だから今あなたに。

数年越しの、ありがとう。


高2の春。新歓ライブやら新入部員勧誘騒動やらが一段落した、とある穏やかな休日。
私は駅前で、しきりに前髪を気にしていた。
デート。
と言ったのは唯先輩。
昨日の帰り2人で寄ったコンビニで、唯先輩は雑誌に載っていたその喫茶店を見つけた。
掲載されているたくさんのケーキやパフェの写真に、唯先輩は勿論大喜びで。
案の定というか何というか、行こうと言い出した。
けれど、時間も遅いし、場所も最寄りの駅から3駅ほどと少し遠い。
今からでは無理だと私が提言すると、唯先輩はちょっとぶーたれた後に言った。
じゃあ、明日行こう。
明日は土曜日で学校も休みだ。特に予定もなかった私が承諾すると、唯先輩は。
じゃあ明日はあずにゃんと2人でお出掛けだね!デートだ!
嬉しそうにそう言っていた。
他に誰も誘わないのか訊いてみると、急だし、明日は2人で行こうよ!なんて。
私はバッグから鏡を取り出し、最終チェックをする。もう何度目かの最終チェック。
まぁ、つまりはというと。

今日は、唯先輩との初デート。なわけである。

今まで、休日などに2人っきりで出掛けるなんてことが、ありそうでなかった私達。
わかっている。唯先輩が使うデートという言葉に、深い意味などない。きっと誰にでも使う。
けれど、それでもやっぱり私は・・・
え?顔が赤いって?いやいや。今日はすっきりとした快晴で気温も例年より高くって、少し暑いだけですよ。
私は鏡を仕舞うと携帯電話を取り出した。
約束の時間は10時。場所は駅前。別に駅前じゃなくてもよかった気がするが、なんでも、
駅前で待ち合わせの方がデートっぽいとのことらしい。
今は約束の15分前。
寝坊するんじゃないかって心配で、先程電話してみたところ、もう家を出たと唯先輩は言っていた。
めずらしいこともあるものだ。
少し感心しつつ、やっぱりちょっと嬉しかった。
それだけ、このお出掛けを楽しみにしてくれているのかなって。
まぁ、唯先輩が楽しみにしているのは、十中八九ケーキとかパフェだろうけど。
もう一度携帯電話で時間を確認する。
そろそろ来るかな?
すると。
「あずにゃ~ん!」
聞き慣れた柔らかな声が聞こえた。
ちょっとドキッとする。
声の方を振り返ると、少し遠くで唯先輩が私に手を振っていた。お~い!なんてはしゃいだ様子で。
そんないつもの唯先輩を微笑ましく思いながらも、やはり私は呆れて、小さく溜息をこぼす。
子供ですか。
というか、大声でそのあだ名呼ばないで下さい。恥ずかしいです。
小走りで近づいてくる唯先輩に一応文句を言おうとした私。

けれど。

私は何も言うことができなかった。
驚きに、言葉を発することができなかったのだ。
徐々に近づいてくるその人に、目を見開く。
遠目には気付かなかったが、今私に近づいてくるこの人は・・・。

誰?

