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SideGuitar Story
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わたしは神・・・と呟きかけてそれをやめた。
なぜかと言えば、それは恥も外聞もないからだ。7弦のギターを抱えて悩む。手持ち無沙汰になってチューニングなんか適当にしてみる。
再びピックを持つ。爪弾く、鳴らす、そして手を止める。
延々とループする無限の回廊。時間と胆力――ついでに弦――は有限なのに、必要のないところに潜むアリ地獄の罠。
アイバニーズの7弦。〈心の師匠〉と敬うスティーヴ・ヴァイのレプリカモデルだ。一年ほど前、バイトで得た資金を全力投下したモデルだ。確かに、入手できた時は嬉しかった。感激だった。
………まあ、バンドとバイトの両立は、韻を踏んでいる風なのは素晴らしく素敵ではあるが、意外にこたえるコンビネーションではある。
「あれ? まだいたのか、浅山」
同じ軽音部で、別のバンドでギターを担当している同学年の男子が音楽室を覗き込んでいる。青のジャージ姿で呆けている浅山を見つけたらしい。
「もう6時だぞ。下校時間」
「そうだったね。うん、そういえば、そうだったね」
心ここにあらず、といった様子で返す。しばらくして振り向くと、そこに少年の姿はなかった。いつものパターン。ここでも無限地獄だ。
いつまでもここにいても仕方がないだろう。行くしかないだろう。
少女はギターと機材の入ったリュックを背負い、学校から飛び出した。
なぜかと言えば、それは恥も外聞もないからだ。7弦のギターを抱えて悩む。手持ち無沙汰になってチューニングなんか適当にしてみる。
再びピックを持つ。爪弾く、鳴らす、そして手を止める。
延々とループする無限の回廊。時間と胆力――ついでに弦――は有限なのに、必要のないところに潜むアリ地獄の罠。
アイバニーズの7弦。〈心の師匠〉と敬うスティーヴ・ヴァイのレプリカモデルだ。一年ほど前、バイトで得た資金を全力投下したモデルだ。確かに、入手できた時は嬉しかった。感激だった。
………まあ、バンドとバイトの両立は、韻を踏んでいる風なのは素晴らしく素敵ではあるが、意外にこたえるコンビネーションではある。
「あれ? まだいたのか、浅山」
同じ軽音部で、別のバンドでギターを担当している同学年の男子が音楽室を覗き込んでいる。青のジャージ姿で呆けている浅山を見つけたらしい。
「もう6時だぞ。下校時間」
「そうだったね。うん、そういえば、そうだったね」
心ここにあらず、といった様子で返す。しばらくして振り向くと、そこに少年の姿はなかった。いつものパターン。ここでも無限地獄だ。
いつまでもここにいても仕方がないだろう。行くしかないだろう。
少女はギターと機材の入ったリュックを背負い、学校から飛び出した。
駅前の広場。
立地条件のよい場所の学校に通えたものだ、と感謝せずにはいられない。こんな格好の野外ライブ場所があるのだから。爆音じゃなければどうにか………なるかは分からないが、とりあえずこれまでは音沙汰なし、犯罪や騒音被害というものからは無縁のはずだ。
いつもここに来るたび、逡巡する。今日はなにを弾こうか頭がぐるぐる、意図も理由もなしに360度回転し続ける。
今日はなにを弾く? MR.BIG? ディープ・パープル? ヴァン・ヘイレン? インギー? いや、ここはやはりヴァイ?
