灰色に染まった壁と、鉄格子で区切られた窓。
冷たく、硬い地面。
無機質に区切られた小さな部屋で、1匹のゆっくり霊夢が途方に暮れていた。
大きさはバスケットボールほどにもなる。
そして頭には、一本の茎が生えていた。
「あかちゃんもゆっくりできないよ!」
心配そうに見上げた茎には、9匹の赤ちゃんゆっくりが実っている。
れいむ種が5匹、まりさ種が4匹。
どれもプチトマトより一回り小さいが、あと数時間もすればぷっくりと実って生れ落ちるだろう。
「まりさ!どこにいるのぉお!?」
何も置かれていない、8畳ほどの部屋。
その部屋の中心でれいむは叫んだ。
茎に実った赤ちゃんに気をつけながら周囲を見渡すが、最愛のゆっくり魔理沙はどこにもいない。
「まりざあ・・・まりざぁ・・・」
赤ちゃんを身ごもっているゆっくりは、パートナーへの依存度が高い。
このれいむも例外でなく、姿の見えない伴侶を求めて身重の体を引きずり這いずり回っていた。
「まりさ・・・にんげんにいじわるされてるのかな・・・まりさ・・・あいたいよ・・・いっしょにゆっくりしたいよ・・・」
れいむはこの部屋に連れてこられた時のことを思い出していた。
それは昨日のこと。
れいむとまりさは森の入り口で日光浴をしていた。
春先とはいえ、まだ寒さの残る日が多い。
あたたかいお日様にあたって赤ちゃんにゆっくりしてほしい、まりさが提案したことだ。
最初、れいむは反対した。
自身の両親は日光浴の最中に人間に捕まったからだ。
それも、茎に命を宿しているときに。
人間達は両親に宿った、妹となるはずの赤ちゃんを皆殺しにした。
巣穴を襲撃され、茎を同じくした姉妹が次々と殺され、一家は崩壊した。
れいむが助かったのは、親のまりさが最後まで諦めずに守ってくれたからだ。
だが結局親まりさは力尽き、残ったのはれいむ1匹となってしまった。
れいむは住み慣れた土地を逃げ出した。
ただ怖かった。
川を越え、野原を越え、山を越え、皮がぼろぼろになりながらもれいむは生き延びた。
時は流れ、あのときの親ゆっくりと同じくらいの大きさにまで成長できた。
だが人間への恐怖心がなくなることはなかった。
かつての両親の姿が頭によぎり、外に出る気が起きなかったのだ。
しかし、赤ちゃんに日光浴をさせてあげたい気持ちもあった。
いつもおいしいご飯を取ってきて、自分をゆっくりさせてくれた親まりさ。
幼い自分を必死で守ってくれた親まりさ。
そんな親まりさを、れいむはずっと尊敬していた。
自分も赤ちゃんだけは何があっても守る、ゆっくりさせてあげると決めていたのだ。
パートナーのまりさは言った。
れいむとあかちゃんはまりさがぜったいにまもるよ、と。
だかられいむはその言葉に甘えることにした。
「ゆっくりしたけっかがこれだよ・・・ゆぅぅぅぅ・・・」
結局、親と同じように人間に捕まってしまった。
まりさは懸命に戦ってくれたが無駄だったのだ。
れいむの前に一人の男が現れた。
右手はまりさの底部を掴み、逆さ吊りにしている。
「ゆっ!おにいさん、まりさをかえしてね!!」
れいむは餡子脳ながらも、その男を覚えていた。
自分とまりさを誘拐した男だということを。
「ほらよ」
ふわりと宙を舞い、まりさは硬い床に落とされた。
「ゆべへっ!」
顔面から落下したまりさに、れいむは擦り寄った。
幸い、餡子は吐いていない。
死ぬことはないだろう。
「まりさ、まりさっ!ゆっくりしよう!ゆっくりしていってね!!」
なかなか顔を上げないまりさ。
れいむは不思議に思い、まりさの体を見回した。
「ゆっ・・・!?」
丸々とした、美しい曲線を描いていたまりさの輪郭は、どこにもなかった。
あちこちが歪み、ところどころ陥没や隆起を繰り返している。
何度も殴られたであろう皮は、餡子の色がうっすらと滲み、黒いアザを作っていた。
逆さ吊りにされて帽子が落下しなかったのは、ぼこぼこになった頭部がうまいこと引っかかっていたためだ。
「ど・・・どうして!?まりさ!!あのにんげんにやられたの!?」
