「あーずにゃん、何読んでるの?」
「ぅにゃあ!?」
 私は、何か読んでいるのであろうあずにゃんの背中に抱きついた。
 よっぽどビックリしたのだろう、小動物のようにあずにゃんは、座ったまま跳ねた。
「な、な、何するんですか唯先輩!!心臓に悪いです!!」
「えへへ、ごめんねー」
 放課後。私、平沢唯と、中野梓ことあずにゃんは、いつもいる部室ではなく、学校近くにある広い公園に来ていた。

 それというのも、部室に皆が集まるとムギちゃんが、「今日は家の用事が……」と申し訳なさそうに話し始めたのがそもそものきっかけな訳で。
 それを聞いたりっちゃん隊長が、「じゃあ今日はもう解散するかー」と言ったのが第二の始まりな訳でして。
 ムギちゃんはお菓子を食べる時間もないそうなので、そのお菓子を持ってきてくれたムギちゃんがいないなか、ティータイムするのは申し訳ない、
と多分りっちゃんは思ったのだろう、と澪ちゃんが後で言っていた。
 解散に同意した私達は、やっぱり申し訳なさそうにするムギちゃんをなだめて、やれ解散、となった。
 お菓子は残念だけど明日があるさ~、となっていた私は、ふと同じ帰り道で隣にいるあずにゃんの顔を見る。
 ……そのあずにゃんは、なんだか不満げだ。何が?多分今日の部活のことだろうけど……、ひょっとして、お菓子の事?
「唯先輩と一緒にしないでください!」
「ひどい。でもしょうがないよ。皆が皆、いつでも空いてるってわけでもないし。明日もあるじゃん」
「それは、分かってますけど……。昨日の練習、覚えてます?」
 確か昨日の練習は、珍しく調子がよかった気がする。
 りっちゃんのドラムも、澪ちゃんのベースも、ムギちゃんのキーボードも、そしてあずにゃんと私のツインギターも、全部が全部融合し、
溶け合って、壮大なひとつの世界になっていた。
 その世界ができたとき、そりゃあもう皆驚いて、喜んでいたっけ。
「昨日の練習は、もう練習にしては勿体ないぐらいでしたよ。録っとけばよかったです」
「そうだね。なんかもう、ライブの時みたいな感じだったね」
「だから、今日は昨日と同じくらいか、それ以上の演奏ができるのかなぁって、朝からわくわくしてたのに……」
「すごいねあずにゃん。私なんて今日のお弁当はなんだろうとかぐらいしか考えてなかったよ、朝」
「唯先輩は感覚が異常なんです」
 今さらりとひどい事言われた。
「とにかく、今日の練習はとっても楽しみだったんですよ!」
「うーん、でも、しょうがないよコレばっかりは」
「うううう……。わかってますけど……」
 そういうと、あずにゃんは頭を垂れた。かわいい。言ったら殴られるだろうけど。
 でも、うーん。後輩が、あずにゃんが残念がってる。これはなんとかしてあげたい。このままでもかわいいけど。
 ……あ。
「じゃあさ、あずにゃん」
「はい?」
 やや涙目のあずにゃんと目が合って、死にそうになるが理性を保ち、
「二人で、一緒に練習しよう」
 最高の笑顔で、あずにゃんに笑いかけた。
―――
 それが、ちょっと前の出来事。
 その後近くにある公園で、人工芝が敷いてある場所に座って演奏しよう、となったが私がお花を摘みに行くことになってしまい、
あずにゃんに待ってもらうことと相成った。
 トイレから帰った私は、あずにゃんのかわいい背中を見つけ、いつも通り抱きついた―――というわけです。
「まったく、もう。唯先輩は、もうちょっと場所を考えるべきです」
「まぁいいじゃん。今日は人も少ないから、演奏しても誰にも迷惑にならないよ」
「抱きつく行為について言ったんです!」
 怒った顔のあずにゃんもかわいい。
「でも……、その、ごめんなさい。付き合ってもらっちゃって」
「ふぇ?いいって、そんなこと。私も、ギー太と愛を語り合いたかったし~」
「……やっぱり、唯先輩は異常です」
「さっきから思ってたけど、ひどいよあずにゃん」
 まぁこれも愛の証という事にしておこう。
「さって、それじゃあギー太を~と」
 私がケースからギー太を出すのを見て、あずにゃんも自分のギターを出してあげる。
 そんなあずにゃんのそばには、さっきまで読んでいたカバー付きの本が置いてあった。
「あずにゃん、本」
「へ?あ、すいません」
「何読んでるのー?」
 本をしまうあずにゃんに、さっき抱きついた時に答えてもらえなかった質問を、もう一度投げかける。
「これですか?えーと、恋愛小説ですよ。憂達に勧められたんです」
「ほほぉ、恋愛……。難しい?」
「いいえ。この作家さんの小説は、結構若い子達にも読めるようになっていて。新聞にも載るくらいなんですよ」
「ふぇー、すごいね。わかんないけど」
「ははは。でしょうね」
 良い笑顔で言われた。
 でも、小説か。それも恋愛。うーん、私には分からない世界だなぁ。
「唯先輩も、読んでみたらどうですか。憂が持っているでしょうし」
「んんー……。どんな話なの?」
「私もまだ、読んでる途中ですけど……。
えっと、舞台は大学のサークルなんです」
「うん」
「そこに新しく入ってきた女の子に、男の先輩が恋しちゃうんです。一目ぼれってやつですね」
「ほほぉ」
「でも、最初の女の子の印象は最悪。むしろ男の先輩を馬鹿にするような態度をとるんです」
