「002:屋上」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
002:屋上 - (2006/07/24 (月) 21:02:57) のソース
内藤文夫。 微妙な高さの偏差値の私立高校に通う2年生。 現在17歳。 特技、これといって無し。 不愉快な"能力"を所持。 彼は自分の意志に関係無く、彼に触れた人間の意志を感じ取る事が出来る。 幼い頃に交通事故にあい、3日間の昏睡状態に陥った。 意識を取り戻した彼は、いつのまにかこの能力を身につけていた。 しかし、これは彼にとっての大きな苦痛となる。 彼が人と触れている間、常にその人物の意志・記憶・思念・怨念 ありとあらゆる感情が勝手に内藤の中へと流れ込んでいる。 赤の他人のどうでもいい感情が流れ込んで来ることは厄介だった。 真に恐ろしいのは、家族や友人に触れられる事。 内藤は昏睡状態から回復した時に、両親にしっかりと手を握られた。 その際、彼は両親の記憶の一部を受け取った。 彼は自らの意志に関係無く、また二人の意志に関係無く。 自らが二人の実の子ではないことを知った。 いつかは知る事だったのだろうか。知らずに人生を終えていたのだろうか。 幼い内藤にとって両親と血がつながっていないという事実は、大きな衝撃だった。 何がなんだか解らない内に自らの素性の一変を知ってしまう内藤。 それから彼は何者にも触れようとはせず、また、触れられるのを拒んだ。 只一人。他人を俄に拒絶し始めた内藤を見守る少女が居た。 内藤の幼馴染で柚木葵。 勝気な性格の活発な少女で、内藤に最も近い存在だった。 彼女は、内藤の能力を知りつつも自ら彼に触れた。 内藤にとっても、唯一気兼ねなく接する事の出来る人間だった。 いつからか、両親の事などどうでもよくなっていた。 内藤は高校生になった。 図らずも、葵とは常に同じ学校・クラスという腐れ縁っぷりだ。 内藤は友達を作らなかった。 クラスの仲の良い人が居たとしても、やはり何かの隔てがあるかのように接した。 決して触れる事はしなかった。 しかし、言う程簡単ではない。 あくまでなるべく触れないようにする努力。が内藤に出来る精一杯であった。 高校に入る少し前から、内藤と葵の関係が少し変わって来た。 お互い腐れ縁の幼馴染という関係。 いくらなんでも常に触れ合っている事などない。 普通の人間同士としての生活を送れるただ一人の相手であった。 が、いつの頃からか葵が内藤と距離を置き始めたのだ。 同時に、内藤に少々辛くあたるようにもなってきた。 内藤にはまったく理解出来ない事態。 別に彼女の機嫌を損ねた訳でもなく、恨みを買った覚えも無い。 悩んだ挙げ句、彼のとった行動は「彼女に触れる事」 感情を少々読み取る間、少し手でも肩でも触れれば良かった。 内藤の選択は意外な結果を生んだ。 葵の感情を読み取る事に成功し、自分に対して抱いていたのが好意であると知る。 好意の裏返しの、突然の対応変化。 触れられ、好意を知られた葵は顔を真っ赤にして内藤を睨みつける。 全てを知った内藤に、それはただの照れ隠しとしか写らなかったし、事実そうだった。 この時を境に、二人の関係が少々変化した。 正式に交際しているわけでもない、なんだか所帯じみた雰囲気が二人に漂う事になる。 素直になれない葵と、それを全部理解できてしまう内藤。 「ふーっ…」 白い煙を、吐き出す。 右手に握る煙草から、同じく白い煙が立ち上る。煙草の煙だ。 幸い、バレるような所で吸わないだけの知識もあったし、出所となるのはせいぜい葵だけだ。 しかも、彼が吸うのは決まって廃校の屋上。 街の中心部から少し外れた場所にある。 誰も訪れないような場所。 少し遠くを見やれば壊れた駅と大通りが見える。 あれは一体なんだったのか。 あれから3日経った。 TVや新聞で報道されているものは、どうでもいいようなものばかりだ。 一人の少年が重要参考人として警察に厄介になっている事。 結局、「青色」と「銀色」の正体はまったく解らない事。 なにより、何故この街に突然現れたのかさえ。 