※すっきりできない話かもしれません。
とある漫画を元にした話です。
また、優遇され幸せになる
ゆっくりがいます。
私邸の一室。
そう呼ぶにはあまりにも広大な部屋だった。
いや、部屋というより、むしろ小劇場という言葉が相応しい。百席にも及ぶ椅子の列と、それと対峙するようにそびえ立つステージ。その広さは、大樂団が一団体を収めても余りある。
さらに、部屋を飾り立てる調度品は煌びやか。深い赤を基調にした室内は目を見張るほどに豪奢で、壁面を飾る照明一つ一つにさえ職人の技巧が注ぎ込まれていた。
また、列席する人々の身なりも財を為した人々そのもの。
部屋の片隅に控える従者の数からも、一目で特別な人々の集団だとわかる。社会の指導者層、代々続く名家、一代で財を為した成金、先駆を行く知識人。まるで、この地域の成功者の見本市だった。
それらの高貴な人々は今、一人の例外もなくステージに見入っている。
だが、舞台の主役は高名な演者でも、ステージを埋め尽くす樂団でも、芸術を体現する舞踏家でもなかった。
貴人たち注視を集めるその存在を見て、ほとんどの大衆は小首を傾げるだろう。主に、絢爛たるステージと、その存在のあまりの不釣合いさに。
「ゆううん~ゆっくり~♪」
間延びした調子外れの歌声。
近年、姿をあらわした生き物「ゆっくり」たちだった。
十数匹のゆっくりたちがその丸い体に役柄を示す衣装を着せられて、ステージをところ狭しと駆け巡っている。
それは、かろうじて演劇といえるものだった。
主役らしきまりさが草むらのセットに隠れ、舞台袖から張り出した建物のセットを見上げる。
その視線の先には窓辺にのったれいむの姿。
「れいむ♪ いまおうち同士でケンカしちゃっているけど、まりさはいつでもれいむとすっきりしたいよ~♪」
まりさの呼びかけに、こそこそと姿をあらわすのはれいむ。
「おお、まりさ。まりさはどうしてまりさなの~♪ れいむが好きなら、お母さんと縁を切って、まりさと言う名をゆっくり捨ててね♪」
「いとしいれいむー♪ それはきっとゆっくりできないよおおほおお♪」
大して悲しそうでもなく、のんびりと台詞を歌い上げていた。
まともな審美眼を持つものならゆっくりたちを引きずり降ろすべき情景だが、見守る貴人たちの表情はあくまでもにこやか。
この世界にゆっくりたちが姿を現してはや数年。加工所などの建設など、世界はゆっくりという存在に順応を始めていたが、その存在が貴人たちの興味を引いたのはつい最近だった。
おそらくは、人語を解するこの気持ち悪くて可愛らしい生き物が、珍品を好む資産家の食指を動かしたのだろう。
ゆっくりたちをかき集めて個体ごとに知性や健康、性格を判定。優れた個体のみを生かして配合させることで、より優れたゆっくりを作り出すことに、数人の物好きが熱中したのが事の始まり。
しばらくは狭い仲間うちでの流行りでしかなかったゆっくり遊び。だが、今日のような拡大のきっかけは、その中にこの劇場を有するほどの実力者が参加したことだった。もとより、競走馬への投資など、素地があった富裕層。すぐに感化される者、対抗抗するものが続き、やがては追従するものたちへと連鎖が続いた。
そうなれば、どれだけ人より優れたゆっくりをもっているか誇示したくなるのが人の常。
最初は犬の品種の品評会のようなものから始まり、やがてはゆっくりのお歌のコンクール、体力自慢はゆっくり競争、そして今は富豪たちがタニマチとなって支える「ゆっくり歌劇団」がブームとなっていた。
そんな訳で、現在の選ばれたゆっくりは栄華の最中にあった。流行り廃りの激しい貴人たちゆえに、まもなく人知れず消えていくだろう運命にあったとしても、今はあらゆる欲求がみたされる毎日。
蝶よ花よと育てられたいずれのゆっくりも、健康的にふくよかで美しい。そのゆっくり具合を醸し出すためにどれだけの資金が投下されたのか、庶民には想像すらもできないだろう。
舞台ではゆっくりなりの懸命でありながらユーモラスな劇が続いている。
台詞を忘れたり、すでに死んでいるはずの配役が出続けたりと、ゆっくりらしいハプニングは若干あったものの、ゆっくりを知る者にとっては劇の形が保てているだけ上出来といえた。幼稚園児のお遊戯会程度には成立している。
ゆっくりたちはその労苦をカーテンコールの割れんばかりの拍手に迎えられ、得意そうに体を反らしたり、舞台を駆け回って喜びを表したりと忙しい。
やがて、万雷の拍手に包まれて幕が下りる。
ゆっくりが去ると、後は貴人たちの雑談が始まる。幾人かの大物ごとに形成される人の輪。和やかな談笑のひと時だった。
「主役をやられましたゆっくりまりさは素晴らしかった! いや、もちもちとした、実にゆっくりとした子でした!」
最近、この貴人の輪に加わったばかりの成金の男が、最前列で観劇していたこの小劇場の主に話しかけている。
「どうもありがとうございます。そうおっしゃっていただけると、普段の生活から最上のものを与えていた甲斐があるというものです」
