えーっと……これは一体何なんだろ……?
隣の梓を見ると、同じように呆然としている。
私の目の前に並んでいるのは『純白のタキシード』。それも数え切れない程の。
梓の目の前にも、同じくらいの『純白の
ウェディングドレス』が並んでいる。
「さぁさぁ、唯はこっちに来て~」
「梓ちゃんはこっちよぉ~」
私はりっちゃんに手を引かれ……いや、引きずられながら、タキシードの海へと連れていかれた。
梓もムギちゃんに引きずられて、ウェディングドレスの海の中に消えて行った。
……なんで、こんな事になったんだっけ……?
番外編「ウェディング!」 Aパート
「えっ?ムギちゃんそれホント!?今度のPV撮影は海外でやるの?」
「そうよ~。この前旅行に行ったら、今度の曲のイメージにピッタリな場所があったの~」
今私達が居る場所は、事務所の会議室。『新曲のプロモーション会議』という名目のお茶会を楽しんでいる真っ最中。
ちなみに出席者は私達メンバー・マネージャーの太田さん・衣装担当のさわちゃんの七人。
あ、そうそう、さわちゃんは今年から『先生』じゃなくて『衣装のデザイナー』をやってるんだよ。
おまけに太田さんとこの前結婚したばかりの、新婚ホヤホヤさんなんだ~。
「なぁなぁ、ムギ~。『新曲のイメージにピッタリ』って……今度の曲、わざわざ海外に行ってまで撮影する必要あるのか~?」
う~ん……確かに、りっちゃんの言う通りなんだよねぇ~。
今度リリースする新曲は、再来月発売するHTT初のカバーアルバムからの先行シングル。『岡村靖幸』さんの『だいすき』って曲。
歌詞を思い出してみても……やっぱり海外ロケする必要なんて無い気がするなぁ。
「わ、私も、そう思う、ぞ……。そんな、わざわざ、飛行機に、乗ってまで……」
「おんやぁ~?みおしゃんは飛行機が恐いんでちゅかぁ~」
あ……そんなこと言ったら……。
予想通り、りっちゃんの頭には大きなたんこぶが出来ましたとさ。
「あの……私もそう思います。ムギ先輩、何で海外なんですか?」
梓は今でもみんなの事を『先輩』と呼び、敬語で話す。なんでもその呼び方が一番しっくりとするんだって。
「唯も、そう思うでしょ?」
でも、私にだけは呼び捨てで、普通の口調で話してくれる。……これってやっぱ、『愛』だよねぇ~。
「……ねぇ、唯ってば!」
「ふぇっ!?あ、あぁ、ゴメンゴメン……。うん、私もそう思う」
いけないいけない、思わずボーッとしてしまった。最近多いなぁ~。
「何で海外に行くか。それにはちゃんとした理由があるのよ」
理由ねぇ……何かイベントでもあったっけか?
周りを見るとみんなも考えていた。
「ふふっ、それはね、さわちゃん達の新婚旅行を兼ねているからなのぉ~」
ふーん……新婚旅行ねぇ……そういや、結婚してからずっと忙しくて、そんな暇なかったんだよね~。
……へっ?……えっ!?えぇぇぇーーーー!!!
「新婚旅行!?」
あ、私より先に澪ちゃんに言われちゃった。
「そうよ~。だって、ずっと私達の為に働いてきたでしょ?だから、そのお礼も兼ねてなのよ」
「そっか~、二人にお礼かぁ~。ムギ、ナイスアイデア!」
「本当、素敵です!流石ムギ先輩!」
むぅ……梓ってば。そんなに褒めなくても良いじゃん……恋人の目の前なのに……。
でも、本当に良い考えだと思う。私達の為にずっと頑張ってきた二人だもんね、これくらいのお礼はしなくちゃいけないよね。
……あれ、当の二人の声が聞こえないなぁ~、どうしたんだろ?
