「唯ちゃん、梓ちゃん、着いたわよ」
えっと……これって一体何……?
隣の唯を見ると、同じように呆然としていた。

私の目の前に並んでいるのは『純白のウェディングドレス』。それも数え切れない程の。
唯の目の前には、同じくらいの『純白のタキシード』が並んでいる。

「さぁさぁ、唯はこっちに来て~」
「梓ちゃんはこっちよぉ~」
私はムギ先輩に引きずられながら、ウェディングドレスの海へと連れていかれた。
唯も律先輩に引きずられながら、タキシードの海へと連れていかれたらしい。
向こうから「おぉ!これも良いなぁ」「こっちもカッコイイぞ」という、律先輩と澪先輩の声が聞こえてくる。
私はというと……。
「梓ちゃんにはどれが似合うかしら~?」
「こんなのはどう?」
「あ、さわちゃん、それ良いかも知れませんね~」
ムギ先輩とさわちゃん二人の『着せ替え人形』と化していた……。


「唯ちゃん、梓ちゃん、凄く似合っているわ~」
『はっっ!!』
ムギ先輩の一言で、私と唯は我に返った。私が着ているドレスは、所謂『マーメイドライン』のオーソドックスな物。唯が着ているフロックコートも、白のシンプルな物だ。
「やっぱり、シンプルなのが一番だな~」
「あぁ……そうだな」
「二人共、やるじゃな~い」
「へっ?何がぁ?」
「何を隠そう、あなた達の選んだそのフロックコート!そしてムギちゃんが選んだウェディングドレス!共に私が作った特製なのよ!!」
「……わざわざ作ったのか……」
「当然でしょ~。私の大切な教え子でもある二人の特別なイベントよ~。ここで頑張らないで何時頑張るっていうの?」
「あの~……出来れば、ライブの衣装もこんな感じに頑張って、シンプルに仕上げて貰えれば嬉しいかと……」
「そうだよな……なぁ、梓もそう思うだろ?」
「……は、はいっ!?あ、そうですね!こんなにも唯がカッコイイなんて思ってませんでした!」
『……はぁ!?』
あれ?唯以外の全員が呆れた顔してる……なんで?
「澪……梓に聞いたのが間違いだったな……」
「間違ってなんか無いよ!りっちゃん!梓、物凄く綺麗で……かわいいもん!」
『……はぁ~……』
あれ?なんで……溜息なんかつくんですか……?私の格好……そんなにも変なのかなぁ~?

「紬お嬢様、皆様の御準備が整いました」
「ありがとう、斉藤。……じゃぁ、みんなの所に行きましょうか?」
唯……カッコイイなぁ……あ、髪型変えてるんだ……。
「ほら、梓。こっちだぞ~。……唯もボーッとしないで、ちゃんと歩け」
はぁ……こんなにもカッコイイ唯が、私の恋人だなんて!
「まるで夢みたい!」
「おーい、梓~。これ、夢じゃ無いから、現実だから……。だから、唯連れてこっちにこーい」
「あ、唯ですね!わかりました!!」
律先輩が、唯と一緒に来いって呼んでる。
「唯、一緒に行こう!」
「うん!」
「やれやれ……」


「梓ちゃん……とても……似合っているわね……」
「お、お母さん……」

「本当だ……。ついこの間まで子供だったのになぁ~。……いつの間にか、大人になっていたんだね」
「お父さん……どうして……ここに?」
ムギ先輩達に案内されたのは、礼拝堂の裏手にある牧師さんの控室。
……なんで、私と唯の両親が、ここに居るの?
「どうしてって……娘の結婚式に親が来るのは当たり前だろう?」
「そりゃあ、そうだけど……。でもさ、これって『ごっこ』みたいな物でしょ?」
「『ごっこ』か……、本当にそうだと思うのかい?」
「えっ?だって、『特典映像』の撮影だって言ってたし……」
「『ごっこ』でわざわざ私達が日本からやって来ると思う?」
え……じゃぁ……。
「すみません、そろそろ準備が出来たので、お母さんは先に入っていただけますか?」
「あら、そうなの?じゃぁ、私は中に入っているわね。……あなた、梓、頑張ってね」
「あぁ、ちゃんと、梓を唯ちゃんに託してくるよ」
ふと周りを見ると、既に唯の両親も中に入ったみたいだ。

