「わぁ、気持ちいいですねー」
たくさんのお客さんをのせて街道を走る馬車から身を乗り出すようにして、遠ざかっていくリエステールを見つめながらそう口にする。
これまで、町の間の移動は護衛やアイテムの採取などの依頼をかねた徒歩ばかりで、こうやって馬車を利用して外を走るのは始めてだった。
変に身構えると余計に不自然になると言って、無理に
故郷から離れようとすることは無いとルディは言っていたけど、やっぱり身を隠している立場としては、こうやって家のある街から離れると、”見つかるかもしれない”という意識は少し軽くなる。
……いっそのこと、リックテールまで行ってしまいたい気分もあるにはあるけれど……
「気になるのかしら?」
「な、なにがですか?」
「家の事。 お父様やお母様、今頃しんぱいしてるかしらー、とか思ってるんじゃない?」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言いきれない。
家を出てからもう一週間以上は経過しているし、家の財力とかも考えてみると、行方不明になった娘の捜索に支援士を何人も雇っていてもおかしくないようにも思える。
……けれど、そんな話は全く聞かないし、リエステールにいた時もそれが騒がれているような様子は無かった。
「……お父様、私の事なんて、本当に結婚の道具にしか思っていなかったのですか……?」
誰に、というわけでもなくそう呟いてみる。
それに答えてくれる人はいないけれど……なんとなく目のやりばに迷い、馬車の中の方にいるルディの方へと目を向けてみた。
「寝てるわよ」
馬車に乗ってから走り出したその時点ですでにルディは眠ってしまっていて、未だに目を覚ます様子は無い。
ジョブとしての特技もあるから夜の間に仕事をする事が多いけれど……やっぱり、夜型の生活に馴染んでるのかな?
「ま、気まぐれなヤツだから気にするこたー無いわよ。 それより、ノド乾いたからお茶くれない?」
「あ、はい」
……まぁ、確かに気にしていても仕方がないのかもしれない。
とりあえず、ベルに水筒の御茶を渡そうと、カバンから専用の小さなコップを取り出した――
「あっ…」
――つもりだったけど、その直後に手がすべり、コロコロとコップが馬車の床を転がっていってしまう。
慌てて拾おうと手を伸ばしたけれど、それも一瞬間に合わずに、コップは手をすり抜けて行ってしまった。
「っと、大丈夫ですか?」
けれど、ころがっていった先にいた人が、コップを拾いあげてこっちに差し出してくれた。
見てみると、確か十六夜で着られているという”和服”と呼ばれる衣装に身を包んだ、一人の男性が目に映る。
「全く、何してんのよあんたは」
一歩遅れて、男の人が拾ってくれたコップを取り上げるように受け取るベル。
その険悪な目は明らかにこちらに向けられていて、見るからに不機嫌そうな表情を見せていた。
……かと思えば、どこから取り出したのか一枚の布きれでコップの表面を拭くと、”つげ”とでも言うようにこっちに突き出してくる。
サイズ的に自分で水筒が持てないのはわかるけど、この態度は少しいただけない部分もあるかもしれない。
……今回ばかりは、否はこちらにあるのだけれども。
「しかし、妖精連れとは珍しいですね」
「ホントホント、ボク、妖精なんて始めて見たよ」
そんな様子を見ていたらしいさっきの男の人……と、たぶんその連れの人だろう女の人が、なんだか楽しそうな調子でそう声をかけてくれた。
……でも、ベルは妖精なんかじゃなくて……
「私は悪魔よ。 確かに今はこんなナリしてるけど……」
とりあえず、ベルもお茶を口にしながらいつもの調子で言葉を返していた。
「ふーん、でも小さくて可愛くて、とても悪魔なんて思えないよー。 ねぇ、さわっていい?」
「ジュリア、それはさすがに失礼というものですよ」
「えー、カネモリもケチなこと言わないでよー」
「……あのね、私はオモチャじゃないし、許可なら私に求めるのが普通でしょ?」
「え、さわっていいの?」
「ヤダ」
もう打ち溶けあっている……と言っていいのかどうかは分からないけれど、会話はうまくとおっているみたい。
……カネモリさんとジュリアさんか。 なんだか、いい人そうだな。
「あ、あの、お二人は旅をしているのですか?」
旅は道連れ世は情け……という言葉を聞いた事がある。
こうしで話をするのも何かの縁だろうし、馬車でも町ひとつを行こうと思えばそれなりに長いし、その間の会話を楽しむくらいは許してくれるだろう。
「……私は屋根の上にでも行っとくわ、うっとーしいし」
かと思っていると、どこか疲れたようにそんな声を出したベルが、馬車の外へ出て上の方へと飛んで行ってしまうのが見えた。
……うーん、機嫌損ねちゃったのかな……
「そうですね、私達は風の元素というものを捜す旅をしているのデス」
そんな中、カネモリさんは少し笑って私の呼びかけにこたえてくれていた。
「風の元素……ですか?」
だから、こっちも何事もなかったように振舞うことにする。
……それにしても聞いた事のない名前のアイテムだけど、語感から考えると風に関係する何かの材料なのか……な…?
「……んぅ……?」
なんだろ…急に、すごく眠く……
「くっ…これは……?」
見ると、カネモリさん達や周りにいる人達……それに、騎手の人や馬車を引く馬達も、今にも眠りに落ちてしまいそうにフラフラとしている。
……一体急に何が起こったのか……その時には、既にそれだけの事も考えられないほどに眠気が強く……後から思い返してみれば、意識が途絶えるまでに、そんなにかからなかったような気がする。