中国が蒸籠を持って廊下を走っていた。
「咲夜さん~!」
声を上げ、目的の部屋に急いでいく。
だんだん大きくなっていく声に、咲夜は持っていた物を机に置き、ドアの方を向いた。
勢いよくドアが開かれる。
「準備出来たの?」
「はい、見てください。出来たてですよ~」
笑顔を振る舞いながら蒸籠をあけると、蒸し物独特の臭いが部屋中に広がっていく。
蒸籠に入っていたのは、湯気が立ち、瑞々しい白い皮の肉まんだった。
咲夜が一つを手に取り、一口食べてみる。
「あつつ……」
「だ、大丈夫ですか?」
熱すぎて軽い火傷をしてしまった。
気を取り直し、もう一度。囓ったおかげで冷めた部分を、今度は大きめに口を開けて食べてみた。
餡からにじみ出てくる肉汁と、少し濃いめの味付けが口の中に溢れ出す。多めに入れられたタケノコは歯ごたえがあり、より食感を楽しませてくれる。
「おいしいわ。上出来よ」
「ありがとうございます!」
満足げな表情。仕事を成し遂げた達成感よりも、それは咲夜に褒められた事による飼い犬のような喜びだった。
「それじゃ始めましょうか」
咲夜は残っていた肉まんを手に取ると、一端、机の上に置いた物をあらためて手に持ち、肉まんへ近づけていく。
手に持っていたのは注射器。
中に入っているものは、熟成されたワインのように赤かった。
血液を肉まんに流し込み、そのまま机の上に置く。何もすることもなく、静かに置かれた肉まんを見続ける。
次第に肉まんが揺れ始める。机は揺れていない。肉まん自身が軽く振動している。
肉まんの振動が収まるとともに、咲夜はほっとした表情が浮かぶ。
肉まんの皮には、いつの間にか二つの大きな目と口のような切れ目が入っていた。
「ぅうー♪」
ゆっくりれみりゃの産声だった。
新しいゆっくりゃが生誕して3日が経った。
ゆっくりゃは羽も生え、口も大きくなったが、成体のゆっくりゃに比べるとまだまだ生まれたばかり、体も小さければ知能もほとんど存在しない。飛んでいける距離も高がしれている。
普通ならゆっくりゃのエサは他のゆっくり達でまかなえるが、こんな子ゆっくりゃにそのまま与えても食べることなんて出来ない、逆に食べられてしまうだろう。
なので紅魔館では、食べやすいようにエサを加工していた。
「せ、狭いよお姉さん! ここじゃゆっくり出来ないよ!」
突然、透明の丸い筒に入れられ困惑するゆっくりれいむ。喚いているれいむに、しかし咲夜は笑顔で応えていた。
「そう? ゆっくり出来ると思ったけど」
「出来ないよ! お姉さん嘘つきだよ!」
「はやくれいむを出してあげてね!」
咲夜の足下では、れいむと同じようにゆっくりまりさが抗議している。外で遊んでいる所をもっとゆっくりできると誘われてやって来たのにまるでゆっくりできない、つまらない。2匹とも早く外に戻ってまた一緒に遊びたいと思っていた。
「そんなに慌てなくても、ゆっくりしていったらいいですわ」
「下に何かあって痛いよ! はやくどうにかしてね!」
ゆっくりの体を見ると、筒の土台から生えていた十字の金具が深々と突き刺さっている。
「そうね……それじゃゆっくり出来るようにそれをどうにかするわ」
そう言うと、咲夜の手は土台にあるスイッチへと伸びていった。
「ゆ゛ぐっ! ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁ!!」
「れ、れいむっ!?」
「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛っ!!」
「これでゆっくりできますね」
スイッチが押されたと共に、れいむに刺さっていた金具が静かに回転し、れいむの皮とあんこを強引にかき混ぜていた。既に皮は破れ、透明な筒の下部はあんこ色で染められている。
ゆっくり専用ミキサー。
大きなゆっくりでも大丈夫なその大きさもさることながら、あくまでゆっくりに悲鳴を上げさせるため、モーターの力はやや弱めに設定されているのが買い手の心をより引きつけている。
