その名前を見たとき、とりあえず笑ってしまった。
爆笑である。
柄にもなく声を上げて、一しきり笑ってしまう。
「どうせここでも馬鹿みたいなことやって死んだんでしょう? 有田先輩」
ウインドウに表示された“脱落者”
そこに知った名前があった。考えてみればここに彼がいるのは自然なことだったのかもしれない。
ここに来る直前まで、自分は彼らとともにいたのだから。
――彼らに敗れ、屈辱に震えていた。
奪ったものを再び奪い返された。
敗北の最中、この上ない屈辱に震えながらも迎えたあり得ないコンテニュー。
それが今、能美征二/ダスク・テイカ―が身を置く立場だった。
「ふうん、何だか知らないがご機嫌だね、マスター」
横でライダーがさして面白くもなさそうに言った。
その声色に能美は笑みを止める。
そして息を吐き、理性的な仮面をかぶり直す。
「ええ、ちょっと予想外の名前がありましてね。まさか死んでるとは思いませんでしたが
一体どこでどう死んだんでしょうね。さぞかし間抜けな死にざまを晒したんでしょうが」
「ふうん、そいつは気に入らない相手だった訳だ」
「ええ、ですがもう死にましたから」
この場で死ぬことは、恐らくポイント全損か、あるいはそれ以上の意味を持つだろう。
あの銀の鴉はもうこの世界にはもう二度と現れない。全く以て愉快な話だった。
それを見たライダーがうそぶく。
「でもいいのかい、ノウミ。アンタが手を下すまでもなく死んじまったんだろ?
リヴェンジの機会はもう喪われちまった訳だけど」
「……いいんですよ、別に」
能美は一瞬言葉に詰まったが、すぐにそう答えた。
「あの人がいたらまた奪ってやろうとは思ってましたけど、でもまぁ執着するほどの人でもない」
「そうかい、まあ司令官殿がそういうのならそうなんだろう」
「…………」
ライダーの言葉に含むものを感じつつも、能美は前方を窺った。
能美とライダーは今大聖堂の屋根にいる。風が吹き付ける中、西洋風の屋根から草原を窺っている。
青空と広大な草原が広がっている。のどかな風景であるが、その本質は殺し合いの舞台だ。
実際、脱落者のことはどうでもいい。それよりも今復讐すべき相手がいる。
「……先程あの女たちを見かけたのが数十分前。恐らくまだ近くにいますね」
「そりゃあね。とはいえまだこっちはまだ万全とはいえないがね。
さっきボコボコにされてまた挑んでも同じだと思うけど」
それくらい能美にも分かっている。
一応コードキャスト“add_regen”を掛けることには成功したので回復はしているが、それでもまだ万全とは言い難い。
「ですが、戦術はあるのでしょう?」
「そりゃ、ね。こっちの物資が不足しているなら、不足しているなりの戦い方ってのはある。
アタシなんか互角の状況で戦える方が珍しかった」
そう言ってライダーは快活に笑った。
能美は黙っていた。黙ってライダーの横顔を眺めていた。
戦う術を、自分の知らない多くのことを彼女は知っている。
流石は人類史に名を起こした英傑、ということか。
歴史など何も意味もないと思っていた能美にとって、その事実は新鮮なものだった。
そんな能美の視線を知ってか知らずか、ライダーは涼しげな顔を浮かべている。
風が彼女の赤みかかった髪を揺らした。貌に走る大きな傷と、そして獲物を探す獰猛な瞳が見えた。
「さて、待つとしようか――」
◇
風が草原を駆け抜けた。
さわさわと草木がこすれ合い、目の前では穏やかな風景が横たわっている。
ゲームの序盤でありがちな風景だな、と慎二はぼんやりと思った。
「…………」
そんなエリアの中央あたり、森と草原の境目の辺りに彼らはいた。
そこで届いた二回目のメンテナンス――二度目の通告メールを受けていた。
波打つ草原の中で、彼らは黙ってウインドウを開いている。
「…………」
メール自体はまぁ、そこまで反応すべき点は無かった。
最も懸念していた脱落者一覧も、今回は特に気になる名はなかった。
少なくとも慎二にとっては。
イベントの方は――こちらは少し問題かもしれない。
