丁度その時、私は講義まで時間があったので皐の家に行っていた。
鼻歌交じりに大きな門をくぐって、日本には似つかわしくないほど立派な扉を開けて中に入った。
いつもの通り道を抜けて、大きなガレージを改造した研究室に入った。
中は段ボールやらA4の紙やらが散らばっており、その中に変な光沢を放つ機械やコードがうねっていた。
私は慣れた足取りで空いている床を踏みながら、目的のものを探した。
「お、あったあった」
しばらくすると、大きな布をかぶった箱を発見した。
私はは荷物をおろして、中からギターを出すとそれにつないだ。
そう、これはアンプなのだ。
「……よし!」
しかし、ただのアンプではない。
皐のお母さんに頼んで改造してもらった特別製のアンプだ。
「発注通り恐ろしく大きいな……!」
目の前にあるこのアンプは、全長が2メートルもあるのだ。
一体どんな音が出るのか楽しみで、私は鼻息が荒くなっていた。
アンプの目の前に立ち、ドキドキしながらピックを握る。
「……!」
ギャアアアアアアアアァ……ン!
「……いったぁ」
あまりの音量に私の体は4メートル先の本棚に吹き飛ばされていた。
「はぁ……、これはちょっとやり過ぎたかな」
屋外に出せば変わるかもしれないが、そのたびに人が吹っ飛んで行ったらたまったものじゃない。
私はアンプに布をかぶせて、皐のお母さんの研究室を見て回った。
「相変わらず何の研究をしているんだか……」
皐のお母さんはお金持ちの令嬢で、そのせいなのか家に謎の研究室を持っている。
私は皐を通してそれを知ったんだけど、最初来た時はお茶とかお菓子とかの歓迎の嵐で本当にびっくりした。
これが一般庶民との差なのだろうか。
一通り見て回ると、腰のあたりから震動がした。
「おっ、ドクからだ」
ドクと言うのは、私が付けた皐のお母さんのあだ名だ。ドクターのドク。
この前そうやって呼んだらえらく気にいっちゃって、それからはずっとドクって呼んでいる。
皐のお母さんとはあれから何だか仲良くなって、研究の手伝いとかもしている。何かあるといつも携帯を使って連絡してくるのだ。
多分その連絡だろう。
「はい、もしもし」
『あ、柚ちゃん。今日の夜暇かな?』
「暇ですけど、また研究の手伝いですか?」
『そうなのよ。ちょっとこれは柚ちゃんにも見せたいから来てもらおうと思ってね』
「特に予定は無いから大丈夫で……、うわぁ!」
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
『どうしたの!?』
「部屋の中の時計が一斉に鳴りだして……」
『時計は何時?』
「えっと、8時です」
『そう! 今は8時20分だから20分ぴったり遅らせることができたわけね!』
また何か実験をしていたらしい。電話の向こうで嬉しそうな声が聞こえる……。
……あれ? 時計が遅れている?
「ちょっとまってドク、時計が遅れているの……?」
『えぇ、8時20分よ』
「……まっずい!」
『えっ、ちょっと! どうし……』
私は慌てて電話を切ると、外に止めてあったアインラッドに乗って大学に向かった。
「時計が遅れているなんて聞いてないよおおおぉ!」
急いで教室まで行ったが、もう講義が始まっていた。
「みっちゃん、柚ちゃんが来たよ」
「おう、こっちこっち」
教室を見まわすと、皐と光が小さく手を振っていた。私はこそこそと2人が座る席に近寄り、一息ついた。
「はぁ……、疲れた」
「今日はやけに遅かったな、柚」
「皐の家に行っていたんだよ……」
「またドクのところか?」
「そう。また実験するんだって」
「ごめんね。いつも私のお母さんが……」
「いいって。アンプを改造してもらったお礼みたいなものだから」
皐の柔らかい物腰で謝られると、こっちが悪いことをしているように思えて嫌なんだよね。
そんなこんなで私達は講義を終えて、サークルのほうへ向かっていた。
「それにしても、皐のお母さんって何で科学者なんてやっているんだろな。昔はミュージシャンだったんだろ?」
確かに光の言うとおりだ。私も仲は良いけど何で科学者になったのか聞いたことなかったな……。
「ミュージシャン活動を休止して、お母さんは家の仕事を引きついだのかもね」
「そうなのかなぁ」
あの研究室を見ると、家の仕事を引きついだとは到底思えないけどなぁ……。
「でも、ドクはいい人だよ。おもしろいし」
「そう? ありがとう」
皐は嬉しそうに照れた。
「さて、そろそろ学園祭に向けて新しい曲を作ろうと思うんだけど、柚と皐はどう?」
「そうだね。私も曲が色々あったほうがいいと思うし」
「みっちゃん、また歌詞を書くの?」
「それもいいけど、今度はみんなで書いて持ち寄ろうぜ?」
歌詞か……。私に書けるのかな。
「光、歌詞ってどんな風に書くの?」
「そうだなぁ。思ったことをそのまま単語として書いていく感じかな?」
「単語で?」
「文章で書くと長くなりがちだからね。単語を並べてあとで文章に組み立てていくんだ」
「へぇ~」
光ってそんなことを考えて歌詞を書いていたのか……。私もやってみよう!
