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SideGuitar Story -Out Take-
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rock
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高校二年生にして、俺の通産五回目のライブの時が迫っていようとしている。文化祭のステージ上という、パンクのアナーキー精神たっぷりな音楽性にはまるで合致していないが、俺達はライブハウスでのライブ経験がほとんどないので、主な戦場はやはり文化祭ということになる訳だ。基本的にカバーしかやらないし……
だが、この学園祭ライブにはとんでもない伏兵がいる。それは俺にとって最大の障害であり、また最高に理解不能のギタリストが結成したバンドである訳だ。
浅山響子(あさやま きょうこ)というギタリストの存在は、俺にとってカルチャーショックもいいところで、性別も、性格も、音楽スタイルも――とにかく、同じロックをやっている人間とは信じがたいほど趣味趣向が違っていたのだ。
俺の中のロックの定義といえば『ロックンロールしている』ことで、その中で理想的なものの一つして輝いているのが〈パンク〉という存在だった。三年前の俺を劇的に変えたのは紛れもなくパンクで、今でもそれは変わらない。パンクは素晴らしく俺にフレンドリー――つまり、最低限ギターの扱いを覚えていればパンクロッカーとして成立するということだ――で、暖かく、刺激的に俺を迎えてくれた。
そうして楽しんでいた俺を大きく惑わせたのが、件の浅山響子というギタリストで、とにかくこいつは先人の教えである『ギター弾きたきゃ三本、弦が扱えればノープロブレム』という基本原則を見事に突き破っていた。その女子は、俺には到底扱えない七弦式のギターを持っていて、またそれらの弦を全て華麗に使いこなすことが出来る。普通、ギターに張られている弦は六本であり、一曲の中でそれらを使い切ることは皆無に等しい俺にとって、その様には激しく動揺した……したはずなんだが、俺はどうも好奇心の方が先行してしまったらしく、浅山にこう切り出した。
だが、この学園祭ライブにはとんでもない伏兵がいる。それは俺にとって最大の障害であり、また最高に理解不能のギタリストが結成したバンドである訳だ。
浅山響子(あさやま きょうこ)というギタリストの存在は、俺にとってカルチャーショックもいいところで、性別も、性格も、音楽スタイルも――とにかく、同じロックをやっている人間とは信じがたいほど趣味趣向が違っていたのだ。
俺の中のロックの定義といえば『ロックンロールしている』ことで、その中で理想的なものの一つして輝いているのが〈パンク〉という存在だった。三年前の俺を劇的に変えたのは紛れもなくパンクで、今でもそれは変わらない。パンクは素晴らしく俺にフレンドリー――つまり、最低限ギターの扱いを覚えていればパンクロッカーとして成立するということだ――で、暖かく、刺激的に俺を迎えてくれた。
そうして楽しんでいた俺を大きく惑わせたのが、件の浅山響子というギタリストで、とにかくこいつは先人の教えである『ギター弾きたきゃ三本、弦が扱えればノープロブレム』という基本原則を見事に突き破っていた。その女子は、俺には到底扱えない七弦式のギターを持っていて、またそれらの弦を全て華麗に使いこなすことが出来る。普通、ギターに張られている弦は六本であり、一曲の中でそれらを使い切ることは皆無に等しい俺にとって、その様には激しく動揺した……したはずなんだが、俺はどうも好奇心の方が先行してしまったらしく、浅山にこう切り出した。
「あの、俺、望木(もぎ)って言うんだけどさ……なあ。パンクって嫌い?」
「うん、あんまり好きじゃないね。だって単純だから、聴く分にはノレるけど、弾く分にはつまらないし」
「うん、あんまり好きじゃないね。だって単純だから、聴く分にはノレるけど、弾く分にはつまらないし」
この瞬間から――少なくとも俺の中では――埋められない溝が出来たような、足元に想像を絶するクレバスが走ったような、そんな気がしたんだ。今思えば、とんでもない高校一年生での出会いだったと思う。
それでもめげなかった俺は、なにをとち狂ったか、「好きなバンドとかあるだろ? お勧め教えてくれよ」と続けざまに訊ねてしまった。うーん、と首を捻った浅山は、まだ新品の学校指定のショルダーバッグを開いて詮索していた。どうやら、お気に入りのCDが何枚か突っ込んであったらしく、その中の一枚を「今、ハマってるCD」というそのCDジャケットを見た瞬間、俺はまたしても住んでる世界のギャップを感じてしまった。
そのジャケットは到底、ロックとは思えない気色の悪い淡い緑色で塗られていて、正直、見るだけで嫌悪感を抱いてしまった。あとそれから、バンド名やCD名が悪趣味にアートっぽく演出するのも勘弁。なんて読んでいいのか分からないったらない。
「…………これ、なんてバンド? どんな曲?」
「イエスの〈クローズ・トゥ・ザ・エッジ〉っていうアルバム。どんな曲かは、聴いてみてからのお楽しみ、ってことで」
という訳で、俺は渋々自宅に持ち帰り、夕飯を食べて腹を括るだけの活力と気合を込めて、二階の自分の部屋にあるCDコンポで再生してみた。
………………あれ?
