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保健室には誰も居なくて、私は勝手に入らせてもらうと氷を探し出して唯ちゃんに
渡した。
渡した。
「ごめんねー、ムギちゃん」
「私のほうこそごめんなさい。唯ちゃんに怪我させちゃうなんて……」
「私のほうこそごめんなさい。唯ちゃんに怪我させちゃうなんて……」
どんなことがあっても、私は誰も傷付けたくはなかった。
誰かが傷付くところなんて見たくなかった。
それが、心の傷でも、身体の傷でも。
誰かが傷付くところなんて見たくなかった。
それが、心の傷でも、身体の傷でも。
「ムギちゃんのせいじゃないよ!」
「でも……」
「それよりさ」
「でも……」
「それよりさ」
唯ちゃんは、私の言葉を遮るようにして言った。
「ムギちゃん、やっぱり何か悩み事、あるの?」
「……どうして?」
訊ねると、唯ちゃんは「わかんないよ」と言って首を振った。
そして、「でも」と続けた。
そして、「でも」と続けた。
「何となく、そんな気がするんだ。だって、伊達に三年間、ムギちゃんと一緒にいた
わけじゃないもん!」
「……唯ちゃん」
「ねえ、ムギちゃん。私には言えない悩み?朝も聞いたけど、本当のこと、言えない?」
わけじゃないもん!」
「……唯ちゃん」
「ねえ、ムギちゃん。私には言えない悩み?朝も聞いたけど、本当のこと、言えない?」
言えないよ、唯ちゃん。
そんなこと、言えない。
そんなこと、言えない。
愛して欲しいって。愛したいって。
今まで隠してた家のこととか、そんなこと全部ひっくるめて説明するのが嫌なんじゃ
なくって、ただそんなこと言って唯ちゃんに引かれるのが、嫌われるのが怖かった。
今まで隠してた家のこととか、そんなこと全部ひっくるめて説明するのが嫌なんじゃ
なくって、ただそんなこと言って唯ちゃんに引かれるのが、嫌われるのが怖かった。
私が黙っていると、唯ちゃんは「ムギちゃん」と私の手を握ってきた。
「朝、言ってたよね。ムギちゃん、寂しいって」
「え……?……うん」
「もしかして、やっぱり寂しいの?」
「え……?……うん」
「もしかして、やっぱり寂しいの?」
唯ちゃんの目が、私を真直ぐに射抜く。
嘘を見抜かれそうなほど、真直ぐな目。
嘘を見抜かれそうなほど、真直ぐな目。
「あのね、今日ずっと考えてたんだけど……ムギちゃん、本当に朝登校する人が
いないから寂しいの?」
「それは……」
「私ね、何でムギちゃんが寂しいのか理由がわかんないよ。わかったらムギちゃんの
ために何かしてあげられるのに……」
いないから寂しいの?」
「それは……」
「私ね、何でムギちゃんが寂しいのか理由がわかんないよ。わかったらムギちゃんの
ために何かしてあげられるのに……」
唯ちゃんの顔が、見る見るうちに歪んでいった。
大きな瞳に、涙の粒が浮かぶ。
大きな瞳に、涙の粒が浮かぶ。
「唯ちゃん……」
握られた手を、私はぎゅっと握り返した。
自然と、言葉が漏れていく。
私は唯ちゃんに、話した。家のことも、自分の家族のことも。
私は唯ちゃんに、話した。家のことも、自分の家族のことも。
「私ね、ずっとおかえりなさいって、お母さんやお父さんに言ってほしかった。
けど家にはほとんど帰ってこないから……会うことだって難しいくらい」
けど家にはほとんど帰ってこないから……会うことだって難しいくらい」
私がそう言って笑って見せると、唯ちゃんはまるで自分のことのように泣き出した。
「ゆ、唯ちゃん!?」
「わ、私もお母さんとかお父さんはよく家にいないけど……、憂がいてくれるし……
何も知らなかった、ムギちゃんのこと……!誰もいないなんてそんなの、寂しいに決まってるのに……!」
「わ、私もお母さんとかお父さんはよく家にいないけど……、憂がいてくれるし……
何も知らなかった、ムギちゃんのこと……!誰もいないなんてそんなの、寂しいに決まってるのに……!」
唯ちゃんの頭を撫でながら、私が「でも、慣れてるから」と言うと、唯ちゃんは
「そんなのおかしいよ!」と首を振った。
「そんなのおかしいよ!」と首を振った。
「おかしいよムギちゃん……」
「唯ちゃん……」
「唯ちゃん……」
唯ちゃんは泣き続けた。
泣けない私の代わりに。
泣けない私の代わりに。
やがて、優しい赤が保健室を染め始めたとき、唯ちゃんは涙を拭って
私を見た。
私を見た。
「ムギちゃん、家においでよ!」
「……どういうこと?」
「家、私や憂しかいないけど……でも、ムギちゃんにおかえりっていえるよ!
