店を出ると、辺りはもう夕焼け色に染まっていた。
私はやはり諦めきれず、また唯先輩の捜索をしようとした。
でも結局は唯先輩に引っ張られるかたちで、色々な店に連れ回されて。
まぁ、楽しくなかったと言えば、嘘になるけど。
あの笑顔を見ていると、何とかなるんじゃないかと思えてくるから不思議だ。
実際はなんともなっていないのだが。
憂に何度か電話をしたけれど、唯先輩が帰った様子はなかった。
なのに唯先輩は相変わらずのん気で。きっと今頃あずにゃんと2人で未来を楽しんでるよ~なんて言って。
言われるとそんな気がしてくるから怖い。
未来の唯先輩の順応性の高さから見て、それは容易に想像できた。
過去の唯先輩に振り回される未来の自分が目に浮かぶ。
てか、自分のことなんだからもっと心配してくださいよ。

辺りもすっかり暗くなり、私達は近所の河原を手を繋いで歩く。
唯先輩から未来の話を色々聞いた。そのほとんどが取るに足らない事だけれど、私は楽しかった。
未来に大きな影響がないよう、考えて話してくれているんだと思う。・・・たぶん。
律先輩がこの前何をしたとか、皆であそこへ行ったとか、ギターも今より上手くなって、いろんな曲を弾けるようになったとか、あそこのケーキが美味しかったとか。
唯先輩はもう恋人の話はしなかった。
世界で一番、あいしてるひと。ただ、それだけだった。
私も今の話をした。
唯先輩は、そんなこともあったね~なんて、懐かしがっていて。
今日は私の両親が家にいないので、唯先輩にはうちに泊ってもらうことにした。憂にはもうその事は伝えてある。
4年後の唯先輩がいきなり現れたら憂だって驚くだろうし、皆に説明するのは、明日になっても元に戻らなかったらにしようということで話がついた。
まぁ、唯先輩のその提案に、私が渋々乗せられたかたちなのだが。

「やっぱり夜は寒いね~。」
「そうですね~。」
冷たい風が頬を撫で、私は首を竦める。
もうすっかり葉桜になりつつある桜の並木道を、私達はゆっくり歩いていた。
足元には薄桃色の絨毯が広がっている。
月明かりと街灯で、水面がきらきらと光っていて綺麗で。
周りに人影はなく、水の流れる音がどこか心地良かった。
もう、今日は本当に散々だった。
せっかくの唯先輩との初デートだったのに、なんか唯先輩おかしいし、最初、誰?って思ったら、
本当に違う人だし。
大学がどうたら言って、未来がどうたらってなって。で、唯先輩探して走り回って、もうくたくたで。
でもパフェは美味しかったな。また行きたいな。今度はちゃんと、唯先輩と2人で。
ああ、けど、あ~んとかはもう恥ずかしいからやだな~。周りの人に笑われてたし。まったく・・・。
帰りも、洋服見たり雑貨屋さん行ったり、ゲームセンターに行ったり、なんだかんだ言って楽しかったな。
本当に、楽しかった。
唯先輩となら、たぶんどんなところだって・・・

私は、繋がれた手に力を込める。
わかっていた。
薄々は、感じていたこと。
唯先輩は私とこんな風に出掛けるのが久し振りだと言っていた。
それだけでも、私と唯先輩との距離は、4年後も変わらないのだということが容易に知れて。
こんなに綺麗になったのも、きっと恋人ができたからなのだろうと、わかっていた。
4年後、私にはすっご~くらぶらぶな彼氏ができているらしい。
唯先輩にも。あいするひとが。
ほんと、馬鹿みたいだ。
最初から、わかっていたのに。
いつか、私にも唯先輩にもお互い大切な人ができて、そんな風に離れていくのだと。

だから。
だから私は。

わかっていたのだ。
こんな気持ち持っちゃいけないって。
きっと叶わないって。
あなたが抱きついてくるのも、くれる笑顔も優しさも、私が特別だからじゃない。
だから、気付かない振りをした。
見て見ぬ振りをしていた。
こんな感情は気のせいだと、自分に言い聞かせて。

けれど、私は今、こんなにもあなたが。

未来の私は、本当にこの気持ちを忘れてしまうのだろうか。
嬉しい事も、楽しい事も、今のこの気持ちもすっかり忘れて、誰か他の男の人と?

