか。
 自棄に逃げても、現実って必ず奴は追いついてくれるからさ。
 そしたら結局また現実に戻ってしまうけど、でもすっきりはするだろ?」

『俺』――エスのの声が聞こえてきたように、
そして結局それを否定したように。
何時かは気付くのだ。現実と言うのはそれだけ強いものだから。
弱さを許してくれないからこそ、結局強くならざるを得ないんだろうな、と思う。

「八つ当たりなんて恥ずかしい真似だけど、ニコくらいの齢なら大丈夫だ。
 好きなだけその大砲でも撃てばいい。それで収まる筈だ」

そう、できるだけ大人っぽく言ってみた。
一応最年長なんだ。それくらいのことは言ってやりたい。
言い切ると、ふうと息を吐いた。正直ちょっと疲れた。柄でもないことを言ったと思う。

しばらくニコは黙っていた。
月海原学園に静かな時間が訪れる。緊張感が場を包んだ。

「……そう、かもな。確かにあたしはあんたと一緒のことやったのかもな」
「ニコ……」
「じゃあ好きなだけ八つ当たりするね」

ニコはレオに向けていた大砲を逸らした。
それは九十度ほど回転してみせ、レオの代わりに別のものを捉えた。
「え?」と思わず声が出た。いや八つ当たりといっても何でこっちに?

「やりたくもないキャッチボールをやらされた恨み、ここで晴らさせてもらうね。おにーちゃん!」

再び天使のような声でニコは言った。
その間にも主砲にはどんどん光が集まっていく。だらだらと額を冷や汗が流れていく。
このままだと自分に向けて――

――発射された。

果たして巨大なビームが学園の屋上へと向けて発射された。
ぎゅうううん、というSFチックな効果音が場に轟く。
ビームは彼方まで飛んでいき、最終的に空の隅にあった雲まで穿った。

「っと、冗談だって冗談。あたしが本気で撃つ訳ねえだろ?」

ニコが大声で笑うのを、ジローは呆けたように見ていた。

(え? あれ……どこから冗談だったんだ?)

上手く状況を理解できないでいつつも、ニコは笑っているし、そこにさっきまであった投げやりな色はない。
ギリギリの軌道で放たれたビームは確かに当たらなかった。
なら、いいのかもしれない。そう思い、釣られて笑ってみた。

「あーなんか、色々馬鹿らしくなった。流石にあたしらしくねえわこれ。
 ははは……あー、そのなんだ、レオ?」

ニコは何だか疲れたように言った。

「ワリーな。何かちょっとイラっと来たんでやっちまったわ。
 ま、許してくれよ。そういうこともあるってことでさ」
(さ、流石に軽すぎないか? それ)

グラウンドを吹き飛ばす騒動をやっておきながらの言葉に、ジローも流石に不安になった。
が、レオの方もまた軽い口調で、

「いえいえ、僕も副会長は肉食系バーサーカーだと予想してたんで、このくらいは想定の範囲内です。
 寧ろそのロボット、色々合体して第二形態とか第三形態とか出て来るんじゃないかとワクテカしていたんで、これで終わってちょっとガッカリしてます」
(ガ、ガッカリなのか……?)
「おいあんたはあたしを何だと思ってやがったんだ。そんな頭悪そうなもんホイホイ出す訳ねえだろ」
 ――ま、変形はするけどな」
(するんだ……)

急ににこやかな雰囲気になったレオとニコを前に、ジローは大きく息を吐き、屋上のフェンスにもたれかかった。
色々あったが、これで丸く収まったということか。それにしても疲れた。全くニコがあんなことするから――

――その時、不意に妙な音がした。

「あ、やべ」

ぽつりとニコが呟いたのが分かった。
「え?」と声が漏れる。と、同時にジローは空を飛んでいた。
青い空が見える。学園の屋上から飛び出して、自分は今飛んでいる――

「ギリギリを狙ったつもりだったんだけどな。何か手元が滑ってちょっとだけかすってたみたいだ」

ちょっとかすった場所にもたれかかったせいでフェンスが破れ――てつまり。
これは飛んでいるのではなく、
落ちている?

「うわああああ―――ッ!」


十坂ジロー、22歳無職。
本日二回目の学園よりダイヴを敢行することになる。


 筋力が 7下がった
 技術が 5下がった
 信用度が 20上がった
 こころが10上がった









「いやぁ、ジローさん、貴方は凄い方ですね。
 一日に四階から二回飛び降りるだけでもすごいですが、その両方とも木に引っかかって生きているなんて」
「ええ、レオ。これが遠坂凛のランサーならば10回は死んでいるかと」
「いや、ワリーワリー、上手いこと外したと思ったんだがなぁ。
 まぁ大した怪我もないみたいだし、良かったじゃねーか、うん」

ジローは保健室のベッドで寝ながら、頭上で騒ぐ人々を脱力気味に眺めていた。
何でこんなに目に合っているのだろうか。そしてもう少し静かにしてくれないだろうか。
最初に出会った時と同じ布陣といえばそうなのだが、今回はニコもこちらを慮ってくれない。
アバターは元の人間のものに戻しているが、その言動までは変えていない。
ああ、あの可愛らしいサイトウトモコちゃんはもういないのだな、とジローは少し悲しい気分になった。

「あの……大丈夫ですか? お弁当を食べてもらえばHPが回復できると思うんですけど」

そんな中、唯一優しい言葉をかけてくれるのは桜だけだった
カーテンの向こう側よりやってきた彼女の手にはオブジェクト化された特製弁当がある。
その優しさに感動しつつジローは弁当を受け取った。
まぁなんだかんだ、これで良かったんだろうとは思う。

