章介
驚く時は無言で、弱いエネミーに対しては場慣れしている
貧乏、エネミーは取りあえず倒そうとする
シンボル 双頭の人型、身体の右半分がシズミでもう半分がウキ
触れた手によって重くなったり、軽くなったりする
リボルブ 白と黒の腕輪
手の平で対象に触れると、右手なら軽く、左手なら重くする
章介が住宅街を歩いていたのは昼前だった。
丁度、昼食を買ったコンビニの帰りである。
章介の上に浮遊する、双頭のシンボルと同じく、
口にアイスを咥え、午後の予定を考えていた。
シンボルと、のんびり昼寝か、能力を活かせるバイトを捜すか、と思案する。
だが、次の瞬間、章介はアイスを口から落としてしまった。
変な物が、嫌な物が見えたのだ。
章介は、シンボルも落としていたアイスを肩から払い、目を凝らした。
シンボルは落としたアイスを恨めしそうに見ている。
「何でこんな所にエネミーがいるんだよ…」
章介が呟いた。
睨む視線の先に、民家の塀から、肘までもを出す、青黒い巨人がいた。
「アイスはまた買ってくるから…シズミ、ウキ頼む」
双頭のシンボルが、別々に頷いた。
ウキは楽しそうに、シズミは、アイスを未だに未練がましくチラチラと見ていた。
だが、ウキがシズミに、「キーッ」と、甲高い声を上げると、シズミは渋々視線をエネミーへと移すのだった。
その間にも、エネミーは章介の正面の十字路へと近付いていた。
「ある程度重くしたらリヴォルヴしろ、一気に行くぞ」
章介が吠えた、同時にエネミーが章介に気付き、シンボルが飛び出した。
シズミとウキが上空へと飛翔する。
それとほぼ同時に、章介も動き出す。
体制を低くし、一気にエネミーとの間合いを詰めたのだ。
そして、十字路で立ち止まると、エネミーと相対した。
十字路で立ち止まったのは、章介が間合いを取りやすく、回避しやすい為である。
それにしても、
「デケェな…」
章介が思わず苦笑いしてしまう程に、エネミーの巨躯が視界を占めていた。
その巨躯が呼吸でゆっくりと上下し、ごぅ、と唸る。
深い血の様な赤を瞳に湛え、ドス黒い歯を覗かせていた。
犬歯が異常に伸び、青黒い皮膚に筋肉の筋が浮いている。
章介が場慣れしていなければ、たちまち腰を抜かす所である。
「戦闘の基本を思い出して…俺は囮だ、落ち着けぇ…」
章介が再び体制を低くし、下に落ちている小石を拾い上げ、投げ付けた。
小石は章介の狙い通り顔に当たる。
エネミーの眉間がピクリと動いた。
「来いよ! うすのろ!」
章介が叫び終わるのと、エネミーが飛び出したのは同時だった。
ベコッ、
妙な音と共に道路のコンクリートをへこませて跳ねた。
章介とエネミーの影が重なった。
「ちょ…まじかよ」
言うが早いか章介が横に飛んだ。
振り向けば、ついさっきまで章介のいた場所が、クレーター状に抉れていた。
「フシュー…」
エネミーが白い息を吐いた。
その中から除く赤に、章介は脂汗が滲み出るのを感じた。
だが、章介の視線が若干上に移動すると、僅かに、引きつった顔が緩んだ。
「キッキッキ」
ウキの笑い声がエネミーの背から聞こえている。
シズミの頭がある側の腕がエネミーに触れていた。
時間にすれば10秒程触れていただけである。
だが、エネミーの身体が僅かに沈んだ。
「ウガァッ!」
エネミーが吠え、裏拳を背中にいるシズミとウキに伸びる。
しかし、そこにシンボルはいない。
空を切る手をゆっくりと元に戻すエネミーは、明らかにイラついていた。
「バーカ、俺を倒せないのにシズミとウキが倒せるわけねーだろ」
エネミーの吊り上がった目が章介を捕らえていた。
だが、睨む上では、エネミーの頭にシズミが手を置いていた。
笑うウキをの下で、エネミーの足がコンクリートにめり込んだ。
「ウガ…ァ…」
必死に上ろうとするエネミーが呻き声を漏らした。
「もう良い頃か…シズミ、ウキ、リヴォルヴ!」
章介は高らかに叫び、右腕を掲げた。
そこにシンボルの身体が触れる。
瞬間、シンボルが閃光に変わり、光が章介の手首に絡まっていた。
「よし、行きますか」
章介が笑った。
右手首には白いブレスレッド、左手首には黒いブレスレッドが鈍く光っていた。
章介の、右手の平が自分の胸に触れる。
「何度やっても良いねぇ、自分が軽くなるってのは」
口の端を吊り上げる章介の前に、エネミーが仁王立ちした。
振りかぶるエネミーの脇を一跳ねですり抜け、左手をエネミーに当てる。
手の平が触れた瞬間、エネミーが再び沈んだ。
今度は又までコンクリートに埋まっている。
腕をジタバタと動かすが、エネミーの動きはぎこちない。
体重が倍になったのだ。
それでも腕を動かせるのは、エネミーの筋力が人間のそれとは異なる証しである。
「もう、一回」
右手の平が章介の胸のに当てられた。
章介の体重が半分になっていた。
見た目には分からない。だが確実に軽くなっている。
その証拠に、章介がしゃがみ、跳ねた時、章介の身体は、民家の塀を悠々と超えていた。
「ウガァッ!」
エネミーは最後の力を振り絞り、章介へと拳を天へと突き上げた。
