『生まれてきてくれて……』

「はぁ……」
ジャージャーと夕食の洗い物の音が響くキッチンの中で私は静かにため息をつく。
そして、それとは対照的にリビングから唯と子供達の高らかな笑い声が聞こえてきた。
だけどこの私のため息の原因こそ、今まさに無邪気な笑い声を響かせている愛しの妻子達にあるのだ。
それというのも最近私は唯たちの様子がどこかおかしい。
具体的にどこがおかしいのかなんて聞かれると困るけれど、どことなく私への接し方が素っ気無い気がしてならない。
ある時三人でわいわいおしゃべりしてるかと思えば、私が近寄っていくとピタリと静かになったり
またある時は私だけ置いてどこかへお出かけしていったりなんていうことが最近頻繁に起こる。
なんだか私だけのけ者にされているようで正直とても心細い。
もしかして私嫌われちゃったのかなぁ……。
最近あれこれと口やかましくしすぎちゃったからかもしれない。
でも、だからといって唯やあの子達がそんな意地悪な事するとは思えないし、やっぱり私の勘違いだよね、うん!
洗い物を終えた私はそう自分に言い聞かせながら、リビングでくつろいでる家族のもとへ向かった。
リビングでは三人が向かい合いながら何やら楽しげに談笑していたが、私の気配に気づくとぴたりと押し黙り、リビングは一瞬気まずい静寂に包まれた。
ぎゅっと胸が締め付けられる……。
やっぱり、気のせいなんかじゃないよ……私、避けられてる……。
柚「あ、あずさおかーさん!ぼーっとしてどうしたの?」
唯「そうだよ、あずにゃん!あずにゃんも早くこっち来なよ!」
愛「いまテレビにうつってるどうぶつさんたちとってもかわいいです!あずさおかあさんもいっしょにみるです!」
私がうつむいてじっとしていると、そういって三人は私を招き入れてくれた。
だけど、そのわざとらしい優しさが余計に私の不安を煽る。
その後はいつもの様に家族四人寄り添いながらテレビを観賞していたけれど、私はずっとお腹の中に鉛玉を落とされたかのような重く沈んだ気分だった。

梓「ねぇ、唯?」
夜、娘達を寝かしつけた後、ベッドの中で私は意を決して唯に切り出した。
唯「ん?なぁに、あずにゃん?」
私の呼びかけに対して唯は出会ったあの日から変わらない無邪気な笑顔で答えた。
そんな唯の笑顔を見て

  『私の事嫌いになっちゃった?』

と喉まで出かかっていたその言葉を、思わずぐっと飲み込んでしまった。
口に出してしまうと唯のまぶしい笑顔が壊れて、とても恐ろしい事が起きてしまいそうだったから……。
相変わらずいつまでたっても私は臆病だ……。

梓「な、なんでもない……!」
唯「えぇ~?そんなー、気になるよー。ねぇ、聞かせてあずにゃん」
梓「なんでもないってば……!いいから早く寝よ?」
そういって私は唯に背を向けて毛布を被った。
すると背後から包み込むように唯が私をやさしく抱きしめてくれた。
唯の柔らかな日差しのような温もりが直に伝わってくる……。
梓「ゆ、唯……?」
唯「……あずにゃん、最近何か悩んでるじゃないかな?」
唯は私の耳元でそっと囁いた。
梓「……気づいてたの?」
唯「それは気づくよー。なんていったって我が愛しのマイスイートハニーの事だからね!」
梓「も、もうまたそんな事いって……調子がいいんだから……」
唯「えー?私はいつも本気で言ってるのにぃ……」
梓「だって唯の場合真剣さが伝わってこないもん……」
唯「がーん!酷いよ、あずにゃん!」
梓「だけど……唯が嘘をつけないって事は知ってるよ」
唯「でしょでしょ!?」
梓「ふふ、別に褒めてるわけじゃないよ?」
唯「う……もぅ、あずにゃんったら素直じゃないんだからぁ」
唯は少し頬を膨らませた後、私を抱きしめる力を少しだけ強めて
唯「あずにゃん、最近寂しい思いさせてごめんね」
梓「……うん」
唯「でもね、私達はあずにゃんの事、大好きなんだよ?」
梓「……うん」
その言葉に嘘はないという事は分かる。だって唯の体が、言葉がこんなにあったかいんだもん。
きっと最近の態度に関しても事情があったんだよね……?
唯「だから……もう少しだけ、私達の事信じて待ってて?」
梓「うん、分かった。信じる……」
唯「ありがとう。愛してるよ、あずにゃん」
梓「私もだよ、唯……」
そういって私達は口付けを交わし、お互いの愛を確かめあうと、二人よりそって夢の中へと落ちていった。