私の視線の先には唯先輩。
唯先輩?
一瞬誰かと思った。というか。
誰っ!?
私は激しく動揺する。
いやいやいや、落ち着け。私の事をあずにゃんって呼んでいたし、あの人が唯先輩であることは間違いない。
確かに唯先輩だ。認めよう。
けれど、昨日会った唯先輩とはまるで別人で・・・。
ピンクのワンピースに茶色のレザーブルゾンを羽織って、足元はデニムとブーツ。
ちゃんとお化粧もしているようだ。
なんというか、大人っぽい・・・?
優しい目元も、ほんわかした雰囲気もそのままなのに、どこか違う。
気のせいか、髪も昨日より少し伸びている気がした。
「・・・・・・。」
いや無い!怖い!それ普通に怖いってぇぇ!
「おまたせ~。」
いつの間にかその人は目の前まで来ていた。
固まる私に、こちらの胸中など知ったこっちゃない唯先輩がにっこりと微笑む。
やっぱり、違う。
纏う空気というか、雰囲気というか、いつもよりどこか余裕があって大で。
しかもちゃんとお洒落している。
私はなんだか子供っぽくて、ちょっと恥ずかしいな。
「あれ?あずにゃん今日はツインテールなんだ?」
「はい?」
何を言っているのだろう、この人は。
というか、ただでさえ混乱しているのに、これ以上わけわかんない事言わないでほしい。
私はいつも基本ツインテールではないか。
挨拶をしていないことにも気付かず、私はとりあえず心の中でツッコミを入れた。
「服も、今日はちょっと違うんだね。なんだか昔みたい。可愛い~。」
そう言って唯先輩は抱きついてきた。
???
服も、今日はちょっと違う?
正直、今日の服装は、私的にはいつもとなんら変わらない。この服は唯先輩も見たことがあるはずだ。
しかも昔って・・・
私と唯先輩が会ってからまだ1年くらいなのに、昔って・・・。
もしかして私達の時間の体感速度にものすっごい差異があるとか?
私には1年なのに、唯先輩には5年とか?
いや、待て、そんなわけない。
どうやら、私の思考は混迷の一途を辿っているようだった。
おかしい。
なんだこれは。
いつも以上に何を言っているのかわからない。
私は、頬をすり寄せてくる先輩を引き剥がすとガシッと肩を掴んだ。
「唯先輩。一体何なんですか?」
学校の先輩捕まえて、開口一番に何言ってんだ。と自分でも思う。
もっと他に言いようがあるだろうと。
けれど、混乱した今の私の頭ではこれが精一杯らしい。
自分のチョイスに泣けてきた。
「・・・ほえ?」
私の言葉に唯先輩はきょとんとして首を傾げる。
当然の反応だ。
「えっえっ?なに?どうしたのあずにゃん?」
「あ、いえ。」
たじろぐ私。馬鹿な質問をした上にどうしたのって訊かれた。
正直こっちが訊きたい。
「あっもしかして・・・まだ、怒ってる?」
「は?」
怒る?私が怒ってると言ったか?この人は。
確かにいつも怒っている気はするが、“まだ”と言われる程の怒りに心当たりはない。
「あ、いえ。今日はいつもと雰囲気が違うのでびっくりしちゃって・・・。大人っぽいというか・・・。」
すいませんと頭を下げる。
ああもう何なんだろうなこれ。話が噛み合わな過ぎる。
とりあえずさっきの一体何なんですかという失言のフォローはしておくことにした。
「えへへ~そうかな~?」
嬉しそうな唯先輩。
「けど、あずにゃんも今日は雰囲気違うよね!高校の頃みたい!」

え?

私は耳を疑う。
コウコウノコロ?
「私、高校生です、けど・・・?」
「え?何言ってるの?」
唯先輩がおかしい。
「ゆい、せんぱいも、高校生で・・・。」

「私?もぉ~何言ってるのあずにゃ~ん。私達、ぴっちぴちの女子大生じゃ~ん。」

サーっと頭から血の気が引いていくのがわかった。
わけがわからない。
驚きの余り声は出そうにないので、とりあえず心の中で叫んでおくことにした。

えぇ・・・?ええええぇぇぇぇえぇえぇぇーーっっ!!!


駅前のファーストフード店で私は頭を抱えていた。
向かい側には、自分は大学生だと主張する唯先輩。
うむ、とりあえず訊いておきましょうか。
「・・・えーと。カメラ構えた律先輩はどこですか?他の先輩たちは?」
「えっ!?りっちゃん達いるの!?どこどこ!?」
唯先輩は本気で辺りをキョロキョロし出した。
なるほど。どっきり・・・ではないと。
しかし、信じられない。
未来の唯先輩が今私の目の前にいるなんて。
唯先輩の驚愕の発言から1時間。
私は、とうとう唯先輩が本格的に脳に異常をきたしたのだと混乱し、唯先輩は唯先輩で勿論色々と混乱。
様々な主張、論争、検証を経て、以下の事実が判明。現在に至るわけだが・・・。
まず第一に。“ここ”は私の時代。20××年。私達が高校生の時代である。それは新聞や色々なもので確認した。
そして、目の前にいる唯先輩の時代は20△△年。今から4年後らしい。
今日という日付と時間は同じで、曜日と年だけが違う。
つまりこれは、タイムスリップ。
時間、空間を超えて唯先輩がやってきた。んなアホな。
4年後の未来からやってきたのは、今のところ唯先輩の体、衣類、所持品。現在までに確認できているのはそれだけだ。
自分は大学生だと言い張る唯先輩を最初は思い切り胡散臭い目で見ていた私も、先輩の所持品を見て納得せざるを得なくなった。
N女子大の学生証。
たくさんのカード。
4年後日付のごちゃごちゃレシート。
驚いたことに運転免許証。
見た事のない携帯電話。(ちなみに携帯電話は電源が入らなかった。)
カードの偽造とかはよくわからないけれど、さすがにそこまで手の込んだ悪戯はしないと思う。
それに、唯先輩の証言にも態度にも嘘の色が見られない。
地味にレシートとかも効いたな。
ごちゃごちゃになって入っているって辺りが唯先輩過ぎてナチュラルだ。1カ月前のレシートとか捨てて下さい。
それでもまだ信じられない自分がいるわけだけれど・・・。

