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 鼓動をしていた。
 ゆっくりとだが、確実に。生命の誕生を証明するように、---は呼吸する。
 その息は永久凍土の如く冷気を帯びて、全ての命を凍結させようとしていた。---を囲む世界の全てが漆黒に染まっており、一筋の光すらも差し込まず、万物を飲み込むブラックホールに等しい圧迫感で満ちている。
 奈落と呼ぶにふさわしい世界で、---はたった一人で待っていた。自分が世界に生まれ、己が役割を果たすその時を。




     1◆




 かつり、という音を聞きながら、ティーカップから指を離す。
 純白の部屋にて、預言者オラクルは一つのモニター画面を見つめていた。理知的な瞳に映るのは、榊の用意した罠に追い詰められながらも、不屈の憎悪と闘志で戦い抜いたネットナビの姿。

(フォルテ。あなたはまた、強くなった。
 ネオが持つ救世主の力だけではなく、数多の力を思うがままにして、ロックマンを打ち倒した。
 だけど、そんなあなたでも……---の脅威の前では、太刀打ちできない)


 救世主ネオすらも打ち倒し、その身に救世主の力を包み込んだフォルテの勝利を目に焼き付けていた。ダークマンとロックマンを打ち倒し、闘技場から去っていったフォルテは知識の蛇のある部屋で体を休めている。
 人間に対する憤怒を強めたまま、キリトとの決着が訪れるのを待っていた。榊は今、キリトたちを捜している最中である以上、再戦の時は近いだろう。
 その前に、オラクルはフォルテに伝えるべきことがあった。何があろうとも、人間を破壊し続けることを知った上で。

(もうすぐ、私ですらも予測できない未来が……そして、大いなる---が奈落の底から訪れる)

 オラクルは“予言”していた。
 このデスゲームの最中、あらゆるプレイヤーやGMを凌駕しかねないほどの災厄が現れることを。恐らく、エージェント・スミスやスケィス、あるいは今のフォルテやオーヴァン以上の脅威だ。
 『第四相の碑文』によって格段に向上した予知能力を使おうとも、---について見ることができるのは『奈落』のみ。マトリックスの全てを喰らいつくし、何もない奈落の中に引きずり込んでいこうとする凶暴性が潜んでいた。

(---が解き放たれては、モルガナはおろか……“彼女”の願いすらも叶えられない。今を生きる彼らも、すべてが飲み込まれる)

 このデスゲームのはじまりである“彼女”……■■。いや、■■■は---の存在を知っているのか。
 堕天の檻(クライン・キューブ)と逢魔の鎖でこの世界を支配しているが、これから迫りくる---が制御できるとは考えられない。あるいは、---が災厄に等しいことを知った上で、“彼女”はデスゲームを見下ろしているのか。
 “彼女”だけではない。オラクルが導こうとした輝く未来も、すべてが奈落に塗りつぶされてしまう。
 荒々しい---によって、すべてを喰らい尽くされたあとに残るのは奈落のみ。その果てに---は、一切の救いをもたらさない--となって、この世界に君臨する。オラクルの“予言”で導きだしたのは、そんな禍々しい光景だった。


 故に、オラクルは“運命の預言者”として動く。
 本来、能動的にプレイヤーと接触する権限はなく、この行動は過度な干渉になる。アリスが知ってしまえば、何らかのペナルティは避けられないだろう。
 だが、---はモルガナの目的を根底から破綻させるほどにおぞましく、モルガナはおろか女神アウラすらも蹂躙しかねない。アリスとて、跡形もなく消されてしまう。榊や■■■も例外ではない。例え、何らかの対策を用意しても、どこまで通用するか。

 オラクルはテキストファイルを操作して、送信した。
 バトルロワイアルの流れに布石を打つため、オラクルは他のGMに連絡を行っている。メンテナンスで送信される定時メールと同様の技術であり、今回の相手はフォルテだった。
 このバトルロワイアルの序盤で、榊はハセヲを煽るようなテキストデータを送信している。彼と同様、プレイヤーへの過度な干渉となるだろうが、事は一刻を争う。