選曲が多い訳ではない。むしろ、それを弾けるかどうかの問題だった。
コピーだけならほぼ完璧だ。しかし、そこに魂を込められたことがほとんどなかった。ただ上手いだけ、自分で納得できない感情の入魂。
音楽のことをよく知らない人達に、エディ譲りのライトハンド奏法を見せつけてやったら驚くだろうか?しかし、それでは意味がない。見せ付けて驚かせているだけでは、ただの見世物でしかないだろう。
上手いだけのバンドなら恐らく、世界にごまんといるだろう。しかし、下手でも魂を込められるバンドというのは、なかなか成立し得ない。
今まで必死に技術だけを磨いて来た彼女にとって、入魂の成否の境界線が曖昧だった。
わたしは神になりたかった。人に言われなくていい。自己満足でもいい。ただ、ギタリストとして神と同格に上がりたい。
けれど、わたしの口からそれを吐き出すのははばかられた。ただ上手いだけのひよっこがつけ上がったところで、真の神が冷たい目で見下ろすだろうから。
なんだろうか、この無情は。今夜は余計にそれを強くそれを感じていた。それもこれも、あいつに遭遇してしまったからだ。同学年の彼。
あの少年は、浅山よりギタリストとしては数段下手だった。しかも基本的に単純なフレーズで構成されるパンクロックを生業としている。基本的にある程度の技術が要求されるハードロックとは土台が違う。
しかし、彼のライブはいつ見ても、自身のライブより激しく、荒々しく、観客を沸かせていた。その一人に浅山も含まれている。
結局、自分は物真似師(フェイカー)でしかないことに気づかされたのも、半年前のライブを経験からだった。反応も、盛り上がり方も、ライブとしての全ての印象で負けていた。
「お前は固過ぎるんだよ。もっとハチャメチャなことやれよ。型にはまらず。せっかくの凄腕なのに」
言われなくとも分かっている。しかし、いつまで経ってもそれが出来ず、もう半年だ。もう三年生が卒業してしまったのだ。一年を棒に振ったも同然だろう?
ピックを持つ手が震える。屈辱にではなく、情けなさにむなしく、寒い。
今日、わたしは帰りたがる小学生に似ていた。
立地条件のよい場所の学校に通えたものだ、と感謝せずにはいられない。こんな格好の野外ライブ場所があるのだから。爆音じゃなければどうにか………なるかは分からないが、とりあえずこれまでは音沙汰なし、犯罪や騒音被害というものからは無縁のはずだ。
いつもここに来るたび、逡巡する。今日はなにを弾こうか頭がぐるぐる、意図も理由もなしに360度回転し続ける。
今日はなにを弾く? MR.BIG? ディープ・パープル? ヴァン・ヘイレン? インギー? いや、ここはやはりヴァイ?
選曲が多い訳ではない。むしろ、それを弾けるかどうかの問題だった。
コピーだけならほぼ完璧だ。しかし、そこに魂を込められたことがほとんどなかった。ただ上手いだけ、自分で納得できない感情の入魂。
音楽のことをよく知らない人達に、エディ譲りのライトハンド奏法を見せつけてやったら驚くだろうか?しかし、それでは意味がない。見せ付けて驚かせているだけでは、ただの見世物でしかないだろう。
上手いだけのバンドなら恐らく、世界にごまんといるだろう。しかし、下手でも魂を込められるバンドというのは、なかなか成立し得ない。
今まで必死に技術だけを磨いて来た彼女にとって、入魂の成否の境界線が曖昧だった。
わたしは神になりたかった。人に言われなくていい。自己満足でもいい。ただ、ギタリストとして神と同格に上がりたい。
けれど、わたしの口からそれを吐き出すのははばかられた。ただ上手いだけのひよっこがつけ上がったところで、真の神が冷たい目で見下ろすだろうから。
なんだろうか、この無情は。今夜は余計にそれを強くそれを感じていた。それもこれも、あいつに遭遇してしまったからだ。同学年の彼。
あの少年は、浅山よりギタリストとしては数段下手だった。しかも基本的に単純なフレーズで構成されるパンクロックを生業としている。基本的にある程度の技術が要求されるハードロックとは土台が違う。
しかし、彼のライブはいつ見ても、自身のライブより激しく、荒々しく、観客を沸かせていた。その一人に浅山も含まれている。
結局、自分は物真似師(フェイカー)でしかないことに気づかされたのも、半年前のライブを経験からだった。反応も、盛り上がり方も、ライブとしての全ての印象で負けていた。
「お前は固過ぎるんだよ。もっとハチャメチャなことやれよ。型にはまらず。せっかくの凄腕なのに」
言われなくとも分かっている。しかし、いつまで経ってもそれが出来ず、もう半年だ。もう三年生が卒業してしまったのだ。一年を棒に振ったも同然だろう?
