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主よ人の望みの喜びよ -P.S. a bird of passage-(後編)
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傘の柄には、ブルブルとした衝撃が断続的に伝わってくる。
水溜りを叩き、大きな波紋を広げさせたのは、僕のスニーカーが原因だった。
一度、墓参りをしたきり、絶対に訪れようとはしなかったこの場所――響子先輩が眠る墓地。それは自己への戒めだったのかもしれない。墓前にて響子先輩との宣誓の祈りを捧げたその日から、一応の目標に到達し、新たに垣間見えるスタートラインを踏みしめるまで、響子先輩とは絶対に会わないと決心していた。会ったが最後、あまりの悲しさに潰されてしまいそうだったから。
けれど、今なら会える。会って、あの人と話をしよう。
墓に花を添え、手を合わせて祈る。死の直後の冥福を祈るような種のものではない。響子先輩と気軽に会話するような、重々しく、悲壮に溢れたものではなかった。
「………僕は、プロのアーティストになったよ」
――――うん。
透明感のある、心に訴えるような声。ただし、そこに僕以外の姿は見えず、雨音しか存在を主張していない。不思議ではあったが、僕は自然にそれを受け入れ、続ける。
「先輩との約束は果たしました。あなたは、僕の上がった舞台で、最高のコンサートを感じましたか?」
――――うん。あれは凄かったよ。音とかも半端じゃないし。
「そりゃあ、そうですよ。僕達が学園祭で使うような機器とは訳違うんだから……まあ、それがプロとして当然なんだろうけど」
――――また、聴かせてくれる? あんなスケールのコンサート。
「何度でも、いいよ。僕がこの世にいる限り、ギターを弾いてる限りね……あ、あくまでエレキギター限定で。ヴァイオリンとかだと、別路線いっちゃうから」
――――そんな意地悪しないよっ。
「どうかなあ? 響子先輩だし」
――――ひっどーい! あんた、わたしのことそーゆう目で見てたんだ!
「そのまんまいってみただけなんだけど……ま、いいです。俺は、そういう響子先輩だからこそ、ついていこうと思ったんですからね」
――――…………
「ああ。そういえば、いい忘れたことがあった。最初にいおうと思ってたのになぁ」
――――ん?
「………………ただいま。僕は、あなたのもとに帰ってきましたよ」
――――………うん、お帰り。
「覚えてます? 渡り鳥の話」
――――覚えてるよー。
「僕は、ちゃんと渡り鳥のようになれてましたか?」
――――うん、ばっちし。
「そうですか………じゃあ、次に会う日は――」
僕はしばらく頭を回転させると、穏やかに、目に見えない先輩に向かって、いった。
「――三ヶ月後のコンサートかな? それまで、しばらくお別れです」
――――うん。首、長くして待ってるよ。ちゃんと戻ってきてね、渡り鳥君。
「了解です。響子先輩」
僕は、暗雲立ち込める更に上空の青空に向けて、先輩に返事を返した。
水溜りを叩き、大きな波紋を広げさせたのは、僕のスニーカーが原因だった。
一度、墓参りをしたきり、絶対に訪れようとはしなかったこの場所――響子先輩が眠る墓地。それは自己への戒めだったのかもしれない。墓前にて響子先輩との宣誓の祈りを捧げたその日から、一応の目標に到達し、新たに垣間見えるスタートラインを踏みしめるまで、響子先輩とは絶対に会わないと決心していた。会ったが最後、あまりの悲しさに潰されてしまいそうだったから。
けれど、今なら会える。会って、あの人と話をしよう。
墓に花を添え、手を合わせて祈る。死の直後の冥福を祈るような種のものではない。響子先輩と気軽に会話するような、重々しく、悲壮に溢れたものではなかった。
「………僕は、プロのアーティストになったよ」
――――うん。
透明感のある、心に訴えるような声。ただし、そこに僕以外の姿は見えず、雨音しか存在を主張していない。不思議ではあったが、僕は自然にそれを受け入れ、続ける。
「先輩との約束は果たしました。あなたは、僕の上がった舞台で、最高のコンサートを感じましたか?」
――――うん。あれは凄かったよ。音とかも半端じゃないし。
「そりゃあ、そうですよ。僕達が学園祭で使うような機器とは訳違うんだから……まあ、それがプロとして当然なんだろうけど」
――――また、聴かせてくれる? あんなスケールのコンサート。
「何度でも、いいよ。僕がこの世にいる限り、ギターを弾いてる限りね……あ、あくまでエレキギター限定で。ヴァイオリンとかだと、別路線いっちゃうから」
――――そんな意地悪しないよっ。
「どうかなあ? 響子先輩だし」
――――ひっどーい! あんた、わたしのことそーゆう目で見てたんだ!