れいむは男に振り返り、威嚇をしようと息を吸い込んだ。
だが、途中で膨れるのをやめた。
膨れて不用意に茎を動すと赤ちゃんに悪影響があるかもしれない、れいむはそう判断したのだ。
「おにいさん!れいむはゆっくりおこったよ!!まりさにひどいことをしないでね!!」
精一杯の抗議。
しかし男はれいむの言うことなど気にもせず、籠から道具を取り出し吟味していた。
ハンコほどの太さがある鉄の棒と、ハエ叩き、アルコールランプ。
れいむには、何に使う道具なのか理解できなかった。
「れ、れいぶぅ・・・・」
背後から聞こえてきたまりさの声に、れいむは振り返った。
「ま!まりざぁああ!!?」
まりさの顔面は真っ黒に腫れ上がり、不気味な色をしていた。
暴力に耐え切れなかった内部の餡子が行き場を失い、皮の下で蠢いているのが見て取れる。
皮に傷らしきものはなかった。
人間で言うと、内出血に近い状態かもしれない。
「ごべんねぇ・・・まりざあ・・・・ごべんねえ・・・」
痛みを少しでも和らげてあげたい。
そんな思いから、れいむはまりさに頬擦りをした。
「ゆべぇっ!!いぎゃぁっ!!いぢゃいいい!!」
膨れた傷に力強く押し付けられたれいむの頬は、まりさに激痛をもたらした。
「やめでぇ!いだいよぉ!!!」
予期せぬ悲鳴に、れいむは思わず体を引いた。
そしてその言葉の意味をゆっくり理解する。
「ご、ごめんねまりさ!もうすりすりはやめるよ」
まりさは触れられた頬が痛いのか、目から涙をこぼした。
「ごべんねれいぶ・・・まりざ、れいむをまもっであげられながった・・・!それに・・・ありざのがわぃいかおがぁ・・・!」
「ゆっ!?ちがうよ!まりさはわるくないよ!!ぜんぶあのおにいさんがわるいんだよ!!」
元はといえば、いきなり自分たちを誘拐したあの人間が悪いのだ。
頬をあわせることはできないが、れいむはまりさに寄り添う。
そしてまりさの分の怒りも込めて、れいむは男を睨み付けた。
男はそのやりとりを冷めた目で見ていた。
この2匹を捕まえてから、男はまりさだけを隔離し暴行を加えた。
男にとって、まりさは重要ではなかった。
れいむの茎に実る赤ちゃんが大きくなるのを待つ間の退屈しのぎに利用されただけだ。
捕獲の際、邪魔をしたことに対する制裁の意味もあったが。
暴行に使われたのはハエ叩き。
竹製のごく一般的なものである。
スナップをきかせて延々と叩いた結果が、あのボコボコ饅頭である。
ハエ叩きは当たる部分の面積が大きいため、皮を破ることなく衝撃だけを伝える。
右頬、左頬、底部に頭頂部、後頭部。
全身余すところなく叩かれたまりさは、動くことすら苦痛なはずである。
念入りに叩かれた顔面は、見るも無残なほどに黒あざだらけだ。
『やめて!もういたいのいやだよ!』
『いだいよぉ!まりざのおかおがぁ!』
『きぼちわるいよ!なかがきもちわりゅいぃ!』
そんな叫びの声を掻き消すように、男はハエ叩きを振り続けた。
最後の頃になると、その場にいないれいむにまで助けを求めていた。
れいむを守るために戦っていたというのに、そのれいむに助けを求めるとはなんとも情けない話だ。
そして今、れいむの茎に実る赤ちゃんはプチトマトよりも一回り小さいくらいに成長していた。
捕獲した時点ではビー玉ほどであったから、だいぶ大きくなったといえる。
もうまりさに用はない。
男はハエ叩きを手に取った。
「ゆっ?おにいさんなんなの!?ゆっくりこないでね!!」
男に振り返り、れいむは警戒態勢をとる。
まりさは男の手に握られたハエ叩きを見て、黒あざだらけの顔を青くした。
「やぁああ!!!いだいのいやだよぉおっ!!!もうたたがないでえええぇぇ!!!」
ひゅんひゅんと、風を切る音を立てて男は素振りをした。
まりさの様子を見て、れいむはとっさに男の前に立ちはだかったが、横を難なく素通りされてしまった。
「さあ、続きをやろうか」
「ゆぅああ!!ゆるじでね!!もうゆるじでねえ!!」
壁に追い詰められたまりさに、容赦なくハエ叩きが飛ぶ。