虚栄をくすぐる相手の物言いに、ついつい自慢も誘われる。
まりさの目覚めの一時のために季節の折々の果実を遠方から運ばせ、まりさを遊ばせるためだけの広大な敷地を用意し、疲れたら香油を焚き染めた浴場でゆっくりとくつろがせた。それらの世話をするため、お付きの人間も常に傍に控えさせている。
あきれるばかりの劇場の主の言葉に、成金の男は張り付いた笑顔で何度も相槌を打つ。
「いや、実に素晴らしい情熱かと。ここは私も一つ、あやかってみたいのですが、中々素晴らしいゆっくりには一朝一夕ではめぐり合えないものでして……」
成金は未だこの場では新参者。共通の趣味から何とか社交界に食い込むためにゆっくり趣味を利用しようとしていた。
しかし、優れたゆっくりと認められるには血統書か、ゆっくり愛好家の評価が必要。
そのようなゆっくりはツテのない男には手に入らず、誰かを頼るしかない状況だった。
劇場の主とてその狙いはわかるのだが、熱中するゆっくりのこととなるとついついガードも低くなる。
「そういえば、そろそろ歌劇団に新しい子が入る時期ですね。どうです、あなたも……」
「おお、ぜひに!」
言葉を遮っての食いつきぶりに、早まったかとひそめた眉にわずかな憂いをあらわす劇場の主。
しかし、嬉しげに握手を求める成金の男は、相手の温度の変化に気づいた様子も無い。
劇場の主はその差し出した手に気づかない振りをする。安易に友誼を結ぶつもりはなかった。
外された視線の向けられた先は、ゆっくりのいなくなった幕の下りたステージ。
「さてはて、今年はどんな子が入ってくるのでしょうか。楽しみですね」
まもなく入団試験が始まるその舞台を、男は和やかな眼差し見つめていた。
第一話 ようこそ、ゆっくり歌劇団へ!
「まりさ! 向こうでも、ゆっくりしていってね!」
「みんなの分もゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしあわせになってね!」
喜びに満ちていながら、隠しようもなく寂しげなゆっくりたちの声が幾重にも響く。
それはお別れの言葉だった。幸せに向かって旅立つまりさへの祝福と惜別。
巣穴の中で涙をにじませながら、帽子に食べ物くくりつけた旅装束のまりさを取り囲んでいる。
周囲からかけられる祝福の声に、まりさの頬が泣き笑いに緩む。長い時間を過ごしたこの群れからの旅立ち。まりさは、孤児としてこの群れに加わってからの日々を思い起こさずにはいられなかった。
まりさに残る最古の記憶は、家族が野犬に食い殺されて一匹きりで生きる意志も失ってしまった自分。広くなった巣穴で衰弱するのを待つだけの日々。生きながらにして亡骸のようだった。
だが、飢え死にする寸前に自分を拾ってくれたゆっくり好きの人間たち。その優しい人間たちが与えてくれたのは、たくさんのご飯と、雨を避けられる住処。そして孤独な自分へ暖かな温もりを与えてくれた、同じように親を失ったゆっくりたちだった。
この新しい住処と人間がまりさに与えてくれたのは、穏やかさと幸福。すなわち、ゆっくりだった。
おかげで、その群れのゆっくりたちはみな、ふくよかで実にゆっくりとして艶やか。堂々たる美しさを備えていた。
そしてその美しさゆえに、まりさはさらなる幸福へ今、旅立とうとしている。
「ぜったいに、一緒にゆっくりしたみんなのことは忘れないよ!」
まりさがこれから向かおうとしている目的地。
そこには、人間たちによって「ゆっくり歌劇団」と名付けられた劇団だった。
基本的にそれはゆっくり好きの人間向けの娯楽だが、年に一回だけまりさたちにも披露される。
その華やかさはどれだけまりさたちを魅了したことか。劇団に所属しているゆっくりは皆賢い上に美しく、歌の上手な子ばかり。観客となったゆっくりたちは、その同族の満たされた美しさに例外なく心奪われてしまう。
さらにはこの劇団に所属しているゆっくりの扱いも聞くに及び、誰しも憧れが芽生えていった。
劇団を知る全てのゆっくりに敬意を払われながら、人間からでさえ上にも下にもおかない扱いを受ける。特にゆっくり好きの資産家にでも見初められでもすれば、並の人間では触れることも叶わない豪奢で安楽な日々を送れるという。
だが、それだけにゆっくり歌劇団に入る門は狭く、一つの群れで年一回、一匹だけが「見習い」として選ばれる程度。その群れで一番美しくゆっくりしている子に限られれた、夢へと繋がる限りなく細い蜘蛛の糸。
今年、その憧れの切符を手にしたのは、今旅立とうとしているまりさだった。
そのためか、まりさへの祝福も、周囲の「いつかは自分も」という羨望の色彩を帯びている。
とはいえ、他のゆっくりたちはまりさにはまだ敵わないことを自覚しているため、羨望以上のものにはなりえない。
ただ、同格のものであればその心中に影が差し込まずにはいられない。まりさには、歌劇団に選ばれてから迂遠となった親友が一匹いた。
それは今、群れの奥からしずしずと進み出てきた一匹のゆっくりれいむ。
なんとも言いがたい口を結んだ表情で、まりさを見上げていた。