現在、香霖堂にて3,980円で販売中。
「あ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁ……」
じわじわとれいむは小さくなっていく。丸かった体も崩れ、顔の歪みは溶け出したアイスを見るようだ。
その様子を、咲夜は表情を変えず、笑顔のままで見つめていた。
「お、お姉さん!」
声に顔を向けると、足下にいた筈のまりさが遠ざかっている。れいむの悲鳴に身の危険を感じたのか、すぐ近くには部屋の出口があった。
「まりさはもう関係ないよ! ゆっくり帰らせてね!」
「そう。残念ね、ゆっくりして欲しかったですけど」
「れいむはゆっくりしていってね!」
そのまままりさは背を向け、出口へと向かった。
咲夜はまたミキサーを観察し始める。
「……ま、り゛ざ……まりざぁあ゛ぁ……」
れいむの声に反応は返ってこない。目に浮かぶ涙は、よりミキサーの歯を滑りやすくしていく。
「だ、だずげ……ま゛……」
あんこはもう、体の半分以上は混ぜられている。
「……ゆ゛」
意識はあるのかないのか。既にあんこが詰まっているというより、あんこの上に皮が乗っている状態だ。
「ゆ゛……り゛……じだ……だ」
最後に赤いリボン型の皮があんこへと混ざっていき、れいむは上質のあんことして生まれ変わった。
「さてと」
ミキサーをそのままにして、咲夜は振り返る。
出口の方では、先ほどまで足下にあった黒い帽子の姿があった。
「やっぱり、ゆっくりしていくのかしら?」
「ゆぐ……ゆぐぅうぅうぅ」
まりさの顔には涙が浮かんでいる。
ドアの前で必死に飛び跳ねながら、まりさは啜り泣いていた。
「あ゛げられ゛な゛い……あ゛げられ゛な゛いのぉぉおおぉお!」
「貴方じゃ届かないでしょうに」
咲夜は両手を広げると、後ろからまりさをぎゅっと抱きしめた。
「い゛やぁあ゛あぁぁあ゛ぁぁっ! ゆっぐりじだい゛! ゆっぐりずる゛のぉおおぉ!」
「そうね、ゆっくりしましょう。さっきのゆっくりと一緒に」
「れいむ゛ぅう゛う゛ぅうう゛ぅっ!!」
暴れるまりさに、決して手が緩むことはない。
咲夜はそのまま、またミキサーの元へと戻っていった。
「ゆっぐりじだげっががごれだよぉお゛お゛ぉおおぉお゛っ!!」
「はい、口を開けてください」
「うー♪」
咲夜の言葉に従い、小さな口を開ける子ゆっくりゃ。その眼差しは、親を見上げる子供そのものだ。
左手で子ゆっくりゃを支えながら、咲夜は右手に持ったスポンジをゆっくりゃの口元へ持って行った。
染みこんだ液状あんこが、子ゆっくりゃの口に吸い込まれていく。
「……うー♪ うまー♪」
「早く大きくなりましょうね」
「うー♪」
小さな口を目一杯に大きく開き、笑顔で応える。
咲夜の手元には、ボールに入ったゆっくり2匹分のあんこが置かれてあった。
1ヶ月後。
この頃になると、ゆっくりゃはすっかり大きくなり、一般的に知られている成体のゆっくりゃになる。背中に生えた羽で空を飛び回り、牙の生えた口でゆっくりれいむやまりさ達を捕らえて食べ始めるのだ。
これだけ育てば、エサの加工はもちろん、エサを与える必要もなくなってくる。むしろ甘やかすと動く機会が減り、体である肉まんの質や羽の力が衰えてしまう。
もちろん紅魔館のやり方も変わり、逃げ出したり、襲われたりしないように監視しながら庭でゆっくりを狩らせたり、わざわざエサを与えるにしても、しっかり動けるようにと気を配っていた。
「あ゛、あ゛あ゛ぁあ゛、あ゛がががぁがぁがが!」
れいむの口から苦痛の声が漏れる。表情は険しくなり、ゆっくりとは思えない形相で歯を噛みしめている。
その様子を観察しながら、咲夜は声を掛けた。
「そろそろですよ」
「うー♪」
れいむから離れたところを飛んでいたゆっくりゃは、はしゃぐようにその場を飛び回った。