「唯ちゃん、梓ちゃん、こちらが今回の式を取り仕切って戴く『ハウアー牧師』よ」
「どうも、こんにちは。始めましてアントン・ハウアーと言います。今日は私達の教会で、結婚式を挙げて戴き、誠にありがとうございます」
「……あ、あれ?……ねぇ、梓。もしかして、私達よりも日本語上手なんじゃない?」
「いくらなんでも……って言いたいけれど、少なくとも唯よりは上手ね」
「しょんな……しどい……」
「……まぁ、冗談はさておき」
「さておかれた!?」
なんでそんなにも日本語が堪能なのかを聞こうとしたら、牧師さんが先に種明かしをしてくれた。
「実は私、以前に五年間程日本で牧師研修の講師をしていたんですよ」
「あぁ、それでなんですか。とても日本語が堪能なので、なんでなのかなと思っていたんですよ~」
「日本にはいい思い出が沢山有りますね~、おもてなしの心とか、譲り合う気持ちとか……」
あ、なんだか長話になりそう……。そう思っていたら、ムギ先輩が間に入った。
「ハウアー先生?もうすぐ式が始まりますよ」
「おっと、失礼。つい話すことに夢中になってしまいました」
「では、私も中に入って待っていますから、皆さんの事、お願い致します」
そう言って、ムギ先輩も中へと入っていった。
「では、簡単に式の流れを説明しますね。まず……」


「なんだか、緊張するな」
「もぉ……お父さんが緊張してどうするの?」
「まぁ、そうなんだがな……」
私達は、礼拝堂の入り口にある扉の前に立っている。
「しかし……なんだな。まさか、こんな場所で娘の結婚式をやるとは、夢にも思わなかったぞ」
「私もだよ……みんなに感謝しなくちゃね……」
「そうだな……。あのな……梓、今だから言うんだけれど……実はお父さんな、最初、二人で暮らすって聞いた時、反対するつもりだったんだ」
「えっ……」

思わずお父さんの顔を見上げた。そこにはとても真剣な眼差しで、一語一句言葉を選んで話す、今までに見たことの無い『父』の顔があった。
「年齢云々ってのは関係無かった。ただ単に『女の子同士』っていうそれだけだったんだ」
そう……だったんだ……。
「だけどね、僕が唯ちゃんに『梓の事をどう思っているのか』って聞いた時、唯ちゃんは『恋人として、真剣にお付き合いさせていただいてます』って言ってくれた」
「うん……」
「それを聞いた時『あぁ、これは敵わないな』って思ったんだ。梓の事を、これ程までに真剣に愛してくれている……そう考えたら、反対する気持ちなんて、どっかに行っちゃったんだよ」
「そう……なの?」
「あぁ……。でもなぁ~、男親ってのは変な所で頑固なんだよな……。反対する気持ちなんてこれっぽっちも無いのにさ、意地で『卒業するまでは、自宅を拠点に活動しなさい』なんて言っちゃってさ……あの時は、本当に済まなかったな」
「ううん、そんな事無いよ。あの時、もし二人で暮らし始めてたら、絶対にここには居ないもん……だから、感謝してるよ」
「そうか、そう言ってもらえるのなら、ありがたいな。……梓、良い人と巡り逢えたな。おめでとう」
「……ありが……とう、私達を……認めてくれて……本当に……ありがとう……」
「ほらほら、まだ泣くのは早いぞ。……お、始まったな」扉の向こうから、オルガンの音が聞こえてきた。結婚式の始まる合図だ。
「梓……僕達の娘として産まれてきてくれて、ありがとう。あまり、父親らしい事はしてあげられなかったが……幸せになるんだぞ」
「……うん……」

……私……こんなにも……愛されていたんだね……。

唯の家と同様に、殆ど家に居なかったお父さん。学生の頃はそれを恨んでいた時もあった。
お父さん……私……今……世界で一番……幸せだよ……。
「それでは、これより式を始めます。皆さん拍手で出迎えて下さい。新婦、入場!」
ハウアー牧師の声が聞こえ、扉が静かに開いた。
目の前には真っ赤なカーペット。
その向こうには、今日の礼拝が終わっても尚残って居てくれた、地元の信者達。
更にその先には、真新しいフロックコートを見に纏った唯が、牧師の隣に立っている。