それから数日たったある休日の事私はその日が自分にとって何を意味している日かなんて事には気づいていなくて……。
柚「あずさおかあさん!!きょうはわたしといっしょにおでかけしよう!!」
昼食を食べ終えると勢い良く柚がせっついてきた。
確かに柚は元気のいい子だけどここまで積極的になるのは珍しい。
そしてそれ以上に珍しいのが
梓「別にいいけど、二人だけで?唯と愛は一緒じゃなくていいの?」
私達平沢家は基本的に休日にどこかへ出かけるときは可能な限り一家揃って外出するのだ。
そのおかげでご近所でも評判の仲良し一家として名が通っている。

柚「いいの!きょうはあずさおかあさんとふたりでおでかけするの!」
梓「そう?」
それでも、柚は私と二人でのお出かけにこだわった。
なにか理由があるのか、それともただ単に気分の問題なのだろうか?
何分子供というのは時々大人にはよく意味が理解できない行動を取るものだしね。
唯と愛はどうなんだろうと二人の方をちらりと見ると

唯「いいよー、行ってきなー。私と愛はお留守番してるからー」
愛「おるすばんしてるです!」
どうやら二人とも今日は外に出る気分ではないようだ。

梓「うん、分かった。それじゃ今日は梓おかあさんと一緒におでかけしよっか、柚」
柚「やったー!」
梓「唯、いくら休日だからってあんまりごろごろしてたら駄目だからね?」
唯「おっけー」
と、唯はパジャマ姿で寝転がりながら気の抜けた返事をした。

梓「もう!そんな格好で返事されても説得力ありません!」
愛「あずさおかあさん、だいじょうぶです!ゆいおかあさんがごろごろしないようにわたしがみはってるです!」
梓「うふふ、ありがと。愛がそう言うなら安心だね」
唯「うぅ、愛はどんどんあずにゃんに似てきてるねぇ……」
梓「ふふ」
柚「あずさおかあさん、準備できたよ!早く行こう!」
梓「あ、はーい。それじゃ二人とも行ってくるね」
柚「いってきまーす」
唯「ほーい、いってらっしゃーい」
愛「いってらっしゃいです」



家を出た私達は休みの日にはよく家族で来る駅前のデパートにやってきた。
梓「柚、どこ見てまわろうか?」
柚「うーん……どこでもいいよ!」
梓「それじゃ、まずはお洋服でも見てみよっか?」
柚「うん!」

という事でまずは子供服売り場を見て回る。
最近の子供服はいろんなものがあるなぁ……。
ふと柚の方を振り返ると
柚「……」ジー
フリルのついた可愛らしいピンクのワンピースにすっかり目を奪われていた。
こういうセンスはやっぱり唯に似たんだろうなぁ
梓「柚、その服欲しいの?」
柚「うっ……ほ、ほしくないよ?だいじょうぶ、がまんするもん!」
梓「?」
おかしいな、いつもだったら興味持ったものはとりあえず素直におねだりしてくるのに……。
梓「そう?柚もおっきくなってきたし、そろそろ新しいお洋服買ってあげようかなと思ってたんだけど……」
柚「きょ、きょうはいいの!またこんどにする!」
梓「う~ん……そう?だったらいいけど……」
そして子供服売り場を柚の手をとって子供服売り場を後にしたけれど、
柚はやっぱり最後までそのワンピースを名残惜しそうに見つめていた。

時計をみるとおやつの時間を少し過ぎていたところだった。
梓「柚、お腹すかない?軽く何か食べていこうか」
と、私は尋ねる。
服も買わなかったし今日は何かおいしいものでも食べさせてあげよう。
そう思ったけど……
柚「い、いらない……」
梓「え?」
柚「きょ、きょうはごはんまでなにもたべない……」
やはり今日の柚は特に様子が変だ。
梓「柚、具合悪いでも悪いの?」
そういって私は柚のおでこに手をあてようとしたけど
柚「ううん、だいじょうぶだよ!」
と、柚にその手をのかされてしまった。

結局その日は柚が何も欲しがらず買ったものは日用品が何点かのみだった。
家についた時には辺りは既に暗くなっていた。
やっぱりこの時期は日が落ちるのが早いなぁ……。
そして、家の扉を開けようとすると
柚「あ、あずさおかあさん!ちょっとまって!」
と柚が叫んだ。
梓「ど、どうしたの、柚?」
柚「あずさおかあさんはまだはいっちゃだめぇー」
梓「え、ええ!?どうして?」
柚「わたしがさきにおうちにはいるから、あずさおかあさんはさんぷんたったらはいってきてね!」
梓「え?ちょ、ちょっと待って!」
混乱している私を尻目に柚はぴょいと家の中へ入っていってしまった。
三分って……一体どういう事なんだろう。
訳が分からぬまま、とりあえず私は言われたとおり玄関の前で待っている。
腕時計を見て三分たったのを確認すると、おそるおそる扉を開ける。
梓「ただいまー」
しかし、返事は返ってこなかった。
それどころか家の中からまったく声が聞こえてこない。
また、なにかの悪戯なのだろうか?
警戒しながらゆっくりリビングに足を踏み入れると


パーーン!!!パーーン!!!パーーン!!!