ううん、私がムギちゃんにおかえりって言いたい!」
ううん、私がムギちゃんにおかえりって言いたい!」
きらきらと輝く瞳で、唯ちゃんは。
私はどう返事したらいいかわからなくて、うんともううんとも言えずに唯ちゃんに
縋りつくように抱き着いた。
私はどう返事したらいいかわからなくて、うんともううんとも言えずに唯ちゃんに
縋りつくように抱き着いた。
「ムギちゃん?」
「……唯ちゃん、私……」
「何も言わなくていいよ、ムギちゃん」
「……唯ちゃん、私……」
「何も言わなくていいよ、ムギちゃん」
唯ちゃんの暖かな手が、私の頭をゆっくりと撫でていく。
それがとてもとても心地よかった。
それがとてもとても心地よかった。
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「それじゃーな」
りっちゃんと澪ちゃんが、続いて梓ちゃんがそれぞれの家へ帰って行った。
いつもなら私も、梓ちゃんと同じ場所で反対方向に曲がって駅に向かうけど、
今日は唯ちゃんの隣をずっと歩いた。
いつもなら私も、梓ちゃんと同じ場所で反対方向に曲がって駅に向かうけど、
今日は唯ちゃんの隣をずっと歩いた。
「なんか新鮮だねえ」
「そうね」
「そうね」
唯ちゃんがそう言って笑い、私も笑い返す。
何度も来てるはずなのに、見える景色全部が新鮮で気持ちよかった。
家には「暫く唯ちゃんの家にお世話になる」と言って連絡しておいた。
何度も来てるはずなのに、見える景色全部が新鮮で気持ちよかった。
家には「暫く唯ちゃんの家にお世話になる」と言って連絡しておいた。
「ムギちゃんムギちゃん!憂にメールしたらね、今日はご馳走作って待ってるって!」
「別に気遣わなくてもいいのに……」
「いいのいいの!憂の作る料理は美味しいよー!」
「別に気遣わなくてもいいのに……」
「いいのいいの!憂の作る料理は美味しいよー!」
唯ちゃんは嬉しそうに笑いながら「楽しみだなあ」とスキップする。
私の心まで、いつも部室に入るときに感じるみたいに弾んでいく。
私の心まで、いつも部室に入るときに感じるみたいに弾んでいく。
唯ちゃんの家の前に着くと、まるで見ていたかのように憂ちゃんが家から出てきた。
「お姉ちゃん、紬さん、お帰りなさい!」
お帰りなさいと言われた私は、嬉しさと驚きと、色々な感情が混じって、ちゃんと
「ただいま」って言いたいのに震える声になってしまった。
「ただいま」って言いたいのに震える声になってしまった。
「早く入って!晩御飯の用意はもうできてるよ!」
「さっすが憂~!それじゃあさっそく……」
「手を洗ってから!紬さんも早く!」
「さっすが憂~!それじゃあさっそく……」
「手を洗ってから!紬さんも早く!」
「憂のケチ~」と唇を尖らせながら、唯ちゃんは家の中に入っていく。
憂ちゃんが私の背中を押して、中に入らせた。
憂ちゃんが私の背中を押して、中に入らせた。
唯ちゃんが、多分洗面所のほうから顔を出して「ムギちゃんこっちー」と手を
振った。
振った。
「手洗わなきゃ憂にご飯食べさせてもらえないよー」
「え!大変、すぐ行くね!」
「え!大変、すぐ行くね!」
私は靴を脱ぐと、洗面所に向かう。
憂ちゃんが後ろで「そんなに急がなくてもいいですよ」と笑っていた。
憂ちゃんが後ろで「そんなに急がなくてもいいですよ」と笑っていた。
手を洗ってリビングに行くと、確かに豪勢な料理が並んでいた。
クリスマス会や年末年始で何度か泊まったこともあるけど、こうして何もないのに
友達の家に泊まることは初めてな私は、わくわくもしていたけど少しだけ緊張した。
クリスマス会や年末年始で何度か泊まったこともあるけど、こうして何もないのに
友達の家に泊まることは初めてな私は、わくわくもしていたけど少しだけ緊張した。
「ムギちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよう」
「う、うん、そうだよね!」
「う、うん、そうだよね!」
唯ちゃんに言われて、私はふっと肩の力を抜いた。
「紬さんの口に合うかどうかわかりませんけど……どうぞ」
憂ちゃんがお茶碗にご飯をいっぱいよそって私に渡してくれた。
ありがとう、とお礼を言って受取る。
私は一口食べると「美味しい!」と憂ちゃんを見た。
憂ちゃんは嬉しそうによかったです、と言って他のものも勧めてくれた。