唯先輩自身も、何時、どうやってここに来てしまったのかさっぱりわからないと言う。
気が付いたら4年前の私がいたそうだ。
4年後にタイムマシンでもできたのかと訊いてみると、ないないと笑われた。
じゃあどうしてこんなことに・・・なんて呟くと、どしてだろうね~というお答え。
さっきまでの動揺なんか跡形も無く消し飛んで、唯先輩はいつもの唯先輩に戻っていた。
なんでそんなに落ち着いているのか訊くと、知らない場所じゃないしあずにゃんいるしって。
なんてのん気な。順応性高過ぎです。これぞ唯先輩クオリティ。羨ましくはないですが。
「・・・どう、しましょうか?」
恐る恐る訊いてみる。本当にどうしましょう、だ。
私はいまだ混乱の中で、もうなにがなにやら。
「・・・よし!じゃあデートしよう!」
「は?」
私は思いっきり怪訝な顔をする。
「だって私今日あずにゃんとデートする予定だったんだよ?」
知りませんよそんな事。
それより今はこの状況をどうするかが先決じゃ・・・。
「・・・・・・あっ!!」
私は思わず立ち上がる。
「唯先輩っ!!」
「はひっ!!?」
「や、違くて!唯先輩は!?唯先輩!」
「??・・・ええ~?」
「・・・え~っと。つまり“今”の唯先輩です!今ここにいる唯先輩じゃなくて、過去の唯先輩です!」
ああもうっややこしいっ!!
「20××年の唯先輩はどこですか!20△△年の唯先輩!!」
そういえば私も唯先輩とデートの約束をしていたのだった。
あまりの出来事にすっぽりと抜け落ちていた。
未来の唯先輩がいるのはとりあえず認めてその棚の上にでも置いておくとして、じゃあ過去の唯先輩は?
唯先輩が今ここにいるので失念してしまっていた。
だって、未来の唯先輩とか過去の唯先輩とか、そんなの知るわけないじゃないですか!
そもそも最初は、この未来の唯先輩を唯先輩だと思っていたわけだし。
もうっなんで2人もいるんですか!?1人で十分ですよ!
「ん~、わかんない。」
唇に人差し指を当て、唯先輩が可愛く答える。
ですよね~。
「行きましょう、唯先輩。」
私はバッグを掴んだ。
「唯先輩を探します。」


とりあえず待ち合わせの場所に向かいながら、唯先輩に今日の事を掻い摘んで話した。
2人で出掛ける約束をしたこと、電話をしたらもう家を出たと言っていたこと。
唯先輩は聞きながら「ん~」なんて考え事をしていたけど、今は気にしていられない。
もしかしたら先輩を待ちぼうけさせているかもしれないのだ。
でも唯先輩も、約束の場所に着いて私がいなかったら、電話とか・・・。
電話っ!!
そうだ!電話してみよう!
ほんとに今日はダメダメだ、私。

