「へい! らっしゃい!」
「へ……」

夜、近所の公園でやっていた夏祭りを覗いた私は……
買おうと思ったやきそばの屋台の向こうに、唯先輩の姿を見つけていた。
私服のピンクのシャツの上に、
ちょっと派手めのお祭りのはっぴを着て笑う唯先輩。
予想外のことにその場に立ち尽くしてしまい、
サイフを出そうとした手も止まってしまっていた。

「わっ、あずにゃん! 偶然だね!」
「え、そ、そうですね……」
「エヘヘ……そっかぁ、あずにゃんが私のお客さん第一号になるんだねっ」
「はぁ……」
「よぉし! はりきって作っちゃうよ!
お肉は多めっ、野菜たっぷりっ、青のりも大サービスだよ!」
「はぁ、ありがとうございます……って、唯先輩!?」

そこでようやく止まりがちだった思考がまともに動いてくれて……
私は改めて、驚きの声を上げていた。

「わっ……どしたの、あずにゃん? 大きな声出したりして?」
「あ、すみません……でも、だって、
唯先輩がこんなところでやきそばを作ってるなんて思いもしなくて……」
「エヘヘ、それで驚いちゃったんだ?」
「驚きますよ、もう……」

大きな声を出してしまったことがちょっと恥ずかしくて、
八つ当たり気味に不機嫌な声を出し、私は頬を膨らませた。
そんな私の前で、唯先輩は変わらず笑いながら、
「ごめんねぇ」と言っていた。
その笑顔に、私の膨らんでいた頬は自然と小さくなってしまう。
「まったくもう……」と苦笑を浮かべ、それから私は唯先輩に聞いていた。

「でも、いったいどうしたんですか?
こんなところでやきそばを作ったりなんて……」

私の質問に、唯先輩はやきそばを作りながら答えてくれた。
この屋台は、唯先輩のお家のお隣のお婆さん、
とみさんのお知り合いのお爺さんのもので……
そのお爺さんは今日の夏祭りでもお店を開く予定だったのだけど、
お祭りが始まる直前に腰を痛めてしまったらしい。
でもそれほど悪い状態ではなくて、少し休めば良くなるようで……
その休んでいる間の助っ人を、
私と同じように夏祭りを覗いた唯先輩がお爺さんに頼まれた……
ということだった。
屋台の間から奥を見ると、イスに座って休んでいるお爺さんの姿が見えた。
お爺さんも私のことに気づいたのか、笑顔を浮かべて会釈してきて、
私も慌てて頭を下げていた。

「理由はわかりましたけれど……でも唯先輩、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよぉ。しっかりちゃんと、お手伝いできます!」

ふんすと息を吐きながら、調理用のへらで麺をかき混ぜる唯先輩。
その手つきは確かにしっかりしたものだったけれど……
でも普段が普段だけに、私はどうにも不安を消せなかった。
いつもは憂に頼りっきりみたいだし、お料理だってあまりしないだろう。
ほんとに大丈夫なのかと、どうしても心配してしまう。
そんな私の気持ちが表情に出ていたのだろう、
唯先輩は少しだけ頬を膨らませた。

「む、あずにゃん、疑ってるでしょっ」
「いえ、あの……まぁちょっと……」
「その台詞、果たしてこれを食べた後も言えるかな!」

そう言いながら、唯先輩が紙皿に載ったやきそばを差し出してきた。
濃いめの茶色い麺の上に、さっき言ったとおりお肉とお野菜がたっぷりと。
青のりもたくさんかかったやきそばは、
香ばしい匂いがなんとも食欲をそそった。
お皿を受け取って、次いで渡された割り箸でやきそばを口元に運んで、

「あ、美味しい……」

一口食べて、私は思わずそう呟いていた。
しっかりした食感の麺と、食べやすく小さく切られたお肉とお野菜。
ちょっと甘めのソースはしつこくなく、程良く後を引く味だった。

「エッヘヘェ……美味しいでしょ?」
「はい、ほんとに美味しいです!」
「エヘヘ……でも、
味付けとかはほとんどお爺さんがしてくれてるんだけどね」
「それでもすごいですよ。びっくりしました」

私はそう言いながら、もう一口やきそばを食べた。
今晩は両親が仕事で留守で、お夕飯は私一人だった。
それで、晩ご飯のお弁当を買いに行く途中で、
偶然見かけた夏祭りを覗いてみたのだけれど……
ここの屋台で適当に済ませてしまうのも、悪くはないかなと思った。
と、そうやってやきそばを食べていると、
他のお客さんらしき人がやってきて……
私は慌ててお金を払い、唯先輩に会釈をして、屋台の向かいに移動した。
「また後でね、あずにゃん」という唯先輩の言葉に、
「はい」と返事をして、花壇の前に置かれたベンチに座る。
小さな公園の小さな夏祭りだけど、それなりに人は来ていて、
唯先輩の屋台でやきそばを買っていく人も結構いた。
あと少し来るのが遅かったら、
私がお客さん第一号になることはなかっただろう。