自分達は巻き込まれずに済んだとはいえ、ブルースたちは今まさに森に居る筈なのだから。
だが、それよりも問題だったのは――
「…………」
――目の前で仏頂面をしている真っ黒な剣士だった。
彼らはウィンドウが表示されているであろう虚空をじっ、と見つめ、何か深く考えている。
何かは考えるまでもない。恐らくあのメールに記載のなかった“彼女”のことだろう。
まだ彼女は脱落していない。そのことは素直に喜ぶべきなのだろうが、
(ま、そんなに単純なものでもないよね)
慎二にだって、それくらいは分かった。
まだ生きている。それは即ち今現在もこのゲームのどこかを彷徨っていることを意味している。
だからまあ、色々考えることはあるのだろう。
それは分かる。分かるが、
「……おい、キリト。お前さ、何時まで黙ってんだよ」
少しの逡巡ののち、慎二はそう言ってぞんざいに語りかけた。
色々気を使うのは馬鹿らしい。故にここは素で通させてもらう。
「僕たちは君の事情で立ち止まっているんだよ、あんまり僕の足引っ張らないでくれる?」
「え……あ、ああ」
慎二のぞんざいな言い振りに、キリトはしかし別段起こった素振りを見せることなく「ああ」と言って顔を上げた。
「分かってるさ。こういうことは慣れてた……とは言いたくないけどな」
「とにかくほら、行くぞ」
大分落ち着いているのか、先程よりも声に揺れがない
慎二はそこでさっさと歩き始めた。とにかくここら一帯の捜索を早く終えてしまいたい。
道中、ちら、と空を仰ぎ見る。
そこには穏やかな青空が広がっていた。澄んだ青空の中心に眩い陽が座している。
このどこかに今、ユウキたちが居る筈だ。
ユウキは――あのプレイヤーは、正直凄い。悔しいが、慎二のゲーマーとしてのセンスが言う。あの女の力量は本物だ、と。
彼女のプレイイングには単純なプレイ時間だけでなく、天性のものがある。その力量に嫉妬しないといったら嘘になる。
だがそれ以上に慎二はその在り方に羨望を抱いていた。
ああありたい。ああいう風にゲームをプレイしたい。蹴落とすべきライバルだというのに、そんなことを思ってしまったのだ。
嫉妬でなく羨望、というのは、正直慎二自身あまり知らない感覚だった。
だからか。
今、同じパーティにユウキがいないことが、少しだけ残念に思うのは。
意地か、あるいはその、あまり言いたくないが“認められたい”とでも思っているのかもしれない。
あのカッコイイ彼女に褒めて欲しい、だなんて。
そこまで考えて、慎二は馬鹿か僕は、と自嘲する。
ゲーマーというのは孤高であるべきだ。
少なくともそれなりの意地を持って、常に好敵手と対等に当たって行かなくてはならない。
だから、彼女は本来“壁”であるべきなのだ。ゲーマーとして、越えるべき。
(プライドに拘るなっていってもさ、プライドを捨てろってことじゃないしね)
プライドに拘って負けを認めないのは止めた。
けれど、プライドがあるからこそ、間桐慎二は今まで戦ってこられた。
ユウキに対しては素直に憧れる。それはゲーマーであるからだ。プライドに拘らず、何時かは越えてやろうと思うことができる。
だが、アイツは、アイツにだけは敗ける訳にはいかない。
ノウミ、とライダーは呼んでいた。
あの生意気な声をした、悪役染みたロボットのアバター。
アイツと戦い、自分は敗けた。
そして、ライダーを奪われた。
アイツに奪われたのはそれだけではない。
ゲームチャンプとしてのプライドだ。アイツから逃げ出すことは、プライドを捨てるということだ。
いいよ、敗けたことは認めよう。だが、次に戦った時、勝つのは自分だ。
何が何でも、ノウミを倒し、ライダーを取り戻すのだ。
そしてユウキにも負けないゲーマーとしての技量を見せる。
そこまでしてようやく間桐慎二はゲームチャンプとして返り咲くことができるのだ。
『……慎二』
その時、それまでずっと黙っていたアーチャーの声がした。
その声に含まれた緊張を感じ取ると、慎二はすぐさま頭を切り替えた。
「どうした、慎二」
