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主よ人の望みの喜びよ -P.S. a bird of passage-(前編)

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rock

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 過ぎ去りし熱狂の時間は冷却され、体中の神経を通して知覚されるのは、急に降り出してきた雨の寒さだった。冷却された空気は、暖房など全く効いていない車内を容赦なく冬の世界へと誘う。
 が、それにも構わず、僕は最近購入したセルシオを転がしていた。このような高級車に乗れるようになったのも、音楽の世界に身を投じ、そして一応の成功を収めたからだ。実力や社会の時勢が大きく左右するのだから、いつヒットする曲を作れなくなるかも分からない不安定な世界ではあるが、自分はその轍は踏むまいと確信していた。それは、身の回りの誰かが経験したから、という訳ではなく、僕には霞むことのない目標が鎮座しているからだった。迷いのない信念は、歩むべき道を閉ざすことはないと、僕は胸に秘めていた。
 何事にも関心を示さなかった僕が、ここまで堅固な目標を有することになったのは、やはりあの女性の影響なのだろう。 僕の全てを決定づけたあの瞬間、誓いの祈りを交わした刹那。
 僕はあの人との約束を果たすため、進むべき道をひた走った。

「せんぱ~い。なんか、すっごい口実こじつけて、僕を下僕としてこき使ってません?」
「あーら。そんなことはないわよ、小生君。わたしはただ、『か弱い女の子にその荷物は辛過ぎるから、ちょっと荷物持ち頼まれて~』って、懇切丁寧にお願いしただけでしょ?」
「か弱い………三時間ぶっ通しでベースを弾き続けた武勇伝の持ち主が、よくもそう抜け抜けと」
「なんかいった?」
 ぼそぼそっと呟かれた不満に、浅山響子は露骨な握り拳を見せつけて、問うた。
「いいえ。僕はなーんもいってません。あなた様の思うがままに」
 僕が降参の意思表示をすると、響子先輩は満足げに頷き、商店街を歩き出した。両手がほぼ手ぶらである彼女に対し、こちらは諸手が塞がってしまうほどの紙袋の山を提げている。中身は、ほとんどが服である。なぜこれほど、しかも大量に購入するのかが、僕には理解できなかった。
 しかも最悪さに拍車をかけているのは、頭上からさんさんと注ぐ太陽の熱射だった。僕は平凡なユニクロのTシャツにデニム生地のハーフパンツ、響子先輩はタンクトップの上に極薄の生地でできた半袖を着用し、真っ黒な帽子というスポーティな容姿だが、それでも汗をじっとりとかかざるを得ない。体感温度は…… ヒートアイランド現象を踏まえて三〇℃を軽々と振り切っている感じもする。
「しっかし………こうも暑いとやる気でないなぁ。お手伝い引っ張ってきて正解だわ、こりゃ」
 申し訳なさの欠片もない響子先輩の発言に一瞬だけムッとしたが、この程度で目くじらを立てていては付き合い切れない。無視して先をいこうと足の回転速度を上げた時――
「あ、ツバメ!」
 響子先輩の指差す先には、確かに巣の中に収まる雛達に餌をやっているツバメの姿があったが、その光景は別段珍しくもないものだ。それなのに、響子先輩は無邪気にはしゃいでいる。それこそまるで子供のように。
「どうしたんです? ツバメに恨みがあって、獲って食おうっていうんじゃあ……」
「馬鹿ね。わたしがそんな女に見える?」
 自信たっぷりに胸を張ってみせる響子先輩の全身をしげしげと眺め、僕は答える。
「ええ、とっても。なんだか服装も、ちょっとお洒落したサバイバーな感じだし」
「………可愛くないな」
 可愛いと形容されたくもないのだが、こちらの意向を完全無視して、響子先輩はツバメの餌やりに見入っていた。あまりにその場に停滞しているので、痺れを切らして僕は訊ねる。
「で、なんなんですか? ツバメなんて、珍しくもないじゃないですか」
「ううん……ただ、ツバメって凄いなー、なんて思ったり」
 僕は意味が分からず首を傾げていると、響子先輩は説明として補足を付け足してくれた。
「ツバメって、渡り鳥っしょ。夏場にだけやってきて、同じところに巣を作って、子育てして……子供達も覚えてるんだろうね、生まれ育った場所を。わたし達なんて、生まれ故郷の風景さえ知らなかったりするのに、あの子達は全てを記憶しているんだよ。これって凄いと思わない? 自分の帰るべき場所があると自覚してるってこと」
「帰るべき場所………ね」
 まあ、さすがに渡り鳥たちも『帰るべき場所』という高等な認識はないのだろうが、その習性は感嘆に値すべきなのかもしれない。鳥達にも帰るべき場所があると、そう感性が受け取り、表現することのできる響子先輩もまた、同じく。

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