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WINter soldiers

そして私は老人の色欲と、若者の絶望と、二重の唾液に汚されたこのパイプの前にひざまずき、
神々しい牡牛たちとオランダ・フロリンを、父と娘を、ありありと眼前に思い浮かべる――
すると、もう何一つ望まなくなるのだ。

――『農場主のパイプ』
イリヤ・グリゴリエウィチ・エレンブルグ

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12/22(木) 06:00――天気:曇り、のちに雪。

センタービル。

空を覆う雲の隙間から僅かに差し込む陽光を受け、ビルの窓ガラスは淡く輝いていた。
そこの屋上に、一人の男が立つ。
彼の名は【スティーブ・ロジャース】。
またの名をキャプテン・アメリカと言う。
盾を抱えた米国の英雄は、ビルの屋上から日本の小さな都市を見下ろしていた。
早朝と言うこともあり、外を出歩く人影はまばらであり、静かだ。
「平穏」という概念を具現化したかのような景色である。
だが、それはあくまで見た目だけのこと。
スティーブは、現在の冬木市に蔓延る不穏な気配を確かに察知していた。

「マスター」

その時、スティーブの隣に突如人影が降りた。
否。
人型の竜の影が降りた。
影の正体はバーサーカー――【ファヴニール】。
此度の聖杯戦争において、スティーブが召喚したサーヴァントである。
実体化したファヴニールは、己が主人に向かって語りかける。

「俺が召喚されてからもう数日が経つ……そろそろ聖杯戦争が本戦に突入すると見て良いだろう」

ファヴニールが告げたのは、本格的な戦争の開始の予測であった。
屋上に吹く寒風を浴びながら、スティーブはそれを聞き、頷く。
それから、口を開いて、次のように答えた。

「本番が始まれば、当然戦いは激化し、この街が受ける被害は更に増加するだろう。大規模な大量殺戮だって、起きるかもしれない――」

だけど、と彼は言葉を続ける。

「そんな事態は、僕が必ず止めてみせる。バーサーカー、君も協力してくれるのだろう?」
「勿論だ。俺は正しい者(おまえ)の為に戦うし、正しい者(おまえ)が守りたいものを守る。この前そう決めたはずだ」
「ああ、そうだな。でも、改めて聞けて嬉しいよ」

スティーブはそう言って、笑う。
朧げな朝日を浴びた彼の笑顔は、見る者に安心と勇気を与えるものであり、まさに正義の象徴に相応しいそれであった。

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早朝の住宅街。

灰色の雲に覆われた空の下。
ジャージ姿の【恵飛須沢胡桃】は走っていた。
道路には昨晩降った雪がまだ残っており、彼女が踏み込むたびにシャリ、シャリと小さな音を立てる。
たとえ聖杯戦争の場であっても――いや、聖杯戦争の場だからこそ、肉体の鍛錬は怠れない。
いざという時に体力がたりなかった、では済まされない事態が、今後起こり得るのだから。

「はっ、はっ、はっ……」

ランニングのリズムを整えるように息を吐く胡桃。
寒い早朝であるにも関わらず、彼女の息は白くなっていなかった。
胡桃の体温が外気と同じくらい冷たくなければ、起こりえない異常である。

「…………」

それに気付いた胡桃は、唇をきゅっと一文字に閉じて息を止める。
しかし、それでも走るスピードは尚も上がり、彼女は喫茶店の横をぴゅんと駆けて行った。

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街角の古びた喫茶店。

開店直前の店内に、まだ客はいない。
店長と、女性店員が二人で開店の準備を行っている。
カウンターの拭き掃除をしていた女性店員――【安部菜々】は、窓ガラスの外を横切ったジャージ姿の女子高生を目にした。

「こんな朝早くからランニングだなんて……若い子は体力があって良いですねぇ。私なんて、まだ体のあちこちに昨日の疲れが……」

そこまで言って、はっ! と何かに気付いた表情をする菜々。

「な、なぁ〜んちゃって! ナナもまだ十分若いですからね! ランニングなんてやろうと思えば今からでも余裕ですよ! うん!」
「……いったい誰に向かって言い訳をしているんだい?」

厨房で食材の確認をしている店長からツッコミが入る。
老人でありながらよく通る彼の声は、カウンターの拭き掃除をしている菜々まで届いた。
自分の独り言が聞かれて恥ずかしかったのか、菜々は顔を真っ赤にし、へへへ、と頭をかいた。

「ところで安部さん。そっちの掃除が終わったら、裏口のポストから新聞を取ってきてくれないかな? こっちはまだ確認が終わりそうになくてね」
「はい! もちろん!……新しい新聞はレジ横の棚にある、古いやつと入れ替えればいいんですよね?」
「そうそう」

その後、菜々はテキパキと、だいたい五分ほどでカウンターの拭き掃除を終えた。
布巾を洗って干し場所に掛け、店の裏口の方に向かって行く。
昨晩降った雪を浅く積もらせるポストは、銀色に輝いている。
雪を払い、そこを開けると、中には何種類かの新聞が届いていた。
それらをまとめてレジに持って行く。
雪の湿気から紙を守るべく施されていたビニールのカヴァーをびりびりと剥がすと、新聞紙特有のにおいが湧き、菜々の鼻腔を刺激した。
「朝のにおい」の一つと言えるそれに、うっとりとする菜々。
鼻歌の一つでも歌いたくなる、穏やかな気分である。
しかし、においの発生源――新聞紙の一面を見て、彼女はぎょっと目を見開いた。
そこに書かれていたのは昨日市内で起きた多数の事件。
人喰い殺人に連続窃盗犯。
そのような物騒な言葉の数々を見て、菜々は唾をごくりと飲み込む。
どうやら、穏やかな朝の時間を送るのは、聖杯戦争の最中では無理らしい。

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川尻家の食卓。

朝のニュース番組を見ながら朝食を摂るのが、川尻家の日常風景だ。
八時を回り、県内の天気のコーナーが終わった後、先ほどまでだらしない顔をしていた角刈りのキャスターが、急に真剣な面持ちに変わる。

『次に県内で起きたニュースです。最近の冬木市では多くの事件が発生しており、その中でも、◯日ほど前から起きた「人喰い事件」はその異常性と被害規模の大きさから、近い内に警視庁から応援が――』

最近の冬木市は妙だ――と、少年、【川尻早人】は考える。
殺人事件に窃盗事件――犯罪の数があまりにも急に、不自然な勢いで増加したのだ。
キッチンに立つ母の【川尻しのぶ】は「あらやだ、怖いわねぇ」とノン気に言っているが、これは他人事ではない。
ニュースで紹介されている、冬木市で起きた奇妙な事件の数々――これらは聖杯戦争の参加者が起こしたものだと見ていいだろう。

「そうだよね? セイバー」
「ええ、十中八九間違いないかと」

早人の問いに、セイバーと呼ばれた少女――おうすちゃんこと【小碓媛命】は、トーストを齧りながら答える。
やはりそうか、と早人は歯軋りをし、この町の何処かにいる「悪」に対して不快感を表した。

早人はナイフで一口大に切ったハムエッグの白身を口に運び、咀嚼する。
丁度いい焼き加減だ。
父がいなくなって落ち込み、何かと調子が悪かったつい先日までのしのぶなら、こうは上手く焼けまい。
聖杯戦争の参加者に選ばれ、「失踪した夫が戻ってくるかもしれない」と言う希望を抱けたからこそ起きた変化であろう。
だが、その希望は叶ってはいけない。
もしそれが叶ってしまえば、しのぶの夫である川尻洪作ではなく、かつて杜王町を蝕んだ絶望――吉良吉影が再来してしまうからだ。
故に、早人はその願いを阻止するべく、小学生の身でありながら、母と共に聖杯戦争へ参加する事を決めたのである。

(必ず守ってみせるよ……ママ)

ニュースで紹介される、凄惨な事件を観て、早人は決意を改めて固めた。

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住宅街付近を通る路地。

何処かから漂ってきたトーストのいい香りは、【ウェイバー・ベルベット】の鼻腔と胃袋を刺激した。
同時に、まだ何も入っていない彼の腹が、においにつられてギュルルルと音を鳴らす。
彼の隣を歩いている女性――ヴィルヘルミナこと【ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム】はそれを聞き、クスクスと笑った。
笑われたことでウェイバーは不機嫌な顔になり、彼女を睨みつける。
怒りの籠ったウェイバーの視線を受けながら、ヴィルヘルミナはふてぶてしい笑みを浮かべている。