俺はCDコンポの再生表示を見た。時間は刻一刻と経過している。けれど音がまったく聴こえない。というより、鳴らない。なぜ? とうとうぶっ壊れたか、俺の愛しのCDコンポ!?……とか焦って三〇秒が経過したのち、スピーカーから妙な音が聴こえて来た。ロックに似つかわしくない、天国に連れて行かれそうな鳥の鳴き声が……俺の幻聴? けれども、それは確実にボリュームを増して俺に迫って来たんだ。
そのあとは察するまでもなく、訳の分からない展開が続いた。そこにあるのはロックではなく、『ロックの楽器を使用したクラシック風エレクトリックサウンド』程度にしか聴こえなかった。それでまたタチが悪いのは、なかなか演奏が終わらないんだよ! なぜに!?
答えは簡単だった。曲数表示が『3』とデジタル数字で示されていたので、てっきりシングルCDなのだろうと脳内処理してしまっていた。だが、浅山はハッキリと『アルバム』と言っていたではないか――つまり、三曲でもアルバム並みのボリュームがあるということだったんだ!!
一曲目――表題曲〈クローズ・トゥ・ザ・エッジ〉の二〇分にも及ぼうかという大演奏劇が終わった瞬間、俺は思わず拍手した。演奏内容に感動した訳ではない。強いて言うなら「こんなバカなアルバムを作ったアーティストと、こんな訳の分からんアルバムを好き好んで聴いてる浅山に乾杯」。
俺はCDコンポの電源を落として、即座にベッドに横になって爆睡したのを覚えている。あんなに疲れるアルバムを聴いたのは初めてだった……
翌日、浅山は質問の鬼と化していた。やれ「凄いよね、イエスって!」だの、やれ「三曲目のシベリアン・カートゥル(俺はこの時、初めてその英単語の読み方を把握した)のイントロのギター、もう聴いた瞬間に背筋がゾワッと来る!」だの、よく分からん同意を、浅山が満足するまで与え続ける結果となった。うんざりしたが、同時に「浅山もギターが好きなんだなー……それも半端なく」と感じ取れてしまった。それくらいに熱心で、情熱的で、どこか危うさを感じるほどの傾倒振りを感じることもしばしばだった。
それでもめげなかった俺は、なにをとち狂ったか、「好きなバンドとかあるだろ? お勧め教えてくれよ」と続けざまに訊ねてしまった。うーん、と首を捻った浅山は、まだ新品の学校指定のショルダーバッグを開いて詮索していた。どうやら、お気に入りのCDが何枚か突っ込んであったらしく、その中の一枚を「今、ハマってるCD」というそのCDジャケットを見た瞬間、俺はまたしても住んでる世界のギャップを感じてしまった。
そのジャケットは到底、ロックとは思えない気色の悪い淡い緑色で塗られていて、正直、見るだけで嫌悪感を抱いてしまった。あとそれから、バンド名やCD名が悪趣味にアートっぽく演出するのも勘弁。なんて読んでいいのか分からないったらない。
「…………これ、なんてバンド? どんな曲?」
「イエスの〈クローズ・トゥ・ザ・エッジ〉っていうアルバム。どんな曲かは、聴いてみてからのお楽しみ、ってことで」
という訳で、俺は渋々自宅に持ち帰り、夕飯を食べて腹を括るだけの活力と気合を込めて、二階の自分の部屋にあるCDコンポで再生してみた。
………………あれ?
