「好きです、唯先輩」
夕暮れの
帰り道、私は唯先輩にそう告げた。
全く緊張しなかったと言えば嘘になるが、意外にあっさりと自分の気持ちを伝える事が出来た。
「どうして…」
つい先刻までの笑顔が消え、唯先輩は悲痛な声で呟いた。
「どうして、そんな事を言うの?」
唯先輩は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その悲しげな表情に思わず臆しそうになる私だったが、その気持ちを振り払うように強くはっきりと告げた。
「どうしても何もこれが私の気持ちだからです」
私の言葉に、唯先輩は顔を伏せ静かに首を振る。
「唯先輩…」
私の告白のせいで唯先輩が苦しんでいる、その事実に私の胸は張り裂けそうになる。
けれど…。
「何度でも言います、私は唯先輩が好きです」
私は言葉を紡ぎ続けた。
私の愛する人の為に、私を信じて送り出してくれた人の為に、そして私自身の為に。
―それは、一昨日の事だった。
その日、私は学校の屋上にいた。
授業が終わる頃、大事な話があるからと私は憂に呼び出されていた。
「…」
今、私の目の前には憂が居る。
こちらに背を向けたまま、夕暮れが迫る空をぼんやりと見上げていた。
「…」
暫くそうして空を見上げていた憂だが、やがて何かを決心した様に私の方へ向き直り口を開いた。
「ねぇ、梓ちゃん」
「ん…どうしたの、憂?」
「梓ちゃんってさ…お姉ちゃんの事、どう思ってる?」
いきなりの問い掛けに、私の心臓はドクンと音を立てて飛び跳ねた。
「ど、どうって…ちょっとだらしない所もあるけど、良い先輩だと思ってるよ」
私は少し焦りながらそう答えた。
「そう言う意味じゃなくて…ね、わかるでしょ?」
「そ、それは…」
急速に顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
確認はできないが、きっと私の顔は茹蛸の様に真っ赤になってるに違いない。
「あはは…
うん、その反応でわかっちゃったよ」
全てを見透かした様に憂がそう言った。
「憂…恐ろしい子」
「…でね、梓ちゃんにお願いがあるの」
「お願い?」
私が聞き返すと、普段はあまり見せない真剣な表情でこう言った。
「その気持ちが本物なら告白して欲しいの…お姉ちゃんに」
「え…」
憂の突拍子もない言葉に私は一瞬、唖然となる。
「な、何の冗談よ?」
「私、真剣だよ」
変わらず真剣な表情でそう言い放つ。
その表情を見れば、先刻の言葉が冗談ではないのは明白だった。
何よりも憂がそんな冗談を言う筈がない事は、私が一番良く知っていた。
だって、憂は…。
「憂…だけど良いの?」
「何が?」
「何がって、憂は唯先輩の事…」
「うん…私も好きだよ、お姉ちゃんの事」
当然の様にさらりと言う。
「なら、どうして?」
「私の好きは…梓ちゃんの好きとは違うものだもん」
「…違うの?」
「違うよ、お姉ちゃんの事は大好きだけど、キスしたいとかエッチしたいとかは思わないもの」
「エッ…!わ、私だってそんな事…!」
「考えた事ない?」
「うっ…」
「ふふふ、梓ちゃんって本当にすぐ顔に出ちゃうよね」
憂がニコニコしながら言う。
「む…悔しいけど反論出来ないのが痛い」
「そう言う事だからお願い…ね?」
口調は軽いが、その表情は先程の真剣なものに戻っていた。
「ちょ、ちょっと待って…
憂の気持ちはわかったけど、だからって何で私が唯先輩に告白しなきゃいけないの?」
「…」
私の反論に憂は無言のまま顔を伏せる。
「憂?」
「…時間がないの」
今にも消え入りそうな小さい声で、憂がそう呟いた。
「え?」
「ねぇ、梓ちゃん…」
「憂?」
「手が届かなくなってからじゃ遅いんだよ?」
その言葉の意図が掴めない。
手が届かなくなってからじゃ遅い?一体、何の事を言ってるんだろうか。
「憂、それって一体…」
「お姉ちゃん」
私の言葉を遮り、俯いたままで憂が言う。
「お姉ちゃんには、もう時間がないの」
「時間がない?」
唯先輩に時間がない?一体、どう言う意味だろう?
卒業の事を言ってるのだろうか?それとも、まさか何処かへ転校してしまうとか?
