ゆっくりれみりゃ系いじめ58 だんす

 踊り師とれみりゃ




 辺りは誰彼の闇に包まれ、物の形を見定めることもできない。
 人々の歓声。笛、太鼓の音が辺りを満たし、かがり火のはぜる音が時折響く。

 私だけだ。

 私だけが一人、明かりに照らされた壇上で踊る。

 袖が私か、私が袖か。遅く早く、衣装をはためかせ、足取りから手の先までもが渾然一体となり、
 舞う――ただその一事に収束していく。



 豊作に感謝し、次の年の豊作を祈願する夜。

 里の秋祭りが今、佳境を迎える。



 やがて私は、割れるような拍手に包まれながら踊りを終え、満座の客と対面する。
 一つ、また一つと立ち去るように消えて行く音。
「これにて、今年度の収穫祭も仕舞いとさせていただきます。
 皆様、お付き合いいただきまことにありがとうございました……」
 もう一度、大きな拍手が鳴り響いた。

 * * * * 


 無事に仕事を終えた満足感にひたりながら、帰り道を歩く。

 踊り師は、決して高給を取る仕事ではないし、周囲からは遊んでいるように見られることもある。
 それでも私はこの仕事が好きだ。師から弟子へと伝えられてきた伝統の技をさらに磨き、
 もっと人々の心に残る踊りを舞いたい。
「まつんだどぅ~!!」
「うあ☆うあ☆」
 聞き覚えのない声で呼び止められる。
「どちら様……?」
「れみ☆りゃ☆」
「う~♪」

 それは、近頃幻想郷に出没し始めたゆっくりという生き物だった。噂には聞いていたが見るのは初めてだ。
 体と翼を持つ種類で、他のゆっくりよりも運動に長けているというれみりゃ種であろう。
 しかも二匹もいる、親子連れだろうか。
「なんだ、ゆっくりか」
 私はゆっくりに背を向ける。そんなものに用はない。早く帰って寝たい。

「あんなだんすはにせものだっどぅ~♪
 れみりゃがぁ~、ほんもののだんすをみせてやるっどぅ~!!」
「まんまぁ~はだんすのめいじんだどぅ~♪」
 私は振り返った。
「今、なんと言ったかな」
「さっきのおまつりをみてたどぅ~!!あんなだんすはえれがんとじゃないどぅ~♪
 れみりゃのとってもじょうずなだんすをみてべんきょうするといいんだどぅ~♪」
 悪びれる様子もなく言うその生き物。一瞬腹が立って蹴散らしてやろうかとも思ったが、
 勉強という言葉を聞いて考え直す。
「勉強……なるほどね」
 全ての観客は等しく、私の踊りを評価する権利がある。
 私の踊りを見たというのならば、この生き物の言うことにも真摯に耳を傾けるべきではないか。
「それなら、君達の踊りを見せてくれるかな?」 

 * * * *

 私はその二匹の生き物を伴い、先ほど使わせてもらった舞台へと帰ってきた。
 どうせ明日には取り壊す舞台だ。無断で使っても差し支えあるまい。
「それじゃあ、舞いを見せてもらおう」
 その生き物を壇上に乗せてやる。月明かりが出ているので、明かりが無くてもそれほど暗くはない。

 れみりゃは威張って言った。
「おぜうさまにふさわしいすてーじだっどぅ~!きにいったどぅ~♪
 だけど、ただじゃあおぜうさまののうさつ☆だんすはみせられないどぅ~?」
「………?」
「…うあ!そのぷっでぃーんでゆるしてあげるどぅ~!」
 ゆっくりは私の荷物を指差す。
「ぷっでぃん…?」
「かくしてもむだだどぅ♪おいちいぷっでぃんのにおいがするどぅ♪
 おぜうさまにはおみとおしだっどぅー!」
 それで合点が行った。
 彼女らが望んでいるのは、舞台を辞する際にいただいたお土産のお菓子のことだろう。
「よろしい。私の満足の行くものだったら、それをあげよう」
 私は請け合った。別に甘いものは好きではないし。
「やったどぅ~!!」
「さっすがれみぃのまんまぁだどぅ~!!」