胸が、いたい。

「あずにゃん。」
唯先輩が振り返る。
「今日は寒いし、お鍋にしよっか。」
「・・・そうですね。」
「キムチ鍋にする?鶏団子も美味しいよね。」
「それも、いいですね。」
「私も少しはお料理できるようになったんだよ?今日はまかせてね!」
「はい。少々心配ではありますが、お願いします。」
「ね、あずにゃん。」
「はい?」

「私の事、好き?」

「え?」
頭の中が真っ白になる。
次の瞬間には「まぁ、嫌いではないですよ。」なんて、いつもの私らしい返答をしようと考えた。
けれど、たぶん違う。その温かな瞳は、すべてを知っているように穏やかで。
4年後の私は一体何をしたのだろう。
唯先輩に、気持ちを伝えたのだろうか。
だから唯先輩は、今の私の気持ちを知っている?
言っちゃいけない。
言葉にしてはいけない。
全部なかったことになるのなら、気持ちも言葉もすべて飲み込んで、忘れてしまえばいい。
元々、あってはいけない感情だ。
諦めようとしていた感情なのだ。
さっさと捨ててしまえばいい。
忘れられる?捨ててしまえる?本当に?
今までだって、何度も忘れようとした。諦めようとした。
けれど、できなくて。

あなたは、ずるいです。
あんなに抱きしめてくれて、可愛いと言ってくれて。
私が困った時なんかすぐに助けにきてくれて。
優しくて。いつだって温かくて。

好きに、ならないはずがないのに。

押し込んだ気持ちも言葉も、涙になって溢れた。
「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど。」
唯先輩がぎゅっと私を抱きしめる。
私も唯先輩の背に縋るように手をまわした。

あなたは、ひどいです。
“今”のあなたには大切な人がいるのに、私に気持ちを訊いてくるなんて。
言えるはず、ないじゃないですか。
届かなかった想い。
いつか消えてしまう想い。
あなたが傍にいない未来に、私は泣くことしかできない。
それは、わかっていたことなのに。

「あいしてる。」

ふと、唯先輩が私の耳元で呟いた。
あい・・・してる?
何を言っているのだろう、この人は。

あなたはさっき言っていた。
本当に嬉しそうな顔で。幸せそうな顔で。
「世界で一番、あいしているひと」がいると。
何故、今ここで言うのだろう。

世界で一番、あいしてるひと。

唯先輩。
それは、誰ですか?
唯先輩は少し体を離すと、呆ける私のおでこにおでこをコツンと合わせて。

「あいしてるよ。」

もう一度囁いた。
私を捉えるその瞳が、あまりにも綺麗で。
また、涙が零れた。


「う~。言っちゃったよぉ~。」
「・・・でも、だって、唯先輩、私には彼氏がいるって・・・。」
「私は彼氏がいるなんて言ってないもん。付き合ってる人って言ったんだもん。」
「・・・じゃあ・・・。」
「そゆこと。」
「・・・なんで黙ってたんですか?」
「・・・4年後、私なんかと付き合ってるって知ったら、あずにゃんまた混乱すると思って。」
「っ!そんなこと・・・」
「・・・うん、そだね。」
「私は、唯先輩を好きでいて、いいんですか?」
「う~ん。じゃないと、私が片想いになっちゃうな~。」
「諦めなくても、いいんですか?」
「やだよ。諦めたりしないで。私ひとりぼっちになっちゃうよぅ。」
何を言っているんだか。
あなたの周りには、いつだってたくさんの人がいるではないか。
けれど、私がいなくてはひとりぼっちになると、あなたが言うのなら。