「そもそも、お前があんな我儘を言わなければなぁ……!」

ムカムカとした感情を吐き出すように、ウェイバーは言う。
彼がこんな朝早くから腹を空かせて外を出歩いているのは、ヴィルヘルミナに原因があった。

「我儘って……そこまで言うほどじゃあないだろう?」
「老夫婦に向かって、朝っぱらから『ステーキを食べたい』なんて言うのは、世間的には立派な我儘なんだよ! 」

ウェイバーが暗示をかけて孫だと思い込ませ、下宿している老夫婦――マッケンジー夫妻へ、今朝、ヴィルヘルミナはそのような要求を行ったのだ。
だが、朝食の準備は既に出来ており、そもそもステーキ用どころか細切れの肉すらそう都合よく冷蔵庫にあるはずがない。
困る夫妻と、駄々をこねるヴィルヘルミナ。
見かねたウェイバーは思わず、「近所の二十四時間営業の商店で、ステーキ用……とまでは行かなくても、何か肉を買ってくるよ」と言ってしまったのだ。
彼が朝食をまだ一口も食べていないことに気付いたのは、寝巻きのまま外に出て、玄関のドアを閉じた後である。
……ちなみに、ヴィルヘルミナは夫妻から「孫がイギリスで作ったガールフレンド」と勝手に思い込まれている。これもまたウェイバーの胃痛を増やす原因の一つだ。

「アウトロウの朝は、肉を食わなきゃ始まらないのさ。それに、世間の常識なんて、高尚な物を私に求めないでくれや」
「そもそも、サーヴァントに食事なんて必要ないだろ!?」
「いーや、必要だね。飯を食った後だと、やる気が普段の五割増しさ。ステーキだと更に三割プラスされる」
「〜〜っ!」

ヴィルヘルミナの軽口に、ウェイバーは憤慨する。
彼女に対する怒りでいつか脳の血管が切れ、聖杯戦争で戦う前に死ぬんじゃあないか――と、彼は思った。
そんなウェイバーの姿を見て、ヴィルヘルミナはまたケタケタと笑う。
その舐め腐った態度が、更に彼の怒りを増長させた。

「いつか、僕がお前のマスターであり、敬うべき相手であることを思い知らせてやるからな! 主従関係を認識させてやる!」

怒りが高まったあまり、ヴィルヘルミナを指差し、宣言するウェイバー。

「おー、いい意気込みだ。その勢いで、ついでに男女関係も結びたいねぇ。はっはっはっ」

ニヤニヤと笑いながら、歌うように言うヴィルヘルミナ。
彼女の軽口に、元々憤怒で真っ赤だったウェイバーの顔は、別の要因で更に紅潮したのであった。

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人気の無い何処か。

まるでミキサーにでも掛けられたかのように身体が挽肉状になった、『元人間』の死体を見下ろし、【ウェザー・リポート】は眉を顰めた。
腐敗した肉と酸化した血が発する匂いが周囲に漂い、彼の鼻腔を刺激する。
吐き気を催す激臭への嫌悪感を、ウェザーは舌打ちで表した。
と、同時に彼の身体から魂が抜け出るようにして、人型の雲のような『何か』が現れた。
それはウェザーの精神のビジョン――スタンド。
本体と同じく『ウェザー・リポート』という名を持つ、姿形を持った異能である。
顕現した『ウェザー・リポート』は、その身体から四方に向かって気流を発し、その場に漂っていた死の匂いを吹き飛ばした。所謂、換気を行なった訳である。
これほどまでの芸当に観客が居れば、さぞ騒ぎになっていたであろうが、ウェザーの辺りに人の気配はない。
ウェザーが現在居る場所が元々人の通りが少ない場所だから、というのもあるのだろうが、彼のサーヴァントであるアサシン――【貂蝉】が人払いの魔術を行使しているからでもある。
魔術への深い智慧を持つアサシンにとって、この程度の結界の一つや二つは容易く設置出来る物であった。

「なあ――」

周囲に満ちていた、地獄の釜から溢れ出て来たが如き死臭が薄れた事で、漸く口を開く気になったのか、ウェザー・リポートはアサシンに向かって話し掛けた。

「これが、今世間を騒がせている『人喰い殺人』の被害者ってヤツか?」
「ええ、そうでしょう」

ウェザーからの問いに、アサシンは首肯しつつ答えた。

「挽肉状になっている所為で一見分かりづらいですが、この死体には足りない部位が多すぎます。つまり、この人物を殺めた犯人は――」
「そのパーツを食らった、と」

口にするのも憚れるような恐ろしい言葉を口にし、ウェザーは気分の悪そうな表情を見せた。
彼とアサシンがこの原型を留めていない死体を見つけたのは数分前の事である。
何処かに聖杯戦争についての情報が転がってやいないか、と探索していた際、アサシンが死体の居場所を察知したのだ。
最初に学んだ技能が暗殺術であり、暗殺者として生きたアサシンが死の気配に敏感であるのは最早言うまでもなく、彼女が死体の居所を察知出来たのは、鳥が空を飛び、魚が水中を泳ぐのと同じ程に当然の事であった。

「今の冬木市に於いて、こんな事を起こす人喰い――ヤツは十中八九、聖杯戦争の関係者だと考えて間違いないだろうな」

それはアサシンも同じ考えであった。
更に付け加えて言わせてもらうならば、この犯行を行なった人物は短い期間で魂食いを行わなければならない程に燃費が悪く、死体の後処理が出来ないくらいに頭が回らない――つまり、バーサーカーのサーヴァントである事が予想される。
場を引っ掻き回し、死を振りまく人喰いのバーサーカー――それは必ずや、この聖杯戦争において、いつか来る大乱戦の台風の目となるだろう。

「そうなった時はアサシン、アンタの出番ってわけだな」
「いえ。私はあくまでアサシン――暗殺者です。台風に飛び込むなんて事はせず、そっと後ろから相手の心の臓を貫く事しか出来ませんとも」

実を言えば、アサシンの第二宝具を持ってすれば直接戦闘を行う事も不可能ではないのだが……いや、やはりそれでも、バーサーカーを相手取ったり、乱戦に身を投じたりするのは難しいであろう。
アサシンの返事を受け、『ふぅん』と言葉を漏らすウェザー。

「ならば、俺たちが敵の背後を取れるような状況を生み出せば良い。つまり、情報がもっと要る……そうだろう?」

その通り。
今の冬木市には至る所に虚実入り混じった情報・噂が存在する。
それの中から取捨選択し、自分たちが有利に振る舞えるようになれば……ウェザーとアサシンは自分たちよりも格上の主従の首元に刃を届ける事だって、きっと出来るだろう。
死体の検分を終えた後、ウェザーはそのような確信を胸に、また何処かへ向かって歩みを進めた。死体に対して、特に処理は行わない。いくらここが人通りの少ない場所とは言え、いつかは誰かがこれを発見し、警察に通報するだろう。
ウェザーがこれからこの凄惨な現場を生み出した人喰いを追うのか、はたまた別の何かを探すのか。それはアサシンにも分からない。
ただ一つ、彼女が確信している事があるとすれば、『自分の主人は聖杯戦争に対して積極的だ』という事だ。
そして、その確信こそがアサシンが現状第一に求めている物である。
――まあ、尤も、ウェザーが聖杯戦争に対して積極的なスタンスを取っているのは、アサシンの恣意的な行いによるものなのだが……。
ともかく、ウェザーがこうして外を出歩き、聖杯戦争についての情報を探り回っているのは喜ばしい事である。
しかし、同時に『他人を騙してしまっている』という後ろめたい気持ちも、彼女の心中に僅かながらにしてあった。
そんな感情が胸中に渦巻きつつも、アサシンは次の場所へと向かう主人の背中を追う。
ここで脚を止めるわけには行かないのだ。
ウェザーには悪いが、彼にはこれからもマスターとして働いてもらわねばならない。
全ては――そう、愛する夫の為に……。

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財務官僚の別荘。

使用人が出した遅めの朝食を食べ終えた【???】――別名「ウェカピポの妹の夫」は、自分の部屋へと向かった。
体調を気遣う使用人の言葉を背に、彼は部屋の戸を閉める。
室内には誰もおらず、こぶし大の二つの物体――鉄球だけが、豪奢な机の上で、主の帰りを待っていた。
その内の一つを手に取り、ウェカピポの妹の夫はベッドに腰掛ける。
彼は、鉄球を持つ方の手に僅かに力を込め、手首部分を四十五度ほど回転させた。
たったそれだけの動作で、重々しい鉄球はシュルルルと軽やかな音を立てて、彼の手のひらの上を容易く回り出す。
どうやら、片目を失った現在でも彼が受け継いだ鉄球の技術は健在らしい。
そのことを確認すると、ウェカピポの妹の夫は手首を、今度は逆方向に回転させ、鉄球の動きを止めた。
室内に再び静寂が訪れる。

(回転の技術そのものは……まあ、以前より大きく劣った、ということはない……。だが、投擲の方はどうだろうか?)

ウェカピポの妹の夫は自分の右目――否、かつて自分の右目があった部分を手で覆う。
眼帯に隠された傷跡は今もなお生々しく残り、日夜彼を苦しめているのだ。
たしかに、こんなものがあっては遠近感が狂い、鉄球をマトモに投擲するのは困難になるであろう。

(何処か広い場所――例えば、この邸宅の庭に出て、一度試してみるか?)