その様子を敏感に感じ取ったのか、キリトが事情を尋ねてきた。
答えるよりアーチャーが霊体化を解いた。紅い衣がゆらりと舞う。
その様を見てキリトは察する。言葉はなくともそれで事情は把握できる。
アーチャーがどんなユニットであるかは伝えてある。探知系スキルを持っている彼は、パーティにおいて索敵面では最も優秀だ。
――そんな彼が姿を見せたということは、
「どっちだ、アーチャー」
「11時の方向、これは大聖堂からか」
――攻撃が来る
次の瞬間、爆音が響いた。
慎二の視界が揺れる。嗅いだ覚えのある硝煙の臭いがした。
これはあの、カルバリン砲の臭いだ。無敵艦隊を率い、太陽を落とした彼女の臭い。
パーティを狙って放たれた砲撃は僅かに逸れ、慎二から数メートル離れたところに着弾した。
土が飛び散り、草の焼ける臭いがした。
――奴だ。
大聖堂の上に巨大な砲台が見える。距離エフェクトが強めな仕様なせいかぼやけているが、率いている女の姿も見えた。
慎二は思わずその拳をぐっと握りしめた。緊張と怒りがないまぜになった強い想いが胸からあふれ出てくる。
三度目の接敵。探していた相手が向こうからやってきてくれた。
――戦闘、開始だ。
慎二はそうしてゲーマーとしての意識へと切り替える。
集中し、視界から入った情報を分析する。
幸い敵の情報は持っている。いやというほど知った敵だ。
すぐにまた二撃目が来た。
驚きはない。絶え間ない砲撃はライダーの得意とするところだ。
慎二はアーチャーにスキル使用を指示する。
紅衣の男の行動は迅速だった。パーティ全体を守るべく防御スキルを展開する。
燐光が起こる。七枚の花弁のエフェクトがパーティ前面に貼られ、砲撃を防ぐ盾となる。
スキルが展開された瞬間、砲撃がドドドド、と雪崩のようにやってきた。
カルバリンの炎が草原を包み込む。音を立ててフィールドが抉られていく。
その光景を横目に、キリトとアーチャーが言葉を交える。
「大聖堂に陣取って遠距離砲撃か。策を練ってきたな」
「この一帯は障害物がないからな。作戦としては中々だと思うぜ、これ」
アーチャーは盾を展開しながら「どうする慎二?」と尋ねてきた
「私としては撤退を推奨するが。正面突破は中々難しそうだぞ」
「弾切れってのもないだろうしね」
スキル扱いのカルバリン砲を使うには一定の魔力が必要だが、
これまでの戦闘から鑑みるに、奴はオブジェクト破壊によってゲージを回収できる。
草原の光景を見るに、一回の砲撃でお釣りがくるほどの回収率だろう。
故にここは砲撃の射程外まで撤退を。
その提案は理解できるが、
「はん、いやだね」
慎二はそれを跳ね除けた。
「アイツを目の前にして、そんなセオリー通りのプレイできるかよ。
僕はとっとアイツを倒してライダーを取り戻すんだからさ」
これはプライドの問題なのだ。
単なる勝ち負けの問題以上に、もう一度自分を取り戻すための戦いだ。
故にここは押し通す。そのつもりでいた。
「……それはいいが、どうするつもりだ。
正面から闇雲に突っ込んでも吹き飛ばされるだけだぞ」
「分かってるよ、そんなこと」
そこで慎二はキリトを見た。
ユウキ曰く凄腕ゲーマーだという彼の力量は果たして如何なものか。
その視線の意図を察したのか、キリトはふっと笑みを浮かべ、
「分かった。俺がタンクをやるよ」
そう言ってのけた。
◇
タンク/盾役。
それは一般的な分業制MMOにおいて敵の攻撃を一手に引き付け他の仲間を守る役目だ。
前衛職としては欠かせない存在であり、パーティを守る“盾”ではあるのだが、
「行くぜ、慎二」
――在り大抵に言ってしまえば“殴られ役”でもある。
キリトはその掛け声と同時に飛び出した。
アイアスの持続時間が切れると共に、黒い剣士が草原を駆け抜けていく。
無論、そこに砲撃が殺到していく。カルバリン砲が空より無慈悲に降り注ぐ。
タンクであるキリトはそれを防がなくてはならない。
パーティ全体に届かぬよう、攻撃を受け止めるのだ。
