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My Escape -夢の過程~考察と検証添え-

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 もし、夢を見られなくなったとしたら――あなたはどうしますか?

 その夢は将来を見据えるものではなく、過去を振り返るものでもなく、幻想に還るもの。
 そこは決して現実に辿り着ける理想郷ではなく、癒しだけがある夢幻の桃源郷。
 辛くもなく、苦しくもなく、起伏は激しいけれど笑いのある、現実感に乏しい場所。
 夢の中、意識の最果てにある境地。最後の楽園。

 そんな場所がなくなってしまったとしたら――あなたはどうしますか?

 そんな問いかけをしてみたくなったのは、つい一昨日のことだ。
 夢を見ることに意味などなく、そこに意味など求めず、ただ無意味を甘受するだけの、されどわたしはそこにいるだけの意味を見出している。
 癒しに理屈を求めるなど、そんな偏屈な行為は理解できない。全てを休ませて、安楽でいられるからこその世界であって、そこにそもそも『深い思考』など必要はない。浅慮ですらいらない。そこは、自分という存在があるだけで、なんらかのリアクションが返る空間。

 そんな世界を見られなくなったとしたら――あなたはどうしますか?

 結論を言うと、わたしは以前にも増して廃人になった気がする。
 なにもする気が起きなくて、ただ辛いことだけが山積して鬱積して鬱屈なって、どんどん日常が嫌になる。嫌疑がかかり憎たらしく見えて、憎悪にも似た感情がわたしという人心を掌握する。
 わたしはいつから、こんな嫌な人間になってしまったのだろう――まるでこの一ヶ月間、自身を対象に人体実験をしているかのようなマゾヒズム。
 快感はない。連続的か永続的苦痛はごめんだ。けれど、知的探究心を満たした達成感のようなものは――おぞましいながらも――ある。

 夢を見られなくなってしまったら――わたしは、ここまで崩壊してしまった。

 わたしはいつから夢を見られなくなってしまったのだろうか?
 考察する。わたしにとって、考察というのは苦痛に等しい。人間の取るべき行動など、本能と理性だけで事足りるる。思考的な推理というのは、生きる目的に特化するのであれば必要はない。
 だから、わたしは深い思考に自らを陥れることが嫌いだった。しかし、時には推理の中に自意識をはめ込むことが必要であるということも同時に心得ている。だからこそ今、その時なのだと。

 わたしは今、夢を見ることが出来ない――それはなぜだと思いますか?

 きっとそれは、わたしが夢の世界を望んでしまったから。
 そこにあるだけでよかったのに、いつか会えるだけの偶然でよかったのに。
 ただ出会えるだけで恵まれていたのに、わたしは必然を求めてしまったから。
 そうして、わたしの救いはなくなった。そうして、わたしという個が堕ちて行く。
 ただ崩れるだけなら、いっそのこと流れに身を任せてしまった方が楽だ。決して楽をしたい訳ではない。
 ただ、この先に未来がないなら。この先に終焉が見えるなら。
 わたしは、自我のある眠りにつくことが最良と思える。そんな気がした。

 そしてわたしは眠りにつく。暗い穴に吸い込まれ、どこまでも落ちて行く、堕ちて行く。
 深く、深く。底なしの無限。果て無き旅路の過程。果てがないゆえに無限、無限であるがゆえに過程。
 平衡感覚などとうになく、でたらめになった五感と妙に鋭い第六感、ハッキリしていないけれども冴えた論理的思考のみが、わたしの体を廻り回る。
 わたしの直感がなにかを告げる。わたしの思考がそれを言語に変換する。それは根拠もないくせに、妙に自意識過剰な結論だった。

 ――わたしはもうじき日常に戻る。いつもの日常に。
 浮遊感が消える。わたしはどこかに着地した。傷はない。骨もNo problem。
 ああ、そうか。着地したということは終わったんだ。

 意識が着地する。着水じゃなくて本気でよかったと思う。泳げなくはないが、苦手だ。そうなったら、きっとわたしは水没して溺死という末路を辿ったのだろう。そうすれば、また意識の淵まで暗闇に閉ざされて、また同じような体験をするところだった――篠田千歳(しのだ ちとせ)は、そんなくだらないことを気にしていた。
 夢の中で夢を見られなくなった夢を見た。そうして夢という存在がかけがえのない存在であることを知った。
 もしかしたら、夢には個という意識や知性があって、わたしが慢心しかけていたところにとてつもなく恐怖なシナリオを突きつけて脅迫したのかもしれない。
 それは当然のように傍にあるものではないのだと、警告しに来たのかもしれない。
 それは偶然という可能性にのみ引き寄せられる奇跡なのだと、教授しに来たのかもしれない。
 それならば、感謝しなくてはならない。千歳は、自分を改めなければならないのかもと、真剣に意識改革を迫られている。そして、それには必要性が伴っている気がした。
 少々込み入っている帰りの電車。窓の外には見慣れた風景。ああ、よかった。この前は駅に降りそびえる失態を演じているがゆえに、今回もそうだったら情けなさに膝が笑うところだった。
 あと二駅。なにも考えず、今は眼を閉じてその時を待とう。

 もし今夢を見られるとしたら――それはいつも通りの世界が広がっているんだと思う。
 もしその時間があるとしたら――それはいつも通りの時間を過ごせていたのだと思う。
 けれど焦る必要はないのだと――それはいつも通りの偶然が引き合わせてくれるから。

 目的の駅で停車する電車。扉が開く。乗換駅なので、少しばかり雪崩チックに人が押し寄せる。
 その最後尾について、千歳はマイペースにプラットフォームに躍り出る。
 さて、これから日常の始まりだ。いつも通り、なんの変哲もない日常の。
 夢という名の日常が終わり、現実という名の日常が流れ始めた。
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