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SideGuitar Story -Bootleg-

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rock

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 春か。そう、春だ。さしたる意味など僕にはなくて、けれど重大な出来事があった、一年前の春を回顧する。
 別に春だから意味があるって訳じゃない。たまたま時期が春だった、それだけ。けれど、その出会いは春というシチュエーション――つまり、僕がこの高校に入学して間もない頃の、クラブ活動による新入生獲得合戦の最中(さなか)――であったからに他ならない。
 一年前の僕は、なにも知らないひよっこで、一人じゃまともに立ってられない小鹿のようで、情熱を燃やすことを知らない骸(むくろ)のようで……一切合切をひっくるめて、生きてる価値も実感もない、ただ器(からだ)が勝手に動いて生命活動していただけの、たったそれだけのつまらない日々を365回リピートしていた。
 昇降口前の階段――というか段差――に腰掛ける僕。『個人的国宝』に任命されたヤマハ・SGの入ったケースを抱えて、僕は少々ばかりの待ちぼうけを食らっていた。
「…………先輩、遅いな」
 待ち人来たらず。まあ、それも一興……なのか? なぜか自問自答してしまう。
 それにしても、手持ち無沙汰の状況でギターのことを思い浮かべると、ケースからギターを引っ張り出して弦をピックで引っ掻きたくなるのはなぜだろう? 残念ながら、昇降口前から電源が取れそうな場所を僕は知らない。フルアコースティックならいざ知らず、僕の愛器はSGなのだ。名前のごとくソリッドギター、つまりボディ内に空洞がない。空洞のないギターをアンプラグドで弾いたところで、物悲しく弦が跳ねるだけで、ちっとも音なんかしやしない。
 それでも、待機時間が一〇分更新されたところでさすがに欲求不満になり、ケースからギターを取り出した。右利き用のギターを扱う癖――僕は左利きなのだ ――はまったく矯正していないが、別に困るようなことは発生していないのでそのままにしている。弾き方などは右利き用のギターに合わせてしまっているので、今更スタイルを変更したらとんでもないことになり、それは悲劇的な結末を迎えると断言出来る。僕のアマチュアギタリスト人生に終止符が打たれる公算大なのだ。
 さて、特に出来ることはないし、ピックをもって仮想練習(デモンストレーション)でもしていようかとピックを軽く弦に触れさせた、直後。
 「あの……ちょっといいですか?」
 顔を上げると、陽光の影に隠れた少女が一人。誰だろうか……少なくとも、僕とは初見のはずだ。僕の記憶力など、まったく当てにならないけれど。
 無遠慮に下から上へと、視線を移動させる。パリパリの制服と汚れのない学校指定のショルダーバッグがまだ新調し立ての証であり、また新入生であることの裏づけであった。
「去年、文化祭でギター弾いてた人ですよね?」
 ………ああ、そうか。
 今は春だ。さしたる意味など僕にはないけれど、彼女にとって、それは春というシチュエーションがもたらした出会い(運命)なのだ、と。つくづく、春という季節の魔力を思い知った。
 現在、午後の四時。日は十分に高い位置、制服姿の少年少女を照らし出す。

「さて、どうしたもんかねー。卒業した先輩の代わりにドラム探さないと」
 あくまで軽口――よく言えば楽観的、悪く言えば他人事甚だしい――を叩く、同い年の女子。名を浅山響子(あさやま きょうこ)。去年、そのギタリストとしての座を一つ年下の新星に譲り、ベーシストに転向した女だ。目下、ギタリストの神からベーシストの神を目指して邁進中である。
 それでもって、もともと専攻していたギタリストとしての腕もさることながら、ベーシストとしての腕も日進月歩という間隔で習得している、俺からすれば『音楽の神様の落とし子』のような目の上のたんこぶと同時に畏敬の存在。ただ、腕を誇ることはない上にやたらと人懐っこいので、表面的な威厳はなきに等しい。少なくとも、普段の生活でそれを見せることはない。
「俺のバンドもベースが空いちゃったんだよなぁ」
「わたしが入ってあげようか?……っていうのは冗談に留めておいて。なんとかなるんじゃない?」
「んー、まあ、そうだけどな。そんなに深い問題じゃない」
「春だしねぇ。新入生に期待、ってところ?」
「まーな。何人かにアタックかけといたし、なんとかなるだろ」
「技術的に難しいことする訳でもないしねー」
 ズケズケと、屈託のない笑みで言ってのける浅山。いいんだよ、パンクに技術はいらねぇ!、と自己主張したいところではあるが、一笑に付される透明度の極めて高い未来が見えたのでやめておいた。所詮、ハードロック畑のお前に技術で勝つつもりなんてねぇーんだよ!、心の声。
 それにしても、さっきから熱心になにかやってますが……
「なあ、浅山。お前、フィンガーピッキングだったっけ?」
 確かつい最近まで普通にピックで弾いていたような……???