色々な憶測が私の頭を駆け巡ったが、どれも今一つピンと来なかった。
「ねぇ、憂…
唯先輩に時間がないってどう言う事なの?」
「…」
憂は無言のまま顔をあげる、その表情は悲愴な色に満ちていた。
「お姉ちゃんね、もうすぐ何もかも忘れちゃうかも知れないの」
「!?」
「先天性のものらしいんだけどね…」
再び顔を俯かせ、憂が静かに話し始めた。
「お医者さんが言うには、恐らく卒業するまで持たないだろうって…」
「何よそれ…」
「脳の萎縮が急速に進んでるらしいの…
少しづつ、だけど確実に、お姉ちゃんの記憶が失われていくって…」
あまりにも突然の告白に私の頭は混乱する一方だった。
「どうする事も出来ないの?」
私の問いに、だが憂は首を横に振る。
「ただ黙って見てるしかないって言うの!?」
憂は答えなかった。
「唯先輩がまさかそんな…」
「…」
「酷いよ…あんまりだよ…!」
「仕方ないんだよ、私達にはどうする事も出来ないんだから」
「仕方ないってそんな言い方…!」
ないじゃない!
そう言い掛けた私だったが、憂の顔を見て言葉を失った。
「…」
必死で涙を堪える憂。本当は泣き出してしまいたい筈。けれど泣かない。
それは、私に伝える為。泣いても仕方ない。今、私達がやるべき事はそんな事じゃない。
憂の表情が私にそう言っていた。
「ごめん、憂…」
「ううん、良いんだよ」
「憂…」
「梓ちゃんが怒ってくれて嬉しいよ…
だって、それだけお姉ちゃんを想ってくれてるって事だから」
涙交じりの笑顔でそう言った。
「だけど、唯先輩の知らない所でそんな事になってるなんて…」
「知ってるよ」
「え?」
「お姉ちゃんは全部知ってるんだよ…
もうすぐ自分が記憶を失ってしまう事も、それを止める方法がない事も」
「嘘…でしょ?」
「…」
憂は答えなかったが、その表情はそれが真実である事を語っていた。
「じゃあ、何?
唯先輩は自分がそんな状態だって知りながら、いつもあんな風に明るく笑ってたって言うの?」
「うん…それが、お姉ちゃんなんだよ」
「いつから知ってたの?」
「三年前かな、高校に入る少し前だよ」
「…」
言葉が出て来なかった。
私の記憶の中の唯先輩はどんな時も笑って、そんな様子など億尾にも出さなかったから。
「お姉ちゃんね、いつも口癖の様に言ってた事があるんだ」
「唯先輩…何て言ってたの?」
「例えどんな結末が待っていても逃げたくない…って」
「…」
その言葉にはどれ程の決意が込められていたんだろうか。
「でもね…逃げちゃったんだよ、お姉ちゃん」
「逃げたって、何から…?」
「梓ちゃんだよ」
「わ…たし?」
「お姉ちゃんは梓ちゃんの事が好きなんだよ」
「え…」
その言葉で、私の思考は瞬間的に停止した。
「勿論、それは…私のお姉ちゃんに対する『好き』じゃなくて、梓ちゃんがお姉ちゃんに対して抱いてる『好き』って気持ちの事だよ」
憂がそう言って念を押す。
「唯先輩が私を…?」
「だけど、お姉ちゃんからはその気持ちを絶対に伝えない、伝えられないの…何故かはわかるよね?」
唯先輩は自分の置かれている状況を理解している。
つまりは近い将来、自分がどうなってしまうかを知っていると言う事だ。
「唯先輩…」
「私が梓ちゃんにお願いしたのは、つまりそう言う事なんだよ」
「…」
「このままじゃお姉ちゃんは絶対に後悔する…
その事自体いずれ忘れてしまうとしても、私はお姉ちゃんにそんな後悔をして欲しくないの」
「憂…」
「梓ちゃん…
私のお願い、聞いてくれないかな?」
そう言って、憂は私を見つめる。
今にも泣き出しそうな、けれど強い意志をその瞳に宿して。
「答えは一つしかないよ」
そう言いながら、私は憂の体をそっと抱きしめた。
「えへへ…
抱きしめる相手が違うよ、梓ちゃん」
「良いんだよ、憂…
これは、今までずっと頑張って来た憂への
ご褒美だから」
「梓ちゃん…」
「後は私に任せて…ね?」
「梓ちゃん、お姉ちゃんを幸せにしてあげてね」
「うん、約束するよ」
私は静かに目を閉じ、その意志を固めた。
私の呼び掛けに、俯いて黙り込んでいた唯先輩が顔を上げる。
「ずっと、我慢してたんだよ?