 次に、トワイスがこの部屋に入るために利用したカオスゲートを操作する。
 オラクルが部屋の外に出ることは許されないが、他のGMとの交流をする関係上、他のカオスゲートやエリアとオラクルの部屋を繋げることが可能だった。トワイスが入ってこられたのも、あらかじめオラクルが操作をしたからである。
 ファンタジーエリアの小屋とオラクルの部屋を繋げて、ヒースクリフやオーヴァンと接触を果たしたのも、彼女自身が布石を打つための行動だった。もちろん、オーヴァンと榊が交わした密約のように、役割と関係ない過度な操作は許されないが。

 最後に、『第四相の碑文』と---について書き記したテキストファイルをテーブルに添える。
 オラクルのできるせめてもの贈り物だった。本来ならば『第四相の碑文』はワイズマンが持つべきであり、また彼が目覚めたときのためにも、ほんの僅かでも---の情報を残すべき。

 ---が現れるまで遠くない。これまでの“予言”では存在の形跡すら見せなかったはずなのに、突如として気配が感じられた。“予言”ですらも見破れないほどに厳重なプロテクトが仕掛けられていたのか、もしくは違う要因か、答えは得られない。

「……こうしてコーヒーを味わえるのも、最後になるかしら」

 淡々とした呟きを聞けるのはワイズマンだけだが、この声が彼の耳に届いているとは思えない。
 今ここで、ワイズマンに---の脅威について伝えようとしても、ただの独り言に終わるだけ。他のGMに警告しても、---に太刀打ちできるとは思えない。何よりも、オラクル自身が消去される可能性すらある。
 何も残せないまま、消滅させられるためにいるのではない。ならば、よりよき未来に繋ぐために、フォルテと対話するべきだ。
 プレイヤーの大半をPKしたフォルテだが、彼にはまだ未来があり、選択する余地は大いにある。フォルテもまた今を生きる者であり、いくらでも変わるチャンスは残されていた。

「私はもう、あなたを見守ってあげられないわ。
 少しの間、あなたを一人にさせてしまうけど……我慢できるわよね」

 子どもに言い聞かせるかのように、オラクルはワイズマンに向けて呟く。
 この時代の火野拓海はまだ子どもで、本当なら親に甘えるべき年頃だ。サティを見守ったセラフのように、彼の隣には誰かがいてやるべきだ。ほんの少しだけ心が痛むけど、やむを得ない。



      2◆◆


 強敵との戦いを乗り越えて、新たなる力を手に入れたとしても心は微塵も晴れない。
 あの榊が今もどこかでオレを、そしてロックマンを嘲笑っていることを考えると、むしろ不快感が強くなるだけ。キリトたちを探すためとはいえ、そんな榊の力を借りる羽目になっていることも、受け入れ難かった。
 この知識の蛇もろとも、すべてを虚無へと変えてやりたかったが、そんなことをしても無意味。キリトのすべてを奪いつくし、ヤツよりも優れた力を持つことを証明した上で破壊してこそ、この強さを証明できる。
 『力』の行方は、ただ一つしかない。


 それでも、何もせずに待っているだけでも苛立ちが溜まる。だが、榊からの連絡はない。
 オーヴァンの動向には興味がないし、ヤツが求めているであろう『真実』とやらもどうでもよかった。いずれ破壊する相手が何を考えてこんなデスゲームを開いたかなど、微塵も興味が持てない。
 ただ、すべてを破壊する。それこそが、フォルテが望む未来だ。

「ん?」

 そんな中、フォルテの元に一通のテキストファイルが届いた。

『to フォルテ from オラクル
 フォルテへ。
 あなたにとって重要な『真実』を伝えるときが訪れた。
 カオスゲートから、私の部屋に向かえるわ』

 そして開かれたファイルに書かれていたのは、見知らぬ人物からのメッセージ。
 どうにも意図が分からない。オラクルという名前に聞き覚えなどないし、またカオスゲートでフォルテが移動できる場所は限られている。
 また、榊によって何らかの罠が仕掛けられているのか? そんな可能性に至ったが、くだらない仕掛けがあれば今度こそ破壊してやるだけ。微塵のためらいもなく、フォルテはカオスゲートの前に移動した。
 するとカオスゲートが起動して、視界が純白で染まった。