「ねぇ、光か皐、何かいらない紙持ってない?」
「あ、さっき貰ったのがあるよ」
光が私に桜が丘高校の保存をお願いする広告を渡した。
「あぁ、これさっきの……」
「私達の母校だから、残しておきたいけどそうもいかないかもね……」
皐が寂しそうにつぶやいた。
「あの時計だって未だに壊れているしね」
「雷が落ちて壊れちゃったんだろ? あれ」
私達が在校していた時も校舎のてっぺんにある時計は止まったままで、直すのが難しいって聞いたことがある。
広告にもそのことが書いてあり、それでも歴史的建造物であるから残そうって運動がある。
「あ、ちょっとしんみりしちゃったね。さぁ、歌詞を考えようか」
光は白い裏地に歌詞の単語を書き始めた。
「まぁ、こんな感じに使いたいのを書きだしていくんだ」
すらすらとよくもこんなに単語が出てくるもんだ。すごいな、光は……。
「あとは自分の気持ちだな」
「そっか。頑張ってみよう!」
「みんなの歌詞に曲付けるの楽しみだわ」
皐はうふふと期待を込めて笑っていた。
「まさか遅刻するようなことになるとは……。ごめんなさいね」
「本当。危うく先生に怒鳴られるところだったよ」
いつものおっとりとした雰囲気でドクが謝る。
午前0時15分。私達は実験の為に町はずれのアーケードに来ていた。
「で、今日はこの車で何をするの?」
「まぁ、最後には全部わかるわ」
そう言いながら、ドクは今ではほとんどなくなってしまったガルウィングのドアを開けた。
「ビデオをまわしておいてね」
「はい」
ビデオカメラを受け取り、私は録画を始めた。
「こんばんわ。琴吹紬です。今日はこのデロリアンの初実験を行ないたいと思います」
いそいそと準備を始め、ペットである犬のサレナの首に時計をつけた。
「柚ちゃん、この二つの時計は同じように動いているわね?」
「うん」
秒針も同じように時を刻んでいる。ドクはそれを確認するとドアを閉じた。
「さぁ、やってみるわよ!」
そう言ってラジコンとかを操作するプロポを取りだし、デロリアンはバックさせて遠くの方で停車させた。
「さ、こっちに来て」
丁度真正面にデロリアンが見える。一体何をするのだろう……。
「……逃げちゃだめよ?」
「に、逃げちゃ……って」
ドクはデロリアンの後輪をブンブン唸らせてスロットルをどんどんあげている。ま、まさか……。
「GO!」
バチンと大きな音がしたと思うと、デロリアンがキュルキュルキュル! とタイヤをうならせてこっちに走ってきた!
「ちゃんと撮ってね!」
「は、はい!」
スピードはぐんぐん上がっていって、スピードメーターは100キロを超えた。
私は逃げ出したいのを堪えつつ、ビデオカメラを覗きながら迫ってくるデロリアンを撮り続けた。
そして、スピードメーターが140キロを超えた瞬間───
「うっ!」
バン! バン! バアアアアアァン!
デロリアンは激しい光を3回ほど放ち、2本の炎のラインを残して目の前から消えた!
「はぁ……!」
驚きのあまり2人とも声も出ず、衝撃で飛ばされてくるくると回っているナンバープレートを見つめていた。
「やったわ! 大成功よ!」
一体何が起こったんだろう……。全く分からない。
「あっつ!」
ナンバープレートを拾うとしたら、あまりにも熱くって思わず落としちゃった。
「……ねぇ、ドク。あのタイムマシンはどこに行ったの?」
「あぁ、今頃1分後の世界についていると思うわ」
「……もうちょっとわかりやすく説明して?」
「つまり、デロリアンは通常時間の1分間を飛び越えているところなのよ。デロリアン自体は一瞬の出来事だけどね」
「……それって、あのあの車をタイムマシンに改造したの!?」
話を聞いてもあまりピンとこなかったけど、デロリアンは時を超えている最中のようだ。
「お、そろそろ戻ってくるわ」
ドクが私の腕を引いて端の方に寄せてくれると、そこにまた光を放ちながらデロリアンが現れた。
「おぉ……」
しゅうしゅうと湯気が立ち上るデロリアンに恐る恐る近づいて、ドクがドアに手をかけた。
「うわっ!」
「あ、熱いの?」
「いや、冷たい……。凍っているわ……」
ドクは足で器用にドアを開けると、中には元気そうなサレナがいた。
「おぉ、サレナ。無事のようね!」
見たところサレナは無事のようだった。ドクは嬉しそうに首に取り付けていた時計を見せてくれた。
「見て、時計がきっちり1分ずれているわ」
「本当だ……」
私が驚いて立ち尽くしていると、ドクが得意げにデロリアンの中を見せてくれた。
中はさらにごちゃごちゃとしており、いつもカーナビなどが取りつけられているところに謎の機械がついていた。
「このタイムサーキットに行きたい時間、現在の時間、そして出発の時間を入力するのよ」
ドクが手際よくキーを叩いて時間を入力していく。
「これで時速140キロを超えると時限転移装置が起動しこの車は時を超えるのよ!」
座席の後ろの方には、Yの字の変な回路が付けられており、これが時限転移装置だと言う。
「行き先は自由に設定ができるから過去でも未来でも行けるわ」
「すごい……! 本当にすごいよ、ドク!」
改めて褒めると、ドクは得意げに鼻を鳴らした。
「ねぇ、これって普通のガソリンで動いているの?」
「いえ、もっとパワーのある奴じゃないといけないわ。プルトニウムよ」
「へぇ、プルトニウムね……」
プルトニウム……。ぷるとにうむ……。プルトニウム!?