鼓膜を突き抜けるような、乾いた音が部屋に響いた。
「ゆべえ!!いだいよぉお!!やめでええ!!」
倒れようとするまりさ。
そうはさせまいと、まりさの顔面に向かってハエ叩きがアッパーをする。
「びっぶぅ!!ゆぅぐぅ!!」
仰向けに倒れたところで、男は右頬と左頬に往復ビンタのごとく連続して攻撃をする。
手首のスナップが重要な技である。
「おにいさんやめてね!!まりさがいたがってるよ!!ゆっくりしないでやめてね!!」
ずりずりと近寄ってくるれいむに向かって、男はハエ叩きを突きつけた。
「赤ちゃんを叩き落としてやろうか?」
その言葉に先に反応したのはまりさであった。
「やべてね!まりざとれいむのあがぢゃんをいじめないでねっ!!」
「まりさ・・・!」
「れいむぅ、れいむは離れててね・・・!まりさならだいじょうぶだよ!」
必死で体を起こすまりさ。
それを見たれいむは無言でうつむくと、男から離れた。
「まりさぁ・・・」
「ゆっくりしていってね!!あかちゃんといっしょにゆっくりしていってね!!」
れいむに笑顔を見せたまりさだが、すぐにその表情は崩された。
やむことのないハエ叩きの嵐。
皮が破れないから餡子も漏れない。
いつまでもまりさの苦痛は続いた。
「まりさ・・・!まりさ・・・!」
れいむはただ、愛するものの名前を呼ぶことしかできなかった。
10分もすると、まりさは声すら上げなくなった。
男がハエ叩きを振り上げたまま、動作を止めた。
ドラ焼きのように平べったくなったまりさは僅かに痙攣しているものの、動く様子は見られない。
「まりざぁああ・・・・!!」
近寄ろうとするれいむに、男はハエ叩きを向けて牽制した。
「そろそろいいか。じゃあな、まりさ」
そう言うと男は立ち上がり、まりさを見下ろした。
一瞬、れいむに視線を移したがすぐに戻す。
「なにをするのぉぉ!?まりざをいじめないで!!」
れいむが言い終えるのを確認し、男は右足でまりさの体を蹴り飛ばした。
「ゆ゙っ!」
それだけ言い残し、饅頭もといドラ焼きがはじけ散る。
飛び散った餡子が壁にこびり付いた。
「い゙ゆあぁあ゙ああ゙ああ゙ああぁぁ!!!!!まりざああ゙あぁああぁあ゙ああ゙あ!!!!」
形が歪んだ帽子を前に、れいむは泣き崩れた。
最後まで赤ちゃんと自分を守ってくれたまりさ。
ありし日の親まりさと姿が重なり、れいむは赤ちゃんのことも忘れて泣き叫んだ。
「静かにしろ」
れいむの頬に、強烈な衝撃が走る。
「ゆびぃっ!?」
ひりひりと頬が痛む。
男の手に握られたハエ叩きを見て、れいむはその痛みの正体を知った。
まりさはこんなに痛いことをされていたんだ、れいむは身の危険よりも先にまりさへの感謝を覚えた。
「やべでえ!!れいむにはあがぢゃんがいるんだよ!!やべでねえっ!!」
「だったら黙っていろ。それなら叩かない」
普通だったら構わず泣き叫ぶところであったが、頬の痛みが冷静な考えを生み出した。
いま泣き叫んではまりさが守ってくれた赤ちゃんが危険にさらされる、と。
「ゆっ・・・・!ゆ・・・・!」
れいむはこぼれそうになる嗚咽をどうにか喉の奥に押し込め、代わりに涙を垂れ流した。
「そうだ。そうやって黙っていれば叩かない。赤ちゃんもちゃんと産める」
ハエ叩きを無造作に床に投げ捨て、男はアルコールランプに火をともした。
「ゆっ・・・!」
燃え上がる炎に、れいむは餡子が冷える思いをする。
それは本能からくる反応でもあったし、経験からくる反応でもあった。
れいむは以前、足(底部)を人間に焼かれ、動くことができなくなったゆっくり魔理沙の話を聞いたことがあったのだ。
あのゆっくり魔理沙も、人間に捕まった伴侶や子供を殺されて開放されたのだという。
男は右手に持った鉄の棒を火にかざしていた。
長さも太さも、ハンコほどだ。
熱で火傷をしないため、手ぬぐいのようなものを間に挟んで棒を持っている。
「さっきお前を叩いた道具、それで生まれたばかりの赤ちゃんを叩いたらどうなると思う?」
れいむに目線を移すことなく、男は言った。