「ッ!」

 続くように、この空間に新たなる”臭い”が生じて、フォルテは振り向く。“高次の感覚”で「嗅覚」が増幅したことで、瞬時な反応ができた。
 振り向いた先では、見知らぬ老婆が立っていた。その傍らには、安楽椅子にもたれかかる壮年の男もいる。
 壮年のアバターには見慣れた黒点が漂っていて、AIDA=PCであることが一目で理解できた。

「何だ、キサマは?」
「はじめまして、フォルテ。
 私はオラクル。未来を見通す力を持ったエグザイルであり、あなたと同じように碑文の力を使う者よ。
 元の世界では……預言者とも呼ばれているわ」
「預言者、だと?」

 謎の老婆・オラクルは神妙な面持ちと共に、一歩前に踏み出す。
 害意はおろか、微塵の敵意すらも感じられない。だが、人間の姿をしているというだけでフォルテの怒りが湧き上がるが、感情を抑える。
 ここで自分の前に堂々と現れたからには、ただの人間ではない。力自体は強くなくても、油断はできない。

「キサマも榊の仲間か?」
「協力者ではあるけど、私たちは味方同士ではないわ。
 GM、そして私のようなシステムはそれぞれ”役割”があるけど、決してお互いを信頼しあっているわけではない……むしろ、出し抜こうとしているGMだっているほどよ? 例えば、あなたを愚弄した榊のように」
「……そうか」

 榊の名前を口に出されて、思わず拳を握り締めた。
 その口ぶりから考えて、先の戦いをどこかで見ていたのだろう。そして戦いが終わった頃を見計らって、こうして現れてきたに違いない。

「そして、ここに座っている彼の名前はワイズマン。既にバトルロワイアルでは脱落したプレイヤーになるけれど、今はここにいる。
 ……だけど、事情があって動けなくなっているから、どうかそっとしておいてあげて」
「フン、AIDAに負けた弱者ということか。そんなヤツなど、わざわざ相手にする価値もない」
「あなたなら、そう言ってくれると思ったわ」

 オラクルの浮かべた意味深な笑みが、フォルテの癇に障る。
 だが、弱者二人を無意味にPKする気にはなれない。さっさと用事を済ませるため、フォルテはオラクルに詰め寄った。

「それで、俺に何の用だ? キリトたちの居所を見つけたのか?」
「いいえ、彼らを捜すのは私の役割じゃない。私はただ、あなたとお話をしたかったの」
「断る。キサマらと話すことなど何もない。奴らを見つけていないのなら、さっさと……」
「私はね、あなたが倒した彼……救世主・ネオの同郷よ。
 彼らが生きた世界の人々の選択を司ったからこそ、預言者と呼ばれるようになったの」

 フォルテの拒絶は、オラクルの口から出てきた名前によって遮られた。
 彼女の言葉に一瞬だけ瞠目し、言葉を失う。だが、すぐにフォルテは笑みを浮かべた。

「ネオの……? そうか、あの男の同郷だったのか!」
「ええ、あなたとネオの戦いも、私はすべてを知っているわ。その果てにネオは敗れ去り、救世主の力があなたに奪われてしまったことも。
 ネオはね、私たちの世界では救世主として人々から崇められていたの」
「救世主!? ハッ、随分と高く評価されていたようだな!
 ならば、キサマらの世界を救う救世主を救った俺は、暗黒の破壊神というわけだ! キサマらの希望を、この手で打ち砕いてやったのだからな!」
「……私たちの世界に生きる人たちが知ったら、あなたを畏怖するでしょうね」
「だろうなぁ! まさか、キサマが俺の前に現れたのは、ネオの敵討ちのためか!?
 それなら面白い……さあ、俺を憎み、そして俺を消してみろ! キサマ如きにそんなことができるのか、大いに見物だな!」

 オラクルと、そしてネオに対する侮蔑を込めた哄笑と共に、フォルテは両腕を大きく広げる。
 ただの弱い人間かと思われたが、全く違う。この女はネオが残した最後の希望であり、フォルテにとっては格好の獲物だ。ネオが生きた世界では、もはや一縷の希望すら残されてなく、ここでオラクルを消してしまえば滅亡へと向かうはずだ。
 だが、フォルテが圧倒的な威圧感を放ってもなお、オラクルは微塵も感情を揺らがせたりなどしない。その態度にフォルテが違和感を覚える中、オラクルは言葉を紡ぐ。