ピックを持つ手が震える。屈辱にではなく、情けなさにむなしく、寒い。
今日、わたしは帰りたがる小学生に似ていた。
なにも答えが見つからないまま、新学期を迎えてしまっていた。
そう、なにも見つからないままだ。無意味な小石すらもつま先を掠めない、どこまでも平らな道しか通過できなかった。
(半年に二週間上乗せ、か。)
遠回りし過ぎだろう、恐らく。しかし、将来有望な部員を発掘する作業に時間を充てなければならない。乗り気ではない〈仕事〉ではあるが。
少しずつ見慣れた日常。新参の一年生の姿もちらほら。こちらの顔を覚えて挨拶してくれる子もいた。。だが、軽音楽部に入部する後輩もいたものの、肝心のベーシストがなかなか捕まらなかった。
「最悪、わたしがベーシスト、か」
先輩だからと言って汚れ役――いや、汚れてないが、こだわりのあるポジションを明け渡すのも癪ではあったが、バンドとしての体裁を維持するのなら、それもまた仕方のないこと。
今日もまた、放課後の部室。しかし、先週辺りから入部した男子の後輩が、わたしが部室に入るなり、不機嫌な顔を露骨に丸出しにして詰め寄って来た。
「先輩! 聞いてくださいよー! 俺、かなりあったま来たんですけどぉ!」
ヒステリーでも起こしているのだろうか?、と疑わずにはいられないほどの錯乱振りだったが、とりあえず冷静に応対してみる。
「どうしたの?」
「いや、俺のクラスメイトにギター弾ける奴がいるっていうんで、ちょっと興味があって話しかけたんですけど………そしたらそいつ、『他人に聴かせるギターなんてないよ』とか吹かして、あっさりとんずらしたんですよ! あ~、今思い出しても腹が立つっ!」
……やれやれ。本当にベーシストに転向しなきゃならないようだ。
そう、なにも見つからないままだ。無意味な小石すらもつま先を掠めない、どこまでも平らな道しか通過できなかった。
(半年に二週間上乗せ、か。)
遠回りし過ぎだろう、恐らく。しかし、将来有望な部員を発掘する作業に時間を充てなければならない。乗り気ではない〈仕事〉ではあるが。
少しずつ見慣れた日常。新参の一年生の姿もちらほら。こちらの顔を覚えて挨拶してくれる子もいた。。だが、軽音楽部に入部する後輩もいたものの、肝心のベーシストがなかなか捕まらなかった。
「最悪、わたしがベーシスト、か」
先輩だからと言って汚れ役――いや、汚れてないが、こだわりのあるポジションを明け渡すのも癪ではあったが、バンドとしての体裁を維持するのなら、それもまた仕方のないこと。
今日もまた、放課後の部室。しかし、先週辺りから入部した男子の後輩が、わたしが部室に入るなり、不機嫌な顔を露骨に丸出しにして詰め寄って来た。
「先輩! 聞いてくださいよー! 俺、かなりあったま来たんですけどぉ!」
ヒステリーでも起こしているのだろうか?、と疑わずにはいられないほどの錯乱振りだったが、とりあえず冷静に応対してみる。
「どうしたの?」
「いや、俺のクラスメイトにギター弾ける奴がいるっていうんで、ちょっと興味があって話しかけたんですけど………そしたらそいつ、『他人に聴かせるギターなんてないよ』とか吹かして、あっさりとんずらしたんですよ! あ~、今思い出しても腹が立つっ!」
……やれやれ。本当にベーシストに転向しなきゃならないようだ。
後輩から名前を教えてもらい、早速、部活のあとに、そのヘッドハンティングの対象人物の担任のもとに訪れた。しかし、先生は職員室のデスクについたまま、あまり上調子の声ではなかった。
「入ってくれるとは思えんなー」
「どうしてです?」
「なんというか――教師としてこういうことを言うのはアレなんだが――協調性がないっていうか、何事にも無関心で…………まあ、問題とかは特に起こしてないけど、クラス内でもあぶれてるって感じだからなあ」
「そう、なん、ですかぁ…………」
薄々感づいてはいたが、どうにも見通しは曇りどころか、大雨に落雷と暴風、それと土砂崩れのオマケつきのようだ。
「…………もっとも、ギター弾ける部員は即戦力なんですよねぇ」
「背に腹は変えられない、か」
