文化祭が終わったから部室に誰も居ないんじゃないか。なんて不安な気持ちになっていたけれど、
先輩達にここで受験勉強したいと告げられて正直ホッとした。
というか律先輩と唯先輩はまだ受ける大学すら決まってないらしい。
…今から勉強して間に合うのかな?
そんな私の心配をよそに、唯先輩は卒業アルバムの個人撮影の事を気にしていた。
□
「ホントにホントに可笑しくない?」
「ホントにホントに可笑しくないですよ」
「うぅ~」
「特製モンブラン食べて納得したんじゃなかったんですか」
「あれはあれで嬉しかったけどさぁ…」
先程部室で前髪を切りすぎるという大失態をやらかした唯先輩。
帰り道でも先輩は前髪をしきりに触って、撮影までに伸びないかな~、と無茶な事を呟いていた。
隣を歩く私との会話にも生返事でなんだか面白くない。
「唯先輩、ちゃんと前みて歩かないと、」
「うおっ!」
「危なっ!!」
案の定、つまづいてしまった唯先輩の右手をとっさに掴まえた。
「危なかった~。ありがとね、
あずにゃん」
「もう、ホントに気をつけてください」
私が掴んだ手を離すと、なぜか唯先輩は再び私の手をつかまえた。
「唯先輩?」
「え、えっとね。また転ぶかもしんないから…」
「そうかも、ですね」
そう言って私も手を握り返した。
「おおぉ!」
「さっきからフラフラして危ないです。怪我でもしたら困りますから」
「転ばぬ先のあずにゃんっ!」
「はあ。まあ、そういう事で」
「でも、あずにゃんが嫌がらないって珍しいねぇ」
「……やっぱり離しましょうか」
「ま、ま待った!あずにゃん君、落ち着くんだ!」
「何ですか、そのキャラ。ちゃんと気をつけて歩いてください」
「あぅ、
あずにゃん先輩きびしいっす…」
「だいたい気にし過ぎなんですよ、アルバム撮影だからって」
「えぇ、だってだって!ずっとずうっと残るんだよ!」
「ですから。試し撮りも問題無かったんですし、無謀な事しなきゃよかったんですよ」
「もう!あずにゃんだって来年この時期になったらわかるよ!」
「え…」
『来年』
その言葉に胸がチクリとして、上手く思考が働かなくなった。
「あれ?どしたの、あずにゃん?」
急に黙り込んでしまった私を先輩が覗きこんで尋ねる。
「へ、な、何でもないです!ただボーッとしてただけです」
「そーなの?」
「そうです」
そっけなく答えると、唯先輩は何も言わずに繋いでいる手を勢いよく振り出した。
「わ!ちょ、ちょっと!止めて下さい、唯先輩!」
「えへへ、これならボーッとする暇無いよね」
「もう、少しは落ち着きというモノを覚えて下さいよ…」
「あずにゃんと手ぇつないでるのに落ち着いてなんかいられないよ~」
「なんですか。それ」
「だってなんだか嬉しくなっちゃうんだよ!」
「…っ、そうですか」
「あずにゃんはどうも無いのー?」
「へっ?!べべ、別になんとも!!」
「ええ~しょんな~」
□
帰りついた部屋で繋いでいた左手を見る。
『なんだか嬉しくなっちゃうんだよ!』
唯先輩の言葉を思いだして顔が熱くなった。
嬉しいってどういう事?
…私と手を繋ぐことが?