「きてくれたんだ、れいむ! うれしいよ!」
れいむの足取りはゆっくりとまりさに近づいていたが、待ちきれないとばかりにれいむの元へ。
ゆっくりしてない勢いのまりさを、れいむは強張った表情で迎えた。
「まりさ、ずっと顔を見せないでごめんね……」
れいむの表情に差す気後れしたような笑み。まりさがゆっくり歌劇団に選ばれてから、れいむの笑顔は影を帯びるようになっていた。
その奥底には、れいむとしては、まりさと同じぐらいゆっくりしているという自負。
素直なれいむだけに、親友に対して憤りや嫉妬は覚えていない。僻むほど卑屈でもない。ただ、整理できない心のもやもやが壁となって、まりさと距離を置くようになっていた。
けれども、その冷たいれいむの心の壁はまりさの天真爛漫の笑顔に崩れ去る。
「まりさは嬉しいよ! れいむともう一度ゆっくりしたいって、まいにち思っていたよ!!!」
まりさの全幅の信頼をよせた言葉に、れいむの頬はたやすくほころぶ。
同時にれいむの心を刺す後悔の針。まりさに負けたのが悔しくて避け続けてきたこの数日間だが、まりさは心からゆっくりしている素敵なゆっくり。まりさが選ばれることは当然だったのに、なんてつまらない嫉妬をしてしまったのだろう。意地を張らずに、旅立ちまで精一杯、一緒にゆっくりすればよかった。
「れいむは、まりさともっとゆっくりしたかったよ……」
「ううん、これからもゆっくりできるできるよ! 来年はれいむが選ばれる番だから、一緒に劇団でゆっくりしようね!」
そうなれば、どれだけしあわせなことだろう。
見つめ合う二匹の間に、穏やかな空気が流れる。
だが、いつまでもゆっくりとしてはいられなかった。まりさには出迎えの者がきているのだから。
響き渡る馬のいななき。手持ちぶさたに足踏みする蹄の音。
「おーい、そろそろいいかなー」
続いたのは、のんびりとした呼びかけ。
ゆっくりたちがその声の方角に振り向くと、一頭立ての馬車が遠巻きに控えていた。御者の席には手綱を握る初老の男の姿。
ゆっくり歌劇団への出迎えに仕立てられた馬車だった。御者の男は待たされたことに気を悪くした風もなく、馬を宥めながらゆっくりにのんきな視線を送っていた。
それは、馬車の形をした夢を現実とするための架け橋。
まりさとれいむは頷きを交わしあう。お互い言うべきことは言った。後は幸せのために、それぞれがんばるだけだ。
「みんな、ゆっくりしていってね!」
この日一番の朗らかな挨拶を残して、勢いよく馬車へとかけだしていくまりさ。湧き上がる惜別を置き去りにするかのように。
御者の男はまりさのために腕を伸ばして座席への扉を開けてやると、まりさは駆け出した勢いのまま、馬車の座席へと元気に跳びのった。
そこは貴賓用のふかふかの座席。身を沈めるまりさを、ゆったりとした寛ぎが包み込む。
しかし、まりさは自分に向けられた御者の男の視線に気がついていた。
「ゆっくりしすぎてごめんね!」
「気にしなくてもいいよ。お別れはきちんと言えたかい? もっとゆっくりしてもよかったんだよ」
まりさを迎えてくれたのは、御者の初老の顔には人のよさそうな笑み。
「うん、だいじょうぶ。ゆっくりしていれば、またみんなに会えるよ!」
「うんうん、そうだね。劇団で役をもらえるようになったら、里のみんなを招待するといい」
何度か頷いてまりさを肯定すると、男はまりさから視線をはずす。代わって見つめる先は前方。
「それじゃあ、いこうか」
言葉とともに御者の鞭がしなり、地面を打ち鳴らす。
その合図を受けてのんきな足取りで進み出す小柄な馬。
あくまでもゆっくりと流れ出す慣れ親しんだ周囲の景色。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしてねー!」
「ゆっくりー!」
名残惜しそうなお別れと激励も馬車の歩みが進むたび、少しずつ遠のいていく。すでに見送りのゆっくりたちは木立の向こうに見えなくなっていた。
繰り返される馬の蹄と、カラカラと回る単調な車輪の音。その音が続くほど、皆から離れていくことをまりさは悟った。
まりさはふかふかの座席に沈み込んだまま黙りこくる。
徐々にまりさはみんなと離れてしまった実感がわいてきて、堪えてきた涙がこみあげてきた。
「みんなとは本当にゆっくりできたよ……」
同じ境遇のゆっくりが集うあの場所はほんとうに優しいゆっくりとした空間だった。拾ってくれた人間たちの援助は最小限で貧しさはあったけど苦にはならなかった。ひとりぼっちでぼんやりと死を思う毎日に比べ、どれだけ満たされた日々だったか。
本当は歌劇団に選ばれなくてもよかった。まりさは歌劇団に心から憧れてはいたが、それよりもれいむたちと、貧しくてもゆっくりと暮らせれば満足だった。
しかし、選ばれた以上はまりさに迷いはない。
歌劇団で活躍したゆっくりを出した群れには敬意と人間からの惜しみない援助が与えられる。群れのため、まりさは心の奥でうずく寂しさを堪えていた。帽子を目深にかぶって、涙がこぼれないように押さえつける。
