※前半は虐待成分無し
長いです
自分は何から逃げているのか。
男の頭はさっきからその問いかけを繰り返している。
「はっ・・・!はぁっ・・・・・!!」
夜の帳の降りきった森の小道に、男の走る足音と荒い息づかいだけが聞こえる。
逃げ始めてからどのくらいになるだろうか。
男は村の中でも比較的若い樵(きこり)であり、この日も遅くまで斧を手に汗を流していた。
ここは幻想郷。妖怪が跋扈し始めるこの時間まで森にいたのは、何も男が迂闊であるからではない。
ここ一帯は村とはさほど離れているわけでもなく、妖怪が出た試しもない比較的安全な場所であるからだ。
しかし、そんなことは男にとって何の気休めにもならない。
自分を襲った「何か」に噛まれた右肩が熱い。
きっと明るみに出れば、ぞっとするような傷跡が広がっていることだろう。
「は・・・・・!!」
村の灯りが見えてくる。
男は最後とばかりにあらん限りの力を足に込める。
一気に畑を突っ切り、村の広場まで出ると、男の妻がいた。
「おかえり・・・・えっ!!」
村の広場についた男は、妻の驚く声にへたり込んだ。
(・・・・・あれは・・・・?)
妻に包帯を巻かれ、父親からの質問を受けながら、男は今一度、考える。
自分を襲ったあれは?
猪ではない。
熊でもない。
ましてや・・・妖怪でもない。
(あれは・・・確かに・・・)
しかし、あり得ない。
あり得ないことだった。
「何にやられたんじゃ!?獣か、それとも」
「お父さん、今はこの人も混乱してるでしょうから・・・」
(確かに)
「うーん・・・・。」
起き抜けに、上白沢慧音は白い腕を大きく伸ばす。
青く澄み、天高く何とやらそのものの秋空が広がっている。
「・・・寝すぎたか。まあ、約束には間に合うだろう。」
時刻は昼。普段里の誰よりも早く起きる彼女にしては遅い時間だ。
無理もない。
つい最近までのうだるような暑さで、夜は寝付けず朝は汗の感触で目が覚めるということを繰り返してきたのだから。
朝寝は一年で一番過ごし易い季節の、ある意味最も簡単な満喫法と言える。
「いい季節になったものだ。」
起き上がり布団を畳むと、顔を洗うために立ち上がった。
「「先生、おはようございます」」
「うむ、おはよう。」
家を出た直後に寺子屋の教え子達とすれ違った。
「今日はどこ行くの?」
「ああ、隣の村へ行ってくるよ。」
「ふーん、いってらっしゃい!」
ちなみに、収穫期であるため寺子屋はしばらくお休みだ。農家にとって子どもも重要な労働力である。
慧音のところへ、隣村の村長が訪ねてきたのは昨夜だった。
「息子が襲われただと?」
「ええ・・。」
「私のところへ訪ねてきたということは、妖怪か。待っていろ、すぐに妹紅にも言って」
「いえ、襲ったのは妖怪ではないみたいなんです。それだけは本人がはっきりと。」
「では?」
「ええ、それが、本人も要領を得ないようでして・・・。とにかく、明日本人からの話を聞いていただけませんか?」
「大方熊か何かの仕業だろうが・・・・。」
歩みながら呟く。妖怪ではないにしろ、熊であるだけでも十分な脅威だ。
「しかし、確かめてみらんことにはな。」
村に着くと、子どもの声での挨拶が出迎えた。
「「お姉さん、こんにちは!!!」」
「こんにち・・・は?」
子ども達ではなかった。
ゆっくりれいむとまりさの二匹である。
「お前達・・・」
「ゆ!お姉さんこの村は初めて?ゆっくり案内するよ!」
「あ、ああ。」
別段初めてではないのだが、面食らってそう答えてしまう。
「行き先はどこなの?」
「そ、村長殿の家だ。」
「わかったよ!しゅっぱーつ!!」
ぴょんぴょんと慧音の前を跳ねて行く二匹。
(頭についているバッジ・・・)
「お前達、ゆっくりブリーダーのところのか?」
「そうだよ!れいむとまりさはこの村の道案内を任せられたんだよ!」
「楽しいか?」
「うん、楽しいよ!」
「まりさ達色んな人とお話しできるんだよ!!」
「そうか。」
慧音は驚いていた。
利己的かつ生意気な行動で駆除の対象となるゆっくりが、人間の手によってここまで
意思疎通が出来、しかも仕事を任せられるような存在になるとは。
二匹の後を追いかける慧音は、やがて畑にさしかかった。
並ぶ畑の中で一際目立つのは、向日葵を中心とした色鮮やかな花が躍る、畑としては小規模のものだ。
背の高い花のただ中で、慧音の腰くらいの身長の、チェック柄の服を着た女の子が立っている。
麦わら帽子姿でじょうろをかざすその姿は、花畑の中にあってひたすら牧歌的だ。
「奇麗だな。」
「ゆー!のうかりーん!」
「へ?」
帽子がくるっと向こうを向くと、慧音は再び目を剥いた。
そこにあったのは、緑髪のゆっくりの顔だった。
「この子もゆっくりなのか・・・?」
のうかりん。