「プルトニウムって……、こ、これ核燃料で動いているの!?」
「マシンの動力そのものは電気なんだけど、時限転移装置へ1.21ジゴワットの電流を起こすには核反応が必要なのよ」
「でもプルトニウムなんてそのへんの店で買えるような代物じゃないよ……。ひょっとして、盗んだんじゃ……!」
「ち、違うわ! ちょっと交換条件で、その……、巻きあげたの」
「巻きあげた!?」
「ほら、最近ニュースでやっているiPS細胞に関する法律の反対派からね……?」
そ、そういえばあれの開発は琴吹グループがやっていたな……。
「ちょっと素性を隠して接触したら、武器をつくってくれっていうからインチキ爆弾をつくって取引したの」
お、恐ろしいことをしている人だ……!
「さ、柚ちゃんも防護服を着て? 燃料の入れ替えをするわ」
私の心配も気にせずにドクはウキウキと重そうなケースを取り出してきた。
私は放射線を防ぐ黄色い防護服を着て、ドクとプルトニウムの詰め替え作業に立ち会うことになった。
ドクは慎重な手つきで厳重なケースから透明な筒を取り出した。
中には赤い色をした固体のようなものが詰められており、それをゆっくりとデロリアンの後部の中心に入れた。
「よし、蓋をしたから安全だわ」
「テープを無くさないでね。貴重な記録だからね」
「どうしたの? サレナ」
やけに吠えるサレナを見ると、向こうから来る車を見つめていた。
それを確認すると、ドクの顔から血の気が引いていった。
「どうしたの、ドク」
「まずい……。逃げて柚ちゃん!」
「何!?」
「過激派がプルトニウムの仕返しに来たんだ!」
一台のバンが走り込んで来て、ドクに向かって銃を撃ってきた!
「私が敵を惹きつける! その隙に柚ちゃんは逃げて!」
「ちょっと待ってよ!」
ドクはそのまま敵を惹きつけて走って行ってしまった。
しかし、相手はバンに乗っている。あっという間に目の前に立ち塞がれて銃を向けられた。
ま、まずい……!
「きゃああぁ!」
「やめろおおぉ!」
そう叫んだときにはもう遅くて、ドクの体は銃弾によって倒れた……。
「こいつ!」
私が大声を出したせいで過激派に見つかってしまった!
慌てて逃げるけど、目の前にバンを止められて逃げ場を失ってしまった。
「……っ!」
こ、殺される……!
「……くそっ! こんな時に! 何て銃だ!」
……た、助かったの? 何やら揉めているようだ。い、急いで逃げなきゃ!
私は咄嗟にデロリアンに飛び乗ると、エンジンをかけた。
「……っ!」
一瞬ドクの倒れているのが目に入って、逃げるのをためらってしまった。
「追えー!」
「……ごめん!」
……私は銃声に背中を押されて、デロリアンを走らせた。
目いっぱいにアクセルを踏み、バンから離れていく。
キン! キン! キン!
弾丸が跳ねまわる音に冷や汗を流しながら、私は必死にハンドルを切った。
ブンブンとエンジンは軽快な唸りを響かせているけど、まだ後ろから追ってくる。
「くそっ……! 150キロに追い付いてみろっ!」
私はギアチェンジして一気にスロットルを上げた。
ぐんぐんとバンを引き離していくのと同時にスピードメーターも上がっていく。
よし、このまま行けば……。
そう思ってバックミラーを覗くと、とんでもないものを取り出してきた。
「ロ、ロケットランチャー!?」
やばいよ! あんなの撃たれたら本当に死ぬ! 死んじゃうよ!
私はまた目いっぱいアクセルを踏んで、踏んで、踏んで……。
バン! バン! バアアアアァン!
激しい光が走ったと思ったら、何かがフロントガラスの上に落ちてきた!
「わああああぁ!」
慌ててハンドルを切ると、今度は建物が目の前に迫ってくる!
「わああああぁ!」
ブレーキを踏んだけど、思いっきり何かに突っ込んでしまった。
ドンガラガッシャン!