そう思って二人を見ると、何故か共に呆然としていた。
「さわちゃ~ん、太田さぁ~ん。大丈夫ですかぁ~?」
「はっ……、え、えぇ、だ、大丈夫、よ」
「ちょ、ちょっと、びっくり、しただけ、ですよ」
ありゃりゃ、二人共あわてふためいてる。まぁ、しょうがないよね~。いきなりそんな事を言われちゃったら、多分、私や梓でも同じ感じになっちゃうだろうし。
「ところで、その撮影って何処でやるんだ?」
「んーとね、飛行機が苦手な澪ちゃんには悪いんだけど……、日本のほぼ反対側、オランダよ」
あ、澪ちゃん固まっちゃった……。
♯
『この度は、KLMオランダ航空をご利用頂き、誠に有難うございます。私、機長の……』
「……って言っているのよ。ね、日本語と一緒でしょ」
「そうなんですか……相変わらずムギ先輩はすごいですね。私なんか英語で精一杯なのに、オランダ語までわかるなんて」
「ちょっとだけよ、梓ちゃん。ホントに日常会話程度だから」
いや、その『日常会話程度』ってのが凄いんですってば。
その言葉を飲み込みつつ、通路を挟んだ隣を見た。
そこには私の恋人である唯が、フルフラットのシートで幸せそうな寝顔を見せている。
いまは、しっかり寝ておきなよ……唯。いくら映画のサントラを任されているからって、毎日朝早くに出て日付が変わってから帰る生活じゃ、いつか体を壊しちゃうよ……。
「梓ちゃん、唯ちゃんが心配?」
「えっ!?あ、はい……心配、ですね……。昨日……日付的には今日か。帰ってきたのは午前2時過ぎでしたし」
「そんなに遅くまで?……サントラのお仕事って、大変なのね~」
「ええ……。でも、最近の唯は頑張りすぎです。このままじゃ体を壊しちゃいます」
「そうよね~、あんまり根を詰めるのも考え物ね~。梓ちゃん、なるべく栄養が詰まったご飯を食べさせてあげてね」
「はい、家で食べられる時は必ずそうしています。出かける時は必ずお弁当を持たせていますし」
そう、私は唯のために必ずお弁当を作って持たせている。晩御飯が外食になってしまうと、どうしても栄養が偏るからだ。
せめて、一日一食位はちゃんと栄養バランスが整った食事を食べてもらいたいからね……。
「あ、それって……、前に唯ちゃんが言っていた『梓特製弁当』の事?たまたま事務所で会った時に見せてもらった事があるんだけど、ちゃんと栄養バランスもしっかりとしていたわね~」
……え゛!!マジですか!?私が作った愛情弁当ならぬ『梓情弁当(あずじょうべんとうと読む、唯命名)』を見たんですか!?
思わぬ衝撃発言に固まってしまった私をそのままに、ムギ先輩は話しを続けた。
「そういえば、彩りも良かったわ~。物凄く『愛』を感じられるお弁当だったから、なんか、とても羨ましかったなぁ~」
「は、はぁ」
「あ、そうだ!梓ちゃん、今度みんなで出掛ける時、それぞれにお弁当を作っていかない?……愛情たっぷりの物を」
「……えっ、あ、はい、良いですよぉ~」
予想外だったなぁ~、まさかムギ先輩からあんな事を言われるとは思わなかったよ……。
……あれ?私、今、何を、約束したんだろ?……お弁当を作るだけ、だよね、多分……
~♪~♪
あれ?なにかのメロディーを口ずさんでいる人がいる……誰だろう?……って、唯!?
