結局、案内される間ずっと悩んでいたけど、それはやっぱりただの取り越し苦労だった。
途中で会話がないことになんとなく気まずくなって名前を聞いたら、ディンさんと名乗ってくれたけど……どうやら、あんまり自分からは喋らない人みたい。
けれど、歩く速さはこっちの足にあわせてくれていたりして、気にかけてくれているのがよくわかる。
おかげで、目的のクリエイターさんのお店に着くまで、安心して歩くことができた。
……いい人って、多分こういう人のことを言うんだろうな。
「あの、ごめんくださーい」
ディンさんが入った後に、お店の奥に向けて声をかける。
見たところ、入り口から見ることのできるフロアには誰もいないようだけど……
「ん、お客さんかの?」
少し待っていると、奥のほうからシンプルなワンピースを身につけた、青紫色の長い髪の女の人が現れた。
なんだか耳慣れない言葉使いだけど、この人がそのクリエイターさんなのかな。
……服装はどこにでもありそうな普段着っぽいものだし、
ジョブがなんなのかの見分けがつけられない。
「え、えっと……あなたが、レイスさんですか?」
ルディからもらったメモによると、ここのクリエイターさんの名前は『レイス』さんというらしいことは書いていた。
案内してくれたディンさんは、自分とは知り合いと言っていたけど……
「ああ違う違う、私はエミリア。 残念じゃが、レイスはもう少し手が離せんといっておったぞ」
「そ、そうなんですか……」
「まぁあと10分ほどで結晶も安定すると言っておったし、そのくらいなら待てるじゃろ。 とりあえず座れ」
エミリアさんはテーブルに手をかけて、そう言ってくれた。
ディンさんも、いつの間にかそのテーブルについているし、エミリアさんもそれに続いて座ろうとしている。
ここは、素直に座ったほうがよさそうだけど……
「…………エミリア?」
ふと、その名前に何かが思い当たった。
……でも、最近の記憶じゃない。 ずっと前に、家の中で耳にした名前……
「……っ! もしかして、エルクリオ商会の娘さん!!?」
「っ!?」
そうだ、エミリア・エルクリオ。
確かきれいな青紫色の髪をしていて、ちょっと変わった口調の女性だって聞いたことがある。
……エルクリオ商会といえば、南北の物資の取引の仲介人を主にしている商家で、いろんなところといろんなモノを取引しているから、貴族階級じゃないけど貴族間やいろんな商人の家に対して顔が広くて、強い影響力を持つ家だって……
「……お主、もしや貴族か商人の出か?」
「……え……? な、なんでですか……?」
ドキリとした。
……今の会話の中に、何か気づかれるような要素でもあったのかな。
思い返してみるけれど、これといって思い当たるような言葉はない。
もしかして、こっちがエミリアさんの容姿について知っていたみたいに、エミリアさんも……?
「いや、”商家の娘”として私を扱ってくるのはそのどちらかくらいじゃからな。 支援士の間では、私とディンは”伝説の探求者(レアハンター)”として見られておるし」
「……え、えっと……」
つまり、”エルクリオ商会の娘さん”という認識そのものが、そもそもの間違いということ?
……ルディも、まさかこんなところでこんな人に会うなんて想定してなかったみたいだと思うけど……そんなこと教えてくれなかったから、わからなかった。
それとも、ルディも支援士だから彼女の”商家の娘さん”という肩書きを知らなかったのかな?
「エルクリオの事は、普通の家に知られてないわけでもないだろ。 たまたまそっちの方を知ってただけじゃないのか?」
「あ……はいっ、そうですよ!! わ、私最近支援士になったばかりで、その、支援士としてのエミリアさん達のことも耳にしたことなくて……」
なんだか失礼なこと言ってしまったような気がするけれど、ディンさんの言葉に乗っかって、必死に弁解する。
エミリアさんの言葉は間違ってはいない……間違ってはいないけど、気づかれてはいけないこと。
……それにしたって、この人鋭い……
「……ふむ、まぁ確かにそういうこともあるかの」
「は、はい……みたいですね……」
「ただ、家の事は北部にいる兄さんが継ぐことになっておるし、支援士として活動している以上、家に迷惑もかけたくないし、頼る気も無いし……”エルクリオ”というファミリーネームは変えることのできない事実じゃが、私には、エミリアという名前があるのでな。 できれば”エルクリオの娘”みたいな呼び方はやめてくれぬか?」
「あ……はい」
同じ…なのかな……?