「うううぅ……」
……い、痛い。
何とか止まったけど、一体どこなんだろう……。
デロリアンからはい出すと、外の人と目があってしまった。
「う、うわあああぁ!」
私の姿を見た途端、大声を上げて逃げてしまった。
「あっ! 待って……、ふにゃ!」
思いっきり躓いて転んじゃった。痛い……。
どうやら私は生きているようだ。過激派も見当たらない。
「モー……!」
「う、うわっ!」
耳元で温かい息が来ると思ったら、牛がこっちを見つめていた。
ここは納屋のようだ。助かったのかな……。
恐る恐る外に出てみると、辺りは真っ暗でぽつんと向こうの方に家の光が見えるだけだった。
「あ、あの……、ごめんください。納屋を壊しちゃって、すみません……」
バァン!
「ひいぃ!」
何かものすごい破裂音と共に納屋の扉に穴が開いた!
「おまわりさん、こっちです! あの変なのが!」
「こいつ、手を上げておとなしく出てきなさい!」
どうしよう! なんだか大ごとになってきた!
……こうなったら。
バアアァン!
私はデロリアンに乗り込むとそのまま逃げだした。
「落ち着け! 落ち着くんだ柚……! これは夢だ! 夢なんだ……!」
あまりにも色んな事が起き過ぎて私はパニックだった。
とりあえず家に帰ろうとデロリアンを走らせていくと、何故か家が見当たらない。
「……あれ? あれ!?」
デロリアンを停めて外に出てみると、そこはだだっ広い畑しかない。
よく見まわしてみると、道端には大きな看板がある。
「……住宅街建設予定地!?」
道の端に立てかけられている看板にはそう書いてある。
工事開始予定が2012年から……!?
「一体どうなっているんだよぉ……!」
まさかドクが言っていた時限転移装置のせいかも。本当にタイムスリップしちゃったのかな……!
「そうだ! もう一度やれば元の時代に……!」
私は慌ててデロリアンに戻ると、タイムサーキットの電源を入れた。
カチッ……。カチッ……。
「……あれ? 電源が入らない」
何度スイッチを入れてみても反応しない。何かの電子音がするので見てみると、プルトニウムが切れているらしい。
「……燃料切れだ。くそぉ……」
仕方がないのでデロリアンを看板の後ろに隠し、情報を集めようと歩くことにした。
「あっ、この道は……」
この大きな道は、確か桜が丘高校に行く道……。
「……よし!」
私は桜が丘高校に行ってみることにした。
「はぁ……」
しかし、歩けば歩くほど私の知っている町とは違うみたいだ。
正確に言うと、道は同じだけど建物が違う。
どことなく古い感じがする……。
うろうろしていると、ゴミ箱に捨てられている新聞の日付を見て驚いた。
「2011年8月5日……!?」
こんなの夢に決まっている……!
しかし、町並みはどう見ても私の知っている所ではないし、携帯電話もずっと圏外のままでどことも連絡が取れなかった。
どうしよう……。
とりあえず何か手掛かりが欲しい。
「……あれは」
よく見ると、古い喫茶店の中に公衆電話があった。携帯もつながらないし、どこか連絡するにはあれしかないみたい。
私はその喫茶店に入ることにした。
「いらっしゃい」
「あ……、電話貸してくれる?」
「奥の方にあるよ」
促されるままに奥に行くと公衆電話があった。こうやって近くで見るのは初めてだな……。
私は下の方においてあったタウンページを広げると、片っぱしから知っている名前を探してみた。
「琴吹……、琴吹……、あった!」
未来から持ってきたお金が使えるのか……。とりあえず平成22年製の10円を入れてみた。
「……よかった。動くみたい」
電話番号を確認してダイヤルしてみる。
プルル……。プルル……。
「頼むよ、出てくれドク……!」
しばらく呼び出し音が鳴っていたけど、結局誰も出なかった。
「……仕方ない。家に行ってみるしかない」
私はタウンページの一部を破ると、琴吹家に行ってみることにした。
「あの……、桜が丘高校は目の前の通りを真っすぐ行って……」
「何か注文したらどうだい?」
「あ……。えっと、じゃあコーヒーを……」
気まずい雰囲気に耐えきれず、私は馴れないコーヒーにミルクを入れてすすった。
に、苦い……。どの時代でもコーヒーは苦いみたいだ。
「あ、平沢さん」
「「えっ?」」
こんなところで誰だろう? 後ろを振り返ってみると、知らない人だった。
「こんなところで会うなんて、元気だった?」
そう言いながら呼びかけてきた人は私の隣の人に近寄って行った。
「元気だよ! 姫ちゃんも元気?」
「えぇ。平沢さん大人っぽくなったわね」
「そ、そうかな……。えへへ」
隣の人は姫ちゃんと呼ばれた人に褒められてくすぐったそうに照れた。
「……あの、あなた平沢さん?」
「ん? そうだけど?」
思わず声をかけると、何ともほんわかした表情で答えてくれた。
「さ、桜が丘高校で軽音部だった!?」
「おぉ! よく知っているね。その通り、私は桜が丘高校で軽音部だった平沢唯だよ」
う、嘘でしょ……!? この人って、私のお……、お母さん!?