そんなまりさにちらりと向けられたのは、御者の男の気遣わしげな眼差し。
御者は初老の表情をうっすらと細め、すうと息を吸い込んだ。
「ゆーくりー♪ ゆゆっと、ゆっくーりー♪」
突然、御者席から響いてきた調子外れだが朗々とした歌声。
まりさは呆気にとられて、惚けた表情で御者をのごきこむ。
「ゆ? それなに、おじさん?」
「ああ、歌劇団に入ったゆっくりが最初に教えられる歌だよ。ちょっと早いけど覚えてみるかい?」
照れ隠しにそっぽを向いたままの御者の言葉に、ぱあと華やぐまりさの表情。
「うん! 先に覚えた方がゆっくりできるよね!」
「おや、感心感心。じゃあ、いくぞ?」
やがて、一人と一匹は同じ歌を口ずさむ。
調子外れだが、明るい歌を何度も歌って、まりさはの心がゆっくりとしたものにかわる。
いつしか、馬車は小高い丘を越えて下り坂。
物覚えのいいまりさが歌を覚えても、道のわだちはまだまだ続く。
見上げると青空がどこまでも続く空。そよ風が快く、まりさの瞼に眠気を残す。
さっき食べさせてもらったびっくりするほど美味しいお弁当。満腹になっていたまりさには耐えられそうにないまどろみ。
「おやおや、無理することはないよ。ゆっくりおねむりなさい」
途切れた歌声に気づいた、御者の男の優しい声。
おじさんに悪くて起きていたいまりさだったが、両のまなこはしきりにゆっくりしたいと重みを増す。
うっとりと目を細めていくまりさ。寝入る直前も、歌を口ずさむようにもごもごと動く。閉じかけたまぶたの裏に浮かんでいたのは、大舞台で歌う自分の姿だろうか。
すうすうと安らかな寝息が聞こえるまで、時間はそうかからなかった。
目が覚めたとき、まりさの周囲の景色はすっかり様変わりしていた。
馬車が進むのは、まっすぐに伸びた規則正しい石畳。
道沿いには灰色の飾り気の無い四角い建物が並んでいた。
どうやら、ここは何かの施設らしい。くすんだ色の服を着た人間たちの姿が目立つ。
「ゆ?」
ここはどこだろうと、こぼれた呟き。
だが、馬車を進ませる御者の男は聞き漏らさなかった。
「おはよう、ゆっくりしたかい?」
「うん、ゆっくりしたよ!」
「それは、よかった」
視線を投げかける御者の顔はにこにこ恵比寿顔。まりさはその朗らかな笑顔に安堵を取り戻す。
「ねえ、おじさん。ここはどこ?」
「ここはね、劇団の練習や小道具を保管する場所だよ。このあたりは、劇団で使う色んな道具をつくっている場所だね」
問いかけに易しい言葉を選びながら説明する御者の男。
なるほど、さっきから何度も荷物を積んだ荷車とすれ違ったはずだ。
「ゆっくりりかいしたよ!」
まりさの一瞬の疑問も霧散消散。にこやかな笑顔が戻る。
「おじさん! まりさはこれからどこにいくの?」
「この道の先、正面にある建物に行くんだよ。ここの偉い人がいるから、きちんとお利口にご挨拶しようね。できるかな?」
「うん、まりさはゆっくりあいさつできるよ!」
微笑ましい会話を交わしながら、やがて馬車は石畳の終わり、門の向こうの大きな建物へとたどり着く。
御者はその一角に馬車を止めると、一足先に馬車を降りてまりさの下へ。
座席に向けて、その両腕を伸ばす。
「さ、こっちにおいで」
「うん!」
まりさは躊躇いもせず、その腕の中へ。
男は胸にあたるまりさの重みにも声一つもらさず、まるで王から下賜された宝玉のように、恭しくまりさを抱えあげていた。
「怪談を上っていくのは大変だから、おじさんがつれていってあげるね」
「うん、お願いするね!」
これまで、人間からそこまで丁重に扱われたことがなかったまりさ。
その丁寧な扱いに、ゆっくり歌劇団に入るという実感をかみ締める。
それもこれも、毎日小川で身を清め、食欲や性欲に溺れることなくゆっくりと毎日を過ごしてきた美しさの対価。
まりさはまだ未成熟ではあったが、「ゆっくり」としては内外とも理想的なほどに成長していた。
それだけに、今回の見習い入団もまりさにとってはまだ道の半ばだ。これからがんばって、きっとゆっくり歌劇団の表舞台に立って見せる。群れの皆のためにも、自分のせいで夢を後回しにされたれいむのためにも。
人知れず決意を固めるまりさは御者の男に抱かれたまま、その建物へと入っていった。
まりさが連れてこられたのは、灰色の壁に囲まれたこじんまりとした部屋だった。
御者の懐から恭しく降ろされたのは、皮張りのソファー。しっとりとした感触が心地よい肌触り。
だが、まりさはその感触をゆっくり味わうこともできず、正面に置かれた幅広の執務机の方向を見つめていた。
その先には机にひじをついて黙を守る人間が一人。まりさが連れてこられてから沈黙を守っていて、まりさに少なからぬ緊張を与えていた。
窓辺からの眩い陽光を背に、シルエットを浮かび上がらせている。
まりさにはかろうじて人間というなかの男性という種族だということはわかるが、年恰好までは読み取れない。
おじさんはだれなの? そしてここはどこなの?