れいむは高い台の上に乗せられ、体をその台から生えているベルト2本を縦に巻くことで固定されている。普通の成体れいむよりも遙かに大きいその巨体が、妊娠している事を告げていた。
れいむの声が激しさを増す。
「ゆ゛ぅううぅうぅ! ゆ゛ぅうぅううううぅうっ!」
「……」
「うぅう゛ぅうう゛う゛うっ!!」
声のトーンが上がったその瞬間、咲夜は後ろかられいむに拳を打ち込んだ。
「ゆぐぅげぇぇえぇっ!」
通常の出産よりも速い速度で、体から子れいむが飛び出してきた。
空を飛ぶ子れいむはまだ目が開いていない、子れいむは生まれてからしばらくして目を開き、周りの様子を確認した後、側にいる親れいむに向かって「ゆっくりしていってね!」と産声を上げるのだ。
まぶたが動き、目を開こうとする。
その時、子れいむが生まれて初めて耳にしたのは、ゆっくりゃの羽音だった。
「うー♪」
子れいむは、ゆっくりゃにとっては一口サイズよりも小さい。開けていた口の中でしっかりと受け止められた。
子れいむの目が開く。
周りはどこか暗く、誰かがいる気配はない。
「……? ゆっく」
頭にゆっくりゃの牙が突き刺さり、そのまま咀嚼された。
殴られた親れいむが、飛んでいた意識を戻しながら見たのは、飛び出した子れいむがゆっくりゃの口に入り、歯で体を潰され、目が飛び出る瞬間だった。
「嫌ぁああぁぁぁぁぁああっ!」
親れいむの悲鳴と共に、拍手が響く。
見事なゆっくりゃの反応に、思わず咲夜は手を叩いていた。
「お上手ですよ。それじゃもう一度」
「も゛う゛や゛めでぇ! も゛う産みだぐな゛いぃい゛い゛ぃっ!!」
「あら、でも友達はまだまだ元気ですよ」
咲夜が床へと視線をやる。
そこには4匹のゆっくりがいた。
「ゆ、ゆっゆっゆっゆっゆっゆっ!」
「ゆっくりーっ! ゆっくりー!」
「むきゅーん! むきゅーん!」
「れいむれいむれいむれいむれ、れれれ、れれれれれれれれれれれれれっ!」
れいむにまりさ、そしてゆっくりぱちゅりーにアリスが、頬を赤く染め、口から涎を出したまま親れいむの事を見ている。
「み、みんな゛! みんな゛ゆっぐじじでぇえ゛え゛え゛ぇえ゛っ!!」
「ゆ、ゆっゆっゆっゆっゆっゆっ!」
「ゆっくりーっ! ゆっくりー!」
「むきゅーん! むきゅーん!」
「れいむれいむれいむれいむれ、れれれ、れれれれれれれれれれれれれっ!」
誰1匹、親れいむの声に応えない。動けないように体を釘で打ちつけられているが、その痛みも訴えず喘ぎ続ける。
4匹の体にはサポーターのような黒い布が横に巻かれていた。それはスイッチを入れることで自身が振動を初め、ゆっくりを発情させる香霖堂ゆっくりグッツの1つ。今まで手で振っていたのが、これを使えば簡単に発情させられると評判もいい人気商品だ。
常に発情させられているゆっくり達に、もはやまともな思考はない。打ち付けられた体が解放されてたら、すぐさま親れいむを犯したい。ただそれだけしか考えていなかった。
「……ゆ……ゆくっ」
台の上で泣き続ける親ゆっくりは思う。どうしてこうなったんだろう。昨日まではみんなでゆっくり過ごせていたのに……。
親れいむの脳裏にみんなと過ごしていた草原が浮ぶ。そこではみんなが笑っていた。まだ親になっていなかったれいむも一緒になって、和やかな日差しの中、エサを探し、追いかけっこをし、日向ごっこをしながらみんなでゆっくりしていた。
親れいむはまた床の4匹を見た。
「ゆゆゆゆゆゆっ!」
「ゆっぐっ! ゆっぐっ!」
「むきゅ、むきゅーん!」
「れれれれれれれれれれれれれれれれっ!」
自然と涙が溢れ出てきた。
涙の止まらない親れいむの体が突然持ち上がる。
「ゆ゛っ!!」
「友達を待たせるのは悪いですよ」
咲夜はそのまま投げ捨てるように手を離し、勢いよく床へ落とした。
「ゆ゛ぐっ!!」
落下の衝撃に体がバウンドし、そのまま白目をむいて倒れた。
