十二月二十四日。クリスマス・イブ。
それは恋人たちが、お互いの愛を確認し合うための聖なるイベント。

…と言いたいところだけど、あいにく私にそういう相手はいない。
そもそも女子校に通う私たちにとって、異性との出会いの場など用意されていないのだ。
もしクラスに彼氏の話題で盛り上がっている女子がいるとすれば、
それは何らかの学外活動で交流があったり、中学校から付き合っていたりする人だろう。

別に羨ましい、とは思わない。
そりゃあ、クリスマスの夜に恋人と二人きりなんて幸せだろうなぁとは思うけど。
巷で聞く「リア充爆発しろ」みたいな、不当な怨恨を口にするほどではない。

「あーもう、リア充爆発しろ!」

…まあ、今目の前にそういう輩が約一名いるわけだけど。

終業式が終わって、教室に戻ってきた私たち。
今はホームルームが始まる前の待機時間だ。
当分教師たちは戻って来ないので、殆どのクラスメートは席を移動して雑談に花を咲かせていた。

私の席の周りには、いつもの二人。
純はしゃがんだ状態で机の上に顔を乗せ、憂は隣の机に軽く腰掛けている。

「何でこうも、うちのクラスにはリア充が多いわけ」
「まあまあ…純ちゃんも可愛いんだから、そのうち良い人が見つかるよ」
「あのねぇ憂、今日いなきゃ何の意味もないでしょ」
「えへへ、ごめんごめん」
「梓…あんたは良いよねぇ」
「何がよ」
「とぼけても無駄なんだから、このリア充め」
「はぁ…私のどこがリア充なのか、逆に教えて欲しいくらいなんだけど」
「梓ちゃんは、ね」
「ちょ、憂まで何なのよもう!」
「あんただって分かってるくせに」
「適当なこと言わないでよ、アホ純」
「なっ、言ったなー日本人形!」
「まあまあ、二人とも…」
「しょうがないわねぇ…分からないならちゃんと口に出して教えてあげる」
「愛しの、ゆ・い・せ・ん・ぱい♪」
「な、ななな何言って…」
「おやおや?その反応は図星ですなぁ」
「違うし!唯先輩と私がそんな関係なわけないでしょ」
「とか何とか言って、唯先輩のことが好きなくせに」
「意味分かんないから。ていうか、何でよりよって唯先輩なのよ」
「梓ちゃん、お姉ちゃんのことそんなに嫌い…?」
「ち、違うよ!そういう意味じゃなっくてさ…」
「んもう、素直に認めちゃえばいいのに」
「だあーっ!純がヘンなこと言うから!」

全く。
純のからかい癖には心底呆れたものだ。

私が唯先輩のことを好き?
冗談じゃない。全然面白くないよ、純。

そもそも私は女の子で、唯先輩も女の子。
同性愛なんて、そんなもの認められるわけないじゃない。
いや、私が唯先輩とそうなりたいと思ってるわけじゃないよ?
ただ…同性同士が相容れない運命なんて、生まれた時から既に決まっているから。


こんな小説を読んだことがある。

主人公は、高校一年生のあどけない少女。
彼女は、バイト先の一つ上の先輩に恋をしてしまう。
優しくて、面倒見が良くて、いつも笑顔の絶えないその先輩。
きっかけとかは特になく、一緒に過ごすうちに自然と好意を抱くようになっていて。
少女にとってそれは、年頃の女の子が抱くような普通の恋愛感情だった。
その先輩が、自分と同じ女性だったということを除いては。

少女は悩んだ。
学校で友達に相談をするわけにもいかない。
相談どころか、こんな感情がバレてしまえばいじめの対象になることは明白だった。
バイトでシフトが重なる度に、優しい笑顔で接してくれる先輩。
だんだんとその笑顔を見るのが辛くなった少女は、ある日バイトを無断欠勤してしまう。

