自転車のカゴの中で、ビニール袋がガサガサと嫌な音をたてていた。
中に入っているのはコンビニで買ってきたお弁当。
今日の私の晩ご飯。
不味くはないけれど、美味しいとも思えないお弁当に、
つい憂鬱なため息をついてしまう。
お母さんは用事で夜いないから、晩ご飯は適当に済ませて。
そう聞いたのは昨日の夜のことで……そのことを思い出したのは今日、
部活が終わって家に帰ってきてからだった。
自分で作ろうにも材料がなく、
今から買ってきて料理をする気力もなくて……
結局コンビニのお弁当で済ませることにしたのだ。


信号で自転車を止めて、お弁当を見つめてまたため息をついて、

「あ~ずにゃん!」

「にゃっ!」

突然現れた唯先輩の声に、私は驚きの悲鳴を上げていた。

「エヘヘ、偶然だね、あずにゃん!」

「も、もう……驚かさないで下さい、唯先輩」

「あ、ごめんね。驚かすつもりはなかったんだけど」

その場で足踏みしながら、唯先輩が笑って言った。
着ているTシャツの「ムゲンダイ」という文字が目を引いた。
なんというか……相変わらず、微妙なセンスだった。
唯先輩らしいとも思うけれど。

「あずにゃんもお買い物?」

「はい、その帰りです。唯先輩もですか?」

「私はこれから買いに行くところだけどね。
コショウを切らしちゃっててね、憂はお料理頑張ってるから、
私が買いに行くことにしたの!」

唯先輩の言葉に、私は本当にコショウなのだろうかと疑問に思った。
この前、しょうゆを買いに行くはずがいつの間にか
砂糖に変わっていた話を聞いたばかりだ。

「唯先輩、今日のお夕飯はなんですか?」

「ん? トンカツだよ?」

「……ソースは切らしてませんか?」

「やだなぁ、あずにゃん、
トンカツなのにソース切らしてるわけないじゃん!」

「……からしはありますか?」

「……からし? あ、トンカツにからしつける人って多いよね!
私はあんまりつけないんだけど、たまに憂が……あ……あっ!!
切らしてるの、からしだった! あずにゃんすごい!
よく気がついたね! 探偵みたいだよ!!」

「……やっぱり間違ってたんですね」

ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでる唯先輩に、
私はあきれてしまい、ため息が口からこぼれた。
この前はしょうゆが砂糖に変わって、
今度はからしがこしょうに変わって……
いったいどういう勘違いをすればそうなってしまうのだろう?

「……ほんとしょうがないですね、唯先輩は」

そう言いながら、私は自転車から降りて、車輪の向きを変えた。

「じゃ、スーパー、行きましょうか」

「え?」

「スーパーまで付き合いますよ。唯先輩一人じゃ、不安ですから」

そう言って私が苦笑を浮かべると……唯先輩はまた、飛び跳ねて喜んでいた。

スーパーマーケットまでの道を、私は唯先輩と並んで歩いた。

「それでね、せっかくだからってそのお店の
創作タイヤキを買って食べてみたんだけど……
中に入ってたのが、納豆でね……」

「それは……強烈ですね……」

「せめて甘いものが入っていて欲しかったよぉ……」

「変なものを頼まないで、ちゃんとあんこを選べば良かったんですよ。
タイヤキはあんこが一番です」

いつもの部活のときと変わらないお喋り。
自転車を押して、ゆっくりと歩いて……それでもなぜか、
スーパーにはいつもよりも早く着いてしまったような気がした。

駐輪場に自転車を置き、鍵を取る。
じゃあ行きましょうかと、振り向くよりも早く、

「このときを待っていた!」

「にゃっ!」

そう言って、唯先輩が突然抱きついてきた。

「ちょ、びっくりするじゃないですかっ、唯先輩!」

「エヘヘ……ごめんね。でも、
自転車を押してるときに抱きついたら危ないなぁって、
ずぅっと我慢してたんだよ!
えらいでしょっ、褒めて褒めて!」

「褒めません! 街中ではずっと我慢してて下さい!」

「ええぇ……無理だよぉ、我慢できません!」

私の言葉に、なぜだか自信たっぷりの声音で唯先輩が応える。
力強い返事は、出来れば部活のときとか、
違うときに聞きたかったと思った。

「ところであずにゃん……私たち、なに買うんだっけ?」

「からしです」

唯先輩の質問に、あっさりと答える私。
途端、唯先輩が不満げな声を出した。

「ぶー、つまんない……」

「……間違って欲しかったんですか?」

「そういうわけじゃないけどぉ……
私ばっかり間違えるのは不公平だと思うのです!」

「……なんなんですか、それ」

あきれて呟き、唯先輩の胸の中から抜け出す。
そうするとまた唯先輩が不満げな声を出して……
仕方なく、私は唯先輩の手を握った。
唯先輩は少し驚いたような表情を浮かべた。