しかし、唯先輩の電話は通じなかった。
そして、約束の場所にもいなかった。

もしかしたら怒って帰ってしまったのかもしれない。
家の電話に掛けてみると、憂が出た。
『あっ、梓ちゃん?どうしたの?』
「あ、憂。うんあの、唯先輩は・・・。」
『え?お姉ちゃん?今日は梓ちゃんとデートでしょ?』
どうやら家にもいないようだ。
私は唯先輩に小さく首を振り、過去の唯先輩が家にいないことを教えた。
『梓ちゃん?何かあったの?』
「あ、その・・・。」
しまった。考えなしに電話してしまった為、なんと言っていいかわからず私は口籠る。
憂に、あまり変な心配はさせたくない。
しかも、この状況をどうやって説明すればいいのかもわからない。
今電話で説明なんかしたら、私は間違いなく痛い子確定だ。そんな汚名は無論御免こうむりたい。
すると、唯先輩が私から電話を取り上げた。
「あ、憂~?実はね、私さっき携帯落としちゃってさ~。」
唯先輩が話し始める。
「で、壊れたみたいだから今日は使えないかも。うん、明日修理に出すよ。だから連絡とれなくても心配しないで~。もしかしたらその内直るかもしれないし。だから、用事があったらあずにゃんの携帯ね。うん、じゃね~。」
そう言って唯先輩は電話を切った。
「唯先輩!?」
「うん。とりあえず今はこうしておかない?憂にも心配かけたくないし。」
確かにこの状況が一時的なものならそれは賛成だが。
もし、未来の唯先輩が帰れないなんてことになったら・・・?
過去の唯先輩が見つからなかったら・・・?
この状態が続くようなら、心配かけたくないなどと言ってはいられない。
それに、過去の唯先輩の行動によっては、私達の言動は憂や周りの人達に疑念を与えてしまう。
いや、まぁ、その時は、ありのままをすべて正直に話せばいいだけなのだが・・・。
って、違くて。そんなことよりも今はまず。
「・・・でも、唯先輩は・・・?」
過去の、この時代の唯先輩は、今どこに?
「もしかしたら、今頃未来であずにゃんとデートしてたりしてね。」
「何のん気なこと言ってんですか!」

私は再び唯先輩捜索を開始した。
考えたくもないが、どこかで事故にあった可能性だってある。
今朝電話で歩いていると言っていた通りを、唯先輩の家までの道を、公園を、お店を探す。
唯先輩にも、唯先輩の行きそうな場所を探してもらった。
なんかシュールだ。

「・・・どうしよう。もしかしたら、何か事件とかに巻き込まれて・・・。」
「それはないよ。」
心配で、不安で、だんだん青ざめていく私の言葉を、唯先輩は軽く一蹴した。
「だって、4年後の私が今こうしてここにいるわけだし。」
「・・・それは、・・・そう、ですけど・・・。」
その理屈は合っているような合っていないような。
そもそも4年後の唯先輩がここにいることがおかしいわけだし。
唯先輩が未来から来たことによって、タイムパラドックスが起きないとも限らない。
起きていない何かが起きて、未来が変わる。
だから、この唯先輩も・・・
「・・・・・・。」
?あれ?また何か抜けている。
「あの、唯先輩。」
「ほい?」
「唯先輩は未来から来たんですよね?」
「ええ~?まだ信じてくれてないの~?タイムスリッパとかよくわかんないけど、私の記憶は大学生まであるよ?」
タイムスリップです。重みが一気に急降下するのでそういう間違いやめて下さい。
じゃなくて。
「そう、記憶ですよ!唯先輩が4年後から来たのなら、今日の記憶だってあるはずでしょ!?」
そうだ。この現象が起こるべくして起きたのなら、ここにいる唯先輩も経験しているはずだ。
今、過去の唯先輩がどこにいるのか知っている。
「唯先輩はどこですか!?唯先輩!」
「ええ~っ?4年前の事なんて覚えてないよ~。」
私ガックリ。
意気込んでいただけに凄いガックリ。
「今日って確かあずにゃんとの初デートの日だよね?楽しかった記憶しかないよ?」
つまり、未来の唯先輩は4年前の今日、4年前の私と普通にデートを楽しんだということですね?
過去だとか未来だとか、そんなものには一切関わりなく。
はい。タイムパラドックスきましたよ、これ。
しかし、これで未来が変わってしまうとなると、一体どうなるのだろう。
ここにいる唯先輩も変わってしまうのだろうか。
なにせ、今のこの出来事を唯先輩は過去に経験していないわけだから。
平行世界。パラレルワールド。
俄かには信じ難い話だ。
「ね、あずにゃん。やっぱり過去の私は、未来にいるんじゃないのかな?」
「え?」
私は、その言葉に内心ギクリとする。
私にもその考えがないわけではなかった。
だって、こうも跡形もなく消えた過去の唯先輩の説明がつかない。
私が過去の唯先輩と最後に電話をしたのが9時半頃で、今の唯先輩が現れたのが9時50分頃。
唯先輩は9時半の電話で、あと20分くらいで着くと言っていたから、それはつまり、未来の唯先輩が現れたのとほぼ同時刻だった。
未来の唯先輩が現れてからも、しばらくその場にいたのだから、もし過去の唯先輩が約束の場所に来たのなら、私達に気付いたはずだ。
けれど、唯先輩の姿は見えず、携帯電話も通じない。
あの人通りの多い通りで、事件など起きるだろうか。事故があったのなら、今頃きっと大騒ぎになっているだろうし。
未来の唯先輩の行動も、行動時間も、過去の唯先輩とほぼ同じだという。
この類似性。
同じ月日、同じ時間、同じ行動、ついでに待ち合わせの場所も、待ち合わせしていた人も同じ。
その類似が、タイムスリップの要因と考えられなくもないのか。
あの20分の間に、未来の唯先輩と過去の唯先輩が・・・入れ替わった?
事故とか事件に巻き込まれたよりも、そっちの方が可能性が高い気が・・・。
高いか?
タイムスリップという現実離れした現象をいまだに受け入れきれない私がいる。
まぁとにかく、未来の唯先輩がここにいるという事実を踏まえると、無くはないことである。
だけど、この唯先輩が過去にこの事態を経験していないのなら、唯先輩が無事かどうかも当てにならないし。