一般的にタンクに要求されるのは耐久/VITである。しかしキリトは敏捷/AGI寄りのステータスである。
極振りでない為それなりの値は振ってあるが、しかし一般的なタンクには向かない。
その為、キリトは“盾”でなく“剣”である必要があった。
砲弾の雨をキリトは――斬った。
一瞬のタイミングを見極め、反応し、その剣で砲弾を弾き/パリィする。
一撃で終わりではない。次々とやってくる砲撃を全て弾かなくてはならない。
一閃、二閃、三閃、剣がフィールドを走る。
押し寄せる砲撃を乗りこえるは一振りの剣があるから。
刃が盾となり、パーティを守る。
――へえ
その後ろ姿を眺めながら、慎二は内心舌を撒いていた。
アバターの切り替えによるシステム補助がある、とのことだが、決して簡単な所業ではないことは言われずとも分かる。
たとえ弾道が見えていようと、それに反応できるかは別の話だ。
それが如何なセンスに支えられたものであるか、ゲーマーとして分からない筈もない。
――いきなり女みたいな格好になったのは面食らったけど。
ふわり、と黒く艶のある髪が舞う。
後姿だけ見るならば、その身体は完全に女性のそれだ。
アバターを切り替えたキリトはえらく艶めかしい姿になっていた。
まぁそれも岸波との一件で慣れていたことだった。
――やるじゃん
前評判を疑っていた訳ではないが、それでもその腕には感心してしまう。
流石にユウキに凄腕と言わしめるだけの力はある。
勿論スキルで敗けるつもりはないけどね、と感心しつつも捻くれたことを思いながら、慎二もまた走った。
キリトが斬り開いた道を、慎二が後を追うように駆けるのだ。
「待ってろよ、ライダー!」
叫びながらウインドウを操作する。
コマンドを選択、自身に付加/バフを駆ける。
コードキャスト“move_speed”
これによって慎二の移動速度は上昇し、キリトに追いつくことが可能になる。
一人にしか掛けられないバフ故今まで死蔵していたが、ここに来て日の目を見ることになった。
そして駆けながらウインドウを再度操作、礼装を変更し、今度はコードキャスト“gain_lck”をキリトへとバフする。
luk/幸運値の上昇。これにより少しは有利な判定を得ることができるはずだ。
現在このパーティにおいて、前衛はキリト、後衛はアーチャーが務めている。
そして仮マスターである慎二が何もできないかというと、そんなことはない。
寧ろ空いた手で補助、指揮をすべき立場にいる。
「行けるか、慎二」
「もう少しってところだね。ここで馬鹿みたいなヘマするなよ」
「言ってろ、そっちこそ俺の背中から出るなよ」
そうしてキリトと共に砲弾舞う草原を駆ける。
軽口を躱しながらも集中は途切れない。まずは大聖堂まで踏破する。
色々なわだかまりや懸念も、ゲームに集中している間は忘れてしまおう。
「……見えてきた」
遠近エフェクトが徐々に薄れ、大聖堂の輪郭が徐々にはっきりとしてくる。
同時に、大聖堂の屋根の上に備えられたカルバリン砲台と、それにより添い立つ敵の姿もまた。
露出度の高い赤い服を着た女がそこにはいた。
「ライダー!」
慎二が思わず叫びを上げた。
途端、彼女は笑った気がした。
絶え間ない砲火の中、そちらばかりに気を配っている余裕はない。
しかしそれでも彼女は笑っていた。何時ものように下品で、馬鹿みたいに笑っていた。
そして次の瞬間、カルバリン砲が火を噴いた。
当然だ。自分たちは今、敵同士なのだから。
キリトは声を上げ、その砲撃を一閃した。後方へとパリィされた砲弾は音を立て爆散した。
「……来るぞ」
砲弾を斬り抜けてキリトが言った。
もう大聖堂はすぐそこだ。既に橋が見えている。
枯れた湖の上に、その大聖堂はある。行くためには橋を渡るしかない。
「また来たんですか、懲りない人ですね、貴方も」
――故にそこを渡る際、キリトと慎二は格好の的だ。
厭味ったらしい声と同時に、黒いマシン――能美がやってきた。
その右腕を変換し、火炎放射の態勢に入る。そして頭上からはカルバリン砲が待っている。
――アーチャー!