俺はCDコンポの再生表示を見た。時間は刻一刻と経過している。けれど音がまったく聴こえない。というより、鳴らない。なぜ? とうとうぶっ壊れたか、俺の愛しのCDコンポ!?……とか焦って三〇秒が経過したのち、スピーカーから妙な音が聴こえて来た。ロックに似つかわしくない、天国に連れて行かれそうな鳥の鳴き声が……俺の幻聴? けれども、それは確実にボリュームを増して俺に迫って来たんだ。
そのあとは察するまでもなく、訳の分からない展開が続いた。そこにあるのはロックではなく、『ロックの楽器を使用したクラシック風エレクトリックサウンド』程度にしか聴こえなかった。それでまたタチが悪いのは、なかなか演奏が終わらないんだよ! なぜに!?
答えは簡単だった。曲数表示が『3』とデジタル数字で示されていたので、てっきりシングルCDなのだろうと脳内処理してしまっていた。だが、浅山はハッキリと『アルバム』と言っていたではないか――つまり、三曲でもアルバム並みのボリュームがあるということだったんだ!!
一曲目――表題曲〈クローズ・トゥ・ザ・エッジ〉の二〇分にも及ぼうかという大演奏劇が終わった瞬間、俺は思わず拍手した。演奏内容に感動した訳ではない。強いて言うなら「こんなバカなアルバムを作ったアーティストと、こんな訳の分からんアルバムを好き好んで聴いてる浅山に乾杯」。
俺はCDコンポの電源を落として、即座にベッドに横になって爆睡したのを覚えている。あんなに疲れるアルバムを聴いたのは初めてだった……
翌日、浅山は質問の鬼と化していた。やれ「凄いよね、イエスって!」だの、やれ「三曲目のシベリアン・カートゥル(俺はこの時、初めてその英単語の読み方を把握した)のイントロのギター、もう聴いた瞬間に背筋がゾワッと来る!」だの、よく分からん同意を、浅山が満足するまで与え続ける結果となった。うんざりしたが、同時に「浅山もギターが好きなんだなー……それも半端なく」と感じ取れてしまった。それくらいに熱心で、情熱的で、どこか危うさを感じるほどの傾倒振りを感じることもしばしばだった。
もっとも、高校二年になったそいつは今ベーシストに転向していて、大好きなはずのポジションを一つ年下の新入生に譲って以来、その体裁は変わっていない。
正直、俺にとっては衝撃的なニュースだった。俺とまったく違うタイプであり、ほとんど相容れないだろう相手ではあったが、ことギターに賭けているものは感じ取れる。相応の情熱を注いでいるし、そのための時間も捧げている。それだけのものを犠牲にして掴み取ったものを捨てるような真似をしてまで新ギタリストを就任させたのには、なにか理由があると勘繰っていた。例えば、すぐに辞めていくだろうと踏んでいたとか、ギタリストとしてすぐに復帰する計画を立てているのだと思い込んでいた。
しかし、文化祭の今日になってもローテーションは変わっていない。
「なあ、浅山」
舞台裏で緊張も見せず、のんびりとギターを抱えてしゃがみこみ、壁に背を預けている浅山に呼びかける。
「お前さ、なんでギタリストの座を譲ったんだ?」
「んー? 興味ある?」
「いや、なんとなくだけどさ……まあ、そろそろステージに立たなくちゃいけないし、面倒っていうんなら別にいいんだけど」
あまり雑談をする空気ではないことは確かだ。みんな緊張と興奮が入り混じってこわばっている中、いつも通りの雰囲気で会話を楽しもうと考えるより、イメージトレーニングとか、本番に備えてなにかをしている方がずっと有意義だから。もっとも、浅山がなにかをしているようにはとても見えず、単純にのんびりしているようにしか見えないのもまた事実で、だからこそこんな場所とタイミングで訊いてみようと思った訳だ。