家の事にかかわるのが嫌になって支援士になったんだとすればこっちと理由は近いかもしれないけれど……エミリアさんの場合は、なんとなくそれとは違う気がする。
多分だけど、家のすることが嫌なわけじゃなくて……単に、支援士として活動したかったからしてる……
今の言葉から受けた印象は、そんな感じだった。
「……ふ~、あとは放置してても大丈夫そうね。 エミィごめんねー、お客さんまだいるかしら?」
……と、丁度そんなタイミングで、おくの部屋からまた別の女性が現れた。
着ている服は真っ白な上着だけど、ディンさんが着てるのとは違って、機能性がありそうな簡素なもの。
確か、白衣とか呼ばれてる衣装だったと思うけど……いかにもお薬を作ってます、といった風に感じられる。
間違いない、製薬系クリエイターのレイスさんだ。
「あ、あの……ルナドロップを引き取っていただけると聞いたので……」
早速、持ってきた袋を差し出して話しかけてみる。
それに対して、一瞬きょとんとした表情を見せたレイスさんだったけど、その次の瞬間にはにこりと笑ってその袋を受け取ってくれた。
……かと思いきや、それをそのままテーブルの上において、近くにあった棚から薬のようなものを取り出してくる。
「なんですか? それ」
「ん? そうね、コレが本物かどうか見分けるための薬品かしら」
「……本物って……あの、それは確かにルナドロップですよ?」
そうだ。 自分で夜に光る草を、この目で見て採ってきたのだから間違うはずが無い。
それを本物とかニセモノって……
「……ふむ。 まぁお主の気持ちはわからないでもないが、中にはよく似た雑草をルナドロップと言い張って持ってくる連中もいるということじゃよ」
「そ、そうなんですか……?」
「まぁ、私としてもせっかく持ってきてくれたのを疑うとかしたくはないんだけどね。 エミィの言うとおり、そういうのがいる以上確認は必要なのよ」
あははは、と笑いながらそう言って、袋の中から5枚ほど葉っぱを取り出し、ビーカーの中に放り込むレイスさん。
その後に、さっき棚から取り出した薬品を注ぎ込むと……それに浸かった葉が、あの夜の時と同じように光り始めた。
レイスさんはそれを見て一度うなづいたかと思うと、また一枚をとりだして薬の中へ。
それも同じように光り始め、しばらく眺めていると……ゆっくりと、6枚すべての葉っぱから輝きは消えていった。
「ん、てきとーに選んで全部本物なら、大丈夫かな」
そしてそう口にすると薬をまた別の容器に捨てて、その反応に使っていた葉っぱは近くにあったゴミ箱に。
……とりあえず本物だってわかってもらえたのはよかったけど、ひとつ疑問が残る。
「……あの、その薬で本物がわかるのでしたら、新月の日じゃなくても採れるんじゃないですか…?」
反応する薬を使えるなら、それを使えばわざわざあんな中に飛び込む必要を感じないけれど……
「うーん、それができたら確かに苦労しないんだけどね。 さっきの量で反応が確認できるのは10枚前後だし、あの薬使っちゃうと葉っぱのほうも使い物にならなくなるのよ」
「それじゃあ……」
「世の中そんなにうまくいかないってこと。 まぁ、とりあえずお代払うからまっててね」
もう一度にこりと笑うと、ルナドロップの詰まった袋を持って奥の部屋へと戻っていく。
……クリエイターさんも、葉っぱとかの材料集めるの大変なんだな……
「難しいものじゃよ、何事もな」
そんな様子を見ながら、どこか楽しそうに微笑むエミリアさん。
……きっとこの人くらいになると、冒険することを心の底から楽しんでいるんだろうな。
「それじゃ、お金がこれだけと、あと回復剤もつけたげる」
「あ、ありがとうございます」
実際にどのくらいの金額で売れるものなのかはわからないけど、また奥から出てきたレイスさんの手からお金とお薬の入った袋を受け取った。
少し中を覗いてみると、ルナドロップの光とよく似た色の液体が、小瓶の中に入っていた。
……もしかして、これがルナドロップを材料にした回復剤?
今作ったってわけでもなさそうだし、作りおきとかもあったのかな。
「ルディ君にもよろしくいっといてね。 お互いにお得意様なわけだし」
「あ、はい。 わかりました」
とりあえず頭を下げて出て行こうとしたところで、そう呼びかけられた。
お得意様ってことは、ルディとこの人も付き合いが長いってことになるのかな。
……って、あれ?
「私、ルディのお使いって言ってましたっけ?」
もちろん、レイスさんとは初代面で、ルディのことは一度も話していない。
まったく情報もないはずなのに、なんでわかったんだろう。
「ん? …………まぁ、この草持ってくる人ってけっこう少ないからねぇ。 多分そうじゃないかなーって」
なぜかちらりと窓の外へと目を向けていたのが目に入った。
……つられるようにして同じ窓から外を覗いてみるけれど、その向こうにはあたりまえの町並みが広がっているだけで、なにか変わったものが見えることはなかった。