いやいや、まさかね。
「はぁ。唯先輩は誰とでも仲良くするのが好きだもんね…」
そう、先輩はまわりの皆が好きなんだ。
私は軽音部の後輩だから少し近くに居るだけ。
他の人より触れ合う機会が少し多いだけなんだ。
初めてライブで観た姿に心惹かれて。
入部して見た姿には幻滅したけど、
でも本当はちゃんと練習していた。
演奏する姿はやっぱりかっこよくて、
何気ない行動や言葉に何度も助けられた。
そうしていつの間にか、胸の中に唯先輩への特別な想いが、先輩を好きだという気持ちが住み着いていた。
それに気付いた時、自分でも驚いたけれど、誰かに相談する事は出来ずにいた。
この気持ちを伝える事は無いと思ったし。
伝えて気まずい雰囲気になったら、と考えると怖くて仕方なかった。
それなら、仲良しの
先輩後輩でいる方がずっといい。
そう、放課後ティータイムのためにも。
それでいいんだ。
□
翌日、先輩達の個人写真の撮影は無事?済んだそうだ。
そして四人とも第一志望を同じ大学にしたらしい。
ムギ先輩と澪先輩はともかく、律先輩と唯先輩、ホントに大丈夫かな…。
そうして帰り道。
さっきから唯先輩がソワソワしていて落ち着かない。
どうかしたんですかと、先輩に声をかけようとすると、
「とりゃっ!」
意を決したような掛け声と共に、唯先輩は私の手を掴まえてきた。
「っ?!」
不意をつかれた私が先輩の方を見ると
「……転ばぬ先のあずにゃん、だよ」
とこちらを見ないで唯先輩は言った。
「じゃあ、しょうがないですね」
と私も先輩の方を見ずに手を握り返す。
いったい先輩はどういうつもりなんだろうか。さっきから二人とも黙ったままだ。
昨日の今日で頭がぐるぐるする。
手をつないでいるだけなのに、心臓の音が聴こえてしまうのでは無いかと心配するくらいドキドキしていた。
どうしよう、何か話さないと。
「唯先輩」
「なあに、あずにゃん?」
「私はいつまで杖になればいいんでしょうか?」
「うーんと、お家まで?」
へ。何それ。
気が抜けた私は思わず昨日の疑問を口にしてしまった。
「先輩」
「うん?」
「どうして私と手を繋いだら、その、嬉しいんですか?」
「うへっ?!」
「な、どうしたんですか?」
先輩は突然奇声をあげると顔を赤くしてあたふたし始めた。
「そ、そのあずにゃんがカワイイというか、あ、あずにゃんを、あずにゃんは、えっと、あの、」
「先輩、落ち着いて下さい。何が言いたいのかわかりません」
ゆいは こんらん している!
「だ、だからっ!私は、あずにゃっ、中野、梓ちゃんが、大好きだからですっ!!」
唯先輩の手を握る力が強くなったかと思うと、大きな声で先輩は言い放った。
「へっ!?」
は、え、何?先輩が私を、好き?
好き、って、…うええぇぇえ!!!
あずさも こんらん した!
「な、せ、先輩が、私を。いやまさか、そんなわけな、でも、え、あの、」
「ちょ、あずにゃんも何言ってるのかわかんなくなってるよ!」
「わ、私だって!ゆ、唯先輩がす、好きですっ!好きなんです!」
「え、えぇええぇぇ!!」
□
しばらくして落ち着いた私達は帰り道の途中にある公園のベンチで休んでいた。
「あぅ、もっとちゃんとあずにゃんに告白したかったよぉ…」
「…それはこっちのセリフですよ」
というより、まさかこんな事になるなんて思ってもいなかった。
「でも、よかった。あずにゃんも同じ気持ちでいてくれて」
「…それもお互い様です」
先輩と顔を見合わせて笑いあう。
あんなに悩んでたのが嘘みたいだった。
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
「はいです」
先輩の言葉にベンチから立ち上がる。
そこで私はふとある事を思い付いた。
…ちょっと恥ずかしいけど日ごろのお返しも兼ねて、ね。
「唯先輩」
「ん、なあに?あずにゃん」
私の呼びかけにこちらを向いた先輩の肩に手を置いてから
背伸びして先輩の前髪の間から見えるオデコにそっと唇をつける。
「あ、あずにゃっ、な、な何をっ?!?!」
「早く前髪が伸びるおまじないです」
顔を真っ赤に慌ててる先輩が可笑しくて可愛い。
「ねえねえ、じゃあ前髪が伸びるまでしてくれるの?」
しばらくして落ち着いた先輩がフニャッと笑って言う。
「な、や、やってやるです!」
まさかそう返されるとは思わず、勢いで答えてしまった。
「えへへ。じゃあよろしくね、あずにゃん!」
唯先輩は嬉しそうにもっとフニャフニャ笑って言った。
それから先輩と手をつないで歩く。
先輩はご機嫌で手を振るのをなだめるのが大変だった。
昨日、あんなに前髪ばかり気にしてたのが嘘みたいに。
□
先輩達が卒業してしまう。
来年から軽音部はどうなってしまうのだろうか。
放課後ティータイムはどうなるんだろうか。
唯先輩への気持ちをどうすればいいのか。
心配ばかりしていたけれど、きっともう大丈夫。
唯先輩の手の温もりを感じていると、なぜか素直にそんな風に思えた。
これからもよろしくお願いしますね、唯先輩!
そう思いながら私はつないだ手をそっと握りしめた。
おしまい!
- 良かった -- (名無しさん) 2011-09-06 01:28:24
- 甘酸っぱくてニヨニヨする -- (名無しさん) 2011-11-10 22:43:03
- かわゆす -- (名無しさん) 2012-09-24 20:28:56
- まったりだね? -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 13:14:48
- 素晴らしい -- (名無しさん) 2014-06-20 19:48:13
- 唯も赤くなったりあたふたしてる所が良かった -- (名無しさん) 2019-06-14 12:18:23
最終更新:2011年08月26日 23:32