「別にさ、譲ったからってギタリストを辞めた訳じゃないよ。むしろ、復帰する気満々だし」
「そうなのか?」
「うん……だってさ、わたしは単なる贋作屋(コピーキャット)なんだって、あいつに気づかされちゃったから」
「ふーん。でも、技術ならお前の方が上なんだろ?」
いや、俺にはそこまでの技術の優劣なんて分かりませんが!、心中で断りを入れておく。なんとなく。
「まあ、そうだね。確かにわたしには、難しい譜列をギターで再現出来るだけの技術はあるよ。自信もある。だけど、音楽を自分色に染めることが出来ないんだよね……」
「そりゃまた、なんとも……難しい理論だな」
「そーそー。いちいち理論で考えちゃうところが悪いところなんだって、理解はしてるんだけどね。癖ってなかなか抜けないものなんだよねー」
だから『構成だけのギタリスト』なんて言われちゃうんだよねー、と浅山は自嘲気味に苦笑した。まさかこんな重い話題になってしまうとは……少々、後悔する。
「多分、誰にも言わなきゃいいんだと思うよ。わたしが自分からコピーキャットなんて言い出さなければ、わたしは大半の人からは凄腕って言われるのかもしれない。けど、自分の中でなにかが消化出来ない訳よ。自分の音楽やれてないな、自分の好きなことが押し出せないな、って。やたらと難しいこと考えちゃって」
「そんなもんか? よく分からんけど……」
「例えばさ、レシピがあったとして、それと同じ味を再現出来ても、それにアレンジを加えたり、自分の好きな方向性に引っ張って行くことが出来ないんだよ。人の家の味噌汁とまったく同じものを作れるくせに、我が家の味がないってうか」
ああ、なるほど。それは確かに分かりやすいが、それはそれでまた疑問である。これだけの知識があり、音楽の趣味も幅が広い浅山に、なぜオリジナリティが存在しないのか?
「なあ……オリジナリティってさ、そんなに難しいのか? 俺はカバーしか基本的にしないから、あんまり興味ないんだけど」
「さっきも言ったけどさ、レシピの型通りに作れるっていうことは、知識はあるの。ただ、知識があるばっかりで創作性のあるものが作れない……知識だけに頼った末路ってこと」
「そんなもんなのか…………じゃあさ、あいつにはなにか違うものを感じ取ったのか?」
「まあ、最初はコピーキャットだったけどね。基本的にカバーしかしてなかったみたいだし。ただ、決定的に違うんだよ。わたしは基礎固めから始めて、後付けで知識やら技術やらを蓄えたタイプだけど、あいつは違うんだよね。わたしが理詰めのギタリストとしたら、対比する形――感性のギタリストって感じなんだよ。最初に聴いたディープ・パープルの『スペース・トラッキン』を感じた瞬間、もうギタリストを降りる決心がついてたから」
「そんなに凄かったのか?」
正直、浅山を超えるギタリストなど、同年代ではそういるものではないと思っていたので、これは俺にとって大事件だ。浅山よりも上のクラスに、よりにもよって新星の後輩を書き加えなきゃならなくなる。
「原曲と全然違う演奏なのに、ちゃんと『スペース・トラッキン』って分かるんだもん。そりゃビビるよね。おまけに『楽譜読めません』とか言われた日にはもう、カルチャーショック」
浅山、その気分はよーく分かる。身に染みて――それこそ五臓六腑に染み渡って固着するくらいに知っている。なぜなら、俺もお前からカルチャーショックを被ったからな!
「……そういう意味では、望木君のことも羨ましいんだけどね」
「俺? なんでまた?」
俺はまず楽器が上手くなる見込みはないし、現在もギタリストとしては底辺レベルの存在である。俺と浅山を比較対照したら月とスッポンという単語でさえ陳腐に思える。太陽とミジンコくらいか?