「あはは、まぁジローさんはしばらく休んでいてください。
 今回貴方は十分すぎる程働いたんですから」

ベッドで弁当を頬張っていると、レオが落ち着いた口調で語りかけてきた。

「貴方がいなければ、どうなっていたかは分かりません。
 もしかすると本当に――僕は彼女を切り捨てることになったかもしれない」

まっすぐなまなざしでレオはそういうことを言ってくる。
ジローは思わずニコを見た。目が合った。が、彼女はすぐにぷい、と明後日の方向を向いてしまった。
ジローは「うーん」と唸りながら、

「でもなぁ、正直レオなら何とかしてたんじゃないかって気がするんだ。
 俺が行かなくても、たぶんどうにかしてことを納めていたんじゃないかって」

それは謙遜でも何でもなく、本心だった。
ニコが自分にできてレオにできないことはないと言っていたが、それはやはり正しいと思う。
そんな彼からこうまっすぐに褒められると、何だかちょっと変な気分になる。

が、当のレオは苦笑しながら、

「いいえ、そんなことありませんよ。今回は本当に貴方がいなければどうにもならなかった」

ときっぱりと断言した。

「レインさんは僕を完璧な《王》だと言ってくれましたが、そんなことはありません。
 いえ、完璧であるからこそ、僕には欠けていたものがあった。
 ある意味で僕は非常に未熟な《王》でした。そのことに、ようやく気付いたんです。
 そんな未熟な僕では、たとえその場を上手く取り纏めたとしても、結局人の感情というものを理解はできなかったでしょう。
 いや、理解はできたとしても、共感はできなかった」

そういうレオは、ジローが今までに見たことがない顔をしていた。
何時もの微笑みは消え、人を導く超然とした雰囲気が弱まった代わりに、ジローは彼がひどく近い者に思えた。
そして上から下へ語りかけるようにではなく、ただぽつりと呟くのだ。

「だからジローさんは教えてくれたんです。人の感情というものの難しさを。
 それを知って初めて僕は《王》となれる。そう思います」

と。

ジローは何も言えなかった。
ただ彼は、ようやく自分がレオという少年を理解できたのでは、と思っていた。

「それでですね。レインさん」

気持ちはパッと切り替える。
そうとでもいうように、レオは微笑みを浮かべニコを呼びかけた。

「一緒に生徒会をやってくれますか?
 もちろん副会長として」

言われたニコはしばらく黙っていたが、ふいにぼそりと何かを言った。

「……ってるさ」
「はい、何ですか?」
「やってるさって言ったんだよ。分かったよ、やりゃいいんだろやりゃ。
 ったく生徒会なんざ――本当はロータスがやるべきことだろうに」

不機嫌そう言って、ニコは保健室の椅子に座った。
「ああメンドクセ―」とか「たるいな」とか色々言っているが、しかし先のようなことはもうないだろう。
レオは満足して「お願いしますよ、レイン副会長」と呼びかけた。

「あとはハセヲさんが戻って来ればいいのですが――」

ハセヲ。呟かれたその名が、ジローは少し気になった。
彼は話によるとこの対主催生徒会の現行メンバー最後の一人らしい。
自分と同じく雑用係らしいが、一体どのような人物なのだろう。

「おい、スカーレット・レイン」

が、それを問いかけるより早く、全く別の声が保健室に響いた。
見慣れない生徒だった。灰色の制服に身を包んだ眼鏡の彼は、頭を抱えながらニコを呼びかけた。
ニコは首を傾げながら、

「あんた誰だ。NPCがあたしに何か用か?」
「何かではない。ペナルティだ。ペナルティ。
 戦闘禁止エリアであれだけ派手に暴れておいて、何もなしで済むと思うのか喝!
 一定時間のステータスの大幅低下と一部システムや施設の使用制限、及びグラウンドの清掃をお前に課す」

ペナルティ――ああ、そういえばこのエリアは今そういうイベントがあるのだった。
あまりに色々あったせいで失念していたが、あれは流石に言い逃れできないよな、とジローは思う。
ニコもそう考えたのか目を泳がし、助けを求めるようにレオを見た。
レオはにっこりと笑って、

「副会長。いかに生徒会であろうとも、校則は守ってくださいね」


【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:スカーレット・レイン
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。


【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・日中】

【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP50%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、不明支給品0~2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:今は図書室で情報を集める。
2:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
※桜の特製弁当を食べました。


【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP10%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)(ベータ)@Fate/EXTRA、コードキャスト[_search]、番匠屋淳ファイル(vol.1~Vol.4)@.hackG.U.、基本支給品一式
[ポイント]:1053ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
0:今は図書室で情報収集を再開。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
8:岸波白野と出会えたら、何があったのかを本人から聞く。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP110%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。


【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ60%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:しゃーないので副会長をやる。
2:ジローにちょっと感心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
※参戦時期は少なくとも13巻以降ですが、インビンシブルはスラスター含め全パーツ揃っています。



095:種――ザ・シード―― 投下順に読む 097:カルバリン砲がぼくを狙う
095:種――ザ・シード―― 時系列順に読む 097:カルバリン砲がぼくを狙う
085:マルチタスク レオ・B・ハーウェイ 099:対主催生徒会活動日誌・8ページ目(再会編)
ジロー 099:対主催生徒会活動日誌・8ページ目(再会編)
スカーレット・レイン 099:対主催生徒会活動日誌・8ページ目(再会編)

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最終更新:2016年02月24日 10:10