「ん? いや、最近始めたの。だってさ、指で弾かないとなんか勿体ないじゃん? ピッキングとはまた違う味があるし」
「で、目指すベーシストは誰ですか?」
「とりあえずビリー・シーン」
 いきなりポスト『ビリー・シーン』なのかよ。ロックベーシスト界最速の男なのかよ……ふん、俺ならシド・ヴィシャスと答えるね! パンクに技術なんて……いや、むなしいから心中で主張するのはやめておこう。むしろ外界に向けて発してないから『主張』とは言わないよな、うん。
「で、望木(もぎ)君はどうなの? やっぱり目指すはニルヴァーナとか?」
「悪いかよ」
「悪いなんて言ってないよ。せいぜいビルボードでトップを獲って、グランジリバイバルでも起こせたら誉めてあげる」
 いや、そこまで頂点に上り詰められたとして、褒美が口からの賛美礼賛――下手をしたら口から出任せの――だけだなんて、いくらなんでもアンフェアだ。あんまりだ。勿論、全て冗談の上に構築されたバカ話の応酬ということは分かっているから、怒髪天を突くような状態にはならないが。
 俺は窓から下を覗いた。二階にある軽音楽部の部室からだと、昇降口前が見事に丸見えなのである。俺はそこで、かなり見慣れない光景を目撃してしまったのである……遠回しに核心に近づけて行こう。地雷原に自ら踏み込んで行くような、そんな馬鹿げた特攻男ではないという自負はある。
「とまあ、マジ話なんだが……あいつ、ギター買ったろ? SG」
「うん、買ったね。ヤマハのSG」
「SG買うだけの金があったら、他にも選択肢があっただろうに……ギブソンとかフェンダーとか、リッケンバッカーとか」
「別にいいじゃん。本人の愛着が持てるギターなら、なんでも。っていうか、ヤマハが悪いって訳じゃないでしょ?」
「トヨタの高級車じゃ、ベンツとかBMWの高級車みたいな箔がつかない。それと同じ」
「ブランドかよっ!」
 思わず失笑する浅山。本当、これだけ歯に衣着せない発言や行動を連発する人物でありながら、大半の人間に恨まれないという素質は珍しいと思う。逸材と言っていい。俺も浅山としゃべっていて死ぬほど頭に来ることは皆無である。
「それもアリだけどね。本人の価値観次第かな」
「そうだな…………ところで、なんで俺がこんな話を振ったか、分かるか?」
「いや、全然」
 浅山は小さく首を横に振るものの、意識のほとんどはベースに集中している。慣れないフィンガーピッキングをものにしようと悪戦苦闘中、といったところか。意地になった時の並外れた集中力――そして、それに思いがけず巻き込まれた際の恐怖――を俺は知っている。だが、これを聞いても我かんせずを貫けるかな? ほくそえみたくなる表情筋をなんとか静止して、告げてやった。
「そのSGの持ち主、昇降口でナンパされてるぞ」
「なにーーーーー!?!?!?」
 人並みはずれた反応速度で振り返る浅山。いや、今の反射行動はオリンピック選手にも勝る勢いだったと思う。俺が生き証人になってもいい。
「ま、出会いの季節だからねぇ。今は春さ」
「あー! しまった……話に夢中になってて、あいつとの待ち合わせすっぽかしてた……とはいえ、音楽から女の子にうつつを抜かすなんて許せん! つか、女の子に興味を示してる暇がないって……そう言ってたでしょーに!!」
 単独でヒートアップして行く浅山。こうなったらもう止まらない。どういう原理か知らないが、炎になった自分に更に油をぶちまける、そんな仕組みで倍加して行くのだ。今、浅山を支配している炎と油は『ジェラシー』で構成されているのだろう。