「だってさ、自分の好きな歌、歌えてるんでしょ? 演奏出来てるんでしょ? 自分の好きな形で」
「まあ、な。とは言っても、ほとんどカバーしかやんないけど」
「いいじゃん、それで。それで食って行くっていうんならきついかも分からないけど、遊びだしねー。楽しんだモン勝ちでしょ?」
うん、まったくその通り。俺が言うと薄っぺらいその言葉も、浅山ほどのギタリストが言うと途端に重みを増す。このタイミングで話しかけて、このセリフを聞く前に話が打ち切られなくてよかったと思う。こんな偉大な悩みを抱いていた浅山に比べ、俺のなんて小さな人間なんだろう、と凹みかけてたところだったから。
「さて……ステージに上がる時間だけど?」
浅山が促す。もうそんな時間だったか……五分の間だけ時間を潰すつもりが、一〇分ほど時間は流れてしまっていたらしい。ほんの二曲だけの、短いショーが幕を開ける時。
「うーん……いざ立ち回るとなると緊張するよな、やっぱ」
「楽しんで来なよ。そもそも、ちょっとコード弾くのをミスったくらいなら、ほとんどミスのうちに入らないんだから」
「楽しんだ方が勝ち組」
「そーそー。そう言ったばっかり」
「そうさな」
望木ー、ステージに上がるぞー、というドラマーの声に促されつつ、俺は壁に立てかけていたエピフォンのレスポール――要するに、本家ギブソン・レスポールの安物――のストライプを肩にかけ、
「じゃ、行って来るわ」
「なに演奏するかは知らないけど、全力投球かまして来なさいよー」
ヒラヒラと手を振る浅山に、俺も控えめに手を挙げて応える。胸のつっかえは取れた。
俺は変な嫉妬を抱いていたのかもしれない。ギタリストとして遙かに格上の浅山と同列に自分を置いてしまったことで、妙な不快感を感じていた。けれども、それは間違いであったことに気づかされた。確かに俺は、音楽で食って行けるような理論もなにも持ってはいないが、この場に於いてはそれがまったく要求されていない。
自分が楽しんで、ギャラリーを盛り上げれば勝ちなのだと――浅山は教えてくれた。結局、浅山は俺にとっての障害でもなんでもなくて、演奏を誇るのではなく、自分なりに楽しむだけの、俺と同列にいるギタリストなのだと。
正直、俺にとっては衝撃的なニュースだった。俺とまったく違うタイプであり、ほとんど相容れないだろう相手ではあったが、ことギターに賭けているものは感じ取れる。相応の情熱を注いでいるし、そのための時間も捧げている。それだけのものを犠牲にして掴み取ったものを捨てるような真似をしてまで新ギタリストを就任させたのには、なにか理由があると勘繰っていた。例えば、すぐに辞めていくだろうと踏んでいたとか、ギタリストとしてすぐに復帰する計画を立てているのだと思い込んでいた。
しかし、文化祭の今日になってもローテーションは変わっていない。
「なあ、浅山」
舞台裏で緊張も見せず、のんびりとギターを抱えてしゃがみこみ、壁に背を預けている浅山に呼びかける。
「お前さ、なんでギタリストの座を譲ったんだ?」
「んー? 興味ある?」
「いや、なんとなくだけどさ……まあ、そろそろステージに立たなくちゃいけないし、面倒っていうんなら別にいいんだけど」
あまり雑談をする空気ではないことは確かだ。みんな緊張と興奮が入り混じってこわばっている中、いつも通りの雰囲気で会話を楽しもうと考えるより、イメージトレーニングとか、本番に備えてなにかをしている方がずっと有意義だから。もっとも、浅山がなにかをしているようにはとても見えず、単純にのんびりしているようにしか見えないのもまた事実で、だからこそこんな場所とタイミングで訊いてみようと思った訳だ。