その間に、咲夜は4匹のゆっくり達を指さして考える。次はどのゆっくりを繁殖し、ゆっくりゃに食べさせるのか。
「……それじゃ、次は貴方にしましょう」
咲夜の手が伸び、ぱちゅりーの釘が引っこ抜かれる。
「む、むきゅーん! むきゅーん!」
同時に、普段のトロい動きが嘘のような俊敏さで親れいむに襲いかかった。
「むぎゅーん!」
「……」
「むぎゅむぎゅーん!!」
「……ゆ゛ぐっ!?」
「むむむむむむむっ!」
「や……やめ゛でぇぇえ゛ぇえ゛ぇ……」
起きた親れいむの声など気にせず、ぱちゅは交尾を続ける。
「うー……たべたい! さくやたべたい!」
ゆっくりゃの不満そうな声が響く。目の前にはゆっくりが5匹、わざわざ子供を食べるより、ゆっくりゃからすればこの5匹を食べた方がお腹一杯になれる。襲いかかりたい。
そんなゆっくりゃを、咲夜は手で掴んで抑える。
「もうちょっと待ってくださいね」
「うーうー!」
咲夜の手の中で、ゆっくりゃはひたすら駄々を捏ねる。
「むむむむむむむむぎゅ! むぎゅ! れいむ゛ぅぅぅう゛うぅううぅっ!」
「いや゛あ゛ぁああぁぁぁあぁっ!! んほおおぉおおぉおおおぉおおぉおっ!!」
親れいむに、新たなエサが受精された。
「美しくゆっくりゆかりんをここから出せ!」
「……ふぅ」
空が、暗闇から青空に変わりつつある頃。
主が眠るのを確認し、そのまま仕事をこなし朝を迎えた咲夜は、朝食を食べようとテーブルについていた。
今日のメニューはご飯にお味噌汁。紅魔館の朝食にしては珍しい和食だ。
煮干しでしっかりとダシを取り、タマネギ、大根、にんじんに豆腐と具沢山な味噌汁の香りが、咲夜の食欲を刺激する。
「鼻につくわ、そのゆっくりできないひと特有の余裕面!」
器に入っているゆっくりスキマが騒ぎ立てているが、特に咲夜は気にしていなかった。
部屋のドアが開かれる。
「ふぁ……あ~あ。……あれ? 咲夜さん」
「どうしたの? 貴方にしては随分早いじゃないの」
入ってきたのは、眠そうに目を擦る中国だった。
「なんだか今日は目が覚めちゃって……座ってもいいですか?」
「いいわよ。貴方の分は無いけど」
「うーん、咲夜さんが食べているのを見てたらお腹すくかも」
そのまま咲夜の対面に座る中国。
「早く美しくゆっくりゆかりんをここから出せ!」
突然聞こえてきた声に、中国は改めて咲夜の献立を見た。
「あ、珍しいですね。このゆっくり見つけたんですか?」
「なんだか知らないけど、井戸の側で喚いていたの」
咲夜は手を合わせた後、置いていた箸を持つ。
「それで献立が和食なんですね」
「せっかく見つけたのだし、食べようかと思って」
スキマの入っている器を手に取った。
「それにしても……相変わらず臭いですね」
「ゆっ! ゆかりんは臭くないよ! 少女臭だよ!」
咲夜はスキマの頭に箸を突き刺した。
「ズギマ゛ッ!?」
「これぐらい匂いがしないと美味しくないわよ」
そのまましっかりと粘りを出すようにかき混ぜていく。
「や゛ぁぁあ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁぁ……」
ほどよい粘りと糸を引いて、スキマは納豆に変わっていった。
強烈な匂いが有名なスキマ納豆。味も匂いに比例して増すので、和食派には大人気だ。
納豆でご飯を食べ、半分ほど残ったところで、味噌汁に手を伸ばす。まるで音を鳴らさず、納豆を食べながら瀟洒な食事っぷりだった。
お椀を置いたところで、中国が話しかけた。
「咲夜さん、ちょっとお疲れじゃないですか?」
「そう見える?」
「いや、毎日あの子の面倒を見るのは大変なんじゃないかと思って」
あの子という言葉に、咲夜の脳裏に空飛ぶ肉まんの映像が浮かんだ。
「もう慣れたわ」
「凄いですよね……私にはあそこまで面倒を見るのは無理ですよ」
「あら? 貴方も庭にいる天然を相手にしているじゃない?」