お父さんの左腕の肘辺りを右手で軽く掴んだまま、ゆっくりと、一歩ずつ前に進む。
みんなが私達に注目している。あ……純……真鍋先輩も居る……わざわざ来てくれたんだ……。
「梓!おめでとう!!」
純の明るい声が礼拝堂内に響き渡る。
……全く……相変わらずなんだから……でも、嬉しいな……。
地元の人達が座る席を過ぎ、メンバーや友人が座る席も過ぎ、親族が座る席……最前列まで歩みを進めた。
ここで、お父さんから唯へと私が託される。
「唯ちゃん……梓を託したからね……ちゃんと幸せにしてやってくれよ……」
「はい……。じゃぁ、梓」
「はい……」
お父さんの左腕から手を離し、唯の左腕の肘辺りを軽く握る。
そして、再びゆっくりと、今度は唯と一緒に、祭壇へと歩み始めた。


賛美歌、聖書の朗読と式は恙無く進み、宣誓の段となった。

「平沢唯」
「はい」
「中野梓について尋ねます」
「はい」
「あなたは、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「中野梓」
「はい」
「平沢唯について尋ねます」
「はい」
「あなたは、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、指輪の交換を致します。二人とも、お互いの方を向きなさい」
私達が互いに向き合うと、クッションに乗ったペアリングが差し出された。……あ、成る程……、ここで使う予定だったんですね……。

撮影用のカメラを受け取ったその日、私達はムギ先輩に「指輪のサイズを計らせて」と言われ、全ての指のサイズを計っていた。
その時は「撮影で使う指輪を作るから」って言われて、なんの疑問も持っていなかったんだけど……まさかこんな所で……とはね。

「梓」
唯が優しい声で私の名を呼び、そっと左手を掴んだ。
「この指輪は、私の愛と、思いやりと、変わらぬ貞節の誓いであり、しるしです」
そう言って、私の薬指に指輪を嵌めた。今度は、私の番……。
「この指輪は、私の愛と、思いやりと、変わらぬ貞節の誓いであり、しるしです」
唯の左手を取り、薬指に指輪を嵌める……これって、結構難しいかも……よし……オッケー。

「それでは、あなたがたの誓いの証を神の御前に示しなさい」
……誓いの証……私達の誓いが逃げぬように、それを封印するキス……あ、ちょっと恥ずかしいかも……。
そんな事を考えていると、目の前のベールがふんわりと持ち上がり、頭の後ろへと回された。
えっと……気持ち上目遣いにしたほうが、見映えが良くなるって牧師さんが言ってたな……こんな感じかな……?
目の前に見えるのは、いつもよりもちょっとだけカッコイイ唯の顔。
「綺麗だよ……」
……もぉ、そんな顔してその台詞は反則だよ……。
私の両肩に、唯の両手が優しく触れる。
唯の顔がゆっくりと近付いてくる。
私は、その顔をずっと眺めていたい衝動を抑え、ゆっくりと目を閉じる。

唯の気配がどんどん近付き……。
暖かくて、軟らかくて、気持ちいい、唯の唇が、私の唇に……。
「……ん……」
……触れた。

時間にして、僅かに数秒程度。
でも、これまでに感じた事の無い、嬉しさと喜ばしさと……幸福感がたっぷりと詰まっているキス……。
もっと味わっていたい……そんな余韻を残しながら、ゆっくりと、お互いの唇から離れ、再び祭壇へと体を向けた。
「私達の父!全能の神よ!平沢唯と中野梓は、神と人の前で夫婦となる誓約を致しました!」
……夫婦……か……。
「私は、父と、子と、精霊の御名において、この二人が夫婦である事を宣言します!『神が合わせられたものを、人は離してはならない』」
絶対に……離れないよ……唯が『嫌だ』って言ったって、絶対に離れないんだからね……。

その後も式は順調に進んだ。牧師による説教、皆で歌う賛美歌……。
そして式は、クライマックスを迎える。

「祝祷致します。願わくは、我らの主、イエスキリストの恵み、父なる神の愛、精霊の交わりが、今結婚を約束されたお二人と我ら会衆一同の上に、今より、限りなく、あらんことを!」

