部室を訪れた唯は、いつもと様子が違う梓に首をかしげていた。
どことなく暗いというか、いつものハキハキとした感じがない。

唯「あずにゃんぎゅぅ~♪」
梓「またですか、相変わらず懲りないですね唯先輩は」
唯「………」

やはり違う、と唯は思う。
いつもなら顔を真っ赤にして振りほどく素振りぐらいは見せるというのに。
今日に限っては全くの無抵抗。
これは本格的に重症だと思い始めた。

唯「あずにゃん、もしかして、なんかあった?」
梓「なんでですか?べつにいつも通りですけど」
唯「だって、いつもなら嫌がったりするのに」
梓「なんとなく気分じゃないだけです。でもやりすぎたら怒りますよ?」
唯「ホントに、ホントになんでもないんだね?」
梓「何度も言わせないでください、しつこい人は嫌いですよ」
唯「あぅ…ごめんね」

結局、梓の違和感はわからないまま、
何も聞けずじまいでその身を離すことになった。
そしていつもの部活が始まり、一通りの流れが過ぎていく。

唯(そっか……あずにゃん、笑ってないんだ……)

その最中、唯はギターに集中しつつも、
演奏を重ねていくうちに梓の違和感の正体に気がつく。
が、それがわかったところでどうしようもなかった。
どうして梓が笑わないのかを聞きだすことができなければ。

唯(帰りに、二人きりになったら、それとなく聞いてみよう)

帰り道
他のメンバーと別れた後、唯と梓はしばらく無言のまま歩いていた。
気まずい空気が流れる。しかし、それは唯にとってだ。
梓の違和感には、結局他のメンバーは気がつかなかった。
笑わないこと以外はいつも通りなのだ。
普通に会話に乗ったり軽い冗談を飛ばしたりもする。
それゆえに、唯にとっては奇妙に見えてしまった。

梓「唯先輩、今日は帰ったら宿題とかあるんですか?」
唯「へ、あ~どうだったっけ」
梓「自分のことでしょう?しっかりしてくださいよ」
唯「……ねえ、あずにゃん
梓「はい?」
唯「なんで今日のあずにゃん、笑わないのかな」
梓「っ…」

梓は唯の言葉に驚いたように目を丸くさせた。
その表情は、自分の知らない部分を指摘された時のものだ。

梓「そ、そうなんです、か?」
唯「うん、部室に来た時から、なんとなく様子がおかしいと思ってたんだけどね」
梓「………」
唯「どうして?なにか笑えない理由でもあるの?ダイエット?」
梓「違いますよ。ここ最近、ちょっと考えごとが多くなっちゃったからだと、思います」
唯「考えごと?」
梓「最近の私、ちょっとおかしいんですよ。なんていうか、ネガティブになっちゃって」
唯「……」

唯は無言で「続けて」と促す。
梓も一呼吸置いてから話し出した。

梓「最近、よく悪い夢を見るんです」
唯「悪い夢?」
梓「その夢では、私は一人ぼっちになるんです」
唯「っ……」
梓「誰もいない部室で私だけ、一人でいるんです。ただ、それだけなんです」
唯「……」
梓「多分、私がここ最近、そういうことを考えてるから夢にも出てきたんですね、きっと」

梓はそう言って小さく笑った。
ただ、唯にはそれが、精一杯の強がりにしか見えなかった。
笑うことで、必死に弱い部分を隠そうとするかのように。
それが、今日初めて、唯が見た梓の笑った表情だった。
痛々しいぐらいに、今にも砕けてしまいそうなほど、脆い笑み。

梓「でも、所詮夢だなんて思えなくて、先輩達が卒業したら、
  そんな日常が来てしまうのだと考えたら、笑えなくなっちゃって……」

震える体を抑えるように、自分の体を抱く梓。
唯はそんな梓が痛々しくて仕方がなくなり、無意識に、
その背中を優しく包み込むように抱き寄せていた。

唯「……」
梓「……」

しばらくの沈黙。
途中、自転車が一台横をすり抜けていったが、
どちらも、少しも離れようとはしなかった。
時間としては1分かそれよりも短い。
が、梓にとってはそれが永遠のようにも感じられた。

梓「もう大丈夫です、ありがとうございます……」
唯「あずにゃんがそう言うなら」

渋々と身体を離す唯。
その表情はどこか物足りなさそうに見えた。

梓「まさか、唯先輩これがしたくて……」
唯「ち、違うよ!私は本気であずにゃんのことっ」
梓「なーんてっ、冗談ですよ♪」
唯「あ……」

梓は笑っていた。
それは、さきほどの不安を称える笑みではない。
心の底から、安堵しきっている癒しの笑みだった。



唯「やっぱり、あずにゃんには笑った顔が一番だよ」




end.


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最終更新:2010年08月08日 04:18