「よしっ、じゃあ、気を取り直してデートしよっか!」
「はい?」
何言ってんだ、この人は。
「だって、私今日あずにゃんとデートの予定だったんだもん。あずにゃんもでしょ?」
「・・・いや、今それどころじゃないですから。この状況わかってますか?」
「う~ん。わかってるけど、でもどうにもできないし。」
確かにその通りではある。どうしたらいいのかさっぱりだ。
だが、何故そこでデートするという選択肢が生まれるのか分からない。
「や、とにかく誰か他に・・・。えと、先輩方にでも事情を説明して・・・。」
もう私一人の手には負えない。やはりここは他にも誰か・・・。
「過去の私は未来のあずにゃんに任せれば大丈夫だよ。約束の時間も場所も同じだし、きっと会えてる。」
「いや、だから、唯先輩が未来に行ったとは限らないんじゃ・・・。」
「ほら行こ!あずにゃん!」
「えっ!?ちょっ、唯先輩!?」
私の言葉など遮って、唯先輩は力強く私の手を取った。


電車に揺られること20分。
まだぶつぶつと言っている私の手を引いて、唯先輩はあの喫茶店に向かっていた。
今日そこに行く予定だったと私が話したからか、4年前のことを思い出したからか。
途中私は何度も言った。
このままではダメだ、こんなことをしている場合ではないと。
しかし、どうしていいのか見当もつかないのも事実で。
結局は「まぁまぁなるようにしかならないんだし~」なんて、唯先輩に宥められていた。
確かに、過去の唯先輩に関しては、未来にいるのではないかという考えが強くなっている。
だって現に、未来の唯先輩がここにいるのだから。
過去に来られるのなら、未来に行くことだってできる・・・・・・のか?
いまだ半信半疑ではあるけれど。
「今日はいいお天気だね~あずにゃん。」
「はぁ、そうですね。」
ほんと、何を考えているんだ、この人は。
自分だって、未来に帰れなくなってしまうかもしれないのに。

駅を出て、その足は迷うことなくあの喫茶店に向かっているようだった。
そこで漠然と思う。
ああ、この人は店の場所をちゃんと知っているのだと。
この人は昨日の唯先輩ではない、4年後の唯先輩なのだと。
なんとなく、納得してしまう。
行ったことがないと言っていた昨日の唯先輩なら、絶対迷子になっていたはずだ。
「あそこのパフェはねぇ、ちっちゃいたい焼きが乗ってるのもあるんだよ?あずにゃんあれ大好きなんだ。」
それは昨日雑誌で見たので私も知っていた。
すごく美味しそうだなって思ったし、今日食べようと決めていた。
しかし、私の知らない私を語る唯先輩。
なんだか変な感じだ。
「あの、唯先輩。」
「ん~?」
「唯先輩はN女子大に行ったんですよね?」
あまり未来のことを聞くのはよくない気がしたけれど、少しくらいならいいだろうか。
「うん、そうだよ~。りっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、みんな一緒。」
すごいな。あそこ名門なのに。
「あの、・・・私は?」
「ん?もちろんあずにゃんも一緒だよ!」
「本当ですか!?」
嬉しさに、私は思わず唯先輩の手を両手で掴んだ。
「うん、ほんと。」
「じゃあバンドは!?放課後ティータイムは!?」
「もっちろん続けてますとも!5人みんな一緒だよ~。」
わぁ。わぁ。わぁ~。
どうしよう。凄く嬉しい。
困ったところもあるけれど、先輩達と一緒にいるのは楽しくて、演奏するのも楽しくて、ずっと一緒にやっていけたらな~なんて思っていた。
それが、4年後も一緒にいられるなんて。
「ふふ、あずにゃんやっと笑ってくれたね。」
「え?あっ、え~と・・・。」

