♪~
メール受信の音がして、私は携帯を手に取る。ディスプレイに表示されている文字は、
『唯センパイ』

From:唯センパイ
Sub:ねえねえ
プリンに醤油かけて食べるとウニの味になるって本当!?試してみようかな?

「ふふっまた変なことして…」『やってみたらどうです?私は無いと思いますケド』カチカチ
私は今、唯先輩とメールしている。いや今どころじゃなくて、毎日かな。そう殆ど毎日メールしている。
別に学校で話してないわけじゃないんだけど、メールだとちょっと勝手が違う。よくメールだと性格が変わる人がいるけど、
私もそうなのかな。面と向かって話すときはどうしても、素直になれない自分がいて、だけどメールなら、ほんのちょっと素直に話せる気がする。そう、私の思い人にも…。
最初は『今日の反省』なんて銘打って、帰宅後唯先輩にメールを送っていた。でもこれは口実で、もっと彼女と話がしたかった。
唯先輩はそんな私のメールをいつも返してくれた。いつしか反省なんて内容は飛んで行って、毎日のメールが日課となっていた。
両親や、同級生の憂や純達を差し置いて、私の携帯の受信ボックスは『唯センパイ』の文字で溢れていた。付き合ってるんじゃないかってくらいに。
「あっ返信来た」

From:唯センパイ
Sub:やっぱり
普通に食べたほうがおいしいよね~♪私ウニの味知らなかったし!

「もうこの人は」『知らなかったんですか!?意味無いです><』カチカチ
こんなささいなやりとりが、とても嬉しい。唯先輩と二人だけの会話、私に宛てた、手紙。
…私は唯先輩が好きだった。彼女に恋していた。

From:唯センパイ
Sub:どうしよ~
間違えて憂のプリン食べちゃったよぉ!私昨日食べたの忘れてたよ…

「…」

最初はだらけた先輩だなぁなんて思ってたけど、一緒に演奏して、お茶飲んで、合宿して、彼女の魅力に気付いた。
ぎゅってされるのは恥ずかしいけど、その温もりが大好きで、気がつくと目で追っていて、彼女の事を思うだけで、胸が苦しくなって。
演奏している時も、帰る時も、ずっと唯先輩の隣に居たくて、話したくて。だからメールも毎日して。
今の私は幸せだった。毎日があなたと一緒に回っている。あなたの隣にいる。それがとても嬉しい。
だから、メールとか、会話の中にさりげなく私の想いを込めているんだけど、彼女には伝わって無いみたい。
けれどもきちんと伝える勇気は、私にはなかった。私は女の子。彼女もまた、女の子。もし気持ちを伝え、彼女にその気がなかったら…。
今の関係は間違いなく壊れる。貴女の隣にはいられない。そんな怖い事、出来なかった。

だけど、受験シーズンに入ってからは会える時間も少なくなって。勉強の邪魔にならないよう、メールも控えめにしている。
携帯を手に取り、受信ボックスを開いては、閉じる。彼女に会える時間が減り、考える時間が増えた。
唯先輩は、私の事どう思ってるのかな…。毎日のようにメールくれて、抱きしめてくれて。…好きでいてくれてるのかな?
「…よしっ」
本格的に受験が始まる前に、会えなくなる前に、確かめてみよう。出来る範囲で、彼女の気持ちを。
『受験勉強の邪魔だったらごめんなさい。できたら、1日位遊びに行きませんか?』