牧師の祝祷で、結婚式のプログラム、全てが終了した。

……終わったんだ……私達の『結婚式』が……。

「それでは、新郎新婦が退場致します。一同、祝福の拍手をもってお送りください。……新郎新婦、退場!」
割れんばかりの拍手の中、私達はゆっくりと歩みを進め、出口へと向かった。

……立ちっぱなしでいたから、足が棒のようになっていて早く歩けなかったってのは、内緒だよ。


その後、信者の人達が作ってくれた、真心の篭った料理を囲んでの、ささやかな『披露パーティー』が行われた。
牧師婦人の作ったケーキをカットして、みんなで賛美歌を歌い、地元の名物料理を堪能したり、先輩方とさわちゃんが酔っ払っていきなり『ふわふわ時間』を歌ったり……。とても楽しい、有意義な時間を過ごす事が出来た。
そうそう、その時話したおばあちゃんが「この教会では半月に一度『日本語教室』を開いていて、今日出席した人達殆どがその教室に通っているんだよ」って、片言の日本語で教えてくれた。
今回の式も、一ヶ月前に地元の人が挙げた時と同じプログラムで執り行ったんだって、前回と今回のプログラムを見せながら話してくれた。成る程ね~、だから式の進行全てが日本語だったんだ……。


楽しかったパーティーもそろそろ終わりを迎える頃、牧師が私達を呼んだ。私と唯の両親も一緒に居る。……なんだろう?唯と顔を見合わせ、そちらに向かった。
「二人共、結婚おめでとう。これは、非公式な物なんだけど……」
牧師が差し出したのは、一枚の紙。……うーん……これって……。
「梓……読める?」
「オランダ語だからねぇ……無理……」
「それの日本語訳がこちらになります」
「……有るんだったら、早く出して下さい」
「おぉっ!久しぶりに梓の鋭いツッコミ!」
……無意識でやってしまった……、式を執り行ってくれた牧師さんなのに……。
「……すみません……」
「気にしないで良いですよ、教会の方々にもよくツッコミを入れられますから」
はぁ、そうですか……てゆーか、そんなにもツッコミ入れられているんですか……?
「それはさておき、これならばなんと書いてあるのかわかるでしょう?」
そう言って差し出されたのは先程言っていた『日本語訳』、……えっと……ん?
「結婚……証明書?私と……梓の?」
「えぇ、そうですよ……先程も言った通り『非公式』では有りますが、お二人の記念に如何かと思いまして」
記念か……そうだね、折角これだけの式を挙げてくれたんだもんね。
「良いよね、唯」
「勿論だよ~」
「では……有り難く頂戴いたします」
「いつまでも、ここでの出来事を忘れないで下さいね」
「はい!勿論です!」
「絶対に、忘れません!」
……こんな素敵な事、絶対に忘れるもんですか!

「それじゃ、次は我々からだな……」
唯の両親が前に出てきた。すぐ後ろに私の両親もついてきている。
「ん?お父さん達も、何かプレゼントが有るの?」
唯……いくら自分の親だからって……その言い方はどうかと思うんだけど……。
「おいおい……、いくらなんでも『何か』は無いだろ~? ……二人が喜ぶだろうと思って、わざわざ取りに行ったと言うのにさ」
『……?』
私達は思わず顔を見合わせ同時に首を傾げた。わざわざ取りに……って、一体何を……?
考えを巡らせていると、唯のお父さんが一通の封筒を唯に手渡した。
「……これが、僕達……梓ちゃんのご両親を含めた四人からのプレゼントだよ」
「開けて中を見てちょうだい。きっと喜ぶから」
「お母さん……うん、わかった……」
唯が封筒の口を開き、逆さまにすると、またしても一枚の紙が出てきた。丁寧に折り畳んであるそれを、唯がゆっくりと開く……あっ……。
「唯、どうかな?一応みんなで考えてこれに決めたんだけど……」
「梓もこれなら喜ぶと思って……な」
「これって……『婚姻届』……私達……の?」
「そうよ、ちゃんと私達の名前が入っているでしょ?あ、勿論これも『非公式』……というか『法的効力』は無いんだけどね」
「『結婚した証』として持っているのなら、何にも問題は無いわよ。……後は、唯と梓ちゃんが名前を書き入れるだけ」
言われたとおり、私達の名前を書き込む欄以外、全てが埋まっていた。
「お父さん、お母さん……これ、ここの備考欄に書いて有る事……本当なの?」
思わず私は両親に問い掛けた。
「あぁ、本当だとも」
「それは私達四人の本当の気持ちよ」
備考欄には、こんな事が書かれていた。