「あれ?唯、起きたの?」
しかし唯は私の問い掛けに答えず、ポケットの中からICレコーダーを取り出し、口許に当てて先ほどのメロディーを再び口ずさんだ。
「……寝ながら曲のアイデア吹き込んでる……」
「えっ?……まぁ、器用ねぇ~」
器用なんだかどうなんだか……、寝ている間にアイデア吹き込む人なんて、私初めて見たよ……。
「それだけ、今度の仕事に力を入れているのね」
「きっと、そうだと思います。サントラの仕事を受けた時、物凄く喜んでいましたし」
あの時の喜び様は、私が唯のプロポーズを受けたとき以来だったなぁ~。……そっか、それだけ『大切』なんだね……。
「梓ちゃん、みんなも仮眠してるみたいだし、私達もそろそろ仮眠しましょ」
ムギ先輩に言われて見回すと、さわちゃんと太田さん、澪先輩と律先輩がそれぞれ仲良く寝ている。
まぁ、実際には隣同士の座席だから、手摺りの分若干離れてはいるんだけどね。
「そうですね……着いてから辛くなっちゃいますよね。それでは、ムギ先輩、お休みなさいです」
「お休みなさ~い」
私はムギ先輩の隣の座席から立ち上がり、自分の座席に移動した。
隣には、いつもと変わらない寝顔の唯がいる。
……あれ?唯ったら、ICレコーダー出しっぱなしじゃない……もぉ、しょうがないなぁ~。
「無くしたら、大変だよ」
私はそっと唯の側に近付き、ICレコーダーを取り、唯のポケットへ入れ……ようとしたけれど、その前に、一つだけ。
それは、今思い付いた、ちょっとした悪戯。
でもね、それだけ唯の事を心配しているんだからね
それに気付いた時、どんな顔をしてくれるのかな?
私の大好きな『照れた笑顔』だったらいいなぁ~。
そんな事を考えながら、私は録音ボタンを静かに押し、マイクに向かってそっと囁やく。
「あんまり無理しないでね……愛してるよ……唯」
♯
ん~っ!!
「着いたぁ~!!!」
私は約12時間のフライトで固まった体を伸ばしながら、大声で叫んだ。
「おい唯……恥ずかしいからあんまりはしゃぐな……」
「そんな!澪ちゃん、オランダだよ!チューリップと風車とミッフィーの国だよ!なんか、楽しそうじゃん!」
「いやー、それだけじゃ無いと思うぞー」
りっちゃんが小声で何か言っていたけど、そんなの関係無し!入国審査も無事済んだんだし、タップリと睡眠も出来たし。ちょっとくらいはしゃいでも……良いよね!!
「みんなー、こっちこっちー!!」
手を振るムギちゃんの方を見ると、そこには一台のマイクロバスがあった。なるほど、これで移動するんだね。
「楽器とかは全部積み込んであるわよ。みんなも確認して~」
「どれどれ~、ふむふむ、ちゃんとギー太・ムッタン・エリザベス・とらちゃん(ムギちゃんのキーボード)・ひっくん(りっちゃんのドラム)の五人揃っているねぇ~、よしよし」
「唯……出来れば『楽器名』で確認して欲しいんだが……」
「ふぇっ?ちゃんと『楽器の名前』だよ、澪ちゃん」
「いや……そうじゃなくてだな……」
「お~い、そこのお二人さん!確認終わったかぁ~?」
「あ、もうちょっとで終わるよ~!」
澪ちゃんはまだ何か言いたそうだけど……みんな知ってるんだよ。澪ちゃんがベースのお手入れしてる時、小声で「エリザベス……気持ち良い?」って言ってるの。
「お待たせしました!りっちゃん隊長殿!ムギちゃん副隊長殿!」
「うむ!ご苦労!」
「ごくろう!」
私が二人に敬礼すると、二人もそれに答えてくれた。もう少しで20代半ばになる私達だけど、こんなふうにふざけ合って笑い合える……なんか、嬉しいな。
「唯、楽しい?」
不意に後ろから梓に声をかけられた。
楽しいかって?そんなの決まってるじゃん。
「うん!スッゴく楽しいよっ!!」
♯
スキポール空港からアムステルダム中央駅、そこで乗り換えてユトレヒト中央駅へと約50分の道程。
車の方が楽じゃないのかな~と呟いたら、ムギ先輩が「車だと7~80分かかっちゃうから、電車の方が楽よぉ~」と答えてくれた。
うーん、経験者が居ると頼もしいなぁ~。……あ、そうだ。
「ところで、なんでユトレヒトに行くんですか?」
「あ、言ってなかった?今日は到着初日だから、のんびりと観光するのよ」
「はぁ、そうだったんですか。んで、その様子をこのハンディーで撮影して、PVに使う……と」
「そ~ゆ~こと」
私の手元には、一台のハンディーカメラ。私達二人、さわちゃん夫妻、そして先輩方三人のそれぞれが一台ずつ持っている。
「そうそう、一昨日これ受け取った時に、ムギ先輩が『好きなように撮影していい』って言いましたよね」