ありがとう、とお礼を言って受取る。
私は一口食べると「美味しい!」と憂ちゃんを見た。
憂ちゃんは嬉しそうによかったです、と言って他のものも勧めてくれた。
一人で食事するより、やっぱり誰かと食べるほうが、
どんな料理でも美味しく感じさせる。
いつも家に居るシェフが作る料理とは違ったけど、とても温かくて本当に
美味しいと思った。
どんな料理でも美味しく感じさせる。
いつも家に居るシェフが作る料理とは違ったけど、とても温かくて本当に
美味しいと思った。
ご飯を食べ終えると、唯ちゃんが私を唯ちゃんの部屋に誘ってくれた。
けど、その前に何も泊まらせてもらうお礼を持って来ていなかった私は、せめて
何か手伝わなきゃと思って憂ちゃんのお皿洗いを手伝わせてもらった。
けど、その前に何も泊まらせてもらうお礼を持って来ていなかった私は、せめて
何か手伝わなきゃと思って憂ちゃんのお皿洗いを手伝わせてもらった。
「別に私一人でも大丈夫ですよ?」
「いいのいいの!美味しい料理いっぱいご馳走になっちゃったし、これくらいは
させて」
「いいのいいの!美味しい料理いっぱいご馳走になっちゃったし、これくらいは
させて」
申し訳なさそうな憂ちゃんにそう言うと、「気にしなくていいのに」と言いながらも
私に仕事をくれた。憂ちゃんの洗ったお皿を布巾で拭いて、食器棚に戻す。
それを数十分かけて終わらせると、唯ちゃんが待っていたように駆け寄ってきて
私の手を引いて二階に駆け上がった。
私に仕事をくれた。憂ちゃんの洗ったお皿を布巾で拭いて、食器棚に戻す。
それを数十分かけて終わらせると、唯ちゃんが待っていたように駆け寄ってきて
私の手を引いて二階に駆け上がった。
「ムギちゃん、私の部屋で遊ぼう!」
「お姉ちゃん、もう夜だからギターとかあんまり大きな音たてちゃだめだよー?」
「はーい」
「お姉ちゃん、もう夜だからギターとかあんまり大きな音たてちゃだめだよー?」
「はーい」
下から聞こえた憂ちゃんの声に、唯ちゃんは元気よく返事した。
唯ちゃんの部屋に入るのは久しぶりだった。
そういえば、唯ちゃんの家に来ること自体、久しぶりじゃないかな?
そう思いながら部屋を見回していると、唯ちゃんがごそごそとギターケースを
開けてギターを取り出した。
そういえば、唯ちゃんの家に来ること自体、久しぶりじゃないかな?
そう思いながら部屋を見回していると、唯ちゃんがごそごそとギターケースを
開けてギターを取り出した。
「ムギちゃんムギちゃん、一緒に何か演奏しようよ!」
「え、でも私楽器ない……」
「あ、そっかあ……」
「え、でも私楽器ない……」
「あ、そっかあ……」
唯ちゃんが残念そうに呟いた。
そして、ジャーンと一度だけギターの玄を震わせると、「そうだ!」と声を上げた。
そして、ジャーンと一度だけギターの玄を震わせると、「そうだ!」と声を上げた。
「私がギター弾いて、ムギちゃんが歌えばいいんだよっ!」
「……え、けど……」
唯ちゃん、さっき憂ちゃんにギター弾いちゃだめって言われてなかった?
けど唯ちゃんは、そんなこと忘れたというように「やろうよやろうよ!」と言って
私を甘えるような視線で見る。
けど唯ちゃんは、そんなこと忘れたというように「やろうよやろうよ!」と言って
私を甘えるような視線で見る。
そんな目をされたら断るわけにはいかないよ。
「私、歌、上手くないよ?」
「大丈夫だよ!ムギちゃん声綺麗だし。それに一度、ムギちゃんの歌声、
聴いてみたかったんだー」
「大丈夫だよ!ムギちゃん声綺麗だし。それに一度、ムギちゃんの歌声、
聴いてみたかったんだー」
唯ちゃんは嬉しそうにそう言って、ギターをかき鳴らし始めた。
「この曲は……ふわふわ時間!」
「さすがムギちゃん!」
「さすがムギちゃん!」
唯ちゃんの手が、何度もストローク。
確かなメロディーを紡いでいく。
確かなメロディーを紡いでいく。
唯ちゃんが、私を催促するように歌いだす。
私もそれに合わせて歌った。
唯ちゃんと私の声が溶け合って、ハーモニーが生まれていく。
私もそれに合わせて歌った。
唯ちゃんと私の声が溶け合って、ハーモニーが生まれていく。
気持ちいい!
ぞくぞくするくらい、それが気持ちよかった。
ぞくぞくするくらい、それが気持ちよかった。
下から憂ちゃんが怒った顔を覗かせるまで、私たちは歌い続けた。