私達四人は、平沢唯と中野梓の結婚を認めます。

「ウッ……ウウッ……お父さん!お母さん!」
感極まった私は、思わず二人に抱きついた。
「梓……困った事が有ったら、いつでも言いに来るのよ……」
「そうだぞ……。たとえ、どんな事が有ったとしても、僕たちは梓の親なんだから、遠慮なんかしなくて良いんだぞ」
「うん……グズッ……ありがとう……」
「唯ちゃん」
「は、はいっ!!」
「改めて、お願いするが……梓の事……宜しく頼んだよ」
「はいっ!!!絶対に、梓を幸せにします!!!」


ふぅ……カードキーを差し込んでっと……。
『ただいま~』
扉を開けて、中に入り、一息つくと何故か笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ……」
「……?どうしたの、いきなり笑って……」
「ん、大したことじゃないんだけどね……ここに泊まるのってさ、もうすぐ一週間でしょ?」
「うん、そうだね」
「さすがにそれだけ泊まっているとさぁ、なんだか『自宅』って感じがしちゃうんだよね~」
「あぁ、それでさっき『ただいま』って言ったのが可笑しかったと」
「そーゆーこと……まさか梓とハモるとは思わなかったけどね~」
「……唯、一体何年一緒に暮らしていると思ってるの?」
「えっと……もうすぐ三年……だねぇ~」
「それだけの間一緒にいれば、ハモったっておかしくは無いんじゃない?」
「そっか~」
えへへ……三年かぁ~……。
「色々あったねぇ~」
「そうだね~。……でも、今日の事が今までの中で一番の出来事だよね……」
「そうだね……。まさか、オランダに来て『結婚式』をするなんて、夢にも思わなかったもん」
私は左手を目の前に伸ばした。そこには真新しい指輪が光っている。
「そうだよね……」
梓も同じ様に左手を伸ばした。そこにも真新しい指輪が光っている。

「結婚……出来たね……」
「うん……『真似事』だけど……ちゃんとした『結婚式』だったね……」
「でも、同じホテルにみんなが泊まっているなんて、全然気付かなかったね」
「ねぇ~。ムギ先輩、上手くやったよね」
パーティーの後、私がみんなに「どこに帰るの?」と聞いたら、みんな「同じホテルに泊まっているんだよ」と答えるんだもん、正直かなり驚いたよ。ムギちゃんが細かく連絡を取り合っていたとは言え、上手くやったよねぇ~。
「お父さん達も、もっとゆっくりしていけば良いのにね……」
「……仕方が無いよ。特に、唯のお父さんなんか無理して仕事休んで来たんだし……」
今後の予定をみんなに聞いたら、私の両親はお父さんの次の仕事先がストックホルムだという事で、明日一番の飛行機でそこへ向かうと言っていた。梓の両親は、シカゴで行われるジャズフェスタに参加するために、今夜の飛行機で飛び立つそうだ。
「私達も、明日出発じゃなければみんなと遊べたのにねぇ~」
和ちゃん、純ちゃん、憂の三人は、後二日ほど滞在して、観光を楽しむと言っていた。
「だって……私達も仕事が有るでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどさぁ……」
「良いじゃない、今度、みんなで一緒にまた来れば」
梓が笑顔で問い掛けてきた。……そうだよね。
「うん。……『次』があるんだもんね」
「そうだよ……また何年かしたら、報告しに来なくっちゃ……『ちゃんと、二人で元気に暮らしています』って」
そう言って、梓が封筒から紙を取り出した。……オランダの『結婚証明書』と日本の『婚姻届』。『非公式』だけれど、私達が『結婚した』という証……。
「あ、そうだ……。名前、書かないとね」
『結婚証明書』には既に印刷されているけれど、『婚姻届』の氏名欄は空欄のままだ。
「じゃぁ、私から書くね……」
私は『夫になる人』の欄に『平沢唯』と書き入れた。
「……」
梓は黙って『妻になる人』の欄に『中野梓』と書き込んだ。