梓「きゃあっ!?」
クラッカーのけたたましい音が部屋中に響き渡った
唯「あずにゃん、お誕生日おめでとーーー!!!」
柚愛「おめでとーーー!!!」
梓「えっ!?誕生日!?あっ、そうか!今日は!」


柚「あぁー、やっぱりあずさおかあさん、わすれてたー」
愛「おもったとおりです」
唯「やっぱりあずにゃんって抜けてるところあるよねー。去年も忘れかけてたしー」
梓「も、もう!しょうがないでしょ!だってこの年になると自分の誕生日なんていちいち……」
唯「まぁ、だからこそこんなサプライズが出来たんだけどねー」
柚「それより、あずさおかあさん、みてよこれ」
柚に促されてテーブルの上に視線を向けるとそこにはたくさんの料理と不恰好なケーキが乗っていた。
唯「これ、私達がつくったんだよー」
愛「がんばったです!」
梓「ゆ、唯たちが!?」
基本的に唯は料理が出来ない。
たまに簡単なメニューを作ったりもするけれど、基本的に普段は私が料理を担当している。
ましてやお菓子作りなんてほとんど経験がなかっただろう。
しっかりしているとはいえその点は愛も同様だ。
これだけの料理とケーキをつくるといったらさぞかし苦労した事だろう。
そうか、柚が私を連れ出したのはこのためだったんだ。
服も食べ物も拒否したのは我侭を言ってはいけないと過剰に意識してしまったためか。

柚「それとおかあさん、これプレゼントだよ!」
そういって渡されたのは、マフラー。
どうやら手編みのようだ。
これまたお世辞にもいい出来とはいえないけど、辛うじてマフラーの体裁にはなっているのでよしとしよう。
唯「いやー、苦労したよー、編み物って難しいねー」
梓「…………」
そっか……最近みんなの様子がおかしかったのはこういうわけだったんだ。
唯も柚も愛も私のために一生懸命になってくれて、なのに私は一人で嫌われたんじゃないかって落ち込んで……。
なんだか、嬉しいやら申し訳ないやらで胸がいっぱいになった。
目頭がだんだんと熱くなってくるのが分かる。
唯「あずにゃん?」
梓「あっ……ううん!なんでもない!」
柚「あずさおかーさん、泣いてる?」
愛「どこかいたいですか?」
梓「ううん、違うよ。ただ、すごく嬉しくて……みんな、ありがとうね」
私が笑顔でそういうと三人はえへへ、と照れくさそうに顔を向き合わせて微笑んだ。

その後、お誕生日の歌を歌ってみんなで食べた手作りケーキ、スポンジは固かったし生クリームも上手く塗れていなかったけど
今まで食べたどんなものよりもやさしい味がした。



その夜は、いつもよりちょっとだけ夜更かしをした柚と愛を寝かしつけ、唯と一緒に床につく。
梓「唯、今日は本当にありがとう……嬉しかったよ」
唯「ううん、私もあずにゃんに寂しいさせちゃってごめんね?
  私不器用だから、あずにゃんに感づかれないようにお祝いの計画や準備するにはああするしかなくて……」
梓「……私ね、唯たちに嫌われたんじゃないかってずっと不安になってた。
  唯たちに嫌われちゃったら私はどこに行けばいいんだろうって怖かった……」
唯「そんな!私があずにゃんの事を嫌いになるなんてケーキを嫌いになるよりありえないよ!!」
私は唯らしい例えに少し吹き出しながら答えた。
梓「うん、分かってる……。私の方こそ信じてあげられなくてごめんね?」
唯「しょうがないよ、あずにゃんは人一倍さみしがりやさんのあまえんぼうさんだもんねー」
そういって唯は力強く私を抱きしめる。

梓「も、もうまたそうやって子ども扱いして……」
唯「あずにゃんはいくつになっても私のかわいい後輩だよぉ!」
梓「うぅ……」
私はその扱いに少々不満を感じたが、やっぱりこの人の温もりには抗いがたい……。
この関係はいつまでたっても変わらないなぁと改めて思う。
ふと、時計に目をやるともうすぐ全ての針が12を指そうかというところだった

唯「あぁ、もうすぐ今日が終わっちゃうねぇ」
梓「うん、そうだね……」
唯「ねぇあずにゃん、私あずにゃんと出会えて本当によかった」
梓「私も同じ気持ちだよ、唯」
唯「私ね、柚と愛を授かってから心の底から思えるようになった事があるんだぁ……」
唯「だからね、今日の最後にそれを言うね?」
梓「え?それって?」
唯「あのね……」




唯「生まれてきてくれてありがとう、梓」


おしまい


  • 子どもネタはほっこりとするものばかりでいいわぁ…! -- (名無しさん) 2012-01-14 00:58:55
  • もうこれが公式でいいよ -- (名無しさん) 2012-01-25 07:27:10
  • これ、コミックとかにならないかな? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-07 18:15:46
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最終更新:2011年12月03日 22:12