微笑まれて、ドキッとする。
頬が熱を上げていくのが自分でもわかった。
理由は2つ。
子供のようにはしゃいだ自分が恥ずかしかったから。
それと。

唯先輩の笑った顔が、凄く、綺麗だったから。

いつの間にか止まっていた歩を再び進める。手を繋いで。
私は、少し先を歩く唯先輩の横顔を見つめた。
さっきまではただただ驚いていて、そんな余裕なかったけれど。
これが、4年後の唯先輩。
ほんわかした雰囲気と可愛らしさは変わらない。けれど、どこか落ち着いていて、ちょっと格好良くて、そして、綺麗で。
こんな風に、なるんだ。
思わず見惚れてしまう。
正直、綺麗かわい過ぎて反則です。
私はどうなっているのかな?
少しは背、伸びたかな?あと、胸とかは・・・。
「唯先輩、みんなの写真とかはないんですか?」
「え?ああ、未来の?それが今日はなんも無いんだよ~。携帯は電源つかないし。って、あっついた。」
「へっ!!?」
「・・・・・・。んん~?でもやっぱり電話は通じないや~。メールもダメ~。」
「ちょ、ちょっと見せて下さい!」
人の携帯電話は操作の仕方がよく解らないし、勝手にメールなどを見るのも悪いので、私はとりあえずカレンダーを開いてみた。
すると、そこには今日の日付が示されていて、画面の上の方に20△△年と出ている。
こんなところでも地味にショックを受ける私。
いや、もう信じてます。信じていますとも。でも、どうしても諦めきれない自分がいて・・・。
「えと、写真だっけ?ほら、これ。」
画像とかは見れるみたいだね。そう言って唯先輩は携帯電話の画面を私に向けてくれる。
「わぁ~。」
そこには大学生の私達、放課後ティータイムの5人が写っていた。
勿論、そんな写真を撮った記憶は私にはない。
みんな、大人っぽくなっている。
その写真では、私もツインテールではなく、サイドテールだった。
顔も服装も、今よりどこか大人っぽい感じがして、ちょっとこそばゆい。
胸への希望は儚く消えたが。
「もいっこ。はい。」
そう言って唯先輩が見せてくれたのは、未来の私と唯先輩のツーショットだった。
途端に、またもや顔が熱くなる。
いや、別に普通の写真だけれども!
こういうの今までだって撮ったことあるけれども!
うううっなんか恥ずかしい・・・。だって顔近いし。
4年後もこんな風に仲良しなんだって思ったら、嬉しいじゃないですか・・・。
「も、、もう結構です!」
「そう?」
唯先輩は今度は1人でぽちぽちと携帯電話を弄り出した。
「私ね、今日のデートすごく楽しみにしてたんだ!あずにゃんとこんな風にお出掛けするの、久し振りだったから!」
「・・・そうですか。」

本当は私には、もうひとつ訊きたい事があった。
でも、訊けない。
それは、あまりにも怖すぎて。

「あ、ここだよあずにゃん!」
「へぇ~。」
私はその建物を見上げる。
二階建ての洋風建築。

なかなかにおしゃれでいい雰囲気である。
内装も洋風で、アンティーク調の家具や小物が置いてある。
そこそこ混んではいたが、待つほどではなく、すぐに席に着くことができた。
注文した物がくると、さっそく頂きます。
「んまぁ~いっ!」
唯先輩は心底幸せそうな顔をする。
ほんと、こういうところは変わらないな。
私も、和風パフェに乗っている一口たい焼きを食べてみる。
うん。美味しい。
「おいしいねぇ、あずにゃん。」
「はいっ。」
「んじゃ、はい。あ~んだよ、あずにゃん。」
「へ!?いや、いいですよ!」
「ほらほら、あ~ん。」
「えっちょっと・・・むぐ!」
「・・・おいしい?」
「いや、おいひい、でふけど・・・。」
「じゃ、そっちも一口ちょーだい。」
「え?いや。いやいやいや、なんで口開けて待ってるんですか。私がそんな事できるわけ・・・」
「あ~ん。」
「・・・・・・。」
結局あーんされたりさせられたり。
確かに唯先輩のチョコバナナパフェも美味しかったですけど、恥ずかしいです。
何故だろう。過去の唯先輩よりも未来の唯先輩の方が抗い難い。