それくらいこっちだって見越しているさ。
慎二は指示を送る。途端――剣が来た。
どん、と爆音が響いた。アーチャーの放った剣を受け、カルバリン砲が爆発したのだ。
「……っと、これはあの色男のかい!」
煙を上げる砲台を見て、ライダーはどこか愉しそうに言った。
それを見て慎二もまた笑っている。後衛の援護は決まった。これで距離の不利はなくなった筈だ。
「遅いぜ」
「くっ……貴方は!」
能美は既にキリトが追い詰めている。
キリトの剣を前に、能美の腕では太刀打ちできないようだった。
頼む。そう目配せして、慎二は走った。
「ライダー! 来い」
そして慎二は叫びを上げた。
空を見上げ、そこに立つライダーを呼んだ。
「お前の相手は僕だ」
「へえ、そりゃ面白そうだ」
顔を歪めたライダーは言って、下まで降りてきた。
とん、と音を立て着地する。降り立った彼女へと慎二は駆けた。
「――来い」
慎二のその手には短剣があった。
歪んだ刀身。ナイフとしては到底使えないであろう異様な刃。
それこそがアーチャーが投影し、慎二が手にした武器だった。
――ライダーを取り戻す。
その為にアーチャーと仮契約した際、最初に提案されたのがこの宝具の使用だった。
出自は詳しく知らないが、アーチャー曰くこれで契約を無効に帰せるらしい。
能美との契約を破壊し、その隙にライダーと再契約する。
「僕の下に戻ってこいよ、ライダァァァァァ」
その為に慎二は走った。
奪われたものを取り戻す為、ゲームチャンプであり続ける為に、避けては通れない道だった。
自分は自分でなくてはならない。
ゲームチャンプである、ありとあらゆるスコアを塗り替える男でなくては、
そうでないと、きっと誰も間桐慎二のことなど覚えてはくれないだろう。
ゲーマーとして、敗けられない戦いだった。
目の前のライダーがニィ、と笑みを浮かべている。
慎二はきっと必死な顔をしている。あと一歩だ。ミスはしない。
そして、刃がライダーに届かんとした、その瞬間、
「シンジィ、そりゃちょっと“ない”だろ」
ライダーの笑みが消えた。
そして――吹っ飛ばされた。
声は出なかった。ただその足で慎二の身体は蹴り飛ばされていた。
「慎二!」能美とやりやっていたキリトから声が聞こえた。
「まさかアタシが黙ってアンタにやられると思ったのかい?
その剣が一体どんな効果してんのか知らないけどさ、ちょっと無理があるってもんよ」
ごろごろと地面を転がりながら、慎二はライダーの声を聞いていた。
短剣はどこかに行ってしまっている。吐き気が喉元からせり上がってくる。
立たないと思うが、身体が言うことを聞いてくれなかった。
「くっ……!」
キリトが能美を吹き飛ばし、慎二を守るようにライダーの前に立つ。
ライダーは涼しい顔をしたまま、距離を取りその銃身をキリトへと向けた。
「くくく……中々やりますね。しかしこれくらいは想定内です」
ライダーの後ろで能美が立ち上がる。ダメージを受けた様子だが、しかし声には余裕があった。
「砲撃戦を挑むんですから、近付かれた時の対策くらいしておきますよ。
――バトルチップ“デスマッチ3”!」
その言葉が放たれた瞬間、大聖堂が黒く染まった。
慎二の背中に生暖かい、不快な感触が走った。
なんだ、と思って地面を見るとそこには黒ずんだ地面――毒沼があった。
思わず口元を抑えた。
ライダーに蹴られた痛みに加え、沼から不快感が競り上がってくる。
そのイメージから慎二はウインドウを開き、自身の状態を確認する。
自身のステータス欄にはpoison、と表示されていた。やはりこれは状態異常のトラップ。
「このチップ、強力といえば強力なんですが発動した僕まで巻き込まれてしまうことが難点でしてね。
誰かさんが持ってた飛行アビリティとかあると便利だったんですけど、ま、もう死んでしまった愚図の話なんてどうでもいいですね」
能美の精神を逆撫でする声を聞きながら、慎二は何とか顔を上げた。
空を覆う船があった。
そこにはライダーの船に乗りながらこちらを見下ろす黒いマシンの姿があった。