己の技量の限界を計るべく、そのような計画を練るウェカピポの妹の夫。
しかしちょうどその時、ビュウ、と冷たい風が部屋の窓を叩いた。
そこに目を向けてみると、外では俄かに雪が降り始めている。
先ほどまでは、曇り空なだけだったのだが、降り出したらしい。
どうやら、この天気で外を出歩くのは無理なようである。
――やるとしたら、雪が止んでからにするか。
そう諦めたウェカピポの妹の夫は、鉄球を元あった位置に戻し、ベッドに倒れこんだ。

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市内ショッピングモール「ヴェルデ」。

そこで警備員として働く【ウェカピポ】は、一時間ほど前から降り始めた雪に体を僅かに震わせながら、己の業務をこなしていた。
本日の彼の持ち場は、建物の正面入り口付近である。

時期が時期なので、もう既に冬休みに突入した学生や社会人がいるのだろうか――平日の昼間であるにも関わらず、ショッピングモールを訪れる客は多い。
人が多くなればその分問題が起きる可能性も高くなり、その時は警備員――ウェカピポの出番である。
かつて王族護衛官を勤めていただけあって、彼はこと警備という分野に自信がある。
それに、素手で対応できないような乱暴者が現れれば、懐の中に隠している鉄球をこっそり使うのもやぶさかではない。
鉄球とは、王族を護衛する――人を守る為の技術だ。
そういう場面でこそ、最も役に立つだろう。
けれども、もし、サーヴァント――例えば、今世間を騒がせている人喰いなんかが、おそらくそうであろう――が今この場に現れ、無辜の市民達を襲い始めたとして、ウェカピポは対応出来るだろうか?
答えは否だ。
鉄球と魔術は、代を重ねて受け継がれていく、という点は同じとは言え、根本的に異なる技術である。
そこに、神秘は宿っていない。
それでサーヴァントと戦うのは無理であろう。
痣一つ付けられまい。

つい先日。
聖杯戦争のルールを把握し、シールダー――【ベンディゲイドブラン】と話し合った際、ウェカピポは『サーヴァントと出会った時、鉄球の技術しか持たないわたしはどうすればいい?』と相談してみた。
すると、彼女は騎士然で凛とした表情のまま、次のように答えた。

『そのことをマスターが気にする必要はない。
サーヴァントの相手はサーヴァント――たとえ今この場にかの人喰いが現れたとしても、私が相手をし、必ずや勝利しよう』

そして今。
魔力のパスから、シールダーが近くに居ることをウェカピポは感じる。
先ほどの考えが現実になったとて、彼女はすぐさまウェカピポの元に実体化し、宣言通り彼を守ってくれるであろう。
彼の為に、戦ってくれるであろう。
盾の英霊――シールダーらしく……――。

「…………」

抱いた僅かな危惧にそのような答えを出し、安堵する。
それで気が抜けていたのであろうか。
ウェカピポは横から通りかかって来た男性の存在に気付かず、衝突してしまった。
互いによろめく、だが倒れる事はない。

「おっとっと……ご、ごめんなさい! 少し、考え事をしていて……」

バランスを戻しつつ、先に謝ったのは男性――【アレル】の方だった。
不注意の末、人にぶつかり、どころか謝罪の言葉を先に言われるとは、警備員として失態である。
それを恥じつつ、ウェカピポは男性に向かう。

「いえ、こちらの方こそ申し訳ありません、お客様。
お怪我はありませんか?」

アレルは片手と首を横に振って、大丈夫だ、という意を示した。

「ところで、この建物――」

振っていた片手でヴェルデを指差し、彼は話題を変える。

「いったい何なんです?」

店の出入り口付近でぶつかったため、先ほどは咄嗟に「お客様」と呼んだが、どうやら彼はこの建物が何なのかすら分からない、ただの通行人だったらしい。
冬木市民なら誰でも知っているような建物を指してのそのような質問に、ウェカピポは逆に疑問を感じる。
だが、一瞬後には「多分彼は市外から来た、何も知らない観光客なのだろう」と勝手に解釈し、ここがショッピングモールであることや中に入っているテナントのことについて簡単に説明した。

「ふぅん、なるほど……要するに、酒場や武器屋、その他諸々が集まったみたいな感じか」

アレルは小さく呟いた後、何処かにいる誰かを恨めしげに睨むような目つきをした。
「酒場や武器屋」?
酒場ならまだしも、武器屋は流石にないのでは?
そもそも彼はショッピングモールという概念すら知らないのだろうか?
不思議に思ったウェカピポだが、彼自身数日前までは同じくショッピングモールのシの字すら知らなかったのだ。他人にとやかく言える立場ではない。
それに、そんな疑問はウェカピポがアレルの意味深な視線に対して抱いたそれに比べれば、些細なものである。
どうして彼は何かを睨むような目付きをしているのであろう。
そんなウェカピポの疑問に気付いたのか、アレルは焦ったような表情をして、

「いや、こんなにデカくてたくさんの人が出入りする建物は、城か何かじゃなんじゃないか、と俺の――友人? 知り合い? ええと……そう、仲間だ――仲間が言ったんです。
おかげでこんな寒い中、その事実を確認するべく、わざわざここまでやって来るハメになって……全く、恨めしい奴ですよ」

どうやら彼は仲間の言う素っ頓狂な予想に振り回され、ここまでやって来たらしい。
しかし、それならその言い出しっぺの仲間らしき人物が此処にいないのはおかしな話なのだが……。
ともあれ、先ほどの「酒場や武器屋」、そして今の「仲間」といい、彼はやけに妙な言葉を用いる。
もしウェカピポがファンタジー小説やRPGといった娯楽にほんの少しでも触れていれば、「まるでフィクションの中の勇者みたいだな」という感想を抱いたであろう。

(まあ彼が観光客や旅行者なら、同行者を仲間と呼ぶのも、当然と言えば当然のことなのか……?)

そう考えているウェカピポを尻目に、アレルは何処かへと去って行った。
彼の背中を、ウェカピポは目で追う。
ふとその時、出入り口付近に貼られていたポスターが彼の視界の端に入った。
それは、今までその存在に気づかなかったのが不思議なくらい、派手で目立つポスターだった。
紙面いっぱいに市内の芸能プロダクション――「442プロダクション」が写っており、イルミネーションが施されて輝いているそれは、まるで魔法の国の城のようだ。
更に、その上から赤と緑というクリスマスカラーの文字で、説明が書かれている。
それを読むと、このポスターが近日市内で開かれる、442プロダクション主催ライブイベントの告知である事が分かった。

『12/24(土) 15:00〜
442プロダクション前特設ステージにて
、クリスマスライブ開催!
詳しい情報は以下のURL、もしくはQRコードから――』

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新都に立つ、「442プロダクション」の事務所。

時計の針が頂点を回った頃。
明後日市内で開かれるライブに向けて、事務所内はてんやわんやの大騒ぎであった。
というか、軽いパニックさえ起きていた。
書類や職員があっちからこっち、こっちからあっちへと忙しく移動している。
まさに、長く生きた師さえも慌てて走る季節――師走に相応しい光景であろう。
だが、そんな中でも【高垣楓】は静謐な雰囲気を纏っていた。
まるで彼女だけが周りの時間の流れから切り離されたかのようである。
しかし、それはあくまで外見から得られる印象であり、現在の彼女の心中は穏やかさとは真逆の位置にあった。

元の世界と同じ事務所。
だが、そこに楓が信頼するプロデューサーの姿はなく、全く見ず知らずの誰かがそのポジションについている。
よく見てみれば、元の世界で彼女と親しかったアイドルも何人か見られないではないか。
いくつかのピースが欠けたパズルのようであり、けれども、何の滞りなく回る世界。
気を抜けば、まるでプロデューサーたちが最初から居なかったのでは、と思ってしまうほどだ。
なんと歪。なんと奇妙。
見れば見るほど、知れば知るほど、この世界は――怖い。
そんな場所にいて、落ち着いていられるはずなどあるまい。
それを自覚し、楓は改めて決意する。
あの場所に帰りたい。
早く、プロデューサーさんたちと再会したい――と。

それにしても、流石クールアイドルと言うべきか。
動揺及びそれから生まれた改めての決意を、高垣楓は周囲にみじんも悟られていなかった。
先ほども述べた通り、外から見ればいつもと変わらないミステリアスで物静かな、神秘的とも言える佇まいである。

(みんなが慌てていても、あんなに落ち着いていられるだなんて……やっぱり楓おねーさんはすげーです!)

そんな楓の姿を少し離れた場所から見かけて、【市原仁奈】は感心、もとい、勘違いした。
仁奈のファッションは、今日届いたばかりであるトナカイの着ぐるみだ。
ライブに向けて、事務所の経費で買ってもらったものである。
フエルトや綿で全身がもこもことしており、内部が暖かい。
衣装としては当然可愛く目立ち、パジャマとしても使えそうな機能性である。
事務員からこれを受け取って着替えた後、早速プロデューサーに見せに行こうとした矢先、仁奈は楓を見つけたのだ。
本当ならば、近くに駆け寄り話し掛け、着ぐるみを自慢したいところだが、今はそんなことをしている暇はないし、向こうも落ち着いているとは言え忙しそうである。

(すまねーです楓おねーさん……プロデューサーさんにおひろめしたら、ちゃんと見せに行くですよ!)

