冬とは静の季節だ。
木の葉が落ち、植物は枯れ、動物の中には冬眠するものもいる。
そして、一年という時間が終わるのもこの季節だ。
どうしようもなく静かで、止まり、終わり、そして死を連想させられる季節――冬。
そんな時期に『聖杯戦争』という殺し合いが開催されるのも、当然と言えば当然のことだったのであろう。
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戦いの舞台に選ばれた街の名は、冬木市。
名前の通り冬の期間が長く、周囲を山と海に囲まれた地方都市だ。
その中で比較的開発が進んだ地区――新都には一つの教会があり、名を冬木教会と言う。
雪が薄く積もる屋根の下、外の冷気から隔絶された教会の屋内に、一つの人影があった。
教会内部に並ぶ長椅子の一つ――その真ん中に座っている人影は、泥のように真っ黒なローブを着た者だ。
存在そのものが文字通り人影のようである。
ローブから覗く顔――そこの閉じた瞼から伸びる睫毛は女のように長い。
ローブを着ている事で体型がはっきり視認できない為、その人物の性別は分からなかったが……
「今、私は非常に良い気分だ」
……声質から察するに、男なのだろう――ローブを着た彼は唐突にそう言った。
「これまで私が降臨して祝福されたことは一度たりともなかった――そりゃあ、私が現界するだけで地上の冬が一日伸びるのだから、人々からすればたまったもんじゃないのだろう。
それに、私にはこの『目』があるからね」
男は閉じたままの瞼越しに、己の両目を右手人差し指で交互にツンツンと突いた。
「むしろ、降臨するその日を厄日扱いされるくらいさ。
しかし、名前に『冬』が含まれるこの街で、それも雪が降るこの季節に、私がサーヴァントとして召喚されたとなると――まあ、単なる自意識過剰かもしれないが――何だか歓迎されたかのような錯覚を感じるよ」
余程嬉しいのか、そう言いながら口元に微笑みを浮かべるローブの男。
放っておけば鼻歌の一つでも歌いだしそうな雰囲気である。
だが、次の瞬間にはその緩みを戻し、「それはさて置き」と、彼は言葉を続ける。
「……こんな名ばかりの聖人に過ぎない私に、裁定者としての務めを果たせと言うとは……。
ふふっ、随分と冗談が下手じゃあないか。えぇ? 聖杯よ」
ローブの男の経歴を知る者であれば、誰もが浮かべるであろう疑問を本人である彼自身が言い放った。
当然だ。
『どの陣営にも肩入れしない平等な人物』が適性を持つルーラーとして、彼が召喚されることだけは絶対にあってはならないのだ。
そもそも、彼は本来ならばキャスターやアサシンとして呼ばれていたはずなのである。
かつて神に仕える聖人でありながら、神の敵へと寝返った裏切り者たる彼に、正しい判断や平等な行動なぞ期待出来まい。
下手をすれば、聖杯戦争自体が破綻しかねない問題だ。
けれども、ここまでのローブの男の疑問に返事を出す者は一人もいない。
何せ、今この教会にいるのは彼一人だけなのだから。
この場には彼を呼んだ聖杯は勿論、それを巡る戦いを主催する何者かすらも居ないのだ。
しん、しん、しん、と。
外で降る雪の音が聞こえそうな程の静寂がしばらく続いた後、男は再び口を開いた。
「ふむ、まあいい。
この事については私が今更どうこう言っても意味があるまい。
そもそもこれは私にとって、一切損のない、むしろ得しかないことなのだからな。
ならば、私は自由にさせてもらうよ。
……あぁ、違う違う。
自由にさせてもらう、とは言っても何も聖杯戦争自体をおじゃんにするつもりはないさ。
先ほども言った通り、私は今機嫌が良いからね。一応、裁定者として最低限の事はやってやるよ」
男はそう言うと、椅子から立ち上がり、教会の扉へと歩いて行く。
ローブの裾が床と擦れているが、彼はそのことを
「もう既にこの服は汚れきってしまったのだ。
今更潔癖になる必要なぞ、どこにもないだろう?」
とでも言わんばかりに、気に留めない。
男は教会の扉の前に立つと、それを開く。
同時に、外から雪を孕んだ冷たい風が流れ込んだ。
「さて、まずはこんな薄ら寒い戦いに愚かにも参加してしまった、哀れな哀れな子羊たちを探してみるとするかな?」
黒いローブの男はそう言って、雪風の中から消えた。
それから暫くして扉も閉まり、白い奔流も途絶える。
後には何も残されなかった。
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最終更新:2017年06月28日 12:30