閉ざし切った暗い部屋に、携帯電話が鳴り響く。
バイト先からかかってきたと思われたその電話は、驚くことにあの先輩からだった。

「どうしたの?何か、辛いことでもあった?」

まるで悩んでいることを見透かしているかの様な、優しい口調。
堪え続けていた少女の感情は、この時初めて爆発した。

「せんぱい…っ!会いに来て、欲しいんです…」

バイトの休憩中にもかかわらず、先輩は少女の元へと駆け付ける。
何も言わずに抱きしめてくれた胸の中で、少女は号泣しながら想いを伝えた。

この出来事をきっかけに、二人は付き合い始める。
それが…波乱万丈な人生の幕開けだとも知らずに。

付き合って1ヶ月が経った頃。
いつものように登校した少女を待っていたのは、陰口と忌避の嵐。
原因は何となく分かっていたから、彼女はその陰湿ないじめに耐え続けた。

私がどれだけ傷付けられても、先輩を愛する気持ちは変わらないから。
その一心で、黒板の落書きを消し続け、机の中の紙屑を捨て続けた。

しかし。
それからさらに三週間が過ぎた頃のことだ。
バイトが終わった後、少女はいつもの駅前で先輩と待ち合わせていた。
五分後にやってきた先輩の顔を見た瞬間、少女は愕然とする。

右頬に張られた、大きめのガーゼ。
腫れた左目の上に出来た、生々しく黒い痣。

先輩もまた、少女と同じようにいじめを受けていたのだ。
事の発端は、二週間前の遊園地デートを盗撮されていたこと。
どのアングルから撮ったのかは不明だが、流出写真には観覧者でキスをする二人の姿が写っていたという。

涙を浮かべる少女に向かって、先輩は悲しい表情で告げた。

「ごめんね…私のせいで、こんな思いさせちゃって」

自分が傷つけられたことには一切触れず、ただただ少女を心配する先輩。
この時初めて、少女は悟ったのだ。
禁断の愛に生きようとして、傷つくのは自分だけではない。
付き合ったパートナーにも、同等かあるいはそれ以上の痛みを与えてしまうと。

やがて噂は、お互いの両親の耳にも到達する。
問答無用で別れを強要させられる二人。
最後に会った先輩が、涙を浮かべながら少女に放った言葉。

私のことは、もう忘れて──。



長くなってしまったけど…端的に言えばバッドエンド。
女の子と女の子が付き合っても、その先には艱難辛苦の修羅道しか用意されていないということ。
たかがフィクション、されどフィクション。
少女と同じような境遇に置かれた私が、現実の教訓とするには十分な内容だった。

だから私は、唯先輩と付き合いたいなんて絶対に言わない。
好きとか、愛してるとか、そんなこと間違っても口にしない。
私が傷つくだけならまだしも…唯先輩まで傷つけてしまうわけにはいかないから。

もちろん、唯先輩が嫌いなわけじゃないよ。誤解しないでね…憂。

年内最後のホームルームは予定よりも早く終わった。
「良いお年を」という担任の言葉とともに、クラスは一転して騒がしくなる。
配布物を鞄にしまい込んでいると、荷物をまとめた憂と純が再び私の元にやってきた。

「梓、この後どうすんの?」
「うーん…」

実を言うと、ちょっと悩んでいる。
いつも通りこのまま部室に行ってもいいんだけど…

「気、使ってるの?」
「うん…やっぱり、勉強忙しいだろうなって」

ここのところ、唯先輩たちは普段よりも忙しそうにしている。
今週に入ってからは特に、バタバタと慌ただしいのだ。

部活を引退してからも、先輩たちは部室に来て受験勉強をしている。
私は休憩のティータイムに参加しながらギターの練習をしているけど、
やはり勉強をしている横で音出しするのは気が引けてしまうものだ。

そんな唯先輩たちが、今週に入ってからは帰るのがとても早い。
放課後に部室にやっては来るものの、ものの一時間でそそくさと勉強を切り上げてしまう。

「ごめんねあずにゃん、冬季講習が忙しくて」

なんて台詞を私に残して。
まあ…受験生はこれからが勝負だもんね。
後輩の私が我がまま言って、足引っ張るわけにもいかないし。
唯先輩たちには、四人揃って同じ大学に合格して欲しいから。