「だったら、傍にいます。」

許されない感情だと思っていた。
だから、目を逸らして、諦めなきゃと思っていて。ずっと。
けれど、あなたがいいんだよって言ってくれるなら、もうそれでいい。
それが、世界でたったひとり、唯先輩だけだったとしても。


「私は、あなたが好きです。」
どうしようも、ないほどに。



私は過去の事をすっかり思い出していた。
そうだ、私は4年前に一度、未来へ行ったことがある。
そこで、未来のあずにゃんに会ったのだ。
未来のあずにゃんはやっぱり可愛くて、それに凄く綺麗になっていて。
何故忘れていたのだろう。

最初、自分が4年前にいると知った時は、訳が分からず本当に驚いた。
ただ、徐々に大丈夫な気がしてきて、いつの間にかすっかり落ち着いちゃって。
あずにゃんと一緒だからかな?なんて、その時はのん気な事を思っていたけど。
驚いたり、慌てたり、怒ったりするあずにゃん可愛かったな。
私の事も必死で探してくれて。
心配で、泣きそうになってた。
大丈夫だよって、ちゃんと言ってあげられなかった。
私は過去のことをすっかり忘れていたし、あずにゃんとのデートが楽しかった事しか覚えていなかったから。
それは、未来のあずにゃんとのデートだったんだね。
全部、大丈夫な気はしていた。
漠然とだけど。
だから、昔のあずにゃんと過去を堪能するのもいいかな~って。
やっと笑ってくれた時は嬉しかったな。
パフェを食べてる時の幸せそうな顔も凄く可愛くて。でもそんな表情は、今も昔もあまり変わらないね。
最初はどうなるかと思ったけど、いっぱい話して、いっぱい楽しかった。

4年後、私達が恋人同士になっているということは、はじめから言うつもりがなかった。
私なんかと付き合っていると知ったら、あずにゃんが動揺すると思ったから。
簡単に受け入れられることではないと思ったし、余計なことを言って、私達の未来が壊れてしまうのも怖かった。
だから本当は、未来の自分に彼氏はいるのかと訊かれた時。
いるなんて、言うべきじゃなかったのかもしれない。
私にもあいするひとがいるなんて、言うべきじゃなかったのかもしれない。
でも、キミといる私の未来はとても幸せで。
この先にある幸せな未来を、少しでも知ってほしかった。
それから私は、少しずつモヤが晴れていくように、ぽつりぽつりと思い出していった。
もうすぐ自分は未来に帰るのだと、なんとなくわかって。
私は、どうしても訊きたくなった。
今のあずにゃんが私の事をどう思っているのか。
喫茶店であずにゃんが“彼氏”と言った時点で、まだ私に気持ちがないのだとわかっていたけれど。どうしても。
友達みたいな好きと勘違いして、いつもの調子の返答が返ってくると思っていた。
なのにあずにゃんは泣いてしまって。
それだけで、わかった。
伝えていいんだって。
伝えなくちゃって。
4年前の私は、まだ自分の気持ちをちゃんとわかっていなかったから、きっと、苦しい思いをさせていたんだ。