声を出していいものかれいむは迷ったが、これはきっと大丈夫だろうと判断した。
「ゆっ・・・」
声に出すのも恐ろしい、れいむは返答に困る。
だが黙っていては、また叩かれてしまうだろう。
れいむは意を決して答えを告げた。
「・・・つぶれちゃうよ。・・・やめてね!おねがいだよ!」
餡子脳でも簡単に導き出せる結論だ。
あの叩く部分は赤ちゃんゆっくりの体よりもはるかに大きい。
さきほどの力で叩かれれば、簡単に潰れてしまうだろう。
「よくわかってるな。じゃあ俺の言うことを守れば赤ちゃんは潰さない」
「ゆっ!はやくおしえてね!!ぜったいにまもるよ!!」
火にかざした鉄の棒を見ていた男の目が、れいむを捉える。
「目を閉じて、俺がいいというまで黙っていろ。そうしないと・・・」
「ゆっくりとじるよ!だからあかちゃんをいじめないでね!!」
言い終える前にれいむは目を閉じた。
理解の早いゆっくりに、男は関心した。
「いいって言うまでだぞ。途中で目を開けたら、赤ちゃんがまりさみたいになるぞ」
「ゆぎっ・・・!ぜったいにあけないよ!!」
まりさみたいに、という表現にれいむは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、目は閉じたままであった。
それを確認すると、男は熱した鉄の棒を火の上かられいむの頭上に移動させた。
そこにいるのは丸々と実ったれいむの赤ちゃんだ。
どれも順調に育っているが、まだ生れ落ちるほどではない大きさ。
男は一番手前にいた赤まりさに目をつけた。
左手に持ったピンセットで、ぴっちりと閉ざされた赤まりさの口を開ける。
目を閉じたままの赤まりさが表情に疑問符をつけるが、そんなものはどうでもいい。
赤まりさの口は、成長段階だけあってあまり大きくなかった。
ハンコの太さがぴったり合うくらいだろう。
喉も小さく、綺麗に研いだ鉛筆で穴を開けたくらいの大きさだ。
声は出るのかわからない。
男は熱した鉄の棒を躊躇うことなく、赤まりさの口内に押し込んだ。
予想通り、太さはぴったりであった。
「ゅ゙っ!?」
蚊の消え入るような、小さな悲鳴が男にだけ届いた。
れいむは赤ちゃんの危機も知らずに、目を閉じたまま待っている。
高温の鉄の棒は赤まりさの口内を焼き付けていく。
何度か鉄の棒を火に当て直しながら、男は鉄の棒で赤まりさの口内をこねくりまわした。
赤まりさはどうにか苦痛から逃れようと体を揺するが、男相手では無意味であった。
男が棒を抜くと、口をあけたままの赤まりさがいた。
口内はコゲで硬くなり、閉じることもできない。
喉も完全に焼き潰れたため、声を発することも、ものを食べることもできないだろう。
口としての機能はなく、ただ窪んでいるだけ。
そのことをわかっているのかいないのか、赤まりさは今にも死にそうな顔をしていた。
閉じた瞳から今にも涙があふれそうである。
男は思わず顔がにやけた。
時間がかかったが、男は同じように全ての赤ゆっくりの口を丸コゲにした。
赤ちゃん達から「くち」がなくなってから10時間ほど経った頃。
「ゆっ!あかちゃんうまれるよっ!」
ようやく出産のときがやってきた。
口を開けたままの赤ゆっくりが揺れ始めている。
男は読んでいた本を床に置き、その光景を楽しそうに眺めた。
一段と揺れが大きくなったかと思うと、ぽとりと1匹の赤ちゃんが床に落ちた。
長女となったのは赤れいむだ。
「ゆっ・・・!」
声をかけようとして親れいむは口を閉じた。
赤ちゃんの第一声を待とうと思ったからだ。
だが、いくら待っても赤れいむは声を上げない。
口を大きく開いているが、そこから出てくるものはなかった。
「ゆっ・・・?がんばってね!!」
生れ落ちた感動に喜んでいた赤れいむの顔は、徐々に暗く落ち込んでいく。
懸命に体を揺すったり飛び跳ねている様子から、声を出そうと努力していることが見て取れる。
静かな部屋に、赤れいむの跳ねる音だけが空しく響いた。
「おちびちゃん!ゆっくりがんばってね!!がんばってね!!」
「・・・」