「別にさ、譲ったからってギタリストを辞めた訳じゃないよ。むしろ、復帰する気満々だし」
「そうなのか?」
「うん……だってさ、わたしは単なる贋作屋(コピーキャット)なんだって、あいつに気づかされちゃったから」
「ふーん。でも、技術ならお前の方が上なんだろ?」
いや、俺にはそこまでの技術の優劣なんて分かりませんが!、心中で断りを入れておく。なんとなく。
「まあ、そうだね。確かにわたしには、難しい譜列をギターで再現出来るだけの技術はあるよ。自信もある。だけど、音楽を自分色に染めることが出来ないんだよね……」
「そりゃまた、なんとも……難しい理論だな」
「そーそー。いちいち理論で考えちゃうところが悪いところなんだって、理解はしてるんだけどね。癖ってなかなか抜けないものなんだよねー」
だから『構成だけのギタリスト』なんて言われちゃうんだよねー、と浅山は自嘲気味に苦笑した。まさかこんな重い話題になってしまうとは……少々、後悔する。
「多分、誰にも言わなきゃいいんだと思うよ。わたしが自分からコピーキャットなんて言い出さなければ、わたしは大半の人からは凄腕って言われるのかもしれない。けど、自分の中でなにかが消化出来ない訳よ。自分の音楽やれてないな、自分の好きなことが押し出せないな、って。やたらと難しいこと考えちゃって」
「そんなもんか? よく分からんけど……」
「例えばさ、レシピがあったとして、それと同じ味を再現出来ても、それにアレンジを加えたり、自分の好きな方向性に引っ張って行くことが出来ないんだよ。人の家の味噌汁とまったく同じものを作れるくせに、我が家の味がないってうか」
ああ、なるほど。それは確かに分かりやすいが、それはそれでまた疑問である。これだけの知識があり、音楽の趣味も幅が広い浅山に、なぜオリジナリティが存在しないのか?
「なあ……オリジナリティってさ、そんなに難しいのか? 俺はカバーしか基本的にしないから、あんまり興味ないんだけど」
「さっきも言ったけどさ、レシピの型通りに作れるっていうことは、知識はあるの。ただ、知識があるばっかりで創作性のあるものが作れない……知識だけに頼った末路ってこと」
「そんなもんなのか…………じゃあさ、あいつにはなにか違うものを感じ取ったのか?」
「まあ、最初はコピーキャットだったけどね。基本的にカバーしかしてなかったみたいだし。ただ、決定的に違うんだよ。わたしは基礎固めから始めて、後付けで知識やら技術やらを蓄えたタイプだけど、あいつは違うんだよね。わたしが理詰めのギタリストとしたら、対比する形――感性のギタリストって感じなんだよ。最初に聴いたディープ・パープルの『スペース・トラッキン』を感じた瞬間、もうギタリストを降りる決心がついてたから」
「そんなに凄かったのか?」
正直、浅山を超えるギタリストなど、同年代ではそういるものではないと思っていたので、これは俺にとって大事件だ。浅山よりも上のクラスに、よりにもよって新星の後輩を書き加えなきゃならなくなる。
「原曲と全然違う演奏なのに、ちゃんと『スペース・トラッキン』って分かるんだもん。そりゃビビるよね。おまけに『楽譜読めません』とか言われた日にはもう、カルチャーショック」
浅山、その気分はよーく分かる。身に染みて――それこそ五臓六腑に染み渡って固着するくらいに知っている。なぜなら、俺もお前からカルチャーショックを被ったからな!
「……そういう意味では、望木君のことも羨ましいんだけどね」
「俺? なんでまた?」
俺はまず楽器が上手くなる見込みはないし、現在もギタリストとしては底辺レベルの存在である。俺と浅山を比較対照したら月とスッポンという単語でさえ陳腐に思える。太陽とミジンコくらいか?