「あらら」
「それにも負けない先輩は、長い時間をかけて、でも確実に女の子との仲を深めていくんです」
「おお、やるねー」
「で、お互い良い雰囲気になったところに、ライバル登場、ってなるんですけど……。
まぁ、私が読んでる中では、ここまでですかね」
 あずにゃんは立てていた人差し指を、元の位置に戻して言った。
「へぇぇ。なんか、面白そうだねぇ」
「でしょう?しかもこのライバルが嫌な奴で―――」
「でもさ」
 少し興奮気味に話すあずにゃんを遮り、私は単純に思った事を投げかける。
「なんか、私達と似てるよね?」
「…………………………はい?」
 三点リーダ祭りを終えて、あずにゃんはようやく口を開けた。
「だって、舞台は大学だけど、先輩と後輩じゃん?
あと、一目ぼれかは分かんないけど、私が後輩であるあずにゃんに恋したのは間違いないし。
あずにゃんはあずにゃんで、最初私に対する想いもアレだったらしいけど、今ではもう愛に変わってるし。
ライバルもいないけど、でも、なんか私達に似てない?」
 私が弁論を終えると、あずにゃんがすかさず異議を申し立ててきた。
「そ、そ、そんなことないです!!」
「えー、なんでー?」
「だって、まず、ここ高校ですし!!」
「だから、舞台は大学だけど、って言ったじゃん」
「それは、そうですけど……。でもっ、わ、私はこの女の子みたいに可愛くはありませんし!!」
「私は、その小説の女の子がどんな子かは知らないけど、でもあずにゃんはかわいいよ?」
「あ……、ふ、くぅ…………」
 何に照れているのだろう。あずにゃんはかわいい顔を真っ赤に染めている。
 こんな公共の場で、あずにゃんのこんなかわいい顔を見せるのは忍びないが、それを間近で見れるのは私一人だし、まぁ良しとしよう。
「だ、第一私は、別に愛してるって訳じゃ……」
「えっ!!?愛じゃなかったの!?」
 そんな!じゃあなんであずにゃんは今まで私と一緒にいたんだ!?
 夕日の中での告白も、初めてのデートも、初めてのちゅっちゅもにゃんにゃんも、全て私の妄想ということにあわわわわわあわにゃん。
「あ、ち、違います!い、今のは、その、言葉のあやというか……。その、」
「じゃあ、私のこと愛してる?」
 「えっ」と呟いたあずにゃんの顔は、間違いなく「今ここで言うんですか?」と言いたいような顔だった。
 ええ言わせますとも。放課後の練習に付き合い、あずにゃんのひどいツッコミにも耐え、何よりまさかの『愛してない』発言(多分照れ隠しだと思うけど)による
精神的ショックにも耐えた私なのだから、それぐらいのご褒美は貰えないと納得いきません。
 普段あまり愛の言葉を言わないあずにゃんのことだ。今頃真っ赤な顔で困っているに違いない。
「……っ。…………うう」
 ほら。やっぱりね。
 その頬はあずにゃんの持っているギターのように真っ赤で、子猫のように潤んだ目は、間違いなくこの私を見ており、
その目に含んでいる言葉も間違いなく「許してください」なのだろう。
 だめだよあずにゃん。私はすごく傷ついたよ。「愛してない」なんて傷ついたよ。それが例え照れ隠しでも。
 だから欲しいな、あずにゃんの言葉。あずにゃんの想い。あずにゃんの、ホントの気持ち
「…………、唯、先輩……」
「んぅ?」
 私は、わざとらしくトボけた風に装った。
 あずにゃんのくりくりした目に、私の姿が映っている。その顔はどうしようもなく笑顔で、かつ何かを期待しているような表情だ。
「あ、の。私、唯先輩が……。唯先輩のことを…………」
「うんっ」
 あずにゃんは軽く息を吸うと、決心して私をまっすぐ見据える。
「あ、あい、あい愛してます!!」
 つと、その言葉が耳に入った瞬間、私は決して不快ではない身震いを催し、あずにゃんの表情しぐさ息づかい匂いその他諸々全てが私の理性を攻め立てた。
 パタタ、と名も知らない小鳥が、空を飛んだ。
 それを合図に私の理性もプッツリと息絶え、残ったのは「あずにゃん好き好きかわいい」という煩悩だけだった。
「私も愛してるよあずにゃああああああん!!」
「う、わああああ!?」
 抱きつきタックルをくらわせた私と、それを受けたあずにゃんは人工芝の床に大きく横たわった。
「あずにゃんあずにゃあああん!かわいいよ大好きだよあずにゃああああん!!」
「ちょ、だ、だから先輩!もっと場所を考え―――む!?むー!んんーー!!」
 ぎゃいぎゃい抗議するあずにゃんの口を、私は自分の口で強引に塞いだ。
 あずにゃんの足はばたばたと抗議を続けているが、それもいつしか止んでいた。
 間にいるギー太とあずにゃんギターも、ゼロ距離で愛し合っていた。
 ごめんねギー太。でもあともうちょっと、そのままでいてね。
 もうなんか、我慢出来そうにないから。

おわり


  • たしかに我慢できん。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 03:49:01
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最終更新:2010年06月02日 20:20