 そういえば、一人立ちしてからはこうして観客となることも少なくなっていたと思い出す。
 何か得るものがあるだろうか。楽しみだ。

「それじゃあ、いっくどぅー!!」
「まんまぁー!!」
 その生き物は壇の隅の方ででまごまごし始めた。
「……?」
 いつまでたっても舞台の真ん中に立とうとする気配がないので、すでに踊り始めているのだとそのうちに気づく。
「うっうー☆うあうあ☆」
「まんまぁ~♪すてきだどぅ~!!」
 手を体の前でぐるぐる回し、足を踏み鳴らす。
「れみ☆りゃ☆うー!!」
「…………」
「うあ☆うあ☆うっうー♪」
「しびれるどぅ~!!」
「(所詮は畜生か……)」
 控えめに言って、眺めているだけで胸糞悪くなるような眺めだった。
 拍子っぱずれで、あらゆる基礎的な作法をも承知しておらず、見目麗しいともいえない。懸命に観察したが、
驚くべきことに何一つ参考となる点がないのだ。これほど無法であるにも関わらずだ。
 幻想郷にはまれに、このような奇跡をなす。

 私はなんとなく悲しくなった。
 そして、それが先ほどの私の踊りを貶める暴言への怒りと変わるのに時間はかからなかった。



「じゃん!……おわりだどぅ~!!」
「まんまぁさいっこぉ~だったどぅ~!!」
 私は荷物から、お菓子の包みを取り出した。
「いいあせかいたどぅ~!おぜうさまのだんすをしょうがいのおもいでにするがいいどぅ~!
 さ、ぷっでぃんをよこすどぅ~♪」
 壇の上から手を伸ばすゆっくり。私はお菓子の包みを引っ込める。
「これはあげられないな」
「なにいってるんだどぅ~?とっととよこすどぅ~!!おぜうさまはごりっぷくだどぅーー!!」
「私は”満足しなかった”よ」

 その包みを地面に叩きつける。べしゃり、と音がして中身がつぶれ、わずかに甘い臭いが漂う。
 その残骸をさらに私は踏みにじった。

「なんでごとするんだどぅぅぅぅぅーーーー!!??」
「まんまぁーーーー!!??」
「言ったはずだ…私を満足させてくれたら進呈すると。
 私は満足できなかったのでね。君らのそれは、ことごとく無価値だ」
 私は怒りのままに断じた。
 ゆっくり達は絶望する。
 その視線が、なおも私の足元に物欲しげに注がれるのを見て、土まみれの菓子を、爪先でさらに細切れにする。
「どうじてこんなことするんだどぅぅぅぅ!!??たべちゃうどぅぅぅぅぅ!!??」
「食べさせない。まったく残念だ、人を貶しておいてその程度の出来とはね」
 ざくざく。
「まんまぁのぷっでぃんんんんんん!!!」
「あああんんんん!!!!」
 自分の行動を狭量とは思わなかった。
 たとえ低能な畜生であっても、意志を疎通する以上言葉はそれなりの重みをもってしかるべきなのだ。
 彼女らは己を省みて、私の生涯の仕事に対してあのような言動はするべきではなかった。

 足元の塊が完全に土の色に塗れたのを確認したあと、それを踏みつけて私は壇上に上がった。
「先ほどの返礼に、私も舞いを披露しよう」
「こうまかんのおぜうさまにだんすでかなうわけがないどぅーー!!!
 みのほどをしって、とっととかわりのぷっでぃんもってくるどぅーーーー!!!」
「う~!ぷっでぃんはやくたべたいどぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 口汚く私を罵りじたばたと暴れるゆっくり二匹。
 やれやれ。身の程を知るのは、そちらの方だ。