「もしかして学園祭とかで見てくれたの?」
お母さん……、いや、唯は何で自分のことを知っているの? と言いたげな顔で覗きこんできた。
「えっ!? あ、あぁ、そうです……」
「そっかぁ。私はもう大学生なんだけど、また桜が丘高校の軽音部を見に来てほしいな」
「は、はい……」
お母さんって、若い時こんな感じだったのか……。
ってことは本当にタイムスリップをしているわけで……。ここは過去の世界ってことになる。
そんなことある訳……、ないと思いたい。夢だと思いたい。
「……ってあれ? お母さん?」
気がつくと、目の前からいなくなっていて外に出て行ってしまっていた。
「お母さん! ……じゃなくて、唯! 待って!」
せっかくの手掛かりを逃がすもんか!
遠くの方に行ってしまった唯を追って走っていくけど、見失ってしまった。
何処に行ったんだろう……。
「はぁ……、はぁ……」
しかし、何で今日はこんなに暑いんだろう……。
あぁ、ダメだ……。走ると頭がくらくらする……。
「あっ!」
「えっ?」
頭がくらくらとしたまま走っていたせいで、私はわき道から出てきた人にぶつかってしまった。
「いたた……。大丈夫ですか?」
「う……、うん……」
あ、あれ? 力が入らない……。
「あの! 大丈夫ですか!?」
だ、大丈夫……、じゃないみたい……だ。
そのまま私の意識は遠のいていった……。
誰だろう……。誰か隣にいる……。
「うぅ……。お母さん? お母さんなの……?」
「もう大丈夫ですからね。安心してね」
優しく濡れたタオルで額を拭かれた。気持ちいい……。
「あれからずっと眠っていたんですよ?」
「えぇ……? 本当に? 酷い夢を見たよ……。何十年も過去に戻った夢……。怖かったなぁ……」
「そう……。でも、安心してください。あなたはちゃんと2011年に戻ってきましたよ」
「……2011年!?」
慌てて飛び起きると、目の前に長い黒髪をツインテールにしている女の子がいた。
「き、君は……! あ、あ……!」
「私の名前は梓。中野梓」
「そうだ……!」
私のお母さんととても仲がいいあの梓さんだ……!
でも、その……、とても……、かわいい……!
「寝てなくちゃだめですよ。頭を打っているし、軽い熱中症のようですよ」
「そ、そうなの……?」
辺りを見回してみると、今いる部屋は新しいのに何故か懐かしい感じがした。
「あ、あの……、ここは?」
「ここは桜が丘高校の保健室です。近かったので運んでもらいました」
そうか……。ここは桜が丘高校なのか。どうりで知っているはずだ。
「えっと……、よかったら名前を教えてください」
「な、名前!?」
「ほら、一応家族の方に連絡しないといけませんし……」
「わ、私の名前は……、柚って言うんだ……」
「柚さんですね? 私のせいで、ごめんなさい……」
「あ、あぁ。いや、別に気にしてないよ」
私の知っているきれいな梓さんとは対照的に、可愛くて思わず抱きしめたくなるような感じだ。
「あ、あの、家に誰もいないので連絡しなくても大丈夫ですから! それに、私は独りで帰れますから!」
「そ、そうですか?」
「はい! あの、いろいろありがとうございました!」
私は逃げるよう保健室を出て、桜が丘高校を後にした。
外に出てみると、もう日は落ちていてあたりは真っ暗だった。
私はタウンページを頼りになんとかドクの家まで辿り着くと、チャイムを鳴らした。
「頼むよ……。誰か出てちょうだい……!」
電話に出なかったから誰もいない可能性もある。けど、ここしか頼るところがないんだよ……!
ガチャッ。
「あ……! ドク! よかった!」
「……唯ちゃん? どうしたの、こんな夜遅くに」
どうやら私をお母さんと間違えているようだ。
「ドク、助けてほしいんだ」
「何かあったの?」
「そうなんだ……。ドクの力が必要なんだ」
「……とりあえず、中に入って」
中に入ると、よく知っているドクの家の雰囲気がした。
「とりあえず、あなたは誰? 唯ちゃんに似ているようだけど……」
「私は柚。あなたが作ったタイムマシンに乗って2041から来たんだ……」
「タイム……、マシン……?」
「でも、そのタイムマシンで元の時代に戻れなくなったんだ。お願い、力を貸して?」
しばらく考えると、ドクは深いため息をついた。
「わかったわ……」
「本当!?」
「そんな話をしにわざわざ来たの? 帰ってください」
ぐいと腕を引かれて玄関まで連れて行かれた。
「ま、待ってよ、ドク! 私は真面目に話をしているんだ!」
「はいはい。真面目にね」
「ほら、運転免許証。私はまだ生まれていないんだよ?」
ごそごそと未来を証明するものをどんどん出してはドクに見せていく。けど、聞く耳を持ってくれない。
「この写真だって……! 私のお姉ちゃんと映っているでしょ? 日付だって……」
「……合成写真か何か? お姉さんの頭が消えているわ」
「あぁ、何て言ったら信じてくれるんだ……」
「とにかく、そういういたずらのつもりなら帰ってください」
ま、まずい……。なんだか怒らせたみたい……。
「違うんだよ。私は嘘は言っていないんだって!」
「いいから帰ってください。迷惑です」
必死に説明しようとするけど、ドクのすごい力で外に追い出されてしまった。
「ドク、聞いてよ! 私、知っているよ? ドクはピアノのコンクールに出るくらいピアノが上手で、桜が丘高校の軽音部でキーボードをやっていた!」
「それに、軽音部のみんなと同じ大学にって、夢は武道館だって一生懸命練習しているんでしょ!?」
「ドクが全部話してくれたから知っているよ! 別荘に合宿に行ったり、スキンシップして欲しくて叩いてほしいってお願いしたり……」
ガチャッ!