四季のフラワーマスター・風見幽香に似た姿をもつゆっくりゆうか。
元々知能も身体能力もゆっくりの中では高く、更に固有の特徴として花を育てる。
極めて希少性の高い体つきとなると更にその傾向が強くなり、花の他にも人間が食べるような農作物も手がけるようになり、
見た目も麦わら帽子と農家風(?)となるため、のうかりんという呼称で呼ばれている。
「全部一人でやっているのか?」
「・・・ちぇん、手伝ってくれる。」
ややぶっきらぼうに慧音の質問に答えたのうかりんの背後から、ゆっくりちぇんが飛び出してくる。
「お姉さん!お客さんだねー、わかるよー。」
「慧音様、いらしてたんですね。」
背後からの声に振り向くと、一人の青年が立っていた。
「あ!おにーさん!!」
青年に駆け寄って行くれいむ達二匹。
「すると・・・お前がブリーダーなのか?」
「おかげさまで・・・先生。」
ゆっくりブリーダーの青年は、寺子屋の生徒だった。
「まさかあのお前がブリーダーとはな、驚いたぞ。」
「そうですか?あの頃から動物とか好きだったんですよ。」
「いや、お前が根気のいる作業が出来るとは思わなんだ。お前達の代で一番私の頭突きを食らったお前が。」
「はは、彼はいい加減頭が割れるんじゃないかともっぱらの噂でしたよね。」
「馬鹿者。」
談笑しながら村長の家へ向かう二人。足下にはおなじみの二匹。
「それはそうと。」
「何ですか?」
と、いきなり青年の手をとり、がしっと自分の手を重ねる。
「え」
「私は今、猛烈に感動している!!」
慧音の目には炎が宿っていた。
(始まっちゃった・・・)
青年は内心呟く。
「ゆっくりと人間との共存の可能性を見せてもらった!いち教育者として、お前に敬意を表する!!」
「せ、先生・・。」
「そもそも教育とは知性ある万物に施されるべきものであり・・・」
こうなったらもう止まらない。青年は引きつり笑いで言葉の奔流を受ける覚悟をした。
「ゆ?お姉さん、村長さんの家に行かなくていいの?」
「それはつまり・・・あ、いかんいかん、そうだったな。」
(・・・・ナイスまりさ!!)
「ところで慧音様、村長の家には何の御用で?」
「ああ、それがだな。」
ふと表情を引き締める慧音。
「お父上から話は聞いた。その傷、森でやられたのか?」
「はい・・・・。」
村長の家に着いた慧音は、早速村長の息子ー男と対面していた。
庭では青年とれいむ、まりさが遊んでいる。
「妖怪ではないと聞いたが、君を襲ったものは何なのだ?」
「・・・・。」
「暗い中食いつかれたのだ、混乱してはっきりとわからないのも無理はない。
だが妖怪ではないと言うのなら、それなりの目星はついているのだろう?」
「・・・信じてもらえないかもしれませんが・・・。」
「ふむ?」
正座した膝に置かれた男の手が、ぎゅっと握りしめられる。
「あれは、ゆっくりでした・・・!!」
昨晩、男は目当ての木を切り、いくつかの丸太に分けたところで仕事を切り上げようとした。
「ゆっくりしていってね」
ふと、背後から聞こえるおなじみの声。
振り向くと、そこにゆっくりの姿は無く、代わりに持って帰る丸太の一本が無くなっていた。
目の前の茂みではがさごそという音が。
大方いたずらで丸太を隠そうとでもしたのだろうが、あまりにもお粗末なやり方。
今日の成果を隠した不届きものを踏みつぶそうと男は茂みに踏み入る。
そこで見てしまった。
丸太を齧り、ぼりぼりと咀嚼する二匹のゆっくりを。
ゆっくりが丸太を齧れるだろうか?
いや、そもそも丸太を運べるだろうか?
そう思い至るのと、二匹が振り向くのが同時。
「おじさん・・・ゆっくり・・・・シテイッテネェェェエ!!!」
自分に向かって跳躍する、白黒帽子。
その口には、ぞろりと牙が並んでいた。
「・・・にわかには信じ難いが・・・。」
「もしかしたら、自分の頭がおかしくなっているのかもしれません。
しかし、もし本当にゆっくりだとしたら、皆にも危険が及びます。
お願いです慧音様、この件、協力していただけないでしょうか?」
「承知した。正体が何にせよ、人間にそのような傷を負わせる
ものを放っておく訳にはいかんからな。」
「!ありがとうございます!!」
「寺子屋はしばらく休みだから、この村に留まって調査をしよう。宿を貸してくれるか?」
「もちろんです。」
皆が寝静まったその夜。
月に照らされた鶏小屋から、ぶちっ、めきめきという音が。
中でうごめくのは二つの影。
月光に浮かび上がるのは、血まみれの鋭い歯並び。
それと、白黒帽子と赤いカチューシャだ。
「うめ・・・・めっちゃ・・・ウメェ」
お久しぶりです、ゆっくりゃバーガーの人です。
思ったより長くなってしまい、分けることにしました。
続きは2、3日中に上げられると思います。
最終更新:2008年09月27日 17:43