飛び跳ねるのを止め、親れいむを見上げる赤れいむ。
その目には、涙が溜まっていた。
「お゙ねがいだよぉおぉおおっ!! おかあざんとお゙しゃべりしよゔよぉお゙おお゙ぉぉ゙ぉぉ!!!」
涙のダムは、その言葉をきっかけに崩壊した。
何本もの涙の線が、赤れいむの顔に浮かぶ。
「ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってねっ!!!ゆっぐりじでいっでねええぇえっ!!!」
「・・・」
お手本を聞かせようと、親れいむは定番のセリフを壊れたカセットテープのように繰り返す。
親の期待にこたえたいのか、再び赤れいむは体をねじったり、飛び跳ねたりを繰り返した。
そのやり取りを見ていた男は笑みを浮かべていた。
ゆっくり達のアイデンティティーともいえるセリフ「ゆっくりしていってね」は、男によって赤れいむから永遠に奪われているのだ。
それも知らずに無駄な努力を続ける親子を見ていると、笑いがとまらない。
「ゆっ!?またうまれるよ!こんどはげんきなあかちゃんがほしいよっ!」
「・・・」
茎に違和感を覚えたのか、親れいむは茎を見上げた。
間接的にではあるが「元気でない赤ちゃん」の烙印を押された赤れいむは、恨めしい顔をして親れいむを見ていた。
ふらふらと揺れる赤まりさ。
それは最初に口を潰された赤ちゃんであった。
「ゆゆぅ!がんばってね!!ゆっくりうまれてね!!!」
赤まりさはゆっくりするはずもなく、すぐに茎から離れた。
赤れいむのすぐ横に落ちた赤まりさ。
まだ目も開けていなかったが、親れいむは待ちきれないとばかりに声を荒げる。
「ゆっくりしていってね!あかちゃんっ!!ゆっくりしていってね!!!ゆっくりしていってねっ!!」
今度の赤ちゃんは、ちゃんとおしゃべりができるはず。
親れいむの願いが声のボリュームを引き上げる。
「ゆっくり!!ゆっ!!!ゆっぐりじでねっ!!!ゆっぐりいいいいい!!!!」
とても赤ちゃんを迎える表情ではなかった。
赤まりさが最初に見た親の顔は、般若のごとく歪んだ表情であった。
「・・・」
驚いたが、声は出なかった。
口内はウェルダンを通り越して丸コゲなのだ。
赤まりさは体を起こし、声を出そうと体をひねった。
「ゆっ・・・!?こっちのおちびちゃんもなのぉおお!?」
その動きに、長女の赤れいむと同じものを感じる親れいむ。
しばらくすると、赤まりさは飛び跳ね始め、そして泣き出してしまった。
やっぱりこの子もおしゃべりができない子なんだ、親れいむはその事実を認めざるを得なかった。
「で、でもつぎのあかちゃんはきっとゆっくりできるよ!!」
茎を見上げる親れいむの目は、希望と不安が入り混じった色をしていた。
焼かれた時点でこの結果は決まっていた。
結局、生まれ落ちた赤ちゃんゆっくり9匹は、1匹として第一声をあげることがなかった。
「どぼじでぇ・・・・どぼじでなのぉお・・・!?」
9匹の赤ちゃんを前に、オロオロと対処に困っている親れいむ。
それを黙って見つめる9匹の赤ゆっくりも神妙な面持ちだ。
「ゆっくちさせて」「ゆっくちちたいよ!」「おかーしゃんとすりすりしたい!」などと一部の人間が聞いたら有頂天になるようなフレーズを言うものはいない。
中には涙を流している赤ゆっくりもいるが、口が笑っている状態のため、あまり可哀想に見えない。
「ゆっ・・・!」
親れいむは思う。
喋れなくても、自分とまりさの大切な赤ちゃんなのだと。
少し生活に困るかもしれないが、自分が守ってあげればきっと元気な、ゆっくりした子に育ってくれるはずだ。
この子達にとって、ただ一人のお母さんなのは自分。
亡きまりさが守ってくれた赤ちゃん。
自分を守ってくれた親まりさのようになるんだ。
親れいむは赤ちゃん達を正面から受け止める決心をした。
「みんな、ゆっくりしていってね!!!」
力強さを感じる親れいむの「ゆっくりしていってね」。
赤ゆっくりから不安が消えた。
このお母さんならゆっくりさせてくれる、そう感じるほど頼りがいのある声であった。