咲夜の脳裏に、今度は庭でゆっくりゃ3匹を相手に悪戦苦闘している中国の姿が映し出された。泣いているのをあやすだけでも一苦労だ。
「あれは……どうしようも無くなったら食べたらいいだけですから」
「だいぶ増えているものね。……あの子達、どうやって繁殖しているのかしら?」
「さぁ……?」
当初、ゆっくりゃは紅魔館には存在しなかった。どこからともなくやって来てはいたが、今のように庭を散歩しているとすぐに見つかるぐらい数が増えたのは最近の事だ。
肉まんにレミリアの血をかけるとゆっくりゃになると知ったのは偶然だった。レミリア自身が数を増やしたがっていたので血を手に入れる苦労はなく、咲夜はある程度の数だけを人工的に作り出し、育てていった。
しかしどこからか逃げ出したのか、あるいは紅魔館にゆっくりゃがたくさんいると本能で悟ったのか、気づけば庭には天然のゆっくりゃが大量に住み着いていた。
それほど大した被害は出ていない為、レミリアも咲夜もあまり気にしていなかったが、そろそろ少しは駆除した方がいいだろうか。中国との会話で、咲夜の中に葛藤が生まれる。
「ざぐや゛ー!」
「……」
「うわーん! ざぐや゛ー!」
葛藤を打ち払うかのように聞こえてきた声。咲夜は迷うことなく席を立った。
中国が言う。
「……大変ですね」
「そうかもね」
応えた咲夜は、瀟洒な顔をしていた。
ゆっくりゃが眠っていた。
「……うー……うー……」
体全部を小さなかごの中に納め、すやすやと寝息を立てている。
生まれてから長い月日が経ち、気づけば体が生えてきたゆっくりゃ。それ以来、口を開けばぷりんぷりん、さくやさくやと煩くウザいが、眠っている姿が普通の子供とあまり変わらない。違うのは肉まんなその顔が膨らんだり縮んだりしているぐらいだ。
「……うー……」
熟睡するゆっくりゃ。起きる時間が不規則なゆっくりゃでも、これだけ熟睡していれば簡単に起きる事はない。
しかし今日に限っては、それは当てはまらなかった。
「うぅ……」
手を伸ばして体を掻くゆっくりゃ。むずむずと痒みが全身に走る。無意識に体を掻きむしるが、痒みは増すばかりで治まらない。
「ううー……っ」
どんどん苛立つゆっくりゃ。際限なく痒い体に、遂に目を覚ました。
「うぎゃーっ! かゆいかゆい! ざぐや゛ーっ!」
クッションの入ったかごの中でじたばたと暴れ始めた。
これぐらい暴れれば普通は咲夜が駆けつけてくるものだが、咲夜も四六時中ゆっくりゃに目を向けているわけではない。今の時間は深夜、咲夜は主であるレミリアに付きっきりだった。
いくら呼んでも咲夜が現れず、疲れ切ってしまったのか暴れる事を止め、ただ「ざぐや……ざぐやぁ……」と泣きじゃくるゆっくりゃ。
しばらくしてどうにか痒みが治まり、泣き声も落ち着いてきた。
「……うぅ~」
すっかり目が覚めてしまったゆっくりゃ。泣いてふやけた顔を擦り、かごの中から出ようとする。
かごの縁が、足に当たった。
「……うー?」
普段なら当たらない感触に、ゆっくりゃの頭の中は不思議でいっぱいになった。何だかかごの中が急に窮屈になった気がする。
いつものように身を捩らせ、かごから転げ落ちるように出て行く。
その場に立ち上がると、どこか違う床の感触に首を傾げた。歩くたびに軋んでいる。何か変だ。
かごの近くには小さな鏡が置かれている。ゆっくりゃは鏡に近づくと、自分の姿を見つめてみた。
そこに立っていたのはゆっくりゃでは無かった。
「うー!」
全身が緑色の皮で覆われ、その皮も以前の肉まん皮とは違い、ごつごつと凹凸のある様がどことなく固いイメージを抱かせる。
ゆっくりゃの頭は、なぜか以前ゆっくりゃの食べた子れいむのように別の口で覆われ、上の方を見ると、肉まんに付いた目とは違う別の目がきらりとこちらを見つめていた。
ゆっくりゃは知らないが、その姿は、ゆっくりゃの中でもレア中のレアと言われているゆっくりゃザウルスのものだった。
あらためて自分の姿を見てゆっくりゃは思う。格好いい!