「ええ、そうね」
「お陰で昨日は大変だったんですよ~」
「あら、そうなの?どうして?」
「えっとですね……朝から色々と撮りまくっていたんですよー」
「そうなんだ~。何を撮っていたの?」
「朝ご飯とか……、準備をしている所とか……、空港に着くまでちょこちょこと撮ってましたねー」
「本当に~?あ、ねぇ、日本に帰ったらみんなの撮った物を見せっこしない?」
「……ふぇっ!?あ、でも、それは……」
「おぉっ!ナイスアイデアだな!ムギ!」
り、律先輩……。
「そうだな、私も唯やさわちゃんの撮る映像を見てみたいな」
澪先輩まで……。
「ね、そうしましょう、梓ちゃん」
「えっ、でも……」
「別にいーじゃん、それとも……見られたら困る映像でも撮るつもりなのかなぁ~?」
「り、律先輩……そんな事は……しないですよ……」
「じゃぁ良いんじゃないか?」
「澪先輩……はい……わかりました……」
私は不承不承ながら頷き、隣で安らかな寝息を立てている唯を見つめた。
困る訳じゃ無いけど……唯……やっぱりあの映像は……恥ずかしいよ……。
◆
……ん……ぁふ……ぁ……
……今……何時……?
私は、瞼を閉じたままで枕元の時計を探り当て、重い瞼を 少し開いて時間を確認し、再び瞼を閉じる。
6時半か……、そろそろ、起きて、朝ご飯の、支度しなきゃね……。
「……ん……んん~っ!」
俯せに寝ていた身体を起こし、猫のような伸びをして目を開け……。
「ふぇ?えっ……!?うにゃぁぁぁっっっっ!!!!」
目の前には何故かカメラを持った唯が……。私は慌てて毛布を被った。
「ちょ!ちょっと!唯!!何してるの!?」
「へっ?何って……撮影してるんだよぉ」
「そうじゃなくって!何で撮影してるのって事!!」
「え~、昨日ムギちゃんが言ってたじゃん『好きなように撮影して構わないから~』って」
あぁ、そういえばそんな事を言っていたなぁ~……って!
「だ、だからといって、私の寝起きを撮る必要は無いでしょ!!」
「ん~ん、寝起きじゃないよ」
……はい!?今、何と申されました!?
「梓の『可愛らし~い寝顔』も、バッチリと撮影させて戴きました!!」
布団の中だからその表情は見えないけれど、多分敬礼をしてそんな事を言ったんだと思う。唯の事だ、間違いないだろう。
……いやいやいや!!そんな冷静に分析している場合じゃ無いよっ!私っっっ!!
「ゆっゆっゆっ」
「ゆ?」
「ゆいぃぃぃーーー!!!い、今すぐにデータを消去しなさぁーーーいっっっ!!!」
私は毛布を跳ね退け、素早く唯に飛び掛かった……が、一歩及ばず、唯はヒラリと身を翻し、カメラを高々と掲げた。
「それを渡しなさーい!!」
「えー、いいじゃーん」
「ダメ!!そ…そんな恥ずかしい物、他の人に見せる訳にはいかないでしょ!!!」
「……見せないよ」
私が文句を言うと、急に真面目な顔になって、唯が聞いてきた。
「えっ?」
「だから、他の人には見せないよ。まぁ、メンバーのみんなやさわちゃん夫婦には見られちゃうかもしれないけど……、何時も見ているんだから問題無いでしょ」
「そ、そりゃぁ、そうだけど……」
「それにね」
そう言うなり私の耳元に口を近づけ、こんな事を囁いた。
「私は、梓との
思い出をいっぱい残しておきたいんだ………梓は……嫌?」
……唯はずるい、こんな事を言われたら、『嫌だ』なんて言える訳が無い。
「嫌じゃ……ないよ……」
「じゃぁ、良いよね?」
「絶対に、みんな以外の他の人に見せない?」
「当たり前じゃない」
「本当に?」
「もぉ……本当、だよ」
「……じゃ、じゃぁ……良い……けど……特別、だよ……」
「ふふっ……ありがと……梓。……あ、そういえばまだ『おはよう』してなかったね」
「……ふぇっ?」
「梓、おはよう……」
気が付くと目の前には唯の顔、そして唇に暖かく柔らかな感触……。
あ……そういえば……おはようのキスをされるのも……久しぶりかな……。ここ最近は……寝ている唯に……私からするばっかり……だったからなぁ……。
「……おはよ、唯……久しぶりだね、唯からのおはようのキス」
「そうだね~、ここんとこずっと梓からだったもんね~」
「仕方無いよ、だって唯、毎日遅くまで頑張っているんだも……」
そこまで言って、私は唯の手元を見た。そこには先程から握られているデジタルビデオカメラ。
そのレンズの上の部分が赤く光っている。……えっと……確かあのダイオードって『撮影している時』に、点灯するんだよね……。
……ん?