「ふい~今日は楽しかったよあずにゃん!」
「わ、私もです。勉強忙しいところ付き合ってくれてありがとうございます」
「ううん。私もいいリフレッシュになったし、なによりあずにゃん分を補給出来たからね!私まだ戦えるよ!」フンスッ
「もう何言ってるんですか…」
夕暮れ時の公園のベンチに座り、夕焼けに照らされた先輩は眩しいくらいの笑顔を向ける。
それはとても綺麗で、つい見とれてしまった。
「…」ポー
「どうかした?」
「あ、いえなんでも」
「そう?、あ、鳩だ!」
今なら、この笑顔の前なら、聞ける気がする。
「あの」
「んー、なあに?」
「…唯先輩は、どんな人が好みなんですか?」
「ふぇ?いきなり言われても…。うーん、えーと……ずっと一緒にいてくれて、好きでいてくれて、守ってくれる人、かな」
「そ、そうなんですか」
胸がチクリと痛む。唯先輩を守ってくれる…やっぱりそれって、男の人なのかな。私とは、違う…。
「でもどおして?」
「い、いやちょっと参考程度に…」
「そっかー。うーんあずにゃん恋しちゃってるの~?」
「い、いえそんなわけじゃ///」
唯先輩はそんな私を見ると、ふっとほんの少しだけ微笑んで、抱きしめた。
「ちょ、こんなところでよしてください///」
「あずにゃんは?」
「私ですか?私は…」
私を見つめる唯先輩の表情は、どこか真剣だった。
「私は、あったかい人です。一緒にいて暖かくなれる人…」
その時、私を抱きしめる唯先輩の体が一瞬強張るのを感じた。
もしかして伝わったのかな。でもさすがにこれだけじゃ、気づくはずはないけど。
「…そっか」
少しの沈黙の後唯、先輩が切り出す。
「あずにゃん、今日はありがとね」
「えっ」
「じゃあね」
「!!」
いつもよりもっと優しく、包み込むように抱きしめられていた私の耳元で、唯先輩は囁いた。
「…帰ろっか、あずにゃん!」
その日を境に、会う時間は極端に減っていった。


それから月日は過ぎ、先輩たちは無事受験を終え、気がつけば卒業式を翌日に控えていた。
私は自室のベッドに寝転がり、携帯の受信ボックスを開く。以前よりぐっと減った『唯センパイ』の文字を探す。
あの日以来、私は唯先輩と距離を置いていた。会えない日が続き、苦しかった。だけど私の脳裏にはあの時の言葉が焼き付いている。
私の恋は、終わったのかな。あの日は伝えきれなかったけど、先輩のあの言葉は…。
そんな苦しみも明日が最後、卒業すれば会えなくなって、きっと忘れることができるよね。そう、明日で全て終わり。
そう何度も言い聞かせているのに、もういいはずなのに、涙が止まらない。私の頭の中には常に、唯先輩がいる。
これから彼女は大学に進学して、いろんな人と出会って。あの人の隣には、私ではなく他の誰かがいて。
どうして…いやだよ、そんなの。私だって、貴女の事が大好きなのに。私も貴女も女の子だけど、それでも大好きなのに。
「会いたい…会いたいよ…唯先輩…」
いつまでたっても涙はとまらない。止める方法はたった一つだって事は、初めからわかっていた。
伝えよう、唯先輩に。叶わなくてもいい、笑顔でお別れできるように。