そしてそれに寄り添うように立つ、ライダーの姿も。
「では、精々苦しんでいてください」
毒沼に這いつくばり見上げることしかできない慎二に、能美は侮蔑に満ちた言葉を投げかける。
泥のような屈辱が慎二を捉えた。その視線を「はは」と嘲笑し、船は悠々と去って行った。
「ま、待て」と声を上げ、立ち上がろうとするが、しかし身体に力が入らない。
「落ち着け、慎二」
それを制したのはアーチャーだった。
後方から駆け付けた彼は慎二を担ぎ上げる。そしてキリトと声を掛け、共に毒沼を脱出した。
「状態異常は大丈夫か、キリト」
「ああ、どうやらあのエリアに触れている間だけHPを減らす仕様みたいだ」
毒沼から離れると不快感が薄れていった。
だが胸に溜まった屈辱は色濃く残り、掴み損ねたという女々しい感覚はその手にはあった。
空に走る船は既に遠いところまでいっている。もはや追いつくことは不可能だろう。
くそ、と慎二は言葉を漏らす。
「……この手際の良さ、こういったゲリラ的な戦術は流石はフランシス・ドレイクといったところか。
逃走経路の確保は勿論、こちらに置き見上げまで用意しておくとは。
退いたのは向こうもダメージが深かったからだろう。万全だったら危なかったな」
アーチャーが冷静な分析をする。
確かにその言葉は間違っていない。
砲撃からのヒット&アウェイ。こちらに損害は与えつつも追い詰められればすぐさま逃げる。
単純な戦力比ではこちらが押していた筈なのに、半ば一方的にやられてしまった。
向こうの戦術は確かに優れていた。
だが、それ以上に慎二は許せなかったのは自分自身の未熟なプレイイングだった。
パーティの動き自体は不味くなかった。それぞれがそれぞれの役割を果たしはした。
向こうに奥の手があることぐらい予想はしていた。
にも関わらず失敗した原因は――慎二の甘えだ。
近付きさえすればライダーを取り戻すことができるのではないかと、そう思っていた。
きっと向こうも本心ではこっちに来たがってるんだろ、とか、馬鹿みたいなことを考えていたのだろう。
それが慎二のプレイイングをミスさせた。
あそこですぐに斬りかかるのではなく、アーチャーが駆け付けるまで待っていれば状況は変わったかもしれない。
まだプライドに拘っているというのか――ユウキならばこんなことにはならなかった筈だ。
「……くそ、僕は」
敗けた。
今回こそ、そう思って挑んだ戦いで自分は敗けたのだ。
三度の戦いを経て、慎二はなおも奪われたままだった。
◇
――慎二、落ち込んでいるな。
その心中を察した俺は、だから何も言わないでおいた。
今の慎二に対して慰めの言葉は必要がない。寧ろそんなことをすれば怒らせてしまうだろう。
ゲーマーとしての意地、というのは俺だって理解できる。
ゲーマーは単なる暇つぶしとしてゲームをやっている訳ではない。
そういったプレイヤーを批判する訳でもないが、上位ランカーに上り詰めるようなプレイヤーは、それ以上の何かをゲームに見出したからこそ研鑽に励むことができたのだ。
あの黒いマシンのアバターの態度は――外見的にネットナビかデュエル・アバターと見ていい――俺もゲーマーとして感じるものがあった。
だからこそそれを馬鹿にされれば怒るというのも理解できる。
「…………」
だから俺は慎二については敢えて何も言わず、代わりに今自分が抱えている問題について考えていた。
俺は先ほどまで戦っていたフィールド一瞥する。
枯れた湖は毒沼に覆い尽されており、神聖な建物を汚しているかのようだった。
大聖堂。俺はまたここに来てしまった。
ある意味でここは、俺にとってターニングポイントになった。
アバターを切り替える。女性的なGGOアバターから、懐かしいSAOアバターへと。
以前ここに来たときも、俺はこのアバターだった。
――オーヴァン。
先ほどのメールを見て、まず思ったことはそれだった。
その名はなかった。シルバー・クロウの不可解な死のカギを握るのは、恐らく彼だ。
あの時は頭が回らなかったが、落ち着いた今ならば彼の行動の謎が見えてくる。
彼は今、どこにいる?