ただ、少年の正体だけは解っている。 同じ高校に通う学生。しかも生徒会長。越前裕という少年。 これは、解ってもどうしようもない事だった。 内藤の耳に、物音が飛び込んだ。 高い、断続的に響く。これは、足音? こんな所に自分以外が来るとは思っても見なかった。 知り合いだとしたらいささか以上にまずい。未成年者の喫煙だ。 「…と、ヤバイヤバイ」 隠れる場所もない開けた屋上では、煙草を急いで靴で踏みつぶし、隠す程度が限界だった。 それにしても、こんな所に一体誰が?何の用で? 開いたままの屋上へ通じる扉から現れたのは、なんと女性だった。 しかも、若い。どう見積もっても20代か、へたすると19とかそんなだ。 そしてなによりも重要なのは、その格好だ。 「…け、警官!?」 婦警だった。 「あらー?私以外にこんなとこ来る奴が居たのか…」 「そりゃ…こっちの台詞」 小さく呟いた。 「たまぁにサボるとここに来るんだわー」 屋上の鉄柵に寄りかかりながら、婦警は軽々しく言った。 「誰も来ないし、今色々と面倒だし…」 「アレ、ですか」 内藤は彼女の隣で胡座をかいて座っている。尻の下に、煙草の吸いがらを隠しているせいだ。 「アレ、なんなんですか。警察でもやっぱり良く解ってない…とか?」 意外な出会いを果たした二人は、お互いがお互いを珍しく思った。 「ははっ、なーんにもさ。と、私にはこう言うしかないんだけどね」 この婦警がどうにも軽い人間で、内藤もなんだか知らず知らずの内にこんな状況だ。 「守秘義務…って奴ですか」 「いんや、本当になーんもわかってないだけさ」 言いながら、彼女は懐を探る。 「ゴジラでも来てくれた方が楽っちゃ楽さね…っと、切れてたか」 残念そうに彼女は空の煙草の箱を懐に戻す。 「ああ…ありますよ」 内藤は、自然に煙草を一本差し出した。 「んむ、ありがとう。見た所吸ってよさそうな年齢じゃあないが、まあいいか」 あんた、警官だろ。 差し出す俺も、俺だけどな。 「どうせなら全部持って行きますか?押収、ってことで」 「何?いらないの?」 はは、と軽く笑う。 「こんなん吸っててもなんにもならない、ってよーく解りましたから」 「あーん、悟ったような口を聞くじゃないか少年。とりあえず、そう言うなら貰う」 内藤は、煙草を全部彼女に手渡した。 実を言うと、出会い頭に彼女に一瞬触れてしまったのだ。 おかげで、彼女がどういう人間なのかの一部分を知り得た。 もの凄いヘビースモーカーであることと、警察の風上にもおけないような人だということ。 だから内藤は、煙草を差し出した。 好きで吸ってるわけでもなかったから、惜しくもなかった。 「あーあ…私もこんな所でサボってる場合じゃないんだよなぁ」 そりゃ、そうだろう。 アレのせいで色々世間は騒がしくなっているのだから、尚更だ。 もう少しここに居ても良かったが、残る理由も無い。 この婦警と一緒に居て、何かを得られるわけでもない。 なにより、お互い一人になりたくて此処に来たわけだ。触れたからこそ解る。 「じゃ、俺は帰ります」 「おう。っと、煙草ありがとさん」 彼女は鉄柵に身を乗せたまま、右手を宙でひらひら舞わせる。 「あー、そこにある荷物。踏まないでくれな、痛がるから」 「は?」 「いや、なんでもない。とにかく踏まないでくれや」 荷物、これか。 小さなバッグだ。色々入っているのだろう…化粧品とか。 痛がる、ってどういうことだ? 荷物がか?ペットでも入れて来たのか? 子犬とか、ここで遊ばせる為にわざわざ? いや、俺には関係ないことか。 色々な事が浮かんでは消え、結局はどうでもいい事として処理する。 内藤は、屋上をあとにした。 「……お、出て行ったな」 1人屋上に残った婦警は、3本目の煙草に火を点ける。 鉄柵から眼下に先ほどの少年を捉えると、自分のバッグの元へと歩き出す。 「まさかこんな所に人が居るなんてなー…出て来なよ」 もぞもぞと、バッグが蠢く。 子犬でもない、ペットですらない。 出て来たのは、ぬいぐるみ。 「狭かった?悪いね。さぁ、詳しく話を聞かせてもらおうか__」 「__オメガさんとやら」