「それじゃあゆっくりごはんをたべようね!」
まずは赤ちゃんの旺盛な食欲を満たそうと考えたのだろう。
親れいむは水に濡れた犬のように体を揺すり、頭に生えた茎を落とした。
「ゆっくりたべてね!」
満面の笑みで親れいむは子供達を見守る。
赤ゆっくりの目も笑っていた。
幸せな家族のワンシーン、そうなるはずだった。
「ゆ・・・?ゆっくりたべてね?」
茎の周りに9匹の赤ゆっくりが群がっているのだが、1匹として食べる気配がなかった。
顔を近づけ、口に含むような動きをするが、それから先へは続かない。
口内は硬くて動かない、そして喉もないので飲み込めない。
男だけが赤ゆっくりの不思議な行動の理由を知っていた。
「ゆっ!わかったよ!」
何を思いついたのか、親れいむは赤ゆっくり達の間に押し入り、茎にかじりついた。
むーしゃむーしゃと言いながら、茎を咀嚼する親れいむ。
横取りされるのではないかと、不安な表情で9匹が見守っている。
「まずはおちびちゃんからだよ!」
一番近くにいた赤れいむに、親れいむは口を近づける。
そして、開きっぱなしの赤れいむの口に、噛み砕いて唾液まみれになった茎を流し込んだ。
「かたくてたべられなかったんだね!!でもゆっくりりかいしたよ!!」
記憶をたどり、自分が赤ちゃんであったときのことを親れいむは思い出していたのだ。
ご飯が食べられなかった自分におかあさんが、噛み砕いたご飯を食べさせてくれたことを。
口移しを終え、親れいむは達成感にあふれる顔になった。
「ゆっくりたべてね!むーしゃむーしゃだよ!」
だが赤れいむはそれに答えず、固まっていた。
開いた口には噛み砕かれた茎がそのまま残っている。
「むーしゃむーしゃだよ!!!ゆっくりりかいしてね!!むーしゃむーしゃだよっ!!!」
自分はできたこと。
それなのに、なぜ自分の赤ちゃんはできないのだろう。
親れいむの中に不安が広がり、声が荒くなっていく。
それを敏感に察知した赤れいむは、必死で飲み込もうと努力をした。
だが、開いてない喉にご飯は通せない。
しばらくすると、動くことをやめて親れいむを見つめ始めた。
助けてくれると信じて。
「・・・」
「どうじでぇ・・・?ごはんをたべないとゆっぐり゙できないのにぃいい・・・・」
他の赤ゆっくりにご飯を食べさせようとしたが、結果は変わらなかった。
途方に暮れた親れいむは、男に頼ることにした。
「おにいざん・・・・あかちゃんにごはんをたべさせてあげて・・・」
親れいむの顔はどことなく歪んで見えた。
涙で皮がふやけたのかもしれない。
「無理だな。赤ちゃんの世話はお母さんのお前が一番上手に決まってる」
「ゆぅ・・・そうだよね・・・ごめんね・・・」
「そんなお前が赤ちゃんにご飯を食べさせられないなんて」
「ゆゆ・・・」
「お前が無能なせいで赤ちゃん達はゆっくりできないんだよ。ダメな親を持って残念だったね、そこの赤ちゃん達」
男が言い終えると、赤ゆっくり達はうつむいていた顔を上げた。
その顔に涙は無い。
あるのは怒りの表情。
口は笑っているが、その目は鋭く、眉は45度を保っていた。
「ゆっ・・・?どうしたのおちびちゃんたち・・・?」
最初に飛び掛ったのは赤まりさだ。
プチトマトほどの赤まりさが、バスケットボールほどもある親れいむの頬にタックルを仕掛ける。
「ゆ!?」
特に反撃をしたわけでもない。
体格差から、親れいむは赤まりさを弾き飛ばしていた。
「どうしたの!?ゆっくりやめてね!!」
その赤まりさを引き金に、次々と赤ゆっくり達が親れいむに体当たりを始める。
無言で飛んでくる弾丸プチトマト。
顔には怒りと憎しみだけが写し出されていた。
「やめてねっ!!おかあさんだよ!?ゆっくりやめてね!!」
親れいむはケガをするどころか、痛みすら感じなかった。
質量も速度もない赤ちゃんゆっくりの体当たりには、攻撃のコの字すら感じられない。
しかし、親れいむはその衝撃を通じて赤ゆっくり達の声を聞いた。
『おまえのせいでゆっくりできない』『やくたたず』『それでもおやか』『ゆっくりしね』