二人の視線の強さに戸惑って、どの疑問から口にしようか、逡巡するまりさ。
「緊張しなくてもいいよ、ゆっくりしてね」
そんなまりさを見かねたのか、傍らに待機していた御者の男が暢気な声をかける。
「ここは劇団の代表者の部屋で、あの人は劇団の偉い人だよ」
「ゆっ! えらいヒトさん、ゆっくりしていってね!」
まりさの得意のご挨拶に、シルエットの人物たちはかすかに頷いて、口元を動かす。
「ああ、ありがとう」
低い、落ち着いた男の声。シルエットの男性の声だった。
できれば、同じように「まりさもゆっくりしていってね!」と言ってほしかったまりさ。だけど、皆それぞれの形の「ゆっくり」がある。
返事を聞けただけでもまりさは満足することにした。
「ふむ、西の森地区の第三集落から選出されたまりさくん。一つだけ聞かせてもらってもいいかね?」
男の書類に目を落としながらの質問に、まりさはこくんと全身で頷く。
「うん、ゆっくり聞いてね。えらいおじさん!」
まりさの闊達な応答は好印象だったのだろう。男は唇に柔らかな笑みを浮かべて頷き返した。
「さて、質問というのはだね、まりさくん。最近、君の群れの中で病気が流行ったりしなかったかな?」
「そんなことは起こったことないよ! とってもゆっくりしているよ!」
まりさの群れは、季節ごとの人間の援助もあって健康そのもの。
「ほう、それは素晴らしい」
男はまりさの応えに満足げに何度も頷いていた。
「よし、合格だよ。おめでとう」
「ゆっくり!?」
合格。
まりさの思考回路でも、何に合格したか理解できた。
ゆっくり歌劇団への合格。まりさたちの夢が形となるその確証。
とろけるような笑顔を浮かぶまりさ。その頭を撫でる暖かな手のひらに気がついた。
「よかったね。おじさんもほっとしたよ」
御者の男が、人好きのする笑顔を浮かべてまりさの頭をナデナデしてくれている。
「ゆううう、ゆううう! しあわせーっ!!!」
こみ上げる高揚感のまま、まりさの喜びが弾ける。
まりさは、この気持ちが「しあわせ」というのだと心から理解した。お腹一杯にご飯を食べたとき以上に満たされるこの気持ち。
そんなまりさを優しげな眼差しで見守って、御者の男は自らの懐をまさぐる。
「それだけ素直に喜んでもらえると、こいつを用意した甲斐があるってもんだ」
言葉とともに懐から取り出されたのは、手のひらほどの大きさの包み。
「これは合格祝いだから、ここでむーしゃむーしゃしていいよ」
まりさは目を見張った。
御者の男が解いた包みには砂糖菓子。
まりさはその欠片を何度か食べたことがる。人間の援助の際、特別に与えられる心まで蕩けそうなほどに甘いお菓子だった。
いつもは分け合ってほとんど舐めれば溶けるような量しか口に入れたことがないまりさ。それが、今は一つまるまる男の手にあった。
だが、このまりさは心も見た目も美しいまりさであるがゆえに劇団の登竜門を潜り抜けていた。
「ありがとう、おじさん! それじゃあ、おじさんも、えらいおじさんもいっしょに食べようね!」
まりさの言葉は、ゆっくりの反応として珍しいものだったのだろう。
部屋に居合わせた人間たちは一様に驚いた表情。だが、すぐに目じりの下がった笑顔を浮かべていた。
御者の男がまりさの髪を優しく撫でる。
「そういってもらえると嬉しいね。でも、私はきみにだけ食べてほしい。喜んで食べてくれるその笑顔だけで、私たちはおなかいっぱいになるんだよ」
「ゆー?」
まりさがちらりと偉い人の方に視線を送ると、こくりと無言で肯定するその姿が見えた。
「それじゃあ、ゆっくり食べるよ! むーしゃむーしゃ……ゆううっ! ゆっくりして、とってもおいしいよほお~! むしゃむしゃむしゃ……」
一度食べだしたら止まらない。
しあわせーと、蕩けそうな笑顔でお菓子に顔を突っ込むまりさ。
それでも開かれた包みから食いカスが散らばらないように食べるのが、利口なところだろう。
それは、ますますもって男たちにとって望ましいゆっくりの姿だった。
「しあわせー! おじさん、ありがとう!」
綺麗に平らげたまりさは、桃源郷のような甘みの余韻に浸っていた。
男たちはまるでその余韻を崩さないように沈黙を守ってまりさを見つめたいた。
が、静まりかえった室内にカツカツと無機質な靴音が聞こえてくる。
遠くから早足で近づくその音は、部屋の前で止まった。
控えめなノックの音。
「よろしいでしょうか」
若い男の声が続く。
応えたのは、えらいおじさんこと、机の男。
「ああ、入りなさい」
「失礼します」
扉が開くと、そこには若い男が立っていた。目の前の男が苦手なのか、若干緊張した面持ち。
「おにーさん、ゆっくりしていってね!」
服装がまだ着慣れてないまりさの挨拶にも、ぎこちない笑顔を返すだけだった。
「いいかな、まりさくん。彼がここで君の世話をする担当だ。何か困ったことがあったら、何でも彼に相談してくれ」