「ちょっとベース見てて! すぐ戻るから」
「あいよ」
「あいつぅ、インペリテリ完コピできるようになるまでその手の煩悩を振り払えと言ったでしょうがぁぁぁぁ――!」 暴風雨に見舞われた気分で取り残される、俺。嵐は去った。あとは外野から成り行きを見守って楽しむだけ……なのだが。
「お題がインペリテリだったとは…………同情するよ」
 完全コピーが出来るのだとしたら、世界の速弾きギタリストの仲間入りである。むしろ高校通ってる暇があったらプロ活動しろ、とっととしろ、みたいな。
「まあ、同情と俺の趣味はまったく関係ないから、思いっきり楽しませてもらうけどさ」
 それにしても、あの愛想なしの堅物を口説いている女子は誰なのだろう? 俺の一番の好奇の目は、シチュエーションそのものより個人に向けられていた。

 予想通り、僕より一つ年下の女の子は、名前を小向涼美(こむかい すずみ)と名乗った。どうということはない普通の女の子、という感じで、取り立ててなにかが卓越して凄い――例えば、飛び切りの美人とか、物凄く艶っぽい声をしているとか、そういうことはない。ありふれた、けれども大人しい感じの女の子。
(んー、普段は響子先輩としか熱心に話をしないからなー……こういうタイプの子は逆に新鮮かも)
 とにかく先輩は濃い。キャラが濃い。同年代の感性とは思えない物腰――それはけして『落ち着いている』という意味合いだけを指すものではない――といい、突拍子で玉手箱から出たような不可思議発言といい、同じ土台の人ではない。
 待ちぼうけを食らわされている間、彼女としばし談笑にふけった。その過程で少し自己紹介のようなものを織り交ぜつつ。
「ふーん、兄弟がいるんだ」
「お兄ちゃんがこの学校に通ってて、それでたまたまライブを見たんですよ。ただの学園祭ライブと思ってたけど、一つ、凄く印象に残ったバンドがあって」
「それで僕のことを知ってたんだ」
 合点がいった。彼女――涼美とのファーストコンタクトの時に感じた妙な感覚がこれで説明出来る。あの不安定な、けれども強い意志の篭った問いかけは、僕のことを知っているがゆえの緊張と好奇がそうさせていたものらしい。
「でも、ギターが違いますね………前はSGじゃなくて、ストラトみたいな格好だったような?」
「うん、バイトして買い換えたんだけどさ……」
「?」
「あ、いや……妙に詳しいな、と。まったくの初心者の発言ではないかなーって」
 少なくとも、去年の今頃の僕よりは遙かに音楽知識が身についている。去年の春の僕かー……思えば「ストラト? レスポール?  それってどこのメーカーですか?」って感じだったしなー……もし響子先輩が相当に性格の悪い人間であったなら『はあ? それ、メーカーじゃないし。なに言ってんの?』くらいにあしらわれたことだろう。けれども、今なら基礎知識プラスアルファは身に付けている。進化や進歩はするものだ。なぜか感慨に染み入るものがある。
「ああ。だってあたし――」

 ダン、ダン、ダン――!!

 誰かが近所迷惑顧みず下駄箱の前に敷かれたすのこを踏み立てる。それはひとところではなく、急速に僕に向かってワープして来ていることは容易に知れた。誰だろうか? 駆け足で接近するその正体に対する解が、思い当たる限り一つあった。

 ズザザザザザザッ!!