To:唯センパイ
『唯先輩、卒業式後音楽室へ来てください。待ってます』


ガチャ
「やっほー、あずにゃん」
「唯先輩、卒業おめでとうございます」
「ふふっありがとー」ダキッ
放課後の音楽室。貴女と入るのも、これが最後。
「あ、抱きつかないで、あの、そのまま聞いてください」
「ええーそんなあ」
あったかい。この抱擁の温もりも柔らかさも、最後かもしれない。でも、
「…最後に、言わなければならない事があるんです」
伝えなきゃ。
「あずにゃん…」
唯先輩は私を離すと、数歩下がって私を見つめる。
「唯先輩、私…」
声が震える。心臓の音が鳴り響く。彼女の顔を見る事が出来ない。怖い。
だけど、私の気持ちを伝える、最後のチャンスだから。これで最後なんだから。
私はぎゅっと拳を握りしめ、その言葉を告げる。
「…好きです。ずっと前からあなたが好きです」
「…!」
「いつも抱きしめられて、暖かくて…好きになっちゃったんです。気持ち悪くてごめんなさい…でも…」
堪えきれず涙があふれる。顔も上げていられない。
「…どうしても、伝えたかったんです」
そんな私を見つめ、彼女は呟いた。
「…あずにゃん、ありがとう」
唯先輩はそっと私の手をとり、優しく握る。
「でも…ごめんね」
…そっか。やっぱり、そうだよね。分かっていた。覚悟していたけど。だけど。
大粒の涙が、私の頬を伝う。
「あずにゃん、あのね、私…気づいてたんだ。あずにゃんが私の事、好きでいてくれてるコト」
「うぅ…ごめんなさい、ごめん…なさ…えぐっ」
「ううん…ちがうよ。私、嬉しかった。私も、あずにゃんの事…」
「え…?」
唯先輩は語尾を曇らせる。そして一呼吸おき、私に告げる。
「でもね、駄目なの。幸せになれないの。だって…女の子同士なんだよ。私、がんばって…あきらめ…たんだよ」
気がつくと、握られた私の手に、ぽたぽたと涙が零れる。私のではない、唯先輩の涙。
「で、でも!私」
「だからね、あの時…じゃあねって…。ごめんね、あずにゃん…ぐすっ、ごめん…ありがとう…」
そう言うと唯先輩は、笑顔を向けた。


「3年、か」
あの日からちょうど3年が過ぎようとしている。あの日と同じようにベッドに寝転びながら、当時を思う。
卒業式前日、あの人にメールをしたこと。そして、放課後の音楽室。
あの日と同じように携帯を手に取る。けれどもう、あの時とは違う。私は携帯の受信ボックスを開く。
だけどそこに『唯センパイ』の文字は、無い。
でもね、寂しくなんてないよ。だってもうすぐ…。

♪~
「来たっ」

From:ゆい
Sub:0じ00ふん!!
記念日おめでとう!3周年だね!あずさををずーっとアイスー☆   
ps 大好きだよ

私は思い出す。
―――
「ごめん…ありがとう…あずにゃん」
唯先輩は笑顔を向けた。けれど、彼女のそれは笑顔なんかじゃなくて。下唇を噛み、肩を震わせ、目に涙を溜めて。
なんでそんな顔するんですか。私の大好きな貴女の笑顔は、そんな悲しい顔じゃない。
「…だったら、だったら私が唯先輩を守ります」
「え…」
「私が唯先輩をずっと守ります、ずっと愛しますから…だから…」
「あずにゃん…私…」
「何を言われても、何があっても、ぜったい幸せにします…だから…私じゃ…駄目ですか…?」
「だって…私…うぅ…」
「貴女の笑顔を…いつまでも見ていたいんです!」
「!!」
私は唯先輩の手をぎゅっと握る。その瞬間、私に負けないくらい強く、彼女の手が握り返した。
「私、私も…あずにゃんが…好き…うぅ…好きなのっ…うわぁぁぁん!」
「唯先輩…唯先輩!」
私は唯先輩を抱きしめる。抱きつかれてばかりの私が、初めて彼女を抱きしめた。
「ずっと…守って…私も…好きだから…愛してるから…えぐっ…あずさ…」
「はい、ずっと一緒に…ぜったい離しません…唯先輩…」
―――

あの日から3年、今受信ボックスの中に溢れているのも、間違いなく彼女だ。
「ふふっ、ありがと」『私も大好きだよ、ゆい』カチカチ
そしてこれからも、ずっと。




♪♪~
「あ、着信だ。もしもし、ゆい?」
『あ、あずさ?実はね、最初の文、愛すとアイスをかけたんだよ!』フンスッ
「うん、わかってるよ」
『え、ええ!?』

おしまい!


  • いいセンスだ… -- (名無しさん) 2010-05-05 23:50:40
  • 先輩から唯に変わったのか。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 02:16:15
  • 良い話だな、感動した -- (名無しさん) 2014-02-03 18:06:21
  • 感動して泣いてしまった。 -- (風吹けば名無し) 2017-01-06 02:43:02
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最終更新:2010年05月05日 22:05