「ゆ! そうなんだね! よろしくね、おにーさん!」
驚きながらも、劇団に入れば世話役の人間がつくという前知識をもっているまりさ。
親しげに若い男の下にはねていくと、ようやく男は淡い自然な笑みを浮かべる。
「やあ、礼儀正しいまりさだね。こちらこそ、よろしく」
自然にこぼれた、柔和な笑みだった。
やっぱり、この人もゆっくりできる人だったよ。さっきはゆっくりできないなんて思ってごめんなさい。まりさは心の中でお詫びした
その男は窮屈に屈みこむと、まりさの目線になるべく近づけてから話しかけてくる。
まりさは、その心遣いに青年の優しさを感じていた。
「これから、一緒にここを見て回ろうね」
だから、青年の誘われて二人でここを見て回るのは、とてもゆっくりできるに違いない。
「うん! それじゃあ、おじさんたち、またね!」
「ああ、ゆっくりしてきなさい」
「これから、頑張ってね」
手を振る二人の別れの挨拶を聞きながら、まりさと青年はその部屋を後にした。
薄暗い廊下を一人と一匹が連れ立って歩く。
先導するお兄さんはまりさにあわせてゆっくりと歩いてくれたので、まりさの歩調も無理することなくいつもの足取り。ぽよんぽよんと全身で跳ねながら青年の後を追う。
お兄さんの歩みが止まったのは廊下の突き当たり。両開きの扉がまりさを待ち受けていた。
「この向こうの部屋に、今回各地から集まったゆっくりたちがいるんだよ」
お兄さんの言葉に、まりさはこくんとうなづく。
劇団で一緒にすごす仲間であり、強力なライバルたち。
群れのためにも、気後れしている場合じゃない。まりさの心に群れを背負って立つような自負が不意に沸き起こる。
まりさの表情を確認し、頷くお兄さん。
「さあ、元気よく挨拶をしてこようね」
導くように開け放たれた扉にまりさは覚悟を決めた。
まりさは気合を入れて、開け放たれた扉へ一息に部屋の中へ。
部屋に入るなり、まりさは夢中で飛び上がる。挨拶は、ゆっくりの基本。まりさのゆっくり具合をライバルたちに見せ付けてやらなければならない。
「まりさだよ! ゆっくりしていってね!」
高らかに響く、元気溌剌としたご挨拶。
まりさのゆっくり具合を体現したような、完璧な挨拶だった。
これでは、他の居並ぶゆっくりたちも「ゆっくりしていってね!」と応じるしか選択肢はあるまい。
だが、先客のゆっくりたちは無言だった。
訝しむまりさ。
「ゆ? どうしたの、みん……」
しかし、まりさの言葉は我知らず止まっていた。
薄暗い部屋に十匹のゆっくりたち。一斉に振り向いて、まりさに注目をしている。
ただ、まりさの言葉も耳に入らないようでその目はじっとまりさを見つめるばかり。
あれ、みんなどうして……。
まりさが違和感に硬直する。
みんな、どうして……ばかりなの?
まりさは、驚きで途切れがちな思考を何とか奮い立たせるものの、状況が読み込めずに硬直が解けない。
だが、その硬直は勢いよく閉まる扉の音で解き放たれる。
振り返るまりさ。
青年が開けてくれた扉が、完全に閉まっていた。続く、カチャリという金属音。
「待ってね、どうして閉めるの!?」
慌てて扉に駆け寄ろうとするが、無駄だった。
堅牢に鍵を施された扉。まりさの体当たりでは、ほんのかすかに揺れるだけ。
「待ってね、おにーさん! せつめいしてね! なんで、ここに……!」
言葉の途中でぞわりとして振り返るまりさ。
そのゆっくりはまりさが外に出られないことを知っているようだった。じっくりと半円を狭めるように近づいてくる。
「どうじで……っ」
その様子に耐え難い恐怖に駆られ、まりさはひたすらに叫んでいた。
「どうじで! ここにいるのはアリスだけなのおおおおおおおおおおおお!!!」
まりさの声に、扉の向こうから応える声はなかった。
ただ、成体アリスたちのニヤニヤとした含み笑いを誘うだけ。
だらしなく口を開いた先頭のありすから、たらりとよだれが一筋こぼれおちた。
理性も知性もなく、ゆっくりともしていない。とても劇団に入れそうにもないありすたちの姿。下腹部を反り返らせて、まだ完全な成体ではないまりさを血走った眼で見下ろしている。
「ほんとおおおおお、今回のまりさもかわいいわああああああああ!」
「つやつやのお肌よおおおお! ありすにあいされる価値のあるまりさねええええ!」
「すっきりしがいがあるわねええ!」
「いつもまりさからあいにきてぐれで、うれじいいいいいい!」
「求められたから、しかたないわね! ずっきりざぜてあげるねええええ!」
緩慢な笑みのまま、下腹部を突き出すようにじりじりと近づいていく。
「なんでええええ、ぞんなごどより、お歌の練習とかじようよおおおおおおお!」
まりさの呼びかけも、どのありすにも届きそうにもない。
まりさは混乱していた。
すっきり?