『ゆっくりさせろ』『まりさがくるしいのはおまえのせいだ』『れいむはゆっくりしたいのに』
『おねがいだからゆっくりさせてよ』『もっとゆっくりできるおかあさんがほしかった』
無論、それは親れいむの餡子内で勝手に想像した言葉にすぎない。
だが赤ゆっくり達が訴えたい内容としては、正しいものだろう。
本来であれば、そっちの人たちが天にも昇るようなセリフで親を罵っているはず。
一言も喋ることなく体当たりを繰り返す赤ゆっくり達の姿は、実に新鮮だ。
先ほど弾かれた赤まりさは、ころころと床で数回転がると、すぐに立ち直った。
そして再び眉を引き締め、親れいむの元へ跳ね寄る。
今度は顎のあたりを目掛けて体当たりを繰り出し、また弾き飛ばされた。
赤まりさは言葉を発することなく、延々と同じような動作を繰り返した。
その異常な光景に、男は声を立てて笑い始めた。
親れいむが男を一瞬だけ睨んだが、すぐに赤ゆっくり達に向き直る。
「もうやべでえええ!!!ゆっぐりじでよぉおおおっ!!!」
壁に追いやられた親れいむが叫んだ。
相手は弱っている、と勘違いした赤ゆっくり達がさらに体当たりを加え始める。
赤ゆっくり達の体には、かすり傷ができていた。
親れいむにぶつかった時や、床を転がるときにできたのだ。
体当たりをする度に増え、見ていて痛々しいのだがそれでも懸命に赤ゆっくり達は立ち上がる。
それを見て、親れいむの心が痛む。
傷だらけになってまで自分を殺そうとする赤ゆっくり達に、体は痛まないが心が痛む。
ゆっくりさせてあげると誓った赤ゆっくりが、ゆっくりすることなく自分に立ち向かう。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
親れいむは嗚咽をこぼし、涙を流す。
それが赤ゆっくりを調子付けているとも知らずに。
「赤ちゃん達、ちょっといいかな」
猛攻を止めたのは、暢気に鑑賞していた男。
何かを期待しているのか、赤ゆっくり達の目が輝いている。
「君達、ご飯食べられないんだよね」
9匹が目線を床に移した。
親れいむだけは男の目を見たままだ。
「あんまり運動すると、おなかすいて死んじゃうよ」
「ゆっ!!」
親れいむは思わず声を漏らしてしまった。
ご飯を食べないと餓死してしまう。
そんなことにまで頭が回っていなかったのだ。
「ちびちゃんたち!うごいちゃだめだよ!!おなかがすいてしんじゃうよっ!」
その言葉に、赤ゆっくり達は顔を青くした。
もうすでに空腹感があるのだろう、迫りくる死をゆっくり理解したようだ。
「ゆぅぅううぁぁああ!!!どうじだらいいのぉおぉ!!??」
慌てふためく親れいむとは裏腹に、赤ゆっくり達は静かに瞳から雫をこぼした。
「泣いてると、喉が渇いて死んじゃうよ」
そもそも、喉が渇くどころかコゲている。
男の言うことがわかるのか、赤ゆっくり達は顔に力を入れて涙を止めようとした。
「はやくじないどあかちゃんがゆっぐりでぎなくなっぢゃうよぉおぉ!!!」
生まれたときからゆっくりしていない、男はそんな感想を持った。
8時間が経った。
男はその間、一切口を挟むことはなかった。
死のゴールが見えているゆっくり達をいじる、そんな無粋なマネはしない。
最期の時まで生暖かく、助かる道を探す親れいむを見守るのだ。
そんな道など存在はしないが。
「ああぁぁ・・・おちびちゃん・・・ごめんねぇええ・・・・」
今、1匹の赤ゆっくりが目を閉じた。
通算8匹目。れいむ種では最後の1匹となる。
あれから、赤ゆっくり達は何もしなかった。
忍び寄る餓死の足音におびえながら、目の前にいる親れいむを恨む事でなんとか正気を保っていたのだ。
憎しみに染まった8の瞳が、親れいむをずっと捉えていた。
赤ゆっくりは総じて体力が少ない。
小さな体では、体力となる餡子があまり確保できないからだ。
旺盛な食欲は、生きるための本能である。
親れいむへの攻撃と、それによって負った傷は予想以上に赤ゆっくりから体力を奪っていた。