すっかりパフェも食べ終えて、私達はのんびり紅茶を楽しんでいた。
いや、本当はのんびりしてる場合じゃないんだけれども。
今の時刻は16時を少し回ったところ。
窓の外の木々は瑞々しく、かさかさと風に揺れている。
まぁとりあえず、唯先輩の言う通り右往左往しても始まらない。
落ち着いてこの唯先輩を未来に帰す方法を考えなければ。
あと、過去の唯先輩を取り戻す方法を。
「・・・・・・。」
落ち着いたところでそんなもの思いつくはずなかった。
未来から来た唯先輩を未来に帰す方法という途方もない事を、本気で考えようとしていた自分にちょっと泣きたくなる。
タイムマシンと書かれた謎の物体が一瞬過ぎったこの頭にも。あるか、そんなもの。
類似性が要因で入れ替わったという方向でなら考えられなくもないが、同じ状況を再現すれば元に戻るのではという仮説にしろ、結局は未来にいる過去の唯先輩の行動などさっぱり読めないので、お手上げである。
い、いや、とにかく、これからの事だ。
ずっとこのままかもしれないし、明日には元に戻っているかもしれない。
もしこのままだったとしたらどうする?みんなに話す?
まぁ、話した方がいいだろう。きっとみんな力を貸してくれる。
でも、過去の唯先輩は?
未来に行っているにしろ、そうで無いにしろ、心配でたまらない。

ふと気付くと、唯先輩がにこにこと私を見つめていた。
「なんですか?」
「いや~。やっぱり昔のあずにゃんは可愛いな~なんて思って。」
「か、からかわないで下さい!」
私は赤くなった頬を隠すため俯く。
今の私を支えているのは、多分目の前の唯先輩だ。
大丈夫。大丈夫。
今未来の唯先輩がこうして笑ってくれているのだ。きっと大丈夫。
悪い考えばかり浮かんで、どうしようもなく不安だけれど、今あなたの笑顔が目の前にあるのも事実で。
だから、大丈夫。
私は無意識に、きゅっと両手に力を込めた。
「・・・・・・あの、何ですか?」
気が付くと、唯先輩が携帯電話を取り出し、私の顔の横に並べていた。
画面は唯先輩向き。
何なのかな。相変わらず訳の分からない人だ。
「う~ん。未来のあずにゃんと過去のあずにゃん、どっちが可愛いのかなって思って。」
どうやら見比べているらしい。
「う~む。どっちも捨て難い!」
「はぁ・・・。」
そういう唯先輩の方が断然可愛いです。とは、口が裂けても言えない。

また携帯電話を弄り出す唯先輩を私は眺める。
本当に、可愛くて綺麗な人だと思う。
しゃべるとちょっと、おbゲフンゲフンッなところはあるが。
昔から整った顔立ちはしていたけれど、なんというか、垢抜けた感じだ。
きっと、男の人も放っておかないだろう。
モテモテだったりするのかな?
いや、もしかしたらもう・・・。

胸が、軋んだ。

最初は唯先輩のギターを聴いて憧れた。
軽音部に入って、そのだらけっぷりとやる気の無さにがっかりした。
でも、本当は頑張り屋で、いつだって明るくてみんなに元気をくれて、優しく温かい。
そんなあなたに、私は・・・。

訊きたくても、訊けなかったこと。
いや、きっと聞きたくなんかなかったこと。
でも、知りたい気持ちが勝ってしまった。

「唯先輩。」
「なに~?あずにゃん。」
「・・・未来の私は、彼氏とか、いたりするんですかね?」
「ん?・・・いるよ。付き合ってる人。」
「そう、ですか。」
「んもうすっご~いらぶらぶでね、いっつも皆にからかわれてるよ~。顔を真っ赤にするあずにゃん可愛いんだ~。」
「唯先輩は?」
「ほえ?」
「唯先輩には、そんな人がいますか?」
「いるよ。」

「世界で一番、あいしてるひと。」


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最終更新:2010年10月25日 02:18