そんなの、おけいこや、おうたや、おしばいに関係ないよね?
それにずうっと昔、死んじゃったおかあさんから、「すっきりは、一人前になったら愛おしいゆっくり同士でしてね」って教えてもらったよ。
まりさはまだ子供だし、愛おしいゆっくりは親友のれいむだけだよ。
「まりさはれいむ以外とはすっきりしたくないからやめてね!」
怯えつつも、全員に聞こえるようなまりさの大声。
ありすたちだって、歌劇団に入るために群れの代表としてここにいるはず。
「それに、ここですっきりしたら、劇団からおいだされちゃうよおおおお!!」
劇団へと勇躍挑んだはずが、次の日に妊娠して帰還するまりさ。当然、群れに与えられるはずだった食料もなかったことになる。そんな気落ちした群れの中に戻されてしまう妊娠した自分。それは、想像もしたくない光景。
きっと、その危惧はありすも同じことだとまりさは思う。
だから、そのことをわかってもらえればやめてくれると信じていた。
まりさの知る群れのありすは皆が優しくて、何より賢いゆっくりばかりだった。
だが。
「もおおお、まりさはいつもそれね!」
「つんでれも、そろそろあきたわ!」
「でも、いやがったふりをしたほうが、すっきりがもえあがるのもじじつね!」
「わかったわ! これは、いやがるプレイね!」
顔を見合わせ、体を震わせて笑い合うありすたち。
「な゛にっ、い゛っでるのおおおおお!?」
驚愕のまりさ。
ここにいるゆっくりは全て、群れの中でたった一匹きりの幸運をつかみ、あと一息で真のゆっくりにたどりつく大事なときを迎えている。
そんな大目標の目と鼻の先で、ゆっくりよりすっきりを求めるありすたちが理解できない。
愕然とするまりさを他所に、完全に包囲してしまったありすは肉体の壁。ありすたちはためらいもせず、輪を崩さないようにひたすらににじりよってくる。
「まりざのいうごど、ぢゃんど、ぎいでよおおおおお!!! ごごは、すっぎりずるどころじゃないのおおおおおお!!」
自慢の咽も避けんとばかりの絶叫。
しかし、まりさは言葉を重ねるよりも先頭の一匹にでも体当たりをするべきだった。
まりさは本当によい仲間に恵まれ、助け合って暮らしてきた。その友達の中にありすたちもいた。皆、優しくて、知性的で、自尊心の高い尊敬できるゆっくりだった。
だから、なおも話しあえばすっきりを諦めて一緒にゆっくりしてくれると、まりさは思い込んでしまっていた。
まりさの嘆願を聞いてますます口端を歪めるありす。
とった行動は、囲みを狭める前進。
助走して飛び越えるだけの距離を失い、まりさの逃げ道はもう完全になくなっていた。
「ゆうう!?」
その窮地にまりさが怯む隙に、おしくら饅頭のように顔をひしゃげながら迫るありす。
気がついたときには、ただならぬ熱のこもった鼻息がまりさの頬まで届くほどの距離。
おぞましく生ぬるい微風に、ぶるぶるとまりさは眉をひそめて首を振る。
「やめようよ、ありす! こんなことしてたら、ぜったいに歌劇団から追い出されちゃうよ!」
ほとんど嘆願に近くなっていたまりさの言葉も、ありすたちは鼻で笑う。
「かげきだん? なあにい、それえええ?」
「へんなまりさねええええ。でも、せっかくだからはじめましょうか。ありすとまりさの、あいのげきじょうを!!!」
「ゆぎいいいい!?」
飛び掛ったありすが、避けようとしたまりさの後ろ髪をくわこんだ。
「はなじで、ごんなの、どんな劇にもないよおおおおおお!!!」
そのまま、体格差を利用してわめくまりさを部屋の中央へひきづり、ありすたちはぴっちりとまりさを囲む。
始まりだ。
全周囲から、身じろぎもできないほどに密着されるまりさ。まりさの目から流れ出した涙も押し付けられた頬のゆがみに流れが変わるほどに。
「やだ。やだやだやだ。やめてね、ありす!」
ありすは何も言わない。はあはあと熱のこもった息で、弛緩した肌を押し付けるだけ。
まりさはその一瞬の静寂に思う。劇団の新顔合わせで、こんなことはありえない。だから、きっとまりさをびっくりさせるための仕掛けなんじゃないか。劇団の先輩たちが、まりさを驚かせるためにありすに発情ありすの振りをさせているだけ。
もうしばらくしたら扉が開いて、「はいおしまい、びっくりしたかな?」って笑いながら開放してくれるんだ。すごいよ、ありすは演技派なんだね。でも、まりさは泣いちゃったよ。ちょっとやりすぎだよ、もう。