諦めようとしてたのに…どうして?」
そう言って、唯先輩は悲痛な表情で私を見つめた。
「悲しませてごめんなさい…
だけど、この想いだけは絶対に譲れません」
「唯先輩、貴女が好きです」
三度目の告白。譲れない。諦めない。絶対に。
「ずるいよ、あずにゃん…」
「好きな人にそんなに求められたら…
もう我慢なんて出来ない、諦める事なんて出来ない」
そして、唯先輩が一際大きな声で叫ぶ。
「私だって、大好きなんだもん!」
それはきっと魂からの叫び、唯先輩がずっと抑えてきた想いを解放した瞬間だった。
「我慢する必要なんてないですよ」
私は唯先輩の震える肩に手を掛け、そしてゆっくりと抱き寄せた。
「あずにゃん…」
気付けば、お互いの息が掛かりそうな距離。
間近で見る彼女の顔は、いつも以上に綺麗に見えた。
「唯先輩…」
彼女の全てが私を釘付けにする。
そっと彼女の頬に手を触れる、そして引き寄せられる様に唇を重ねた。
『…』
唯先輩は少しも抗う事なく、私のキスを受け入れてくれる。
『ん…』
実際には数秒の事かもしれないが、私には永遠に感じられたその時間。
私達は唇を離し、無言のまま見つめ合う。
『…』
そして、どちらからともなく再び唇を重ね合わせた。
「あずにゃん、今日の事は忘れてくれないかな」
二度目のキスを交わした少し後、唯先輩が徐にそう言った。
「そんな勝手な言い分を私が許すとでも思いますか?」
「ですよね~」
私の答えに唯先輩は苦笑する。
「折角、こうして想いが通じ合ったのに…
唯先輩、本当は私の事あまり好きじゃないんですか?」
「ううん、大好き」
見事に即答だった。
「それなら、何も問題ないじゃないですか」
「…」
唯先輩は答えない、先刻の様に黙って俯くだけだった。
「唯先輩」
私は唯先輩をそっと抱きしめ、自分の決意を口にした。
「絶対に忘れさせませんから」
私の言葉に唯先輩が呆然と呟く。
「あずにゃん、何で…?」
「病気の事、憂から聞きました」
「そっか…
知ってたんだ、あずにゃん」
唯先輩はそう呟くと、ゆっくりと私から離れようとした。
「唯先輩?」
それを追って手を伸ばすが、唯先輩は拒絶する様にその手を振り払う。
「ありがとう、あずにゃん…だけど、やっぱり駄目だよ」
「何が駄目なんですか?」
「あずにゃんを悲しませたくないもん」
「…」
「嬉しかったよ、あずにゃんが好きだって言ってくれて」
「…」
「今、すっごく幸せな気分… だからね、このまま終わりにしよ?」
「…」
「私達にとって、それが一番幸せな事なんだよ」
「…」
「だから…」
「幸せですか?」
「え…?」
「唯先輩は本当にそれが幸せだって言うんですか?」
「うん、幸せだよ」
「じゃあ、どうして唯先輩は泣いてるんですか?」
「え…」
私の言葉を受け、反射的に頬を拭うがもう遅い。
唯先輩は泣いていた。
私を必死に諭す間、ずっとずっと泣いていた。
「本当に嘘が吐けない人ですね、唯先輩は…」
「こ、これは嬉し涙だよ!」
「流石にそれは苦しいです」
「うぅ…」
「そんな悲しそうな泣き顔で『幸せ』を連呼されたって、全く説得力ないですよ」
「…」
唯先輩は返す言葉を失くし黙り込む。
「唯先輩」
「なぁに、あずにゃん?」
「私の一番の幸せは唯先輩と
ずっと一緒に居る事です」
「あずにゃん、ずるい」
「ずるくて良いんです! 信じてください、私は絶対に悲しんだりしませんから」
「私があずにゃんの事を忘れちゃっても?」
「忘れさせないって言ったでしょ?」
「無理だよ、絶対に忘れちゃうよ」
「忘れたら憶えさせますよ」
「また忘れちゃったら?」
「そしたら、また憶えさせます」
「堂々巡りになっちゃうよ?」
「堂々巡りでも良いんです」
ここまで来たら意地の張り合いだ。
「もぉ…あずにゃんってば頑固なんだから」
頬を膨らませながら唯先輩が言う。
「頑固で良いんです、私は私の道を行くんです!」
負けじと私も言い返す。
暫くおかしな睨み合いが続いていたが突然、唯先輩が頬を綻ばせた。
「…ぷぷ」
「唯先輩?」
「あ~ずにゃ~ん!ありがと、大好きだよ♪」
そう言って、抱きついて来る唯先輩を私も優しく抱き締め返す。
「私も大好きですよ」
「覚悟しててよ、あずにゃん…こうなったらもう、手加減無しで愛しちゃうからね!」
「望むところです、唯先輩♪」
夕暮れの帰り道に、寄り添いあった二つの影が伸びていた。
- 病気設定がいかせてない 発祥後の話がないと茶番 -- (名無しさん) 2010-12-29 15:16:17
- ↑正論だが・・・細けぇこたぁどうでもいいのよ -- (ダメですぅ~) 2011-01-04 23:06:27
- 長編だったら良かった… -- (名無しさん) 2011-12-13 21:48:24
- これの動画版見て泣いたなぁ…動画の方はハッピーエンドだったけど -- (名無しさん) 2012-09-03 21:28:03
最終更新:2010年06月23日 22:50