「何で……、それを知っているの?」
「だから……、未来でドクが教えてくれたんだ」
あれから何とか信用してもらえて、私はドクを連れてデロリアンを隠した所まで戻ってきていた。
「私が、これを発明したの……?」
「そうだよ」
デロリアンを見つめて驚きを隠せないドク。
そうだろうね。だって、ドクはまだ大学生で科学者になろうなんて思っていないんだから。
「とりあえずこれを家に運ぶわ。そこで修理してみましょう」
「ありがとう、ドク……」
デロリアンは走るのには支障は無いので、ドクの家まで運転していくことにした。
「とりあえず、これの実験をしたビデオがあるから見てちょうだい」
私はビデオカメラを渡すと、ドクに見せた。
「こんな小さいのがビデオカメラなのね……」
再生を始めると、2041年の時のドクが映った。
「私だわ! こんなおばさんになっちゃうのね……」
「いや、結構きれいだと思うよ?」
「もう……」
照れながらも見ていくと、ビデオはデロリアンの説明に入った。
『マシンの動力そのものは電気なんだけど、時限転移装置へ1.21ジゴワットの電流を起こすには核反応が必要なのよ』
「1.21ジゴワット……!? そんな強い電流を使うの!?」
「プルトニウムが少しあればいいんだけど……」
「プルトニウムなんて未来ではすぐに手に入るのかもしれない。でも今はそう簡単に手に入らないわ……」
いや、未来でもそんな簡単に手に入らないよ?
「じゃあ、他の方法は何かないの……?」
「そんな大きな電流なんて、今から手に入るものなら雷ぐらいよ……」
「雷?」
「でもダメだわ。雷が起きるのは予測できても何処に落ちるかなんて……!」
雷か……。雷?
「……それがわかるんだよ。これ見て」
私はポケットからあの広告を取り出した。
「……2011年8月12日、午後10時4分に桜が丘高校の時計に落雷し……、これだわ!」
「これで何とかなる?」
「そうね……。うまくこの雷の電流をデロリアンに流し込めれば……!」
ドクはふつふつと湧くアイデアに興奮しながらどんどん口走っていく。
「これで、12日に柚ちゃんを未来に返してあげるわ!」
「12日ってことは一週間あるね。この時代を見学できるわけだ!」
「だめよ。私の家から出ない方がいいわ。それで未来に影響が出ることもあるわ。過去に来てから私以外に会っていないわね?」
「うーん……、あっ! お母さんに会った!」
「……さっきの写真、もう一度見せて」
何だか妙に慌てるドクに押されて、私はもう一度写真を見せた。
「やっぱり……。お姉さんの頭が消えているわ」
「どういうこと?」
「歴史が変わり始めているということよ。お姉さんの次はあなたが消えてしまうことになる」
「な、何でこんなことに!?」
「おそらく、唯ちゃんがあの時に未来の結婚相手と出会うはずだったのに、柚ちゃんが邪魔をした……」
「そんなぁ……」
「これはとんでもないことになったわ。唯ちゃんが結婚をしなければあなたは産まれて来ない」
私が生まれて来ない……!? そんなことになっているの……?