ああ、そうか。だから私はここへ来たんだ。
私はこの為に、ここへ来た。


あいしていると、言う為に。



すっかりご飯も食べ終えて、私と唯先輩は部屋のソファでまったりとくつろいでいた。
また少しだけ、未来の話を聞いた。
4年後、私達が一緒に暮していること。私の得意料理とか、唯先輩の得意料理。
どんな部屋なのかとか、近所の美味しいお店とか、そんな事。
そういえばと、私は思い出す。
「ところで唯先輩。なんで久し振りのデートなんですか?」
「ほえ?」
「や、私とこんな風にお出掛けするの久し振りだって、久し振りのデートだって言ってたじゃないですか。」
付き合っているのなら、デートなんてしょっちゅうなのでは?
「あっうん。ライブとかあって忙しくてさ~。2人っきりで丸1日ちゃんとしたデートってのはなかなかね~。それにー・・・・・・。」
「・・・それに?」
「あっううんっ!やっぱりなんでもない!」
唯先輩がちょっと焦り出す。
明らさまに怪しい。なにか疾しいことでもあるのだろうか。
「なんですか?気になるじゃないですか。」
「いや、その、なんていうか・・・。ちょっと、ケンカをね・・・。」
えへへと唯先輩が頭を掻く。
「ケンカ?・・・あ、もしかして、今朝私に“怒ってる?”とか言ってたあれですか?」
「うっ、よく覚えてるね・・・。」
「そりゃもう。・・・で、何したんですか?」
「いや、それはご勘弁を・・・。」
「何したんですか?」
ちょっと凄んでみると、結構あっさり白状した。
なんでも。サークルの飲み会でちょこ~っとお酒を飲み過ぎて、新入生の子に抱きついて、頬っぺにむちゅちゅ~したらしい。
疾しいこと、あった。
「最低です。」
「それはもう言われたよぅ。」
勿論軽くお説教しておいた。唯先輩と仲の良い人ならまだわからなくもないけど(いや、わかんないけど)、新入生の子といちゃいちゃするって。
半泣きの唯先輩。
「うううっ、2人のあずにゃんに怒られた・・・。」
4年後の今日、ケンカの所為ではないが、お互いちょっと実家に戻っていた2人は、仲直りも兼ねてデートの約束をしていたらしい。
それが、私達の初デートと同じ日、同じ時間、同じ待ち合わせ場所だとは気付かずに。
「あずにゃん今日は、昔の私にあたふたしてたんだろうな~。」
たぶん未来の私のことを言っているのだろう。
「過去の私も、今日は未来の唯先輩に振り回されましたけどね。」
いつまで経っても私のそういう位置は変わらないのか。
そういえば、あの喫茶店で唯先輩が言ってたのは何だっけ?
確か、すっご~いらぶらぶで、いっつも皆にからかわれていて、私は顔を真っ赤にする、とか。
うむ、嫌なこと聞いた。
唯先輩が、4年前に未来に行ったことを思い出したのは聞いていた。
もうすぐ、過去の唯先輩が帰ってくることも。
何故こんな重大な出来事を忘れるのかと呆れたけれど。
「唯先輩。」
「何だい、あずにゃんや~?」
何キャラ?・・・まぁいい。
「あの、私達は、その・・・いつ、どんな風にして、付き合うことになったのでしょうか・・・?」
最後に、これだけは訊いておきたかった。
もしかして、この出来事がきっかけとか?
「・・・う~ん。知りたい?」
「それは、まぁ・・・。」
「ちなみに言うと、過去の私はまだ自分の気持ちに気付いていないわけだけど・・・。」
えっ!?まじですか・・・。でもまぁ、何となくそんな気はしてましたけどね。なにせ唯先輩ですし。
「ん~・・・ぃよいしょっと~。」
「ゆ、唯先輩?」
唯先輩は急に横になると、私の太ももに頭を預けた。
「う~ん。気持ちい~。」
すりすりと私の足に頬を寄せる。
「くすぐったいですよ。」
言いながらも、嫌がる素振りは見せず、その頭にそっと手を乗せた。
どうしてだろう。いつもより少しだけ素直になれてしまう。
私の気持ちも全部知っている、大人の唯先輩だからだろうか。
何にせよ、心は落ち着いて、穏やかだ。
「ね、あずにゃん。」
唯先輩が私を見上げる。
「もし、私が今、私達がどうやって付き合うことになったか話したら、どうする?」
「え?」
「その通りにする?」
「わかりませんけど、たぶん・・・。」
それを知れば、4年後あなたと一緒に居られるのでしょう?
唯先輩が私の頬に触れた。
私の瞳を真っ直ぐに見つめて。
「本当に、それでいいの?」
その吸い込まれそうな澄んだ瞳に私は。
全部を知って、その通りにして、それが本当にいいことなのだろうかと、自問する。
首を、横に振った。
それはきっと、違う。
それはきっと、私が経験しなくてはいけないことで。
たくさん苦しいかもしれないけど、でもその分いっぱい嬉しい事があって、楽しくて、幸せで。
それは、これからの私が積み重ねていかなければならないモノなのだと思う。
教えてもらうものなんかじゃない。きっと、自分で見つけるものなんだ。
そんな事にも気付けない自分がちょっと情けなくて、涙が出そうになる。
「もう、今日のあずにゃんは泣き虫だなぁ。」
唯先輩が、よしよしと私の頭を撫でてくれた。