もちろん、まりさがすがりついていたのは妄想に過ぎなかった。
「ありすに合わせていい声でうたってね、まりさ! ありすたちもゆっくりがんばるよ!!!」
「かわいいまりさだから、ありす、いつもより沢山がんばるね!!!」
「……! んほおおおおおおっ!? ごのまりざ、おはだがすっごく、ゆっぐりじでるよほおおおおおお!!!」
ありすのうち一匹の呼びかけを合図に、一斉に震えだすありすたち。
芝居の幻想が、脆くも崩れる。
「い、いやだあああああああああ! すっきりはやだ、やだやだやだあああ! もうやめでええええ! おうち、がえるうううううううっゆぎいいいいいいいいいい!!!」
「んほおおおおお、初心なまりさ!!! はじめてなのおおおおおお? かわいい、こんなかわいいまりさのはじめてなんて、すでぎいいいいいいいい!!!」
まりさの劇団入りを夢見て毎日手入れしてきた肌は、ありすをすぐさま絶頂へと導いていく。
一方、まりさはすべてがおぞましい。
恍惚のままに伸びきったありすの舌。よだれの勢いもとどまるところを知らない。見開かれた眼は、感情のまま天井へ濁った目を向けていた。
口だけが下弦の三日月のような形で張り付いた、筆舌に尽くしがたいありすの笑顔。
欲望のままに震えるありすの振動は、まりさの嫌悪感を誘うだけ。ありすと違い、まりさの体表を流れる体液は涙だけ。
だが、この時点ですでにありすはもう前戯をやめることにした。
こんなに美しいまりさでは、もう辛抱できない。
ありすはまだぜんぜん受け入れ態勢の気配も見せないまりさに、より強引にのしかかっていく。
情け容赦なくまりさへとえぐりこんでくる違和感。
ぎちぎちと体に走ったすさまじい痛みに、まりさの顔がこれ以上ないくらい歪んでいた。
未熟な体でありすの愛を受け止めようとするまりさに、ありすのうち一匹が内心でこっそり謝る。ごめんね、まりさ。でも、最初の愛撫で発情してくれなかったまりさが悪いんだからね。これからすることでどれだけ痛がっても、ありすの望みどおりに発情してくれなかったまりさが
悪いの。次は、もうちょっと都会派になってね、まりさ。
「みんな! 誰が一番にまりさをにんしんさせるか、正々堂々勝負よ! いくよおおお、まりさあああ!!!」
まりさにとって最悪のゴールへ向けた競争が始まった。
「いっ! いだいいいい、むりやりじないでえええ、ありすのが、いだいのおおおおおおお!」
「ゆふふふうう。でも、ほんとうはきもちいいの、わかっているのよ! まりさがありすの子供を、どれだけほしがっているのかもわかっているのおおおお!」
なんで、ありすたちはまりさの言うことを聞いてくれないの。
まりさは涙と涎と鼻水にまみれた顔を歪ませて、泣き喚くようにありすにこいねがう。
「ちがうううう、やめでやめでやめでえええ、やめでぐだざい! こども、いらないですっ! ぶたいに、たでなくなっちゃいまずううううう!!」
「わたしたちの愛のステージは、いまここよおおおおおお!!!! いいごえで歌ってねえええええんっほおおおほおおおおおお!」
まだ成体ではない体と、十数体のアリスを相手にした生殖。
死にたくない。
大河に浮かぶ藁一本にすがるように、まりさは必死に助けをもとめた。
距離的にも、今自分を救える唯一の存在。扉の向こうのおにーさん。
「だっ、だずげで、おにーざんっ! ありすが、ありすがへんなのおおおおお!!! おにーさん、たすげでえええええええ!!!」
扉の向こうへ、餡子を吐き出さんばかりの絶叫でよびかける。
まりさのお人よしの思考は、おにーさんが現状を知ればきっと助けに来てくれると信じてしまってた。今年、他の村で選ばれたゆっくりは偶然にも全部ありすで、一箇所に入れていたところ何かの手違いで発情してしまった。だが、おにーさんは気づかずにまりさを投入。しばらくゆっくり同士の親睦を深めようと扉を閉めた、と。
「んほおおおおおおおおおおおお! きたわ! まりさのおかげですごいのきたわああああああんほおおおおおおおお!!!」
「お、おにーさん、もうなんがっ、あぶないよおおおおおおっ、はやぐうううううううううう!」
「急かさないでえええええ!! ひとりでいっちゃいやだよほおおおおおおおおお!!!」
しかし、阿鼻叫喚の坩堝と化したその部屋に誰かが入ってくる様子はまるでない。
冷酷に、運命の時は来た。
最終更新:2008年10月02日 10:48