Scene1 相対性原理


 近未来のこと,リニアモーターカーが実用化し,振動や騒音もなく静かな超高速移動が可能になった。さて,窓のない寝台車で読書をしながらパリまでの一昼夜の旅を楽しんでいる君だが,ところで,列車が今どんな速さで日本海横断トンネルの中を突っ走っているのか知る方法はあるだろうか?


 車輪のないリニアモーターカーといえども,地面に対する速さを直接測定する方法はいろいろあり,運転席にスピードメータをつけることは可能だろう。しかし,閉ざされた室内で自分の速さを知る方法はないというのが物理学の結論である。加速度は慣性力によって測定できるから,進行方向がわかっていて出発時からのデータがあれば,それを積分することで速度を得ることができる。
\vec{v} = \int_0^t \vec{a}(t) dt        簡易加速度計(a=g\tan\theta

 加速度のデータなしに,たとえばうたた寝をしてふと目覚めた君が現在の自分の速度を知ることは,どんな装置をもってしても不可能なのだ。これが,相対性原理と呼ばれる物理学上最も基本的な原理のひとつである。

 「等速度運動している実験室内で起こるいかなる自然現象も,
                   静止している実験室内と何ら変わることがない」

 たとえば,眠け覚ましに取り出したオレンジを真上に放り投げてみよう。鉛直下向きの一様な重力のもとにある静止系…静止した実験室に固定された座標系というか,モノサシと時計がそなえられてその中での物体の運動が測定可能な実験「時空間」をこう呼ぼう…において上方に投げられた物体は,下向きに一定の加速度(重力加速度g=9.8m/s^2)で鉛直方向に往復運動をする。


 実験室が一定の速度で運動している場合(等速度系)も,オレンジの運動は静止系のときと変わることはない。ただし,外のホームに立っている人の立場(静止系)から見れば,オレンジは列車とともに前方に動いていくので放物線を描くことになる。列車が960km/hの最高速度に達していても,後ろにすわった人にオレンジバクダンをあびせるという迷惑をかけることはないのだ。
 もちろん,列車が加速度をもって運動していれば(加速系)事情は異なる。ただ,そのときも君が知ることのできる情報はただひとつ,速度ではなく加速度なのだ。


 結論として,私たちは静止系と等速度系を見分ける方法を原理的に持たないということになる。実際「静止系」といっているのは便宜的なもので,地球の自転や公転を考えれば静止系など存在し得ない。ただ,ふつうに運動の法則が成り立つ…という意味でこれらを統一して慣性系と呼んで加速系と区別することにする。

練習問題 1
 リニアモーターカーが一定の加速度をもって運動しているとき,車内(加速系)におけるオレンジの軌跡を求めよ。

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最終更新:2009年04月20日 15:45