「えへへ……新婚さんだね……」
「ふふっ……新婚さんだよ……」
「……あーずさっ!」
私は嬉しくなって、横から梓を抱きしめた。
「なーに?唯……」
梓もそれに答えるように、私の腕をそっと握った。
「んー……何だか嬉しくってさ……」
「……私も……嬉しいよ……」
そう言うなり腕の中で体を半回転させ、私の胸元に顔を埋めた。
「ずっと……無理だと思ってた事が……今日……叶ったんだもん……」
「……そうだね……」
胸に抱いた梓の頭を撫でながら、短く答えた。以前、梓に『結婚をしたら……』って話をしたとき、梓は『結婚出来ないから無理なんだよね』と言って話を締め括った事があった。
でもね……私、気付いていたんだよ……それから暫くの間、街中で幸せそうなカップルを見て『幸せなんだろうな~』と言う度に、ほんの少しだけ、その笑顔に憂いが混ざっていた事を。
「……唯……」
「……な~に?……」
梓がさっきよりも強く抱き着いてきた。
「どうしたの……?」
私は、変わる事なく頭を撫で続けた。
「ねぇ……これって……『夢』じゃ……無いよね……」
「『夢』じゃ……無いよ……」
「本当に……?」
「本当だよ……。心配だったら……『夢』かどうか……試してみ……ぅん……」
私が最後まで言う前に、梓の唇が私の唇を塞いだ……。
「……どうだった……?」
「……まだ……わからない……かな……」
「……じゃぁさ……」
今度は私の番……。さっきのキスは唇同士を触れさせただけ……。でも……今度は……。
「……ちゅぱ……んっ……んちゅ……んぅっ……」
もっと深く……梓が私を感じられるように……。
「……んむ……んぐ……ちゅ……んん……」
梓の口内を、私の舌で、ゆっくりと嘗め回す。舌……上顎……歯の裏……舌の裏……歯茎……頬の裏……。嘗められる所は……全て……。
「……ん……はぁ……」
唇を離すと、私達の唾液が蜘蛛の糸のように延び、雫となって梓のブラウスに垂れた。
「……これなら……どうかな……?」
梓の唇を中指でなぞりながら、私は問い掛ける。

「もっと……もっと……」
「ん……」
虚ろな瞳でそう言いながら、私の指を嘗め始めた……。
「ちゅぱ……んちゅ……」
私は優しく指で舌を撫で回す。
「……ん……んんっ……ちゅぷ……」
ふふっ……梓ってば……こんなにも頬を紅く染めちゃって……。
「……んぷぅ……あっ……」
不意に指を抜かれて、少し物足りない顔を見せた。
「……ちゅぱ……もっと……欲しいの?」
抜いた指を自分で嘗めながら、意地悪そうに聞いてみた。
「うん……もっと……ちょうだい……」
「いいよ……」
そう言って、梓の背中に手を廻し、キスをしながら優しくベッドに押し倒した。
「……電気……消さないとね……」
ゆっくりと身体を起こそうとした私の腕を、梓はやんわりと掴んだ。
「……そのままで……お願い……。唯を……ちゃんと……感じていたいの……」
「……うん……」
再び梓を抱きしめ、何度目かのキスをする。
「……ん……あずさぁ……」
「……んぁっ……ゆいぃ……もっと……して……」
深いキスをしながら、私は梓のブラウスのボタンを外しはじめる。梓も、私のレギンスのベルトを緩めていた。

外界の音が全く聞こえない閉め切った部屋。

「……ん……ふぁっ……」

灯るのは間接照明の明かり。

「……くぅっ……あぁっ……」

部屋に響くのは衣擦れの音と……。

「……ん……くふぅ……あずさぁ……あずさぁぁぁ!!」

淫靡な水音……そして……。

「……んふぅ……ゆいぃぃ……ゆいぃぃぃ!!……ひぁぁぁぁっっっっ!!」

私達の淫らな声だけだった……。


あれぇ~……どれ使えばいいのぉ~?
「おかーさーん!空いてるディスクってー、どれー!?」
「えー!?今、手が離せないー!適当に探してー!」
「適当にって言われたってさぁ……」
仕方なく、私はテレビラックの横にある、ディスクケースの中を漁った。
「これは……違うなぁ……あ、お母さんだ……若いなぁ~……これも違う……もぉ、だれかさんがちゃんと片付けないから……お!白いケース発見!!」
何枚有るかわからないBDの中から、私は真新しいケースを発見した。
「中身はど・う・か・な~……なんだこりゃ?……えっと、『だいすき すぺしゃる……え、え、え……』もぉ、読めないよ!……おかーさーん!!」
私はお母さんにこのディスクの事を聞きに行った。……だってさ……見たこと無いディスクなんだもん……。