「だってさ、自分の好きな歌、歌えてるんでしょ? 演奏出来てるんでしょ? 自分の好きな形で」
「まあ、な。とは言っても、ほとんどカバーしかやんないけど」
「いいじゃん、それで。それで食って行くっていうんならきついかも分からないけど、遊びだしねー。楽しんだモン勝ちでしょ?」
うん、まったくその通り。俺が言うと薄っぺらいその言葉も、浅山ほどのギタリストが言うと途端に重みを増す。このタイミングで話しかけて、このセリフを聞く前に話が打ち切られなくてよかったと思う。こんな偉大な悩みを抱いていた浅山に比べ、俺のなんて小さな人間なんだろう、と凹みかけてたところだったから。
「さて……ステージに上がる時間だけど?」
浅山が促す。もうそんな時間だったか……五分の間だけ時間を潰すつもりが、一〇分ほど時間は流れてしまっていたらしい。ほんの二曲だけの、短いショーが幕を開ける時。
「うーん……いざ立ち回るとなると緊張するよな、やっぱ」
「楽しんで来なよ。そもそも、ちょっとコード弾くのをミスったくらいなら、ほとんどミスのうちに入らないんだから」
「楽しんだ方が勝ち組」
「そーそー。そう言ったばっかり」
「そうさな」
望木ー、ステージに上がるぞー、というドラマーの声に促されつつ、俺は壁に立てかけていたエピフォンのレスポール――要するに、本家ギブソン・レスポールの安物――のストライプを肩にかけ、
「じゃ、行って来るわ」
「なに演奏するかは知らないけど、全力投球かまして来なさいよー」
ヒラヒラと手を振る浅山に、俺も控えめに手を挙げて応える。胸のつっかえは取れた。
俺は変な嫉妬を抱いていたのかもしれない。ギタリストとして遙かに格上の浅山と同列に自分を置いてしまったことで、妙な不快感を感じていた。けれども、それは間違いであったことに気づかされた。確かに俺は、音楽で食って行けるような理論もなにも持ってはいないが、この場に於いてはそれがまったく要求されていない。
自分が楽しんで、ギャラリーを盛り上げれば勝ちなのだと――浅山は教えてくれた。結局、浅山は俺にとっての障害でもなんでもなくて、演奏を誇るのではなく、自分なりに楽しむだけの、俺と同列にいるギタリストなのだと。
で、ステージに立ったのはいいとして……にしてもまあ、このしけたギャラリーはどうなのよ? どうにもノッてくれる雰囲気じゃないぞ、こりゃ。ステージの中央から眺める観客席は整然としていて、パンクらしからぬ空気が漂っている。
(でもまあ、いいか)
俺達が楽しんでりゃ、それでいいさ……ある種の見切りをつけて、俺はこの場の空気を引き裂くために、徹底した独断に突っ走ることを改めて誓った。マイクの位置を微調整して、決意表明。
『えー、どもども。他のバンドはどうか知りませんけれども、俺は一切御託は並べません。バンド名も、曲名もどうだっていいです。ちゃっちゃと始めましょうっ』
ギャギャギャギャーーンッ!!! ギターアンプから大音量ディストーション。
テクなんていらないさ、大音響で鳴らせ! 叩きつけて打ち鳴らせ!
『アッ、ゥアッ、ゥアッ!!』
言葉にならない叫びを上げてステージを跳ね、ドラマーが重い一撃をリズムに放り、ベースが腹の底に響く重低音でうねって回る。
『We're gonna――』
テメェら、この歪みをたっぷり利かせたヘビーな爆音を刻み付けろ!
『We're gonna kick'em out!!!』
あらん限りの絶叫と荒々しいギターに乗せて――轟け、キック・アウト・ザ・ジャムズッッッ!!!
(でもまあ、いいか)
俺達が楽しんでりゃ、それでいいさ……ある種の見切りをつけて、俺はこの場の空気を引き裂くために、徹底した独断に突っ走ることを改めて誓った。マイクの位置を微調整して、決意表明。
『えー、どもども。他のバンドはどうか知りませんけれども、俺は一切御託は並べません。バンド名も、曲名もどうだっていいです。ちゃっちゃと始めましょうっ』
ギャギャギャギャーーンッ!!! ギターアンプから大音量ディストーション。
テクなんていらないさ、大音響で鳴らせ! 叩きつけて打ち鳴らせ!
『アッ、ゥアッ、ゥアッ!!』
言葉にならない叫びを上げてステージを跳ね、ドラマーが重い一撃をリズムに放り、ベースが腹の底に響く重低音でうねって回る。
『We're gonna――』
テメェら、この歪みをたっぷり利かせたヘビーな爆音を刻み付けろ!
『We're gonna kick'em out!!!』
あらん限りの絶叫と荒々しいギターに乗せて――轟け、キック・アウト・ザ・ジャムズッッッ!!!