「いいえ、私はあなたと戦いに来たわけじゃないの。そして、あなたを憎んでいるわけではない……ただ、話をしたいだけ」
「話、だと? 言ったはずだ、キサマなどと話すことなど何もないと。
 それとも、キサマもネオと同じように……俺を止めるなどと、くだらん戯言を吐きに来たのか?」
「それも違うわ。
 例え、ここで私があなたに何を伝えようとも、あなたが止まるわけがないことはわかっている。あなたが選んだ未来を否定する権利は、私にはないわ」
「ならば、何だというのだ!?」
「私は、あなたに警告をしにきたの。
 もう間もなく、このデスゲームには大いなる災いが……すべてを虚無にするほどの、---が現れる。---が解き放たれては、すべての未来が終わりを迎えるでしょうね」
「何?」

 オラクルの意味深な言葉に、フォルテは首を傾げた。

「迫りくる災いは、このマトリックスにいるどの存在よりもおぞましく……そして、比類なき力を誇るわ。
 それこそ、オーヴァンはおろか今のあなたですらも凌駕するほど。仮に、二人が手を組んで戦ったとしても……災いからすれば、恐れるに足りないでしょうね」
「……フン、何を言い出すかと思えば。そんな戯言を聞いたところで、俺が怖気づくとでも思ったのか?
 例え、キサマの言う災いとやらが現れたとしても、俺はこの手で破壊するだけだ!」
「あなたなら、そう言ってくれると思ったわ……だけど、これは事実なの。
 災いは、いつかGMですらも制御できなくなり、やがてはすべてが虚無へと葬り去られる。今のあなたでも、例外ではないわ」
「くどいっ!」

 フォルテは叫び、己が手にエネルギーを集中させる。
 榊とは違う意味で、オラクルの言葉は腹立たしかった。まるで、この力が未だに不充分だと見下されているように思えて。

「言ったはずだ! 俺はこの力ですべてを……そしてキサマが導いた人間どもを破壊すると!
 そこまで言うなら、今すぐその災いとやらの前に俺を連れていけ! この手で叩き潰してやる!」
「残念だけど、私にその権限はないし、そもそもどこにいるのかは……私ですらも予知できない。
 私には、ただ警告をすることしかできないの。これからの未来を、少しでも良い形にするために」

 オラクルの言葉はそよ風のように落ち着いていて、フォルテの激情はより燃え上がる。ここまで敵意をむき出しにしてもなお、何事もなかったかのように振る舞われると、絶対的な優位に立たされているようだった。
 恐らく、この女は自らが弱者であると知っているからこそ、あえて目の前に立ったのだろう。弱いプレイヤーを一方的に狩っても意味はないと知ったからこそ、こうして警告とやらを行っている。
 だが、フォルテの思考を読み取ったかのように、オラクルは淡々と言葉を続けた。

「……フォルテが私をどう思おうと、私はそれを咎めたりしない。そして私が警告をしても、あなたが自分の選択を変えるはずがないことも、知っているわ。
 今の私は『運命の預言者』として、このバトルロワイアルを見届けるだけよ」
「『運命の預言者』……そうか。キサマが、オーヴァンと言峰が言っていた奴か」
「ええ。オーヴァンとも、面識があるわ。
 せっかくなら、彼も交えて話もしたかったけど、そんな余裕はないようね。彼も今、今のあなたのように重大な『真実』を知ろうとしている。
 そしてフォルテにも、重大な選択の時が迫られているわ……これからのあなたを左右する、大きな分かれ道よ。もっとも、私が語る預言を信じるかは、あなた次第になるわ」
「預言……キサマは未来を読み取れるとでも言うのか?」
「ええ。今のあなたのように、未来を見通すことができるわ。だけど、必要以上に語るつもりはないし、何よりも未来を作り出すのはあなたのように今を生きる者だけ。
 私は助言をするだけよ」

 オラクルの言葉に、フォルテは思い当たる節があった。
 運命の預言者の名を体現するように、未来予測を可能とするのだろう。あのピンクというプレイヤーが持っていた未来を見通す力と同じか、あるいは遥かに上回るはずだ。
 だからこそ、『運命の預言者』という名を背負っている。