仁奈は心の中でそっと謝り、プロデューサーを探しに、「とてとて」というオノマトペを背負って歩いて行った。

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442プロダクション前特設ステージ。

神谷奈緒】は事務所に向かう足を止めて、工事業者によってみるみるうちに設営されていくステージを見上げ、感嘆の息を吐いた。

「雪が降っているのに、すごい手際の良さだなあ……」
「雪が降っているからこそ、手際を良くしなくちゃいけないんだってよ?
ほら、このまま降る勢いが激しくなったら、明日は作業が出来ないかもしれないし」
「なるほど……」

隣に居る加蓮からの言葉に、奈緒は納得する。
よく見てみると設置されているのはステージの骨組みや看板だけであり、スピーカーのような電子機器はステージの脇の方でビニールシートを被っていた。
雪が止んでから、あるいは本番直前に設置する予定なのだろう。
それにしても、天気予報によればこのままライブ当日まで――今週いっぱい降雪は続くらしい。
ホワイトクリスマスの中開かれるライブ、と言えば聞こえは良いが、悪天候の中開かれるライブには多少の不安がある。
せめて、屋内にステージを設ければ良いのだが、事務所前の屋外にステージを構えるのが、毎年の恒例らしい。
そんな恒例なんて守るべきものなのか? と奈緒は首を傾げたくなるが、悲しい事にどんなに理不尽で不可解な事でも、伝統や恒例と名のつくものであれば、好例として扱われるのが世の中の暗黙のルールだ。
たとえ雪が降る中であっても仕事を行う作業員たちに、奈緒は哀れみと感謝が混じった視線を向けた。

「くしゅん!」

と、その時、加蓮がくしゃみをした。

「だっ、大丈夫か!?」

冷や汗を流しながら、心配する奈緒。
こんな寒い中、くしゃみの一つや二つは普通のことなのだが、それを加蓮がするのは話が別だ。
彼女は病弱な体質なのである。
こんな寒空の下を出歩くことさえ避けるべきなのだ。
当の本人は「大丈夫大丈夫」と何でもないように言っているが、普段より顔色が若干すぐれない。
もし、このまま風邪でも引けば大変だ。
自分が建設中のステージに目を奪われ、足を止めてしまった事を、奈緒は悔いる。
彼女は加蓮の腕を引いてその場を去り、事務所の正面入り口へと向かった。
自動ドアが開き、彼女たちを飲み込んだ。
それと同時に、暖かい空調の風が二人の体を包む。
ほっと安心する奈緒。
そんな彼女の背後から、ドサッ! と何かが落ちる音とそれに次ぐ悲鳴がした。
振り返ると、自動ドアのガラスの向こうで、【白菊ほたる】が頭から大量の雪を被っている。
どうやら、入り口玄関の上部分にある出っ張りに積もっていた雪が、彼女がたまたま通り掛かった際に落ちて来たらしい。
なんたる不幸であろうか。

「……大丈夫か?」

あまりの不幸ぶりに驚きつつ、先ほど加蓮に言ったものと同じ言葉を、奈緒はほたるに投げ掛ける。

「だ、大丈夫です……」

小動物を彷彿とさせる、可愛らしくもどこか弱々しい声が、半泣きに混じって響いた。

雪を被ったほたるは、「やはり今日は外に出るべきではなかったのでは」と後悔した。
ただでさえ、聖杯戦争の事で不安な中、このような不幸に見舞われてはそう考えてしまうのも仕方がない。
けれども、彼女は首を横に振り、すぐさまその考えを否定した。
ほたるが今こうして家から出て、事務所に出勤しているのは、自分が目指すトップアイドルへの道を諦められなかったからだ。
人を殺したくないし、殺されるのも当然嫌だ。
逃げ道も見当たらない。
それでも、アイドルを続けたい。
ならば、どうすれば良いのだろうか?
いくら頭が冷えた所で、その答えは見つからない。
泣きたくなるのを我慢しながら、彼女は頭から雪を払い落とし、正面入り口の自動ドアを潜って、前方の奈緒たちに続いて行った。

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車体に雪を積もらせながら走るタクシーの中。

向かう先の貸切スタジオが余程楽しみなのか、ウルトラ・スーパー・ギタリストに憧れる青年――【音石明】は鼻歌を歌っていた。
鼻歌のタイトルはジェフ・ベックの『Diamond dust』――冬のこの時期にピッタリな曲である。
本当ならば、鼻歌ではなくギターで弾きたいところだが、それは目的地に着くまでの辛抱だ。

「マスター、今日という今日はあの楽器を譲ってもらうでございますわよ!」

明の隣に座る女――【紅葉】が、そのような事を言う。
彼女の言う『あの楽器』とは、音石の愛用するギターの事だ。
赤髪巨乳の紅葉の服装は、あちらこちらがはだけた露出度の高い和服、という色んな意味で危なく、冬の冬木市においてはこれまた色んな意味で人目を惹くものだ。
タクシーに乗る時も、運転手の視線が何度彼女の身体に刺さったことか。
周囲の情欲を刺激する紅葉のエロティックな姿を気にもせず、音石は答える。

「……馬ぁ鹿、やるかよ。何度言ったって、指一本も触らせてやるもんか」
「ふぅん、そうですの……ところでマスター? 最近、市内で色々と物騒な事件が多発しているらしいですわよ? タクシーの中とは言え、夜道以外にも気をつけなくてはなりませんわねぇ〜?」
「お、脅してんのかぁ!?」

紅葉からの遠回しな脅しに、音石は冷や汗を流す。
しかし、音石のプライド、そしてロック魂はそれに屈さず、彼はギターケースを庇うようなポーズを取った。

「だが、それは無駄だぜキャスター!
反骨精神(ロックンロール)の塊であるこの俺に、脅迫なんざ無意味なのよ!」
「あらあら、そうでしたのね! ならば、本当に身体中の骨を一本一本反らせてみせようかしら?
こう……クイッと」

両手の人差し指と親指を使って、何か細いものを曲げるジェスチャーをする紅葉。
なおも続く脅しに、音石は絶句する。
紅葉の指はチョークのように細くて白いが、音石の骨を針金のように弄るのは容易であろう。
何せ彼女はサーヴァントであり、それ以前に人外の鬼なのだから。

「ふ、ふん……お、おお、同じ台詞を言わせるなよ、きゃ、キャスター。この俺に脅迫は……」
「『脅迫』ではありませんわ、『予告』です」

不敵な笑みを浮かべながら、紅葉は自らの指をゴキリと鳴らした。
地の底から響くようなそれに、音石は思わず短い悲鳴を漏らす。
と、丁度その時。
タクシーが貸切スタジオ前に到着した。

「! ナイスタイミングだぜ運転手のオッサン!」

釣りは要らねえ!
そう言いながら、音石は財布から引き抜いた一万円を運転手に渡した――彼の家からスタジオまでの運賃の十倍近くある金額だ。
だが、今現在冬木市中から金や物を盗みまくっている音石にとって、それははした金も同然である。
釣りの勘定なんてせずに、彼は一刻も早くスタジオに入り、紅葉とセッションをして、彼女の機嫌を直したかったのだ。
隣の怪物から逃げるように、音石はタクシーの外へと飛び出す。
不貞腐れた顔をした紅葉が次いで降りてきている気配が、背中で感じられた。

▲▼▲▼▲▼▲

市内スーパー。

施設内に流れる、夕方のセールを知らせる放送を聴きながら、夕飯の買い物の途中である【直樹美紀】は、自然と笑顔になっていた。
セールが嬉しいのは勿論だが、こんなにも多量の食品に囲まれた環境は、かつて一ヶ月後の食料にすら不安を抱く生活をしていた美紀にとって、楽園と言う他あるまい。
思わず、頬が緩む。
そんな彼女の隣では、フラドレスという、今現在の季節に真っ向から対抗する意思しか伺えないファッションに身を包んだ女性が、騒がしく何かを喚いていた。

「ねー! スーパーにオヘロが置かれていないことはもう諦めるわ!
だから、その代わりに苺を買ってもいーかしら? いーでしょ? ねっ!? 今が旬だから絶対美味しーわよー!」
「…………」

豊満に成熟した褐色の身体から放たれるあまりに幼稚なお願いに、美紀は呆れ、ジト目で隣の女性――【女神ペレ】を睨めつける。
いや、こうやって名前を【】で囲んでいると、まるでペレが美紀のサーヴァントであるかのようだが、そうではない。
あくまで彼女は、美紀が呼んだランサー――【カメハメハ一世】に勝手に付いてきた存在であり、サーヴァントですらないのだ。
では当のカメハメハ一世は何処に居るのかと言うと、今現在は街中を探索しに行っているらしい。
マスターを置いて探索に出かけて、いざという時に大丈夫なのかと不安になる美紀であったが、ランサー曰く、

「余がいない間に何か困った事があれば、ペレ様に助けを求めると良い」

との事だ。
あまりにも真摯な表情でそう言われたので、当時は思わず了解してしまった美紀である。
どうやら、カメハメハ一世は女神ペレに並々ならぬ信頼を寄せているようだ。
美紀からすれば、彼女はただのハイテンションで迷惑な人にしか見えないのだが……。
まあ、カメハメハは生前ペレに色々と助けてもらったので、あんなに信用しているのであろう。
だが、美紀がどれだけ想像力を働かせても、自分が困っている時にペレが助けてくれるイメージが全く湧かないのも事実である。