「そのまんまいってみただけなんだけど……ま、いいです。俺は、そういう響子先輩だからこそ、ついていこうと思ったんですからね」
――――…………
「ああ。そういえば、いい忘れたことがあった。最初にいおうと思ってたのになぁ」
――――ん?
「………………ただいま。僕は、あなたのもとに帰ってきましたよ」
――――………うん、お帰り。
「覚えてます? 渡り鳥の話」
――――覚えてるよー。
「僕は、ちゃんと渡り鳥のようになれてましたか?」
――――うん、ばっちし。
「そうですか………じゃあ、次に会う日は――」
僕はしばらく頭を回転させると、穏やかに、目に見えない先輩に向かって、いった。
「――三ヶ月後のコンサートかな? それまで、しばらくお別れです」
――――うん。首、長くして待ってるよ。ちゃんと戻ってきてね、渡り鳥君。
「了解です。響子先輩」
僕は、暗雲立ち込める更に上空の青空に向けて、先輩に返事を返した。
地面を打つ雨のしぶきが、繊細な銀色のボディを歪ませている。墓地の入り口にぞんざいに置かれたその車は、主を待ち侘びるかのようにハザードランプで存在を誇示していた。オレンジの光が落ちゆく雨粒を透過し、無限大に乱反射する。
傘を畳み、後部座席の足元にそれを放り込もうとした時に僕は気づいた。スピーカーから静かに流れるピアノの調べに。
不思議に思い、運転席に体を収めてからオーディオを確認した。MDのトラックタイトルには、〈Jesus bleibet meine Freude〉という文字が横に流れていく。そこで僕は首を傾げ、必死に記憶をほじくり返す。このMDをオーディオに挿入した覚えはないのだが……
「……まあ、いいけど。でもね、先輩。僕はこんなところでピアノの曲は聴きたくないんだ。だってさ、寝ちゃうだろ?」
音楽データを読み込んでいたMDを排出し、アームレストの小物入れに入れる。代わりに挿入されたのは、激しいロックの轟音。
「じゃあね、先輩。三ヶ月後も、よろしく」
エンジンを始動し、バンド仲間とのライブ成功祝いの宴会へと走り出した。
傘を畳み、後部座席の足元にそれを放り込もうとした時に僕は気づいた。スピーカーから静かに流れるピアノの調べに。
不思議に思い、運転席に体を収めてからオーディオを確認した。MDのトラックタイトルには、〈Jesus bleibet meine Freude〉という文字が横に流れていく。そこで僕は首を傾げ、必死に記憶をほじくり返す。このMDをオーディオに挿入した覚えはないのだが……
「……まあ、いいけど。でもね、先輩。僕はこんなところでピアノの曲は聴きたくないんだ。だってさ、寝ちゃうだろ?」
音楽データを読み込んでいたMDを排出し、アームレストの小物入れに入れる。代わりに挿入されたのは、激しいロックの轟音。
「じゃあね、先輩。三ヶ月後も、よろしく」
エンジンを始動し、バンド仲間とのライブ成功祝いの宴会へと走り出した。