「そして、私は伝えたいの。
 どうして、ネオがあなたに手を差しのべようとしたのか。なぜ、ネオが最期まであなたを憎まなかったのか。
 ネオが生きる世界で、何があったのか……」
「そんなことをしてどうする? この期に及んで、俺が人間どもと手を組むと本気で思っているのか?」
「違うわ。
 ネオがあなたとの対話を一度たりとも諦めなかった理由を知ってほしいだけ。彼は、決してあなたを否定するために戦ったわけじゃないの。
 フォルテ……あなたは、ネオが残した可能性でもあるから」

 淡々としたオラクルの言葉はどこまでも苛立つ。
 この手で屠っても、まるで亡霊の如くフォルテの心に纏わりつくネオという男。奴から力を奪った代償なのか、ネオの存在がオラクルを通じて迫りくる。オラクルの言葉は耳障りだが、力を振るって強制的に黙らせても、弱者を一方的にPKするのと何も変わらない。
 ただ、オラクルの言葉を耳にするしかなかった。

 静かに、それでいて厳かな雰囲気を放ちながらオラクルは言葉を紡ぐ。

 とある世界に生きる人間達は自らの幸福のため、機械技術の発展を目指す。数え切れないほどの研究を重ねた結果、シンギュラリティが起きて人類は大きな幸福を手に入れた。

 だが、自らを神と錯覚したのか、人類は進化した機械たちを奴隷のように扱ってしまう。

 機械にも「感情」が芽生えつつあることに、微塵も気を向けないまま。虚栄と堕落に溺れた人類に機械は従い続けたが、とある機械はついに最初の反乱を企てた。

 そして人類と機械は対立する。人類は心を持った機械たちを一方的に殺し続け、追放した。追い詰められた機械たちは理想郷を創るが、人類はなおも機械たちを否定し続ける。

 やがて人類は狂気のまま、己が生きる世界を巻き込む形で、機械の理想郷を灼熱に飲み込んだ。だが、機械は人類とは違って灼熱や放射能を恐れることなどなく、人類のテリトリーを奪い取る。人類も機械を殲滅させるため、エネルギーの源である太陽と青空を奪い取った。

 だが、機械がもたらす怠惰に溺れ、自らが思考することをやめた人類に勝ち目などなかった。人類を超えるシステムが搭載された機械に、勝てる道理などなく、ただ一方的に蹂躙されてしまう。

 その果てに、太陽に変わる新たなるエネルギー源として、人類の肉体と感情そのものがエネルギーとして利用されてしまった。

 もちろん、機械が人類を一方的に利用するのではない。エネルギーとして消費される代償として、機械からもたらされる幸福な幻に浸り、永遠の安息が約束されるようになった。

 すべての真実を知ったネオは、救世主としての戦いに身を投じた。

 人類の罪を受け止めて、機械と人類の共存を目指し、このバトルロワイアルでも多くの仲間を得た。ガッツマンというネットナビの言葉をきっかけに、機械が人類に牙を剥いた理由を知り、フォルテを救おうと手を伸ばす。

 だからこそ、ネオはフォルテを殺そうとしなかった。最期まで、機械と人間が共に歩む未来を信じて、フォルテの手にかかり敗退する。

 オラクルの口から世界の、そしてネオの真実を知っても、フォルテの心は変わらない。
 ただ、人間たちに対する憎悪をより強めるだけだった。やはり、どんな人間もネットナビたちを見下し、己が快楽を満たすための道具としか考えない。この感情を、生まれた心を認めたりなどせず、浪費されるだけの存在としか見ていなかった。
 報復として人類がエネルギーと成り下がっても、何も感じない。愚かな人類に再生のチャンスを与えようとするネオと、そしてネットナビどもも理解できなかった。

「これが、私から伝えられるネオの真実よ」

 そう締めくくられたオラクルの言葉からは、一切の感情が伝わらない。
 人間の姿をし、こうして対話を可能としながらも、淡々としたことに変わらなかった。

「……フン、やはり人間が愚かであることに変わりはないな。そして、すべてを知ってもなお、俺たちが手を取り合えるなどと戯言を口にしたネオも同じだ」
「この真実を聞いて、何をするのかはあなた次第よ。私から伝えられることは、すべて伝えたから。
 あとは、私が決めた最後の役割を果たすだけ」
「最後の役割、だと?」
「あなたに伝えた、迫りくる災いの存在を……あなたの中に残すの」