「……ペレさん」
「ん? どーしたの? あっ、もしかして豚肉も買ってくれるの? それなら――」
「違います。あと、シレっと苺を買うことを確定させないでください――ひとつ、聞きたいことがあるんです」
「なに?」
「もし、私が何かトラブルに巻き込まれたら、貴方は何が出来るんですか?」
「ダンスね!」

自信満々で元気の良い即答であった。

「それ以外はなーんにも出来ないわ!」

それを聞き、美紀は買い物カゴを持っていない方の手で頭を抱える。
美紀としては、ペレに炎と暴力の女神らしい戦闘能力――火を操る、とかを期待していたのだが、神でありながらサーヴァントの宝具として無理矢理現界したペレは大幅なスペックダウンを起こしており、今はそのような力を扱う事は不可能らしい。
全く、どうしてランサーはペレを置いて行ってしまったのか。
いっその事、ペレと一緒に探索に行ってくれていた方が、静かに買い物を行えた分まだマシだったろうに――と、不満に唇を尖らす美紀であった。

▲▼▲▼▲▼▲

夜が近づきつつある市内某所。

南城優子】もまた、不満に唇を尖らせていた。
彼女の場合、美紀とは違ってサーヴァントが呼び出した存在ではなく、サーヴァントそのものに不満を抱いているのだから、深刻度はこちらの方が高いであろう。

「んん? どうしたマスター? 醜女と共に一晩共に過ごすことになった男のような顔をして。眉間に皺が寄ってるぞ。
何か不満な事でもあったのか? ストレスが溜まっているのか? 溜まっているのかぁ?
もしそうなら、それを解消せねばなあ……精神に不調を患った状態で聖杯戦争に臨むのは望ましくない。
……どうだろう、ここは余を殴ってみてはどうだ? スッキリするかもしれぬぞ?
あるいはもっと快楽的な方法で――」
「……それはアンタがヤりたい事でしょうが。この変態」

優子はその言葉と共に、ありったけの軽蔑の念を込めた視線をキャスター――【マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス】に向けた。
並の男子ならば、受けるだけで男としてのプライドが粉々に砕かれ、生きる気力を失いかねない威力を持った睨みだが、当のキャスターは怯みさえしない。
イカれたマゾヒストたる彼が、侮蔑の視線を受けたところで快感以外の何ものにもならないのだ。
相変わらず、うっとりとした微笑を浮かべている。
それを見て、優子の心は不快感と嫌悪で塗りつぶされた。
キャスターの言いなりになるのは癪だが、ここは一発顔面に拳を叩き込み、苛立ちを解消した方が、精神衛生上良いかもしれない。
そこまで考えて拳を振りかぶった時、彼女の背中を悪寒が走った。
自然、振り上げた拳が止まる。

ついに、キャスターの気持ち悪さに身体が拒絶反応を示し始めたのか、と思った優子だが、それは違う。
その悪寒は目の前の変態ではなく、他の何かによって生み出されたものであった。
何処かから漂ってきた不気味な気配を、彼女は本能的に察知したのである。

「どうした? 余を殴らないのか?……もしや、これが噂に聞く焦らしプレイ……?」

などとほざいているキャスターを無視して辺りを見渡し、気配の発生源を探す優子。
だが、周囲に不審な物は見つからない。

(じゃあ、さっきの感覚は何だったの……?)

広々とした敷地に建つ、赤い屋根の邸宅を背後に、優子は首を傾げた。

▲▼▲▼▲▼▲


市内に立つ恐怖と安寧の館にて、そこの主人である【トニー・スターク】は机の上に広げた大きな紙を見下ろしていた。
そこに描かれているのは、彼が居る屋敷の設計図である。

(まだどこかに改良の余地があるはずだ……。
聖杯戦争の英霊はどれも規格外の存在だと聞く。用心し過ぎて損をする、ということはないだろう)

彼は聖杯戦争の全参加者の中で最も、冬木市の住民の保護に対する情熱を持っていた。
また、それを可能とする知力と、シェルターも彼は有しているのだ。
シェルターの名はシールダー――ウィンチェスター・ミステリー・ハウス。
彼が此度の聖杯戦争で召喚したサーヴァントだ。
屋敷そのものの具現化とも言える存在――メイドは、設計図を凝視するトニーの姿を心配そうに見つめていた。

『お言葉ですがミスタ・スターク。朝からずっと働き詰めでは? 休憩も必要ですよ』
「あぁ、そうだな……って、もう夕方なのか!?
集中しすぎていて、気付かなかったな」

トニーは近くに置かれていた座椅子に腰を下ろす。
シールダーは、室内に備え付けのテレビを起動した。
何か愉快な番組でも見せて主をリラックスさせようと、気を利かせたのだ。
画面に映ったのは夕方の情報番組の生放送であり、明後日市内で行われるアイドルのライブイベントについて特集していた。
ゲストに呼ばれたアイドルらしき、長い茶髪の女性は、インタビュアーからの質問を受けている。

(若い割りに、随分ハキハキと応えているな。流石芸能人と言ったところか)

画面内のアイドルに感心するトニー。
そんな主人の姿を見て、シールダーはふと、自分の髪を指先で挟んで弄りだした。
輪に編まれた長髪からはみ出た一房が、彼女の指の中で踊る。

「? 急にどうしたんだ?」
『いえ、ミスタ・スタークは、やはりこのような髪の長さの女性が好みなのか、と思いまして――』
「違う違う! そういう意味で私はニッタミナミとかいうアイドルを注視していた訳ではないし、君のビジュアルに至っては私が決めたわけではない!」
『ほほう、もう彼女の名前を覚えたのですね。頭脳明晰たるミスタ・スタークの記憶力に感服するばかりです』

フライデイから賞賛の声を受けるも、トニーは悩ましく頭を抱え、自分がシールダーに施したジョーク機能の働きを身をもって痛感するだけだった。

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新都のローカルテレビ局。

情報番組への生出演を終えた【新田美波】は、楽屋に戻っていた。
これで、彼女の今日の仕事は終わりである。
一日の疲れを下ろすように、彼女は楽屋内の椅子へと座り込んだ。
だが、プラスチック製の椅子は美波の疲れを水のようには受け入れず、その固さで彼女の腰にストレスを与える。
これでは余計に疲れるだけだ。
数分も経たないうちに、美波は再び立ち上がった。
立ち上がり、視線が上昇したことで、先ほどまで角度的に不可視であった楽屋の窓から外の景色が、見えるようになる。
そこには真っ赤な夕焼けに染まる冬木の街――ではなく、厚い雲に覆われた空の下で陰鬱な雰囲気を漂わせている街の風景が広がっていた。
どうやら、雪は明日以降も降り続けるらしい。
これで明後日のライブは無事行えるのだろうか――と、美波は不安に思った。

▲▼▲▼▲▼▲

新都某所。

オウルこと【滝澤政道】は、自身のサーヴァントであるバーサーカー――【███(ジェヴォーダンの獣)】と再会を果たしていた。
彼ら二人のどちらかに再会しようという意思があったわけではない。
単に同じ人喰い同士で行動パターンが類似し、その結果宵闇の中で偶々遭遇しただけである。

「ちゃんバサァ。
そういえば、この前は聞かなかった――っていうか聞けなかったんだけどよ……
おまえって何か、聖杯にかける願いはあんの?」

梟は狼に問う。
マトモな返事なぞハナから期待していない。
ただ、何となく聞いてみただけだ。

「███ ██████」

バーサーカーがした返事は、ただの唸りであった。
いや、もしかすればそれには何らかの意味が含まれているのかもしれないが、オウルにそれは理解できない。
オウルはひひっ、と口を歪めて笑う。
同じ人喰い同士、マスターとサーヴァントの関係でありながら、コミュニケーションが全く取れないこの状況に、彼はある種の滑稽さを感じていたのである。
しかし、次の瞬間――


 HA   HA   HA   HA    HA

   HA     HA   HA   HA   HA

 HA   HA   HA   HA    HA

   HA     HA   HA   HA   HA


――何処からか響いてきた笑い声に、オウルの声は塗り潰された。
バーサーカーはすぐさま頭に生えた獣耳をピンと立て、笑い声の発生源を見つけ出し、そちらを向いた。
オウルもそれに倣う。
笑い声の発生源は近くであり、彼ら二人の後方数メートルほどの場所だ。
そこに居たのは――道化師(【ジョーカー】)であった。
紫のスーツに緑の髪。
真っ白な肌は夜の闇の中で、周囲に降り積もる白雪と同様に目立っている。

「御機嫌よう、グール共」

道化は貼りついたかのような笑みを浮かべ、オウルたちに喋りかける。
だが、その笑顔には親愛的な印象は抱けず、ただ狂気を覚えさせられるばかりだ。

「誰だテメェ」
「道化師(ピエロ)さ。そして、おまえたちの商売敵でもある」
「商売敵ィ?」

敵ならまだしも、商売敵とはどういう事だ?