「ここで出会うか」
……その声を聞いたのは何時振りだっただろうか。
忘れらない声だった。サチとは違う意味で、彼の存在もまた俺の中に強く焼き付いている。
彼もまた存在しない筈の人物だった。
だが俺はどういう訳か驚くことは無かった。
サチの時の“あり得ない”という想いとは真逆の、寧ろ“待っていた”とでもいうような、不思議な落ち着きが俺の胸に訪れた。
――当然だ。“また会おう”って、そう言い残して奴は去って行ったんだから。
俺はゆっくりと振り返った。
「――ヒースクリフか、それとも」
「茅場晶彦でも、その残像でも、なんでもいい。君にとっての私の名を呼べばいいさ、キリト君」
そうして俺は奴に再会した。
毒に侵された大聖堂を前にして、ようやく俺たちは――
[D-6/ファンタジーエリア・大聖堂前/1日目・日中]
※大聖堂一帯にはしばらくの間毒沼パネルが広がっています
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP40%、MP30%(+40)、ユウキに対するゲーマーとしての憧れ、令呪一画
[装備]:開運の鍵@Fate/EXTRA
[アイテム]:強化スパイク@Fate/EXTRA、リカバリー30(一定時間使用不能)@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:ライダーを取り戻し、ゲームチャンプの意地を見せつける。それから先はその後考える。
1:ひとまずはユウキ達についていきながら、ノウミ(ダスク・テイカー)も探す。
2:ユウキに死なれたら困る。
3:ライダーを取り戻した後は、
岸波白野にアーチャーを返す。
4:サチって子もついでに探す。
5:いつかキリトも倒してみせる。
6:くそ……
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:HP70%、MP45%
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP90%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、SAOアバター 、幸運上昇
[装備]: {虚空ノ幻、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA、
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:今はユウキ達についていきながら、サチを探す。
1:サチやユイ、それにみんなの為にも頑張りたい。
2:二度と大切なものを失いたくない。
3:レンさんやクロウのことを、残された人達に伝える。
4:オーヴァン、ヒースクリフ……
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP70%、オーヴァンに対する警戒
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:???
2:榊についての情報を入手し、そこからウィルスの正体と彼の目的を突き止める
3:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
※このバトルロワイヤルは、何かしらの実験ではないかと考えています。
※参加者に寄生しているウィルスは、バトルロワイヤルの会場を作った技術と同じもので作られていると判断しています。
そして、その鍵が榊の持つ黒いバグ状のデータにあるとも考えています。
※オーヴァンに対して警戒心を抱いています。
[D-6/ファンタジーエリア/1日目・日中]
【ダスク・テイカー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP30%(回復中)、MP15%、Sゲージ5%、幸運低下(大)、胴体に貫通した穴、令呪三画
[装備]:パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:デスマッチ3@ロックマンエグゼ3、不明支給品0~1、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す。
1:シンジ、ユウキ、カオルに復讐する。特にカオルは惨たらしく殺す。
2:上記の三人に復讐できるスキルを奪う。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP30%、MP30%
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます
※OSS《マザーズ・ロザリオ》を奪いました。使用には刺突が可能な武器を装備している必要があります。
注)《虚無の波動》による剣では、システム的には装備されていないものであるため使用できません。
【強化スパイク@Fate/EXTRA】
購買部で買える礼装。トレジャーハンティングに勝つには必須。
boost_mp(90):MP+90
move_speed():移動速度を強化。
【デスマッチ3@ロックマンエグゼ3】
デスマッチ系チップの最高位
敵味方双方全てのパネルを毒パネルに変える。
毒パネルは触れている間ダメージを受け続ける。
最終更新:2015年07月05日 19:03