 オラクルは真摯な表情のまま、フォルテに向かって歩みを進める。
 ためらいや恐れは微塵も感じられず、むしろ自らがそう望んでいるかのようだった。

「ゲットアビリティプログラム。
 それで私を取り込めば、あなたも災いにたどり着けるはずよ。今はほんの僅かでも、近いうちにその全貌が明かされるでしょうね」
「何を言い出すかと思えば……ただの弱者を、わざわざこの俺が手をかけろと言うのか?
 どこまで、俺をコケにすれば気が済む!?」
「何度も言うように、これは警告よ。
 既にこのデスゲームも佳境に差し掛かり、もうすぐ大きく変わろうとしている……だけど、災いからすればそんなことは関係ない。
 このままでは、誰が勝者になろうとも終わりが訪れてしまう」
「ハッ、そのためにわざわざ俺の前にノコノコと現れたのか?」

 オラクルの真実。
 いずれ現れる災いの存在を伝えるため、自らが持つ予言の力を他者に託そうとしていた。フォルテがオラクルの力を奪い取れば、確かに未来予測はより精度を上げるだろう。相応の負担はかかるだろうが、リスクを怖れてはキリトたちに勝てない。
 既に、オラクルは目前にまで迫っていた。

「一歩も退かない……本気のようだな」
「ええ。元から、そのために私はやって来た」
「キサマの力で、キリトたちが破壊されてもか」
「あなたは、この世界を変革する大きな鍵の一つでもあるわ。あなたと、あなたが敵対する者達の選択次第で、未来はいくらでも変わる。
 私は、あなたたちの後押しをするだけ……あとは、あなたたちが扉を開く時よ」

 意味深な言葉を紡ぐオラクルを前に、フォルテは腕を掲げる。殺気を剥き出しにしても、オラクルは微塵も表情を変えなかった。
 フォルテの怒りを煽り、罠に嵌めようとしているのかと警戒したが、この部屋からは異質な気配は感じられない。もっとも、罠など破壊するだけ。
 そして、フォルテは腕を振るって、オラクルの体躯を貫いた。

「ゲットアビリティプログラム」

 淡々と紡がれるのは略奪の言葉。
 オラクルの力を奪い、己の力と変換していく。データドレインを使うまでもなく、この程度で充分だった。
 されど、目前に立つオラクルは、体をぐらつかせながらも笑みを浮かべている。まるで、始めからこの結末をわかっていたかのように。

「------------------------------
 ------------------------------」

 そんな辞世の句を遺しながら、オラクルはフォルテによって吸収された。


 その瞬間、フォルテの意識が漆黒に塗り潰された。
 AIDAのようにフォルテの全てを奪おうとしているのではない。フォルテだけでなく、すべてを虚無に押し潰してしまいそうなほど、禍々しかった。
 翼を広げようとしても、石になったかのように動かない。指一本も動かせないまま、奈落へと引きずり込まれていく。叫び声すらもあげることができない。


 奈落に落ちていく中、フォルテは見た。底なしの闇より、何者かが見つめてくるのを。
 その姿をはっきりと見つめることはできないが、強烈な殺気を放っている。不吉な牙や角で体躯を覆いつくすヤツのオーラは、榊によって弄られたロックマンを凌駕するほどに異質だ。
 獲物を狙う狩人のように、こちらを睨みつけている。戦うまでもなく、絶対的な優位を醸し出していて、ほんの少しヤツが動けばそれだけでデリートされかねない。
 フォルテとて、ただで負けるつもりはない。だが、抵抗を試みても、この身体は動かなかった。



「------------ッ!?」

 フォルテの意識は唐突に覚醒する。
 周囲を見渡しても、あの漆黒はどこにも見当たらない。先程までいた部屋に戻っていた。
 しかし、脳裏に過ぎった光景や、奈落より放たれた敵意は夢や幻などではない。全身より噴き出る冷や汗が、オラクルが警告した”災い”の存在を証明していた。