「あのさ、唯」
「なぁ~にぃ~?」
「もしかしてさ……、さっきから、ずっと、撮影、してた?」
「うん」
「いま、きす、した、のも?」
「もっちろん!!」
「ねてる、かお、から、きす、してる、かお、まで」
「今もちゃーんと撮ってるよ!!」
……寝顔を撮るのはまぁ良いとしよう、『寝顔』なら。でも、今撮ってたのは『キス顔』だよね……『キス顔』……ぅぅぅぅーーー。
「ん?どしたの?俯いちゃって……あ、あれ?何だか顔が怖いんですけど!?」
「うがぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」
流石に『キス顔』だけは許せない!!なんでそんなところまで撮るのよっ!!
「ゆいぃぃぃーーーー!!!!前言撤回!!!今すぐに撮った映像を全て消去しなさぃぃぃぃーーーー!!!」
「きゃーあぁー!あずさがおこったぁー!」
「わざとらしい声を出すなぁぁぁーーー!!!」
◆
「……結局、唯に上手く丸められちゃうんだよね……。私ってやっぱり唯に甘いのかなぁ~」
気付いたら、昨日の事を思い返しながら唯の頭を撫でていた。
いくら飛行機の中で寝たとは言え、睡眠不足を解消するにはまだまだ足りないらしく、私が撫でても一向に起きる気配が無い。
「全く……寝不足なのに朝からあんなにもはしゃぐからだよ……」
「本当ねぇ~、それだけはしゃいでいたら、疲れるのも当然よね~」
「そうですよね~。……楽しい事があるとそういった事を忘れちゃうんでしょうね~」
「ふふっ、相変わらずなのね」
「さわちゃんもそう思います?」
「ええ。でも寝顔を撮るなんて、唯ちゃんらしくって良いんじゃないかしら」
「そうですか?寝顔ですよ?……ん?あれ?」
何で?何でムギ先輩とさわちゃんは唯が私の寝顔を撮った事知ってるの?……まさか……。
一抹の不安を感じた私は、みんなの顔を見回した。
清々しい微笑みを見せているムギ先輩。
優しい笑顔を見せているさわちゃん夫妻。
ニヤニヤと笑みを浮かべる律先輩。
横顔しか見えないけれど、おそらく真っ赤な顔をしている澪先輩。
えっと……これは……もしかして……。
「もしかして、私、何か、しゃべって、ました?」
するとみんな一斉に頷いた。澪先輩にいたっては、ヘドバンかと思わせるほど激しく何度も頷いていた。
「どこ、から、です、か?」
すると、ムギ先輩が見たことの無い笑顔で答えてくれた。
「寝顔を撮られて、慌てて毛布を被った辺りからよ」
……えっと……という事は……。
「もしかして、最初、から……?」
ムギ先輩は神々しい笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。
「はは……はははは……はぅっ……」
「まー、これはこれで見る楽しみが一つ増えたって事で。……ん?おーい梓、大丈夫かぁー?」
律先輩がからかい混じりに発した声を聞きながら、私の意識は暗闇へと吸い込まれていった……。
♯
「ユトレヒトに到着しました~!」
「ねぇ……梓……」
「ではここで唯さん、何か一言お願いします」
「あ、えっと……梓がカメラを返してくれません!」
「えー、良いじゃない。今までずっと唯が撮ってたんだから」
「そりゃ、まぁ、そうだけどさ……」
「じゃぁ、もう一度。何か一言!」
「むぅ……無事に到着出来て良かったです……」
駅に到着する少し前、目が覚めた私に梓はいきなり「今日は
これからずっと私が撮るからね」と言って、私からカメラを奪っていった。
「もっと楽しそうに言ってよぉ~」
その目は何故か生き生きとしていて、少し不思議な感じがした。
「無事に到着出来て、良かったで~す!」
……私が寝ている間に、何か有ったのかなぁ~?