「何かお母さんからお父さんについて聞いてない?」
「……私が小さい時に、お父さんが死んだとは聞いています」
「……ご、ごめんなさいね」
「いいんです。もうずいぶん前のことで、顔も覚えてもいないんですから」
申し訳なさそうに謝る姿は皐にそっくりだった。やっぱり親子なんだな。
「確か高校生の時に出会ったって聞いているんですけど、結婚する
きっかけは大学生になってから母校に帰ってきてそこで再開したって……」
「高校生……?」
「何か知りませんか?」
「うーん……。唯ちゃんに彼氏がいたなんて聞いたこと無かったけど……」
色々と考えていたけど、思い当るところは無いようだ。
「これだけじゃ情報不足ね……。他に何かない?」
「他……。うーん……」
お父さんの写真も何も無いしなぁ……。
「……あ。そういえば、梓さんっていう人がお母さんととても仲が良くてよく遊びに来るんですよ」
「梓ちゃん……?」
「えぇ。梓がいなかったら私達は産まれて来なかったってよく言ってました……」
「だとすると、唯ちゃんは梓ちゃんがきっかけで結婚相手に出会う訳ね?」
「おそらく……」
「今までの話を総合すると、今日、唯ちゃんは梓ちゃんと再会するはずだったのに柚ちゃんが邪魔をしたみたいね」
邪魔って……。確かに梓とぶつかって学校で手当てされたけど、あれがそうだったのか……。
「どうにかして唯ちゃんと梓ちゃんを会わせて、仲を取り持たないと」
「そうだね……」
─8月6日。
ドクに聞いた所によると、唯は夏休みを利用して実家に帰ってきている。
けど、梓は受験生だからと唯は遊びに誘ったり、会ったりしていないそうだ。
「私も梓ちゃんに提案してみるけど、柚ちゃんも協力してね」
「わかった」
私は唯を、ドクは梓を説得することにした。
「やぁ、唯」
「あっ、君はあの時の……」
「私の名前は柚っていうんだ」
「柚ちゃんね。今日はどうしたの?」
「あの日は急に声をかけてごめんね。実は私も同じ大学で名前を聞いた時にびっくりしちゃったんだ」
「同じ大学だったんだ! そっかぁ!」
唯は嬉しそうに笑った。
「それでね、ちょっと気になったんだけどさ……」
「何?」
「大学であのツインテールの子見かけないね。どうしたの?」
「あぁ、梓ちゃんね。あの子は後輩なんだ。だからまだ高校生なの」
「そうだったの。ちょっと寂しいね」
「何で寂しがっているの?」
「だって、学園祭のライブの時とても仲が良く見えたもん」
「そう……?」
唯は顔を赤らめてもじもじと照れた。
「その梓って子、可愛いもんね」
「そうだよね。本当に小さくて、可愛くて……」
そう言う唯の顔は嬉しそうなのに、どこか陰があった。
「唯、梓に会いたいんでしょ?」
「えっ?」
「顔に書いてあるよ」
「そうかな……」
「会いに行けば? あっちも会いたがっていると思うし」
「大丈夫だよ。私達は離れていても
ずっと一緒だから」
そう言うと、唯は用事があると言って行ってしまった。
だめか……。
「柚ちゃん、どうだった?」
「だめ。やっぱり時期が時期なだけに難しいのかも……、ドクは?」
「だめね。唯先輩の迷惑になるからって断られちゃった」
ドクは残念そうに俯いた。
「どうやら梓ちゃんはあなたと唯ちゃんが仲良くしているように見えるみたい」
「私が!?」
「たまたま唯ちゃんと一緒にいるところを見たらしくて、邪魔にならない様にって言っていたわ」
「それに、唯ちゃんが梓ちゃんのことを思って積極的に遊びに誘ったりしてないでしょ? それもあって2人とも距離を置きはじめている」
「そんなぁ……」
どうやら私が唯にいろいろ助言していたのは逆効果だったみたいだ。
「どうにかして唯ちゃんと梓ちゃんの仲を取り持たなきゃいけないわ」
「どうするの?」
「私達の大学では12日にオープンキャンパスを兼ねた学園祭があるのよ。それに賭けるしかないわ」
学園祭……。確かに丁度いい機会かもしれない。
「時間もないし、これが最後のチャンスよ」
「わかってるよ」
───
「はぁ……」
私は家に帰ると、自分のベッドに倒れ込んだ。
もう先輩達がいなくなって4ヶ月は経っているのに、一目見ただけでこうも寂しくなるものなんだ……。
……唯先輩と話していた人、誰だったんだろう。
私が見る限りでは嬉しそうにしていたし、顔を赤くしたりして楽しそうだった。
「……」
何で帰ってきたのに唯先輩は私に連絡してくれないんだろう……。
私のこと、もうどうでもいいって思っているのかな。
それとも、あの人といるほうが楽しいってこと……?
色んな考えが私の頭の仲をぐるぐると回って、嫌な思いとして痛さを増していく。
「はぁ……」
このため息も何度めだろう。
私だって理由は分かっているつもりだ。
私が受験生だからと、勉強の邪魔にならないようにと気を使ってくれているんだ。
確かにそれは正しい判断だろう。
でも……、私は……。
あの声で”
あずにゃん”って呼んで欲しい。
あの体でぎゅっと抱きしめて欲しい。
……これがわがままだって事もわかっている。いつもの私なら受験生なのに何考えているんだって怒ると思う。
どうしちゃったのかな、私……。
「……先輩」
電話かメールをすればいいのだろうけど、一緒にいたあの人を考えると怖くて出来なかった。
唯先輩の大切な人だったりしたら……。
そんな不安が、私をアドレス帳から進ませなかった。
通話ボタンを押してしまえば全てが壊れてしまうような、不安。
鳴らない携帯を握りしめて、私はそのまま眠ってしまった。
───
「唯、梓を学園祭に誘いなよ。この大学に来る予定なんでしょ?」
「でも、あずにゃんは受験生なんだ。勉強の邪魔しちゃ悪いし、他の大学も見に行っていると思うし」
「最近会ってないんでしょ? 寂しがっていると思うけどなぁ」
「私も寂しいけど……、あずにゃんだって子どもじゃないもん」
そう言う唯の顔は本当に寂しそうで、こんな顔を見たのは初めてだった。
「あ、ごめんね。私行かなくちゃいけないから」
唯は慌てて笑うと、走って行ってしまった。
……私のせいで2人がすれ違っている。そう考えるだけで胸が痛んだ。
それに写真を確認すると、愛の体は半分ほど消えてしまっていた。
存在が消えかけている……!