でも、今年は去年みたいにクリスマスパーティとかできないんだろうな。
ライブハウスでライブしたり、一緒に年を越して初日の出を見たり…なんてことも。

ああ、もう。
最近の私、なんか悩んでばっかりだ。
来年は部長になるっていうのに…しっかりしなきゃ。

とにかくそういうわけで、部室には行くのはちょっと気まずい。

「私たちと一緒にお昼食べる?」

悩み事を反芻していると、純が不意に話しかけてきた。

「…どっか食べに行くの?」
「制服着替えてから、いつものファーストフードで憂とね」
「私も、行こっかな…」
「梓ちゃん…軽音部はいいの?」
「唯先輩たちは、今日も冬季講習で忙しいだろうし」
「でもたしか、お姉ちゃん今日は冬季講習無かったはずだよ」
「え、ほんと?」
「うん。カレンダーに丸ついてなかったし」
「そうなんだ…」
「梓…少しだけ、部室に顔出してみたら?」
「う、うん…」
「もし誰もいなかったらさ、ウチらんとこおいでよ」
「そうだね…ありがとう、純」
「行ってらっしゃい、梓ちゃん」
「憂もありがとう…私、行ってくる」

憂も純も、なんだかんだ私のことを気にかけてくれる。
からかわれたり、ぶつかり合うことだってあるけど…
やっぱり二人とも、私にとってはかけがえのない親友だ。
自分で言うのも難だけど、本当に良い友達を持ったと思う。

憂たちの心遣いに甘えて、私は部室に行くことに決めた。
先輩たちが居ると良いな。馴染んだ亀のオブジェを触りながら小さく願う。

階段の頂上に到着すると、一呼吸置いてから冷えたドアノブに手をかけた。

「こんにちはー」

恒例となった挨拶をして中に入る。

…返事は何も聞こえない。

それどころか、いつもと雰囲気がまるで違う部室にたじろいでしまう。
真っ昼間にもかかわらず、部室は光一つ無い暗黒の空間と化していた。
どうやら部屋中のカーテンが閉め切られているようだ。

(やっぱり、唯先輩たち居ないんだ…)

冬季講習はないと聞いていたから、てっきりワイワイやっていると思ったのに…
落胆しながら辺りを見回す。見慣れたはずの部室はやけに不気味だった。

(とりあえずカーテン開けなきゃ…)

意を決して、木目の床に足を踏み入れる。
後手で引いたドアが閉まる音を立てた、次の瞬間だった──


パーン!パーン!


銃声のような破裂音とともに、部室の蛍光灯が一斉に明るくなる。

「あっずにゃーん、メリークリスマスー!」
「おっせーぞ、梓!」
「梓…来てくれて良かったよ」
「メリークリスマス、梓ちゃん!」
「え…?」

突然の出来事に一瞬、思考が停止する。

どうして先輩たちが…?
ていうか、この飾り付け…

周囲を見渡すと、壁や窓、天井といったあらゆるスペースにカラフルな装飾が施されていた。

「ほんっと、一時は来ないんじゃないかと心配だったぜ」
「クラッカーで遊んでいた奴がよく言うよ」
「梓ちゃんなら来てくれると思っていたわ」
「何にせよサプライズ大成功だね!あーずにゃ…ん?」

自然と視界がぼやける。唯先輩の顔がよく見えない。
頬に一筋の何かが伝わっていく。口に入ってきたそれは塩っぱかった。

こんなサプライズ…ズルすぎるよ。

「あずにゃん…ここ何日か一人にしちゃってごめんね」
「たしかに私ら冬季講習もあったんだけどさ、本当はこれの準備で買い出しとか行ってたんだ」
「去年みたいに盛大なパーティはできないけど…こうやって部室でプチパーティくらいやろうと思って」
「内緒にしていてごめんね。皆で梓ちゃんを驚かせようと思ったの」