「もっと、こう……『嬉しい!』って感じを出しながら、もうワンテイク!」
でも、梓が楽しそうだから……ま、いっか~。
「はーい!現場の唯でぇーっす!私達は今、ユトレヒトにいまーす……って、どうしたの?ちゃんとカメラをこっちに向けないと……」
すると梓はゆっくりと私の後を指差した。振り返ると、澪ちゃんやりっちゃん、それにさわちゃん夫妻まで同じ所を見つめている。
「ん?何があるの?」
「唯……信号……見てみろ」
澪ちゃんに言われて信号を見ると……。
「……ん?んんんんっ!?……ふぉぉぉっっっ!!!ミ、ミッフィーだぁぁぁーーー!!!梓!!!ミッフィーだよぉぉぉーーー!!!!」
そう、歩行者用信号の『止まれ』と『歩け』がミッフィーになっているんだよ!さっすがミッフィーの国だけあるねぇ~。
「大声出さ無くてもわかるって。第一、私が教えてあげたんでしょ~」
「はっ!そうでした!」
苦笑する梓に私が姿勢を正して敬礼すると、微笑みながら撮影を再開した。
「では改めて。唯、今の心境は?」
そんなの決まっているじゃない、だから私は最高の笑顔で答えてあげた。
「物凄く、嬉しいです!!」
♯
「は~い、到着しました~。ここが『ディックブルーナハウス』で~す」
……。
「あら?みんな、どうしたの?」
……。
「澪ちゃ~ん、りっちゃ~ん、唯ちゃ~ん、梓ちゃ~ん」
『……はっ!!』
ムギ先輩の呼び掛けで、私達は我に返った。……なんでボーッとしていたかって?だって、目の前には……。
「なぁ……ムギ……本当にここなのか?」
「えぇ、そうよ。澪ちゃんなら文字も読めるでしょ?」
「まぁ、確かにそう書いてあるが……」
明らかに『博物館です!!』とでも言い出しそうな建物が鎮座しているからだ。
「なんか、それっぽくないねぇ~。ねぇ、梓」
「うん……私もそう思った。これ、場所を知らない人なら素通りしちゃうんじゃない?」
「あ~、そうかもね~」
私達がそんな会話をしていると、ムギ先輩が声をかけてきた。
「いつまでもこんな所に居ないで、中に入りましょう。きっと楽しいわよ。じゃ、先に入っているからね~」
「……あれ?りっちゃん達は?」
唯の一言で周りを見ると……あ!