「ねぇねぇお母さん……うわぁ~いいにおい……晩御飯はカレー?」
「えぇ、そうよ。……ところで、絢音はお母さんに何か聞きたい事があったんじゃないの?」
「あ、そうだ!ねぇお母さん、このBDって……何て書いてあるの?」
「ん?……あら、懐かしいわね……これはね『だいすき スペシャルエディション』って書いてあるのよ」
「すぺしゃるえでぃ……?なにそれ?」
「『特別盤』っていう意味。それにしても……これ、どこにあったの?」
「テレビの隣のディスクケースの中にあったよ。なんで?」

うん……この間ね『見つからない!無くしたかも!』って騒いでたから、お母さんも一緒になって部屋の中を探したのよ。……そんな所にあったんじゃ、みつかるはず無いわよねぇ」
ふーん……。
「えっ?いつ探してたの?」
「絢音が学校に行ってる間よ……帰ってきたら、ちゃんと言っておかないとね」
「そうだね~」
「……絢音もよ。ちゃんと机の上かたしたの?」
「うん!宿題も全部終わったよ~」
「あら、そう。今日は珍しいのね」
「絢音だって、ちゃんとやるときはやるもん」
「あら、そうなの?」
「そうだよっ!」
「そっか~。じゃぁ、ちゃんとやれるついでに晩御飯の手伝いもしてもらおうかな~」
「えっ!!あー、それは……また今度ねー」
そう言い残して、私は台所から逃げ出した。だってさ……お手伝いって……めんどくさいんだもん……。

えーっと……あ、そうだ。空のディスク探さなくっちゃ……。んーと……あれ?これって……あれぇ~?
「おかーさーん!」
「もぉ……今度はなーに?」
私が呼ぶと、呆れた顔をしてお母さんがやって来た。
「あれ?晩御飯の準備は?」
「今一段落した所。で、なんなの?」
「あのさぁ、これなんだけどね……」
私が見せたのは『だいすき』って書いてあるBDのケース。
「これって、さっきのと違うの?」
「ええ、違う物よ。……絢音は見たことなかったっけ?」
「うん、知らなーい」
私がそう言うと、お母さんはケースの裏を見て頷いた。
「そっかー、二年半前かー。絢音が来る半年前だもんねー。……あれ?『ほおずき園』に居た時に見てると思うんだけど……」
「そうだっけ?」
「うん……お母さん達が持って行って見せたと思うんだけどなぁ~、……まぁいいか。じゃぁさ、どう違うのか見てみる?」
「うん!!」

「じゃぁ、最初は通常盤……普通のやつからね」
プレイヤーにディスクを入れて、再生ボタンを押して……。あ、始まった。……ん?
「あぁ、これか~。うん、見たことあるよ!」
「でしょ~」
お母さん達が演奏して、ママとお母さんが歌って……。
「あ、さわちゃんだ!」
さわちゃんと太田さんが花畑ではしゃいでいる。高い塔に昇ったり、おっきなお城に行ったり……お母さん達楽しそうだなぁ~。
「ね~、絢音もここに行きたい~」
「んー……そうね……オランダっていう国……外国だから、もうちょっとして、高校生になったらね」
「約束だよ~」
話している間に再生が終わってた。

「じゃぁ、次はこっちね……」
お母さんはさっきのディスクを取り出して、その『すぺしゃるなんとか』を入れて、再生ボタンを押した。
「……さっきのと変わんないじゃん……」
「まだ、ね。ほら、ここから良く見てみなさい」
見てみなさいって……同じじゃ……あれっ!?
「お母さんとママ!?」
「そうよ。……これはね、私達の為だけに作られた『特別盤』なのよ」
「へぇ~、……あ!パーティーしてるの?あー!お母さんウェディングドレス着てる~」
「結婚式の後にやったパーティーよ」
「ママも……えっと……なんだっけ?スーツ?カッコイイ~」
「『スーツ』じゃなくて『フロックコート』って言うんだけどね」
「お料理もおいしそうだな~……あ!りっちゃんとかもおめかししてるよ~」
「みんな着飾ってね……楽しかったなぁ~」
本当だ……。お母さん達……楽しそうだなぁ~。
「んで、この先はさっきと同じなんだけど……まぁ、終わった後も見てみなさい。……ちょっと恥ずかしいんだけどね……」
終わった後……?なんだろ?