「そういうことです。それに、性格と腕は比例しませんし」
では、と会釈を残し、浅山は職員室から引き上げる。正直、もう胃からはキリキリとした違和感を感じていた。
「入ってくれるとは思えんなー」
「どうしてです?」
「なんというか――教師としてこういうことを言うのはアレなんだが――協調性がないっていうか、何事にも無関心で…………まあ、問題とかは特に起こしてないけど、クラス内でもあぶれてるって感じだからなあ」
「そう、なん、ですかぁ…………」
薄々感づいてはいたが、どうにも見通しは曇りどころか、大雨に落雷と暴風、それと土砂崩れのオマケつきのようだ。
「…………もっとも、ギター弾ける部員は即戦力なんですよねぇ」
「背に腹は変えられない、か」
「そういうことです。それに、性格と腕は比例しませんし」
では、と会釈を残し、浅山は職員室から引き上げる。正直、もう胃からはキリキリとした違和感を感じていた。
一日の時間を於いて、とりあえずアタックしてみることにした。
トイレの鏡で笑顔のチェック。新人スカウトに愛想は欠かせない………というより、今回ばかりは自然でいられるかどうか自信がない。
「あー…………気ぃ重っ」
洗面台の縁に手を突き、うな垂れる。しかし、やるしかないのだ。そう、やるしかないのだ今日しかないのだー!
玉砕して粉砕され、粉微塵に散って行く自分の姿に合掌しつつ、合戦予定の一時ジャスト。いざ出陣。
トイレの鏡で笑顔のチェック。新人スカウトに愛想は欠かせない………というより、今回ばかりは自然でいられるかどうか自信がない。
「あー…………気ぃ重っ」
洗面台の縁に手を突き、うな垂れる。しかし、やるしかないのだ。そう、やるしかないのだ今日しかないのだー!
玉砕して粉砕され、粉微塵に散って行く自分の姿に合掌しつつ、合戦予定の一時ジャスト。いざ出陣。
「失礼しまーす」
昼休みに突入した直後、道場破りの心境のごとく挨拶する。手近な男子生徒を捕まえ、事情を説明すると、相手が相手だけに渋々ながらではあるが、例の後輩のもとに歩み寄り、伝言を伝えてくれた。
ややあって、重い腰を上げるという喩え通りの緩慢な動作で椅子を立ち上がった。雰囲気も外見も無機的というか味気なく、徹頭徹尾の無表情で近づき、扉の前にいる浅山の前で立ち止まる。
「どうも。なんか用っすか?」
どうやら、評判通りの粗暴っぷりらしい。横柄という感じではないが、強烈な縄張り意識を張り巡らしているようだ。粗暴というよりは、そう、極端に神経質に見える。
「ねえ、君。なにか楽器できない? よかったら入らない? 軽音」
とりあえず、詳細は知らない振りをして訊ねてみる。ついでに勧誘も含めてみる。
「一応、できますけど」
「なにできる?」
「……エレキを少々」
奇妙な物言いだった。てっきり『ギターならできる』と言われるかと予想していたが、まるで音楽素人のような表現。とりあえず、相手に合わせて続ける。
「へぇ。エレキできるんだ。エレキって、ギターの方でしょ?」
大概、エレキという単語がギターを指すことはあっても、ベースを示すことはない――自分の経験から言って。それに事前情報で把握済みということもある。
案の定、少年は少しだけ首肯した。弱い肯定というより、面倒くさいのだろう。
「ちょうどいいね。ベースかギターを探してたから。で、どう? 軽音に入ってみない? 面白おかしさに関しては、お姉さんが保証するから」
「はあ…………」
溜め息にも似た困惑の声。困惑というよりは曖昧か。どうにも一筋縄ではいかないどころか、難攻不落にも思えて来たが、ここで踏み止まらなければならない。
「まあ、とにかく来てみてよ。興味があったら、暇があったらでいいから。ねっ?」
とりあえず、強制ではないことと自由意思に任せることを強調し、少年に納得させたあと、じゃ、よろしくね、という言葉とともに肩を叩き、一年生のクラスがある四階から退散する。
「………………希望的観測ナッシング」
階段の中途で壁に手を突き、青ざめた顔でひとりごちた。