 背後から物々しいという次元を超越して、おどろおどろしいなにかが迫っていることが、気配はおろか耳からも感じ取れた。周囲の波や雑音に呑まれたとしても、普遍性から著しくはみ出すほどの存在感と威圧感、そして焦燥感を放っていたということだ。
 しかし、僕はあくまで冷静だった。なぜなら、そういう突拍子もないハリケーン直撃のような体験を、響子先輩から過去に頂戴しているから。そして振り向かなくとも、上履きをコンクリート剥き出しの地面に擦り付けて急停止したのが例に挙げた、過去と同じ人物であるということは知れた。
「先輩、遅かったね」
「ハァァァ…………うん、ちょっと、ね。うん、ちょっと部室で、ね。望木君と話してて、うん」
 深呼吸してみるものの、呼吸の荒さと言語の不自然なたどたどしさが抜けない。はて、軽音楽部の部室からここまで全力疾走してみたところで、そこまで息が上がることはないと思うのだが……
「なにかあったんですか?」
「いや、なんでもない、ない。ちょっとした嫉妬だから、うんうん」
「………………???」
 分からない。今日の響子先輩はいつも以上に不思議さん度が増している。大体、なにに嫉妬したって言うんだろうか? 女心は僕には知れない。浅学であるのもそうだが、そこは聖域と称されて猛烈にブロックされるような気がして立ち入れない。
「ところで、そちらの方ははどちら様?」
 微妙に語気の強いニュアンス――丁寧な言い回しの中に含みのある違和感――で、響子先輩が腕を組みながら問うて来る。
「えーと、小向涼美さん。今年から入学した一年生で、去年の文化祭で――」
「あ! ひょっとして……」
 僕の紹介を遮って、小向さんが胸の前で小さく手を叩く。見覚えは当然、あるだろう。雑談の過程で「ギターとベースの人、凄いなあって思ってたんですよー」と言っていたくらいだから。
「去年の文化祭でベース弾いてた人ですよねっ?」
「え? そうですけど…………」
「去年の文化祭のライブ、凄かったですよ! 特にギターとベースが文句なし、有無を言わさずレベルが高くて!」 どうも、とさっきまでのテンションはどこへやら、呆気に取られた生返事。どうやら、この場の流れを支配しているのは響子先輩ではなく、小向さんということに確定したようだ。一度失ったイニシアチブを、この場に於いて奪還するのは難しい。
「ところで、小向さんもなにか音楽やってたりする?」
 なんらかの形で音楽に関わっているような溢れ出る好奇心と行動力が垣間見える。彼女が一般的に音楽を消費するリスナーよりは遙かにディープな嗜好の持ち主と言うことは、誰の目にも明らか。音楽に無知な人間が、演奏能力を『レベルが高い』と評することはない。あったとするならば、それは楽器の担い手に対する冒涜と同義。
「あ、そうでしたね。さっきそれを言おうとしてたんですよ」
 嬉々としてショルダーバッグの中を探る。カチャカランッ、と乾燥した木々を打ち合わせるような音が、手を突っ込んだバッグの中から鳴った。聞き覚えのある音だ。バンドをやっていれば、一対のスティックが打ち鳴らされることは日常茶飯事だ。
 つまり、小向さんの役職(ポジション)は――
「あたし、ドラマー志望なんです」
 取り出されたのは、標準的ではあるが適度に使い込まれた感のある二本のドラムスティック。あまり身長の高くない小向さん――160cmにギリギリ届くか届かないか――の体格を考慮してか、細めのチョイス。
「お兄ちゃんがこの学校の卒業生だったんで、去年の文化祭に来たんですけど……そしたら凄いパフォーマンスのバンドがいて、もう是が非でも入るしかない!、と思い立って。あ、それで、その……今、軽音部ってどんな感じですか? 定員一杯だったりします?」
「いやー、それがねぇ……」
 チラッと、座っている僕を見下ろす響子先輩。口の端には微笑。嬉しさ半分、からかう気が半分。足して100%――計算成立。
「いやまあ、これが運が悪いと言うか、なんというか…………」
「…………ダメですか? どうしても? そんなに人気あるんですか?」