「おーい!アタシら先に入っているからねぇ~!」
「「そんな!抜け駆けなんてずるいです(ずるいよ!)!律先輩(りっちゃん!)!」」
思わず唯を見た。唯も私を見ている。
「ハモったね」
「ハモっちゃったね~」
「ふふふ」
「えへへ」
「「あははははははは……」」
ハモった事が何故か可笑しくて……私達はお互いを小突き合いながら、しばらくの間笑い続けた。
「あのなぁ……、そこの二人!ホントに先に入るぞ!」
澪先輩が呆れ声で私達を呼んだ。
「「はーい!」」
「まーたハモってるし……」
律先輩が苦笑しながら私達を見ている。
「い~じゃん、別に……。梓、行こっ!」
そう言って、唯は左手を差し出した。
「うんっ!!」
私はその左手を右手でしっかりと握る。
そして……。
「「待ってよぉ~!!」」
私達は同時に声を上げ、みんなの所へ駆け出した。
♯
ふぁぁぁぁぁ……。
「着いたぁ~」
私はそう言うなり、ベッドへと倒れ込んだ。
「唯……大丈夫?疲れた?」
「ん……そだね~、ちょーっと疲れたかなぁ~」
「さすがに、寝不足さんには辛かった?」
「まぁ~ねぇ~……ブルーナハウスでミッフィーと写真撮って、お土産買って、そのあと……えーと」
「ブラブラと歩いて、色んなお店見て……ホテルに着いて」
「取り敢えずチェックインして~、夜ご飯食べて~」
「帰ってきて、今ベッドに倒れ込んだ……と」
「そ~ゆ~こと」
「ま、私ですらちょっと疲れているんだから、唯が辛いのも当然か……あんまり無茶しないでよ」
「えへへ……わかってるって」
ここはユトレヒトにある最高級ホテル『グランドホテル カレルV』の一室。
いつもだったら、メンバー5人同じ部屋に泊まるんだけど、今回はそうもいかなかったみたい。
梓と二人きりか……。
「なんか、久しぶりだね~」
「何が?」
「ん~、二人きりの部屋に泊まるのが久しぶりだなぁーって」
「……そうだっけ?」
「そうだよぉ~、いつもはみんなと一緒じゃ~ん」
「あー、うん、そっか。そうだね~、
お泊りでは久しぶりだね」
「でしょぉ~。……そういやさぁ、梓、覚えてる?私達が初めて二人で『お泊り』した時の事」
「勿論、忘れるわけ無いわよ」
梓はそこまで話すと、いきなり私の横に倒れ込んでそのまま話を続けた。
「ライブの帰り、おばあさんのお陰でホテルに泊めてもらった時……でしょ。あの時なんだよ、私が唯の事を大好き……
愛してるって確信したの」
「そうだったんだ……。あ、私がね、梓を意識し始めたのって、梓に会ったその日からだったんだよ」
「私が入部希望で部室に行った時でしょ?それ、前にも聞いたよ」
「ううん、違うの……今まで一度も言ったこと無かったよね……実はね、新歓ライブの時からなんだよ。……梓さ、憂と一緒にいたでしょ?」
「うん……憂に誘われたからね。あ、そうか。その時に……」
「そう、最初に憂を見つけたんだけど、隣に背伸びして真剣に私達を見ている可愛い女の子が居るなって思ってたんだ~」
「そうだったんだ……」
「だからさ」
おもむろに私は梓に近づき、頭を胸に抱いて言った。
「あの時……初めて『お泊り』した時……結構……辛かったんだぁ~」
そう言って、強く抱きしめた。
「そう……だったん……だ……」
「だからね……今は毎日幸せなんだよ……大切な、愛する人と、こうして一緒に居られるって事が。……まぁ、仕事で一緒に居られない事も最近多いけどね……。あ!そうだ!!」
「ど、どうしたの?いきなり大声出して?」
梓の体が腕の中で震えた。ごめんね~、びっくりさせちゃって。いやぁ~、すっかり忘れてたんだよ~。
「ちょっと待ってて」
梓の体から腕を離し、ベッドサイドに置いてあるお土産の山の中から、目的の物を探す。
「今日買った物出すの?お土産以外の物でも買ったの?」
私はその問い掛けに答えず、一心不乱に目的の物を探した。
「ねぇ、唯……」
「あったぁー!!」
梓が再び話し掛けようとした丁度その時、私はそれを見つけた。
「梓……はい、これ」
そう言いながら、茶色い熊のぬいぐるみを渡す。