先輩たちは口々に私に説明してくれた。
私のこと、忘れていたわけじゃなかったんだ。

「もうっ…勉強はしなくていいんですか」

本当はすごく嬉しいのに、こんな憎まれ口しか出てこないなんて。
でも、この時の私には何となく笑みが零れているような気がした。

あずにゃん先輩、厳しいっす…」
「くーっ、相変わらず可愛くないねぇ」
「結構です。でも…皆さん、ありがとうございます」
「寂しい思いさせちゃってごめんな、梓」
「これからは、なるべく一緒に過ごしましょう?」
「はい!勉強のお邪魔にならない程度に」
「いいのいいの、勉強なんて六角鉛筆一本ありゃ…」
「それでこの前の模試しくじったのはどこのどいつだ!」
「痛ってぇー!」
「あははっ…あ、そうだ。あずにゃん、こっち向いて」
「何です…?んにゃあっ!」
「えへへ、久しぶりのあずにゃん分補給っ!」

ああ…この感触も久しぶりだな。
柔らかくて、温かくて、すごく安心する。
一週間ぶりのスキンシップだし、今日くらいは許してあげようかな…なんちゃって。

「おや、今日は素直だねあずにゃん」
「気のせいです。そろそろ離れて下さい」
「今日はイブなんだからいいじゃーん」
「調子に乗らないで下さいー!」

あんまり抱きつかれたままでも困るから。
名残惜しみながらも、首に巻きつけられた両腕をそっと解いた。

「ちぇー…せっかくのクリスマスなのにぃ」
「そんな3みたいな口しても無駄ですよ」

この漫才みたいなやり取りも久しぶりだ。思わずふふっと笑ってしまう。

唯先輩は何も変わらないな。
私がどれだけ先の見えない将来を憂いても。どれだけ不透明な未来を嘆いても。
いつだって、変わらない笑顔でそこにいてくれる。変わらない体温で私を抱きしめてくれる。
どんなネガティブ思考だって、この人の前では霞んでしまうのだ。
私にとって唯先輩は、まさに太陽のような人で…


なんで…

なんで、私たち……同性なのかな……


──ふと、問うことを避け続けてきた疑念が過る。

私が男の子だったら良かったのに。
そしたら、私が唯先輩に告白したって何もおかしいことはない。
同性愛に悩むことだって、周囲からいじめを受けることだってないんだ。

ただ、一人の女性を好きになっただけなのに…
たったそれだけのことなのに…何でこんな辛い思いをしなきゃいけないの?

悪いのは、誰?
偏見に満ちたこの世界?
私を女の子に産んだ両親?
それとも、女の子を好きになってしまった私自身……?

分からない、分からないよ……何が正しいのかさえ分からない──



「あずにゃん、どうしたの?」

気付けば唯先輩が、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。

「何か…辛いことでもあった?」

その仕草、その表情、その台詞。
全ての言動が、小説の中のあの先輩のイメージとぴったり重なった。
反面教師にしたはずの虚構が、現実となって表面化し私の身に降り注ぐ。

もう耐えられなかった。

「あずにゃんっ!」
「「「梓(ちゃん)!?」」」

振り切るようにしてその場を立ち去る。
ドアを開け、階段を勢いよく下り、昇降口を後にする。
時々学校帰りの生徒にぶつかりながら、必死でアスファルトの続く道を駆け抜けた。
あの忌々しい小説のイメージを払拭するかのように。


「ハァッ、ハァッ……」

いつの間にか私は自宅に辿り着いていた。
空のガレージが目に入り、明後日まで両親が不在であることを思い出す。
玄関を乱暴に開け、階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドに飛び込んだ。
枕に顔を押し付けて、ひたすら慟哭の声を上げる。

「ううっ、ひっく……ゆいせんぱい……うっ……!」
「私……もう、どうしたらいいか……ぐすっ……分からないよ……」
「ゆいせんぱい……私……」

もう何時間泣いたのかさえ、分からない。
泣き疲れた私は、現実から逃れるようにしてずぶ濡れの枕へとまどろんでいった──



  • 後編気になります!ハッピーエンドで終わってほしい! -- (SR) 2011-01-05 23:35:55
  • 悪いのは偏見に満ちたこの世界だ!! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-10 17:45:59
  • どんな小説だよ…実在しないよな? -- (名無しさん) 2014-01-27 19:38:22
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最終更新:2011年01月07日 11:38