……空は煙に埋め尽くされていた。

冷え込んだ冬の風が瓦礫まみれの街に吹きすさぶ。直撃弾を受けた家屋が炎上し、もくもくと煙を上げていた。
わらわらと道にわいて出た人々が蠢いている。ある者は必死に、ある者は諦観に満ちた表情を浮かべながら。
1940年、ロンドン。
ありとあらゆる者がオレンジ色に染まった空から逃げようとしていた。
街は連日続くナチス・ドイツの空爆に晒されていた。空からは無数の爆弾が投下され、地上のどこかから高射砲が発射される。
その街は破壊と硝煙の狭間の中にあった。

外ではわらわらと人があふれている。
空軍/RAFと消防隊が錯綜し、空襲監視員が大声を張り上げている。
警察署では燃え盛る大聖堂より聖遺物を運び出そうとウォリックシャー連隊旗の下“厳粛な小行列”を形成していた。
狂乱の空を、爆発音とサイレンが彩る。聖なる教会をも呑みこんで、炎は猛然と広がっている。

「……ほら、読んであげる」

ガードラーズ・チャペルが焼け落ちた頃、大聖堂の隣の防空壕で、一人の母が子どもをあやしていた。
防空壕、といっても粗末なものだった。
半地下の広々とした部屋というだけで、空爆はおろか寒ささえ凌げそうにない。焼夷弾が近くに堕ちればたちまち炎に染まるだろう。
そんな場所で、二十数名ほどの人間が砂嚢を積み上げた壁にもたれつつ座り込んでいる。

「“このとき、白の女王がまた始めました、「それはひどい雷雨であったぞ、考えお呼びもせぬような!
 (「とてもこの子に考え及ぶことなどできはせぬ」と赤の女王がいいました)”」

空襲のたびに揺れるカンテラの、か細い明かりだけを頼りに母はその本を読んでいく。
彼女が手にしているのは英国が誇る児童文学の名著で、国民ならば誰もが知るベストセラーだ。
読み上げる母の声色は落ち着いていて、とても空襲の最中とは思えなかった。

「“屋根の一部がはがれてしまい、どっさり雷が入り込んだ――大きなかたまりとなって、部屋中ころげ回った――
 テーブルや道具をひっくり返し、わたしはあまり驚いて、自分の名も思い出せぬくらいじゃったぞ!」”」

だからだろう。
パジャマ姿の娘が熱心にその物語を聞いていた。
陶器のような肌をした、恐らくまだ10にも満たない齢の、幼い子どもだった。
彼女は空のことなど忘れ、ただ物語に耳を傾けている。

「“アリスはひそかに、「わたしなら、災難の最中に、自分の名まえなんか思い出そうとしないわ!
 そんなことしたって、なんになるのかしら?」と思いました。でも、女王の気持ちを傷つけてはいけないと思い、声に出してはいいませんでした”」

みな、ロンドンの空を恐れていた。
けれどもその子どもにとってはそんなことはどうでもよく、紡がれる夢の物語だけが全てだった。
不思議で、よくわからない、だけれども何故だか引き込まれる。
そんな世界が彼女にとって空の代わりであった……