「うー♪」
手を挙げ、その場で踊って喜びを露わにする。この姿で色々したい、走って追いかけてはしゃぎたい! 変わった自分の姿をかなり気に入っていた。
まずは外に出ようと、そのまま乗っていたタンスの上から飛び降りる。
「うー♪」
両手を大きく広げ、急スピードに落下するそのスリルを楽しんでいる。
勢いはそのまま、衰える事はない。
「……う?」
両手を広げたままだったゆっくりゃは、地面にフライングボディプレスを決めた。
「うげぇぉあっ!」
口からあふれる餡、苦しさのあまり、その場で腹を押さえ悶え苦しむ。
ゆっくりゃは、背中に生えていた羽根が無くなっている事に気づいていなかった。
苦しさにひたすら転がり続けるが、徐々に痛みが遠のいていく。
「……うー♪」
先ほどの苦しそうな表情はどこへやら、泣いた肉まんはもう笑いながら部屋を出て行った。
咲夜にとって不運だったのは。
この時のゆっくりゃに、中国もパチュリーも小悪魔も妖精メイドも誰も気づかなかった事だった。
部屋を出たゆっくりゃは、そのまま普段通りはしゃぎまわり、その足は自然と館の庭へと向かっていた。
まだ日も明けそうもない深夜、緑色の怪獣が庭で暴れまわっている。
「ぎゃおー! たーべちゃうぞー!」
誰もいない中でそんなことを言っている。ゆっくりを相手に威嚇する自分を想像してい
るのだろう、その様子は非常に満足げだ。
ふと、館の門近くで何かが動くのが見えた。
「う?」
立ち止まり、じっと門の方を見つめる。
揺れる赤いリボンと、帽子の白いフリルが草むらから見え隠れしている。
動いていたのは、ゆっくりれいむとまりさだった。
「う~♪」
好物の登場に、食べようと走って襲いかかるゆっくりゃ。
既に2匹は気づいていたらしく、ゆっくりゃが走り出した瞬間、門に向かって逃げ出した。
「ぎゃおー! たーべちゃうぞー!」
すっかりお気に入りになった台詞を叫びながら、後を追いかける。
気がつけば門を抜け、館から外へと抜け出していた。
館を出てから10分後。
「ゆっくりしていってね!」
「もう追いかけて来ないでね!」
ずっと追いかけられていたゆっくり達の声が遠くなっていく。
「……う……うぅ~」
最後まで追いつけなかったゆっくりゃは、その場に座り込み、荒く息を吐き出していた。
ゆっくりゃはまるで気づいていなかったが、成体のゆっくりゃになってから、体が生え、そしてザウルスに進化するたびに、身体能力は激変している。
ゆっくりの中でも飛ぶことでかなり俊敏に動けていたのが、歩くことを覚えた事で遅くなり、さらにザウルスになった今では普通のゆっくりよりも遅くなってしまった。
さらに腕も小さくなり、以前なら腕を伸ばしてゆっくりを捕まえたりもしていたが、この短さではゆっくりに限らず、ろくに掴める物はないだろう。
ゆっくりゃザウルスはゆっくり種の中でもレア中のレアだ。
それは、ゆっくりゃがザウルスに変化すると、1ヶ月もすれば死んでしまうからだった。
どうにか呼吸の落ち着いたゆっくりゃは、辺りを見回す。
追いかけていた2匹がいないのはともかく、館がどこにあるかもわからない。
「……うぅ。さ、さくやー? さくやぁ?」
いつものように助けを求めるが、応えるものは誰もいない。そもそも周りには誰もおらず、ただ冷たい風が頬をなでるだけだ。
ゆっくりゃの中で寂しさが広がっていく。
「うぅ……うわーん! おうち帰るぅううぅっ!」
泣き叫びながら、ゆっくりゃはまた走り始める。
その向かう方向は、館とは逆の方向だった。
最終更新:2008年09月14日 05:38