昼休みに突入した直後、道場破りの心境のごとく挨拶する。手近な男子生徒を捕まえ、事情を説明すると、相手が相手だけに渋々ながらではあるが、例の後輩のもとに歩み寄り、伝言を伝えてくれた。
ややあって、重い腰を上げるという喩え通りの緩慢な動作で椅子を立ち上がった。雰囲気も外見も無機的というか味気なく、徹頭徹尾の無表情で近づき、扉の前にいる浅山の前で立ち止まる。
「どうも。なんか用っすか?」
どうやら、評判通りの粗暴っぷりらしい。横柄という感じではないが、強烈な縄張り意識を張り巡らしているようだ。粗暴というよりは、そう、極端に神経質に見える。
「ねえ、君。なにか楽器できない? よかったら入らない? 軽音」
とりあえず、詳細は知らない振りをして訊ねてみる。ついでに勧誘も含めてみる。
「一応、できますけど」
「なにできる?」
「……エレキを少々」
奇妙な物言いだった。てっきり『ギターならできる』と言われるかと予想していたが、まるで音楽素人のような表現。とりあえず、相手に合わせて続ける。
「へぇ。エレキできるんだ。エレキって、ギターの方でしょ?」
大概、エレキという単語がギターを指すことはあっても、ベースを示すことはない――自分の経験から言って。それに事前情報で把握済みということもある。
案の定、少年は少しだけ首肯した。弱い肯定というより、面倒くさいのだろう。
「ちょうどいいね。ベースかギターを探してたから。で、どう? 軽音に入ってみない? 面白おかしさに関しては、お姉さんが保証するから」
「はあ…………」
溜め息にも似た困惑の声。困惑というよりは曖昧か。どうにも一筋縄ではいかないどころか、難攻不落にも思えて来たが、ここで踏み止まらなければならない。
「まあ、とにかく来てみてよ。興味があったら、暇があったらでいいから。ねっ?」
とりあえず、強制ではないことと自由意思に任せることを強調し、少年に納得させたあと、じゃ、よろしくね、という言葉とともに肩を叩き、一年生のクラスがある四階から退散する。
「………………希望的観測ナッシング」
階段の中途で壁に手を突き、青ざめた顔でひとりごちた。
しかし、どうやら思い込みは外れていたようだ。放課後の部室の前で、どこか躊躇いがちに突っ立っていたのだから。
「よっ、少年。来てくれたねぇ」
脈ありにしろ冷やかしにしろ、部室に足を運んでくれることすら期待していなかったので、小さかろうが前進は前進である。浅山は快く彼を部室に招き入れる。
「レディー・エンド・ジェントルマーンッ♪ 期待の新人君を連れて来たよーっ!」
さぞ機嫌がよいのだろう、アップテンポに上ずる声。部員達がいつになく浮かれ模様――というより、日に日に落ち目になっていた浅山の機嫌が回復していたことに――驚き、一斉に部室の入り口に注目する。
しかし、迎え入れられた少年は無言だった。むしろ不機嫌そうにも映る。派手な登場をしたのがまずかったのだろうか………?
「あー………ひょっとして、盛大過ぎた?」
「それはいいんですが………俺、ギター持って来てないんですよ。突然誘われたもんだから」
ああ、そういうことか。心中で胸を撫で下ろすと、早速自分のギターを手渡す。いつものアイバニーズではなく、オーソドックスな6弦エレキギター。それほど程度のよいものではなく、適当に中古のものをリペアしたものだ。
少年がそれを受け取ると、右手でフレットの位置を探る。えーと…………右手?
「ひょっとして、左利き?」
「え? はあ、まあ。そうですけど」
「しまった……左利きは想定外だったな。それ用のギターは用意してないよ、さすがに」
頭を抱える。日本の総人口の何割を占めるのかは分からないが、世間一般の共通項が通用しないというのは、異国文化に触れ合った際のカルチャーショックの壁にも似ていることを、この瞬間に身をもって知った。
「あの…………ギターって、右利き用とか左利き用とかあるんですか?」
シーン――とした。静まり返る、誰一人として声を出せずにいる。しかし、浅山は胸中で激しく叫ぶ。
――これこそホントの異文化コミュニケーション! 天然ジミヘンがそこにいる!!