 響子先輩の術中にはまり、落胆を覗かせる小向さん。嗚呼、可哀想に……パニクって質問攻めになってるよ。さっきまで話している限り、そんな人柄じゃなかったしなあ。本当、人が悪いなあ先輩。だけど、傍から観賞する分にはかなり面白いネタではあるんだよなあ。僕がどう思ったところで、外野にすっこんでいるしかないので選択のしようがないけれども。
「ん。部の定員に空きはあるよ。その点は心配しないで。ただ、ちょっと、ね。あなたにとって運が悪いと言うか」
「とりあえず、入れるなら構いません! 意地でも先輩のバンドの椅子に座りますから。掠め取ってでも!」
 うわあ……ひょっとして小向さん、何気に腹黒なのかな? 僕なら諦めて引き下がっただろう――一年前の僕に、こんな固い意志とバイタリティはなかったから。彼女は僕の目に眩しく映る。
「いやね、運の悪いことにちょうどうちらのバンドのドラマー、卒業しちゃって。まだメンバーが揃ってないんだな、これが」
「…………っていうことは」
「今入部届けを出しちゃうと、ウチのバンド入り確定ってことねー。まったく、運が悪いことに」
 さんざんからかって暗い気分が晴れたのか、ニヤニヤと、しかし意地の悪さというエッセンスは消え去って、心の底から期待している――嬉しさを隠せないニタつき。
「い、今すぐ入部届け出して来ます!」
「はいはい。行ってらっしゃ~い」
 昇降口に駆け込んで右側の下駄箱の方へ姿が消えるが、ドタドタとすのこが踏みつけられる音はハッキリと届いた。物凄く焦っている、思いがけない展開に。
「それにしても、偶然にしては出来過ぎてるね。色々と」
「春だからね。色んな出会いがあるよ、これからも。きっとね…………あ、それと、お題は変更にするわ」
 本当に気分がよいのだろう。清々しさ満点の抜けるような、僕もつられて浮かれそうな明るくも甘い声で、
「インペリテリの速さは難しかったか。高崎晃でいいから♪」
「いや、難易度下がってませんからっ!」
 悪魔のような甘言。なぜなら、新たな課題を突きつけられると僕のジェットエンジンが点火される。他の誰かに言われても歯牙にもかけないのだが、響子先輩からの指令となると浮き足立って、勝手ながら燃えてしまう。
 誰からの期待も背負っていなかった無気力な僕を拾い上げてくれた響子先輩にだけは、期待以上の返礼をしたい――それが僕に出来る唯一のこと。
「…………まあ、いっか。文化祭までは時間あるし、弾きますよ。弾いてみせますよ」
「そーそー。それもまた、春の形でしょ? 出会いだけが春じゃない、ってね」
「確かに。それを今、知りましたよ、っと」
 僕はそそくさとギターをケースに収納すると、肩に紐を引っかけて立ち上がる。左肩にズッシリとギターの重さ、慣れ親しんだ感触は落ち着く。
「どうしましょっか? ミーティングでマックに行く予定」
「キャンセル。その代わり、自販機でコーヒーでも買って来て。三本ね」
 了解、と僕は頷く。校内に自販機はないので、校外の自販機まで赴く必要がある。走れば一分。
「荷物、見ててくれません? すぐに戻りますから」
「ん。とっとと行って来なさーい♪」
 それが号令。ゆったりと荷物を降ろすと同時、財布の所在だけポケットにあるのを確認し、あとは躊躇いなくダッシュするだけ。実際、そうした。
 春の魔力は末恐ろしい。それは認める。けれど、それ以上に響子先輩の説明不能なカリスマを強烈に体感した小春日和の一日。
(響子先輩って、本当の意味で音楽の神でも宿ってるんじゃないか……?)
 そう思わせるには十分な、神がかりまくった運命的な出会い。
 そうした中に自分も引き寄せられたことは、単なる偶然ではないような気がする。思い込みでもいいさ。僕達の邂逅は――小向さんも含め――必然であったのだと信じたい。
 さて、小向さんとのセッションが楽しみだ――三人で楽器を構えるところを夢想して、ヴォルテージが跳ね上がる。 そして、その時は手の届くところまで近い。
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