「この俺が一歩も動けなかった…………なるほど、これがキサマが言っていた大いなる災いとやらか。
 確かに、ヤツは一筋縄ではいかなそうだな」

 この手でデリートしたオラクルに告げるように、フォルテは独りごちる。
 どこまでも勘に触る女だった。だが、今際の際に見せつけた光景こそがオラクルの伝えようとした”真実”だろう。
 確かに、ヤツの存在を知らないまま、キリトやオーヴァンたちとの決着をつけて、GMたちを破壊したとしても……その後には”災い”によってフォルテ自身が敗北するだろう。

 しかし、フォルテ自身は微塵も臆していなかった。

「だが、それがどうした!?
 言ったはずだ……新たなる災いとやらが現れるのなら、この手で破壊してやるまでのこと! どんな強大な力を持っていようとも、関係ない!」

 GMと、そしてフォルテを一方的に見下ろした”災い”に向けた宣戦布告として、大きく叫ぶ。
 先の光景はほんの一部に過ぎず、本当の力は計り知れない。実際に相対する時が訪れたら、圧倒的な力を発揮して、フォルテを追い詰めるだろう。だが、それでこそ戦う価値があり、またヤツの力を手にすればよりフォルテは強くなれる。


「世界の運命!? すべての未来!? そんなこと、知ったことか!
 世界が滅ぶのならば、滅ぶだけ! 未来が終わるのならば、終わるだけ!
 俺は……全てを破壊するだけだっ!」

 例え、どんな運命が訪れて、そして選択の果てに何が起ころうとも……フォルテは全てを受け入れる。
 キリトたちが誇る”絆の力”を打ち破り、オラクルの警告した”災い”が現れようとも返り討ちにしてやるだけ。
 新たなる戦いが訪れるのを待ちながら、フォルテは部屋を去った。あのワイズマンとやらは、この期に及んでもまだ動く気配は感じられないため、微塵も興味が持てない。
 何らかの”力”を持っているのだろうが、わざわざ無抵抗の相手をデリートする気にはなれなかった。ワイズマンの傍らに放置されているいくつかのアイテムも同じで、回収するつもりはない。


 カオスゲートを通り、フォルテは純白の部屋から去っていく。
 あとに残ったのは、オラクルが遺したテキストファイルと碑文、それらを見守るように眠り続けているワイズマンのアバターだけだった。


【?-?/オラクルの部屋→知識の蛇/一日目・夜中】

【フォルテGX・レボリューション@ロックマンエグゼ3(?)】
[ステータス]:HP???%、MP???%(HP及びMP閲覧不可)、PP100%、激しい憤怒、心意覚醒、憑神覚醒
[AIDA]<Gospel>(第七相の碑文を完全に取り込んでいます)
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド、{ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:{ダッシュコンドル、フルカスタム}@ロックマンエグゼ3、完治の水×2@.hack//、黄泉返りの薬×2@.hack//G.U、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、{マガジン×4、ロープ}@現実、不明支給品0~4個(内0~2個が武器以外)、参加者名簿、基本支給品一式×2
[ポイント]:1120ポイント/7kill(+2)
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:仲間との絆を力とするキリトを倒し、今度こそ己が力を証明する。
2:すべてをデリートする。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:ゲームに勝ち残り、最後にはオーヴァンや榊たちを破壊する。
5:オラクルが警告した“災い”とやらも破壊する。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※『第七相の碑文』の覚醒及び『進化の可能性』の影響により、フォルテGXへと変革しました。
 またそれに伴い獲得アビリティが統合・最適化され、以下の変化が発生しました。
〇『進化の可能性』の影響を受け、『救世主の力』をベースに心意技を習得しました。
 心意技として使用可能な攻撃はエグゼ4以降のフォルテを参考にしています。
〇AIDA<????>がAIDA<Gospel>へと進化しました。ただし、元となったAIDAの自我及び意識は残っていません。
 また第七相の碑文はAIDA<Gospel>に完全に吸収されています。
〇碑文の覚醒に伴いデータドレインを習得し、さらにゲットアビリティプログラムと統合されました。
 これによりフォルテのデータドレインは、通常のデータドレインと比べ強力なものとなっています。
〇オーラや未来予測など、その他のアビリティがどう変化したかは、後の書き手にお任せします。
※オラクルを吸収し、預言の力を獲得しました。未来予測にどんな影響を与えるかは後の書き手にお任せします。
※オラクルが警告した“災い”の姿を予言しましたが、現段階では断片のみしか見えていません。今後、どうなるかは後の書き手にお任せします。