という訳で、問題解決。早速お手並み拝見と行こうじゃないか――浅山、以下部員達は、部室後方のロッカーまで下がり、椅子に座るなり壁にもたれかかるなり、思い思いの姿勢で演奏を待ち構える。浅山はというと、最前列で椅子に座り、少年の一連の動作を観察していた。
(普段、どんなギター使ってるかは知らないけど、随分自然に構えるなー)
それが第一印象。浅山のギターは、外見はフェンダーのストラトキャスター。無論、似ているだけで中身は全くの別物だが、メーカーによってフィーリングは全く違うので、独特の癖への慣れを必要とする。弾けない訳ではないが、しっくり来なかったり、ポジションが合わなくて弾きづらかったりするからだ。
なので、彼女の場合、初めて手にするギターの場合、弾きやすいポジションや構えを探るのだが、少年はそういった素振りを一切見せなかった。一発で位置を決めてしまったのである。
素人か、とも思うが、そんな雰囲気でもなさそうだ。あまりにも自然に収まったそのスタイル。不慣れな人間が決められるものではない。
そして、なんの躊躇いもなくピックが突き立てられる。吸い寄せられるように、荒く激しく。
曲目はディープ・パープルの「スペース・トラッキン」。が、オリジナルとは似ても似つかないというか、スタジオ盤ではない、これはむしろ………
(ライブのインパクト、かな?)
適切な表現を探すならそれに限る。多分、上手く弾こうと思えば、もっと綺麗な音を出せるに違いないのだ。恐らく、不慣れなギターでも、ある程度のレベルにまで達することは出来るのだろう――しかし、あえてそれをやっていない。
「お前は固過ぎるんだよ。もっとハチャメチャなことやれよ。型にはまらず。せっかくの凄腕なのに」
(なんとなく、あんたが言ったことが分かりそうな気がするよ………ホント、ようやくもいいとこだけど)
少年の4分ほどの演奏が、原曲にはないアドリブのみのプレイによって幕を下ろした時、浅山はある種の希望の灯が点され、考えが自然と改まっている己に気づく。
――彼がギタリストの役を張るって言うなら、ベーシストってのも悪くないかもね、と。
「よっ、少年。来てくれたねぇ」
脈ありにしろ冷やかしにしろ、部室に足を運んでくれることすら期待していなかったので、小さかろうが前進は前進である。浅山は快く彼を部室に招き入れる。
「レディー・エンド・ジェントルマーンッ♪ 期待の新人君を連れて来たよーっ!」
さぞ機嫌がよいのだろう、アップテンポに上ずる声。部員達がいつになく浮かれ模様――というより、日に日に落ち目になっていた浅山の機嫌が回復していたことに――驚き、一斉に部室の入り口に注目する。
しかし、迎え入れられた少年は無言だった。むしろ不機嫌そうにも映る。派手な登場をしたのがまずかったのだろうか………?
「あー………ひょっとして、盛大過ぎた?」
「それはいいんですが………俺、ギター持って来てないんですよ。突然誘われたもんだから」
ああ、そういうことか。心中で胸を撫で下ろすと、早速自分のギターを手渡す。いつものアイバニーズではなく、オーソドックスな6弦エレキギター。それほど程度のよいものではなく、適当に中古のものをリペアしたものだ。
少年がそれを受け取ると、右手でフレットの位置を探る。えーと…………右手?
「ひょっとして、左利き?」
「え? はあ、まあ。そうですけど」
「しまった……左利きは想定外だったな。それ用のギターは用意してないよ、さすがに」
頭を抱える。日本の総人口の何割を占めるのかは分からないが、世間一般の共通項が通用しないというのは、異国文化に触れ合った際のカルチャーショックの壁にも似ていることを、この瞬間に身をもって知った。
「あの…………ギターって、右利き用とか左利き用とかあるんですか?」
シーン――とした。静まり返る、誰一人として声を出せずにいる。しかし、浅山は胸中で激しく叫ぶ。
――これこそホントの異文化コミュニケーション! 天然ジミヘンがそこにいる!!