「“アリスは何かやさしいことばをかけてやらねばいけないと思うのですけれど、ほんとうに何も思いつけませんでした”……」








1940年、ロンドン。
ある冬の日、一人の少女が降り注ぐ空爆にその身を散らした。
それだけが現実だった。








あたしはどこにいたんだろう?
あたしはどこにいきたかったんだろう。
あたしはどこにいたかったんだろう。
あたしはどこにいなかったんだろう。

あたしはどっかいっちゃったの。
空が、ぼぼっ、て赤くなったつぎの日からあたしはどっかにいっちゃった。
くるしかったの。
つらかったの。
いたかったの。
あるこうと思ってても足がなかったわ。
手をのばそうと思ってもなあんにもうごかなかったわ。
だれかにたすけて! と言おうとしても声がなかったわ。
あたしの身体はお人形さんになってたの。
アリスのお人形。
だってみんなあたしであそんでいたんだよ。
白い部屋にかざられるお人形さん。
身体をぐりぐりーって虫さんみたいにいじくって。
ごろごろごろ、って頭のなかでねこがあばれてた。
あたしはお人形さんだった。
みんなのお人形さん。
あたしはなんにもみえてなかったのに。
あたしを誰もみてなかったのに。
ほかのお人形さんといっしょ。
あっちこっちでひとりぼっち。
みんないるのにあんなにいない。
あたしはいなかった。
あのびょういんには、さいしょからあたしなんていなかったの。
いたのはありすの人形だけ。
いたのはあたしの人形だけ。
いなかったのはあたしだけ。
あたしぬきでのお人形さんごっこ。
でもじゃああたしは?
あたしはなにをしていたの?
あたしはどこにいっていたの?

あたしはどこにいったんだろう。
あたしはどこをさがしていたんだろう。
あたしはどこまでいけばよかったんだろう。
あたしはどこにいったんだろう。

でもあたしはいたの。
あたしはいたとおもうの。
だって知っていたんだよ。
だってよんでいたんだよ。
だってみたことあったんだよ。
びょういんをぬけだして。
あたしはいったの。
ふしぎのくに。
ワンダーランド。
あたしはちゃんとおぼえてる。
xxxxさまがよんでくれたおはなし。

おうごんの 光かがやく 昼さがり、
われら ゆっくり かわくだり。
オールをにぎるは 小さなかいな、
力出せとは ないものねだり。
おさないおててが、ひらりとあがり、
ガイドのつもりで、 みぎひだり。

ああ、ひどい、三人むすめ 情がない!
ぽかぽかねむくて しかたない。
なのに お話せがむとは!
羽毛を動かす 息もない。
だけどこちらは ひとりきり。
三人あいてじゃ かなわない。

――――――――
―――――
――

ほらね、あたし。
あたしはまるっとおぼえてる。
あたしはきちんとそらんじた。
忘れないよあたしのものがたり。
xxxxさまがおしえてくれた、あたしだけのせかい。
あたしはあそこにいた。
あたしはふしぎのくにをみつけたの。

でもあたしはひとりだったの。
あたしのほかには誰もいなかったの。
三月うさぎもイヌのフューリーもチェシャーネコも帽子屋さんもハートの女王さまもいないの。
ワンダーランドなのにだれもいなくて
あたしだけしかいなくて
あたしもいなかった。
あたしはひとりだった。
びょういんのむこうでもあたしはひとりだった。
あたしはあたし。
あたしはあたし。
それだけでぜんぶのせかい。
それがワンダーワンド。
ウサギの落ちないウサギの落ちた穴
ぜんぜんへんてこじゃない涙の池
ひとりぼっちの党大会レース
青虫もブタもコショウもない
お茶会もクロッケーもかんこどり
だれもタルトをぬすまない。
あたししかいなかった。
ひとりぼっち――だったんだよ。
それじゃあお人形と同じじゃない。
さみしいよ。
さみしかったんだよ。

あたしがいたじゃない。
あたししかいなかったじゃない。
あたしもいなかったじゃない。
あたしだけがいなかったじゃない。
あたしは本当にいたの?
あたしは本当にいなかったの?

でもみつけたもん。
あたしじゃないひと。
でもあたしと同じひと。
あたしだけどあたしじゃない。
あたしじゃないけどあたし。
一緒にあそんでくれたお兄ちゃん。
一緒にわらってくれたお姉ちゃん。
チェシャネコさんもみつけたよ。
眼鏡のお姉さんもあたしをみてくれた。
悪魔のお姉ちゃんもあたしとあそんでくれた。
あそんでくれた。
あそんでくれたもん。

でもみんないなくなっちゃった。
もうあたししかいない。
あたしはあたしだけ。
こうしてワンダーランドは元通り。
だれもないひとりのせかい。
あたしだけの鏡の国。
ネコさんはどちら?
結局あなたの夢なんでしょう?
結局あたしの夢なんでしょう?

