梅雨の真っ只中の日曜日。お昼に出掛けたときの晴天は、
一時間ともたずに大雨に変わってしまって……
私は一人、潰れた喫茶店の軒先で
雨宿りをしていた。
「はぁ……ついてないなぁ……」
そう呟いて、軒先から覗くように空を見上げる。
真っ黒な雲は分厚く、雨の勢いは衰える気配もなくて。
今日はこのままずっと雨が続くのだろう。
久しぶりのお天気に油断せず、折り畳み傘を持つべきだったと後悔する。
いや、そもそもお散歩なんかに出掛けなければ良かったのかもしれない。
ちゃんとした用事があったわけではないのだから。
周りに人影はなくて、
喫茶店の閉じたシャッターが開くことももちろんなくて……
一人でいるためか、気分はどんどん落ち込んでいってしまう。
お母さんに迎えに来てくれるよう頼んではいるけれど、
夕飯の
お買い物の帰りになるから、
あと一時間は待って欲しいと言われてしまった。
「あと一時間、かぁ……」
暗い梅雨空を睨んで、地面にため息を吐き出して、
早く来てよと胸中で嘆いて……そんなことばかり繰り返していたから、
そう声をかけられるまで、唯先輩の姿に、私は気づかなかった。
「唯先輩?」
声のした方に顔を向けると、ピンクの小さな傘を持った唯先輩の姿が見えた。
軒先から数メートルも離れていない。
胸には大事そうに紙袋を抱えていた。
「やっぱりあずにゃんだぁ!」
嬉しそうに笑いながら、唯先輩が駆け寄ってくる。
途中、水溜りを踏んで跳ねた水に悲鳴をあげて、
でも顔から笑顔を消すことなく……
こんな大雨の中でも、唯先輩は楽しそうに笑っていた。
「えっへへ、偶然だね、あずにゃん!」
「ええ、そうですね……」
笑う唯先輩に対して、でも私の方は、
苦笑めいた笑みを浮かべるのが精一杯だった。
雨のせいですっかり気分が滅入ってしまっていたのだ。
そんな私の気分が唯先輩に伝わってしまったのか、
「なんかあずにゃん、元気ないね……」
ちょっとだけ沈んだ口調で、唯先輩が言った。
「……こんなお天気ですからね」
ため息を吐いて、私は空を見た。
空は変わらず真っ暗で、雨の勢いは増すばかり。
辺りに響くザーザーという雨音が、また私の気分を憂鬱にさせた。
「久しぶりのお天気に出かけてみたら、この雨ですから……」
「お昼頃は良いお天気だったもんね。
私も憂が傘を渡してくれなかったら、
きっと今頃グショグショだったよぉ」
「……やっぱり、憂は気が利きますね」
「うん! さっすが私の妹! 頼りになる!」
言って自慢げに持ち上げる傘を、でも私は恨めしげに見つめてしまった。
唯先輩に似合う、かわいいピンクの傘。
でもそれは小さすぎて、二人で入ることはできそうにない。
唯先輩の肩幅だってギリギリなのだから。
(……今なら相合傘だって我慢できるのに……)
ちょっと恥ずかしいけれど、
ここで待ち続けるよりは相合傘のほうがまし……
そう思っても、唯先輩の傘に私の入れる余裕はなくて。
考えるだけ無駄だった。
「あずにゃんはまだ雨宿り?」
またため息を吐いてしまう私に、唯先輩がそう聞いてきた。
私はこくりと頷いて、言った。
「はい、もう少し。
一応お母さんに迎えに来てくれるよう頼んでますけど……
まだ時間がかかりそうで……」
「そうなんだ。じゃあ……」
(ああ、もう行っちゃうんだ……)
唯先輩の言葉の続きを想像して、私はまたため息を吐きかけて、
「一緒におやつ食べよ!」
でも唯先輩が言った言葉は、私の想像とは違うものだった。
驚きに固まる私にも気づかず、唯先輩はさっさと傘を閉じて、
私の隣に来てしまった。
閉じた傘をシャッターに立てかけて、大事に抱えていた紙袋の口を開ける。
途端、甘い匂いが私の鼻先をくすぐった。