 私は舞い始める。
 その舞いは通例の作法に則ったものではなく、先ほど見た彼女らの踊りを模したものだ。
 私は職業人の誇りをかけて、彼女らの思い上がりを粉砕してやることに決めたのだった。
 それは私の技術で不可能なことではない。
「うあ……?」
「にんげんにしてはなかなかやるどぅ~!でもおぜうさまのがじょうずだっどぅ~!」
「(でかい口を叩くのも今のうちだ)」
 無拍子の中の拍子、無作法の中の作法。先ほど見たものを思い出し、人間と異なる価値観を想像しつつ舞う。
 私は腕を体の前で回し、彼女らのように足を動かす。その基本動作に独自の解釈を加えて発展させ、
 目指す完成形の枠に落とし込む。
 私はいつものように、夢中で踊った――

「すっごいどぅ~☆まんまぁのおどりよりえれがんとだどぅ~♪うあ♪うあ♪」
「おかしいどぅぅぅ!!こうまかんのおぜうさまよりだんすのできるにんげんがいるはずないどぅぅぅ!!」



 気がつくと、私は一人壇上に取り残されていた。あたりは静まり返っている。
 あの無礼な生き物達は逃げ去ったらしい。
 これも貴重な芸の肥やし…といえないこともなかったが、むなしい戯れ事をしたという思いはぬぐえぬまま、
 私は月明かりの射す道を家へと帰った。



 * * * *


 れみりゃの親子は巣穴へと逃げ帰ってきた。子れみりゃのほうは踊り師のだんすに夢中だったのだが、
 親れみりゃがひっぱってきたのだった。
「さっきのにんげんのおどりじょうずだったどぅ~♪またみせてもらいたいどぅ~♪」
「うう~…」
 れみりゃ種にとって、だんすの能力はステータスだ。上手なものは尊敬され、下手なものは蔑まれる。
 そのだんすに対する自信を真っ向から打ち砕かれた親れみりゃは浮かぬ顔だ。
「まんまぁ~♪れみぃたちもだんすおどりたいどぅ~♪」
「わ、わかったどぅ~♪こんどこそままのほんきをみせてあげるどぅ~!!」
 巣穴の中のもっとも広い室”だんすほーる”で二匹は踊る。

「う~☆う~☆うあ☆うあ☆」
 ぼてぼて。
「れみ☆りゃ☆」
 ぐるぐる。
「「う~~!!!」」
 びしっ。
「う~……?」
「……」
 いまいち決まらない。

 実際には、このれみりゃ親子のだんすは上手くも下手でもなかったが、
 れみりゃは誰しも根拠もなしに自分のだんすには絶対の自信をもっている。
「も、もういちどだどぅ~!」
「「う~~!!!」」

 何度繰り返しても、満足感は得られなかった。
 先ほど見た、自分達のものより立派なだんすが忘れられない。もっとも上手であるはずの自分達のだんすが
 薄っぺらいものに感じられる。

 とうとう子れみりゃが投げ出した。
「まんまぁは~、にんげんよりもだんすがえれがんとじゃないんだどぅ~☆」
「そ、そんなことないどぅ~!!ままをばかにするとゆるさないんだどぅーー!!」
「じゃあ、なんでぷっでぃんもらえなかったんだどぅ~?」
「そ、それは……うううう~っ!!!!」
 言い返すこともできない親れみりゃ。
「れみぃはそんなことないように、じぶんだけでだんすのれんしゅうするんだどぅ☆
 うあ☆うあ☆」
 子れみりゃは巣穴から出て行こうとする。
「どこへいくどぅ~!!??」
「まんまぁのはへたっぴすぎておてほんにならないどぅ♪おそとでれんしゅうするどぅ~!!」
「そんなごどないどぅ~!!へたっぴじゃないどぅ~!!
 ままのだんすはせかいいちじょうずなんだどぅ~!!これみりゃもどってぎてぇ~~!!」

 それから二度と、その親れみりゃは子供から尊敬されることはなかった。
「どうじておぜうさまがこんなめにぃぃぃぃーーーー!!??」
「うるさいどぅ~♪だんすへたっぴのまんまぁはだまってすみっこにいるんだどぅ~☆
 れみ☆りゃ☆う~!!!」
「ざくやーーー!!!ざぐやぁぁーーーーーー!!!」










 おしまい。

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最終更新:2022年01月31日 02:07
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