「……仕方ない、奥の手を使うか」
何としてもあの2人の仲を戻さなくちゃ!
その日の夜、私はドクに頼んで平沢家に侵入していた。
こういうの不法侵入って言うんだろうけど、私の未来がかかっているので大目に見てほしい。
暑いのか窓に鍵はかかっていなかったので、部屋に侵入するのは簡単だった。
よし……。やりますか!
「唯……。起きて……?」
低い声で囁きながらゆっくりと揺すると、眠たそうな目をこすって唯が起きた。
「な、なぁに……?」
「唯、僕が誰かわかる?」
「だ、だれって……。わかんないよぉ……」
「いつも君に弾いてもらっているじゃないか」
「……ギー太?」
「そうだよ」
「……ほんとうに?」
少し唯が夢心地から覚め始めたので、慌てて話す。
「まぁ、とりあえず聞いて。最近むったんとセッションしてないからなんか寂しいんだよね」
「……むったんと?」
「うん。それに、梓と仲良くしている唯が見たいな」
「わたしは、あずにゃんと仲はいいよ?」
「でも、最近ちょっと距離を感じているでしょ?」
「……」
「大丈夫、僕にはわかるから。梓は受験生で忙しいんだよね?」
「……そうなの。だから私はあずにゃんの邪魔にならない様にって……」
「でも梓は寂しがっているよ。唯と話したい、会いたいって思っているよ」
「本当に?」
「うん。梓は君のことが大好きだからね」
「す……、好き……?」
それを聞いた途端、顔を赤くして急に照れた。
「そうだよ。だから自信を持って?」
「……わかった。ありがとう、ギー太」
「うん。じゃあおやすみ、唯」
「おやすみ……」
私は唯の頭を撫でるようにして、睡眠薬を鼻に押し当てた。
数秒もすると、唯はまた気持ちよさそうに眠りだした。
睡眠薬を使うのはやり過ぎたかもしれないけど、すぐに眠ってもらわないといけないからね。
私はまた窓から外にでると、待機していたドクの車に戻った。
「うまくいった?」
「うん。唯ならこれで何かアクションを起こしてくれるはず」
「そうね。あとは運を天に任せるしかないわ」
やるだけのことはやった。あとは唯がどう出るか……。
デロリアンの修理のための部品を買い、私はガレージに帰ってきた。
「ただいまー。ドク?」
反応がないので中に入ると、ドクがビデオカメラを覗いている。音からすると最後の方らしい。
『まずい……。逃げて柚ちゃん!』
『何!?』
『過激派がプルトニウムの仕返しに来たんだ!』
あ、あの後、ドクは……。
「あっ! 柚ちゃん。帰って来たのね……」
私が帰ってきたことに気づくと、ドクは慌ててビデオを止めた。
「ドク……。実はまだ話していないことがあるんだ」
「言わなくていいわ。未来を知り過ぎるとよくないことばかり起こる。柚ちゃんがいい例でしょ?」
「それは……、そうだけど……」
「さ! この話は終わり! 柚ちゃんを未来に戻すための確認をしましょう?」
ドクはさっさと話題を変えると、桜が丘高校の周りの模型を出してきた。
「これが桜が丘高校のまわりの模型よ。で、この車がデロリアンね」
渡されたおもちゃの車には針金を刺してあった。
「高校の前の道路にこのようにケーブルを渡す。工業用の電源ケーブルで時計と繋いで雷を捉えるわ」
「それで、どうするの?」
「雷が落ちる瞬間、デロリアンが時速140キロでこの下を通ると時計と次元連結装置が繋がるわ」
「それで雷の電流を流しこもうってことだね」
「その通り。ちょっと実験してみましょう」
模型のケーブルに電流を流し、おもちゃの車を走らせてみた。
「……」
順調に道路を走っていく車は、ポールの下を通った瞬間激しい火花を散らした。
「うわっ!」
そして、そのまま燃えてバラバラになった……。
「何だか心配になってきた……」
「柚ちゃんは唯ちゃんと梓ちゃんのことだけ考えていればいいわ。こっちは何とかするから」
「……本当、頼むよ?」
最終更新:2011年05月27日 20:26