「また会えるんですよね?」
「うん、会えるよ。」
あれ?なんだろう。ちょっと眠くなってきたかも・・・。
「待ってるからね。」
「すぐに、行きます。」
言って、私は目を擦る。
「・・・あずにゃんは、今日の事忘れちゃう。」
え?
「私が忘れてたみたいに。・・・未来のあずにゃんもこの事は覚えてなかったと思うよ。今までタイムスキップのことなんて、一回も話に出たことなかったから。」
「唯先輩?」
タイムスリップです。何ですかそれ。なんか楽しそうなことになっちゃってるじゃないですか・・・。
「だから、本当は教えてもよかったんだけど・・・。」
ゆい、せんぱい・・・。
うぅ、・・・ほんとに眠い、かも。
「でも、言わないでおくよ。」
どうしよう。目を、開けていられない。
「・・・頑張って、あずにゃん。私鈍いし、馬鹿だから、もしかしたら傷つけちゃうこともあるかもだけど、でもね、私も・・・頑張るから。」
声が遠くなる。
視界がぼやけていく。
私は必死に唯先輩の手を掴んだ。
「諦めちゃやだよ?きっとだよ?待ってるからね?私もすっごく頑張るから。あずにゃんの為なら、なんだってできるよ。」
まだ・・・ダメだよ・・・。
「やな事があって、泣いちゃうこともあるかもしれないけど、嬉しいことも、楽しいこともきっとたくさんあるから。」
だって、言いたいことが・・・あったのに・・・。
「わがままかもしれないけど、やっぱり私は、あずにゃんと一緒にいたいよ。あずにゃんを好きって気持ちなら、きっと誰にも負けない。あずにゃんのことが、一番好きだよ。」


「いっぱいいっぱい、あいしてる。」



私は目を覚ました。
一瞬、ここがどこで、自分が何をしていたのか分からなくなる。
ふと時計を見上げると、0時を過ぎていた。
どうやら少し、眠っていたらしい。
足にある重みに気が付き目を向けると、唯先輩が気持ち良さそうに眠っていた。
「唯先輩。」
呼び掛けると、う~んと言って軽く身を捩る。

過去の唯先輩は無事に帰ったのだと思う。
記憶を辿ると、きっと今頃は、私に肩を揺さぶられているところだろう。
こんな所で寝たら風邪引いちゃいますよ、なんて私に起こされているはず。
未来の唯先輩が言っていた通り、私は4年前の事を忘れていた。
今日、過去の唯先輩と一緒にいて、思い出したのだけれど。
4年前の私は、目が覚めると、ぼんやりとデートが楽しかったことしか覚えていなくて。
けれど、あなたが好きだと、胸に強く残った。
それはただ単に、一日一緒に過ごして、やっぱり唯先輩が好きなのだと自覚しただけだと思っていたけれど。
でも、違ったんですね。
あの頃は一番辛かった時なのかもしれない。
自分の気持ちが、苦しかった。
こんな感情認めちゃいけないって思っていて、諦めようとしていた。
きっと間違いだ、勘違いだって。ずっと。