この夢にはあたししかいないの。
あたしだけがすべてなの。
お兄ちゃんも、お姉ちゃんも
チシャネコさんも、眼鏡のお姉さんも、
みんなみんなあたしなの。
あたしだけがみた、あたしのなかのあたし。
だってそうでしょ?
夢なんだもの。
あたしの夢。
あたしがみた、あたしだけの夢。
ひとりぼっち。
さみしいよ。
誰か遊ぼうよ。
あたしを探して遊ぼう?
そんな、そんな、あたしだけの夢。
でももしかすると、ネコの夢。

宝物を探せってチシャネコさんはいったの。
綺麗なもの。
カタチないもの。
あたしだけのもの。
あたしがきれいだな、て思えるもの。
あたしが欲しかったもの。
思うんだ。
それってきっと――あたしでないものなんだって。
それってきっと――あたしであるものなんって。
あたしが言うもの。
あたしが見たもの。
あたしが読んだもの。
それは全部あたしじゃない。
それは全部あたしでもある。

――あたしであるってことは、あたしでないってことなの?

だってそうじゃない?
あたしだけのものって、もうそれはあたしでしょう?
でもあたしだけのものは、あたしじゃないもののはず。
どこまでがあたしなの?
どこまでがあたしでないの?

分からないわ。
でも見つけたい。
見つけなくちゃ。
見つけてたい。

あたしはどこにいるの?
あたしはどこにいたいの?
あたしはどこにいきたいの?
あたしはどこ?

教えてよ、あたし。
あたし、知りたいの。
あたしがどこにいるの。
あの時消えてしまったあたしは、どこにいってしまったの?
ひとりぼっちでびょういんですごした。
ひとりぼっちでふしぎなくににやってきた。
どこにもあたしはいなくて。
でもどこにもあたししかいなくて。
これってどういうことなの?
あたししかいないのに、どうしてあたしは見つからないの?

答えが分からないわ。
答えなんてないと思ってた。
答えなんてないって、そう思ってたのに。
悪魔のお姉ちゃんはいったんだ。
答えがあるって。
だから見つけたい。
見つけたいの。

あたしの宝物。
あたしの答え。
あたしが生きてきたものがたり。
あたしのワンダーランド。
あたしの夢。

あたしはどこ?

夢は醒めたらなくなっちゃうんじゃないの?
だってなにもないんだよ?
生きてても何もなかったんだよ?
あたししかいなくて、そのあたしもがらんどうだった。
生きてても何一つきれいなものなんてなかった。
誰もあたしを見てくれなかった。
だからもう、何もなくなっちゃう方がよかったのに。

宝物なんてなくて。
答えなんてない。
あたしがなにもない。
このせかいにはなんにもない。
夢なんてなにもないものなんだ。
そうだとおもってたのに。
その方がよかったのに。
だったら、なにもみなくてすんだのに!

夢はもう終わりだって思えた。
あきらめることができたの。
なにもないってあきらめたかった。
あたししかいないのなら、それでよかった。
あたしはあたしでなかった。
そうでしょう?
でも違った。
あたしはひとりじゃなかった
あたし以外のだれかがいた。
だからあたしはいるはずなんだ。
あたしがいない、このせかいのどこかに、あたしはいるんだ。

あたしはどこにいたんだろう?
あたしはどこにいきたかったんだろう?
あたしはどこにいたかったんだろう?
あたしはどこにいなかったんだろう?
あたしはどこまでいるの?
あたしはどこまでいないの?
あたしはどこにいるの?
あたしはどこにいたいの?
あたしはどこにいきたいの?
あたしはどこ?