「オレたちはこの街に呼ばれて以来、せっせと人を殺したんだ」

そう言って、ジョーカーは指を折って数を数える。
今まで殺した人数を確認しているのであろう。
だが、カウントが両手の指で足りなくなった途端、飽きたようにそれを放棄した。

「『こいつは、明日のワイドショーを騒がせるだろう』なんてことも思って、ワクワクしたものさ。
だが、結果はどうだ。
話題になるのは人喰い(おまえら)ばかり! どころか、オレらがやった事の一部まで、おまえらの手柄になっているじゃねぇか!
なんて悲しいことなんだよォ!」

オウルは唖然とする。
彼はジョーカーの言っていることの意味が全く分からなかった。
ワクワクした? 手柄?
己のバーサーカーと違い、言葉が通じるというのに、言葉の意味が理解できないのである。
ジョーカーは「そこでだ」と話を再開した。

「オレたちは考えた。『ならば、人喰いなんかでは到底出来ないような、とびっきりの事をしよう』ってな!」

ジョーカーは懐から細くて短い円柱の上部に、スイッチが付いた――ノック式のペンのような物を取り出す。
そして何の躊躇いもなく、そのスイッチを親指で押した。
次の瞬間。




BOOOO



        OOOOO



                    OOOOOOM!




まだ窓の殆どに明かりが灯っていたセンタービル――それが、爆発した。
閃光――次いで轟音が伝わり、爆炎の光を浴びた新都の風景が、夕暮れの景色のようにオレンジに染まる。
周囲に降り積もっていた雪も、爆風によって容易く吹き飛ばされた。
オウルの羽織るローブも、それに乗ってはためく。
ジョーカーはスイッチを放り捨てて腹を抱え、それこそ爆音のように大声で笑った。

「HA HA HA HA HA HA HA! どうだ? 良いライトアップショーだったろう?」

こいつは危険だ――。
今更ながらに、ようやくそう認識した梟と獣は、何らかのアクションを起こそうとする。
だが――

「出てこい人面犬どもっ! ショーのお次はディナータイムだ!」

ジョーカーの背後から現れた『もう一人のジョーカー』――【フォークロア】がそう叫ぶと同時に、周囲の暗闇から湧くようにして、五匹の人面犬が出現した。
フォークロアの命令に従い、人面犬たちはオウルたちへと襲いかかる。
いや、違う。
オウル『だけ』に襲いかかった!
ジェヴォーダンの獣のスキル――『スケープゴート』によって、人面犬のターゲットがオウルに集中した結果だ。
なんと、彼女は自分のマスターを身代わりにしたのである。
オウルが見回してみると、夜闇に溶けるようにして逃げていく獣のバーサーカーの後ろ姿が見えた。
都市伝説の集団を操るフォークロアの力を目にし、『アレとは戦えない』と判断して逃走したのであろう。
そもそも、ジョーカーたちの頭は緑の髪に白い肌と、アメリカのスナックを思わせる色合いであまり美味しそうでなく、彼女の食欲をそそらなかったのかもしれない。
一方、まさか五匹中五匹に噛み付かれるとは思わなかった梟は、一瞬足を止めた。
けれども、次の瞬間には顔を怒りに歪め、次のように叫んだ。

「ふっざけんじゃねぇえええええええええええええええ!!!」

この場合の『ふざけんじゃねぇ』とはジョーカーたちは勿論、狼女にも向けた言葉である。
理屈は分からないが、人面犬のターゲットが自分に集中した原因がバーサーカーにある事を、オウルは直感的に推知したのだ。
右腕、腹部右側、首、腰部左側、右脚。
噛み付いた人面犬五匹をそのままに、十本の犬歯が肉に食い込む痛みなんて感じず、オウルはジョーカーに向かって飛びかかった。
流石の召喚物である人面犬たちも、喰種の全力の駆動には付いていけず、次々と牙を離し、地面に落ちて行く。
まさか噛まれた状態で動けるとは思わなかったのだろう、ジョーカーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま表情に余裕を浮かべ、「バーサーカー」と自分のサーヴァントを呼んだ。

「HA HA HA! 了解、了解! ――来い来い『ターボババア』!」

オウルが、ジョーカーの喉元にあと僅かで爪を食い込ませられたであろうその時。
彼の真横を紫の風が駆け抜けた。
あまりにも速かったので『風』と形容したが、それはよく見てみると紫色の髪をした高齢の女性である。
喰種の身体能力を持つオウルよりも速い、自動車並のスピードで走る彼女は、オウルを追い越し、その先に立つジョーカーたちを俵のように抱えて走り去っていく。
遠ざかり、夜の暗闇にだんだん小さくなって行きながら、道化師たちは盛大に笑った。
二人の笑い声が重なり、不気味に響く。


HAHA   HAHA   HAHA   HAHA    HAHA

   HAHA     HAHA   HAHA   HAHA   HAHA

 HAHA   HAHA   HAHA   HAHA    HAHA

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冬木教会。

すっかり夜も更けた頃。
教会内の長椅子に、二人の男女が一メートル程の間隔を空けて座っていた。
一人は黒いローブを羽織り、両目を閉じた男。
もう一人はロシア帽を被り、白い魔法少女コスチュームに身を包んだ少女だ。
奇妙なことに、少女は椅子の上に更に木製の円柱を乗せ、その上に腰を下ろしている。
いや、「腰を下ろしている」というよりも、「円柱上部にある窪みに、腰が嵌っている」と言った方が良いだろう。
太腿の付け根までブーツで覆った両足を放り出し、ぶらぶらと揺らしながら、少女は軽い口調で喋る。

「討伐令出そっか」

討伐令とは、聖杯戦争の参加者全員へ、何らかの報酬と引き換えに特定の参加者を討伐することを依頼する事だ。
決して、軽い感じで出して良いものではない。
だがルーラーは提案を聞いて、そんな主張をすることもなく、

「ほぉう?」

と、ただ興味深そうな声を出した。

「今この状況で討伐令を出すとしたら……まず、あの薄汚い人喰い共は確定だろう?」
「そりゃ勿論だけど?」

即答する少女。
なんでそんな分かりきった事を聞くのさ、とでも言いたげに彼女は首を傾げる。

「ふふ……いや、まさか薄汚い人喰いそのものにして魔女である貴様が、そんな提案をするとは思わなかったのでな」

人喰いだの魔女だのと呼ばれた少女は、不愉快そうに眉を吊り上げた。
てっきり、自分がそんな化物であることを否定するのかと思われたが、そうではない。

「はぁ? 何それ? もしかしてボクが『同じ人喰いだから、彼らがやる事は大目に見てあげよう』と考えているとでも思ったの?」

馬鹿にしないでよね――と。
少女は円柱の上から見下すようにして、ルーラーを睨みつけた。
それを受け、ルーラーは

「おや、気を悪くさせてしまったか? すまんすまん」

と、余裕を持った笑みを浮かべながら謝罪する――おそらく、彼は心の何処かで彼女を下に見ているのだろう。
それを察知したのか、少女はルーラーを許さず、頬を膨らませながらそっぽを向いた。
しかし、数分経てば気が済んだらしく、彼女は再びルーラーを見下ろす。

「……ともかく、滝澤政道とバーサーカー。この子らは討伐確定さ。あまりにも多くの人を喰いすぎている。
そして、もう一つは――」
「道化師共か?」
「そうそう」

道化師共――ジョーカーとバーサーカーも、かなりの人数を無意味に殺戮した。
また、つい先ほどのセンタービル爆破で、彼らは聖杯戦争のステージそのものに深刻な被害を与えたのだ。
討伐令を出すのを躊躇う要素は何処にもあるまい。

「あとは他にも変態野郎やえっちな鬼ちゃんの陣営が、そこそこ迷惑なことをしていたんだけれど……」
「流石に一度にそう多くの主従を討伐令に出すのは無理があるぞ、魔女よ」
「だろう? だからまずは、大至急排除すべきこの二主従だけを、討伐候補にすれば良いかなって思ってるんだ」

そこまで言って、少女は何かを思い出したかのような表情をし、はっと後ろを振り返る。
少女が振り返った先に居たのは、彼女の一つ後ろの椅子にずっと最初から座っていた【姫河小雪】であった。

「ごめんスノーホワイト! 置いてけぼりにしちゃったね! 」

円柱に座る少女は身を乗り出し、スノーホワイトに顔を近づける。
そのまま、少女はその細腕でスノーホワイトを両脇から抱き上げた。
そして、空中で愛おしそうに強く抱きしめた後、少女とルーラーの間にあるスペースに彼女を下ろした。

