輪を握り締め - (2008/11/29 (土) 21:40:08) の1つ前との変更点
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黒煙に覆われ、市外の一部は壊滅。
目を開けることが出来ないほどの、焦熱地獄。
何が起きたか、自分にはさっぱり理解できなかった。
轟音と共に意識を失い、今、呆然としている状態に至る。
「そうだ、父さん、母さん。姉貴!」
ハッとして、飛んでいった意識をかき集める。
そうだ、自分の身に異常は無いのだ。
家族はどうなった。
顔が見たい。
探さなければ。
あちらこちらに残り火が灯り、パチパチと耳障りな音を立てている。
特に何の特徴もない町並みが、あっという間に地獄絵図と化している。
その変貌振りに、思考がついていかなかった。
ただただ、家族の生を信じて走り続けた。
愕然とした。
戦闘機械はガラクタの山となり、塔のごとく積みあがっている。
警備部隊のMTは蜂の巣になっており、見る影もなかった。
グォォォン、と巨大な機械の駆動音がする。
そこには、炎に包まれながらも火を吹き続ける、人型があった。
「あれは・・・AC、なのか」
レイヴン。
そうだ、聞いたことがある。
金額次第ではどんな仕事も引き受ける、傭兵集団。
大方、依頼を出すのは企業の連中だ。
この区域を邪魔、無意味と判断したのか。
赤黒い機体から、音声が響く。
「作戦終了・・おや。生き残りがいたのか」
巨大な一つ目が、不気味な光をたたえてこちらを見据える。
恐怖で足が竦む。
あれにはどうあがいても勝てない。
自分がどれほどの弱者か、見せ付けられている気がした。
しかし、その恐怖心も、ACの足元で蠢く影の姿によって、吹き飛んだ。
「あ、姉貴!父さん、母さんも!」
黒煙のせいか、喉を削られたかのような声の叫び。
生きていた。
それだけで嬉しい。よかった、本当に。
思わず溜息が出る。今は、この場から離れることが先決だ。
その様子を見て、ACが叫びをあげる。
「ふん。灯台下暗しとはこのことか。
まあいい、仕事だ。死んじまいな」
ACはブースタを吹かし、勢いよく上へ跳躍した。
ものすごい風圧に、思わず眼を両腕で守る。
天高く飛び上がると、そこから無数の弾丸が足元に注ぎ込まれる。
ガガガ、と地面を削り取るガトリングガン。
人間サイズの薬莢が、高速で排出される。
「父さん、母さん!あ、姉貴ぃ!」
叫びながら、とにかく家族の元を目指して走る。
しかし、弾丸の速度に勝てるわけがない。
それでも助けなければ。ただその一心で、足を前に突き出した。
「任務完了。市街の制圧、および市街に住む人間の抹殺を確認。これより帰還する」
ACパイロットは、コクピットでニヤリと口元を歪ませていた。
弾丸の打ち込まれた場所には、肉の焼ける臭いが広がっていた。
父は、首しか残らなかった。母と姉を守ろうと身体をはったが、
首から下を弾丸にもっていかれた。
母は父にしがみ付いていたのだろうか、腕だけが転がって焼肉になっていた。
うまく作動しない思考のまま、姉を探す。
かすかに聞こえる、呼吸音。
足元から、ひゅー、ひゅーと風が通り抜けるような音がした。
「あ、姉貴・・か?」
呼吸をしているものの、両足がぶっつりとなくなっていた。
きっと、両親に突き飛ばされて、一命を取り留めたのだろう。
だけどこれはあまりにひどすぎる。生きていることが辛いはずだ。
「だれ・・か、いるのですか」
聴きなれた声、そして初めて聴く声。
「よろしければ・・弟を探してください。
あの子・・だけでも、生きていてくれれば」
眼もみえず、立つことも出来ず、ほぼ全身が焼けどで爛れていた。
もう、抑えることが出来なかった。
姉は静かに息を引き取った。
ただ、弟を心配して、それを最後に言い残して息絶えた。
ここからはよく憶えていない。
とにかく、泣き通したことしか憶えていなかった。
「あ」
短く声が漏れる。
どうやら、試合前にうたた寝してしまったらしい。
何かとても嫌なものを見た気がする。
通信が入る。
「聞こえますか?」
オペレータの声で、完全に頭が覚醒する。
「・・きこエて、イル」
やっと聞えるか否か、それくらい小さな声で呟く。
「いよいよ、アリーナ初挑戦ですね。
ここからはあなたの実力次第です。
あなたが何を目指して志願したのかは知りませんが、
きっと、何か得るものはあるでしょう。がんばってくださいね」
通信が途切れる。
今は亡き家族から拝借した、指輪を握り締める。
その輪は、自分達の家族の証だった。
それを握り締め、自分を落ち着かせる。
変色した右腕。身体に刻み込まれた痛み。
爪の色は紫色に変色し、人の腕とは思えないものだった。
右腕を見るたびに思い出し、あふれ出る過去。
ただ憎い。とにかく憎い。
身体の内側で暴れまわる黒いモノ。
それが身体を勝手に動かす。
ゲートが開く。
アリーナ特有の歓声と、照明に頭がくらくらする。
だが、そんなことはどうでもいい。
目の前に立つACは、焼け野原でみたモノと全く同じだった。
赤黒い迷彩と、大型のガトリングマシンガン。
そうだ、あいつだ。
自分から大切なものを根こそぎ奪った、あの悪魔だ。
ゼロ。
その名前だけは、レイヴンになったと同時に、心臓に刻み込んだのだ。
さあ、ここからはお前の出番だ。
身体を全てをくれてやる。
だから頼む。
「あいつを、無に還せ」
ブースタの音が、会場に響き渡った。
終
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