「あ、この匂い……ひょっとしてタイヤキですか?」
「さっすがあずにゃん! よくわかったね!」
「さ、さすがって何ですか!」
唯先輩の言葉に恥ずかしくなって、頬が熱くなってしまう。
さすがなんて言われたら、まるで私が食いしん坊みたいではないですか。
「えっへへ、そう、タイヤキだよ!」
いくら反駁してみても、でも甘い良い匂いには逆らえず……
差し出された紙袋の中を、私は覗き込んでしまった。
中には、大きなタイヤキが四つ入っていた。
焼きたてなのか、紙袋の中から漂ってくる空気が温かい。
少し焦げ目のついた小麦色がキレイで、つい唾を飲み込んでしまった。
「なんか急に食べたくなってね、買いに行ってきたところなんだ」
弾んだ口調で唯先輩は言って……中から一つ取り出して、私に渡してくれた。
「はい、あずにゃん。一緒に食べよ」
「あ……ありがとう、ございます……」
大きなタイヤキを両手で受け取る。
焼きたてのタイヤキの程よい温かさが、
少し冷たくなっていた手に心地よかった。
「う~ん、美味しいねぇ……」
声に顔を上げると、唯先輩はもう一つ目を頬張っていた。
膨らんだ頬はまるでリスみたい。
緩んだ表情は本当に幸せそうで、
タイヤキのCMにすぐにでも使えそうだった。
唯先輩から頂いたタイヤキの頭に、私もかぷっと噛り付いた。
パリパリの皮と、微かな弾力のある身。
奥にはたっぷりのあんこが詰まっていて……
頬張ると、口の中一杯に温かさと甘さが広がっていった。
鏡を見なくても、自分の表情が緩んでいってしまうのがわかる。
「美味しいね!」
「はい……美味しいです……」
笑って言う先輩に、私も笑顔を返した。
タイヤキを一口食べ、飲み込むたびに、
その温かさと甘さが全身に広がっていくような気がした。
「一つは憂へのお土産だから……
あと一つ。はんぶんこしようね、あずにゃん」
「……いいんですか?」
「うん、もちろん! 一緒に食べた方が美味しいもんね。
あずにゃんは頭と尻尾、どっちがいい?」
「私はどっちでも……」
「ダメだよ、あずにゃん! ちゃんと考えないと! ここ重要なんだから!」
「……重要なんですか」
「うん、重要だよ、テストに出ちゃうよ」
雨の中、潰れた喫茶店の軒先で。私は唯先輩と一緒にタイヤキを食べた。
一人一個半。唯先輩はすぐに食べ終わってしまったけれど、
でも食べ終わった後も、当たり前のように私の横にいてくれた。
二人で並んで、学校のこととか軽音部のこととか、いろんなお話をする。
暗い梅雨空も、勢いを増す雨も、うるさいザーザー音も、
私はもう気にならなくなっていた。
(あと一時間、かぁ……)
お母さんが迎えに来るまで、あと一時間。
さっきまでは早く来て欲しいと思っていたけど……
今はなんだか、ちょっと遅れてくれないかなと、
私はそう思ってしまっていた。
END
長文失礼。
あずにゃんにタイヤキを食べさせてあげたくなったので、
勢いで書きました。
規制が解除されないのでこちらに。
おまけ
「あ、あずにゃん、ほっぺにあんこついてるよ。とってあげるね!」
「え? いえ、自分でとり……」
「(ペロ)」
「……! ちょ、ゆ、唯先輩! な、なんで舐め……!」
「ん~、なんかあずにゃんのほっぺのあんこ、美味しそうだったから、つい」
「お、美味しそうって……」
「でもほんとに美味しかったよ、あずにゃん。また食べたくなっちゃった……」
「……!!」
- よし!!食べてよし。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-20 03:11:15
最終更新:2010年05月21日 03:43