「キミも話し合いに参加したかっただろう! うん、間違いない。参加したかったはずさ!
何せ、キミはこの聖杯戦争の主催の一人なんだから!」

この聖杯戦争は、キミが望んだ物なんだから!
少女がそう言うと同時に、スノーホワイトの元々暗かった表情が更に暗くなる。
彼女は震える声で答えた。

「違う……わたしは戦争なんて望んでない!」
「いいや、望んださ。確かにね。
思い出しなよ、スノーホワイト。
あの時キミが手を取ったから、戦争は始まったんだぜ?」

そう言って、少女は笑みを浮かべる。
その表情はまるで――




童話に出てくる、意地悪な魔女のようであった。




▲▼▲▼▲▼▲

時は少し遡る。

「『聖杯』って知ってる?」

受けた質問に対し、スノーホワイトは首を横に振った。
聖杯伝説を知っている十四歳の少女なんて、いる方が珍しいであろう。

「そっかー、そうだよねぇ……」

それは少女の方も予想していたらしく、わざとらしく肩を竦めたものの、
その後はあらかじめ用意していたと思わしき、聖杯についての簡単な説明が数分間行われた。
聖杯という器があること。
それに託せば、どんな願いも必ず叶うということ。
そして、それを少女は持っていること。
為された説明は、要約すればこの三つだ。

「そして、ボクはキミにそれを授けようと思っているんだよ」
「…………」

天から舞い降りたかのようなチャンス。
だが、それに対しスノーホワイトは疑いの念を抱いた。
何せ、スノーホワイトはついさっきまで寿命と引き換えに手に入る便利アイテムを購入するかどうかの瀬戸際に居たのだ、
そこに『なんでも願いが叶う道具をプレゼントするよ!』と言われたところで、はいそうですかと簡単に受け取れるわけがない。
そんな心境を察したのか、少女は慌てたように手を振り、「おいおい勘違いしないでくれよ」と叫んだ。

「聖杯と引き換えに、ボクはキミに対価を求める事は絶対にない。
寿命から毛の先に至るまで、どんな物もキミから奪わないと誓うよ」
「本当に?」
「ああ、本当さ」

薄い胸に拳を当て、誓いのポーズを取る少女。

「けれど」

続けて、彼女が不穏な接続詞を口にし、スノーホワイトは身構える。

「完全なる聖杯をキミに渡すには、あとほんの少ぉ〜しやらなくちゃならないことがあるんだ。
誰かそれを手伝ってくれる人が居ると、嬉しいんだけど……」

少女はそう言って、スノーホワイトの方をチラチラと見る。
どうやら、少女はスノーホワイトに聖杯を完成させる手伝いをしてもらいたいらしい。

「勿論、準備の最中にキミに危害が及ぶことはありえない。
手伝いと言っても、ただ、ボクの側に居て、準備の様子を見守るだけさ。それ以外には何もしなくて良い」

だから、ね?――そう言って、木製の円柱の上から、少女は片手を差し出す。
この手を取れば、スノーホワイトは彼女を手伝う事になるのだろう。
だが、どうしても躊躇われる。
どれだけ身の安全を保障されたとしても、それが嘘であるという可能性は拭えないのだ。
もしスノーホワイトがあともう少し成長し、自身の「困っている人の心の声が聞こえるよ」の応用で相手の心をより詳しく知る事が出来れば、少女の言葉の真偽を知れたかもしれないが、今現在の彼女はまだ未熟で未発達な魔法少女である。
そもそも、そこまで疑うのであれば、さっさと断ればいいのだが、スノーホワイトの心に積もった後悔の念は、それを許さないのだ。
それを知ってか知らずか、円柱に座る少女はもう一押しとばかりに、スノーホワイトに言葉を投げかける。

「それに、ボクからのプレゼントを断って、こんなクソつまんねぇゲームに参加し続ける方が嫌だろう?
死ぬのは怖いだろう?
無かった事にしたい事があるんだろう?
帰ってきて欲しい、大切な人がいるんだろう?
ほんのちょっぴりの間ボクと一緒に居れば、それが全部叶うんだよ?」

少女は囁く。
それは、まるで魔法のように魅力的な言葉の羅列である。
そもそも、この時のスノーホワイトは大切な人を失ったショックや、非常識な事態を目撃した衝撃で、判断能力に不調が生じているも同然の状態だった。
だからだろうか。
甘美なる『魔女』の言葉は、通常以上にスノーホワイトの心の隙間へ入り込む。
彼女の目の前に差し出された、雪細工のように白い手は、思わず触れたくなるほどに美しかった。

「だからさ、スノーホワイト。
ボクと一緒に聖杯を育成しようぜ?」

そして――、

▲▼▲▼▲▼▲

そして、スノーホワイトは少女の手を取った。
取ってしまった。
寧ろ最終的には自分から、『聖杯が欲しい』とさえ言ってしまったのだ。
彼女が聖杯戦争という真相を知ったのは、全てが決まってから――見知らぬ世界の見知らぬ街『冬木市』に連れてこられた後の事である。
知った当時は「こんなことは聞いてない!」と激昂した彼女であるが、ケラケラとした調子で「だって聞かれてなかったし? 嘘は一つもついてないぽーん??」と答える少女には、最早怒る気力すら湧かなくなった。
魔法少女のデスゲームから逃れようとした結果、聖杯戦争というバトルロワイアルの主催になってしまったのは笑えない話だ。
死の危険こそはなくなったものの、他者を死の危険に晒す立場に立ったと言うのは、スノーホワイトにとって相当ショッキングな事実である。
あの忌々しいファヴと自分はほぼ同じポジションにいるのだ、と思うだけで、鳥肌が立ちそうだ。

「…………」
「おいおいどうしたのさ、スノーホワイト。まるで詐欺師に騙されたみたいな顔しちゃってさ。
薄幸属性まで獲得して、可愛さ倍増! ってかい? やっるぅー! あはは!」

時は今に戻り、教会には少女の甲高い笑い声が響き渡る。
笑い終わった後、彼女は人差し指で目元の涙を拭った。

「……とまあ、こんなすっげぇどうでもいい話は置いといて。
討伐令について、スノーホワイトはどう思う? ボクはね、さっきも言った通り――」

その後も少女は、いつも通りスノーホワイトを置いてけぼりにして、ルーラーと話し続けた。
試しに、スノーホワイトが聖杯戦争に否定的な意見を言っても、彼女はそれをのらりくらりとかわすのだ。
向こうからは、たまに思い出したかのように、どうでもいい絡みが飛んでくるだけである。
表面上はスノーホワイトに意見を求めているものの、出会った時に言っていた通り、少女はスノーホワイトに『その場に居る事』しか求めていないのであろう。
それがどういう理由によるものかは、今のところ分からない。
以前、このことについて尋ねてみても、『だから最初に言っただろう? ボクは清く、正しく、美しいキミを助けたいだけなのさ』と決まり文句を返されるだけである。
ともかく、こんな所から逃げ出したいくらいの気分だが、スノーホワイトが逃げた所で聖杯戦争は中止されないであろうし、そもそもこの世界にN市があるかどうかすら分からない。
それに、少女が言うには冬木の周辺には聖杯戦争の関係者のみ――突然、それにスノーホワイトも含まれているだろう――に効果を表す特殊な結界が施されているらしく、逃げる事は不可能である。
つまるところ、彼女が出来る最善の行動は、聖杯戦争が進む様を黙って見る事だけなのだ。




話し合いを終えた後、少女はスノーホワイトにこう言った。

「スノーホワイト。討伐令を境に、聖杯戦争はいよいよ明日から本番に突入するよ」

それはつまり、明日からより多くの血が流れる、という意味だ。

「キミの願いが叶うまで、あともう少しさ。それまではゆっくり座って待っていなよ……あっ、それなら彼に聞いてみてはどうだい?」

少女はルーラーを指差した。

「座って待つことに関してなら、彼の右に出る者は居ないからね。あはは」
「随分と言ってくれるじゃあないか、魔女よ……次にその事を口にしたら、睨むぞ?」

自嘲の笑みを浮かべながら、ルーラーが言う。
笑う二人を見ながら、スノーホワイトは一人で、現在進行形で深まっていく絶望を感じるのであった。

▲▼▲▼▲▼▲

正義。
悪。
渇望。
復讐。
狂気。
理性。
愛。
希望。
絶望。
エトセトラ。
エトセトラ。


それら全てを混ぜ合わせた太陽が、再び昇る。


照らされるは、冬の街。


あまりに寒々しい光を浴びて、二十組の兵は今日も目覚める。


彼らを見届けるは、『魔』を有する三人。


かつて主に示した白は既になく、今は黒に染まるばかり。
神を裏切りし、魔眼の聖人。


旅人への不思議な救いと、子供たちへの理不尽な恐怖。
『矛盾』する二つを抱えた、北国の魔女。


騎士を失った悲しみに暮れ、白き騎士も未だ見つけられない。
あまりにも無力な、白の魔法少女。



二十組と三人の思いが交差する中。
今日も、朝はやってくる――。



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翌日(12/23)の朝、聖杯戦争参加者の元に一通の手紙が届いた(特定の住所を持たない者は、『いつの間にか手の中にあった』という形で受け取っている)。
その内容は以下の通り。


  • これはルーラー及び聖杯戦争を主催する者たちから参加者に宛てた手紙である。

  • 既に知っている者がいるかもしれないが、冬木市の周りに特殊な結界を張っているので、街から抜け出せる事は出来ない。
(もし出ようとすれば、目の前が霧で覆われて、方向感覚が狂い、街へと戻って来る)