答えがあるなら。
宝物があるなら。
生きていることがなにもない、でないなら。
なんであたしをみてくれなかったの!
あたしはみてほしかったのに。
あたしはずっとひとりだったのに。
あたしはさびしかったのに。

――あたしはずっと“ここ”にいたのに!

なんで。
どうして。
教えてよ。
なんであたしにはなにもなかったの。
わからない。
わからないよ、お姉ちゃん。
なにもない方が、ずっと楽だったのに。

寂しい。

寂しい。

寂しい。

寂しい。

ねえありす。

ねえアリス。

あなたはあたし。

あたしはあなた。

でもあたしはあたしなんだよね。

あたしはあたしだけど、あなたはあなたでもあるの。

ねえそれってあたしってことかな?

あたしでないありすはいないわ。
でもありすでないあたしは――

――いや。
そんなのあたしじゃない。
あたしはありす。
ありすはあたし。
それだけですべてじゃない。

でもあたし――それはあたしじゃないわ。
あたしは宝物でもない。
あたしは答えでもない。
あたしはありす。
ありすはあなた。
だからどれだけあたしを見ても、あたしは見つからない。
鏡の国の夢。
あたしはただの鏡だから。
どれだけ探しても、そこにあたしにはあたししかいないの。
どれだけ探しても、そこにはあたしでないものしかないの。

でもあたしはあたししか見たくない。
あたししかあたしを見てくれなかった。

――違うわ

…………

あたしをみてくれたのはあたしだけじゃなかった。
あたしをみれくれたのはありすだけじゃなかった。
あたしがみていたのはあたしだけじゃなかった。
あたしがみていたのは、きっと……

それが答え?
それが宝物?

あたしはね、しあわせだったの。
あたしといて。
あなたといて。
このふしぎなくにだけがしあわせだった。
そう思ってたのは、あたし。
でも今のあたしは違うでしょう?

違わないわ。
あたしはあたしだもの。
あたししかいないものだもの。
それだけでいいもの。

違うでしょ?
だってあたしは言ったわ。
寂しい、って。
寂しいなんて、あたしがいるあいだは言わなかったのに。
寂しいなんて、あたししかいないなら思う訳ないのに。
だからあたしにはもう、あたしでないものがいるの。
あたしはそれが寂しいの。

あたしはあたしじゃないの?
あたしはありすじゃないの?

あたしはあたしよ。
あたしはありす。
でも。
あたしはあたしだけど、あたしはあたしだけじゃないの。
あたしでないあたしが、ありすがいるはずなの。

でも、あたしはあたししか知らない。
びょういんで、あたしはあたしをなくして、でもあたしがすべてになっちゃった。

だからそれを探すんでしょ?
それを探したいんでしょう?

でも、あたしは――寂しいよ。

あたしも寂しい。

寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。
ひとりぼっちなのは、寂しいよ。
寂しい、の。

だからね、ありす。
ありすはここにいてもいいの。
夢から醒めても、大丈夫。

でもあたしは。
あたしは。
あたしは。
あたしは。
あたしは。
あたしはやっぱり、寂しいの。












一つだけ、確かなことがありました。
白いほうの子ねこには、かかわりがなかったということです。
(鏡の国のアリス)




[D-?/ファンタジーエリア・草原/1日目・午後]

【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP10%、魔力消費(中)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[ポイント]:300ポイント/1kill
[思考]
基本:生きること、この夢にとって、宝になってくれるもの『答え』を探す。
1:新しい遊び相手を探して、新しい遊びを考える。
2:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
3:寂しいよ。
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。



109:対峙する自己 投下順に読む 111:対主催生徒会活動日誌・10ページ目(開戦編)
109:対峙する自己 時系列順に読む 111:対主催生徒会活動日誌・10ページ目(開戦編)
093:EXS.extream crossing sky“クレィドゥ・ザ・スカイ” ありす 117:critical phase

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最終更新:2016年03月22日 01:21