だが、章介は軽々と巨大な拳の横を左手で叩き、横に飛ぶ事でそれを避けた。
壁にぶつかり、章介が落ちたが、音は無かった。
むしろ、音がしたのはエネミーの方だった。
「ウゲベ…ゲヘ…」
今は全身がコンクリートの中に埋まり、身体が体重に耐えられなくなっていた。
「…もう大丈夫だよな…警察に連絡しなきゃ」
章介が警察に連絡を取って暫くすると、黒いワゴンが十字路に着いていた。
中からはシンボルやらリヴォルヴした警察官が出て来て、章介の埋めたエネミーの始末をしていた。
それを見た章介は塀に寄り掛かると、溜め息を吐いた。
警察官とは顔見知りなのか章介に事情聴取する様子はない。
それどころか、「大変だな」と、苦笑いしているように見えた。
「…はぁ、アイス買わなきゃ」
嬉しそうに空を8の字で飛び回るシズミとウキを見て、章介は微笑んだ。
しかし、すぐ視線を戻すと、頭をカクッと落とした。
それは左手に持った財布が、やけに軽かったからなのかもしれない。
章介が、常にそうしている様に、今回もエネミーを潰していた。
小さいエネミーをコンクリートに埋めたのだ。
そして、常にそうしている様に、警察に連絡をする。
「あぁ…もしもし」
「…章介君?」
顔見知りならぬ“声見知り”呆れた男の声が聞こえた。
「場所は」
章介の、気まずさから来る無言を肯定と受け取ったのか、警官が聞く。
「…尼息町の…」
章介が言いかけた時だった。
ボコ、
コンクリートに出来た穴から音が鳴る。
「ん、どうした? でも直ぐにはいけないから、近所の学校がエネミーに襲…」
「すいません、また掛けます」
携帯をズボンに入れた章介は、警官の話を殆ど聞いてはいなかった。
突如鳴った音に意識が向いていたのだ。
ボコ、ボコ、
音が再び鳴る。
章介が振り返った。
体躯が倍程になった蜘蛛型エネミーが穴から這い出ていた。
章介には、いや、誰にも理解出来ない光景。
絶望の二文字が脳裏をよぎった。
次郎が、シンボルであるアヒルと、犬を散歩に連れて行ったのは夕方だった。
まだ、家の周りを僅かに歩いただけだが、
ポチにちょっかいを出すガー助を諫めるだけで町内一周に等しい疲労を感じる。
兄とは違い戦闘向きではないし、次郎自身、何故か疲れやすかった。
「ガー助、いい加減にしろ、またポチに苛められるぞ」
無駄な努力だった。
ポチが紐に繋がれてる事を良い事に、尻尾をつまんだりするのだ。
「グワーッ、グッグッグ」
ガー助が醜く歓喜の声を出す。と。
「グゥェ…」
何かに潰され、無理矢理出された声が、ガー助からひり出た。
「ん…やべ…」
口があんぐりと開いた次郎の目の前で、章介が呟いた。
「ごめん、エネミーばかり気にしてたら…ごめん」
章介が言った。
「エネミー? え?」
次郎が言うが早いか、一つの家を崩し、何かが現れた。
ガラ、ガラ、パラ、パラ、
瓦礫と土煙の中に、ぬっと巨大な影が浮かび上がった。
「くそ、…君もシンボルあるなら戦って」
だが、章介の声は、次郎の耳に届いてはいなかった。
家を崩したエネミーに目を奪われていた。
命の危機を、次郎は生まれて初めて感じていた。
「うぁ…兄さん…たす…け」
次郎の目が忙しなくギョロギョロと動き、突然頭を抱えた。
次郎が、恐怖に耐え切れなかったのだ。
そして、次郎の精神が揺らぐと言う事は、シンボルに影響が及ぶ。
だが、その影響は通常とは違う物だった。
「ん?」
その変化に最初に気付いたのはガー助に乗る章介だった。
下から妙な力を感じたのだ。
能力を使い章介の体重は数キロまで落ちていたが、今まで乗っている。
少なくとも今までとは違っていた。
だが、今章介にその変化に気を配る余裕はない。
章介の身体を横に叩くエネミーの攻撃を斜めに跳んで避ける。
―――今はこの人から離れなきゃ。
章介は思った。
精神が揺らぐ事は、決して良い事でないのは常識だったのだ。
「来い、こっちだ」
エネミーに言葉が通じるという発表はない。
だが、章介に気を引きつけるにはそう叫ぶしかなかった。
果たして、未だ空中の章介にエネミーの視線が向く。
目が合った。章介の背中に怖気が走った。
エネミーが笑った気がしたのだ。
シュッ、
突如、エネミーから何かが飛び出す。
それが、空中の章介を捕らえていた。
空中で、章介が避けれる道理はなかった。
「ヤベェ…」
蜘蛛型のエネミーであるから、蜘蛛の糸だろうか。
白い繊維が、章介の両足に絡み付いていた。
そして、軽くなった章介が蜘蛛の糸の勢いに負け、バランスを崩す。
上空で回転していた。
「あ」
辛うじて章介に見えた光景は、エネミーの太い足が章介に降り下ろされている所だった。
次の瞬間、鈍い音と共に、章介が身体をくの字に折りコンクリートにぶつかっていた。
腹には、エネミーの足がめり込んでいた。
足先に刺されていなかったのは不幸中の幸いだろうか。
「ガハッ」
章介の口から昼食が溢れ出る。
気の遠くなる章介の耳には、ポチの吠える声だけが聞こえていた。
2026-07-07 13:59:02 (Tue)
最終更新:2006年09月24日 00:56