という訳で、問題解決。早速お手並み拝見と行こうじゃないか――浅山、以下部員達は、部室後方のロッカーまで下がり、椅子に座るなり壁にもたれかかるなり、思い思いの姿勢で演奏を待ち構える。浅山はというと、最前列で椅子に座り、少年の一連の動作を観察していた。
(普段、どんなギター使ってるかは知らないけど、随分自然に構えるなー)
それが第一印象。浅山のギターは、外見はフェンダーのストラトキャスター。無論、似ているだけで中身は全くの別物だが、メーカーによってフィーリングは全く違うので、独特の癖への慣れを必要とする。弾けない訳ではないが、しっくり来なかったり、ポジションが合わなくて弾きづらかったりするからだ。
なので、彼女の場合、初めて手にするギターの場合、弾きやすいポジションや構えを探るのだが、少年はそういった素振りを一切見せなかった。一発で位置を決めてしまったのである。
素人か、とも思うが、そんな雰囲気でもなさそうだ。あまりにも自然に収まったそのスタイル。不慣れな人間が決められるものではない。
そして、なんの躊躇いもなくピックが突き立てられる。吸い寄せられるように、荒く激しく。
曲目はディープ・パープルの「スペース・トラッキン」。が、オリジナルとは似ても似つかないというか、スタジオ盤ではない、これはむしろ………
(ライブのインパクト、かな?)
適切な表現を探すならそれに限る。多分、上手く弾こうと思えば、もっと綺麗な音を出せるに違いないのだ。恐らく、不慣れなギターでも、ある程度のレベルにまで達することは出来るのだろう――しかし、あえてそれをやっていない。
「お前は固過ぎるんだよ。もっとハチャメチャなことやれよ。型にはまらず。せっかくの凄腕なのに」
(なんとなく、あんたが言ったことが分かりそうな気がするよ………ホント、ようやくもいいとこだけど)
少年の4分ほどの演奏が、原曲にはないアドリブのみのプレイによって幕を下ろした時、浅山はある種の希望の灯が点され、考えが自然と改まっている己に気づく。
――彼がギタリストの役を張るって言うなら、ベーシストってのも悪くないかもね、と。
時間というのは、流れ行くからこそ消費されるのであって、消費があってこその成長なのだと思う。物理的な意味ではなく、精神的な意味で。
なかなか前に踏み出せずにいたわたしの時間。歩み出した消費され行く時間。
あの出会いから半年。再びメトロノームが振れ出したあの出会いから半年が消費された。
堆積した泥が流れ行き、そこに生まれるは清流。ベーシストに転向したわたしだけれど、ギタリストの座を明け渡したのは正解だった。ギターに未練がないといえば嘘になるが、別に全て放棄した訳ではなし、いつか愛用のアイバニーズを持って舞台に立つ日が来るかもしれない。いや、きっと来るだろう。今のまま時が過ぎれば、いずれ。
確信を得られるほどの充実と充足。
昼下がり。母に作ってもらった弁当を持って屋上に上がる。夏の快晴。思わず叫びたくなる衝動。柵に跳び付き、右腕を思い切りよく振り上げる。
「待ってろよ、ギターの神!」
太陽を掴むかのごとく伸ばされた手は、それをむしり取るかのごとく固く握り締められていた。
なかなか前に踏み出せずにいたわたしの時間。歩み出した消費され行く時間。
あの出会いから半年。再びメトロノームが振れ出したあの出会いから半年が消費された。
堆積した泥が流れ行き、そこに生まれるは清流。ベーシストに転向したわたしだけれど、ギタリストの座を明け渡したのは正解だった。ギターに未練がないといえば嘘になるが、別に全て放棄した訳ではなし、いつか愛用のアイバニーズを持って舞台に立つ日が来るかもしれない。いや、きっと来るだろう。今のまま時が過ぎれば、いずれ。
確信を得られるほどの充実と充足。
昼下がり。母に作ってもらった弁当を持って屋上に上がる。夏の快晴。思わず叫びたくなる衝動。柵に跳び付き、右腕を思い切りよく振り上げる。
「待ってろよ、ギターの神!」
太陽を掴むかのごとく伸ばされた手は、それをむしり取るかのごとく固く握り締められていた。