「……?これって、バーバラのぬいぐるみでしょ?」
「そうだよぉ~。はい、梓に
プレゼント」
「あ、うん……、ありがと」
梓が不思議そうにそれを受けとった。……ふふっ、実はとても意味の有る物なんだよ。
「私のはねぇ、これなんだよぉ~」
「えと……ボリスのぬいぐるみ?」
「いえーす!」
私がブルーナハウスで買ったのは、熊のボリスとバーバラのぬいぐるみ。梓はまだ不思議そうな顔をしてる……まぁ、これだけじゃ意味がわからないよね。
「問題です!ボリスとバーバラの関係は?」
「んーと、恋人同士……だよね」
「ぴんぽーん!では次の問題。私と梓の関係は?」
「……恋人……同士……でしょ」
もぉ~、梓ったら顔を真っ赤にさせちゃって~、相も変わらずかわいいのぉ~。
「ぴんぽんぴんぽーん!では、最後の問題です。『ふわふわ時間』で切ない夜は何を抱いて眠ると言っているでしょうか?」
「とっておきのくまちゃん……あ!」
「うふふ、わかった?そーゆーことだよ」
ここ最近、私はサントラ作成の為に家に帰ってこれない事が多い。だけど……大好きな梓とはなにかしらの形で繋がっていたいんだよね。
「お互い、一人で居るときも繋がっていられるようにって思ってさ……これを見た時に『これだぁ!』って思ったんだよね~」
私からのとっておきのプレゼント、梓はどう思っているのかなぁ~。……あれ?なんだか笑いを堪えているみたい。なんでぇ~?
「……なんか、変だった?」
口を尖らせながら不機嫌そうに私が言うと、梓は慌てて手を振りながら答えた。
「あ、違うのちがうの。んとね、同じ事考えていたんだなぁ~って思ったら、可笑しくなっちゃって」
……?同じ……事?
すると梓は自分が買ったお土産の中から、ストラップを二つ取り出した。あ……このストラップって。
「はい、これが唯の。……ぬいぐるみだと、外出している時は一緒に居られないけど、これなら四六時中一緒だよ」
差し出されたストラップにはバーバラの人形がくっついていた。梓の手の中にはボリスのストラップ。……そっか。
「同じ事、ね」
「そう、私も何時でも繋がっていられたらって思っていたんだよ」
えへへ……、なんだか嬉しいな……。あ、そうだ。
「ねぇ梓、ちょっとさっきのぬいぐるみ貸して。交換こ、しよ」
「ふふっ……いいよ」
私は梓からぬいぐるみを預かり、ストラップを梓に渡した。
「梓……これからも、よろしくお願いします」
「……はい」
二人顔を合わせてそう言い合い、ぬいぐるみとストラップを交換した。
「えへへ……あ~ずさっ」
「うふふ……な~に、唯?」
「えっとね~、えいっ!」
掛け声と共に梓に抱き着き、優しくキスをする。
「梓……大好き……愛してるよ……」
おでこ、ほっぺ、耳、唇、首筋……色んな所に何度も。……まだシャワー浴びていないけど……たまには、良いよね……。
口づけを交わしながら、梓をベッドにゆっくりと押し倒し、背中に廻していた腕を前面に……移動させようとして、梓に止められた。
「なんで……?梓は、嫌?」
「……嫌じゃないよ」
その声はとても優しく、決して拒んでいる訳ではなさそうだった。
「じゃぁ……どうして?」
「だってさ……唯、十分に休めていないでしょ?それなのに……。もっと疲れちゃうよ……」
確かにその通りだった。移動中に眠っていたお陰で幾らか体力は回復したものの、決して本調子とは言えない状態だ。
「でも……久しぶりに梓と居られるから……」
「だから、だよ。こんな所で体調を崩されたらこまるもん。……それにね」
梓は私の耳元に口を寄せ、こんな事を囁いてきた。
「これから一週間、
ずっと一緒だし、夜は同じ部屋で寝るんだよ……だから、ね」
そこまで言って、私から体を離し「シャワー浴びてくるね」と言い残してバスルームへと消えていった。
……はぅ……そんなこと囁くなんて……ずるいよぉ~。……よし!決めた!今日はしっかりと眠って、体調を完璧な状態に戻すぞぉ~。
梓……明日は……覚悟しなさいよぉ~。
最終更新:2010年07月23日 22:04