けど。好きで。
どうしようもなく好きで。

日に日に大きくなっていく想い。

出会うのが、早過ぎた。
幼かった私は、自分の気持ちをきちんと受け入れることができないでいた。
初めての感情に、運命と感じるほどの強い想いに、それが同性だということに、あのままでは、きっと耐えられなかったと思う。

あいしてる。

そのたった一言で、どれほど救われただろう。

もらった言葉も、一緒に過ごした思い出も、失くしてしまったけれど、想いだけは強く、強く残って。
動くことができず、一人蹲っていた私。
そんな私の手を、あなたは引いてくれて。
やっと、自分と向き合うことができた。
前へ、進めた。
あなたはいつだって、私の悩みなんか一瞬で吹き飛ばしてしまうんだ。

「唯先輩。」
繋いだ手は離さずに、唯先輩を起こす。
「・・・あず、にゃん・・・?」
唯先輩は薄く目を開くと、私の名を呼んだ。
起こすのは少し可哀想だったけれど。
「あ。あずにゃんだぁ~。・・・えへへ、おかえり~。」
私には今、どうしても伝えたいことがあった。
「違います。唯先輩はただいまです。私がお帰りですよ。」
「・・・あ、そっか~。ただいまぁ、あずにゃん。」
「はい、お帰りなさい。・・・もう、心配したんですからね。あと、凄く大変でした。」
「えへへ、ごめんねぇ~。・・・でも、昔のあずにゃん可愛かったなぁ~。」
「むっ。・・・・・・今は?」
「ん~?あずにゃんだったら、全部可愛い。」
「そ、うですか・・・。昔の唯先輩はなんだか新鮮でしたよ。年下なのに先輩っていう。」
「いや~、昔のあずにゃんにちゅーしたくて我慢するの大変だったよ~。」
「・・・・・・。叩きますよ。」
「ええ~!?我慢したよ!?あずにゃんのファーストキスはやっぱり昔の私達の為にとっとかなきゃな~って思って!」
「当たり前です。・・・あなたには、私がいる・・・でしょ?」
「・・・うん。」
私達は、どちらからともなく口付ける。

例えば、神様がいたとして。
これが、神様がくれた奇跡、なんていうものだったとして。
だったら、私達が過去と今に過ごした時間も、それを忘れてしまうことも、必要な軌跡だったのかもしれない。
少なくとも、私にはそう思える。

答えは、今の私達。

今までいろいろな事があった。
楽しかったり、嬉しかったり、笑って、泣いて、怒って、ケンカもしたり。
たくさんの人達にも出会った。

それでも、やっぱり。

私が傍に居たいのは、あなただった。
傍にいてほしいのは、あなただった。
他の誰でもなく。
あなたも、私といることを望んでくれて。
だから私が、この温かな手を離すことはない。

あなたじゃないとダメなんだ。
あなたの全部が、たぶん好き。
いいところも、きっと、ダメダメなところも。

そんな自分に少し呆れてしまうけど。
これから先も、たぶん変わらないんだと思う。


うん。私は、幸せだ。


「唯。」
あの時言えなかった言葉。
きっと、ずっと言いたかった。
「ん、なぁに?梓。」

“今”をくれた、あの時のあなたに。
私にたくさんのモノをくれた、あなたに。

だから今、4年越しの。


「ありがとう。」




おわり。


  • グハッ・・・良すぎる -- (名無し) 2010-11-11 11:12:13
  • やべぇ、素で泣けた… -- (通りすがりの百合スキー) 2010-12-05 03:23:29
  • これめちゃめちゃいいyん -- (名無しさん) 2011-06-30 19:48:06
  • あなた -- (名無しさん) 2012-01-21 03:04:42
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  • 感動をありがとう!! -- (名無しさん) 2013-08-21 00:29:41
  • 神作!!感動しました!! -- (名無しさん) 2013-12-08 22:00:51
  • 昔のSSに今更こんなこと言ってもしょうがないけど、未来の梓と過去の唯のデート編も見てみたい… -- (名無しさん) 2014-05-27 13:28:32
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最終更新:2010年10月25日 04:35