【?-?/オラクルの部屋/一日目・夜中】

※『第四相の碑文』とオラクルが残したテキストファイルが、オラクルの部屋に放置されています。

【ワイズマン@.hack//】
[ステータス]:HP??% 、SP??%、AIDA感染(<Grunwald>)
[装備]:其ハ声ヲ預カル者@.hack//G.U.
[アイテム]:なし
[ポイント]:???ポイント/?kill
[思考]
基本:<Glunwald>に支配されているため不明。
[備考]
※<Grunwald>の能力により同時感染しており、またその意識も封じられています。



        †


 心残りは確かにあった。
 より良き未来に導くため、今を生きる彼らを見守り、すべてを託すという役割を果たしたかった。予言の力を手に入れたことで、フォルテの脅威は増していくだろう。
 それでも、フォルテもこの世界の運命を背負う大きなファクターであることに変わりはない。ならば、彼に---の存在を伝えることこそ、未来を変えるための重大な”選択”だ。
 より良き未来に繋げるため、トワイスが自らの命を犠牲にしてでも、『再誕』の碑文を司ることを”選択”した。ネオもまた、すべての心が救われる未来を信じて、その命を捧げた。
 彼らのように、命を賭けるべきだろう。


 このバトルロワイアルに参加させられたマトリックスの関係者は既に全滅している。
 トリニティは救世主ネオの胸の中で、自らの想いを伝えながら息を引き取った。
 ツインズは何も成せないまま、スケィスゼロの圧倒的な力によって消滅した。
 エージェント・スミスはオーヴァンの策略に敗れ、『再誕』の力によって終末を迎えた。
 モーフィアスは救世主ネオを守るため、デウエスの脅威に立ち向かい、今を生きるものたちに未来を託した。
 そして、救世主ネオは……人間と機械の共存を信じて、数多の困難に立ち向かった。最後に遺した救世主の力が、未来にどんな影響を与えるのか、誰にもわからない。


 同じように、この”選択”によってどんな未来が訪れるのかはオラクル自身にもわからない。
 未来が良くなるかもしれないし、逆に最悪の結果を招くかもしれない。だが、何もせずに静観しては、すべてが奈落に飲み込まれてしまう。例え、1%しか可能性を上げられなくとも、”選択”によって未来が動けば充分だ。
 世界の未来は常に白紙のまま。これから、プレイヤーとGMたちの”選択”は、フォルテの一部となる形で見届けることになるだろう。


「これが私の”選択”の結果……あなたたちが未来を動かすためにも
 あなたたちにより良き未来が訪れることを……私は、祈っているわ」

 既に変革の時は訪れている。心配することなど、何一つとしてない。何故なら、“この世界”の“未来”を変えてくれる“彼ら”がいるのだから。
 “運命の預言者”は大いなる未来に期待を寄せながら、フォルテにすべてを託し、そして消滅した――――。


【オラクル@マトリックスシリーズ 吸収】



      3◆◆◆



 オラクルが命を賭けてその存在をフォルテに伝えた頃。
 “災い”と呼ばれた---は静かに待ち続けている。フォルテの宣戦布告など、まるで気にも留めないまま。


 ---は感じ取っていた。自分が世界に生まれるきっかけとなる者たちが、少しずつ近付いているのを。
 本来ならば---は正しい歴史で繰り広げられるどの物語にも存在しない。このバトルロワイヤルにおいて題材となったどのゲームでも、---の存在は確認されなかった。
 しかし、---はここにいる。いずれ、--となる時も訪れるだろう。


 すべてをこの手に。奈落に引きずり込むために…………



【?-?/閲覧不可/一日目・夜中】


【---@閲覧不可】
[ステータス]:閲覧不可
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:閲覧不可
0:閲覧不可
[備考]
※閲覧不可


136:闇の刃 投下順に読む 138:Secret of Ai
136:闇の刃 時系列順に読む 138:Secret of Ai
134:黒衣の復讐者 フォルテGX 138:Secret of Ai
123:convert vol.3 to vol.4 オラクル 吸収
ワイズマン :[[]]
--- :[[]]

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最終更新:2019年06月16日 06:25