(彼らの写真と、彼らが冬木市で起こした数々の犯行について書かれた紙が手紙に添付されていた)
(討伐の成功者には、報酬として令呪一画が与えられる)

以上

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【クラス】
ルーラー

【真名】
カシヤーン

【出典】
ロシア民話、キリスト教

【性別】

【属性】
混沌・中庸

【ステータス】
(冬の環境下)
筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力A++ 幸運C 宝具A+++

【クラススキル】
真名看破:A
ルーラーのクラススキル。直接遭遇したサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。
隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては、幸運値の判定が必要になる。

神明裁決:B
命令やペナルティを執行するため、召喚された聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能で、絶対命令を下せる特殊な令呪を各サーヴァントごとに二画保有する。

対魔力:EX
魔術に対する抵抗力。
聖人であると同時に魔物の性質も持つ彼のこのスキルのランクはEX(規格外)であり、どれほどの大魔術・呪法儀式だろうと一切寄せ付けさせない。
ただし効果は当人にしか及ばないため、周囲を巻き込むほどの大規模な術を受けた場合、自分以外の被害までは抑えられない。

【保有スキル】
聖人:E
聖人として認定された者であることを表す。
ルーラーは、サーヴァントとして召喚された時に“秘蹟の効果上昇”、“HP自動回復”、“カリスマを1ランクアップ”、“聖骸布の作成が可能”から、ひとつ選択される。
カシヤーンの場合、“HP自動回復”を選んだ。

魔眼:A+
魔力を有する瞳。
聖人である為、奇蹟の側面もある。
見たものに『不幸の果ての死』を与える効果を有しており、仮に何らかの妨害で魔眼が与える死が不発に終わったとしても、睨んだ相手の幸運を三ランク下げる(Eランク以降はマイナス補正が課される)(EXの場合は例外的に魔眼の効果は無効化される)。
勿論、ルーラーとしての立場上無闇に使う事は出来ない。

話術:B
言論によって他者の思考を誘導し、自在に操る技術。
聖者をも騙す話術の才能。

【宝具】
【その降臨を望む者は誰もなく(ジマ・ラスヒレニヤ)】
ランク:A→B 種別:対界宝具→対人(自身)宝具 レンジ:∞→- 最大補足:∞→-

冬を象徴するカシヤーンの存在そのものが宝具に昇華されたもの。
現界と同時に周囲一帯の気候を冬のそれに変質させる。
だが、此度の聖杯戦争ではフィールドの季節が既に冬である為、その環境下で幸運以外のステータスが一ランク上昇する宝具へと変質している。

【地の鎖(アンゲル・セプ)】
ランク:B− 種別:対人宝具 レンジ:10 最大補足:1

カシヤーンがローブの下に潜ませている鎖。
射出して相手にぶつけたり、拘束したりする。
元はカシヤーンを地の底に封じ込める大天使の鎖だったが、彼がサーヴァントとなった今では、宝具に堕ちた。
A+ランクを誇る宝具のはずだが、カシヤーンはこれの本来の持ち主ではない為、ランクダウンが起きている。
相手の魔性の高さに応じて、拘束力が上昇する。

【我が主の敵は此処にありて(ヤ・ブドゥ・ブラゴン・ボグァ)】
ランク:A+++ 種別:対神宝具 レンジ:100 最大補足:999

巨竜を召喚する。
聖女マルタ、あるいは聖人ゲオルギウスなど竜種を退散させたという逸話を持つ純な聖人の真逆に位置するが故、または彼が味方についたサタンが度々竜の姿で描かれたことにより生まれた宝具であると考えられる。
神の敵(サタン)の象徴である竜は、神性スキルを保有するサーヴァントに対して非常に高い特攻を持つ。


【人物背景】
ロシア正教における聖人。
貧者に無慈悲で、傲慢な性格をしている。
また、神の敵であるサタンの側に付いたエピソードも有名。

彼の逸話の多くは、聖人というよりも魔性や妖怪のような印象を持たれる物が多く、その最たる物が魔眼である。
普段は鎖に縛られて椅子に拘束されており、聖カシヤーン記念日である二月二十九日にのみその拘束が解かれ地上に出る事が許されている(当然地上側からすれば冬が一日伸びるのでたまったものではない)。
ちなみに、その日に召喚されていた場合、更にステータスが一ランク上がっていたと思われる。

【特徴】
女のように長い睫毛。
普段は目を閉じている。
黒いローブ。

【呼称一覧】
一人称:私
二人称:貴様


【主催者】
魔女(???)

【能力・技能】
  • 魔術
その実力の上限は、今の所判明していない

【特徴】
見た目は少女。中身は不明。
成人男性がちょっと力を込めて抱きしめれば、ポッキリと折れそうなほどに痩せた体型をしている。
ファッション自体は、ロシア帽子にフワフワのスカートと、魔法少女ファッションのロシア版のようなもの。
空中を浮遊する木製の円柱――その上部に出来た窪みに腰をすっぽり収めており、魔女ファッションに合わない茶色のブーツで太腿の付け根まで包んだ両足を放り出している。
はたから見れば、うっかり窪みへ腰がハマってしまった間抜けにしか見えない。

【呼称一覧】
一人称:ボク
二人称:キミ

【主催者】
魔法少女(姫河小雪)@魔法少女育成計画シリーズ

【能力・技能】
  • 魔法
困っている人の心の声が聞こえるよ

【人物背景】
魔法少女名はスノーホワイト。
ソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』をプレイしていた際に魔法少女になった、普通の女の子である。
魔法少女として日々人助けを行っていた彼女だが、ある日、増えすぎた魔法少女たちを減らすという名目のキャンディ争奪戦改めデスゲームに参加させられる事に。
本作への参加時期は、『魔法少女育成計画』の『四章 月夜の魔法少女』から。
ブロック塀に背を預けへたりこみ、呆然としていた際に、突如現れた魔女から聖杯を与えられる形で、聖杯戦争の主催となってしまう。
だが、その実、彼女が主催として行える事はなく、魔女から『ただそこにいるだけでいい』と言われている。

時系列順


投下順


←Back Character name Next→
:神谷奈緒&セイバー 神谷奈緒 :喰い足らずの心
セイバー(源頼政(猪隼太))

←Back Character name Next→
:川尻早人&セイバー 川尻早人 :たんぽぽ食べて
川尻しのぶ :小碓媛命は■をした
セイバー(小碓媛命)

←Back Character name Next→
:新田美波&セイバー 新田美波 :Belley Star
セイバー(スルト(スキールニール)) :The Good, the Bad and the Ugly

←Back Character name Next→
:ウェイバー&アーチャー ウェイバー・ベルベッド :The Good, the Bad and the Ugly
アーチャー(ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム)

←Back Character name Next→
:安部菜々&ランサー 安部菜々 :今一度、ガラスの靴を履いて
ランサー(中村長兵衛)

←Back Character name Next→
:わたしたちは此処にいます 直樹美紀 :錆びつく世界を、スキップでかけて
ランサー(カメハメハ一世)

←Back Character name Next→
:白菊ほたる&ランサー 白菊ほたる :今一度、ガラスの靴を履いて
ランサー(ガレス)

←Back Character name Next→
:ウェザー・リポート&アサシン ウェザー・リポート :What two and two always makes up?
アサシン(貂蝉)

←Back Character name Next→
:市原仁奈&ライダー 市原仁奈 :お気の召すまま
ライダー(オシーン)

←Back Character name Next→
:アレル(DQ1勇者)&ライダー アレル(DQ1勇者) :勇者と竜と魔王と俺と
ライダー(董卓 仲穎)

←Back Character name Next→
:恵飛須沢胡桃&キャスター 恵飛須沢胡桃 :錆びつく世界を、スキップでかけて
キャスター(アヌビス)

←Back Character name Next→
:燃えよ紅葉 音石明 :Freaky Styley
キャスター(紅葉)

←Back Character name Next→
:高垣楓&キャスター 高垣楓 :今一度、ガラスの靴を履いて
キャスター(パトリキウス)

←Back Character name Next→
:南城優子&キャスター 南城優子 :お気の召すまま
キャスター(マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス)

←Back Character name Next→
:叛逆デュエリズム ???(ウェカピポの妹の夫) :The Good, the Bad and the Ugly
バーサーカー(モードレッド)

←Back Character name Next→
:空腹 滝澤政道 :喰い足らずの心
バーサーカー(███(ジェヴォーダンの獣))

←Back Character name Next→
:スティーブ・ロジャース&バーサーカー スティーブ・ロジャース :勇者と竜と魔王と俺と
バーサーカー(ファヴニール)

←Back Character name Next→
:ジョーカー&バーサーカー ジョーカー :I am Iron Man
バーサーカー(フォークロア)

←Back Character name Next→
:トニー・スターク&シールダー トニー・スターク :I am Iron Man
シールダー(ウィンチェスター・ミステリー・ハウス)

←Back Character name Next→
:ウェカピポ&シールダー ウェカピポ :To From
シールダー(ベンディゲイドブラン)

←Back Character name Next→
:Organizers―Black side ルーラー(カシヤーン) :[[]]
:Organizers―White side 魔女
スノーホワイト

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最終更新:2017年07月11日 11:26