「運が良かったのかな……」

小声でそう呟いて、小さく笑いながら私はやきそばをまた口に運んだ。

それから数十分……やきそばを食べ終えて、
紙皿と割り箸をゴミ箱に捨てた私は、
ベンチに座って唯先輩の屋台を見ていた。
お客さんはひっきりなしというほどではないけれど、
かといって決して少ないわけでもなく……
私とのんびりお話が出来るような余裕はなさそうだった。
唯先輩は笑顔のままだけど、さすがにちょっと疲れているみたいだった。
たった数十分とはいっても、
料理に慣れていない人にとっては短い時間ではないだろう。
お手伝いでもお店なのだから神経も使うだろうし、
調理からお金の受け取りまで、
場合によっては袋詰めやおつりを渡すことも一人でやっているのだから、
決して楽な作業とも思えない。
一人でやるのは大変そうで……
でも唯先輩は笑顔でお客さんに接し続けていて……

「……うんっ」

考える時間は、ほんのちょっとだった。
お客さんが屋台から離れ、少し間があいた瞬間を見て、
私は屋台に駆け寄った。

「あれ? あずにゃん、どうしたの? あ、ひょっとしておかわり?」
「あ、いえ……お爺さんと、その、唯先輩さえ良ければ……
私もお手伝いしようかなって……」

私の言葉に、唯先輩は一瞬きょとんとして……
でもすぐに、満面の笑みを浮かべていた。

「あずにゃ~ん!」
「わっ、ちょっとっ、危ないですよ!」

屋台越しに抱きついてこようとする唯先輩を、私は慌てて押しとどめた。
私が止めていなかったら、
はっぴにやきそばがたっぷりついてしまっていたことだろう。
それだけでなく、下の私服まで汚してしまっていたかもしれない。
そんなことは考えもせず笑う唯先輩を、
ほんとにしょうがないんですからと思いながら……
でもそう喜んでくれるのが、ちょっと嬉しかったりもした。

「エヘヘ……お手伝い、楽しかったね!」
「フフ……そうですね」

お祭りも終わりに近づいた頃、公園の端っこのベンチに並んで座って、
私と唯先輩はかき氷を食べていた。
九州かどこかの名物を真似したらしい、
カットフルーツがたくさん入っている大きなかき氷。
今日のお礼にと、お爺さんが買ってくれたものだった。
やきそばの屋台は大成功だった。唯先輩がやきそばを作って、
私が受け渡しやお金の管理をして。自画自賛になってしまうけれど、
抜群のコンビネーションだったと思う。
これも、放課後ティータイムで一緒に演奏してきた成果なのかもしれない。
そう思うと、嬉しいと同時にちょっと誇らしい気持ちまで生まれてしまった。
やきそばはたくさん売れたし、お爺さんも本当に喜んでくれた。
唯先輩も笑顔で、私だって楽しいと思えて……
お手伝いをして、本当に良かったと私は思った。

「これなら私たち、将来屋台でお仕事しても大丈夫だね!」
「私たちで屋台するんですか?」
「そう! 私たちで……はっ、そうか! これを進路調査に書けば!」
「もうっ、やめて下さい! 進路は真面目に考えて下さい!」
「えぇ……結構いい考えだと思ったのになぁ……」

そんなことを言いながら、唯先輩がカキ氷を口に運んだ。
私も、「ほんとしょうがないんですから、唯先輩は」
と言いながらカキ氷を食べて……
でもちょっと、私と唯先輩で屋台をやっているところを想像してしまった。
お祭りの屋台とか、移動式のクレープ屋さんとか……
そんな小さなお店を二人で切り盛りする姿を想像して……
それも悪くないかもなんて、ちょっと思ってしまった。

「……どうせやるなら、やっぱりクレープ屋さんとかかな?」
「ん? あずにゃん、なにか言った?」
「へ……な、なんでもないです!」

思わず漏れた呟きを誤魔化すようにそう言って、
私は慌ててカキ氷を口に放り込んだ。
噛んだフルーツの甘さに、少しむせかけた。


END


  • あずにゃんの思いしかと心得た! -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 11:41:58
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最終更新:2011年08月26日 23:01