「……街中ですから、これで我慢して下さい」

そう言いながら、握った手に少しだけ力を入れると、

「……うん!」

唯先輩は満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。

手を握って歩くのも、抱きつかれるのと同じぐらい恥ずかしくて……
でもスーパーに入った私は、
唯先輩と手を繋いでおいてよかったと思っていた。

「あ~、アイスぅ……」

「唯先輩、ダメです! おやつを買いにきたんじゃないんですよ!」

アイスやお菓子にフラフラと引き寄せられていく唯先輩。
手を繋いでいなかったら、止めるのも一苦労だっただろう。

「まったく唯先輩は……もう子供じゃないんですよ」

「私はまだ子供だもん!」

「……前も言いましたけど……大人になりましょうよ」

手を繋いでレジに並ぶ。
唯先輩のお使いのはずなのに、なぜだかからしは私が持っていた。
唯先輩は隣でニコニコ笑い、私の手を握ったまま腕を振って、
「晩ご飯♪ トォンカツゥ♪」と不思議な歌を歌っていた。
ほんとに子供そのものの振る舞いだった。

「もう、唯先輩っ、少し静かにして下さい」

「だってぇ、晩ご飯楽しみなんだもん!」

「もう……ほんとしょうがないんですから、唯先輩は」

ため息をつく私。
隣の唯先輩は、変わらず「エヘヘ……」と笑っていて、

「そうだ!」

突然大きな声を出したかと思うと、
身を少し屈め、私の顔を覗き込んできた。

「ねぇ、あずにゃん、今晩うちでご飯食べようよ!」

「え?」

「それ、コンビニのお弁当でしょ? 
あずにゃん、今日おうちで一人みたいだし、
だったらうちで一緒に憂のトンカツ食べようよ!」

ニコニコ笑って唯先輩が言う。突然のお誘いに、

「え、でも……」

でも私は、はっきりとした答えを返すことができなかった。
素直に頷けず、返事をためらってしまった。
唯先輩のお誘いは、正直に言って嬉しかった。
一人でご飯を食べるよりも、唯先輩や憂と一緒に食べた方が楽しいし、
なによりもコンビニのお弁当と憂特製のトンカツでは比べるまでもない。
はいと言ってお邪魔できたら、どんなに嬉しいことだろう。
でも……煮物等ならともかく、
トンカツでは、突然人数が増えたら困ってしまうだろう。
唯先輩と憂、二人分のところに私が入ってしまったら、
迷惑をかけてしまうはずだ。
せっかくの唯先輩のお誘いだけど、やっぱり断るべきだろう。
そう思って、断りの言葉を口にしかけたときには、

「メール送信っと」

「……え?」

唯先輩はもう、憂にメールで連絡してしまったみたいだった。

「ん? どうしたの、あずにゃん?
あ……ひょっとして、今日都合、悪かった?」

声を失っている私に、唯先輩がしゅんとした表情を浮かべた。
私は慌てて口を開いた。

「い、いえ、都合が悪いとか、そんなことはありませんけど……
むしろ、嬉しいぐらいで……」

「そうなんだぁ、よかったよぉ」

「で、でも……突然私がお邪魔したら、迷惑なんじゃ……」

「ん? なんで?」

私の言葉に、唯先輩は首を傾げていた。
ほんとになんでなのかわからないみたいだった。

「だって、今日のおかず、トンカツだって……」

「三人でわければ大丈夫だよぉ」

「……おかず、減っちゃいますよ?」

「あずにゃんのお弁当わければ、丁度三人分になるから大丈夫だよ♪」

「で、でも……」

唯先輩の言葉に、それでも遠慮してしまう私に、

「あずにゃん、私は、それにきっと憂も、
あずにゃんと一緒にご飯食べたいって思ってるよ?」

そう言ってにっこり笑って、繋いだ手をぎゅっと握ってくれた。
唯先輩の温かい笑みに、自然と頬が熱くなってしまって……

「ね? だから一緒に、晩ご飯食べよ?」

「……はい」

私は顔を俯けて、小声で答えていた。唯先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
レジが進み、私たちの順番が近づいてくる。
前にいるのはあと二人というところで……
私は唯先輩の手を引いて、列から外れた。

「……え? あずにゃん?」

驚いたように声を上げる唯先輩の方を見て、私は笑みを浮かべた。

「……アイス、買っていきましょうか」

「え?」

「デザートのアイス、買っていきましょうよ、唯先輩。
今日のお礼に、私だしますから」

「い、いいのぉ?」

「はい。それに、憂特製のトンカツとコンビニのお弁当じゃ、
やっぱりつりあいませんし。お土産ぐらい、用意させて下さい」

私がそう言うと、唯先輩は本当に嬉しそうに笑って、

「行こっ、あずにゃん!」

私を引っ張って、アイスのコーナーに向かって駆け出した。

「ちょっ、唯先輩、走ったら危ないですよっ」

走る唯先輩に、私は文句を言った。
でもそのときの私の声は、もうどうしようもなく弾んでしまっていて……
きっと顔も、笑顔のままだろう。
一人きりのコンビニのお弁当に、さっきまでは少し憂鬱だった晩ご飯。
でも唯先輩に会って、晩ご飯に誘われて……
憂鬱な気分はもう消えていた。
憂の特製トンカツは、きっとすごく美味しいだろう。
コンビニのお弁当だって、唯先輩と憂とわけて食べれば、
一人のときと違ってきっと美味しく感じられるはずだった。

「楽しみだねぇ、晩ご飯♪」

「はい、そうですね」

唯先輩の言葉に、今度の私は素直に頷いていた。
本当に楽しみだと思った。


END


  • いかんこれ凄い好き -- (名無しさん) 2010-10-30 22:22:53
  • いや〜♪いいね! 和む! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 03:35:12
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最終更新:2010年06月15日 20:13