7時間を越えた辺りで最初の1匹、赤まりさが永遠にゆっくりした。
それから先は早く、赤ゆっくりは次々と瞳を閉じた。
動かなくなった赤ゆっくりは、ほとんど皮だけの状態になっていた。
最後まで親れいむを睨み続けていた目の周囲や眉間に、深いシワが残っている。
「がわいいれいむがぁあ・・・!おめめをあげでねぇえ!!れいむ゙をにら゙んでもい゙いがらぁ・・・おね゙がいだよお・・・・」
れいむれいむと泣き叫ぶ親れいむを、最後に残った赤まりさが真っ赤になった目で睨みつける。
赤まりさの体はほとんど皮だけになっており、あちこちにシワが走っていた。
もう長くないはずだ。
そう思っていた男、そして親れいむも赤まりさの次の行動に驚く。
「・・・・ゆ゙っ!?」
たるんだ皮を引きずり、赤まりさは親れいむに近寄っていく。
その目に光はない。
幼くして死を受け入れた目。だが、その奥には黒く歪んだ感情が潜んでいた。
「まりざぁ・・・!ゆっぐりしようねっ!おがあじゃんがすりすりじであげるがらねっ!!」
隠された激情に気がつかない親れいむ。
最期の時を親である自分と過ごそうと思っている、そう勘違いした。
「ゆ゙!おがざんと・・・いっじょにゆっぐりじようねっ!!」
だから、親れいむは笑顔を作った。
赤まりさをゆっくりさせてあげたい。
切なる願いだった。
「・・・・ゆ?」
体に感じた、小さな衝撃。
それは、赤まりさの最期の体当たりだった。
「ゆ゙ぁあ゙ああ゙あぁ゙ぁあ゙っ!!!!」
弾けとんだ赤まりさは、床に落ちて絶命した。
仰向けに倒れたままだ。
「あ゙りざあぁあぁぁあ゙あ!!!どぼじでえ゙ええ゙ええ゙っ!?!?!?」
他の赤ゆっくりと違い、赤まりさの目は開いたままだった。
完全に光を失いながらも、その瞳は親れいむを睨みつけていた。
「あ゙ぁああ゙ああ゙ぁあああ゙ああ゙あ゙あ!!!!!!ごべんねええ゙ぇえ゙ええ゙っ!!!ごべんねぇええ゙え゙!!!おがあ゙ざんをみらいでえぇえ゙え!!!」
狂ったように嘆き叫ぶ親れいむを置いて、男は部屋を後にした。
「ぁあ゙あ゙・・・・あ゙ああ゙あぁ゙あ゙あ゙ぁぁ・・・」
外へ通じる扉を開け放したまま。
しばらくして男が部屋に戻ると、そこに親れいむの姿は無かった。
床には赤ちゃんゆっくりの死骸も見当たらない。
食べたのか持ち帰ったのか、男にはもう興味のないことであった。
それから数日後、農家の男性が1匹のゆっくり霊夢を発見した。
どうやら洞窟の中で赤ちゃんを育てているようだった。
男性は、そのれいむがエサを探しに行っている間に赤ちゃんを捕獲ようと、洞窟に入った。
だが中にいたのは、真っ黒になって腐っていた9匹の赤ちゃんゆっくりであった。
帽子やリボンがあったので、かろうじて赤ゆっくりだと判断できた。
不気味に思い、洞窟を離れたところで親のれいむが帰ってきた。
様子を伺っていると、洞窟の中かられいむの歌が聞こえたり、赤ちゃんにご飯を食べるよう促す声が聞こえてくる。
男性は気味が悪くなり、その場から逃げたのであった。
それからさらに数日後。
男は書斎で、一冊の本を手に取った。
「お、また来てる」
文庫本ほどの大きさ。
今もこの世界や別の世界で、ゆっくり達が虐待されている。
その様子を自動で小説に変換し、ページを増やす、魔法の本。
男はこの本に影響されて、ゆっくり霊夢を虐待することに決めたのだ。
本に登場する赤ちゃんゆっくりは、大抵我侭で口が悪く、生意気で浅ましい。
男の経験でもそれは正しかった。
親を親とも思わないものばかりだ。
そんな物語を読んでいた男は、赤ゆっくりをゆっくりさせることなくその命を散らせてやろうと思ったのだ。
まったく関係のない親れいむにとってはいい迷惑である。
「・・・これ、俺じゃん」
新しいページには、赤ちゃんゆっくりの口を焼く男の話が載っていた。
どう読んでも自分のことである。
「あー、新作まだかなー」
男は本を棚に戻すと、たまった鬱憤を晴らすため、今日も森へと足を運んだ。
最終更新:2018年07月08日 12:34