演奏が終わって、HTTのロゴが上から降ってきて……あれ?どんどん大きくなってきたよ!?
「えっ!?なんて書いてあるの?」
「『特典映像』って書いてあるのよ……おまけみたいな物ね」
「……これってさぁ……結婚式?……お母さんと……ママの?」
「ええ、そうよ……私達の為に、みんなが企画してくれた結婚式……忘れられない思い出よ……」
画面の中のお母さんは、とてもきれいで、ママも、とてもかっこよくて……。
「はぁ~……」
思わずため息が出ちゃった。
「なぁ~に?いっちょ前にため息なんかついちゃって」
「だってさ……お母さんきれいだし、ママもカッコイイし……」
「ふふっ……そっか」
そう言って、お母さんは私の頭を撫でてくれた。えへへ……気持ちいいなぁ~……。

「あずさ!あやね!ただいま!!」
『うわっ!!ビックリしたぁ!!!』
いきなり後ろから声をかけられて、私とお母さんは思わず背筋を伸ばして驚いた。
「も~、ママってば、ビックリさせないでよ~」
「だってさ……、玄関開けて『ただいま』って言っても誰も出て来ないから……」
「だからって、驚かせる必要は無いじゃない……ねー、絢音」
「そうだよ~、……あ!そうだ!ママ、これ探してたんでしょ~、絢音がちゃーんと見つけておいたよ!」
「ん……おぉ!その映像は!確かに私が一晩中探して見つからなかった『特別盤』のBD!!」
「……だれかさんがちゃんとしまっておかないから……」
「そうだよぉ~、絢音が見つけなかったらどうするつもりだったのぉ~?」
お母さんのまねをして、両手を腰にあててほっぺたをぷぅーっとふくらませてみた。
「あうぅ……あずさぁ~、あやねぇ~、怒らないでよぉ~。本当に感謝してるし反省してるからぁ~」
ママは私達に手を合わせながらそんな事を言っている。
「絢音……どうしよっか?」
お母さんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「えー、やっぱここは『罰』を与えないとねぇ~」
私もニヤニヤしながら答えてあげる。
「えぇ~『罰』って……そんな大袈裟な……」
ママが何か言ってるけど、とりあえず無視して……。あ!そうだ!
「ねぇねぇ、お母さん……あのね……」
小声でそっとお母さんに耳打ちをする。
「うん……うん……良いわねぇ~それ。うん!よし決定!!」
「な、なにを……?」
へへーん、これは良い『罰』だよぉ~。
「ママに問題です!今日の晩御飯は何でしょう?」
「えっと……玄関開けてからずっと漂っているこの匂いは……梓特製チキンカレー!!」
「せいかーい!では次の問題です。『カレーのちライス』で、刺激が欲しいときスパイスは何杯入れますか?」
「……ひとさじ……あ!」
わかっちゃったかなぁ?
「でも、ママには『罰』と言う事で……今日のカレーはスパイスふたさじね~」
「そんな!ひどいよぉ!」
「ひどくないもん」『ねー』
あ、ママすねてる……でも、自分が悪いんだから、仕方がないよね。
「じゃ、じゃぁ!これでどう?絢音には今度アイス買ってあげる!」
「ホントに!?じゃぁ良いよぉ~」
「……じゃぁ私には、何をくれるの?唯……」
「梓には……」
そう言うと、ママはお母さんにチューをした。……いくら毎日のようにチューしてるからって、子供の前でするってのはねぇ……。
あきれた私がテレビの方を見ると……。

「あ」

画面の中でも二人が幸せそうな顔をしてチューしていた。


おしまい!!


  • 唯梓公式! -- (名無しさん) 2012-09-22 12:31:40
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最終更新:2010年07月29日 20:37